18.
もう逃げ場はない。
そう観念したのかと思ったが・・・リグロはいつジェイドたちの話そうか初めから迷っていたと言った。
それは本当か?と疑いの目でみるルークを、なにもそこまで敵愾心を抱かなくっても良いでしょう、と苦笑交じりにジェイドが諭した。
不満げなルークの横をガイと、アニスとが固めている。
激昂したルークの姿をさきほど見せられてもリグロは、ルークから距離を置こうとしなかった。わざわざ話をする為に前に座り、今までの経緯と、ルークが何者であるかの説明を聞いていた。
「ドロシーは・・・被験者のドロシーは確かに私の弟の娘でした。」
「・・・でした、というと?」
「亡くなりました。2年前。」
「そうですか・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
少しの沈黙があって、ジェイドが一同を代表して尋ねた。
今回のことには直接関係のないことかもしれなかったが・・・2年前と聞いた、一同は心穏やかでいられるものではない。
そんな、当事者として、当たり前の反応だったのかもしれない。
「それはやはり・・・騒乱の犠牲に?」
あの時、多くの人類は救われたかもしれなかったが、その陰で犠牲になった者も少なくない。
ジェイドの質問を聞くと、リグロはどう思ったのか、眉を動かし、いいえ?と言葉を返した。
「犠牲になった・・・といえなくもないのでしょうが。要するにこの子が誕生するにあたり・・・レプリカ情報を抜かれた、その後遺症です。」
「・・・・・!」
びくん、とルークの肩が震える。
さきほどまで、あれほどリグロに対し憤っていたというのに、睨みつけていた視線をそっと逸らす。その一言は、ルークにとっては刃となって傷をえぐるものに違いなかった。
「・・・こうしてレプリカである彼女だけが貴方の手元に残っているということは・・・もしかしたら、貴方の弟さんも・・・。」
「はい・・・。同じく、後遺症で。」
そうでしたか、と言うジェイドの返事には、特別に体温が籠っているということはない。
その冷酷さに、時々ありがたみを感じることがある。
妙な同情や感慨を持つことは、レプリカであるルークを横にしている今、逆に彼を傷つけることになりかねない。かと言って、胸の痛みを感じない訳もない。彼らはそれぞれ・・・深く関わりを持っているがゆえに、どこか自分たちを加害者のように感じることがあった。
そしてそれは・・・実際はそうでないが故に、言葉に出して他人に説明することが難しい感情でもあった。
リグロの話は、第3施設でなにがあったのか、という本来の目的に変わっていた。
「・・・皆さんもご存じの通り、ウィザードはキムラスカ、マルクト両国により設立された研究機関です。そのなかでも第3施設は、音素の少なくなった今の世界に、十分なエレルギー供給をするための研究を主に行ってきました。しかし・・・研究は思ったよりも進んでいなかった・・・。」
「アプローチ方法は幾通りもありますからね。」
以前、第3施設で彼らの研究内容に目を通したジェイドが言った。
「研究とは、何度もやって失敗しの繰り返しです。時間がかかるのは致し方ない。しかし、研究が国の税金で賄われている以上、できませんでした、とは簡単に言えない。・・・焦りが生じていたのですね?」
「ええ。それはないとは言えません。研究者は、とんと世間に疎い。それはえてして、自分の研究内容以外に興味のない者が多いからです。しかし、成果がなければその研究を続けていくことも危うい・・・。そう考えている者もいました。そんな頃、今までと違う着目点で研究を始めた科学者がいたのです。それが、」
リグロはドロシーの顔を見下ろして、
「・・ドロシーの母親です。」
「ローラ・ゲイル博士ですね?」
ジェイドが言うと、リグロは一瞬目を丸くした後し、ご存じでしたか、と苦笑した。
「彼女は、大変優秀な科学者でした。」
リグロの話は続く。
「そして、とても柔軟な思考の持ち主でもあった。・・・我々第3施設に所属していた研究者は、音素から離れず少なくなった資源からどのように音機関を動かすかを研究していた保守派と、音素を捨て、新しい資源を見つけるべきだと考える改革派に分かれていました。・・・ローラの研究は、そのどちらでもなかった。」
