「なあ、ガイ。傷薬が残りが少なくなってきてんだけど・・・買っておいたほうが良いよな?同じのこの街に売ってると良いけどなぁ・・・。」
「なにもそれと同じものでなくても良いんじゃないか?傷薬ならいくらでも種類が出てる。」
「でも俺、これが一番効く気がするんだよな。」
小さな傷ごときで、治癒術を使うような真似は、治癒師の体力を消耗させるだけだ。
その頃には、ルークは旅慣れていて、以前のように荷造りにもたつくこともなければ、荷解きを嫌がることもなかった。
以前は宿の部屋に入っても、どーせまたつくるんだから、と理由をつけてやろうとしなかったが、今では率先して荷物の整理をするようになっていた。足りない備品の確認や、突然変わる心配の天気への対策など、翌日に旅立つ前にやっておかなければならないことは多い。
3人部屋を取っても、ジェイドも一緒に寛ぐということはめったにない。
今も荷物を残し、街外れのマルクト居留地へと本国への連絡と情報を受け取りに出向いている。
その間に備品のチェックをしていると、手元に映った茜色に気がついたルークが、お、と窓の外に目をあげた。
「見ろよ、ガイ!夕陽が綺麗だぜ!」
鮮やかな朱を子供のように指差し、ルークは窓枠へと近寄る。
窓には手すりがついておらず、手垢に塗れたように黒ずんでいたが、ルークはそんなことも気にせず窓枠に手をかけ、薄汚れたガラス窓を開けて、もう一度綺麗だな、とつぶやいだ。
ああ、そうだな・・・と相槌を打ちながら、ガイはその背中が、髪と同じ朱に、いまにも溶けていってしまいそうな喪失感を感じていた。
ルークはなにも言わない。
しかし、この命がすでに風に揺れる蝋燭の炎と同じくらいに、儚くなってしまったことに気がついていた。
「なあ、ルーク・・・。」
泣いていいぞ、という言葉が脳裏に浮かぶ。
辛いなら辛いと言えば良い。こんな不条理なことがあるか、と。どうして自分だけがと好きなだけ嘆いて良い。
誰が許さなくとも、俺は・・・
だが、それをガイは言えない。
いつからかルークは、ガイに対して弱音を吐かなくなった。
今でもルークはガイが自分の命が残り少ないことに、気がついていないと思っている。
「お。ジェイドだ。」
ルークが、ほら来るぞ!と眼下の路地を指差していた。
まるで子供のそのものの反応を示して、ジェイドを見つけたことを手柄のようにガイに報告し、窓から身を乗り出して、手を振っている。
ここからでは表情までは見えないが、今頃ジェイドも苦笑しているだろう。
もしくは他人のフリをしようと本気で考えているか。
「俺、マジでジェイドっておっかねぇし、なに考えてるかわからないって今でも思うけどさ。」
ガイに振り向いたルークは、笑っていた。
「ああやって静かに歩いているのを見てると、信用できるって思うよ。」
ここだけの話な、とルークは少しだけ照れたような顔をした。
にっこりと笑うその顔を見て、そんな表情で笑える人間は、この世に一体何人いるだろう、とガイは思った。まるで、生まれたばかりの赤ん坊が、初めて母親を見た時の笑みのように、無邪気であけすけで圧倒的な、光を放っている。
そのルークに、かける言葉などなくって、結局ガイは、言いかけていた慰めの言葉を飲み込んだ。
それは、気管を焼きそうなほどの、苦いカタマリだった。
轟々と音をたて、滑り落ちる数トンもの水の流れは、それだけで玉座であるかのようだ。
水の都、マルクトにおいても、荘厳だといわれるその風景を背に、つまらなそうな顔の呼びつけた本人は、玉座に頬杖をつき、足を組んであさっての方向を見ていた。
今は死んだものとされているファブレ家の子息の成人の儀を、感傷のなせるくだらない真似事だと否定すらしなかった皇帝であるから、人情を理解し、民を思いやる為政者であることは間違いないのだが、いかんせん、大の面倒臭がりなのが玉にキズというヤツで、今もその成人の儀の出席を終えキムラスカから帰ってきたばかりだというふたりの側近を呼び寄せて、やっかいごとを押し付けている最中だった。
「今度はダアトですか。」
