テイクアウト


「梶尾、」
「吉田リーダー?」
 廊下で珍しくも声を掛けられたのだが、声をかけたきり何も言わない吉田に梶尾がいぶかしむ。
 過去のこともあり、わざわざ一人の時を見計らって声を掛けてくるのも引っかかる。
「なんですか?」
 身構えて、背の高い相手を下からにらみつける。
「や、その、うまくいってるのかなぁ、なんて、な、」
 そら来た、案の定である。
「なにが、ですか?」
 わざとに力を入れて区切りながら質問を返す。
「や、その、ほら、この頃のあいつ、見ていてちょっとばかし、可哀相でよ」
「あんたには関係ない!!」
 梶尾の勢いにちょっと引いてしまうが、すぐに腹が立ってきた。
「あいつの視線に、気付いてないなんて事無いよな、」
 梶尾はものすごく不機嫌そうな顔で横を向いた。
 北田とはもうなんでもないのだから、ほっといてほしいと思う。
「だからなんだっ!俺はあいつじゃない、あいつが何を考えているかなんて知らないし、解かりたいと思わない!」
「なにを意地になっている。あんな視線を周りのやつらが見たら、お前らの事も一目瞭然だろう。」
「吉田さんこそ何を言ってるんですか。俺らはそんなじゃない、それとも、そんなに変態仲間を増やしたいんですか?」
 明らかに馬鹿にした梶尾の口調に吉田はカッと頭に血を上らせ梶尾の胸ぐらを鷲掴みにすると一気に壁に押さえつけていた。
「心配してやってるってのに、この根性まがりが、」
 ウエイトの差は、かなりの衝撃を持って梶尾を壁に貼り付ける。
「っく、ばか…ぢから、」
 衝撃で息が詰まる。が、ここで咳き込むことは梶尾のプライドが許さなかった。必死に息を止めて食いしばる。
「変態関係の先輩面か?!お偉いこった。生憎俺は頭が固いんで他人の説教をまじめに聞く耳を持ってないんだ。悪かったなっ!」
 歯を食いしばって悪態をつきながら、自分を押さえつけている仁王のような腕を捕まえてみて、あまり質量の違いに愕然とした。
 相手は毎日キャノンやバルカン砲を抱えて走っているのだからパイロットの腕とはもともと作りが違うのは当たり前なのだが、
この腕と本気でやり合ったら自分はひとたまりもないだろう…
 ぞくりとした物を感じて、さらに歯を食いしばる。
 梶尾の表情の変化に吉田が面食らった。
「梶尾、っとに、お前、」
「なんだっ!」
 ふっと、押さえていた力がゆるんで解放された。
 体を揺すって、皺になったコンバーツを元に戻す。まだ吉田の視線を感じて梶尾はギッとにらみ返した。
「…俺たちにかまうな、」
 背を向ける梶尾に吉田は混乱して、かける言葉を見失った。
 
 
「まずいな、ありや、」
「北田さん、ですか?」
 吉田は、またしても医務室に押し掛けていた。
 吉田が来ると暗黙の了解として、ここの責任者の女性は休憩を取りに行ってしまう。
 カルテの整理をしていた神山が軋むイスをならして、吉田を振り返った。
「いや、梶尾の方だ。」
「…なにかあったんですか?」
 吉田が梶尾にコンタクトを取ったことは知っているが、事の詳細まではまだ聞いていない。
「いや、もともとプライドの固まりだから意固地になるのはしょうがないとしても、うーん、」
「?」
「たぶん、北田に開発されちまったんだろうけど、…その後が続いてないから、ああなっちまったのか、」
「あの、よく分からないんですけど、吉田リーダー?」
「あ、わり、いやな、あいつ口が悪いからちょっとあおられて、カッときちまったんだがそのとき、力ずくで押さえたら、
スゲー顔してよ、」
「怒ったんですか?」
「いや、悔しがってる顔だよな、どっちかっていうと、それが、その」
 言って、吉田は口元を押さえたまま、横を向いてしまう。その表情に神山はピンときた。
「そそられて、そのまま押し倒してしまいそうになった。」
 神山の台詞に、吉田が頭を抱える。
「そこまでは思ってねーけどョ、近いモンがあったな、す、すまない。」
「別に、謝る必要なんて無いじゃないですか、事実なんですから」
 感情のこもっていない声に余計に吉田が震え上がる。
