13.
意識を取り戻したナタリアの動揺は、隠し切れないものであったが、それよりも事情を説明し、そして彼がルークを取り込んだアッシュだという部分に説明に及んだ時には、冷静さを見せ、
「では・・・ハレルヤがルークということはないのですか?」
とガイと同じことを聞き、アッシュとジェイドは何度目かわからない否定をした。
「けどなぁ・・・可能性はある、ってことだろう?」
ガイはまだ納得できないようで、食い下がってくる。
「何度も言うが、ガイ。ヤツは違う。」
アッシュが言った。
「いや、だけど・・・。」
尚も言い募るガイに、ジェイドが溜息をついた。
その目には、多少非難めいたものがあって、ガイはむっとしたが、ジェイドが呆れているのは、ガイの諦めの悪さではない。
ルークがハレルヤ説に拘るあまり、肝心なことを忘れているという事実にだった。
「・・・ハレルヤが生まれ出でた肯定は確認できてませんが、もしも、ローレライの力を引き継いだ化身のような存在だったなら、それは、『ローレライ』なんですよ、ガイ。・・・もしかしたら、アッシュよりももっとローレライに近いカタチで生まれた『アッシュの新しいレプリカ』である可能性だってある。」
「新しい、レプリカ?」
気分を害したのか、アッシュがジェイドをちらりと睨む。
それを無視して、ジェイドは続けた。
「『ルーク』が『ルーク』であることというのは、彼が乖離した音素を全て集めて体だけでも元のまま再生するか、もしくは新しい体に『ルーク』の意識が宿っていることが、最低条件です。・・・あなたは、別の人格が備わっている新しいレプリカに、その人格を否定してお前は『ルーク』だ、と強要するのですか?」
「それに関しては・・・私は大佐と同意見だな。」
と思わぬところから、同意をしたのは、アニスだった。
「だって・・誰かがフローリアンに、お前はイオン様のレプリカなんだから、イオン様としてふるまえって言ったなら、私そいつをぶん殴る。」
それを聞いた、ガイは言葉に詰まった。
もしも、フローリアンにそんな事があったなら、きっとアニスと同じ気持ちに自分がなるだろうことは想像できる。
同じレプリカであったとしても、フローリアンにイオンになれと強要することはできない。
つまりは、そういう話なのだ。
ガイの沈黙を受け、一同はその胸中を察したのだろう。
そもそも、彼らとて・・・ハレルヤがルークであったならと、願っているのは同じなのだ。
しかし・・・状況は、現実はそんなに簡単に人が望むカタチを叶えてくれる訳もない。
間違えてはいけない。
勘違いしてはいけないのだ。
一同がお互いに軽く息をついて、この話は一端保留というようにお互いの顔を意味ありげに見た時、それとは別に、と発言をしたのは他ならぬアニスだった。
「私も納得できないことがあるんですよ?」
「納得できないこととは?」
ジェイドが聞き返すと、いくつかありますよぅ、とアニスは言った。
「まず、ハレルヤ様のことです。なんだか確信的にハレルヤ様とローレライの化身が同一だって話になってますけど・・・アッシュの登場前まで、ハレルヤ様はすでに亡くなっているかもしれない、という話だったじゃないですか?それって今の段階でも変わってないって思うんですけど。」
「おや、あなたにしては鈍いですね。」
とそれを聞いたジェイドが、笑みを浮かべて言った。
「先ほど私たちは、ハレルヤに会ったではないですか。」
「え?」
「い・・いつですか?」
おや、あなたもですか、と同じくアニスときょとんとしているティアにジェイドは言った。
「アッシュが来る前ですよ。正確には・・・我々が眠らされる前です。」
アムラジェが動揺した時。
礼拝堂に滑り込んできた、マントの影。
顔は見えなかったが・・・赤いひと房の髪がフードのなかから覗けた。
「おそらく、あれが"ハレルヤ"だったのでしょう。」
そして、アムラジェを連れて行った。
「え?じゃあ、ハレルヤ様は、今までどこにいらしたんですか?」
驚いたのはティアも同じようで、納得できないというように声をあげた。
「アムラジェが攫われたあと、おひとりで、アムラジェの後を追っていらしたんでしょうか?」
事件以来、目撃情報がなく、尚且つあのタイミングでアムラジェを連れ去ったのなら、そうとしか思えない。そう思ってのティアの発言だったのだが、いえ、違うでしょう、とジェイドは答えた。
