24.

 

 

 

 予想に反して、というには少し軽い表現の気がするが、彼らのダアトへの出発は数日たった後もかなわなかった。

「・・・熱・・・ないよな・・。」
「ここ数日、朝の挨拶代わりに聞いてるよな、それ。」

 ベッドの傍らで体温計を覗き込んでいるガイに唇を尖らせ(と言ってもガイに不満があるのではない)、ルークは、あーあとベッドの中で寝返りを打った。
 この数日、トイレや・・・がんばって起きて食事をしに下りていった以外は、ほとんどこの部屋からは出られなかった。
 ガルディオス邸からとなれば全く出てない。ただの一歩も全くだ。

「今日がてっぺんだと思うんだけどなー。」
 それを言うなら、最低だろう、と訂正しながら、
「・・・昨日も同じこと言ってたな。」
 とガイは言った。

 ルークの具合は良くならなかった。
 最初は、熱もないことからすぐに治るだろうと楽観視していた一同だが(ルーク本人も含む)、翌日以降も一向に良くならない症状に、ここだけの話、ガイは内心なにかとんでもない病ではないかと心配しだしている。
 ルーク本人も口に出さなくても、最悪の事態を想定しているようで、時々、ぼんやりと天井を眺めている姿が、こっそりと様子を見に行ったメンバーに目撃されていた。
「あーあ。・・ったく、だりーぜ。」
「だろうなあ。」
 ルークは、他人への気遣いにとても忙しい人だ。
 だから、具合が悪くなり、不安を抱えていても、けっして人前ではそれを晒そうとはしない。
 それが分かっている故に・・・一同も、わざわざ心配しています、という顔でルークに近づいたりはしなかった。

「ジェイドの奴、なんかこう・・・ぱっと治る薬でも処方してくんねーかな?」
「旦那も、原因は分からないって言ってたろ?」
 ルークの症状について、一番、不可解という表情をみせたのは、ジェイドだった。
 検査の為にと採って行った血液には、なんの問題もないということだったのだが・・・。
「まぁ、とにかく。今は安静にしてろって。そのうち、ケロッと治るんじゃないか?ウィルス性の風邪かなんかかもしれないし。」
「・・・ウィルス性だったら、看病しているガイたちだって、危ないじゃん。」
 特に同じ部屋にいるアッシュは、と口にしなくても心配気な視線をガイの横に送れば、当のアッシュは、
「・・・俺は問題ない。」
 とここ数日、同じ口調で同じセリフを繰り返すばかりだ。
 自分の病がうつるとダメだから、とルーク自身が説得してもアッシュはルークとの別室に首を縦に振らなかった。
 故に、今もアッシュはルークと同じ部屋にいる。
 ルークにしても・・・心配ではあるが、目を覚ませばすぐそばにアッシュの顔がある今の状態に不満がある訳もなく。
 むしろ、臥せっている時の心細さを埋めてくれる存在である。

 アッシュは少し不機嫌そうで、ルークは具合が悪いというなかで、無言ながらも見つめ合うカタチになっているふたりにガイはため息をつき、じゃあ食事と用意させるわ、と客室を後にした。


 ジェイドの「なにも問題がない」という診察に、ガイは疑いを抱いている。
 というのも、難しい顔をして結果を伝えたジェイドは、再度、ルークの血液を採取したからだ。
「念の為ですよ。」
 と言ったジェイドの言葉を素直に信じられないのは、長いつきあいから、彼がルークに対しては存外甘いという事を知っているからだ。
 幼い子供に本心を隠す時のように、ジェイドは少しだけ、いつもよりもハイテンションを装っていた。けれど、その目までは笑っていなかった。
 ルークに対し、なにか隠したい事がある証拠だ。

 それがなんなのかはわからないが。

 どうせのらりくらりと交わされるとしても。
 次に会った時に、問いただしてみよう、とガイは思った。

 

 

 

 

 


 ルークの子供を見に来いというピオニー陛下の呼び出しにも応じず、ジェイドはひとりで執務室に籠り、レポート用紙に記載された数字の羅列を見ていた。
 何度見返しても変わりはしない。
 それはわかっていても・・・諦めが悪いと自分でも思う。

 ジェイドは紙を机の上に放り投げる。
 ぴらり、と舞ったレポート用紙は机の上には乗らず、床に落下した。
 それを拾う気にならず、ジェイドは椅子に深く腰掛け直すと、深く深くため息を漏らした。
「まったく、あの子ときたら・・・。」
 思わず、誰も聞くことのない独り言をこぼす。
「どうして、こうも面倒を持ち込んでくるのでしょうねぇ・・・。見たくもない顔を見なければならないじゃないですか・・・。」
 確かめる為に。
 ジェイドはそう自分に言い聞かせ、重い腰をあげた。

 

 

