今おかれている状況は、幽霊を追うようなものだ、とずっとジェイドは思っていた。

 被験者はエルドランドで死に、彼のレプリカも帰ってはこなかった。
 その結果は予想していたものであっても、苦い後味をジェイドの心に残したことには違いない。
 しかし、その被験者がいきなり現れたという。
 自分の定説が証明された結果となったが、ジェイドはアニスの話をどこかで疑ってもいた。もしかしたら、という気持ちは今でも拭えない。
 そして、彼は気がついた。
 自分の仮説が間違っていることを、誰よりも望んでいるのは・・・自分なのかもしれない、と。

 

 


10.

 

 

 

 

 

 一同が案内されたそこは、導師に接見する人が順番を待つための部屋だそうで、白い木枠の大きな窓がはめ込まれ、反対側の乳褐色の一面の壁には、大きな飾り絨毯がかけられていた。
 職人の手によるツタを模した細工の施された重厚なテーブルセットに座って待っていると、朝の説法を終えたトリトハイムが、自ら紅茶を持って現れた。
 一同がまだ碌な朝食を取っていないことを聞いていたようで、トリトハイムが紅茶を運んだ後に続くように、サンドイッチやスープといった軽食も運ばれてくる。
 どうぞ、と進められ、テーブルに着いた一同は、まず、久しい挨拶から始めた。

「2年ぶりですわね、大詠師様。」
 とナタリアが優雅に笑めば、ご無沙汰しておりました、と今や教団のまとめ役である大詠師になったトリトハイムも、恭しく頭を下げた。
 その表情は柔らかく、教団内にも信者のなかにも多くの支持者を持っている者に相応しい慈愛が感じられる。本当の年は聞いてないが、ティアが以前、お年よりも若く見えると話していたことから、ジェイドよりも年長なのだろう。
 しかし、ひらひらと表現豊かな白い指も、法衣から覗く髪も、年齢を感じさせない艶やかさがあった。

「ローレライ教団でのご活躍は、キムラスカにまで届いておりますわ。さぞ、大変だったでしょうね。」
「いえ、それほどのことはございませんでした。騒乱を起こした本人が、ローレライ教団の者たちであった訳ですから、どのような責めも真摯に受け止めるつもりでおりましたが・・・教団に対する風あたりは、さほどございませんでした。大した混乱もなく・・・これもキムラスカ、マルクト両国からもご支援いただいた賜物です。」
 そうトリトハイムは言うが、預言を失った後の教団が混乱を極めたことは、誰もが知っている事実だ。
 そして、それに伴い、騒動を治める為にトリトハイムがいかに尽力したかも。その功績を讃えられての大詠師抜擢だというのに、なにに対しても控えめなトリトハイムは、ここでも謙虚さをみせた。

 一同が朝食を取っている間、ハレルヤの一件についての話はでなかった。
 もとより、食事をしながらの話題にしては重すぎる。
 食事があらかた終わり、食後に改めて紅茶が運ばれてきた頃に、トリトハイムが自ら切り出した。


「カーティス大佐には、ご足労頂きまして・・・誠に申し訳ございませんでした。」
「いえ。軍人の生活など、そんなものですよ。どこへ行けと言われれば行くのが仕事です。それで?私に用件というのは?」
「はい。カーティス大佐が、譜術と・・・レプリカの専門家だとお聞きしての質問がございまして。・・・今回失踪した、時期導師候補のハレルヤがレプリカであったことは、もう?」
「報告は受けています。」
 そうですか、とトリトハイムは、笑みとも歪めたともつかない曖昧な表情をした。
「正直・・・ハレルヤがレプリカであったことから、かの者はすでに亡くなっているという見方をするものもいるのですが・・・しかし、死んだとされるには根拠もない。レプリカは・・・死ぬと音素が乖離して跡形もなく消え去ってしまうと聞いていますが・・・本当ですか?」
「本当です。」
 そうか、トリトハイムはレプリカの死を目の当たりにしたことがないのか、とジェイドは気がついた。
 自分たちに告げられた前導師イオンの死を、彼はどのように受け止めたのだろう。
 
