勝田全国マラソン
| 正式名称 |
第51回勝田全国マラソン大会 |
| 日時 |
2003年2月11日(祝) |
| 場所 |
茨城県ひたちなか市 石川運動ひろば(勝田駅より徒歩10分、無料送迎バスあり) |
| 参加種目 |
フル(42.195m)4000円 |
| 距離表示 |
5km毎 |
| 参加賞 |
Tシャツ、乾燥(完走)いも |
| ゲスト |
渋井陽子 |
11月の渡良瀬遊水地マラソンのリベンジと思い、何も考えず勢いにまかせて参加申し込みしてしまった大会である。天気予報は雨、年明け以降ハーフ以上の長い距離を走ってなく練習不足は否めず、大会が近づくにつれブルーになっていった。前日の天気予報も変わらず、覚悟して雨対策をネットで調べるがあまり大したことは載っていない。帽子をつけレインコートの代わりにゴミ袋(逆さにして頭と両腕の部分に穴を空ける)を頭からかぶるくらいのことしか分からなかった。遠いので当初は一人で行くつもりだったが、雨の中フルを完走し一人で帰ってくるのは明らかに無理だと観念し、「お願いだから一緒に行って」と妻子に泣きを入れた。
自宅をマイカーで7時に出発、常磐道は全く混んでなく9時前に現地に着く。会場周辺に駐車場はないので、JR勝田駅に行くと市営駐車場があった。最初の1時間100円以降30分毎50円ということで安い。駅から無料送迎バスがあるので利用さてもらう。バスの中ではAMラジオが流され、地元放送局で勝田マラソンの特集番組らしきものが放送されていた。やはり歴史ある大会、このへんでは一大イベントなのであろう。
会場に着くと多数のランナー、朝から小降りながらも雨は降り続いている。受付にいくと、雨空の下テントも設営されてなく、渡されたパンフは湿っていた。着替えのため更衣室である体育館に行くと、「満員で入れません、隣接の市民会館に行って下さい」とのこと。雨だから仕方ないとして、会場のマイクでアナウンスすればいいのに。市民会館に行ってみると、こちらももう満員状態。しかもホールは開放してなく、入れるのはロビー内だけ。雨が降るのは前から分かっているのだからそのへんは何とかしてほしいものだ。別館の方に行き何とか着替えられるスペースを確保した。
特製雨合羽(ゴミ袋)をかぶり、スタート15分前に外に出てみると、何と雨が止んでいる。走りやすくはなるだろうが、タイムが悪かった時に「雨が降ってたから」という言い訳がきかなくなった。ちょっと複雑。妻に「いつ頃ゴールするの?」と訊かれたので、「目標は3時間40分。11時スタートだから2時半から3時くらいかな。」と答えた。スタート位置はタイム順なので、今回は鯖読みなしの3時間30分〜4時間のところに並んだ。
11時に定刻通り号砲、狭い商店街に6000人以上が並ぶので当然歩きながらのスタート。ラインを越えるのに約1分20秒かかり、それからもまともに走れない。気がつくと『かつたの〜かぜに〜な〜れ〜♪』と歌が流れている。さすが伝統の大会、テーマソングまである!サビの部分しか覚えていないが、妙に印象に残る曲だった。600メートルほどして4車線の大通りへ出て、スムーズに走れるようになる。大通りは応援の人もたくさん、まさに街をあげての大会だ。
大通りは直線で約5kmあり、海(北東)からの向かい風だった。風は大嫌いだが、よく考えてみると帰りのゴール直前で5kmも向かい風になるよりはずっといい。1kmのラップは5:37、予定よりちょっと遅いため少しペースを上げる。1kmから2kmは4:44、ちょっと上げ過ぎなのでやや緩める。それでもペースは落ちず5kmのラップは24分台。抑えて走るのが逆にキツかったので、このままのペースで行くことにする。予定ペースより速いが、周りのランナーに引っ張っていってもらうとういことを意識した。
5kmを過ぎると、何故かとにかく暑いことに気づく。そう、あのゴミ袋をかぶっているせいだ。雨は止んでいたが、折角持ってきたので寒さ対策でそのまま着てスタートしたのだ。吐く息は白いのにゴミ袋の中は汗びっしょり、ビニールハウス状態である。すぐにでも脱ぎたいが最初の給水所は11km地点、路上に脱ぎ捨てるわけにもいかずこのまま我慢することに。
10kmのラップも全然落ちない。最初の給水所でやっとゴミ袋をゴミ箱に捨てる。襟の部分から簡単に破れた。あったかいし簡単に脱げるので今後のレースに役に立ちそうだ。ゴミ袋を脱いだことで気分もリフレッシュした。なるべく自分とピッチが合う人を探し、その人についていく。15kmを過ぎたところで一度大きく下った後、長い上り坂がある。このコースで一番高い坂だが、難なくクリアした。最初の給水所までは十数kmあったが、その後の給水所の多いこと多いこと。オフィシャルは5kmごと、さらに私設の給水所がほとんど1kmおきぐらいにある。声援も送ってくれてとても励みになる。
