「帰ってきたとしたらそれは、アッシュだということですよ。」


「・・・アッシュ?」
 でも、アッシュは死んだだろう?と咄嗟に言いそうになって、ナタリアの存在を思い出し、ガイはジェイドに詰め寄るのを思い留まった。
「ええ。」
 ジェイドは言った。
 その目は闇の中に浮かぶ月の光が入り込み、赤い光彩に独特の鈍い光が宿っている。
「・・完全同位体とはそういうものなのです。そういう現象が・・・確認されている。」
「現象?」
「それは、どういう事ですの?」
 そう言ったのはナタリアだった。思い続けた許婚の名前が思いがけず出て、気が逸るという態度ではなく、本当に心から疑問に思っているという声だ。
「死んだ筈のアッシュが生きていたとしても、それはルークではない。まるで、ルークはけっして戻ってくることはないとおっしゃっているようですわ。」
 詰問するようなナタリアに、意外だ、とジェイドは思った。
 もっとアッシュの名前に、感情的になると思っていた。これではまるで、ルークが帰ってこないという事実に対して、怒りを感じているかのようだ。アッシュの生存よりも、ルークの帰還を待ち望んでいるようにさえ見える。
「コンタミネーション現象の一種です。」
「え?」
「それが・・・完全同位体の間でだけ、特別な作用を齎すのです。」
 大爆発、と呼ばれていますとジェイドは言い、薄い息を吐いてから、かつて共に旅をしてきた仲間たちの顔を見た。
 そこには不安や不満といった感情が現れていた。

 

 

 

 

 

  2.

 

 

 

 

 気がつけば、先ほどよりも戦艦の進む速度が遅くなっている気がする。
 ガイが窓の外に近づいて下を見下ろせば、やはり軌跡の波跡が弱まっているようだ。
 同時にジェイドも気がついたらしく、ブリッジへの通信を行なっていた。

「・・火事?」
 はい、と通信の向こうから雑音交じりの声が答えていた。
『対岸線に煙を発見しました。建物らしきものが燃えているのも確認できましたので、救助が必要かどうかを問い合せているところです。』
「そうか、ご苦労。もしも要請があったなら、数人を向かわせて構わない。」
『は。』

「火事か・・・。」
 身を乗り出してみてみれば、確かに陸の向こう側から煙があがっているのが見える。
「結構、大きそうだな。」
「怪我人が出ているようなら、いったん航路を外して、船で近くの街まで運ぶことも考えましょう。」
 このあたりはまだマルクト領ですから、とジェイドは言った。
「え?」
 ガイは一瞬、目を丸くして、
「あ、ああ・・・そうだよな。」
 と言った。
「なにか?」
 その反応がおかしかったので、ジェイドが聞き返すと、ガイは自分の失態を恥ずかしそうに、いや〜航路のことをうっかり忘れてて・・とまず言い訳を言った。
「グランコクマからならユリアシティを通過してダアト港に向かうに決まっているのにな。なんだか、シェリダンかベルケンドの近くの気がして、さ。」
「?どういうことです?]
「いや、あれさ。」
 ガイは燃えているという建物を指差す。
「なんか、ベルケントの研究施設に似てるだろ?屋根の形とか、さ。」
「ああ・・・。」
 言われてみれば似ている気がする。
 ジェイドの同意を得ると、ガイは肩を竦めて見せた。
「だからかな。勘違いしちまった。どうもこのところ、昔より地理に疎くなった気がするよ。」
「まだ、ボケるのは早いでしょうに。」
「まったくだ。」
 あんたよりも遥かに年下だしな、と思ったものの、それを口にするほどガイは命知らずでもない。
「しかし・・・昔は移動にも空飛んでたしな。あの頃から、徐々に地理に対する感覚がなくなってきていたのかもしれんな。」
 アルビオールで一気に飛んでしまえるようになってからは、それまでの船や、コンパスを持ちながらの徒歩での移動の時ほど、街と街との距離を感じなくなっていたのも事実だ。
 あの頃はノエルに行き先を告げさえすれば、目的地まではすぐだった。
 それまでは道に迷ったことも、移動にかかる時間に歯噛みしたことも、すでに遠い過去の記憶だ。
 そんなことを思いながら、自分の勘違いに笑みを浮かべてガイがジェイドを見ると、それも言いえて妙ですねぇ、と少しだけ考え深げにつぶやく。
 なにが言いえて妙なんだ?と鸚鵡返しに聞き返したガイの言葉は、いえ別に、とそっけなく流された。

