折れた風切り羽根

 今日もまた、北田の視線が絡みつく。ここ数日、気が付けば北田が俺を見ていた。
 気付いても、容易に振り向くことすらできない…
 その視線に一度捕まってしまったら身動きすることも出来なくなりそうで…
「ですから、逆噴射で一気にスピードを落とした後、リパルサーリフトの出力を上限まで放出し、そのまま…、」
 ファイターの操縦方法に、まだまだコツがあると我夢に呼び止められ、資料を渡された。
 エンジン部分と、その中に含まれる普通の戦闘機が持ち得ない我夢発明の重力制御装置(リパーサルリフト)の
詳しい設計図を見ながら、我夢が説明をしてくれる。
 普段は年相応か、もしくはそれ以下に見える我夢も、自分の専門分野の事となると完全に天才科学者の顔になる。
 それは自分なんかが口出せるような代物ではなく、言われるがままに理解しようと努力しなければ
恐ろしくも付いていけないような高専門知識的内容になっている。
 ふと説明の声が止まり、いぶかしんで我夢の顔を見ると湯気が出そうなほど真っ赤になっていた。
我夢の視線の先は、後ろで待っている北田と大河原である。
 いやな予感がしてゆっくり振り向いてみれば、北田が不自然に視線を逸らした。
「あ、えーと、」
 我夢は、どこまで説明したのかわからなくなって、じたばたしている。
「後から、もう一度聞かせてくれ、」
「は、はい、」
 北田と大河原に軽く頭を下げて勢いよく我夢が走り去った。
 後には、きょとんとしている大河原と、横を向いている北田。
「我夢さん、どうしたんでしょうね。」
 鈍い大河原に感謝しながら、さあなと、首を竦めてこの後の予定を言い渡し、俺は先ほどもらった資料に目を通すべく
プライベートルームに向かおうとしていた。
 ぞくりっと、何かが体を這い上る。
「!」
 原因の方を見やると、北田の視線とかち合った。廊下の途中に立ち止まり、じっと俺を見ている。
 憎むでもなく、愛おしむでもなく、どちらかというと無表情に近い視線を向けて。その無表情さに、畏怖を感じて、俺の足が竦む。
 何が言いたいんだ!なんでそんな目で俺を見る!
 しばらくその状態が続いていたが、大河原に呼ばれて北田の体が前を向く。瞳だけが、最後まで俺にはりついていた…


 解からない、この頃のあいつは。俺に何を望んでいるのか。俺はなぜこんなに苦しいのか。
 あいつのあの視線は、俺にとって恐怖の対称にしかならない。
 おかしくなったのは、俺からあいつにキスしてからだ。あれ以来、まともに会話もしていない。
 俺が、あいつに振り向いたからか?その時点で俺はあいつの興味の対象ではなくなったのか?
 気が付くと、いつの間にか自分の部屋の前に立っていた。手には我夢からもらった資料がしわしわになっている。
 あいつの視線一つに、自分がこんなに動揺するとは思わなかった…
 これはとりあえずファイルに入れておくか、
 デスクの引き出しを開けながらも、思考はあいつへと傾く。
 あの意思の色を隠した瞳。そうだ、あれは意図的に隠しているんだ。もともとポーカーフェイスな方だが、
ああまであからさまに隠されると、腹が立ってくる。
 それより何より、そんなあいつを怖がっている自分に腹が立つ。
 自覚して余計に苛立ち、開けたままだった引き出しを力いっぱい閉めた。
「イテッ!!」
 ガァンという音と共に閉められなかった引き出しがゴロゴロゴロと音を立てて開いてゆく
 右手の親指が痺れている。
 ファイター三機分の資料などがビッチリと詰まった一番下の大きな引き出しを力任せに閉めたのに、
指に阻まれて閉まらなかったのだ。
 あっけにとられて見ていると、見る見る親指が赤紫色に腫れていく。
 これ以上ないというほどパンパンになってから、いきなり痛みが来た。
「くうっ、」
 あの勢いじゃ骨折していてもおかしくないだろう。砕けたかもしれない…
 ずきんずきんなんて、生易しいものじゃない。とりあえず、冷やさないと
 水をかけてシップのありかを示唆するが、切らしている事を思い出した。
「医務室に行くしかないか。」
 腕を下げると痛むから、左手でいため方の手首を持って、胸の前に押さえると、少しは楽になった。
 
