横谷リーダー観察日記 3
「なかなおり、できましたか?」
今井が、デスクワークを進めている巌に声をかけた。
「さぁ、」
仕事をこなしている様子とは裏腹に、張りのない巌の声に、今井はおや?と、首を傾げる。
ゆっくりと振り向いた巌には、いつもの彼の表情にはない何かが見て取れた。
「今井さんは、なぜ横谷さんがXIGに入ったのか、知ってるんすか?」
何故、チームマーリンが、ジオベースではなくて、エリアルベースに入っているのか、地上にいた方が、海に出やすいのではないかと思う。
ましてや、訓練施設は地上にあるというのに、何故、空にいるのか。真相が知りたかった。
今井は確か、XIG創立時から入隊していたはずである。その訳を知っているかも知れない…
「それは、…知ってますが、そういうのは、本人の了解がなければ、言えるものではないでしょう。」
だったら、と辛そうな声を出す
「今井さんは、リーダーの手首の傷を知ってますか?」
「…ええ、」
「俺、初めてみました。あんな…一度や、二度じゃない、傷の上に何重にも!」
「…」
「あれは、過去の傷じゃない」
「巌…さん?」
机の上で握りしめていた拳を深呼吸とともに開いて、巌が今井を睨み付けるように見つめたまま、苦笑を浮かべる。
「…俺は昨日、リーダーを、亡くするところでした…」
今井が息を飲んだ。
昨日、戻ってきた巌は、ショックが強くて、今井に任務以外のことを報告していなかった。時間が長かったことの指摘には、曖昧に返事をしたのだが
なんと答えたのかすらも覚えてもいない。
「一体、何が?」
あっさりと告げた巌の言葉を理解するに従って、今井は事の重大さに気が付いた。
「あの人は死ぬことを諦めたんじゃない、死ぬ努力をやめただけなんだ。」
いまだに、死を望んでいる…巌の瞳が、行き場のない不安と、憤りにゆがむ。今、こうしている間にも、横谷は、死を望んでいるかも知れない。
今井は、大きく息を吐いた。
「今、話すべきなのか、私には解りません。ですが、あなたが彼を背負ってくれる気があるのなら、聞く権利はあるのかも知れないですね。」
額に当てた手の隙間から、巌は今井の言葉に意識を集中させる。
「チームマーリンは本来ジオベースに配置される予定でした。」
どう見てもその方が都合がいいだろう。
「ですが、上の人の是非にとの希望で、ここに移されました。彼の自殺願望は、すでに収まっていたのですが、やはり、目の届く密閉された空間に
閉じこめておきたかったんでしょうね。でも、それが、横谷さんには耐えられない空間だったらしくて、仕事が無くなると、あちこちに渡り歩いて、
時間をつぶしていたんです。
相手をしてくれるのは、古くからの友人たちで、すでにその内容を理解している人達でした。」
「それって!何の解決にもなってねーじゃねーか!」
「ええ、だからあなたが呼ばれたんです」
「!?」
あまりのことに、巌はぽかんと口を開けたまま、しばらく惚けていた。
「もちろん、怪獣が頻繁に現れるようになって、マーリンの出動が増え、明らかに人手が足りなくなってきたからなんですが、たくさんいた候補の中から巌さん、
あなたが選ばれたのは、理由があったんです。」
俺が?何で?疑問符が、脳裏に並ぶ
「あなたで、本当に良かったと思っています。」
柔らかく笑った今井が、自分が話せるのはここまでですと話を区切ってしまったため、疑問符を並べたままに、巌は仕事を続けることとなった。
とりあえず、話された内容を自分なりに理解して、考えてみようと思う。
「あなたが入隊してきた一日目に、早速効果が現れてましたからね。」
ちょっと複雑な笑顔でそういって、今井は自分の部屋に戻っていった。
俺が、ここに配属された理由?
