横谷リーダー観察日記 6
俺はあの人を救うことが出来ない…
これでもかと言う程に巌は打ちのめされていた。
背中を丸め、キーボードを叩いてはいるが、エンターキーを押すたびに、
はぁーと重いため息を付いていては、さっぱり進むものではない。
「巌さん、」
「すんません、分かっちゃいるんですが、ちょっとしんどくて。」
「何をそんなに気にしているんですか?」
「はぁー」
横谷はやっぱり研究室に出てこない。
巌の頭の中には妄想がぐるぐる渦巻いて、さらにため息を深くする。
「顔を出しづらいだけでしょう?そのうち出てきますよ。」
「だめだぁー、あの二人、まだ好き合ってんだもん。俺の出る幕じゃないよぉ。ぐすん」
ガックリ落ち込んで、デスクの上に顔を乗せて鼻をすすっている。
そんな巌を今井はあきれたようにため息を付いて見つめた。
「何言ってんですか、あの二人、もう戻りはしませんよ。あなたが、彼をあれだけ変えたんですから、
もう今更どうにもなりませんって」
「何でそう言いきれるんですか?今こうやっている間にも、会ってるかもしんないじゃないですか?」
「分かってないですね。私は初めて見ましたよ。あの人の笑顔なんて。」
「え?」
「笑ったんですよ、声を上げて。あなたがコマンダー殴ったって事を教えたらね。仮にも好きな人が
みんなの前で殴られたらあんなに楽しそうに笑えないものでしょう?私があの人に初めて会った時には、
すでに感情が壊れた状態でしたから、会ってからの数年間、笑った顔なんて見たことなかったんですよ。
コマンダーだって、地上に奥さんと可愛いお子さんが待っているのですから、そうそう浮気なんて出来ま
せんって。ましてや一度切れた相手にどうこうするなんて事はないでしょう。」
「けど、セイレーンを操縦しているとき、視線絡みあわせてたし、いても立ってもいられなくて、向かえに
来たって感じだったじゃないっすか、」
恨みがましく上目遣いで見つめる巌に、今井が笑ってしまう。
「そりゃぁ、嫌いになって別れたんじゃないんですから、長年の情があるでしょう。でも、これだけは確信して
います。彼はあなたの事、嫌ってはいませんよ。むしろ、惹かれていると思います。だから、もっと自信を持って、
前のような明るい朗らかな巌さんに戻ってください。あの人を救えるのは、あなたしかいないんですって。」
「そっかなぁ」
「そうです。そんなに疑うなら、ナビで呼んでみたらいかがですか?たぶん退屈していると思いますよ。」
退屈しているくらいなら仕事しろよと言いたい今井であるが、巌がこんなだから出て来づらいのだとも思う。
「今どこにいるでしょうね。」
「さあ、」
いつも誰かしらの部屋にいた横谷だ。暇つぶしに、また非番の誰かと一緒に過ごしているのかも知れない…
「ほら、呼んでみてください。」
「…怖いっすよぉ…」
「いんですか?このままで、」
このままで一番困るのは今井だ。仕事は事情があるからと言って待ってはくれない。
意を決して、巌はナビの蓋を開けた。
電子音が横谷を呼び出す。程なくして応答した。
少なくともいつぞやのように上半身裸でなかった事にほっと胸をなで下ろす。
『…なんだ』
ナビの向こうから、不機嫌な声が帰ってくる。
呼んだ巌がしどろもどろしていて話しかける事が出来ないからだ。
(ほら、何か言って)
ナビに姿が入らないように今井が後ろでこづく。
「今、どこですか?」
ようやく巌の声が出るが、その声は見事にひっくり返っていた。
しかし、それにも気付かない様子で、横谷はびくりと視線を逸らした。
「!!」
巌がいきなり立ち上がった。
「どうしたんですか、巌さん。」
「迎えに行ってきます!」
さっきとは別人かと思う程に嬉々として、でかい体をあっちこちにぶつけながら研究室を飛び出していった。
「どこにいるか、見当が付いたんでしょうね。早々に戻ってきてくれると嬉しいんですけど、ま、
期待しない方がいいですね」
巌は確信していた。ナビの中に映っていた横谷は、どこかの部屋の前に立っていたのだ。
「あれは、」
自分の部屋のはずである。気に入ったって、言ってたではないか。
どこでも一緒だと思うが、基本的に廊下は走るべからず、であるがそんな事は、くそくらえ、だ。
巌は全力で自室に向かっていた。
少し前、横谷はどこに行くか途方に暮れて、知らず知らずのうちにあの安らぎのある部屋の前に来ていた
のだが、部屋の主がいなければ当然入る事は出来ない。
