逃げましょう、一緒に。
 私は、間違っていました。
 今頃になって気がついても遅いけれど、でもやっぱり間違っていました。
 この広い世界なら、どこかに必ずありますよ。
 被験者もレプリカも関係なく皆が幸せになれる、そんな理想郷が、どこかにきっと。
 ないなら、一緒につくりましょう。
 だから。


 一緒に逃げましょう。

 

 

 

 

 

11.

 

 

 

 


 


 一同のアムラジェとの面会の希望は叶い、トリトハイムとカンタビレも同席する、とのことだった。
 
 どこで対面するかという話が出たところ、別に礼拝堂で良いんじゃないか?と言ったのはカンタビレだった。
 たしかにアムラジェは被疑者ではあるが、教団の人間には変わりない。
 しかも、どこかでこそこそ会うよりも、公の場を使ったほうが気分が良い、と言う。

「こっちは後ろ暗いことをしているつもりも、咎められることをした訳でもない。アムラジェにしたって潔白だというのなら・・・人目を気にしたりはしないだろうよ。」
 などとカンタビレは言っていたが、礼拝堂は教会の奥にあり、嵌めこみのステンドグラス以外は窓もなく出入り口も3つの扉しかないから、被疑者を連れ込むにはもってこいだったのだろう。今度、逃亡を図られても逃がさぬよう、各扉には兵士がおかれるだろうと一同は踏んでいた。

 しかし、それでもアムラジェの生の声を聞けることには変わりない。


「あの・・大佐・・・。」
 一同は、礼拝堂に入りどうにも落ち着かない気持ちで(ジェイド除く)、連行されるアムラジェを待っていたが、アニスもそわそわとした様子を隠しもせずに、つぶやくような小声でジェイドに話しかける。
「どうしました?アニス。」
 なんだか神妙な顔をしていますねぇ、とジェイドがからかうように言うと、違いますよ〜といつもの調子で頬を膨らませてから、
「・・さきほどのトリトハイム様の話なんですけど・・・。」
 と言う。
「なにか、気になることでもありましたか?」
「気になるって言えば・・・全部が気になりますけどね。」

 トリトハイムは、アムラジェが新しいタイプのレプリカではないのか、と話した。そんなことはありえるのか、と。
 ジェイドの答えはノーだ。
 確かにかつて第七音素以外の音素を使ってレプリカの製作を試みたことはあったが・・・結果は凶暴化した、およそ人と話し合いができないような・・・レプリカができあがっただけだ。
 レプリカが、真の意味で人間として生きていくには、第七音素でしか、体を構成する元素も、精神も安定させることはできない。


「けど、私が気になるのはそこじゃないんですよ。」
 そういうことは専門家におまかせします、とジェイドを見上げ、アニスは言った。
「ほら、お話のなかに、ハレルヤ様が教団に来たいきさつについて話していたじゃないですか?」
「ええ・・・。」
「その話のなかで・・・。」

 バタン!と礼拝堂の扉が開き、アニスの話を遮った。

 振り向いた視線の先には、まずカンタビレがいた。
 不遜ともいえる態度で、口元に笑みを浮かべ、ほらつれてきたよ、と仁王立ちの状態で後ろを指差す。
 そして、カンタビレが体を捻ったことで・・・後ろにいた人物の姿が目に入る。
 
 それは、話に聞いていた通り、小さくか細い・・・カンタビレとは違う意味での黒い女性だった。


 アムラジェは後ろ手に縛られていた。
 一方の綱を兵士にもたれ、どう見ても連行される囚人という姿にも関わらず、どこにもみすぼらしいところがなかった。
 凛としていて気高く、一羽の白鳥のように静謐な空気をまとっていた。

 なるほど、と初めてアムラジェの姿を見た誰もが思った。
 これは、アニスとティアとが、ひとめ会ったら忘れがたいという訳だ。
 誰にも似ておらず、また類似する生き物はなにもいず、ただ"彼女"という存在。
 そんな風な説得力がある。


 
「アムラジェ。」
 礼拝堂にトリトハイムの落ち着いた声が響き、アムラジェは俯いていた顔をあげた。
 漆黒の、と表現される瞳は濡れていたが、不安の影はそこにはなく、なにかを諦めたような覚悟を決めたような、そんな意思の強さが隠れているのが見て取れた。
「この方たちが・・・貴女から話を聞きたいそうです。正直に話しなさい。」
 この方たち、とトリトハイムが示した一同にアムラジェは目を向け、アニスやティアに混じって見慣れない人間が3人ほどいることも確かめてから、こくん、と頷いた。