「こ、神山ぁ悪かった、許してくれよぉ」
「怒ってませんから」
 抑揚のない声で、カルテを見たままの神山に吉田はひぇー、と声にならない悲鳴をあげていた。
 
 
「でね、梶尾さんって、どっちかって言うと、気持ちよりプライドを優先する人じゃナイ?」
「そうかなぁ、そうなの?よくわかんないけど」
 また、ジョジーが敦子に梶尾の話を持ちかけていた。
「ね、我夢、そう思わない?」
「…なにが?」
 休憩時間、食堂やカフェテラスでは二人に捕まってゆっくりできないので、我夢は自室に戻ってきていたのに、
この二人はその避難場所にまで押し掛けてきた。
 パルのメンテナンスをしていた手を止めてため息をつく。
 このところジョジーはこの話題ばかりなのである。
「梶尾さんヨォ、この頃特に色っぽくなったと思わない?」
「えっ?」
「昨日もね、なんか、ライトニングの人たちで、言い争いみたいなのしてたんだけど、梶尾さんが北田さんたちに
何かを言いつけたとき、すっごい高飛車な顔をしたのよネ、その顔見て、なんか、ムラムラ来ちゃった。」
「ジ、ジョジー?」
 興奮しているジョジーに敦子が慌てる。
「なんかね、猿ぐつわでもして、いじめてやりたいって、思っちゃった。」
「思っちゃった、じゃないでしょ!」
 敦子が赤面しながら絶叫した。
「…僕だけじゃないんだ。」
 ぼそっと我夢が独り言のように呟いた。
「我夢までぇ!?」
 ジョジーがじっと我夢の顔を眺める。
「な、なに」
「てことは、エリアルベースにいる人たちほぼ全員がそんな風に思うって事ヨ。」
「どういう意味だよ、それ!!」
「そういう意味よ、それより、あの人このまま野放しにしておいたらまずいんじゃない?」
 レイプ事件がおきかねない。三人が一度に顔を見合わせ一斉に踵を返した。
「我夢、この前梶尾さんに恋人が出来たって言ってたじゃない!」
 慌てて部屋から飛び出した二人の後を敦子が追いかけながら問う。
「そのはずなんだけど、わかんないよー」
 何でこんな事になっているのかよく分からないままに、食堂から探し回る。
「あ、大河原さん、梶尾さん見ませんでした?」
「いえ、今日は、非番な物で。梶尾さんも一人でいると思いますけど?」
 きょろきょろしているジョジーを気にしながら、少しでもクールに見えるように大河原が答える。
 我夢は苦笑いしながらも、彼も一生懸命なんだなと、感心した。
「あら、梶尾さん探しているの?なら、うちのリーダーがお持ち帰りしたわよ。」
 チームクロウの樹里が声を掛けてきた。
「な、なんで!?」
「なんか知らないけど、意地の張り合いになっちゃって、シューティングマシーンで、うちのリーダーが勝っちゃったのよね。
負けた方が下僕になるって言う約束だったから」
「げ、下僕ぅ!?」
 三人の声が見事にハモる。
「うちのリーダー前から梶尾さん気に入ってたからね。」
 言いながらヒラヒラと手をふりお姉さま方は楽しそうに行ってしまった。
 三人の顔色が一斉に青くなる。
「まずいョ!ちょっと、あたし北田さん呼んでくるから我夢は稲城リーダーんとこ行って!」
 ジョジーと敦子が踵を返す。
「えっ、えぇーっ、やですよぉ、あのひとには、かなわないです。僕、北田さん呼んできた方が…」
「何泣き言言ってんのよ、男デショ!あたしたちにそんなとこに踏み込めっての?」
 一瞬の沈黙…全員が稲城に組み敷かれている梶尾を想像した。稲城相手では逆を想像することは無理である。
「きゃー、」
「わー!」
「あ、あの、」
 真っ赤な顔で、口を挟む大河原に、ジョジーがなにっ!と、きつく睨んだ、
「北田なら朝一のダブライナーで、下に降りたのでいませんけど、」
「何で、あんたたちはあんな不安定な状態のリーダー放っておくのっ?まったく!」
 だぁーっと頭を抱え込んだジョジーが、はっと我に返る。
「って、あたしがどうこうする問題じゃないジャナイ?女同士の関係はこじれると後がやっかいなのヨネ。
馬に蹴られるかもしれないし、そういうことで、あとは君たちに任せるわ。」