 
 とりあえずはシップをもらいに医務室まで来たのだが、ドアに手をかけて入るのを躊躇った。
 中から楽しそうな笑い声が聞こえる。
 低く、それでいて柔らかい声音は神山のものだろう。もう一つの、がさつだけれどどこか安心感を与える声は吉田だ。
 なにか興奮して吉田が喋る合間に、神山の楽しげな笑いが入る。
 幸せそうな笑顔が目に浮かんだ。
 一瞬、会話が途切れる。すかさず、神山のとがめる様な声と、ふて腐る吉田の声。
 
…ドアを開ける事はできなかった…

 普通はああだよな。こんなに、苦しいもんではないはず。なのに、俺はなんでこんな気分にならないといけないんだ…


「梶尾さん、あの」
 知らずに歩いていたらしい、呼び止められて振り向いた。
「我夢」
「さっきはすみませんでした。」
 思い出したのか、また少し赤くなりながら、我夢が立っている。
「今、いいですか?」
「ん、あぁ、資料は部屋に置いてあるから、取りに戻らないといけないが…」
 なんともいえない気持ちで部屋まで歩き、ルームロックを外そうとしていきなり我夢に腕をつかまれた。
「梶尾さん!どうしたんですか、これ!」
 あ?あぁ、忘れていた…
「さっき、引き出しではさんで、」
 俺の腕を持っている我夢の顔が、泣きそうに歪む
「なにやってるんですか!!早く治療してもらわないと!…痛くないんですか?」
「痛い、と思う」
 他人事のように、俺の口から言葉が漏れる。その俺を見て、我夢が唇を噛んだ…
「早く、来て」
 どかどかと、今来た道を我夢に引かれて歩き出す。
「…なんで、お前が気づくんだろうな…」
 あいつじゃなく…
「え?…誰だって気づくよ!こんなに腫れてたら!」
 痛そう…と、我夢が小さくつぶやいて、さらにずんずん引っ張っていく。
 確かに、さっきよりも腫れが酷くなっているような気がする。
「すいません、神山さん!」
 ノックも無しに我夢がいきなりドアを開けて入っていく。
医務室なんだからノックは必要ないのかもしれないが…吉田リーダーの姿はすでになかった。
「梶尾さんが、指をはさんじゃって、」
 ぐいと、引かれて、神山の前に右手が差し出される。その勢いにバランスを崩して、思わず倒れそうになった。
「どこに挟んだんですか?!」
 きつい声が頭上から降ってくる。
「机の引き出しに」
「何時ごろですか!」
 何故か声が怒っているような気がするが…
「今何時だ?」
 壁の時計を探す。あ、もう一時間以上たっている。
「なんで、放っておいたんですか!内出血がかなりあります!…かなりな痛みだと思いますが、」
 そおっと、右手ごと氷水の入った袋で冷やされる。神山の手が俺の手に触れた瞬間、激痛が走った。
「いっ、つぅー」
「やっぱり。いままでまるっきり感じなかったんですか?」
 そっちの方が心配だとでも言うように、俺の顔をのぞき見る。
 まともに立っていられないほどの痛みに我夢が椅子を引っ張ってきてくれた。
「梶尾さん、大丈夫ですか?」
「ここにはレントゲンがないので、今すぐ、ジオベースのほうに行ってください。」
「えっ?」
「え?じゃないです。骨折の可能性が強いですから。」
「梶尾さーん、」
 今にも我夢が泣きそうな顔をしている。神山は、手早く俺の腕をつった。
「一人で行けますか?誰かと一緒に」
 触られた衝撃で、まだジンジンしているが、歩けないほどではない。
「子供じゃない、大丈夫だ。」
「俺、コマンダーに報告しておきます。梶尾さん、早く行った方がいいですよぉ。」
「ああ、すまないな。我夢」
 どうもと、一礼して医務室を出る。
 はぁ、なんでこんな事になるんだ…
 早く早くと、我夢がダブライナーの搭乗口までせかせる。
「急いだら痛いですか?梶尾さん」
「あぁ、ちよっとな、」
 かなりズキズキはしている。と、我夢がいきなり立ち止まり、ゆっくりゆっくり歩き出した。
「今更ゆっくり歩いても変わらないって、」
「そんな、平然と言わないでくださいよっ、痛いなら痛いって言えばいいのにっ」
「いや、お前の泣きそうな顔見てると、笑えてくるんだ、」
 梶尾さん!と半泣きの状態で、我夢は怒った。
 確かに痛みがないわけではないが、泣き叫ぶほどのものではない。
ただ、それ以上に胸に引っかかるものがあるだけだ…
 