「早速ですが、アムラジェ。」
 それを合図に、代表のようにジェイドが進み出る。
「私は、マルクト帝国軍のジェイド・カーティスといいます。私たちはここにいる教団の関係者とは別の目的を持って、貴女への面会を申し込みました。同じことをいくつか尋ねるかもしれませんが、答えてください。」
 マルクト?とアムラジェは一瞬目を丸くしたが、すぐに表情を戻し、はい、と小さく了承の意を示した。

「まず、初めに・・・事件のあった日のことを聞きたいのです。どのような経過で、それは起こったのですか?」
 あの日は・・・とアムラジェが初めて声を聞かせた。
 見かけのイメージとかけ離れていない少女のように可愛らしい、か細い声だった。
「ハレルヤ様が、日課の礼拝堂に祈りを捧げに行ったのです。私もそれに付き添い・・・しばらく時間がたった頃、外が騒がしくなって様子を見に行くと、そこで、見知らぬ男たちが諍いを起こしていました。」
 すらすらと、よどみなくアムラジェは話した。まるで予め練習でもしていたかのようだ。
「・・・それで?」
「私は、これはいけないと思い、ハレルヤ様が巻き込まれないよう、礼拝堂の扉を閉めようとしたのですが・・・そのうちのひとりに捕まってしまったのです。」
「なぜ、貴女を捕まえたのです?」
「その時、調度騒ぎを聞きつけた兵士の方々が駆けつけてきたのが見えました。・・・私を逃げる為の人質にしようとしたのだと思います。」
「その時、ハレルヤは?」
「まだ礼拝堂で祈りを捧げておいでだった筈です。」
 ふむ、とジェイドは、一端言葉を切った。
「では、その後ハレルヤがどうなったかは、見てない?」
「知りません。その後お会いはしていませんから。でも、ハレルヤ様がお亡くなりになったなど、考えたくもありません。」
 
 それだけを聞くと、完全に被害者という感じだが、なんだか色々と煙に巻かれている気がしてならない。
 ガイがそう思いながら、カリカリと頭を掻いていると、ジェイドがちらりとこちらを見た。たぶん、ガイと同じ感想を持ったのだろう。

「それで・・・捕らえられた後、貴女はどうなりましたか?」
「無理矢理、ダアトから連れ出されて・・船に乗せられました。途中、食事を出されたので、それを口にした途端、眠くなって・・・気がついたら、見知らぬ土地でした・・・。」
「そして、カイツールで我々に捕らえられた。」
 カンタビレが口を挟んだ。
 アムラジェが第六師団に捕らえられたのは、南ルグニカ平野だったとのことだ。
「それまでの間はなにを?」
 アムラジェが、教会からいなくなり、カイツールで捕まるまでの間に数日ある。
 そのことをジェイドが質問をすると、船の一室にずっと閉じ込められていた。乗り換えなどもしなかった。船は貨物船のような小さな船で、民間の連絡船ではなかった、と返答した。
「・・・・・それでは、質問を変えましょう。」
 ジェイドは、大きな溜息を隠しもせずに(たぶん、これみよがしというやつだ)ついた後、
「貴女を人質に取ったというその男ですが、人相は?」
「・・・金髪で・・・目は青でした。教会での行いを覗けば、私にも紳士的でしたし・・・正直を言いますと、あまり怖いという印象がありませんでした。だから、食事にもつい手をつけてしまったのですが・・・。」
 アムラジェは言って、自分を戒めるかのように、首をひとつ振った。
「その者と以前、会った事は?」
「ありません。」
「・・・たとえば、教会の中で擦違ったなどは?服装が変われば印象も違うものですよ。教団兵だということは?」
「いえ、わかりません。私は知りません。」
 アムラジェは首を振った。
 そうですか、とジェイドは一端、言葉を切った。
 そして、少し間をおき、アムラジェが肩の力を抜きかけたところを見計らって、口を開いた。
「諍いを起こしていたもうひとりの相手ですが、その人物も貴女は見ましたね?」
「・・・はい。」
 では、そのことで質問です、とジェイドは言った。
「その人物は・・・赤い髪をしていましたか?」