 人の死と違って、レプリカの死は危うい。
 ほろほろと大気に溶け込み、光を放って霧散してしまうということは、この地上になにも残さないということだ。
 人は人の死を遺体で確認する。そして、覚悟を決める。
 しかし、遠く離れた者の場合は、のちにその死を人づてで聞く。それは、どこか夢物語のような感覚だ。
 レプリカの死というのは・・・すべてにおいて、それと同じなのではないだろうか。


「ハレルヤは、次の導師になるものと半分決まったような立場でした。」
 トリトハイムは続けた。
「その者がいなくなった・・・。正直、教団内は混乱しております。いなくなったからといって、ハレルヤの代わりがすぐに見つかる訳はない。しかし、いつまでも導師を空位にしておく訳にもいかない・・・。」
「決断するには、判断材料が足りないというところですね。」
 ええ、その通りです、とトリトハイムは言って、一端、言葉を切った。

 以前のイオン(被験者の)は預言によって定められていたことから導師になった。しかし、預言をなくした今、導師選出は教団内の詠師たちが決めなければならない。今までしていなかったことを、新しく始めるという取り組みは、色々と複雑な背景をも齎すのだろう。
 どこまでを自分たちで決断し、どこまでで見切りをつけるのか。
 悩みはつきないに違いない。

 ジェイドが、ところで、と言葉を差し込む。
「ハレルヤの事に関しては、アムラジェは?」
 トリトハイムは複雑な顔をした。
「いえ。知らない、というばかりで。・・・しかし、真実を語っているのでもありますまい。」
「アムラジェがなにかを隠していると、カンタビレも疑っているようですが。」
「・・・私もそう思います。」
 実際のカンタビレは、アムラジェがハレルヤを殺害したと考えている。
 そのことをどう思うかと問うと、トリトハイムは、
「アムラジェは、なにかを知っているとは思いますが・・・ハレルヤを殺害したとは思っていません。」
「それは、どうしてですか?」
「理由がない。」
 きっぱりと、トリトハイムは言った。
「ハレルヤは教育をされていない・・・"幼いレプリカ"だと聞いています。アムラジェがいなければ、ほとんどなにもできなかった、と。だから、アムラジェがわざわざハレルヤを殺す動機はない、そういうことですか?」
 ジェイドが確認をすると、少し違いますね、とトリトハイムは言った。
「ハレルヤは・・・たしかに教団に来た当初は知識を持たないレプリカだったのですが・・・実は、歩くことや、食事などは普通にできた。・・・私は、ハレルヤは話すこともできるようになっていた、と思っています。」
「え!?」
「そうなんですか!?」
 それは、教団内では話されていたことと違う、とアニスとティアは目を丸くした。

「これは、私の意見ですけれど。」
 と前置きしてトリトハイムは言った。
「根拠になるのは、預言を詠めた、ということです。頭に浮かんだ音をなぞっているだけで、それが言葉だとは理解していなかった、意味は分かっていなかった、と言う者もいましたが・・・。ハレルヤは、預言の言い回しを訂正した事がありました。」
「訂正?」
「ええ・・・季節の表現などは特に曖昧で、たとえば初夏の頃というなら、正確には何月のことかがわからない。ハレルヤが初夏、と詠んだのに対し、詠まれた者はシャドウリデーカンだと思った。それを、シャドウデーカンだ、とハレルヤは訂正したのです。・・・。暦と言葉の両方が理解できなければ、そのような間違いに気がつくことはない、と私は思っています。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
 たしかに、季節のなかでも隣あっていて、同じシャドウを頭に使う為、ふた月は預言でもっとも間違われやすい。
 正確な、ハレルヤの預言。
 正確な言い回し。
 言葉を理解していたからだ、と考えるトリトハイムの説も、あながち間違ってはいないように思う。

「しかし、それなら、アムラジェがハレルヤを殺害する訳はない、と考える根拠はなんですか?ハレルヤが言葉もわかるのなら・・・諍いが起こっても可笑しくないと思うのですが。」
 ジェイドだけが、その話を納得でできないようだった。
 もっとも、彼の場合は疑っているのではなく、ひとつの物事を納得するまで追及したいという性格によるものだった。
「それは、アムラジェが献身的だったということなのです。初め、話せもしない言葉も理解できなかったハレルヤをそこまで成長させたのがアムラジェなのですから・・そこまで献身的に支えてきた相手を些細なことで殺害するなど、とても私には…。」
「けれど、些細でないことならありえますよね?」
 些細なことでないこと、の心当たりにトリトハイムは首を振った。
「男性と逃げることですか?私には、そうは思えませんが。」
 トリトハイムの説には、たしかになんの確証もなかったが、一同には腑に落ちるものがあった。
 レプリカと育ての親の関係を語るなら、ガイにとってはわが感情であり、他の仲間には友人のことである。
 それを間近で見て来た彼らからしてみれば、ガイが私欲の為にルークを殺害するなどありえないことであるのとイコールで、男性と逃げる為に邪魔になるからと育ての親がレプリカを殺すなど・・・考えもつかないことだ。