 ポン、と我夢と敦子の肩に手を乗せる。
「ちょっ、ジョジー!…それはないよぉ、」
「ごめん、我夢、あたしも、降りるわ」
 情けない顔の我夢をおいて、敦子もジョジーの後を追う、
「あ、あの、我夢さん?」
 うなだれている我夢をのぞき込むと、思い出したように我夢が顔を上げる。
「そうだナビ!ナビがあるじゃん、」
 蓋を開けたとき、大河原が止めに入った。
「何で、うちのリーダーが稲城さんとお付き合いしちゃいけないんですか?」
「えっ?」
「その、何で北田が必要なんですか?」
「えぇーっ!…大河原さん、何にも聞いてないんですか?」
 おそるおそる大河原の顔を見る。
「そうか、大河原さん、ほかのことで忙しかったもんなぁ、どうしよう、言っちゃってもいいのかなぁ」
「教えてください!」
「…一人だけ知らないってのも変だよね。」
 ぼそっと呟いて、意を決した。
「北田さんと梶尾さんは、つき合ってるんです。たぶん。」
「は?」
「だからー、恋人同士になったんです。」
 二人がどこまで進展しているのかまでは知らないけど。と、心の中で付け加える
「ええっ?」
《そりゃ驚くよね、いきなりだもん、》
「だけどこのごろ、なんか二人ともギクシャクしててすれ違ってるみたいで、梶尾さん、ちょっと不安定なんです、だから、
今、稲城リーダーにお持ち帰りされると、その、」
「…知らなかった…」
「そりゃぁ表面上隠してますからね。って、ナビナビ!」
 梶尾を呼び出すが、応答がない、
「ひぇー、どうしよう!」
 大河原を見上げても困った顔をしているだけだ。
「とりあえず、行くしかないですよね。」
 ごくりと意を決して稲城の部屋へ向かった。
 
 
「稲城リーダー、いらっしゃいますか、稲城さーん、」
 暫し戸惑ったが、意を決して稲城のドアホンを押してみる。
 程なくして稲城がドアを開けた。
「す、すみません、梶尾さん…来てます…よね」
 語尾がだんだん小さくなる、稲城がものすごく機嫌の悪そうな顔をしていたからだ。
 ぴったりとした黒のランニングにスウェト姿の稲城が、髪をかき上げ、ふん、と横を向いたその色っぽさにデリケートな二人が
顔を赤くする。
「とっくにかっさらわれたわよ」
「だれに?!」
 思わず声が大きくなる。その勢いに稲城は鼻白んだ。
「神山リーダーよ、なんだか、この前の健康診断で、気になる数値があったんですって。そんな理由で、
わざわざ人の部屋から連れて行く?冗談じゃないわ、まったく、」 
 ぶつぶつ言いながら、あっけにとられている我夢たちを無視して、部屋に戻って行ってしまった。
「…、健康診断なんて、いつやったんだろう…」
「いっ?」
 小さく呟いた大河原の言葉に、我夢は目を丸くした。
「梶尾さーん、」
 もう勘弁してぇーと、我夢がしゃがみ込んだ。
 
 
「健康診断の結果って、いつのですか?」
 訝しげに梶尾が声を掛ける。神山は空室の札をそのままに医務室の中に梶尾を招き入れた。
「うそですよ。」
「ですよね、エリアルベースに来てから健康診断なんて受けた記憶無いですもん。ま、部屋の片付け、やらなくてすんで
助かりました。」
「…本当に、そんなことのためについて行ったんですか?」
 勧めた診察用の稼動イスに座った梶尾に視線を向けた。
「成人した男女が一対一で一つの部屋にはいると言うことはどんな意味を持つのか、考えませんでしたか?」
 まさか、と言う顔をする梶尾に神山が一つため息をつく
「この頃、少し無防備すぎますね?」
 コーヒーメーカーで作り置きしてあったコーヒーを紙コップに入れて梶尾に渡す。
「なにかいれますか?」
「いえ、ありがとうございます。」
 湯気がフワリと梶尾を包む。
 香ばしい香りを一息すって口にしたその液体は、結構苦みが利いていた。神山の存在を忘れて、梶尾はその香りを
全身に染み渡らせるように深呼吸を繰り返して二、三口飲み続けた。
「私服、と言うことは、お休みなんですね。少し休んだ方がいいと思いますよ。薬、出しますか?」
「いえ、非番でも緊急時のために薬は…」