「と、いうと?」
「プラネットストームが止まった今、音素には限りがある。いくら負担の少ない音機関を開発しようとも、いずれ音素は尽きる。とはいえ、新しいエネルギーをこのオールドラントから発見し、今の生活水準まで高めようとするのなら、どれだけ先になるのかわからない。私も彼女の意見には、概ね賛成でした。それは、科学者なら全員がわかっていたことだった。」
そうですね、とジェイドも同意した。
「だから、彼女はこう考えたんです。音素が枯渇するのなら、音素を造れば良い。とね。」
「・・・え?」
えっと、というようにアニスが首をかしげたが、ジェイドを除く全員が彼女と同じような反応をしている。
「音素を造るって・・・え?造れるんですか?音素って・・・。」
助けを求めるようにジェイドを見ると、いえ、それは無理でしょう、と答えが返ってきた。
「そもそも・・・音素はこのオールドラントを構成する要素の一部です。人が造り上げたものではない。火を炊いたりするように、元素をかき集めて融合させれば、それに似たものを作ることは可能ですが・・・世界中を覆う音素を補うほどの量を造るなど、できはしませんよ。」
星をひとつ造るようなものです、とジェイドが言った。
「しかし・・・ローラ博士はそれをやろうとした?」
「ええ。」
リグロは言った。
「バルフォア博士がおっしゃる通り、世界を覆うほどの音素を造ることは不可能です。量のこともありますが・・・そもそも、大気に溶けている音素の質量というのは微妙で、一定の場所に定まっている訳ではない。よく、ここは第三音素の影響が強いなどと言いますが・・・滞留する音素は環境によっても左右される。そのすべてを計測することは無理なのです。しかし、ここで要求されるのはなにも全ての音素でなくても良い。」
「?えっと?」
「つまりは、今の生活水準を保てるだけのものがあれば良い訳ですから・・・第一から第六、すべての音素に頼らなくても良いという訳です。なぜならば、」
「第七音素には、すべての音素の要素が含まれているから、ですか?」
ジェイドが口を挟むと、ええ、その通りです、とリグロは答えた。
「つまりは、全ての要素を含む第七音素さえあれば、音機関は動かせます。特定の音素に特化した音機関は多少威力が落ちるかもしれませんが・・・それこそ、その音機関の構造を作り直してしまえば良い。彼女は第七音素のみに着目し、それをプラネットストームのように、世界中に巡らせる方法を考えていた・・・。」
「しかし、それこそ無理では?」
ジェイドが言った。
「確かに着目点は悪くない。第七音素がすべての音素の要素を含んでいるのも確かだ・・・。しかし、第七音素は特定の条件下のみにしか発生しない・・・それこそプラネットストームにより、記憶粒子が音譜帯を突き抜ける摩擦で変異してできた音素です。プラネットストームなしでは、第七音素は造れない。」
「ええ。でも、第七音素はすでに、あるでしょう?」
と、リグロがジェイドの話に反論をすると、ジェイドは眉を顰め、それはまさか、と聞き返した。
「第七音素は、2年前より新しく七層目の音譜帯として、このオールドラント上空に留まっている。」
「・・・・・。」
とんとん、とジェイドは座っていたテーブルを指で叩いた。
それが苛立ちの表れであることが、ルークにはわかった。
己の喉の奥で巨大な玉のようにつっかえていた憤りを、ジェイドも感じているとわかり、ルークは自分の苛立ちが少し和らぐ気がした。
オールドラントに七層目の音譜帯が発生したのは、『ルーク』が命と引き換えに、ローレライを解放したからだ。
そこまでのことをリグロに説明する気は毛頭ないのだから、仕方がないのかもしれないが・・・それを利用するなどと軽々しく口にされると、やはり気分は良くない。
「それで貴方たちは。」
ジェイドが言った。
まるで無機質な機械のように冷たく感じられる声だった。
「遥か頭上の音譜帯にあがった第七音素を再び地上で巡回させる為に、"ローレライ"を造ろうとした。そういうことですか?」
「・・・・・!」
「え!?」
「って、おいおい!」
他の仲間が驚愕して、身を乗り出すなか、不思議なことにルークの心は凪いでいた。
それは、知っていた、という感覚に近い。ああ、やはりと思う気持ちがあった。