 しばしの沈黙が落ちた後、思い出したかのようにジェイドが再び、トリトハイムに質問をした。
「そもそも、アムラジェの出生についてお伺いしたいのですが、アムラジェは貴方が教団員に向かいいれたそうですね。儀式を執り行ったとか。」
 ハリトハイムは、おや、というように目を丸くした。
「そのようなことを、誰からお聞きになったのです?・・・私も初耳ですが。」
「え!?」
「ち・・違ったんですか!?」
 私たちです、すみません!と謝るティアとアニスに、教団内ではそんな噂がたっていたのですかね、と人事のようにトリトハイムは言った。
「しかし、まぁ・・・噂の心当たりはございます。ハレルヤが初めて教団を訪れた時、一番初めに対応をしたのは私なのですが・・・アムラジェがハレルヤを連れてきたのです。」
「そうなんですか?」
「ええ。あの時は調度、ダアトの街で預言のなくなったいきさつと、説法をしていたのですが・・そこで私に声をかけてきた者がいて。それがアムラジェでした。私は彼女を知らなかったのですが・・・アムラジェは1年も前から教団で働いていたそうで、ここで私に会えたのはユリアの思し召しに違いない。どうかこの者を教団に迎えてください、と言う。見れば、アムラジェは何者の目から逃れるように、大きな布で身を隠くしていた男性とも女性ともつかない人間の手を引いていた。」
「それがハレルヤ、ですか?」
「ええ。その時、ハレルヤは弱っていた。しかしその手はけっして離さないというように、アムラジェの手を掴んでいて、あの光景はなかなか忘れられるものではありません。どこか凄惨な・・・そんな感じを受けました。」
「・・・それで?」
「ハレルヤの様子がそんなでしたから、私はどこかで迫害を受け、逃げてきたレプリカで、アムラジェがたまたま救助したのだと思ったのです。それで教団で保護しようと申し出た。しかしアムラジェが・・・この者はすでに入団の儀式は済ませている、だから、一緒に教会で働かせて欲しいと言い出したのです。」
「入団の儀式を?」
「誰からです?」
 入団の儀式は別に教会で行なわれると決まっている訳ではなく、たとえば外遊先で申し出のあった相手の事情を聞いた教団員が、自らの判断で行なうこともある。
 しかし、それには、これこれこういう理由でこういう者を向かい入れることにしたという、教団員からの教団への許可が必要だ。
 その届出は、出ていなかったという。
「それは・・・本当に入団の儀式を行なったのですか?」
 怪しそうにティアが言った。
 彼女は、ユリアシティの出身で、なかなかダアトでの生活や習慣に馴染めなかったという過去がある。
 教団に所属するということが簡単ではないということを、身を持って知っているひとりとして、アムラジェが語ったという話に疑いを持ったのだろう。
「私も、当初は疑いを持ちました。」
 身持ちの怪しいものをおいそれと教会に向かいいれる訳にはいかない。
 それ故、トリトハイムはアムラジェに根気良く、事の次第を聞き出そうとしたという。