 楽になるのかな、と揺れるコーヒーの表面を見つめた。
「そんな表情(かお)しないでください、」
 梶尾が我に返ると、持っていた紙コップを手の上から捕まれ、見上げたときには神山が焦点の合わない位置まで近づいていた。
「んっんんっ」
 始めはそっと重なった唇が、挟むようにして動かされ、次第にイスの背もたれが軋んで反り返るほどに強く口付けられる。
 ひっくり返るんじゃないかと思う不安定さに、拒むことに集中できなくて、歯列を割って進入してきた舌に口を開けて答えてしまった。
「ん、あ、ぁっ」
 経験値の違いのため、ただの口づけだけで梶尾はどんどん追いつめられていく。息苦しさと胸の動機の苦しさに涙が滲んだ。
 ひっくり返るのが怖くて片方の手で神山にすがりつく。そのあまりの余裕のなさに、神山は梶尾を放した。
「こんなになるまで思い詰めなくてもいいじゃないですか。たまには体も解放してあげないと、毒ですよ。」
 涙目で肩をふるわせて呼吸している梶尾のジーンズは、苦しくてたまらない様子である。
 前の部分を外してゆるめてやろうとした腕を梶尾がはたいた。
「くっ、俺、おかしいんだ。一人で、する気にもなれないし、喉の奥がきりきり痛んで止まらない。なんで、こんな、」
 ギリッと、唇をかんで、はたはたと、涙をこぼす梶尾にため息を一つ付くと神山は一気にジーンズの前をはだけた。
「自分で出来ないなら、してあげます。このままでは自分の部屋に戻れないでしょう?」
「や、やだっ」
 再度深く口付けると、梶尾の下着に手を滑り込ませ、苦しがっているそれを、解放してやるべくしごき出す。
 梶尾の手から紙コップが放り出されて、一面にコーヒーのにおいが沸き立った。
「は、ぁっ」
 自分でするときよりも過剰な刺激に体が跳ね上がる。必死で神山の腕にしがみついて止めようとするが、
すでに力を入れることもままならず、すがりつくだけだった。
「あっぁっぁ、」
 もう、これ以上にないと言うほど高まりきったその時、
「梶尾さん!!」
 いきなりすごい勢いでドアが叩かれ、自動ドアが開くのも待ちきれずに北田が無理矢理飛び込んできた。
「…、ドアを壊す気ですか?」
 神山が何気ないそぶりで、コート掛けにあった白衣を梶尾にかけてその姿を隠すと、それだけで何をしていたか気付いた北田が
肩で息をしながらギリリと奥歯をかみしめる。
「神山…さん」
 後ろにいる我夢と大河原が赤くなったり青くなったりしている。
「梶尾さん、返していただけませんか?」
 殺気が籠もった静かな低い声に、白衣にくるまれた梶尾がびくりと動いた。
「普段からもっときちんとケアして下さい。これじゃああまりにもかわいそうですよ、」
 怒りの含まれた声音でそう返すと、神山は我夢と大河原を引き連れてドアを出た。
「必要な物は、後ろの戸棚の引き出しに入っています。無茶しないように気をつけて下さい。あと、鍵、忘れないで下さいね。」
 ピシリと言い放った神山の声音に我夢が首を竦める。
「すみません、神山リーダー」
「いえいえ、来てくれて助かりました。あのままでしたら、結局傷つくのは梶尾さんですからね。これ以上こじれさせたら
目も当てられません。間に合って本当によかった。」
 心底ほっとしたように微笑むと、さて、どこで時間をつぶしましょうか、と先に歩いていってしまう。
 我夢もおろおろしている大河原の背を押しながら、カフェテラスに向かった。
 
 
「梶尾さん?」
 なるべく、息を整えてから小さく梶尾に声をかけてみる。そうしないと、北田自身、何をするか分からなかった。
 頭まですっぽりと白衣を被ってしまった梶尾は、白衣ごと、小さく震えている。
「…梶尾さん、」
 神山とのことを怒れるほどの関係ではまだない自分が苛立たしくも悲しい。
「俺、どうすればいいですか?」
 どくん、どくんと、心臓が口からでそうなほど跳ね上がる。
 ここ数日の梶尾の様子がおかしいのも気が付いていた。所かまわずに押し倒してキスして犯してしまいたい衝動に駆られて、
必死で目をそらす。そんな日々が続いていたのだ。