それはレムの塔での覚悟や、ローレライの解放を経験した時の記憶からなのか、それとも『アッシュ』の記憶から読み解いたのはわからないが、どこかで、そうではないかという警告音のようなものが、ひしひしとルークの背中をあがってきていたからだ。
「ええ。」
と、無表情なほどに固い顔で、リグロが答えた。
「ローラは、それを目的としていた・・・。」
「目的としていた?」
ガイが、割り込むようにして聞き返したが、すでにその声には不快感が滲んでいる。
「ずいぶんと、他人事みたいな口調だな?あんたの目的でもあったんじゃないのか?」
「いいえ?」
リグロは、ガイの冷たい視線を、逃げもせずにはたと見据える。
「私は彼女の研究には・・・否定的でしたから。」
「おや、そうなのですか?」
意外だ、というようにジェイドが言った。
「貴方もてっきり、研究に参加していたものと思っていましたが?」
リグロはそれを聞くと、静かに首を振り、
「・・・貴方なら、おわかりだと思いますが。」
と、ジェイドを見る。
「ローラの、第七音素ならば他の音素を補えるという着目点は確かに良い。・・・しかし、現実問題として、音譜帯の第七音素を引き寄せる為にローレライを造るというのは無理がある。そもそも、ローレライは第七音素の自我ですが、生命体ではない。あの膨大なエネルギーを地上で操ろうとするならば、制御する方にも相当なエネルギーが必要となる。いわば、相殺効果ですね。しかし、創生歴時代ならいざ知らず、今の我々にそれだけの技術力はない・・・。ローレライを人間の力で制御することは不可能だと私は解釈しています。」
「・・・・・。」
そういえば、とルークにも思いあたることがあった。
確かに、アッシュもルークもローレライの完全同位体ではあるが・・・もしもそれだけで『ローレライ』として成りえるのならば、今のルークにだって、膨大な第七音素を操れるはずだ。しかし、彼らは、音譜帯の第七音素まで引き寄せたりはできない。それはきっと・・・ローレライ本体にしか、できない。ローレライの完全同位体であっても、ルークたちは、単独で超振動を起こせるまでがせいぜいだ。
「しかし、ローラ博士は、その研究に着手した。」
しかも、秘密裏で、と赤い目を眼鏡の奥で細くして、ジェイドが冷たく言った。
研究が国に内緒で進められたのは、その危険性を指摘されることを、予測していたからだろう。
現実にもしも国に申請されていたら、間違いなく却下されるような内容であることは間違いない。
今や第七音素にまつわる研究は、公共の機関がすべて把握し、認可を受けなければならないことになっている。
それは、第七音素の重要性、危険性を考慮しての規律だったのだが・・・それによって第七音素研究の足かせになったことも否めない。 ローラもほかの研究者たちも、それを恐れたのでしょうね、とジェイドは言った。
「・・・貴方の説には、私も概ね賛成です。ローレライを今の我々で制御することはできない・・・正論で説得力がある。しかし、できないからこそ、それを成し得る為に進めるのが研究というものです。そして都合の良いことに・・・ローラ博士には、自分の娘のレプリカというサンプルがすぐ近くにいた。」
「ひとつ、訂正させてください。」
リグロが言った。
「ローラにも・・・彼女の研究に参加していた他の科学者たちも、ドロシーを実験台にしているつもりはなかった筈です。」
「まぁ、ぬけぬけと!」
気性の激しい王女は、腰に手をあてて仁王立ちをするという古式スタイルで、怒りを露わにした。
「こんな幼い少女をあんな目にあわせておいて、よくもそんな!」
「レプリカには第七音素を注入したとしても、なんら異常はきたさない。ローラはそれを踏まえた上で、ドロシーに協力を仰いだ。なによりも、今回の彼女の研究が、レプリカにとって新しい活路になることをローラは望んでいた・・・。」
「活路?」
「・・・?どういうことですか?」
激昂しやすいくせに、もともとスパイだったスピノザの懺悔も聞き入れてしまうような、お人よし揃いの一同だ。ルークも含め、全員がリグロの言葉に耳を傾ける。
「皆さんもご存知のように、未だにこの世界は・・・レプリカにとって、決して住みやすいとは言えません。」