「・・・これはこれは。」
「・・どうも。」

 捕らわれてから早2年。
 以前なら自分の顔を見る度に、うっとうしいくらいに騒いでいたというのに、久しぶりに会ったにも関わらず、囚人の反応はその程度のあっさりとしたものだった。
 雪国で学び舎を共にした幼馴染の、自分に対する態度がずいぶん変わっていた事に、ジェイドはやれやれと肩を竦める。
 心境の変化をもたらした原因は、たぶん、彼も自分と同じくレプリカネビリムと決別したからであろう。
 ディストはディストなりに、拘り続けたものに、どうにか見切りをつけたのだ。


「貴方が自分から出向いてくるとは、珍しいこともあるものですねぇ。私になにか用ですか?」
「用がなければ、好き好んでこんなところには来ませんよ。」
「・・・そう思うのなら、もう少し環境を改善するように、あの馬鹿皇帝に進言してくれないものですかね?ここはジメジメして仕方がない。」
 洞窟を利用してこしらえた牢獄の最奥で、鉄格子の中で研究を続けている男は、本気でそう言っているようにも思えない口調で、愚痴をこぼした。
 本当に挨拶程度に言ってみただけだったのだろう。
 その証拠にディストは、ジェイドの返事も待たず、それで?と体ごとこちらに向けて、話を促した。
「なにか聞きたいことでも?」

「・・・少し昔の話になるのですが。」
「ええ。まぁ、そうでしょうね。」
 私はしばらく、ここから離れていない訳ですからとディストが相槌を打ったのを無視し、ジェイドは本題を口にした。
「コーラル城で、貴方方はルークを攫い、アッシュとのフォンスロットを開いた・・・。その時、ルークから採取したデータが入った音譜盤を、あの後どうしました?」
「・・・なぜ、今更そんな事を?」
 ルークもアッシュもすでにこの世にいない筈でしょう、と言われ、ジェイドはディストがふたりの帰還を知らない事を思い出した。
 別段、話す義理を感じなかったが、ふと気になっていたことをついでに確かめようと思いつき、かいつまんで、今の事情を説明し出す。・・とは言え、ディストがひえー!とか、それはそれは!とか、何度も芝居がかった甲高い声でイチイチ叫ぶので、その度に話し出したことを後悔する羽目になったのだが。

「それにしても・・・あのアッシュが次期導師候補、ですか。」
「ええ。」
 それについては、意外だという感想しか持たないだろうという予想だったので、ジェイドは軽く聞き流そうと思っていた。
 しかし、その予想を裏切って、ディストが、
「・・まぁ、そういうこともあるかもしれませんねぇ。」
 と納得した感を見せるので、逆に小さなことが気になりだす。
「・・・そもそも、ローレライ教団の導師ということは、預言を詠めてダアト式譜術を使えなければならない・・・それが資格の筈でしたよね?」
「ダアト式譜術は教団秘中の譜術ですが、世襲すれば誰でも使えるようになりますよ?」
「でも、資質は必要でしょう?」
「ええ・・・。ですがアッシュなら、その資質はある筈です。」
「・・・そうですか。」
 するとディストはいきなり怒ったような顔になり、鉄格子越しに、ジェイドを睨みつけてきた。
「ジェイド、貴方わかって言っているでしょう?」
「・・・ええ。わかっていますよ。」
 にこりともせずに、ジェイドは答える。
 そもそも、譜術に関しての知識はジェイドが勝る。ディストが得意とするのは譜業の方だ。
「・・・元々彼は、今更言うまでもなく、ローレライの完全同位体です。第七音素は全ての音素を総べる、と言われていますから、第七音素の集合体であるローレライと存在を同じくするアッシュなら・・・全ての音素の資質を持っている筈です。・・理論上は。」
「しかし、彼はそんなに譜術をつかえた訳でもない。・・その点は矛盾しているのでは?」
「それは、得て不得手、としか言いようがない。・・アッシュはその気になれば、全ての音素の譜術を使える。ただ相性があるのでしょうね。」
「アッシュが第七音素と相性が悪いとは思えない。」
「だから・・・本当は預言を詠み、治癒術も使える・・・ええ。その筈です。」
 それは間違いがない筈だ。
 何故ならば、ルークは譜歌を使えるようになっている。
 被験者のアッシュが、同じ能力を備えていない訳はない。