『大佐、先方より返信がきました!』
「救助は必要か?」
『いいえ、もう鎮火したとのことです。規模が大きい割りには怪我人も少なかったと。』
「了解した。では、全員持ち場へと戻り、船をダアトへ向かわせろ。」
『は。』

 へえ、怪我人も少なかったんだ、とガイは感心したように言い、ええ良かったですね、とジェイドは答えた。
 けれどそれは、怪我人の安否よりも、自分たちの手間が省けて良かったという意味に決まっていると、ガイは密かに思っていた。

 


 


 港には迎えが行く、と連絡が来ていたので、てっきりアニスがくるのだと、ガイは思い込んでいた。
 なぜならそれは、勝手知ったるダアトで、今更、案内役が必要とも思えなかったし、迎えも個人が行くと伝えてきていたからだ。
 しかし下船の為に、ブリッジに立ち、港に立っている人物を見て、ガイは目を丸くした。
「ティア!?」
 もちろん彼女とも旧知の仲だが・・・それでもこういう場面に、自分を前へと出さない性格の彼女が来るのは意外に思えた。
 下船してきたガイたちを見てティアはにこりと僅かに笑い、ジェイドに向かって敬礼をする。
 堅苦しく教団側の式典への参加の礼を口にし、仕事の一環モロモロの手順をすべて終えた後、ようやくティアは街へと案内してくれた。
 宿も教団側が手配済みだという。
 もっとも宿を取ってくれたのではなく、教団内にある各国の招待客の為の、客間だが。

「しかし、ひさしぶりだな、ティア。」
 案内する間、先立って歩く、華奢な背中が緊張しているように見えた。
 今更、なにかを遠慮する間でもないのに、と不思議に思いながら、なじみ深い関係を利用して、ガイは殊更、砕けた口調で話しかけた。
 彼の得意の気づかいは未だ健在であることに気がついたのか、ティアは斜め後ろへとわずかに顔を向けると、ええ、そうね、と笑みを浮かべる。
「今は・・・異動になったんだよな?」
 アニスも昇進したが、ティアにも、過去の大詠師モースの配下から、違う役割が与えられたと聞いている。
「ええ・・・私は第六師団に配属されたわ。」
「第六?」
「ええ。」
 昔・・とティアは言いかけたが、なんだい?とガイに聞き返されると、なんでもないわ、と首を横に振った。
 どうも調子が狂うなぁ、とその様子を見ながらガイは思う。
 確かにティアはもともと内に溜め込むタイプだが、なにか問題でもあるのだろうか?
 横のジェイドを伺えば、彼はいつものポーカーフェィスで、両手を軍服のポケットにつっこみ、一定の歩幅を崩すことなく、ティアの背中を追っていた。
 しばらく、3人が廊下を歩く足音が、バラバラなリズムで響いていた。
 ティアの軽いものに比べれば、ガイとジェイドの男の足音の方が重く、反響する。
 相変わらず迷路のような作りだな、と教団内部を思い、以前来た時、皆でかくれんぼ気分のフローリアンを追った時の事を思い出した。
 かくれんぼ。
 俺は得意だから負けないぜ!と嬉しそうに笑った顔がいきなり脳裏に浮上して、ガイは一瞬、焦った。
 ティアに会ったからなのか、いきなり胸をつきあげてきた懐かしさと、寂しさに、制御できずに目頭が熱くなる。
 きっと慣れることはない。
 この先、何度でもこんなことが起こる。
 ふいうちのように、失った影が現れて、ガイの意識をかき乱すことが。


「・・・部屋に案内する前に・・。」
 ふいに目の前のティアが言った。
 我に返り、なんだい?とガイは聞き返した。
「・・私の上司に、会っていかない?」
「・・・え?なんでまた・・・。」
「ええ。ぜひ。」
 怪訝そうな顔のガイとは裏腹に、ジェイドの答えはやけにきっぱりとしていた。
 まるで、ティアがそう言い出すのを待っていたかのようだ。
 それでガイは、ティアが実はさきほどから、これを言い出す機会を伺っていたのだと気がついた。不自然な態度はきっと、それが彼女自身はあまり気が進まないか、彼らに迷惑がかかることを恐れていてのことではなかったのだろうか。
 気がついた途端、ガイは警戒を強める。(ティアにではない)
 それは、なにかの災厄を呼び込むことを予感させた。