「どうすればいいかだって?そんな物、俺が知りたい!お前が何を考えているのかも、俺がどうすればいいのかも、何もかも全部!!」
 白衣からとびだした真っ赤な瞳に、北田は耐えきれないほどに、切なくなった。
「ごめんなさい。」
 我慢できなくて、吸い込まれるように梶尾に口付ける。
「なん、で」
 何か言おうとしている口を塞ぐ。考えれば考えるほど迷宮に入ってしまう。ならば、もう何も考えられなくなってしまえばいい…
 すでに濡れている梶尾の唇を自分の物に塗り替える。避けようとする顔を両手で挟み込み逃げられないようにし、さらに奥まで口付けた。
「ん、んんっ、はああっ、」
 びくんびくんっと梶尾が跳ねた。先ほど神山に高められていた物が、ようやく解放されたのだ。
 梶尾の体から、かくりと体の力が抜けて、そのまま後ろにひっくり返る。慌てて、北田がその体を抱き留めた。
「また、軽くなったでしょ」
 梶尾は175pあるのに、体重が56キロと、かなり細身だったのだが、ちょっと支えただけでも分かるほどに、その体重は減っていた。
 意識を飛ばしてしまった体を抱え上げると、奥のカーテンを開けて、そっと医療用ベットに下ろす。
 鍵をかけ、引き出しをあさると、潤滑剤と、避妊具があった。
「こんなものまで、常備しているのか?」
 戻ると顔に張り付いた髪をそっと払って、目元を拭ってやる。
 ずっと触れたかったものが、今ここにある。
 見つめれば、見つめるほどにその愛おしさは募るばかりで、胸の奥が苦しくなる。
 北田は、無意識のうちに手を伸ばし、その頬に指先をふれていた。
 ゆっくりと撫で、薄く開いた唇に口付ける。トレーナーの裾をまくり、中の汗ばんだ肌に手のひらを這わせ、胸の突起に触れたとき、
梶尾が僅かに身じろいだ。
 半分脱がされた状態のジーンズを濡れた下着ごと引き摺り下ろすと、さすがに梶尾の意識が戻った。
「なっ、なに、」
 あられもない自分の姿に慌てて起き上がる。
「大丈夫です、梶尾さん。…お願い、正気に戻らないで、」
 足元にある上掛けで梶尾の下半身を隠してやる。それで少しは落ち着いた。
 ゆっくりとかぶさるように重なってくる北田を梶尾は不思議なものを見るように呆けて見ている。
 軽く唇を重ね、髪の毛を梳き、頬から耳の下首筋を手のひらでゆっくりと撫で下り、脇を通って腰骨を柔らかく捕まえた。
ゆうるりとまどろんだ瞳が閉じられる。
 腰骨から腹の方に手の平を滑らせると皮膚が薄くなっているせいか、ぴくりと体をはねらせて身じろいだ。
「ん、」
 梶尾は喉の奥から出た自分の甘い声にびっくりして目を開ける。
 唇を放して見下ろしている北田がクスリと笑ったのを勘違いして、梶尾はまっ赤になった。
「見るなっ」
 両腕を顔の前でクロスさせて顔を隠す。
「どうしてですか?」
「…変な顔してる」
「全然普通ですよ」
「いやだ、」
「いいですよ、そうやっていてもらえると、こちらががら空きですから。」
 まくり上げたトレーナーの下から見えている胸に唇を落とす。
「やっ、」
 舌先を使って器用に刺激を与えるたびに梶尾の顔が左右に振られる。引きはがそうと両手が北田の頭を捕まえるが
力が入らずに、髪を握りしめることとなる。
 胸の突起を解放すると、詰めていた呼吸が再会して、大きく胸が上下した。そのまま濡れた舌を這わせ時折きつく吸ったりしながら
腹の方へと下りていく頭を さらにきつく捕まえて次にしようとしている行為を必死で止めるべく鷲づかみにした髪を思いっきり引っ張った。
 もう、気持ちが冷めているはずの北田が、なぜこんな行為をしてくるのか、梶尾は不思議でならなかった。
「い、たたたたたっ、梶尾さん、そんなに引っ張ったら、禿げますって、」
「それ以上、降りるなっ」
 半分以上擦った声がする。さっき果てた梶尾のそれは、すでに堅くなっていた。
「やです。」
 短い返事がきっぱりと出る。しばらくの間髪の毛で綱引きをしていたが、北田はかまわずにどんどんしたに降りようとする。
これ以上引っ張れば、本当に髪が抜けてしまいそうで、梶尾は指の力を緩めた。