マルクト、キムラスカ両国は現在、レプリカに対し、彼らの『教育』『労働』『人権と自由』の保護義務を示した法律『OZ法』を定めている。
それによって、レプリカの身の安全は、法律上で保障されはしたものの・・・実際問題として、レプリカが全ての人に受け入れられたとは言い難い。今やもっとも有力なレプリカ保護区となったダアトはまだしも、未だに辛い境遇にあるレプリカも少なくない。
新しい人類に対して、元からいた種族からの偏見とわだかまりは、簡単に消えてなくなりはしないのだ。
「そもそもレプリカが、被験者たちに見下される傾向にあるのは、生まれた時になんの知識も持ちえない為です。彼らは被験者と同じ姿で生まれながら被験者の庇護をなくしては生きられない。むろん、被験者たちも本来は同じなのです。生まれた時からひとりで生きられる者など誰もいません。しかし、レプリカは被験者とまるっきり同じ姿をしている為に、赤ん坊と同じだという認識が被験者には欠けているのです。」
「・・・・・。」
それに対しては、一同にも痛いほどの心あたりがある。
黙っている一同に、同意を得たと思ったのかリグロは続けた。
「そこで、ローラが考えたには・・・レプリカの被験者にはない優位性でした。」
「レプリカの優位性?」
「ええ。レプリカというのは・・・ある意味では、私たち被験者よりも優勢な人種でもある・・・。我々の音素の属性に左右されやすいという体質は、第七音素で構成されているレプリカには受け継がれていない。いわば、音素に対する免疫は、我々よりも優れているのです。レプリカは被験者よりも上手く音素を操れる。音素は、我々被験者にとっては命そのものであり、同時にもっとも我々を支配する要素のひとつだ。レプリカが、その被験者の欠点を補えるとなれば・・・彼らに対する世間からの扱いも、もっと違うものになる、とローラは考えていたのです。」
「・・・・・。」
たとえば、この研究が本当に確立したならば・・・ローレライを生み出すことができるレプリカは、エネルギーの枯渇する世界に住む人類にとってまさに救世主だ。
しかし。
「・・そうなればそれで、レプリカに違う利用方法を見つける輩が増えるだけではありませんか?」
それは同時にほかの危惧を生む。
的を得たジェイドの言葉にリグロは頷いた。
「・・・それは承知しています。しかし、この場合は、レプリカがある部分においては被験者よりも優越であることを、証明することが第一だという考えを基にしていますから。」
「・・・なるほど。」
「え?納得しちゃうんですか?大佐?」
アニスが驚いて声をあげると、それはそれ、これはこれ、というやつですよ、とジェイドが言った。
「確かに一理ある、というやつです。・・・さきほどのローレライを造ることに関しては無理があるという説が曲がることはありません。」
私なら絶対にしようと思いませんね、という言葉に、リグロは頷いた。
「そもそもその研究も、ローラが、ドロシーの第七音素の定着率が低いことを気にして、乖離を防ごうと血液中の第七音素の濃度を高めようとした・・・。それがきっかけだったのです。」
「そして・・・秘密裏にしてまで始めた研究は、思ったような結果を出せなかった・・・。」
「・・・ええ。」
リグロは頷いたが、少しだけ悔しさが混じっているような憤りを感じているような複雑な表情をしていた。
「参加している、と言っても・・・ほかの研究者たちは完全にローラに後れを取っていた。研究はローラの独壇場になっていたようです。だから、ローラが消えた途端に制御できなくなって、あんなことに・・・。」
「おい、ちょっと待て。」
そこで、ガイがリグロの発言に、以前との齟齬があることに気がついた。
「ローラが姿を消した?ローラ博士は死んだんじゃなかったのか?」
それに対してリグロは一瞬、固まった。
うっかり口を滑らせたと、その顔には書いてあったのだが、やがて観念したように、全てを話し出した。
「・・・実は、ローラは死んでいません。ある日突然、忽然と研究所から姿を消したのです。まるで煙のように。」
「あ、あれ?それって・・・。」
アニスが目を丸くして、ナタリアと顔を見合わせる。
キムラスカに報告された研究者の行方不明事件。そのことだと一同は気がついた。