呆れた顔の軍人と、今帰ってきたばかりだってのに・・・と小声で嘆く、元老院に席を置く若き貴族。
ふたつ並ぶげんなりした表情に、悪びれもせず、面倒だからな、と皇帝は言い放った。
「陛下。外交も立派な為政者の仕事と思いますが?」
「でも、ダアトだぞ?遠いじゃねぇか。」
そんな長い時間、俺の可愛いブウサギたちと離れたくない、とまるで子供のダダのような事を言うのを、大きく溜息をつきながら、ブウサギと政治を一緒に語らないでください、とジェイドが諌めた。
幼馴染という旧知の仲なら、苦言を言うのも彼も役割でもあると承知して、周囲の側近たちはジェイドを窘めたりはしない。彼らの皇帝の言い草ではないが、面倒臭いことには、適任がつきものなのだ。わざわざ己からやっかいごとを引き受けなくても良い。
「し・・しかしですね・・。」
ジェイドと親しく、同じように皇帝の覚えのめでたいホド領主、ガルディオス伯爵にしても、それは同様である。
「仮にも正式な招待でしょう。それにローレライ教団には近々・・・との噂。それが本当ならば、陛下が出向かれるほうが、マルクトとしても都合が宜しいのでは?」
遠く離れても最近頓に聞くダアトの噂を思い出し、ガイがそれを持ち出してみても、
「そりゃ、問題ない。」
きっぱりと皇帝は言い切った。
「確かに、ローレライ教団の影響力は今でも大きくはある。だが、マルクトもキムラスカの関係も今は和平条約に則って平和なもんだし、ローレライ教団に仲介をして貰わなきゃならないような揉め事もない。それに・・確かにあの噂が本当だったら俺が出向かねばならないところだが、今回は追悼の儀だしな。」
数年前までは、定期的に行なわれていたことなのだが、ローレライ教団では、歴代の導師たちの追悼の式典が催されていた。2年前の騒乱以来、内部での争いを表面化することを恐れ、鎮圧する間での間は控えていたその式典を、今年は行なうという。
その式典へ、マルクト皇帝、ピオニー9世が招かれたということなのだ。
「なんだ〜お前ら若いクセに、まさか帰ってきたばっかりで疲れたから行きたくないってんじゃないだろうな?」
「ガイはともかく、私は年ですよ?」
ご存知でしょうに、とジェイドが言えば、マルクトの軍人はそんな柔な鍛え方をしてないだろう、と言い返す始末。
ああ言えばこう言うの皇帝は、まるで聞く耳を持たない。
年とかそういう問題じゃないでしょうに!と半ば呆れて声を荒らげるガイに、いきなりもったいぶったように小声になって、皇帝は言った。
「・・・それに、ダアトの方でも、実はお前たちが来るのを期待してるんじゃねえかと、俺は思う。」
「・・・・・。」
「え?」
その言い方ではまるで、とガイがジェイドを見れば、ジェイドは眼鏡を眉間に押し上げている。
なにかに勘づいた時の、ジェイドのクセだ。
ただの式典に出席するということではなさそうだ、とガイも気がつき、反論するのをやめて皇帝の顔を見ると、意味ありげに笑みを浮かべている。
後は自分で考えろということか。
「まあ、とりあえずそういう事だ。」
なにがとりあえずなのか、そういう事かは語らないまま、皇帝は言った。
「ふたりは俺の名代として、ダアトに赴き、歴代導師の追悼式典に参列してこい。」
「「御意。」」
ダアトに向かう船は、ピオニー陛下の名代ということもあって、特別待遇での乗船となった。
以前から軍用船には縁がある身分としては、恭しく特別室へ押し込められることになると、途端にうんざりする。
同じ名代とはいえ、ジェイドは船を指揮する立場だし、自分ひとりだけがひな壇にあげられているような状態は、ガイにとってはこそばゆいだけだ。
同じ特別待遇なら、むしろ気ままに船を徘徊する許可を得て、思う存分音機関を見物したいところなのだが・・・
昔は、移動も空から行なえたものだが、アルビオールは、シェリダンを領地するキムラスカ王家所有という扱いになっている為、マルクト側から出動の要請はできない。
となれば、移動には馬車か船かになるのだが・・・ピオニー皇帝は、多少時間がかかっても、ダアトに軍艦を向かわせるような野暮なことはしなかった。