「やめろって、汚いだろっ」
 ほとんど懇願に近かった。泣きそうな声に、北田はさらに意地悪をしたくなる。
「どうして?梶尾さんのにおいです。」
 羞恥に顔が、噴火しそうになる。耳から入ってくる北田の声にすでに犯されている気がした。
 立ち上がっているそれの根本に、ゆっくりと舌を這わせ上げると、ぞくぞくっと、梶尾の体が震えた。
「はっ、ぁ」
 勝手に上がる声を両手で押さえるが、指の間から声が漏れる。
 濡れて冷え切っていたそれを口の中に納めると、わずかなうめき声を上げたが、次第に梶尾の体から力がぬけていった。
「…あった…かい」
 幸せそうな声が無意識に梶尾の口から漏れる。
 全身が、温泉にでも浸かったような感覚にとらわれて、しばらくされるがままになっていたが北田の舌が、先端のくぼみを刺激したとき、
梶尾の体は初めて我に返った。
 一気に血液がそこに集中する。どくんどくんと、心臓が苦しく波打ちだした。
「やっ、くるし、はぁっ、」
 さっきのは、神山によって高められた物であって、それで終わらせるには、北田は許せなかったのだ。舌を絡ませ、
口と手で快感を絞り出すべく激しくしごきだす。
「放せ、北田、も…」
 どんどん高まっていく体に梶尾が慌てる。
「やだって、北田ぁ!」
 鳴き声になった梶尾自身をきつく吸って促す。ひゅっと、息を吸い込む音がして北田の喉に、梶尾の思いがたたきつけられた。
 くわえたままの状態で、北田は喉を鳴らしてそれを飲み込み、舌を使って、波打つそれをきれいにしてやる。
 両手で顔を押さえたまま、梶尾は何度も肩で息をつく。程なくして、梶尾は北田が何かごそごそやっているのに気が付いた。
「何…?」
「ちょっと、冷たいかもしれないけど、」
 いうのが早いか、さらに奥の方に、全身が硬直してしまいそうなほど冷たいぬめった物が塗りつけられた。
「な、なにを」
「前回は、無茶してしまったんで、今回はゆっくりと」
 ゆっくりとなんだー、と言う前に、つぷり、と何の抵抗もなく、北田の指が梶尾の体の中に進入した。あまりの抵抗のなさに
一体何が起こったのか、わからない。
 そのまま、ぬるぬると、体の中に入り込む異物感に梶尾は身震いした。
 潤滑剤は、北田の指自体にもたっぷりと塗られていて、ほとんど抵抗らしき物はなかったが、さすがにもう一本の指を増やそうと
したとき、きつく締め上げる梶尾の抵抗に阻まれた。
「力、抜いてくれないと入りません、」
「い…れる…な、そんなとこ、」
 がちがちになっている梶尾の中で、指先を器用に動かすと内壁をなぞるようにして、ゆっくり指を出し入れ始めた。
「あっあっあっ、やっ」
 妙な感覚から逃れようと、梶尾がずり上がる。それを反対の手で押さえ、さらに奥に押し込めて、引き抜く。
「はぁぁっっ」
 どうにも出来なくて、梶尾は体を弓なりに反らせ、声を解放した。それと同時に、指が増やされる。
「や、あぁ、」
 何がなんだか分からなくなって、必死に北田の頭にすがりつき、両腕に力を込める。
「梶尾さん、快感を求めてください。」
「ふぁっ」
 ヒクンと喉が反り返る。それを合図に、北田は指をガイドに、自信をゆっくり埋め込んだ。
「っくぅ」
 ゆっくりゆっくり根本まで進める。入りきったところで梶尾が息を付いた。
 北田はともすれば、快感に我を忘れてしまいそうになるのを必死で押しとどめながらゆっくりと身を引く。
「梶、尾さん、」
 ぎりぎりまで引いて、今度は、内壁を擦りあげながら、押し込む。
「 っくはぁっ」
 最奥を付かれて、梶尾の体が跳ね上がった。
「俺が、分かりますか?」
 つらそうに歪めている口元に囁きながら口付けると、梶尾が薄く唇を開いた。北田は我慢の限界を感じ噛みつくようにキスをして、
二人を繋いでいる楔を激しく打ち付け始めた。
「は、あぁ、き、ただ、あぁ、やぁ」
 止めどなく声が溢れ出る。
「梶尾さん、もっと、感じて、」
「やぁぁっ」
 まるで溺れる者のように、酸素を求めて喘ぎ北田の首に縋り付いてくる。