部屋に戻る途中も、巌はずうっと考えていた。
「俺が来たことによって、何が、どうなるってんだ?」
どう考えても解らない、一日目から効果が出始めたと今井は言ったが、巌の来る前の横谷がどんなものだったのか知らない巌には、見当も付かない。
だったらそんなのは無しにして、これからのことを考えればいい。
もっとも巌らしい考え方だった。
無意識にポケットに手を入れてチャリッという金属音に足を止めた。指先に触ったものを取り出す。
それは、あのリング。内側には、Kのイニシャルが彫ってある。
いまだに横谷の名前を知らない巌だがそれは横谷が捨てたものだと信じていた。
あの場所に捨てたと言うことは忘れてないって事だよなぁ、
リングを目線まで持ち上げて、切なくため息を付くと、キーホルダーになっているそれに、口づけた。
ふと、視線の先、自分の部屋のドアに、人が腕組みをしたままよりかかっているのが見えた。
「え?リーダー?」
自分の目を疑った。が、あの細い華奢な姿を見まちがうはずもなかった。
「遅い!何やってたんだ」
「リーダーこそ、何やってんですか?こんな所で」
素朴な疑問だった。が、それは愚問というものであろう。部屋の前で主を待っていたのだから用があるに決まっている。
しかし、素直に答えるべくもなく、面白くなさそうに視線を下げて横谷は少しふくれた。
そんな様を見て、ここがどこだか忘れてしまうほど、横谷を可愛いと思ってしまう巌は、すでに終わっていると自覚していた。
「体、大丈夫ですか?」
自分でも驚くほどに優しい声が出た。目の前にいるのは 昨日死にかけた人である。
「風邪、引かなかったすか?」
「ああ、」
別に、と横を向く。ほっといたら、気持ちよく死ねたかも知れないのに、巌はその邪魔をしてしまったのだ。
「なんか、用、あります?」
まさか、ここまで来て、暇か?はないだろう。
昨日は成り行き上、巌も我慢が出来なかったのだから仕方ないとして、今日は、とりあえずワンクッションおいているためまだ余裕である。
「お前の部屋が、」
…とぎれた。俺の部屋が、どうしたのだろうと、疑問に思う。
「俺の部屋?」
「ああ、」
部屋が、何なのだろう、やっぱり解らない。とりあえず、開けることにした。
「開きましたけど、」
いつものとおり、青白い薄暗い部屋。扉が開いた風圧で、イルカのモビールがあちこちで揺れている。
横谷は、そこで部屋の様子をただ見ていた。
「あ、自動だから、」
ほっとくと閉まるけど、と言おうとして間に合わなかった。横谷の目の前を扉が閉まる。もちろん自動ロックだから、開けてやらない限り、外から開けることは出来ない。
あっけにとられ、どうするか様子を見ていたのだが、物音一つしないので帰ったのかと思った。とりあえず、様子見に中から扉を開けてみる。
「うわっ」
外には、さっきのままで横谷が立っていた。
ついついため息が出てしまう。
「…なにやってんすか?さっきから」
ますます横谷の顔がぶすったれてくる。
「用があるなら、どうぞ入ってください。」
促すと、今度は一歩部屋に入った。巌は横谷を意識しないようにして、ベットの頭元に片膝を乗せ、ポケットから例のキーホルダーを取り出した。
無くする前に置いておこうとさっき思ったのだった。
頭元で揺れるイルカの横に、キーホルダーのホルダー部分を止め付ける。と、ちょうどイルカと高さがあって、揺れるたびにイルカの口がリングの端をつついて
小さな可愛い音を立てた。
何をしているのか、巌の巨体の影で見えない横谷は、好奇心に負けてそっと後ろから覗いてみた。
「!!、そんなゴミ、まだ持っていたのか?!」
リングを見つけて、あのときのように横谷の顔色が変わる。
「ゴミじゃないっすよ、命がけで手に入れた俺の宝もんです。」
「捨てられていたものだぞ!」
「捨てられたのか、落とし物なのか解らないじゃないっすか、世の中の財宝なんて、そんなもんっしょ」
横谷の顔色を確かめてみる。
「それとも、リーダーが捨てたものなんですか?」
ふざけた振りで聞いてみるが、内心、心臓がばくばくで、焦りがばれやしないかとひやひやだった。
案の定、言葉に詰まった横谷が、横を向く。そんなものは知らないと、嘘をつけるほど、過去の物ではないのだろう。
「拾ったときから思ってたんですよね。このイルカにぴったりなんじゃないかってね。」
満足そうに頷くと、ねっ、と、横谷を振り向いた。
巌の笑顔に、横谷は複雑な顔をして、視線を逸らすしかなかった。
「で、何の用だったんすか?」
「………」
何か、聞き取れないことを呟いた。
分からなくて、巌が眉を寄せる。耳をそばだてて、横谷を見つめた。そのまっすぐな視線に耐えかねて、横谷はわざとに大きなため息を付くと、
いきなりベットを背もたれにして、床にどっかりと座り込んだ。
「よ、横谷さん?」
「この部屋の雰囲気、気に入ったんだ!」
およそその言葉とはまるで違う声音で、叩きつけるように言ったかと思うと、抱え込んでいる膝に、顔を埋めた。
気に入ったって、あんた、ここに居座る気っすか?とは、もちろん言えない巌である。かといって、大好きな横谷と一緒の部屋で、何もしないで二人っきりで過ごせるほど、
巌の理性は強靱はでない。
座ったまま、顔も上げずに微動だにしない横谷に、だらだらと冷や汗が出てくる。
この人は、一体、何をどうしたいんだろう?