 アムラジェはジェイドから視線を外し、床を見た後、小さく、はいと答えた。
 それは、その場のことを思い出そうとしたともとれる仕草だったが、ガイには、誤魔化そうかどうか迷った為の逡巡に見えた。
 その話を詳しく聞きたい、とガイが言おうとした時、それよりも早くアニスが、小さな体を割り込ませるようにジェイドの前に出た。
「アムラジェ。その赤い髪の男と、ハレルヤ様に入団の儀式を施した詠師って、同じ人?」
「・・・!」

「え?」
「アニス、なにを・・・?」

「一時期・・・実は噂になったことがあるんだ。」
 アニスは、動揺するアムラジェに視線を合わせたままで、一同に話しかけた。
「『鮮血のアッシュ』は詠師だ、って・・・。」
「え?そうなの?」
 その頃、ユリアシティから来たばかりだったティアは知らなくって当たりまえだよ、とアニスは言った。
「ただ・・本当に単なる噂だと思ってたんだ。『鮮血のアッシュ』って名前を知らない者はいないくせに、その正体を知っている人間も誰もいないっていう謎の人だったし、そこから尾びれのついた話だと思ってた。でも、トリトハイム様が言っていたでしょ?誰も知らない人物が、いつのまにか詠師になっていたって。それに、アムラジェの話のなかに出てきた詠師の身なりがって・・・。」
 トリトハイム様!とアニスが呼んだ。
「それって、詠師剣を持っていたってことだったんじゃないですか!?」
 突然、呼ばれたトリトハイムは目を丸くしたが、
「え・・ええ。確かに、それもありました。」
 と答えた。

 ほらアッシュの、とアニスが言い、あ!とティアも目を丸くする。
「え?なんですの?」
 ナタリアが聞くと、アッシュは普段、詠師剣と呼ばれる独特の文様を施した剣を使っていたんだよ、とアニスが言った。
 それは教団の所有のもので間違いなく、また、誰もが手にできるものでもなかった。
 詠師に齎されるから詠師剣、まさにその名の通りなのだと言う。
「てっきり、総長から貰い受けたんだって勝手に思ってたんだけど・・・アッシュが直接、イオン様から・・被験者のイオン様から授かったものだったのかもしれないって思って。」
「・・・・だとしたら。」
 このハレルヤ失踪事件の初めから、アッシュとアムラジェは知り合いだった、とでも?
 それなら、ジェイドがかつて、アッシュはハレルヤ殺害を目的にダアトに戻ってきたのかもしれないと語った説は、あながちあてずっぽうの仮説でもなかったということになる。
 
「・・ち・・違います。」
 アムラジェが首を振って答えた。
「・・わ、私たちが会った詠師様は、あの方とは違う方です。」
「あの方、ねぇ・・。」
 カンタビレが腕を組んだまま、アムラジェを睥睨する。
「なんだか、知り合いのことを話をしているみたいじゃないか?アムラジェ?」
「・・それは・・・。」

 

 その時、アムラジェの目の前に、ぱっと白銀と飴色のカーテンが舞った。
 はっと視線をあげると、ティアの顔が間近にあって、アムラジェは息を飲んだ。

「・・お願い、アムラジェ。」
 アムラジェの拘束された腕を掴み、ティアが言う。
「知っていることあるなら、教えて欲しいの。」
「わ・・私は・・・。」
 なにも知りません、とアムラジェは答えた。
 その声に頑なな拒否が混じっている。
 これはいけない、とジェイドは思った。
 追い詰めてしまったら、アムラジェは口を開かないだろう、と。

 しかし。

 

「2年間、待ってたのよ。」
「え?」
 静かな抑えたようなティアの声に、アムラジェは目を見開く。

「2年、私は待っていた。」

 

 この2年間は、たぶん誰にも理解できない。
 戦いから戻った彼らのことを英雄だと賞賛する者もいたし、後に彼らの功績を知ってよくやったと誰もが褒め称えた。
 だが、帰ってこなかった"彼"のことは、残念だったのひとことで諦めてしまっていた。

 まだ、ルークが死んだと決まった訳でもないのに。

 

「その人に・・・やっと会えるかもしれないの。貴女は、やっと手に入れた手がかりなのよ。」

「・・・ティア・・・。」
「ティア。」

 帰って来る、の約束の一言を心の寄り処にして待って待って、お墓の前の成人の儀は辞退した。
 帰ってきたとしても、それはアッシュだと、他ならぬジェイドから聞かされても・・・ティアは信じていなかった。
 

 だって。
 ルークは、帰ってくると約束したもの・・・。

 