そして、軍艦は動力として、多くの音素も消費する。
今、ガイたちが乗っている軍用船も音素を消費することに変わりがないが、(たとえば、水陸両用のタルタロスなどは音素の消費体制も複雑だ)石炭や木を燃やすことで人手でつくれる第5音素が主な消費音素な分だけ、手軽にエネルギー補給が賄えることで利便性を見直されていた。
もともとの移動手段の主流でもあったのだから、以前と同じ状況に戻ったと思えば、時間がかかって不便ではあるが、仕方がないことだ。
近年、音素に代わるエネルギーの開発に携わる多くの科学者たちで構成された特別な組織が、キムラスカ、マルクト両国の庇護のもとで形成された。今は世界中がその成果を待っている状態だ。
船の航路が定まった頃、ジェイドが特別室へ戻ってきた。
本棚を物色していたガイは、今更挨拶する間柄でもないため、一度顔を向けただけで、すぐに本棚に視線を戻す。
特別室にはガラスの戸がついた、淡いピンク色の大きな本棚が備え付けられていたが、ガイが満足するような種類のものはおいてはいないようで、あまり興味もなさそうに、背表紙をなぞっては、ふうんと言葉を発していた。
「最近子供の要人でも乗ったのかい?」
「そのような連絡は受けていませんが・・・何故です?」
「いや?こんなものまで並んでいるからさ。」
ガイは一冊を手にとり、ぱらぱらとめくってみる。
結構の厚さがあり、文字も多いが、子供向けの挿絵も多く載っている。ライオンやらつぎはぎの人形やらが二本足で立っている絵を見ながら、絵本というよりも、ジュブナイルと言った感じだな、とガイは思った。
「子供が飽きないようにという配慮の為の、蔵書なのかと思ったんだが、違うのかい?」
ああ、それは・・・とジェイドは答える。
「もともとここに備え付けられているんですよ・・・。陛下がわざわざ取り寄せたものです。」
「この本を、か?」
「ええ・・・。内容は知っていますか?」
「いや?」
「・・・退屈なら、一度読んでみると良い。」
そんな興味深い話なのかい?とガイは訪ねたが、ジェイドは肩を竦めただけだった。読む人間によって解釈は色々ありますからね、と意味深な事を言う。
特別室付きのメイドが紅茶を入れてワゴンで運んできた。
本来なら3分ほど蒸したお茶をカップに注ぐまでがメイドの仕事だが、ジェイドは、あとは自分たちでやると下がらせる。
メイドが出て行き、白いカップに紅茶が注がれるのを見計らって、ガイはジェイドの正面へ座った。
「自分で飲む分はご自分でどうぞ。」
ティーポットをおしやりながらジェイドが言うのを、ガイは苦笑する。
「初めからそのつもりだ。・・・今でも使用人時代のクセがぬけなくってね。」
人にお茶とか入れてもらうと、どうも落ち着かないんだ、とガイは言った。
「苦労しますねぇ。」
「まったくだ。」
「いえ〜。あなたみたいな人が貴族だってことにですよ。」
「ほっとけ。」
生まれは貴族だが、根っからの使用人気質であることは、本人が一番自覚している。
「ところで、旦那。」
声のトーンを低くし、本題に入ろうとほのめかしたところで、ガイは言った。
「この話、どう思う?」
「陛下の真意ですか?」
「それもあるけどな。」
飄々とした体を保ちながらも、切れ者と評判の皇帝の考えなど、ジェイドの顔色くらい読めない。
無駄な努力はさっさと諦めて、もっと現実的に我が身に降りかかろうとするこれからを案じた方が良い。
「今のこの時期に、ダアトで歴代導師の追悼式・・・なんてな。」
それが以前から行なわれていたという話は聞いてはいる。
しかし、誰が指摘した訳でもないのに、わざわざそんな説明をつけてくるところが、逆に言い訳のようだと思うのは、ガイの考えすぎなのだろうか。
「あの噂が本当なら。」
ジェイドが言った。
「・・・まさに、この式典はその為の余興、といったところでしょうかね。パフォーマンスはいつの世も、人民の意識を誘導するのに有効とされる。」
「本当だと思うか?」
ガイはジェイドのなにも表情の浮かんでいない、白い顔を見据える。