「アムラジェの話によると・・・教団の用事を言いつけられて出かけた街で、このレプリカが隠れているのを見つけた、と言うのです。見るからに迫害されて逃げてきたようなので教団に匿って貰おうと決め、ダアトに帰ろうとしたところで、途中行き交った詠師に、一時期匿って貰ったところで、見つかって連れ戻されてはならないから、教団に籍を置きなさい、と薦められた、と。」
「詠師?」
「ええ・・・。その話もどこまで信用して良いのかわからなかったもので、私はその詠師と名乗った人物のことも詳しく聞こうとしたのです。」
「それで、どの詠師かわかったのですか?」
「いえ。ただ・・・身なりからして、詠師には間違いないようでした。」
「?でもぉ・・・。」
 アニスが思わず、クセの強い口調になった。
「詠師って、教団には数人しかいない幹部ですよね?そのうちの誰だったか、実際に会ったアムラジェが、わからなかったって言うんですか?」
「ええ・・・。もとより、自分は詠師にお目通り願えるような立場ではないのだ、と。」
 だから顔を知らなかった、ということか。
 しかし。
「でも・・トリトハイム様なら、アムラジェの話を聞いて誰だか見当がつきますよね?」
 詠師は教団に7人しか所属しない職位で、その7人が定期的に会合を重ねることで、教団の運営や行く末を決めることとなっている。詠師であるなら、大詠師であるトリトハイムが知らない人間はない筈である。

 するとトリトハイムは、はたとアニスを見据えると、次にすっと目を細めた。
「・・・・・実は、ここ数年の教団は、例のない状態でした。」
 と、内密の話をしようと声を顰めるトリトハイムに、え、とアニスとティアは顔を見合わせた。
「数年というのは・・・騒乱の後の2年の話ではありません。前導師・・・正確には被験者の導師イオンが、その職に就いていた辺りからです。今となっては、もしやヴァンたちの暗躍が影響していたのかもしれないと思うのですが、その時は思いもしなかった。」
 ですから、はっきりといつからと断言できないのですが、とトリトハイムは言った。
「あの時期は・・・預言で選ばれた子供の導師を、あまりよく思わない者もいました。お気に入りの導師守護役を常に傍においていたことを揶揄して『魔物の導師』などと陰口を叩く者も、いないではなかった。導師を中心にユリアの教えを信じ、守っていくべき教団の姿がすでに崩れつつあった。そして、詠師という立場の者たちも。」
「詠師たちに、なにか?」
「・・・問題が、ありました。ひとつには、詠師会の会合に全員が揃うことがなくなりました。常に出席していたのは、前大詠師モース、ヴァン、そして私の3人だけで、7人の詠師のうち・・・一度も顔を見せないどころか、本当にそんな人物がいるのかさえ怪しまれる人間もいた。」
「え?」
「それって、どういう・・?」
「誰も知らない人物が、詠師に名前を連ねていたりもしたのですよ。更に、外遊に出かけてそのまま戻らなかった者もいた。教団を守るべき幹部とは名ばかりの、正体不明な組織に詠師会はなり果てていた。」
「でも、詠師になった人を・・・誰も知らないなんてこと、あるんですか?」
 アニスの疑問ももっともだ、というようにトリトハイムは頷いた。
「詠師というのは、それまでの教団内への功績や、周囲の意見を参考にして、導師によって選出されるものだったのですが・・・あの時は・・・詠師も、被験者の前導師が全て一存で選んでいました。」
「あ、そうだわ・・・。」
 トリトハイムの前ということも忘れてティアがつぶやいた。
「その時にはもう、兄さんの思惑が反映されていても、おかしくない・・・。」
 残念ながら、その可能性はあります、とトリトハイムは言った。
「そういう訳で・・・すでに教団は、健全な運営がなされていなかったのです。本来なら、詠師は誰もが知る人物であった筈なのですが、私にも分からない人物が混じっていた。・・・ですので、アムラジェが会ったという人物が誰なのか、判断がつきかねました。」
 しかし、その人物が教団内のしきたりなどをよく知っていたということ、格好が詠師のものであったことなどから、トリトハイムはアムラジェの話を信じることにした、という。
「なによりも・・・アムラジェも、ハレルヤも私が見る限り、よからぬことを考えているようには思えなかった。ハレルヤは、まるで無表情でしたが、それでも疲れ果てているのが一目でわかりました。アムラジェの目は必死で教団への庇護を訴えていた。少なくとも、この者たちには、救いの手が必要だと、私は判断したのです。」
 それが後に、時期導師に選出されるほどの重要人物になったのだから、わからないものですね、とトリトハイムは、その時のアムラジェとハレルヤの姿を思い浮かべながらつぶやいた。