 
 治療を終えダブライナーでエリアルベースへと戻る途中ナビがけたたましく鳴った。
「どうした?」
「梶尾リーダー、今どこですか?」
 敦子の声が、緊張している。
「もうすぐ帰還できる。どうした?怪獣が出たのか?」
「…はい。でも、梶尾リーダー、怪我のほうは?」
「痛み止めも打ってあるし、固定してあるから大丈夫だ。北田と大河原に出撃準備をさせておいてくれ。」
「了解しました。」
 到着と同時に腕を吊っていた包帯を丸めて放ると、ファイターの格納庫に急ぐ。
「北田、大河原、準備は出来ているなっ」
「はい!!」
「敦子、状況を教えてくれ」
「はい、突然 東京上空に大きなワームホールが出現し、未確認生命体が現れました。
皇居周辺の森林を焼き払いながら、進んでいますが先にチームファルコンとチームクロウが出撃して、
その進路を塞いでいます。ハーキュリーズと、シーガルが消火作業にあたり、延焼を防いでいます。あっ!」
「どうした!!」
 エリアルベースから、東京上空までの移動時間が異様に長く感じられる。
「ガイアです!ガイアが来てくれました!!」
 敦子の声が明らかに安堵の色に変わる。
確かに、ウルトラマンは人類にとって救世主のようなものだ。が、あいつに頼ってばかりじゃダメなんだ、と俺は思う。
 視界に、日本列島が入ってくる。一気に高度を下げて、スピードを落とすと皇居の緑が目に入った。
「いくぞ、」
「はいっ」
 ウルトラマンとて無敵ではない。
 いつも怪獣と肉弾戦になるが、どう見ても戦うことに長けているようには見えない。
 戦いのスペシャリストではないのだろう。俺達にできるのはその手助けをすることしかないのかもしれないが、
それで、怪獣の気がそれるのであれば、ヤツも必殺技も出せやすいだろう。

 三チームの隙間ない攻撃が怪獣に降り注ぐ。たまらなくなって、怪獣はけたたましい咆哮をとどろかせた。
 吹っ飛ばされていたウルトラマンが立ち上がり、必殺技の体制にはいる。
 かわされたり、防御されれば威力が半減するため、その瞬間はなるべくこちらに怪獣の意識を向けさせていなければならない。
 最後の攻撃のため、俺たちが怪獣の背後に回った。振り向けさせればウルトラマンに対して無防備な体制になる筈である。
「いくぞっ」
 怪獣の後頭部めがけて、一斉照射!!
「っつ!」
 突然に襲った左手の激痛に回避が遅れた
「梶尾さん!!」
 北田と大河原の叫び声が同時に聞こえた。が、その時点で俺のファイターは振り向きざまになぎ払った怪獣の腕に
弾き飛ばされていた。
 まるでスロウモーションのように、景色が流れていく。
回転のために伴うGがきつくて、イジェクトスイッチに手が届かず、どんどん森林が近づいてくるのが見て取れる。
 突然に我夢のセリフを思い出した
(誰かに必要とされると世界が変わりますよね。)
 俺は、必要とされているのだろうか…
 北田の無表情な瞳を思い出す。
 俺が死んだら、あいつは悲しむのか…あの瞳のままなんじゃないのか?だったら、いいだろう…おれがいなくなっても…
 そう思ったら、肩の力が抜けた。

                                      …このまま…

 がうんっ、と激しい力が体を引っ張った気がした。ばらばらになるだろう激しい衝撃はない。
 コックピットから見える範囲に、青色が一面に広がっていた。
 海にでも落ちたのか?ふと思ってみたが、その青が離れていく事によって、その思いも消された。
「…青い、ウルトラマン…」
 …ヤツが、俺を受け止めてくれたのか、
 そこで俺の意識は途切れたらしい、次に気が付いたとき、まだファイターの中だった。
 しきりに呼ぶ声がして、意識が引っ張られる。
「北…田」
 かろうじて声が出た。全身が、ジリジリ痺れているような感覚に、大きく息を吸う事もできない。
 薄く開いた視界に、コックピットのガラスを両手で叩いているあいつが見えた。
 右手でコックピットを開けるスイッチを押そうとしても、思うように言う事を聞いてくれない。
 北田がなにか叫んでいるが、声も良く聞き取れない…わかったから、そんなに騒ぐなよ…
 意識が朦朧としていく中で、神山とマイクルが北田を抱えて引っぺがすのが見えた。
 