とりあえず、何も言ってこないので、備え付けのシャワールームで汗を流してくることにした。
出てくるまでに、いなくなっていることを祈りながら。いなくならないでほしいとも思いながら…
シャワールームから出るとき、暫しためらい、意を決してドアを開ける。
果たして、そこにまだ横谷は座っていた。ただ、膝を抱えたまま、ベットに頭をも垂れかけ、熟睡している…
「ど、どうしろってんじゃー」
もちろん小声である。巌は涙が出そうになった。
無防備で寝込む姿は、凶悪なほど可愛い…
これじゃあ、襲ってくれとでも言っているような物ではないか、
「そうなのか?それでいいのか??」
少なくとも、二度もそういう関係になっているのだから、その相手の部屋に入ってくるなんて、そのつもりなんだと思うところだが、初日の誘い方があれだったのに、
じゃあ、何で、今回はそういう態度で示してこなかったのかが引っかかるところでもある。
昨日の今日だし…
「…誰が、この人をこんなにしちまったんだよ…」
ため息とともに途方に暮れてしまう。
ただ、このままにしておく訳にもいかず、とりあえず声を掛けようと横谷の横にしゃがみ込む。
「よ、」
意を決して、声を出そうとしたのだが、目の前にある横谷の寝顔に、心臓が飛び上がった。
長い睫、通った鼻筋、薄い唇は、軽く開いて、かすかな寝息を立てている。
「やっぱ俺、好きです。横谷さん。」
昨日は口に出来なかった言葉を起こさないようにそっと囁く。起きないでくれと願いながら、そおっと唇を重ねた。
「ん…俺、も…き、……さん」
眠っている横谷の口が、返事を返した。たぶん無意識なのだろう。聞き取れはしなかったが、明らかに巌の名ではない名前に、巌は唇を噛みしめた。
「まだ、好きなんですか!!こんな扱いを受けて、こんな仕打ちをされてっ!!」
胸が締め付けられる…
「あんた、ばかだ…」
たたき起こして、めちゃくちゃにしてやりたかった。意識がなくなるまで犯して、忘れさせてしまいたかった。
それでもたぶんこの人は、そいつのことを思いながら、死を望むのかも知れない…
翌朝、横谷は、薄暗い青で統一された部屋の中で目が覚めた。
天井に、イルカが揺れている…海の底にいるような感覚で、ぼーっと、そのイルカを見ていた。
ここが、巌の部屋であることに気が付いて横を見る。ベットには一人で寝ていた。
「あのまま、寝たのか?」
髪をかき上げながら、独り寝でこんなに熟睡したのは、何年ぶりだろうと一人ごちた。
「いってててて、」
床から声がした。
「巌?」
部屋の主は、寝床をマーメイドに占領されていたため、毛布を被って床に転がっていたのである。もちろん、一睡もすることは出来ずに…
「なに、やってんだ?」
「それはないっすよぉ、いてて、」
体のあちこちが、ぎしぎしと軋んでいた。
「べつに、いいっすけどね」
ぼそりと呟いて、毛布を畳む巌の目が赤い。
「この部屋が気にいったんなら、居着いても構わないっすけど、一つだけ、教えてもらえませんか?」
軽めに言った巌の台詞に、何を?と、横谷が見つめ返す。
「誰、ですか、あんたをそんなにしたヤツは?」
きつい瞳が、横谷を見据える。横谷は、ぞくりと身を竦めた。
「…聞いて、どうする…」
ようやっと、それだけ返事が出来た。
「んー、絶対、一発ぶん殴ってやらないと、気が済まなくて、」
ぱしっと、左の手の平に、右拳を打ち付ける。
「ぷっ、あははははっ、そりゃ無理だ、」
横谷が…、笑った…
巌は手を打ち付けたまま、あっけにとられた。
「お前、そんなことしたら、軍法会議もんで、除名されるぞ」
「やっぱり?そおっすよね。分かりました。」
何が分かったのか、あっさりそういうと、巌は身支度を整え入り口から姿を消した。
「先に、行ってますね」
明るい声を残しながら…
プシューと、エアーの音を立てながら、コマンドルームの扉が開く。
すでにここの常勤のメンバーがそろっていたため、誰の入室かと、全員の視線が扉に向いた。
「おはようございます!」
元気のいい声に、みんなが声を返す。
「巌さん、どうしたんですか?」
コマンドルームにはあまり人の出入りがない。チームリーダーならいざ知らず、個人的に来るなんて事は、まずないのだ。
入り口に一番近い我夢が怪訝そうに声を掛けた。
「失礼なこととは分かっておりますが、どうしても、確かめておきたいことがありまして。」
「なんだね、やぶからぼうに、」