逆にジェイドは、そんなガイの表情を読んで、こういうところは素直な人だと嫌味でもなく感心した。
「・・・気に入らない、という顔をしてますね?」
「いや、まさか。俺にそんな意見なんてないさ、ただ・・・な。」
彼らにとって導師というのは、ひとりしかいない。
目の前で薄く消えていった命に、それが儚いという印象を持たなかったといえば嘘になる。
だが、だからといってレプリカの命が彼らより弱いとは思ったことは一度もない。
むしろ、あれこそが生命だった。
産声をあげ誕生するのと同じ、生命の鼓動を感じさせる生々しさがあった。
あの力強さを、したたかなほどの美しさを目の当たりにして、自分たちよりも弱いなどという感想をどうして持てるだろう。
彼らからしてみれば、自分たちは『被験者』と呼ばれる『別の種族』ただそれだけでしかないのに。
けどな、とその時のことを思い出しながら、ガイは言った。
「どうにも・・・複雑な気分には陥るよな・・・。」
単純に良かった、と浮かれられるほど、彼らは薄情でもない。
どうしたって彼らのなかのしこりとなっている後悔の念が顔を出し、密やかにガイの胸を焼くのだ。
しかし、ジェイドはそうは思わなかったようだ。もしくは思っても、いつものようにおくびにも出さない。
「・・・いつまでも感傷の類に浸っているのは感心しません。」
冷たいほどきっぱりと言い捨てるジェイドが、言葉の裏に違うものを潜ませているのを感じ、ガイは思わず顔を歪めた後、その失態を誤魔化すようにすぐにいつもの表情の戻って、がしがしと頭をかいた。
「確かに正論だがね・・・感情までは制御できないのがやっかいなところなんだよ。」
苦笑を滲ませれば、ジェイドはそれ以上、なにも言わなかった。
ジェイドが紅茶を一口飲み、しばし沈黙の間が空く。
ガイが自分で淹れた紅茶に角砂糖をひとつ落とし、それが溶ける頃、ジェイドは口を開いた。
「アニスの話を覚えていますか?」
「あ?ああ・・・。」
つい最近、ルークの成人の儀に参加した後、皆でひさしぶりに集まったことを懐かしみながら、近状報告をしあった。
その時のことだ。
キン、とかき交ぜるスプーンとカップのあたる軽い音がして、ガイが砂糖を溶かしていた手を止める。
「たしか・・・導師守護役は外れたんだったな・・・。」
しかし、そもそもこの2年もの間、ローレライ教団には導師の座は不在のままだった。
それまでのアニスの任務といえば、籍こそそこにあったものの、本来の仕事はなく、教団でのレプリカの保護や教育、教団への教えを請う者への聡しや、布施の管理など、細々としたものを色々と行なっていたと聞く。
そしてちょうど一月前、彼女はその仕事から開放された。
「第三師団師団長に任命されたそうです。・・・出世しましたね。」
そう、まさにガイの言うように外されたのではなく、出世だった。
アリエッタの後釜ってのが、ちょおっと気に入らないんだけどねぇ〜と言いながらも、アニスの目尻は、赤くなっていた。
2年もたってようやく気持ちの整理がついたところに、ルークの成人の儀も重なって、色々と思い出したのだろう。
でも、あいつのいた位置を、他のヤツにまかせるのもシャクだしね。いっちょ、アニスちゃんがひと肌脱ぎますか!と元気良く振る舞っているのを見て、少しだけ高くなった背とは反対に、彼女の良いところは少しも変わっていないことを、ガイは頼もしく思った。
「で、それが?」
「あの噂・・・近く、ローレライ教団に新しい導師が選出されるという話ですが。」
喉も鳴らさずにジェイドは紅茶を飲み込み、ガイの様子を伺う。
ガイはというと、やはりそれか、という顔で、無言のままだ。
「それが本当なら・・・アニスへの異動命令も、納得がいくと思いませんか。」
「・・・次期導師候補に担ぎ上げられているのは、たしか・・・。」
「ひとりは、フローリアンですね。」
前導師イオンのレプリカで、その能力も受け継いでいる最後のレプリカ。
レプリカへの差別意識が薄いダアトでは、イオンを慕うあまり彼の存在を心の拠り所とする者も多い。