 ふ、とトリトハイムは、なにかを恥じるような表情を浮かべた。
「・・・失礼しました。お忙しいところをご足労いただいているというのに、本題に入るまで時間がかかってしまいましたね。」
 と、トリトハイムは言って、ジェイドを見た。
「いえ、今の話で大体の内容はわかりました。・・・レプリカのことで私に質問があるのですね?」
「はい。もうお気づきかと思いますが・・・他ならぬ、アムラジェのことです。」
 ジェイドは目を細め、ガイは眉を顰めた。
 ティアとアニスは、なんとなく感づいていたのか、居心地が悪そうにしている。
 ナタリアだけが、きょとんとなにも分かっていない表情で、トリトハイムを見た。
「こちらを・・・。」
 トリトハイムは言って、封筒を差し出した。
 失礼します、と言ってジェイドが開けると、なかには黒い髪がひと房入っていた。
「?これは?」
「アムラジェの髪です。」
 ティアとアニスが、ジェイドの手元を覗き込む。
 漆黒の髪は確かに、アムラジェの特徴で、それが彼女のものだと言われれば、なんの違和感も持たない。
 アニスとティアが、揃ってトリトハイムを見ると、彼は困ったというように眉を寄せ、どう言ったらよいのかわからないというようにジェイドを見返した。
「・・その、レプリカというのは、たとえば髪を切ってしまったら、それも光のように消えうせてしまうものなのでしょうか?」
「・・・それについては、実は違うのです。」
 ジェイドが言った。
「まず、同じレプリカでも、生命体と物体では乖離する過程が違います。物体レプリカの音素は、作られた当初から時間をかけて徐々に抜けていきます。レプリカは死ぬと、その体は音素を結合している第七音素が分離して、霧散するのですが・・・髪のように切り離してしまうと、すぐには消えうせない。・・・生命体のレプリカから、部位だけが本体から切り離されてると、物体になるからではないかと考えられています。ただ・・人のそれよりも乖離する時間は早いようですが。」
「それでは、髪が残っているからと言って、人間かレプリカかの判断はできないということですね?」
「髪が切られた時期によります。どれくらい前のものですか?」
「ハレルヤが時期導師としての候補に名があがった頃に、その世話をしていたアムラジェも身の証を求められて、教団に差し出したものです。」
 トリトハイムは言った。
「・・・シルフデーカンの辺り、でしょうか・・・。」
「約3ヶ月前、ですか・・・。それくらいでしたら、すでに霧散している筈です。」
 ジェイドがそう言うと、トリトハイムはなんともいえない表情を作った。
「では、アムラジェはレプリカではない?」
「その髪が本当に、アムラジェ本人のものならば、そう考えるべきでしょうね・・・。しかし、絶対ではない。特殊な条件などが加われば、また変わります。音素というのは、実はとても繊細なんですよ。100パターンあれば、100通りの答えがある。難しくもあり、そこが面白いところでもあるのです。」
 ジェイドが、研究者としての顔で答えた。

 一瞬、間が落ちた。
 それを我慢できなかったのか、それとも話を進めなければと思ったのか、アニスが口を開いた。
「あのぅ・・・トリトハイム様は、アムラジェがレプリカじゃないかって思ってるんですか?」
 トリトハイムは俯いて、テーブルの上で組んだ自分の手を見つめていたが、アニスの声で顔をあげた。
「ええ・・・その可能性もあるのではないか、と。」
「どうしてですの?」
 人差し指を顎にあて、首を傾げるという優雅な仕草で、ナタリアが聞いた。
「今まで、教団内でもそのような疑いがあったのですか?」
 トリトハイムは、溜息をつき、
「ええ・・・。とはいえ、アムラジェに限らず、誰に対しても持たれる疑問でしょう。レプリカというのは、被験者との区別などつきません。判断材料はご存知のように赤子同然で生まれてくる、という一点のみです。精神的にも知識的にも成長してしまえば、誰にもレプリカだとはわからない。・・実際、レプリカが自分は被験者だと周囲に偽って暮らしている例は少なくないですし、逆に被験者がレプリカを名乗っていることもある。目的はさまざまですが、判断がしにくいことはそれだけ様々な思惑を生むのでしょう。・・もっとも、被験者だレプリカだと区別をつける意味があるのか、私には疑問ですが。」
「・・・大詠師はどうお考えですか?」
 ジェイドが言った。
「被験者とレプリカの違いについて?」
 違いもなにも、とトリトハイムは言った。
「種族が違う、という程度のことではないですか?もっとも、新しい形の人類ではあるし、生まれ方は違うかもしれませんが、同じ人間であることには変わらない。」
「けれど、偏見はなくなりはしないぜ?」
 ガイが言った。
 ここ2年のうちに終息しつつあるが・・やはり偏見まではなくなりはしない。
 それに対して、それも同じではないですか?というのがトリトハイムの答えだった。
「そもそも・・・長きに渡り、敵国同士だったが故に、平和条約を結んだ今でも、マルクト人のなかには未だにキムラスカ人に良い感情を持たない人もいるでしょう。逆もまた然りです。偏見とは、己の責任です。己のなかに要因がある。それを外部の状況に責任転嫁しているだけのものでしょう。・・レプリカでなくても、被験者は・・・人間は人間を差別してしまう生き物ですよ。」
 かつて預言にこだわるあまり騒乱に加担した大詠師を知っているだけに、ガイはそれを、それこそ聖職者の意見だなぁと頼もしく思い、ティアとアニスは誇りを持って聞いていた。
 トリトハイムの意見が教会の芯の部分に浸透していったなら・・・かつてのように多くの信者に慕われる教団に戻るのも難しくないだろう。