「思うに、アムラジェを人質に取った男などいないのですよ。アムラジェが一緒に逃げたのは、初めから"ハレルヤ"だった。」
「え〜?でもぉ!」
アニスはその説に不満気だ。
「私、駆けつけた兵士が、お前は退役したはずって叫んでたのを、はっきり聞きましたよ?そこに『退役した誰か』がいないと可笑しくないですか?」
「だから、それはアッシュのことなのですよ。」
事も無げに言うジェイドに、アニスは、は?とぽかんと口を開けた。
「兵士が叫んだとしても・・・それは誰のことを指しているのかまでは、わからないでしょう?謎の人とはいえ、アッシュは教団に所属していた身だ。まるっきり彼を知る人間がいないという状況もありえない。」
「あ〜・・・・。」
少し悔しそうにアニスは唸った。
確かに、兵士がふたりのどちらに向けて叫んだのかまでは分からない。
アッシュを見てというのなら、ジェイドの話が正しい気がする。
「人質の話は・・・確かに不自然だなって思ってましたけど。」
合点がいったという表情で、ティアが頷いた。
それに対してジェイドは笑い、ちらりとガイを見た。
「恐らく・・・正体は、ガイでしょうね。」
「え?俺?」
なんのことだ?と慌てるガイに、アムラジェの話のモデルです、とジェイドはますます笑みを深くした。
「金髪で紳士的。恐らく、話をしている時、たまたま目の前にいたガイをモデルに、実際にはいない男の特徴を話していたのでしょう。・・・あなたは、話したこともない女性がひとめ見ても紳士と見抜けるらしい。」
「からかうなよ。」
「からかってませんよ。事実を述べたまでです。」
それにしても、とティアが言った。
「どうしてアムラジェたちは、嘘をついてまで教団から逃げる必要があったんでしょうか?」
「正確には教団ではなく、あの場から、だと思いますよ。」
「え?」
アッシュですよ。とジェイドが言った。
皆の視線がアッシュに集まり、あまり人の視線を好きではない彼は眉を寄せる。
「アッシュが現れたから、彼らは逃げる必要があった。・・アッシュ本人からなのか、それとも・・・なにかの追っ手と勘違いしたのかは分かりませんが。」
アッシュを見て、ジェイドは、心当たりは?と聞いたが、あるもないも言えねぇな、とアッシュは答えた。
「・・・俺はあの女に会った事もない。これは事実だ。だが、だからと言って、向こうが俺を知らないとは限らないからな。」
「確かにそれはそうですね。」
アッシュが、ローレライと関わりがありそうだという推測の下でアムラジェを追っているのと同じように、アムラジェがなんらしかのカタチでアッシュの存在を知っていた。
それはありえないとは言い切れない。
「それに・・・詠師の話もあるしね。」
アニスは言った。
「?なんの話だ?」
案の定というべきか・・・アニスの予想通り、アッシュの反応は鈍い。心当たりがないのだ。
そこで、アニスはアッシュに、ざっとハレルヤが教団に入る際に『詠師』と名乗る男が関わっていたことを説明した。
それはまるでアッシュのことのように思えたのだが・・・アッシュがアムラジェを知らないと言っている以上、入団の儀を施したのは、アッシュではないということになる。
「それにしては・・・アニスの質問に対してのアムラジェの反応が気になりますわね。」
その時のことを思い出して、ナタリアが言った。
詠師とアッシュと思しき男は同一人物か、と聞いた時、明らかにアムラジェは動揺していた。
あれは・・・アニスの話が誰を指しているのか、分かったからなのだろう。
「どうにもなぁ・・・。」
唸るようにガシガシとガイが頭を掻いた。
それをちらりと見たが、ティアは黙ったままだった。
ガイ自身は気がついてないようだが・・・それは、行き詰った時のルークのクセだった。
いつのまにかそれは、育ての親兼、親友の彼にうつってしまっている。
「なんだか、変な事件だよなぁ・・・。こう、幽霊みたいっていうか。」
「幽霊?」
ガイにしては、あまり意味のないたとえだったのだが、ナタリアはぱっと顔を輝かせ、あきらかにティアは一歩引いた。
「幻っていうか・・・たとえば、ひとつ解明すると、また新しい謎が増えてくる。開けても開けても中から箱がでてくるみたいなもんだ。あまり気分が良いもんじゃないな。」
「そうですね。」
それに対しては素直に同意し、ジェイドはそれはそうと、とアッシュを見た。