だいたいあれだけ横谷の事を好きだと喚いていた巌が、この前の事件の時以来とんと連絡もなく、
接触しようとしてこないのはどういった訳なのか、苛立たしいのを通り越して、不安になってきていた。
かといって自分から巌を迎えに行く事も出来ず、途方に暮れていたときのナビ呼び出し音には、正直、
胸を高鳴らせて応答したのだった。
開けたナビに映ったのは、過去に愛した男。
『横谷、』
何故、今、連絡が来るのか、不安な心に揺さぶりがかかる。
「…、出撃ですか、」
ひと呼吸して一番可能性の高い用件を聞いてみる。
出来ればそうあってほしいと願いを込めて。
『いや、』
言葉を濁すコマンダーに思わず視線を外してしまった。
『すまん』
「用がないなら、…鳴らさないでください!」
有無を言わせずナビを閉じた。
何だというのだ、何を謝っているのか、深く考えると立ち直れなくなりそうで怖くなる。
もう、楽になりたい…この部屋の中、海底のようなベットの上で、ひたすら眠りたい…
…潮風のにおいのする中で…
再度、けたたましいナビの呼び出し音にビクンと体がすくむ。
またコマンダーだったら、どんな顔をすれば良いのか分からない。
震える指でナビを開けた。
そこにはしょぼくれた巌が映っていた。
全身から力が抜ける…この男は今まで連絡も寄越さずに何をやっていたのか、
急に腹が立ってきてぶっきらぼうに答えてやる。
どこにいるのか?との問いかけに、お前の部屋の前だとは言い返せずに黙ると、いきなり通信が切れた。
はぁーと、どっぷりと重たいため息を付いてこの部屋の安らぎを諦め、自室に戻ろうと足を進めたその時、
視界の隅にえらい勢いで近づいてくる人影を見つけた。
ドドドドドッと、地響きを立ててその陰はどんどん大きくなり、呆然としていた横谷が我に返ったときには
避ける暇もなく、ぶつかる衝撃に身を竦めた。
激しい勢いで宙を飛んだはずなのに、衝撃はそのままでいつまでも着地しない事にいぶかしんでうっすら
目を開けてみる。
そのまま、確かに自分は風を切ってバックしている。視界には、揺れるちょんまげ…
「なに?」
横谷は、突き進んできた巌にタックルされ、そのでかい肩の上に担ぎ上げられていた。
しかもやつはそのまま走っているのだ。
走っている足取りが、嬉々としていることが傍目にもはっきりと見て取れる。
巌は自室のロックを外すと、ドアが開くのももどかしく足踏みをして部屋の中に入り込み、ベットの上に横谷を
勢いよく下ろした。
あまりに展開の早い重力の移動に目眩を覚える。
何度か目をしばたかせて目の前にいる大男を見上げると、かがんでのぞき込んでくる大男、巌は
にっこにっこと満面笑みを浮かべていた。
「うれしいっす。俺の部屋の前にいてくれて。」
「別に、偶然通っただけだ。」
ぶっきらぼうに答えるマーメイドは、それでもここに入れた事に安堵していた。
巌の肩越しに揺れるモビール。
自然と緩やかに横谷の口元がほころんでいた。
「好きです。横谷さん。」
「…だから、知ってるって、」
少しむっとした顔で答える。
「こう言われたら、俺も、って言ってください、」
「…、何で、俺が、」
巌の顔が、横谷の視界の中にどんどん大きくなってくる。
「言ってもらえたら、俺、すっげー嬉しいっす、」
「…ばか、」
ばかと動く唇にそっと巌の口が重なる。
「すっげー好きだ。」
「………」
言ってもらうべく唇を放すが、横谷の口は言葉を紡がない。
もう一度口付ける。
「好きです。」
真っ正面から横谷の瞳をみつめる。
そのまっすぐな視線に耐えきれず、横谷は赤面しながら視線を逸らせた。
「…俺も、」
やっと絞り出した声に、よっしゃぁー、やったぁーとガッツポーズ!
「ここの部屋が」
「は?」
持ち主が、と心の中で呟くが、そこまでは声に出さずに今度はこちらから惚けてる巌に口付ける。
「えっ?だって、それって、」
「もう、いいだろう、」
じれて、巌にぶら下がる。
「はやく、」
首筋にかかる吐息に、さすがに巌は、もう何もかもどうでも良くなった。
「一体、いつになったら戻ってきてくれるんでしようかね。まったく」
大きなため息が一人しかいない部屋に響く
「ナビ鳴らして、邪魔してやろうか、」
ぶつぶつ言いながら、必死で仕事をこなしている今井だった。

終わりました!やっと。書きたいことの何分の1が書けただろう?けど、これはこれで終わり。
次のが書きたい!ここまで読んでくださった人がいましたら、本当にありがとうございましたv
これからも、お付き合い頂ければ嬉しいなぁv |