 

 

 


 

 その女は印象からして、とにかく黒かった。
 
 黒い手袋に黒い服。3つの丸い意匠を施したマントも黒く、右肩の尖った袖部分が、片翼の烏を思い起こさせる。
 左目には眼帯をし、残った右目は薄いグリーンで、人の悪そうな笑みを浮かべたまま、ガイたちを上から下までねめ回していた。
 ガイは彼女の腰にささっている剣に注目した。
 どこで手に入れたものか、それはホド伝来のカタナと酷似しており、今、ガイが腰に差しているものともよく似ている。

「あんたが死霊使いジェイドかい。」
 女はつかつかとこちらに歩いてきながら、ジェイドを顎で差し、
「そしてあんたが・・・」
 と手を伸ばして、ガイの肩を掴もうとした。
「どぅわぁ!!」
 途端に、すっととびに退くガイが、
「す・・すまないんだが・・・。」
 と顔の前で腕をばってんにして、近づかないでくれ、と懇願すると、女は声をあげて笑い、
「聞いた通りだね。"女嫌い"のガルディオス伯爵。」
 とわざとの行動であった事を、ガイに知らしめた。

 その騒ぎの中、部屋の中央に立つ、ジェイドは相変わらずの無表情だった。
 相手を観察している様子すら見せず(しかし観察はしているのだろう)ポケットに手をつっこんだままの尊大な態度で、女に言った。(相手の無礼を考えれば、それくらいの無礼はなんでもない)
「貴女が、今のティアの上官ですか?」
 そうだ、と女は言った。
「これが、」
 とティアを差し、
「神託の盾に入団したばかりの時にも、上官だったよ。」
 その言葉に、ティアの肩がぴくん、と揺れたが発言することはなかった。
「その頃にも上官ってことは・・・。」
 かなりの間をおいて、警戒しながらガイは女のいう事を反芻する。警戒しているのは、女が隙さえあればガイににじり寄ってこようとするからだ。
「そう。その頃にも今の役職についていた。今やあたしは、2年前の騒乱を生き残った唯一の神託の盾師団長って訳だね。」
 女は笑い、ジェイドとガイに改めて挨拶をした。
「あたしは第六師団師団長、カンタビレだ。よろしくね。わざわざ他国のやっかいごとに首をつっこんでくださる、親切なおふたりさん?」


 いやそれは言葉として可笑しいだろう、というガイのつぶやきは、誰にも聞こえなかったのか聞こえててもなかったことにされたのか、とりあえずこの場には、つっこんでくれる人間はいないようだった。
 見た事もない女が部屋で待っていて、会った途端に訳のわからない事を言い出す。
 勘弁してくれと言いたくなるのは、ガイが普通の感覚の持ち主だったからで。

「2年前から師団長・・というと、貴女もヴァンの部下だったということですか?」
 普通の感覚でない軍人は、カンタビレの重大な発言など聞いてなかったかのように、別の話題に食いついた。
 途端にカンタビレは嫌な顔をした。それはそれは、なめくじの行進を目の前で見ながらごはんを食べさせられている人間も、ここまで嫌そうな顔をしないだろうという顔だ。

 2年前の騒乱を引き起こした――巷ではそれは、リフォームド・スコアともラストジャッジメント・ウォーとも呼ばれていた――ヴァン・グランツはその頃、神託の盾騎士団の長だった。当然、その時に神託の盾に属していたものはすべからく彼の部下だった訳だ。
 ガイは、そうかと言った。