「失礼・・私の意見を聞いていただく為に、いらしていただいた訳ではありませんでした。」
 と居住まいをただし、トリトハイムは続けた。
「実は・・・アムラジェを捕らえた第六師団が、彼女がレプリカであるかどうかも含めて調査したのです。私個人としては、ハレルヤが失踪したことと、アムラジェがレプリカであるかどうかは関係ないと思うのですが、とにかく彼女はなにも話さない。カンタビレは、調べられることはすべて調べるに越したことはない、という意見でした。」
「まぁ・・・。」
 ナタリアは少し批難の含んだ声をあげたが、ジェイドは元よりティアやアニスは黙っていた。
 今のアムラジェは罪人といかないまでも、ハレルヤ失踪事件の重要人物であるし、そのうえ黙秘を続けているのであれば疑われても仕方のない立場でもある。被疑者が恭しく扱われることなど、まずない。

「そして・・・結果が、これなのです。」
 どうぞ、と言ってトリトハイムはジェイドの前に、紙の束を差し出した。
「調べれば、体内に蓄積された音素の種類と割合で、レプリカか人間かの区別がつけることができるそうですが・・・。」
「ええ。その種の音機関を使えば。人間は様々な音素を組み合わせて構成されていますが、レプリカの体は第七音素で構成されている。そこを調べるのです。」
 そう説明しながら、報告書をめくっていたジェイドの手が止まった。
「・・・!?これは・・・。」
「はい、そこが議論となりました。」
 トリトハイムはジェイドが注目した箇所を、的確に言い当てた。
「アムラジェの体の組織を元素を結合させているのは、全て第七音素で・・・条件はレプリカであることを差しています。しかし、結合させている元素の中には第七音素以外の音素が含まれている・・・。つまり、アムラジェはレプリカとも人間とも区別がつかない。そういう結果になっているのです。」
 自分の意見を聞きたいというのはこれだったのか、とジェイドは思った。
 体の中全てが第七音素なら間違いなくレプリカだが・・・元素を結合する特定の組織以外には、他の音素も同居するなれば・・・レプリカであるとは断定できない。
 
「アムラジェは新しい種類のレプリカではないか、という意見まで教団内ではでています。だからこそ、専門家であるカーティス大佐にお伺いしたいのです。・・そんなことが、今いるレプリカとは違う、新しいレプリカを生まれるなどということが・・・ありえるのですか?」


 

 

 

 

 

 

 

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 レプリカは死ぬと消えてしまうのですが・・・髪とか切った時はどうなんでしょうね?
 すぐに消えそうなものなのですが・・断髪した後、ルークの髪はすぐには消えず風にひらひらと飛ばされてたし、イオンもシンクも、もちろんルークもそれぞれ何年かをレプリカであることを隠して(あるいは知らずに)生きていた間に、完全になにかを切り離さずにこれる訳もない。イオンは事情を知っている者がやっていたとしても、ルークは・・・髪や爪はガイがメイドが整えてた筈。その場で消え失せたら、疑問に持たないとおかしいですよね?
 そういう訳で、こんな説を持ち出してみました。

 

(’10 7.23)