「ローレライ教団に入り込んだ時、貴方が斬り合いをした相手は、ハレルヤだったのですか?」
「俺が知るか。」
アッシュは、俺はハレルヤってやつは知らないって言っているだろう、と言った。
「前にも言ったが・・・通信が送られてきた時に、あの女が教団にいるらしいってことだけは掴めたからな。それでダアトに戻ってきた。教会内を探していたら、中庭で偶然あの女に会って・・・捕まえる暇もありゃしねぇ。いきなりフード被った男が襲い掛かったきやがったからな。」
「いきなり襲い掛かられたのですか?その前に・・・たとえば、アムラジェと言い争いをした、とかは?」
「ない。遠目に見て、あの女だと分かったから近づいた。そうしたら、いきなり目の前に立ち塞がれたカタチになったんだ。」
「・・・妙ですね。」
不可解そうにジェイドが、眉を顰める。
「つまりは、貴方とアムラジェは正確には接触してもいない、と?なのに、いきなりハレルヤ・・・まぁ、そうだとしてですが・・・ハレルヤが貴方に斬りかかってきた、と。」
「そうだ。」
「・・・斬り合いになった時、フードのなかの顔、は?」
「・・・・・。」
今度はアッシュが、言葉を切った。
「アッシュ?」
「いや・・・見てない。」
「見てない?」
ジェイドが、さらに言葉を重ねる。
「斬り合いになれば、お互いの顔は見える位置です。なのに、貴方は相手の顔を見てない、と?」
「見てないと言うか・・・。」
アッシュは、眉間を揉むような仕草をして、くそ、と小さく悪態をついた。
「いや、見てないというのは正しくねぇ。見ている・・・筈なんだ。だが・・・記憶にない。」
「は?」
「奇妙な話だということは、分かっている。」
ジェイドの言葉を先に遮るようにして、アッシュは言った。
「見ている。確かにそうだ。斬り合いをしたんだ、見てない筈はねぇ。なのに・・・思い出そうとしても、そいつの顔を思い出せねぇ。しかも、今の今まで・・・おまえに問われるまで、その事にも気がつかなかった。」
「・・・・・。」
ジェイドは無言で、考え深げな表情を浮かべたが、ああ、もう!とその横で、アニスがややヒステリックな声をあげた。
「もう〜〜〜〜ホントに嫌だ!ガイじゃないけど、こう次から次へと謎ばっか!これってローレライの呪いってやつ!?」
「さぁな。・・・預言を廃止した人類への、ユリアの呪いかもしれないぜ?」
皮肉気に笑うアッシュに、バチあたりなことを言わないで、と言いかけ、ティアはそれを口にするのをやめた。
預言の為に運命を狂わされた男に、ユリアに対する冒涜を説こうとするほうが間違っている。
2年の歳月を得て、こり固まった思い込みを廃し、ティアの性格は多少なりとも丸くなっていた。
「それにしても・・・。」
ジェイドは言った。
「謎が増える、というよりも・・・物理的に不可解なことが多すぎる。」
「物理的?」
「ええ・・現実的な部分で、というほうが適切でしょうかね。アッシュの記憶と言い・・私たちが眠らされていた過程と言い・・なにかが噛んでいるような気がするのです。」
「なにかっていうと?」
「・・・そうですね。第七音素に関わることであるのは間違いないのでしょうね。この一件にローレライが出てくるから思うのかもしれませんが・・・第七音素には、まだ研究を進める余地がある。そこを、つけこまれているような後味の悪さを感じます。」
そして、ジェイドはこんなことは2年前の騒乱以来ですよ、と口にした。
思えば、あの時の戦いも、第七音素が大きく関わっていた。
人を癒し、時を詠む、特別な音素。
しかし・・・逆を言えば、その凶暴なほどの便利性が人の敵ではないと言いきれない。
少なくとも、その特色が人類に戦争を呼び込んできたのは事実だ。
アムラジェが消えた為、事態はふたたび振り出しに戻ってしまった。
ジェイドが溜息まじりにそう言うと、カンタビレは、そうでもないさ、と笑った。
「どうであれ、鮮血は見つかったじゃないか。」
良かったな、とカンタビレに言われ、アッシュも含め、一同は複雑な思いのまま、曖昧な笑みを返した。
一同は、それぞれの胸に飛来した複雑な思いを飲み込む。
計らずもまだ同じ面子で、なにかを追っている状況になった。
それは、お互いに親しく思っていた間柄ゆえに、嬉しいことでもあったが・・・反面、大きな暗黒の闇の口を覗き込んでいることにも違いない。