普段ならコマンダーが声を掛けるところなのだが、どうしたわけかコマンダーは微動だにしないので、千葉参謀がコマンダーを横目で見やりながら、返事をした。
「失礼します!」
つかつかと軽快に歩いていくと、巌はコマンダーの前でぴたりと止まった。
皆、息を潜めて様子をうかがう。それほどに、巌の迫力と、コマンダーの緊張が見て取れたのだ。
「こんな所で、こんな時に、大変失礼とは思いますが、」
一語一語、巌が区切って言う。コマンダーは、歯を食いしばるようにその様子を見つめた。
「これに、見覚えはありますか?」
巌はそっと、手のひらをコマンダーの目の前に開いて見せた。
周りからはそれが見えず、皆、首を伸ばしたい心境だった。
「……あぁ」
瞬間、ぎゅっと目を閉じたコマンダーの口から、短い、はっきりした返事が返った。
「失礼します!!」
力強い巌の声とともに、巌の上体が弓なりにそる。オペレーター二人の悲鳴が上がった。
「巌さんっ!」
我夢が叫び声を上げて、巌に後ろからしがみついたときには、コマンダーの体が、激しく吹っ飛ばされた後だった。
「なんて事をするんだ!!貴様、こんな事をしてただではすまされんぞっ!」
千葉参謀が激怒してまくし立てる様を、コマンダーが引き留める。
「何ともありません!個人的なことですので!」
「しかしだねっ!」
口の端しから流れる血を拳で拭いながらまだ立ち上がることのできないコマンダーの側に千葉参謀がしゃがみ込む。
その時、再度入り口が開いて堤が顔を出し、事の惨状に固まった。
「堤チーフ!この男をつまみだしてくれっ!」
体格差のある我夢がずっと必死に押さえていたのだが、まだ殴り足りなさそうな巌の形相に千葉参謀は恐怖を感じていたのだろう。
堤が入って来たときには、明らかに安堵の息を漏らし、そう命令した。
中の状況を見回して、一体何が起こったのか、堤は全てを察した。
すぐに巌に手を掛け、青い顔をしているオペレーターと我夢にまあまあと笑いかけ、さあ、と巌を促した。
「処罰は、まぬがれんからなっ」
負け犬の遠吠えのような千葉参謀の台詞に、巌が振り返る。
「構いません!しかし、退艦のときには、一緒に連れて行きますから!!」
その台詞は、コマンダーに向けてのものだった。
巌の迫力に、千葉は首を竦める。
「一体、どうしたと言うんだ、彼は、」
事態がまるで飲み込めていないため、しきりに首をひねっている。
「…後で、説明をします。」
立ち上がったコマンダーを、敦子が付き添って医務室に連れて行った。
「横谷リーダー」
チームマーリンの研究室にいた横谷に、入ってくるなり今井が声を掛けた。
ん?と横谷が振り向くと、今井は手に持っていた書類を自分の机におきながら、困ったような笑いを浮かべていた。
「巌さん一週間、自室謹慎です。」
「は?」
「やっちゃったみたいです、コマンドルームで、」
「あ、」
口を開けたまま横谷は、目をしばたかせた。
「コマンダー殴り飛ばして、一週間、謹慎です。」
「あはははははっ」
横谷は突然、腹を抱えて笑い転げた。
「笑い事じゃないですよ、」
「やっぱ、あいつおもしれー」
あはははは、と、本当に楽しそうに笑い続けている。
「ええ、すごい人だと思いますよ。あなたに、百面相させれるんですからね。」
横谷の笑顔なんて、ここで始めてみたのである。
「さすがです。」
「やるかぁ?しかも、コマンドルームで?」
「堤チーフが言ってましたよ。」
笑いすぎて、にじんだ涙を拭いながらも、今井に視線を向ける。まだ笑いたそうな顔をして。
「わざとあそこでやったんだそうです。ここを降りるために。あなたを連れてね。」
「!…ばっかじゃねーの」
くるりと机に向き直った横谷の表情は見えなかったものの、今井は、やっぱり見たこともない顔をしているんだろうなと思った。
「コマンダーの口添えで、謹慎だけという軽いものですんだみたいですけどね。」
ふん、と、横谷の鼻息が聞こえてきそうである。
「けど、巌さんがいないとなると、仕事、かなりハードになりますよ、覚悟して下さいね。」
「何で俺が、」
「連帯責任です」
げーっとうめき声を上げて逃げ出そうとした横谷を今井がすかさず捕まえていた…

何故でしょうね、書いているうちに横谷リーダーがどんどん愛おしい存在になっていくんですよね。
いつも、何故か読みづらいので、字を小さくしてみました。少しは読みやすくなったでしょうか?
それにしても、今の時代にこんなものを読んでくれる人なんているんだろうか?いないんだろうな。くすん;; |