「2年前から師団長だったってことは・・・。」

 六神将は各師団の師団長たちの総称だった。
 神託の盾騎士団には、第一〜六師団、と特務師団、そのほかに大詠師の指揮下にある情報部、導師を守る導師守護役などがある。

 おや?とガイは首を傾げた。数が足りなくないか?
「第一〜六師団と、特務師団はあわせて7師団だろう?なのになんで、六神将って呼ばれてたんだ?」
 七神将、というのが本当なのではないのか?
「六神将ってのは役職じゃない。」
 彼に罪がある訳でもないのに、背筋が寒くなるほど憎しみを込めた目でガイを睨みながら、キッパリとカンタビレが言った。
「あれは、師団長の中でも、ヴァンのヤツに忠誠をつくしていたやつらの呼び名だ。あたしは、あいつにそんなものを誓った覚えはないから、頭数から外れていて当然さ。」
「ああ・・・。」
 そういえば、そんな事を聞いたことがある。
 そうか、と納得をしながらカンタビレを見れば、まったく虫唾が走ることを言ってくれるね、とガイに向かって言い捨てた。
「なるほど・・・だから貴女は、あの騒乱時に姿どころか影すらも現わさなかった訳ですか。」
 どう好意的に考えても、嫌味にしか聞こえないジェイドの台詞に、ガイはひやりとしたが、カンタビレは、まあね、とあっさりと認めた。
 それに対しては、なんだか自分ひとりだけがカンタビレに嫌われている気すらして、ガイはこれ以上余計なことは言わないでおこうと心に決めた。彼女の相手は、ジェイドにお願いするとしよう。
 そのジェイドは、それ以上その話を引き伸ばす気はないらしく(たぶん興味もない)やぶからぼうに、ところで、と言った。
「貴女のさきほどの話ですが。」
 おや、聞いていたいのかい、と感心したように言うところを思えば、やはり見事なほどのジェイドのスルーっぷりは、カンタビレでも多少の違和感を感じていたものらしい。
 少しだけ驚いたようにして、目を見開いたカンタビレを見て、ガイの脳裏に、似ていてそれでいて否なる鮮やかな女の顔が浮かび上がった。
 そうか、このモノ言いや、はすっぱな感じの態度は、どことなく、ノワールを思い出させるのだ。
 漆黒の翼とは、あたり前なのかもしれないが、あれ以来会っていない。
 彼女たちの表の顔はサーカス団なのだから、どこかで興行に出会っていてもおかしくはないのだが、この2年間、漆黒の翼がグランコクマに現れることはなかった。

「貴女のさきほどの話ですと、これから我々はなにかに巻き込まれるようですが?」
 あくまで人事ですか、とガイは肩をがっくりと落としたが、ジェイドのことを今更とやかくは言うまい。
「そう言っただろう?」
 あたしの説明が足りなかったかい?と言うカンタビレの面の皮も相当に厚いに違いなく。
 ガイはそっと、部屋の片隅で置物のように静かに佇んでいるティアを見た。
 その視線に気がついたティアが、目配せをしてくる。
 余計なことは言わないほうが身のためよ?とその視線は語っていた。

「巻き込まれるのなら巻き込まれるで、どう巻き込まれるのかを説明いただきませんと。」
 巻き込まれたくても巻き込まれませんよ、と言うジェイドに、殊勝にも巻き込まれる気はあるんだね、とカンタビレは答えた。
 どうでも良いから先に進んで欲しい。
 と常識人のガイが思っているところで、やっとカンタビレは話を始めた。

「・・・これは極秘事項なんだがね。」
 ふいに、カンタビレの口調が変わり、周囲の空気にもピリリとしたものが混じる。
「・・・明日の導師の追悼式は中止になる。」

「・・・え?」
 そんな事は初耳だった。
 そもそも、中止になると分かっている式典に自分たちは呼ばれた訳ではないだろう。
 だとしたら・・・ここにきて中止せざるおえない事態が発生した、ということだ。しかも、緘口令が引かれるほど、外部には知られたくないような事が。
 眉を顰めるガイに対し、ジェイドは表情も変えずに、メガネの位置を直した。
 状況を冷静に分析しようとする時の彼のクセだ。
 頭の中では色々な考えが渦巻いているに違いない。
 状況が把握できないながらも、緊急事態であることは間違いなく、ふたりがそれを瞬時に悟ったことを、見てとったのだろう。
 カンタビレは、黙ったまま話の先を促すふたりに、満足そうに頷いた。