あっという間に中間点に来た。タイムはなんと1:42:15!1km5分ペースを切っている。このままいけば3時間30分切るのさえ夢じゃないが、これまでのフルマラソンで後半崩れまくっているので、そう甘くないと自分に言い聞かせる。
中間点を過ぎてから周りのランナーが次々と遅れ始めた。ラビット役を探すがなかなか見つからない。23kmぐらいから、気晴らしにと思い、追い抜いたランナーを数えることにする。1,2,3・・・10・・・20・・・50人。何故か簡単に追い抜ける。27km過ぎたところで100人。わずか4kmで100人抜き!25〜30kmのラップは再び23分台へ。31kmで200人、35kmで270人に達した。残り7kmを1km5分ペースで行けば3時間20分台が狙えるところまできたが、さすがにここで足にきた。もうほとんど追い抜くことはできなくなった。しかも上り坂がきた。やっと上り終えると、ちょっと下ってまた上り坂。ようやく上り終えると、またちょっと下って、3度目の上り坂がきた。さすがにこれは精神的にも肉体的にもこたえた。1発2発3発・・・。ふと、3連発と言えば栄光の’85年甲子園のバース・掛布・岡田バックスクリーン3連発を思い出す。あの時の槙原の気持ちがちょっとだけ分かるような気がした。
3連チャンの坂を終えるとほどなく右折して、ひたちなかのメインストリートへ。もう足はパンパン、追い抜かれることが多くなった。いつもの左肩痛に加え、左ひざの裏に違和感があり呼吸も苦しい。やっと40kmを通過したら、ここでまたもや上り坂。勾配はきつくないが200メートルくらいダラダラと続いている。35km以降一番苦しいところで坂ばっかりのコースを作りやがって、とコース設定者がうらめしくなった。
メインストリートを左折し約600mでゴールだが、この600mの長いこと長いこと。30分切れるかハラハラで、何度も腕時計に目がいった。石川運動場に入り、そしてゴール!やった〜!20分台だ。もう立ってられない、全身の力が抜けた。両手両膝を地面につける。係員に「もっと後ろに」と言われるが、立ち上がれないので亀のようにそのまま這って行き仰向けになった。そうだ!3時間30分を切ったら言うぞ、と心に決めていたセリフがあったのを思い出した。そう、あの「あしたのジョー」の最終回のラストシーンのセリフだ。よし、心の中で言うぞ。「とっつぁん・・・」ん?「燃え尽きたよ・・・」あれっ!「真っ白な灰・・・。」とって置きの決めセリフなのに、思い出せなかった・・・。次の機会になってしまった。
完走記念のTシャツをもらった後、完走者用のポカリスエットを飲む。ちょっとカルキ臭い感じがしたが、ベストタイムを出したこともあって、格別に美味く感じ5杯も飲んだ。ちょうど妻子が来たので、二人にもそれぞれポカリをもらってやると、「カルキ臭くて飲めない」と言っていた・・・。
反省
ベストを25分以上も更新したが、かなり幸運が重なったようだ。
・スタート直前に雨が止んだ。
・ゴミ袋を脱いでリフレッシュした直後に、最大の上り坂をクリアした。
・結構アップダウンがあったが、レース2日前たまたま読んだ本に坂の走り方が書いてあった。
・東からの海風で、後半が逆風にならなかった。
・気温は低かったが、湿気がありのどがほとんど渇かなかった。
(給水はわずか4回、そのうち3回はのどを潤しただけ)
幸運と言えどこのタイムは嬉しい。3時間20分台なんて40歳までに出せれば、くらいにしか考えてなかった。
フルを5km23〜4分ペースで楽に走れるスピードはついてきたようだ。35km以降にもう少し粘れるスタミナをつければ、荒川であと3〜4分の短縮は何とかなりそうだ。
| 距離 |
タイム |
ラップ |
(10km毎) |
| 5km |
24:59 |
24:59 |
48:46 |
| 10km |
48:47 |
23:47 |
| 15km |
1:13:21 |
24:34 |
48:39 |
| 20km |
1:37:26 |
24:05 |
| 25km |
2:01:09 |
24:02 |
47:58 |
| 30km |
2:25:26 |
23:56 |
| 35km |
2:50:47 |
25:21 |
51:42 |
| 40km |
3:17:09 |
26:21 |
| 42.195km |
3:28:34 |
11:25 |
11:25 |
| (グロスタイム) |
(3:29:46) |
| 42.195km |
申込者 |
完走者 |
順位 |
| フルマラソン男子 |
5481 |
3670 |
947位 |
| フルマラソン全体 |
6161 |
4099 |
1004位 |
