績罪 2

 兄が宿を出てすでにかなりの時が過ぎている。
 いろいろな研究で徹夜は慣れているものの、ここ数日熟睡している風もなかった兄が
こんな時間にあてもなく外を出歩けば風邪を引くかもしれない。
 ここんところの兄は自分を見ては辛そうに笑う。
たとえ繕っていたとしても微妙な変化に気づかないはずがない。
自分は兄しか見ていないのだから。

 前に大佐に言われたことがあった。
「そろそろ、鋼のに、一人の時間を与えてやってはどうだ?」と
 理由がわからなかった。自分はいつも兄のそばにいたいし、暴走気味の兄には自分が
必要だと自負していた。だが、兄はちがうのだろうか?
 その疑問が兄を探しに行くという行為を阻んでいたのだ。
 今の季節、夜は結構冷える。それを理由に迎えに行く決意をした。
 後は何も考えない。考え出したら、何かが崩れてしまう… 
 
 
「どこまでいったんだろう、しょーがないなぁ」
 手には兄の首に巻くためのマフラーを持って。
「ここくらいしか、ないと思うんだけど」
 あの兄のこと。こんな真夜中に人の家を訪ねるとは思えない。イーストシティなら
軍の宿直室を借りることもあるだろうが、ここは中央。
 人気のない街灯もまばらな広い公園内を一通り歩いてみることにした。
「!」
 他人なら、聞き取ることはできないだろうわずかな声を弟は聞き逃さなかった。
兄の声を間違えるはずもない。しかし、見渡せるベンチには人影もなく、声のした方へとゆっくり進む。
「にいさん、どこで寝てるのさ、風邪引くよ」
「ア、ル、んぁっ」
 寝相が悪くて転がったのか、もしくは怪我でもしているのでは、と早足で居所を探す。
 ベンチ裏の垣根の影に兄の赤い上着が見えた。
「にいさん、ど…」
 目に入ったのは、短髪の少年の背中。しかし、その少年の下に見えるのは確かに兄の上着である。
「う、やぁ、ア、ル」
 確かに兄の声、しかし様子がおかしい、
「に、にいさん?」
「ぶすいなやつだなぁ、こういう時は見て見ぬふりをするだろう?普通は」
「!!」
 振り向いた人物の容姿を見て、弟は硬直した。
「あぁ、なんだ、確かおちびちゃんの弟の」
 話す声も今の自分とほとんど同じだ。
「なんで、ぼくが…」
「ア…ル、アルフォンス」
 かすれた兄の声。のばされた手が弟を捜す
「にい、」
「ごめんね、にいさん、ここにいるよ」
 その手を握って口づけをする。
 まるで本物がそうするように…
「アル」
 甘い声
「好きだよ、にいさん。」
「っあ、アルッアルッッ!」
 ひときわ高く、兄の声があがる。
 兄の両腕が兄を組み敷いている者の背中にすがりついていた。
 
 弟の中で何かがはじけた。
「このぉ、にいさんを放せっ!なにしてるんだっ!!」
「くるなっ!…あんたにおちびちゃんの夢を壊す権利はないんだよ!」
 目の前の自分が意地悪くにやりと笑う。
「なにを!」
 殴りかかった瞬間、目の前の自分はひらりと身を翻し、離れたところに着地した。
 その身はすでに自分の偽物ではなく、いつか傷ついた兄を運んできてくれた人物。
「ふん、あんたがそんなだから、おちびちゃんがこんなことになってるんだよ。
僕もまだおちびちゃんの余韻に浸りたいからね、相手なんかしてやらないよ。
じゃあ、にいさん、またね。」
 投げキスをして木に飛び移り、姿を消した。
 
 
「に、にいさんっ」
 力なく倒れている兄の元へ駆け寄る。
 乱れた服の中に赤い無数の花びらが肌に張り付いているように見えた。
「ア…ル、」
 近づいてきた影が鎧の弟と知って兄は驚愕に目を見開いた。
「にいさん!一体、どうして!!なにがっ」
 混乱しているのは弟の方である。
 さっきの人型の自分は何故、いや、兄はそもそも男性で、だけど、無理矢理ひどいことを
されていた風でもなく、だから、兄が呼んでいたのは自分の名前で、けど、その兄を組み敷いていたのは
自分じゃなくて、逃げた人は自分じゃなくて、何が一体どうなっているのか?
「アル、」
 静かに呼ばれた自分の名前に思考が止まる。
「わり、後ろ向いてくれ」
 言われるままに兄に背を向けた。
 後ろでパンと軽く手を打ち鳴らした音がする。
 錬成の光が消えたあと、兄の方に向き直った。衣服の乱れが直っている。いつもの兄だった。
「…迎えに来てくれたんだろ?帰るぞ」
 怒るでもなく、恥ずかしがることもなく、誤魔化そうとすることもせず、普通に振る舞う兄に、
…無性に怒りを覚えた。
「…にいさん、さっきの人、誰?」
「………」
「僕のこと、知っていたよ、」
 兄は視線を合わせない。声の色で弟の怒りが伝わってくる。
「………帰るぞ」
「なんで?」
 弟を無視して歩き出そうとした兄の生身の腕を鷲づかみにした。
 怒りが腕からしみてくる。握りつぶされそうな痛みに目眩がした。
「にいさん、あの人のこと、好きなの?」
「え?」
 思っても見なかった言葉を口にした弟に兄の思考がとまる。
「だからあんな事をしていたんじゃないの?」
「…ああ、」
 兄は否定とも肯定ともとれる返事をした。
 強く握られて色の変わり始めた腕に弟は気づくこともなく激高した。
「だったら、何で!あれは僕だったじゃない!!ひどいよ!あんなのっ、悪趣味すぎるよ!にいさんっ!!」
「うぁっ!」
 ひときわ強く握られ、かみ殺せなかった悲鳴が兄の口から飛び出して、ようやく兄の腕を
握りつぶしそうな自分に気がついた。
「ご、ごめん、」
 あわてて放すと、兄は自分の機械鎧で弟につかまれていた部分をそっとおさえた。
「だいじょうぶ?」
「悪かった…、」
「にいさん?」
「もう、会わない、」
 もうしないから、と言った兄の辛そうな笑顔に、それ以上話しかけることは出来なかった。
 

 もうすぐ夜が明ける、昨日までと同じ日常は、もう来ないかもしれない…
 




何とも言えない気分です。書けば書くほどドロドロに…
いんだろうか?こんな内容で…あぁ、暗い
 

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