同じ面子でも、同じ顔が揃っている、というだけのことだ。
ひとりは、ここにはいないのだ。
彼は消えた。
代わりに、彼の記憶を持った片割れを、彼らに残して。
翌日から本格的に、アムラジェの探索が再開されることになったが、その日一同は宿を取り、そこで明日以降の行動を整理することになった。
前回の時には、ひとりで行動したがったアッシュだったが、今回は同行することとなった。
ことがローレライに関わることである以上、ジェイドの傍を離れるのが得策ではないと思ったのか、特別に抵抗もみせなかった。
女たちは3人部屋に、男たちはひとり部屋をそれぞれ宛がわれ、夕食を取った後、別れた。
女性陣は再会して以来、やたらとくっつきたがる。
それに対してジェイドは、女性とは本来そういうものですよ、と笑った。
対して男性陣は、逆にひとりで静かに思考したがる傾向にあった。
2年前もそうだったという訳ではないから、彼らの中に投じられた布石が、どうしても不協和音を生み出すのだろうか。
そういう考え方はアッシュに対して失礼だ、と思い、ガイは自分の部屋を出た。
廊下は密やかな静寂に包まれていたが、同時に窓の外には、人の暮らすぬくもりも感じられて、ガイはよく街並みが見える場所を探して、その足を進める。
人の生活の灯りは時折、無性に恋しくなるものだ。
2階へと続く階段の踊り場あたりで、ガイは足を止めた。
そこには、黒と赤のコントラストが浮きあがっていて動かず、軽く窓枠に頬杖をついて、外を眺めている。
初めてみる気だるそうな彼の姿に、ガイは意外な感想を抱き・・・立ち止まっていた、足を向けた。
「ガイ・・・。」
よ、というように挨拶すると、アッシュは、こくんと頷き返した。
ガイはアッシュと並び、彼が見ているだろう景色を見る。
そこには、想像通りの暖かな窓の灯りと、少し街を照らすには暗すぎるのではないかと思われる街灯があって、暗いなかに、不規則な模様を浮かび上がらせていた。
しばらく無言でいた後、さりげなさを装って、ガイが尋ねた。
「これから、どうする?」
「どうするって、なにがだ?」
ガイの方をきちんと向き、アッシュが聞き返す。
もちろん、これからのことさ、とガイは言った。
「せっかく帰ってきたんだ。一度バチカルに行くか?家族にも報告しなきゃならないだろ?」
「いや・・・。」
アッシュは即答といって良い早さで首を振る。
「ローレライのことが気にかかる。事態がなにも掴めない以上、のんびりしている暇もない。この後色々分かってきたら、いずれ国に報告しなきゃならない。その時に嫌でも知らせることになるんだ。」
そこでアッシュは一端言葉を切って、ガイから視線を外した。
「・・・それまでは、俺が帰ってきていることは、知らせなくて良い。」
「・・・・・。」
ガイは眉を顰めた。
以前からそうだったが・・・アッシュはあまり家族に会いたがらない。
本来、家族というのは心の拠り所であるべきはずのものだ。しかし、アッシュには、完全なる拒否が見て取れる。
昔見たその姿には、過去に決別する為の、彼なりの意思表示だと感じられるものがあった。
しかし、すべてが終わった今となっても、彼の心を固執させるほどのものなのだとしたら、彼の幸福はいったいどこに存在するのだろうと、今更ながらに思う。
「俺は・・・おまえに謝らなきゃならない。」
「?ハレルヤのことなら、謝ることはないぞ?俺が帰ってきたんだ。あいつも、とお前が考えるのは自然だ。」
「・・・そのことじゃない。」
2年前のことだ、とそこまで口にして、ガイはその先を言いよどむ。
アッシュの顔をまともに見返せない。
タタル渓谷で、ジェイドに大爆発のことを説明された夜。
2年前のガイが、いかにルークのことしか見えていなかったか、という事実に気がついたのだ。
2年前のガイは、アッシュの人生を慮ったことなど一度もなかった。
まるで『ルーク』の人生に割り込んできた、最悪の象徴のように思っていて、いつも憤っている姿しか見ていなかったからか、彼には彼の人生があることを、想像することができなかった。
しかし、アッシュは人間で。
今のように確かに、手の届くところにいた時もあった。
ずっと、ガイは思い違いをしていたのだ。
『ルーク』は被害者で、『アッシュ』が加害者だと。