「あんたたちも、今度の追悼式が、それ以外の意味を持つものだってことは気がついているだろう?」
 カンタビレは言った。
 別に返事を期待していた訳でもないようで、ふたりの返事を待たずに先を進める。
「教団としては、これを区切りにしたかったのさ。間もなく、次の導師が選出されることになっている。これも知ってるね?」
「はっきりとは。・・・そういう事だろうとは察してましたが。」
「充分だ。話が早くて助かるよ。・・・今現在、導師の候補にあがっているのは、5人。今度の追悼式には全員が揃って出席する予定だった。各国の要人たちへのお披露目のつもりもあったんだろうけど。」
「まだ、誰が導師になるのか決まってないのにか?」
 訊ねるガイに、そういうもんだろ、とカンタビレは言った。
「今時点で決定されてなくったって、見る者が見ればそれはわかるもんだ。それも察せない鈍いお偉いさんには、大概、なんでもかんでも告げ口したがる金魚のフンみたいなヤツがついてまわってるもんだしね。つまり今度の追悼式は、そういうお偉いさん宛のセレモニーだったって訳だ。馬鹿馬鹿しいが、こういうのは案外効果的でね。自分が大事な式典に招待されたとなれば、そいつらの態度は変わる。特別扱いして貰いたがるヤツらには、とりわけウケが良い。」
「見る者が見ればわかる、ということは。」
 政治的な思惑には今更すぎる為、ジェイドの興味は次期導師にあるらしかった。
「導師はすでに決まっていた、ということですか?」
「決定はされてない、と言ったよ?」
「けれど、教団側には、この人物こそ、と思う本命がいた。」
 カンタビレは言葉を切って、口元に笑みを浮かべ、
「まあね。」
 と満足そうに肯定した。
 それは必要性のある肯定だったことを意味する。

「次期導師にと黙されている5人は、毎日欠かさず、黙祷の部屋でユリアに祈りを捧げることが義務付けられている。」
 それは導師候補生として選出されたその日から行なわれる、昔から続く伝統なのだそうだ。
 つまり前導師イオンも・・・被験者の方だ・・・それを、行なったということだ。
「本当に小さな小部屋でね。三方の壁にはなにも置かれず、正面にはただステンドグラスのユリア像があるだけ。つまりは・・・誰も隠れる余地はないってことだ。」
 わかるよな?と確認をして、ガイとジェイドが頷くのを見ると、カンタビレが続けた。
「つい・・・昨日のことだ。その5人のうちのひとりが、黙祷部屋から、姿を消した。」
「それって、つまり・・・。」
「失踪したということですか?」
 そういうことだね、とカンタビレがジェイドの言葉を肯定した。
 ガイの脳裏に、フローリアンの名前が浮かんだ。
 フローリアンも次期導師の候補のひとりだった筈だ。
 行方不明になったのは彼で、その為に自分たちが呼ばれたのか、と思った。
 けれど、ガイの心配を察したのか、ティアが小さく首を振って「フローリアンではないわ。」と聞く前に言ってくれた。それは、ハレルヤという名前だと言う。


「次期導師候補のひとり、ハレルヤが黙祷部屋に入っていったのを、教会の見回り役が見ている。アムラジェも一緒にね。」
「アムラジェ?」
「ハレルヤの付き人をしていた女だ。」
 イオンに対するアニスのようなものかな、とガイは納得したが、ジェイドを見れば、難しい顔をしている。
 とはいえ、彼の無表情のわずかな変化に気がつくものは数人しかいない。
「そしてそこで、刃傷騒ぎが起きたんだ。」
「それはまた・・・。」
「穏やかではありませんね。」
 まったくだ、とカンタビレは苦笑し、
「そしてその最中、ハレルヤの姿は忽然と消えた。」
 と言った。
「消えた・・・。」
「どうやって?」
「それが、わからないのさ。」
 カンタビレは肩を竦めて見せたが、それはもったいぶった動作に思える、とガイがむっとすると、気がついたカンタビレは、本当なんだよと言った。
「けれど、それでは目撃者は大勢いたのでは?」
 ジェイドは言った。
「中庭の見回り役だけではなく。ハレルヤと一緒に黙祷部屋に入ったアムラジェというその女性はなんと言っているのですか?」
 事の真相は、全てその女性が知っているだろうに。
「それが、聞けないから困ってるのさ。」
 カンタビレは言った。
「アムラジェは、男と逃げた。」
「男?」
「その刃傷騒ぎを起こしたふたりのうちのひとりと。手に手を取って逃避行ってやつでね。」
 はあ、とガイは相槌を打った。
「・・なんだか、それだけ聞けば、単なる駆け落ちって感じだな。」
 まあね、とカンタビレが言う。
「ハレルヤが消えたことと、鮮血が関わってなければな。」
 ガイは思わず息を飲んだが、それは血流騒ぎの表現のひとつだと思い直した。普通は人物の名前に使われるものではない。
「誰か死んででもいるのかい?」
 そんな血なまぐさい表現をするくらいなのだから、少なくとも負傷者は出ている筈だ。
 だが、その問いかけに対し、カンタビレは黙ってしまった。
 不思議に思ってガイが見れば、複雑そうな顔をしている。
「・・・誰が死んだ、と分かっているわけではない。」
 どうしたものか、というように耳たぶのあたりを擦り、唸るようにカンタビレは言った。
「だが・・・ハレルヤは殺されたのではないか、と言う者もいてね・・・。」
「?」
 どこかに消えた筈だから、死んでいると見られてもおかしくはないが、逆にいなくなったというだけで死んだと思うのは性急すぎる気がする。
 そこまで考えた途端、ガイは、あ、と息を飲んだ。
 ここに向かう船の中で、ジェイドが言っていたではないか。
「ハレルヤって人は・・・。」
「レプリカだ。」
 レプリカは死ぬと、細胞同士をつなげている音素が崩れ、光とともに消滅する。
 美しくも、なにひとつ残さない死。
 潔いほど、大地から離れてしまうそれは、死んだという証拠も残さない。