 
 白い天井、ここは、病院?
「梶尾さんっ気が付きましたっ」
 視界が我夢の顔で埋まる。
「よかったぁ、ファイターの壊れ具合から見て、もうダメかもって、みんな思っちゃったんですよっ!
あっ子なんてわんわん泣いちゃって!けど、神山さんが助けてくれたときに、梶尾さんって、思ったより
頑丈に出来てるみたいだって笑わせてくれました。」
 笑う顔が、疲れているようだ。心配してくれていたのだろう…
「体、大丈夫?どっか痛いところとかないですか?」
 一番傍にいて一番心配してくれるのは、なんでいつもお前なんだろうな…
「おや?気が付かれましたか。全身のレントゲンもCTスキャンも脳波もその他オールクリアだったようですから、
気分さえよければエリアルベースに戻れますよ。」
 入ってきた神山の声が楽しそうである。
「すみません、自分の不注意で迷惑をかけまして。」
「無事で何よりです。」
 腰に手を当てて神山は一息ついた。
「どうかしましたか?」
「え?」
 目ざとい神山に、我夢も神妙な顔をして俺の顔を覗き込む。
「いや、…青いウルトラマンに、借りが出来たな、と」
 とっさに言った俺の台詞に我夢の顔がほころんだ。
「…なんでお前が喜ぶんだ?」
「えっ、いいえっ、そんなことないですよ!いやぁ、ホント、良かったですよね。」
 神山が、くすくすと笑っていた。
 しかし、いつまでも寝ているわけにもいかない。体が無事だった事に感謝して、任務に戻るしかないだろう…
ちょっと待て?俺は任務に戻りたくないのか?…そんな事を考えたのは…初めてだ…
 吹っ切るようにベットから降りると我夢の視線とかち合った。
「なんだ?」
「なんか、梶尾さんって、可愛いなぁって」
「は?」
 なに?ぽろっと口から出た我夢の言葉は…俺の聞き間違いか?
「そんな、高山さん、本人目の前にして、」
 否定しろよ!神山リーダー!!
「お、お前、頭大丈夫か?」
 本気で心配になってしまう。
「神山さん、こいつの頭ん中も、スキャンしてやってくれ。」
「はいはい、じゃあ、ついでに、私の頭の中も見た方がいいですね。」
「?」
 
 
 エリアルベースに戻ってから、ファイターを落としてしまった報告書を提出し、ついでにコマンダーから、
指の痛みが完全に取れるまで出撃が禁止された。
「梶尾さんっ」
 自室に戻る途中、大河原に呼び止められる。後ろに北田が立っていた。
「心配しましたっ。無事で本当によかったっす。」
「あぁ、心配かけて悪かった。それから、手が治るまで、出撃を禁止された。お前らにも迷惑をかけるな。」
「いいんですよそんなこと、梶尾さんが無事に戻ってきてくれた事が、なによりなんですから。」
 感極まっている大河原の後ろで、北田が俺を睨みつけている。何か言いたそうだが、こらえるように口をかみ締めて…
 自然と俺の口から溜息が漏れた。
 
 たぶん、北田は俺に対する感情が治まってきたんだろう。
 一時の感情であんな行動を取ってしまったために、今更冷めましたとも言いづらくて困っているんだ。
 …気にするな、一時的な感情の高まりだったんだから。
 そう思った途端に、胸が締め付けられた…
「トレーニングだけは、続けていろ。」
 止めた足を自室に向けて再起動させると、北田が苦しそうな声で俺を呼び止めた。
 視線だけ振り向いてみる。
 口を開きかけて黙り込む北田に、大河原が不信そうに覗き込んだ。
「お前も、心配だったんだよな?」
 北田の肩をつかんで、うんうんと頷いている。
 北田は何も言わない。俺は、振り払うように歩き出した。
 
 俺は、ばかか?あいつのあんな気の迷いに、すっかり絆されちまっていたなんて!
 この苦しさは何だ!この状況は願ったりだろう、もとに戻るだけなんだから!
 よくあることだと、神山が言っていたじゃないか、なにもなかった。もう、終ったんだ…
 …切替えればいいだけだ、前の自分に!
 自室に入り、ベットに体を投げ出す。
「…疲れた…」
 体全部が悲鳴を上げそうに痛い…。言葉と共に息を吐き出すと、胸がぎゅーっと詰まってくるから、寝返りを打って深呼吸した… 





梶尾さんと北田くんの苦悩ぶりが、上手く表現出来てないなぁ、
もっと悩めー!苦しめー!!…なにゆえに?それは、私の愛情表現だ・か・らv