心中無垢
「ねぇ、俺ってゆんゆんの寝子?」
「あ?」
事を終えたシーツの中、一糸まとわぬ姿をした螢惑は遊庵にたずねた。
「なんかそう言ってるの聞いた。あいつは大四老遊庵のお気に入り寝子だからなって。」
それを聞くまで遊庵は「ネコ」を「猫」と変換していて螢惑の言う意味がよくわからなかった。
しかし、後の言葉で「ネコ」が「寝子」である事にようやく気づいた。
いつからか、俺は螢惑を抱くようになった。
なぜ、いつのまに、このような関係になったかなんて覚えてない。
螢惑と会ったとき、その端正な顔立ちと、あの切れ長の眼に言葉を失ったのを覚えている。
どんな顔で啼くのか、感じるのか見てみたいなんてあの頃の勢力活気に満ちた俺は思ったのかもしれない。
そしてそれを叶えたのだろう。
遊庵は眼をぱちぱち瞬かせながら、まるで猫のような眼でこちらをみている螢惑に言った。
「お前が俺の色なわけねーだろ。単なる居候、お前にそれ以外にどんな名称がつくってんだよ。」
そして口角をきゅっとあげた、遊庵独特の笑いを螢惑に向けた。
「ふーん・・・・。」
なにか他にも言いたそうな表情で遊庵を横目で見た。
『じゃあこの行為はなんなんだ』
そんな事を言われるのではと遊庵は背中に冷たい汗を掻いていた。
しかし螢惑はそんな事を言いだす様子はなく、ただ一言寒いといってシーツに包まった。
シーツは1枚しかないから螢惑が独りで包まれば俺の分はない。
「俺はシーツなしで寝ろってのかよ?!」
そう言っても螢惑は無視だ。
寝ているわけではなさそうだが無反応で眼を閉じていた。
仕方がないので力ずくでシーツを剥ぎ取った。
螢惑はまるまった身をさらに丸くした。
それこそ猫が座布団の上で昼寝をする時のように小さく縮こまった。
遊庵は螢惑に覆いかぶさるようして、シーツを被った。
螢惑はその暖かさに眼を見開いた。
「ゆんゆん?」
「これなら寒くねーだろ。」
螢惑は首だけで頷くと遊庵の胸に顔を埋めた。
そして二人はお互いの体温の中に落ちた。
安心とゆう闇の中に。
螢惑はふと眼を覚ました。
体を起し、覚醒しない意識の中、自分が遊庵と眠っていた事を思い出した。
遊庵は螢惑の体温を失ったことで眼を覚ました。
そして、螢惑が先ほどから腕や腕に絡みついていた自分の長い金髪の髪を纏めているのを眺めていた。
しかし、不器用な螢惑が髪を結おうとするとうまく出来ずほどけてしまう。
螢惑はそれでも解けては結い、結ってはほどけ、を繰り返した。
遊庵は螢惑がいつまでたっても結べないのを知っているので、螢惑の眉が中心に寄りかけてきたのを見届けて手を出した。
「まったく、お前は自分の髪もまともに結えないのかよ。」
遊庵はその見るからにサラサラとしてそうな髪を手早く後ろにまとめると、三つ網に結わき始めた。
「後ろなんて見えない・・・。」
ちょっとむくれながら螢惑は言った。
「こんなに伸ばしてどうするんだよ?邪魔じゃねーのか?」
遊庵は編みながらいった。
「いいの、願かけてるから。」
そう言ってクスッと笑った。
正直、どんな願なのか気になった。
でも聞いたら負ける気がした。
何に負けるとかじゃなく、ただ、なんとなく俺がこいつに興味を持っていると思われるのが俺の自尊心をくすぐったのだろう。
だから俺はそれ以上追及するのはやめておいた。
「そんじゃ、叶った時には俺が切ってやるよ。お前が自分で切ったらボサボサになりかねないからな。」
そう言いながら俺は紐で髪を縛った。
「ほら、できたぞ。」
螢惑は三つ網を手に取り、ちょっと笑いながら「ありがと」と言った。
そして体の遊庵の方に向け、上目遣いで尋ねた。
「俺の願がなんなのか気になんないの?」
まるで気にしてほしいといった口ぶりだった。
「叶えばわかるだろ。」
実際そう思って髪を切ってやると持ちかけた。
「じゃあゆんゆんは俺の髪を切る事はないね。」
そう言って手持無沙そうに三つ網の毛先を弄びだした。
遊庵が眉をしかめると螢惑は苦笑まじりで言った。
「だって俺の願は多分一生叶うことないだろうから。」
そして顔をそらし俯いた。
その不安そうな、寂しそうな表情はなんともいえない哀愁があった。
「なんでだ?」
いつもにもないまじめな口調で遊庵は聞いた。
しかし、螢惑は俯いたまま顔を上げることなく黙ったままだった。
自分から「聞かないのか?」と言っておいていざ聞くと答えない。
遊庵はそんな螢惑の態度に願がなんなのか気になりだし、言わない事で少しイライラをつのらせていた。
「一体何なんだよ?気になんだろ?」
遊庵は螢惑を急かし立てた。
すると螢惑はちょっと頬を赤く染めた。
俯いていてもそれが遊庵からも見て取れた。
「・・・俺の願は・・・ゆんゆんが俺の事好きになってくれること、・・だから。」
遊庵がイライラにまかせてもう一急かししようと口を開いた瞬間だった。
螢惑の口から発せられた言葉に遊庵はその開いた口を閉じる事が出来なくなった。
螢惑がまさかそんな事を思っているなんて予期せぬ事だった。
つい螢惑のことは何でも知っているつもりになっていた。
ただ毎日一緒に居るだけなのに。
いや、毎日一緒に居たから気づかなかったのかもしれない。
自分だけが螢惑に入れ込んでることは気づいていた。
ただ認めると絶対に手に入らないものを欲してしまう、そんな思いをしたくないと思ったから認めなかった。
でも螢惑も同じだったのなら?
自分のことで余裕がなかった。
こんな大事な事に気づかないなんて・・・。
自分もまだまだだと思った。
螢惑は顔を上げようとはしなかった。
体を支えている腕が少し震えているのがわかった。
それが無理な体勢をとっているせいではなく、遊庵の返答に怯えている事はわかっていた。
「その願いもう叶ってるぜ。」
遊庵は螢惑の腰に手をやり、自分の方に引き寄せた。
相変わらず細いと思った。
「え?」
数分振りの螢惑の顔はいつもの冷淡な感じとはかけ離れた緊張と照れ臭さに満ちていた。
「俺はお前なしじゃ狂っちまいそうだからな。」
「そんな事ないって・・・。ゆんゆんは俺が居ようが居まいが何も変わる事はないんだよ。俺じゃなくたって、抱ければ・・・それでいいんだろ?」
螢惑は戸惑いながら言った。
遊庵も螢惑の言葉に言葉を詰まらせた。
そしてやはり気にしていたのだと知った。
遊庵は螢惑の体を引き寄せて抱きしめた。
「俺はお前しか抱かない。お前しか抱けない。」
そしてもっと強く抱きしめた。
体を重ねても抱きしめるなんてした事はなかった。
「はは・・・俺の願いも叶っちまったなぁ。」
「遊庵の願い?」
螢惑が首を傾げた。
「螢惑が俺の物になりますようにって、な。」
そしてお互いの唇を吸う音が部屋を支配した。
終