 だからお願い、と懇願され、戸惑うアムラジェは、後ろのジェイド、ガイ、アニス、ナタリアと見つめ、最後にティアへと戻ってくる。
 全員の表情は固く、アムラジェを責めるのでも、尋問するのでもなく、ただ、彼女らはアムラジェの言葉を待っている。
 目の前の真剣なティアの表情は、決して誤魔化しのきかないものだった。
「そ、それは・・・。」
 アムラジェは、気圧されたように、おずおずと口を開きかけた。
 そして、なにかを続けようとした。

 

 

 


 ぼすん、と鈍い音がして、同時に扉が内側へと開く。
 入り込んだ風が、一同の髪を揺らして、一瞬目を逸らした時、まるでそこに手品のように現れた影に、全員が目を見開いた。


 それは、まるで死神のようだった。
 足元まで覆うマントは体を隠し、付属した黒いフードを頭の上からかぶっている。同じ黒い布で、砂漠の商人が砂避けの為によくするように、口元も隠されていた。
 そのせいで、白い面はほとんど隠れていたが、奥から覗く瞳はギラギラと殺気と生気とをない交ぜにした光を放っていた。
 手には、鋭く研磨された剣。
 


 正体不明の侵入者に、殺伐とした視線を向けられたカンタビレの部下が、怯んで一歩を下がる。
 
 振り向いて何事かを確認したアムラジェが、息を飲んだ。
「あ・・あなたは・・・!」


 いきなりの緊迫した状況にも、伊達に修羅場を踏んでいない一同は、とっさに臨戦態勢を整えて、体の軸を中心に乗せた。
 いつでも攻撃を仕掛けられるように構える。

 一同と、カンタビレの部下との大人数に囲まれても、侵入者は焦りをみせず、一歩一歩着実に進んでいく。
 その視線の先には、アムラジェがいる。
 彼女を狙ったものか、それとも連れ去るのが目的かはわからないが、穏やかに話し合いをしましょう、という雰囲気ではないのは確かで、一同は息を殺して、攻撃の隙を伺った。

 その時、歩む侵入者が肩を揺らし、顔を覆う黒い布の間から、するりとひと房、こぼれ落ちたのは、

 

 赤い髪だった。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・!!」
「・・・・・あ・・!」

「!!」
「・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 おい・・・

 

 

 

 

 


 おい・・・

 

 

 

 

 誰かが呼んでいる。

 

 

 

 

 

 おい・・・目を覚ませ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 
 懐かしい、聞いたことのある、良く知っている、そのくせあまり知らない声。

 

 

 

 

 

 

「おい!いい加減、目を覚ませ!!」


「・・・!あ!」
 ティアは目を開けた途端、目の前にあった顔に驚いて体を起こした。
「・・・っ!」
 倒れた時、打ちでもしたのか、後頭部にたんこぶができていて、ずきずきと痛む。
 体はだるく、急に眠りに落ちた時のように、目の奥が重かった。

「大丈夫?ティア。」
 近くにいたアニスが、ティアの顔を心配そうに覗きこんできた。
 大丈夫よ、と答えて、周囲を見ると礼拝堂に間違いない。

「・・・どうやら我々は眠らされていたようです。」
 いつもの冷淡な口調の声が、頭から降ってきて、ティアは上を見上げた。
 ジェイドと目が会うと、大丈夫ですか?と気づかう声をかけられる。
「ええ、私は大丈夫です。それより・・・。」
「・・・やられましたね。」
 ジェイドは、溜息をついた。
 横を見ると、まだガイとナタリアは倒れたままだ。
 

 一同が目を覚ました時、礼拝堂からアムラジェの姿は消えていた。
 その代わりに、いたのは・・・。


 ティアが起きたのを確認した彼が、今度はガイを揺り起こしているのが目に入る。
 乱暴な仕草だったが、しかし頭を揺らさないようにしていることが、何人もの怪我人を見てきた者としての経験を持つ、同じ兵士のティアにも分かった。

「う・・ん?」
 やがて、寝起きのような穏やかな声をあげ、ガイが目を開けた。
 そして、目の前の顔に呼びかける。
「・・・ルーク?」

 はっとして、ガイは飛び起きた。
 さきほどの、ティアと同じ反応だった。


「いや・・・!アッシュか!?」

 赤い髪の彼はそれには答えず、冷たくガイを一瞥すると、今度はナタリアを起こすべく、立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

back/next

 

 

 

 

 


 やっとひとり現れました。
 第2部開始です。

 

(’10 7.29)