病気の話 1


 慢性腎不全の外来治療:透析治療開始をいかに遅らせるか

 

私が学生の頃ならった内科学の教科書には慢性腎不全となると腎臓の働きは一定の割合で低下していき、この腎不全の進行をくい止める方策はないと記載されていました。事実、新人医師となって腎不全の患者さんを診るようになったとき、やはり、教科書に書いてあるとうりに治療の甲斐なく最初から予定されたように透析治療が必要となる患者さんがほとんどでした。しかしながら、医療の進歩は日進月歩で透析になっていくのをを黙ってみているしかなかった慢性腎不全に対抗する新たな手段が利用可能となってきています。ここにその主な治療法を紹介いたします。

 

 

1.      蛋白制限による食事療法

 

腎臓病を自分の専門としようと多数の学会に出席するうちに、たんぱく質の摂取を制限する食事療法が腎不全の進行を抑制したとの報告がなされるようになってきました。三大栄養素の炭水化物、脂質、たんぱく質のうち、炭水化物と脂質は炭素、水素と酸素によって構成されているため体の中で代謝されると最終的には水と二酸化炭素に分解されるため腎臓に対してはまったく害をなさないとされます。一方、たんぱく質には炭素、水素、酸素のほかに、窒素、硫黄、といった物質が含まれています。これらの物質の代謝物が腎臓を障害するという説やたんぱく質といっしょに摂取されるリンいう物質が腎臓に沈着して腎臓を傷害するといった説がとなえられています。また、腎不全ラットを使った実験でもたんぱく質をたくさんとらせるとラットが尿毒症で死亡する率が高い一方で、たんぱく質を制限した餌では腎不全ラットがより長生きすることが報告されています。日本においては蛋白制限による食事療法を熱心におこなっている茨城県の取手協同病院や東京女子医科大学において蛋白制限食が腎不全進行を抑制する強力な手段であることが証明されてきました。蛋白摂取量を一日0.60.7グラム以下に制限することが有効とされています。詳細は東京医学社発行、椎貝達夫編、食事療法を参考とした腎不全治療をご参考ください。

 

 

2.      腎臓保護作用をもつ降圧薬の登場

 

腎臓は血圧調節を行う重要な臓器であり腎臓機能が悪化すると非常に高い頻度で高血圧が合併してきます。この高血圧がさらに腎臓を障害し腎不全の進行を早めるという悪循環が形成されます。正常な腎臓では腎臓内の血圧は自動調節能により全身血圧の影響をうけず常に一定の値に保たれるようになっています。ところが腎臓が傷害されるとこの血圧自動調節能が失われるため、全身の高い血圧がもろに腎臓にかかることとなります。私が医師になったころに臨床治験が行われていたアンジオテンシン変換酵素阻害薬という種類の降圧薬が腎臓内血圧を低下させ腎臓保護作用を持つことが明らかとなり腎臓障害の患者への使用が推奨されるようになってきました。また、最近開発されたアンジオテンシン受容体拮抗薬も同様に腎臓保護作用を有しております。2000年に出された日本高血圧学会による高血圧治療ガイドラインでは腎臓機能障害合併高血圧の治療目標を135/85mmHg未満(1日尿蛋白1グラム以上では125/75mmHg未満)に設定しています。これは、米国における大規模臨床研究や沖縄県住民における調査より血圧を十分にコントロールすることが腎不全の予後に関して極めて重要であることが示された結果によります。同ガイドラインでは腎不全高血圧に使用する降圧薬剤として前述のアンジオテンシン変換酵素阻害薬やカルシウム拮抗薬が第一選択の薬剤として推奨されています。また、最近発表された日本の多施設も参加しておこなわれた糖尿病性腎不全におけるアンジオテンシン受容体拮抗薬ロサルタンを用いた国際的大規模臨床研究(レナール研究)では、ロサルタンによる治療が末期腎不全となるリスクを28%減少させたと報告されました。レナール試験が示した腎臓保護作用は2型糖尿病から腎臓死にいたる経過の痛切さを憂慮するわが国の臨床医にも新たな可能性を示した画期的な研究とされています。

 

 

3.      経口吸着活性炭

 

腎不全が進行してきて尿毒素が体内に蓄積してくると毒素を取り除くのに透析治療が必要となります。尿毒素を低下させる薬剤として経口尿毒素吸着活性炭としてのクレメジンンという薬剤があります。しかしながら1日に30カプセル内服と大量に服用しなければならないため開始しても飲むのをやめてしまう人も多く、また、尿毒素の吸着量も体内の尿毒素全体に比べてもわずかであることから、そんなに多数の患者に使われることのなかった薬剤でした(勉強不足で使わない医師が多いのも事実とおもわれます)。一方、最近の研究結果ではクレメジンが尿毒素のうち腎臓間質障害を特異的に引き起こすインドール酢酸を低下させ腎障害を緩和させることが明らかになりました。クレメジン市販後の全国調査では腎不全進行が停止した症例も多数報告され、とりわけ腎硬化症に対して有効であるという結果がえられました。さらには1抱2グラムの細粒の剤形が発売となりカプセルに比べて非常にのみやくすなりました。慢性腎不全の治療に用いる基本的な薬剤のひとつであるといえます。

 

 

4.      エリスロポエチン

 腎臓は尿毒素の排泄や血圧調節の役割のほかに、意外に思われるかもしれませんが、造血作用に大きくかかわっている臓器です。人間の赤血球は骨の中心にある骨髄で作られますが、幼弱な赤血球が増殖し成熟するためにはエリスロポエチンというホルモンが必要です。腎臓機能が低下するとエリスロポエチンの産生能力が低下するため骨髄で十分な赤血球を作ることが出来ずに、ほとんどの腎不全患者でいわゆる腎性貧血が発症してきます。これまで腎性貧血は腎不全の結果であって、腎不全の進行には関係ないと考えられてきました。しかしヒト遺伝子をもとにした合成エリスロポエチン製剤が十数年前より使用可能となり腎性貧血の治療に利用されるようになった結果、保存期腎不全の腎性貧血治療にエリスロポエチンを使った患者が使わなかった患者に比較して透析導入が有意におそくなることがわかってきました。また、透析になってからでも保存期腎不全の時期にエリスロポエチン治療を受けた患者は受けなかった患者よりも長生きできるとの驚くべき研究成果も最近報告されました。

 

 

  これらの治療を組み合わせて行うことで慢性腎不全の進行をゆるやかにして、透析治療の導入を遅らせることは不可能なことではありません。現在腎不全で治療を受けていてるが、上記の治療を行っていない場合は、一度ご自身の主治医の先生とよく相談されることをお勧めいたします。


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