 北田は、梶尾の背中に腕を入れ、一気に起きあがった。起こされた反動で、北田の上に乗り上がった梶尾の最奥を北田が串刺しにする。
「ふああっ!!」
 内蔵を突き上げる感触に目の前を激しい衝撃が走った。さらに揺すられて、どんどん奥を突き上げる息苦しさに、梶尾の目から
涙があふれる。
 それと同時に二人の間で挟まれている梶尾自身が悲鳴を上げた。
「くっ、梶尾さんっ」
 梶尾の中で北田が激しく波打つ。
「あぅっ」
 衝撃に胸を突かれ、再度、梶尾の意識が飛んだ。
 一気に脱力した梶尾を自分に凭れかけさせ、大きく息を付く。
「また、無茶させちゃいましたね。」
 北田は意識のない梶尾の首筋に、優しく何度も口づけた。
 
 
 どのくらいの時が経ったのだろう、身支度を整え、まだ意識のない梶尾の寝ているベットの横に座りながら寝顔を眺めていて、
小さなノックの音に気が付いた。
 ドアを開けると、神山が立っていた。
「すみませんでした。」
 北田が小声で謝る。
「ええ、一応、この部屋の責任者として、来てみたのですが。」
「まだ、梶尾さんが、目覚めないので、その」
「構いませんよ、ただ、医務室を閉めきりにするわけにはいきませんので、私もここにいますけど。」
 奥のベットに神山が視線を向ける。
「梶尾さん、かなり思いつめていたみたいですから、きちんと話し合った方がいいですよ。話さなければ伝わらないことって、
結構ありますから…目覚めるまで付いていてあげてください。」
 神山の静かな声に北田が頷いた。
 
 
 梶尾が目覚めたのは、医務室も閉室したあとだった。
「随分寝てたな」  
 起き上がろうとして、掛け布団の端が重い事に気がついた。イスに座ったままベットの端に頭を乗せて眠っている。
「北田…」
 まさか居るとは思わなかった。北田は規則正しい寝息を立てている。
 何で居るのか理解できない。顔を会わせても、気まずいだけだろう。今更一時の迷いでしたと聞く必要もない。
 梶尾は、北田を起こさないように反対側の端から降りた。
 腰に鈍い痛みが走る。
「っつ」
 思わずもれた声に、北田が目を覚ました。
「梶尾さん、」
 梶尾の心臓が跳ね上がる。
 自分は今、きっと情けない顔をしているのに違いない。
 振り切って医務室を出ようとし、北田に腕を?まれた。
「待ってください、今回も、梶尾さんの了解を得てないのに、その、無理させてすみませんでした。」
「もういい、忘れるから、お前も忘れていい。」
「なぜですか!何で忘れなくちゃいけないんですか?」
 吐き捨てるような梶尾のセリフに北田は焦った。
「もう、いいんだろう?だったら、さっさと忘れろ」
「だから、意味がわかりません。なにが、いいんですか?この頃の梶尾さん、ぜんぜん俺を見てくれようとしなかったのはなぜなんですか?
休暇のときに、ゆっくり話をしようとしていたのに、うちから邪魔が入って話せなかったんです。」
「そういえば、母親が倒れたんじゃなかったのか?何でこんなところにいるんだ?」
「ウソでした。」
「は?」
「あんまり俺が帰らないので、忙しくて休みがもらえないんだって、勘違いしたらしくて、親が倒れたら休めるだろうって考えたらしいです。」
 二人同時に肩で溜息をつく。
「人騒がせですよね。倒れた本人が空港まで迎えに来てたんでそのままとんぼ返りしてきました。」
「なんで帰ってくるんだ、休んで来ればいいだろう」
 ぷいと横を向き?まっている腕をさりげなく外そうとして、北田のきつい瞳に阻まれた。
「あんな梶尾さん、放っておけるわけない。帰ってこなければ、あのまま神山さんに…そんなの許せるわけない。」
 びくっと梶尾の体が跳ねた。
 北田が深呼吸する。
「ダブライナーの中で、高山さんから連絡を受けたときには操縦席に乗り込んで、ハイジャックしようかとも思いました。」
 おいおいと、梶尾が何か言おうとして、北田がつらそうな顔をしているのに戸惑った。
「できれば、部屋に戻って、話がしたいのですが、いいですか?」
 北田のきつい口調に梶尾の視線がそらされる。
「梶尾さんの部屋でいいですか?」