無防備で彼のせいでもないものを押し付けられた『ルーク』に対して、『アッシュ』は一切の妥協を許さなかった。それが、理不尽な物言いに聞こえて、まるで悪いのは『アッシュ』のように決め付けていた。
確かに『ルーク』は彼の意思でなかったが故に、加害者でもなかったかもしれない。
だが、被害者でも、けっしてなかった。
・・・本来あった人生のすべてを奪われたのは、『アッシュ』のほうなのだ。
そして、生まれた時から彼が呪われた人生を背負わされたのは・・・『アッシュ』のせいでは決してなかった。
「レムの塔で・・・瘴気を消すって話が出た時に、俺はだな・・・。」
ガイは迷いながら口を開いた。
どう言おうと言い訳臭くなる気がして、しかし、謝らなければならないという思いも強い。
謝罪がこの際、適切なのかはわからないし、それは自分が楽になりたいだけのものではないのかと思わないでもなかったが、しかし後悔していることは、伝えなければならない。
ナタリアと2年前、『アッシュ』と向き合うと約束した。
これからは、それが叶えられる時だ。
アッシュはガイの口から『レムの塔』と聞いただけで、ああ、あのことか、と呟いた。
「別に、俺に謝ることはない。死のうってやつがいたんだ。勝手にやらせとけ、と思うのは当然だと思うがな?」
「・・・・・。」
ガイは言葉につまる。
『アッシュ』には、『ルーク』の記憶があるのだ。
あの場にアッシュはいなかったが・・・彼らの会話を『アッシュ』はすでに知っている。
瘴気を消すと言い張るルークを、ジェイド以外が止めた。
アッシュとルークのどちらにも生きていて欲しいと言ったナタリアと違い、ジェイドの襟首を掴んで詰め寄ったのは、ガイだ。
ルークにアッシュの代わりに死ねというのか、と。
しかし、それは裏を返せば、アッシュが死ぬのは構わないと言っているのと同じだ。
「・・・すまなかった・・・。」
思わず頭を垂れ、ついて出た謝罪は、ガイが自分で思っていたよりも重かった。
アッシュは、少しだけ首を傾げてそれを見たが・・・まるで、興味がないとばかりに首を振り、窓の外を眺める。
そこになにか特別なものが映っている訳でもなかったが、ひさしぶりのダアトだからな、と少しだけ考え深げな感想を、アッシュは口にした。
有無を言わせずに放り込まれた過酷な状況を、彼がどう思っているのか、ガイにはわからない。
ダアトは、アッシュにとって安寧の地ではなかっただろう。
それでも、懐かしいと少しは思うものなのだろうか。
人は人の心までは、正確に理解することはできない。
他人とは、あくまで別のものであり・・・一緒にいても、個人の記憶も感想も、それぞれ違うものだからだ。
「その・・・ルークの記憶ってのは、どうなんだ?」
旅の間、ルークは常に悩み、苦しんでいた。
それを、共有するということは・・・アッシュにとって、どうなのだろう。
ただでさえ、預言のおかげで望んでもいない"役割"を押し付けられてきた人生を送り、そのうえ、他人の"記憶"を押し付けられ。
アッシュのうえには、周囲からの、運命からの、色々な思惑が圧し掛かりすぎている。
しかし、ガイの質問を受けたアッシュは一瞬、きょとんとした表情になり、その後・・・笑った。
にやり、という表現がぴったりだったが、嫌な感じはなく、むしろ、なにかを悟ったかのようなすっきりとした笑みだった。
「・・・お前が思っているほど、悪くはねぇよ。」
それはどういう意味だ、とガイが問う必要もなく、アッシュは続けた。
「そりゃ、勝手に色々と押し付けやがってと、やつに対してはムカッ腹もたつがな。・・・あいつの、『ルーク』の記憶はお前が思っているほど、絶望ばかりだった訳じゃない。楽しいことも、嬉しいことも、大きいものから小さいものまで、沢山あった。世界は、7歳児が見るには大きくて新鮮で、驚きとともに入ってくる情報の全てが、色鮮やかだった。『アッシュ』は、おまえらのことを・・・嫌いでもなかったが、別段好きでもなかった。だが『ルーク』にとっては、特別であったのは事実だ。」
ガイは目を見開く。
それは、確かに遺言でもあったが・・・ガイにとっては救い以外の、なにものでもなかった。
そして、アッシュ自身にそう言って慰められたことに、心の底から、すまない、という思いが湧いてでた。
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