「忽然と姿を消したというのはキムラスカに報告がなされていますね?それなのに、どうして私たちにはローラが死んだなどと言ったのです?」
「研究者が消えたということは、当然報告すべきことでした。・・・しかし、報告を終えた後、研究内容を記したデータがなくなっていることに気がついたのです。その後は、研究者たちの間でも混乱が続きました。ローレライ創造の研究は、いわばローラたちの暴走です。その時は、彼らも我に返ってその事に気がついた。そして、ローラの失踪そのものをなかったことにしてしまいました。貴方がたが訪れた時も、行方不明の科学者のことに触れられ、研究内容を見せろと言われることを、私自身、恐れてしまったのです。」
「・・・・・。」
「秘密裏に進められた実験であった為に、それを公にできないと保身を図ってしまった、という訳か。」
ガイが言うと、愚かでした・・と、リグロは頭を垂れた。
「しかも・・・喉元を過ぎてしまった後は、また研究者たちはローレライ創造の研究に戻ってしまった。」
「それだけ、彼らにとっては魅力的な研究だったんでしょうけどねぇ・・・。」
冷めたように、
「・・・しかし、元から上手くいかなった研究だというのに、更にそれまでのデータがなくなっている。そんな状態で研究を進めたところで、進展する訳もないんですがね。」
そんなことは自分たちでもわかっていたでしょうに、とジェイドは言った。
「ええ・・・。しかし、それまで研究に参加していた者としての矜持が、それを認めなかったのでしょう。ローラのデータがなくても、同じような成果を出せないかと息巻いていたというのも、あると思います。・・・だからドロシーにもあんなことを。無茶ですよ。」
そこで、リグロが沈黙する。
同意と反省の意味合いの沈黙だと思い、一同は視線を床に落としたままのその姿を見ていたが、ジェイドだけが気に入らないというように、座っていた椅子から立ち上がり、リグロに近づく。
「・・・それはどういう意味です?」
「はい?」
少し驚いたように、リグロが顔をあげた。
「今、ローラと同じような成果、と。」
ん?といった感じで、一同がジェイドを見た。
「ローラ博士は、その研究である程度の成果をあげていた、とも取れる発言だと思いますが?」
「ああ、はい・・・。その事も申し上げなければならないと思ってました。」
リグロは言い・・・その視線をルークへと移した。
見られたルークは、ぎくり、と身を縮ませる。それは本能的なものだ。
ルークは研究者といわれる人種には慣れていたつもりだった。
スピノザもそうであったように、科学者というものは時には道徳よりも、研究を優先させてしまう。そういう体質なのだと、それも知っていた。
しかし、向けられたリグロの目は、まさに研究者のそれで、ルークを人としては見ておらず、単なる研究対象、もしくは実験動物、そういう一方的なある種の悪意を持って見つめられたように感じて、ルークはぞっとなった。
「ローレライ創造は・・・もちろん、今の段階では無理な話です。」
リグロは言った。
「しかし・・・ローラはある程度までは、その研究を高めていたのかも、しれません。」
「・・・と、いうと?」
「ドロシーよりも、遥かに"ローレライ"に近い存在を、すでにローラは造り上げていた・・・かもしれない。」
ルークは眉をひそめた。
さきほどのリグロの視線と、初めて自分を目にした時に放った言葉を思い出し、まさか、と思った。
「ある時から、ある人物が、ローラの傍に現れました。本当のところはどうだったのかはわからないのですが・・・研究者たちは、彼をローラが造り上げたのだ、とそう信じていました。」
「造り上げた・・・ドロシーのように?」
「ええ・・・。彼は、音素振動数が、ローレライとまるっきり同じだったのです。・・・過去、ベルケントで実験に立ち会わされていた人物のように。」
そして、もう一度、ルークを見る。
それはさきほどのように、ルークの背筋を寒くさせるものではなかったが、疑惑と好奇心とに溢れたものに間違いはなかった。
「私も含め・・・研究者たちは彼のことを、"ローレライ"と呼んでいました。」
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