 返事を待たずに梶尾の腕をつかんだまま歩き出す。部屋を出ようとしたところで、梶尾が慌てた。
「は、放せ、解かったから…」
 もう、夜中といってもよい時間帯だが、いつ誰が通るかも解からないのである。
 とりあえず、梶尾の部屋に、北田を入れた。
「俺、梶尾さんの部屋に入れてもらうのはじめてかも。」
 その部屋は、見事に仕事以外のものは置かれていなかった。適当に座れと言われ、北田が部屋の中央に腰を下ろす。
「なにもないぞ」
 飲み物専用の卓上冷蔵庫から麦酒の缶を二つ取り出し、一つを北田に渡す。
「ありがとうございます。でも、いただくのは話の後にしましょう。」
「話す事もないだろう。お前の気持ちがさめたのはとっくに知っている。」
 返事も待たずに梶尾が缶の口を勢いよく開ける。
「…酔ったら、前回と同じになりますよ。」
「お前にその気がないから大丈夫だ」
「さっきから、何を言ってるんですか、どうしてそんなふうに誤解してしまったんですか?俺が梶尾さんをもう好きじゃないなんて。」
「じゃぁ、なんで、あんな冷たい目で俺を見る!」
 梶尾は、パソコンデスクに手をついたまま搾り出すようにそれだけをやっと言った。 
「気を許したら、所かまわずあなたを視姦してしまいますよ。二人きりになったら、絶対有無も言わせず押し倒してしまう。
なるべく大河原とともに行動したりして二人きりにならないようにしていたし、怪我をしていたときだって、
病室に高山さんが居るにもかかわらず、抱きしめてしまいそうになって逃げたんです。
もう少し時間をかけて梶尾さんが振り向いてくれるのを待つつもりだったんですが俺が不甲斐ないばっかりに…
それがそんなに、あなたを不安にさせていたなんて…。」
「…そんな事はない、とっとと忘れて元の俺たちに戻るだけだ。」
「梶尾さんは、戻れるんですか?」
「…、」
「俺は無理です。」
 ああと、返事をしようと口を開けた所で、きっぱりと北田に遮られた。
「そんな簡単なものじゃない。この気持ちが間違いであればいいなんて思うことも、とうの昔に諦めました。忘れるなんて、考えられない。」
 もう、だめだと、梶尾が崩れる。
「…俺は…」
「俺の事、嫌いじゃないですよね。」
 あぁ、嫌いじゃない、と胸の痛みが訴える。
「怪我の功名…ですか?」
 座り込んだ梶尾の右腕をひっぱり、その親指に口付ける。この傷は、梶尾に気持ちを気づかせたのだ。
「これは…お前のせいだ。」
「…そうなんですか?」
 口付けたまま、北田が梶尾の瞳を覗き込む。ゾクリと梶尾の背筋になにかが走る。
「俺、今ここにいるだけで、相当ヤバイです。」
 びくりと梶尾が後ずさった。
「さっきの今じゃ、無理ですね。」
 北田の視線をゆっくり瞼が隠し、梶尾の指を離した。
「頭…冷やしに行ってきます。」
「そして、明日からまた、感情を殺したお前を見ないといけないのか。」
 自分に問いかけるように梶尾が呟く。
「…あの目は…嫌いだ」
 放した北田の腕を梶尾が捕まえた。
「あんな顔見せられるくらいなら、」
 捕まえた腕を引き寄せ、北田の口に噛み付いた。
「か、梶尾…さん」
 すがり付いて口付ける。今までの胸の痛みを、胸の中にあいた穴を塞ぐべく必死に北田に口付けた。
「俺からされると嫌なのか?」
 呆然とする北田に不安になる。
「とんでもない!最高です。…最高すぎて、我慢できないんですが」
「必要ない」
 放そうとする北田の首に腕を絡み付けて離れまいとする。
 必死な姿が可愛くて、梶尾の長くなってきた髪を両手で掻き揚げ口付け直した。誘い込むべく開けられた口に思いっきり答えてやる。
「…北…田…」
 腰砕けになった梶尾をソファ兼簡易ベットに押し倒す。
「お前の、気が済むまで…」
「そんな事言ったら、ダメだってば」
 欲情を押さえきれずにかすれた声が、梶尾の耳をかすめる。その声は、さらに梶尾を高ぶらせていった。



 
 

やっと、ここまで来ましたv
ガイアの中では梶尾さんが一番お気に入りですね。
あの、プライドの高さや、頑固さが可愛くて仕方ないですv