「導師候補は他にも数人いて、フローリアンは最有力候補者ではないようですが、それでも、もしも彼が最終的に選ばれるようなことがあったなら・・・影響力があるほど親しい者が、彼の傍近くにいるのを歓迎しない者は多いでしょう。」
「政治的思惑ってやつだな。」
教団の信者は為政者ではないが、それでも、権力があるところには、この手の血生臭い話はつきものだ。
要するに、フローリアンが導師にともなれば、育ての親ともいうべきアニスの存在は教団にとっては脅威・・・とまではいかなくとも、疎ましいものには違いない。
ましてや彼女は、過去の業績から嫌でも目立つ存在だ。いつ何時、誰が彼女を利用しようとしないとも限らない。
長い導師の不在は、樹木のように静かに長きを生きてきたしきたりと体制に対して、歪を生む。
導師がつく、ということは2年前の騒乱以来、なにかと矢面にも立たされてきたローレライ教団がいよいよ安定期に入ったという証であり、政治的に喜ばしいことでもある。
ローレライ教団は以前ほどの力を失ったものの、マルクト、キムラスカとの中立であることで、世界情勢の均衡を保っている立場でもある。いつまでも、後ろにひっこんでいて貰ってはなにかと困る、というのがマルクトの皇帝の言い草だった。
少しばかり思いを馳せ、2年前に訪れたダアトの影が、ガイの胸を射した。
あれを最後に、ダアトに足を踏み入れたことは一度もない。
別に避けている訳でもないが、逆に訪れたくなるほどの感慨もない、という話だ。
今回の滞在も、皇帝に押し付けられたものだし、それがなければ、後何年も訪ねることはなかったかもしれない。
そういえば、とガイは口を開いた。
「他の導師候補ってのは、今まで名前を聞いたこともないヤツラばっかりだよな?」
教団内部のことは、関係者以外には知られにくいですからね、とジェイドは言う。
「けれど、ひとりは聞いたことあるどころか、会っているでしょうに。」
「ああ、トリトハイム詠師な。」
騒乱後、統率のとれなくなった教団をここまで立て直したのは、トリトハイム詠師の功績が大きい。
彼らは旅の途中で知り合い、信用のおける人物だと高く評価していたが、それは世間も認めるところなのだろう。
「けれど、名前が挙がった途端、辞退なされたって聞いたぞ?」
「ええ・・・。彼は奥ゆかしい人物でもありますからね。教団の為に尽力をつくしたのも、下心や出世の為ではなかったからでしょうね。」
導師候補に名前が挙がった時、私如きにそのような重責は務まりますまい、と詠師は笑って断ったという。
「で、フローリアンと、あとは・・・。」
「聞いた話ですが。」
指を折りながら確認するという、妙に子供っぽいガイの仕草に目を細め、ジェイドは言った。
「・・・そのうちの何人かは、レプリカだそうですよ。」
「・・へえ?」
そりゃあ、とガイは感心したように言った。
ダアトは世界でもっとも有力なレプリカ保護区で、レプリカに対する理解も大きい。
最近ではマルクトでも、レプリカには譜業や譜術の扱いに長けているものが多いと報告があがっているが、彼らの能力に一番初めに気がついたのもローレライ教団だった。
そしてなによりも、前導師がレプリカであったことは周知の事実で、故に、レプリカが教団の中枢に籍を置く事にためらいがないのだろう。
世界は良くなっている、とガイは思う。
レプリカの問題は完全に解決したとは言いがたく、今でも根強い偏見に捕らわれている人間も少なくはないが、それでもマルクトにもキムラスカにも絶対的な庇護者や理解者はいるし、それは段々と増えてきている。ダアトはある意味、レプリカの共存する理想の世界の先駆けであるかもしれない。
そう思えば、ローレライ教団の影響力が取り戻されつつあることも喜ばしいのではないか。
「レプリカの導師、か。」
それならば、今よりさらに、レプリカにとって世界での居心地は良いものになるだろう。
ガイは目を細めて、船の窓から見える、光の反射する海を眺める。
なんの不安も感じさせない、まっさらな空がその上には広がっていた。
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