「つまり教団としては。」
 それまで、ガイに一切の質問役を押し付けて自分は静観していたジェイドが、口を開いた。
「・・・ハレルヤが死んだのではないか、と疑っている。そして、同時にアムラジェという人物も疑われている。」
 そういうことだ、とカンタビレは言った。
「そして、ハレルヤこそが、次期導師の第一候補だった。」
「・・・・・と、なると・・・。」
「この騒動には、政治的な企みがあったのではないか、と教団は疑っているのですね?」
 カンタビレは頷いた。
 導師は教団の顔だ。
 自分の息のかかった者が導師に選ばれれば、ローレライ教団の勢力を手に入れたも同然、と考える輩もいるのだろう。
 現にここにきて、フローリアンから離されるように、アニスは異動になっている。

「アムラジェが、教団を捨てて男と逃げたことは、たいした問題じゃない。誰も隠れることなどできないあの部屋で、なにが起こったのか、それを知る証人のひとりだってことが問題なんだ。ハレルヤが消え、その場で騒ぎを起こした3人のうち、誰もそこからいなくなった。真実を知るものはいなくなり、今のこの時期に起こったそれを、偶然だと思う人間の方が少ないだろう。あたしの第六師団を含む神託の盾の一部が、この3人を追うことになった。秘密裏に、な。教団としては、こんな不祥事を、諸外国には知られたくないからな。」
 なんと言っても行方不明になっている人物は、次期導師候補と黙されてたのだ。
 こんなお家騒動は、式典を中止にしてでも、隠しておきたいだろう。
 キムラスカとマルクトの中立に位置し、かつてのように両国に意見を言える対等な立場を取り戻したいと考えているなら、尚更だ。
「それはわかったが。」
 ガイは言った。
「それにどうして俺たちが担ぎ出されるんだ?俺たちはマルクトの人間だし、ローレライ教団に対して影響力を持っているわけでもないぜ?」
 まあ、あたしも気の毒だとは思うよ、とカンタビレは人事のように言った。
「けど、あんたらに、ご協力いただかないとならないのさ。追おうにも、あいつの顔は教団内ではあまり知られてなかった。2年前の騒乱から在籍している兵士の数も少ない。ヴァンのやつも、あいつをなるべく人目に晒したくなかったとみえてね。特務師団なんてのは、あまり表立った行動をしない部隊だったし、任せるのにはうってつけだったんだろう。」
 なんの疑問も持たないようなカンタビレの話しぶりに、
「ちょ・・・ちょっと、待ってくれ!」
 ガイは、声をあげて、遮った。
「あいつって・・・誰の話をしてるんだ!?」
「だから、さっきから言ってるじゃないか。」
 むっとしたようにカンタビレは言った。
 それは自分が説明不足のくせに、話を確認しようとするガイを責めているようにしかみえない。
「アムラジェと、一緒に逃げた男と、鮮血。その3人をあたしらは追うことになったんだよ。」
 鮮血の。
「・・・アッシュ?」
 問うガイに、他の誰のふたつ名だっていうんだ、とカンタビレは睨んだ。
「アムラジェと男はあたしらが請け負う。だからあんたたちには、鮮血をまかせる。」
 これもあんたらに貸し出すからさ、と言ってカンタビレは、ティアを指差した。

 

 

 

 

 

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今更ですが、カンタビレやらオリキャラやらが出てきて、そういう話が嫌いな人はすみませぬ・・・。

 

(’09 4.25)