「教団内は揉めるでしょうねぇ。」
 対岸の火事の話をするようなディストに、薄情な言い方ですね、と言ってやろうかと思ったが、やめた。
 追い詰めることが可哀想だからではなく、面倒臭いからである。これ以上、必要以上に話を長引かせる意味はない。
 だが、そんなジェイドの心中などいざ知らず、ディストはひとり、納得したような顔で、ひとりごとをつぶやいた。(実際はひとりごとではなく、ジェイドに聞かせたかったものと思われる)
「けれど・・・案外、鮮血のアッシュその人だと知らしめた方が・・・アッシュの導師就任はうまくいくかもしれませんねぇ。」
「・・・と言うと?」
「どこの馬の骨ともわからない"ハレルヤ"よりも、詠師である"アッシュ"の方が・・・導師にふさわしいと思う輩もいるだろうという話ですよ。」
「・・・やはり、アッシュは。」
 ジェイドは言った。確認の意味で。
「"詠師"なのですね?」
「ええ。それは間違いありません。」
 かつて、自分は詠師だと語ったアッシュの正体はルークであった。
 彼が、"ルーク"では知りえない情報を語った以上・・・そしてそれがあてずっぽうでもなく真実であった以上・・・やはり、ルークはアッシュの記憶を持っていると断言するべきだ。
 だが、だとしたら最近の彼の発言は、気になる。

 

「ところで・・・ルークのデータが入った音譜盤がどうとか、言ってましたか?」
「ええ。あの後、どうしたのかと。」
 話が戻ったことを受けて、ジェイドが眼鏡を上げながら答えると、ディストはジェイドの表情を伺うようにして一瞬沈黙した後、
「・・・どうもこうも。アッシュとの回線を繋げた後は用無しですからね。シンクが処分した筈ですよ?」
「それは確かですか?」
「確かか、と言われましてもね。私もそこまで確認した訳ではありませんから。」
 けど、それがどうしたんですか?と聞かれ、ジェイドはなんでもありません、と答えかけたが、
「それをその後、使用したということは?」
「ない、と思いますが?そもそも、人間・・・失礼、ルークがレプリカなのは百も承知ですが、人間ひとりのデータを採ったとしても、その使い道など限られているでしょう?」
 そこで、ディストはなにを今更と言わんばかりに、ぱたぱたと手を振る。
「せいぜい、血筋の確認か・・・レプリカを作るくらいでしょうに。」
 レプリカ情報の方がベストですが、データだけでもできないこともないですからね、とディストは言った。
「・・・・・。」
「けれど、それも意味がないことこの上なし、ですよ。被験者の代わりにレプリカが求められるのであって、そのレプリカのレプリカを作るなんて。」
「・・・ええ。」
 ジェイドはもう一度眼鏡をあげた。
「・・まったく、その通りですね。」

 

 

 

 

 

 

 ルークの症状に関して、ガイは疑問を持っているのだが、それはなにもジェイドの態度がおかしいからというだけではない。
 ルークは別段、熱がある訳でも咳をする訳でも他にどこか痛いなどの症状を訴える訳でもない。
 いうなれば、疲弊している。
 ただ、それだけなのだ。
 初めは軽くだるいと言っていただけなのに、日を追うごとにルークの口数は少なくなった。
 誰かが顔を出せば、軽口を叩くものの、実際はそれさえもおっくうそうだ。
 無理に弱々しい笑みを浮かべるのも、彼の仲間に心配させない為の気遣いであることは間違いなく、その後だって少し話をしただけだというのに、どっと疲れて眠りに入ってしまう。

 まるで眠り病みたいだよねー、と感想を述べた時のアニスの顔には笑みがなかった。
 冗談でも比喩でもなく、それが当たっているのではないかと思うほど、ガイも同じ意見だった。

 


 ドアを軽くノックをすると返事が返ってきた。
 返ってきた声はルークのものではなく、アッシュだったが、それもいつもの事だ。

 ガイがドアを開けると、アッシュはルークのベッドの隣に椅子をおいて、読書をしていた。
 以前のアッシュが読書を好きだったかどうかなど知らないガイだったが・・・そういえば、屋敷にいた時、読んだ本を書庫へとかたせと命じられたことを思い出した。
 いつも殺伐とした気配を感じさせていたから、思いつきもしなかったが・・・案外本が好きなのかもしれない。
 もっとも、今のアッシュは単に自分の知識を増やしたいという欲の表れなのかもしれない、とも思う。

「ルークの看病、かわるよ。アッシュは今のうちに、昼食食べてきな。」
 ガイがそう言うとアッシュは頷いて立ち上がり、読みかけの本を、部屋の中央にある一脚だけ椅子の残ったテーブルの上に伏せた。
 少しだけ幼さを感じさせる仕草で、ううーんと伸びをすると、ガイの肩をぽんと叩いて部屋を出ていく。
 その態度は逆に大人を感じさせ、ガイは思わず苦笑した。


「うー・・・ガ・・・。」
 イ、という言葉は口の中で発せられたようだ。
 ルークが薄く目を開けたので、
「起こしたか?」
 と聞くと、うつらうつらしてただけ、という答えが返ってくる。
 こちらからは、熟睡しているようにしか見えないのに、そんなうつらうつらの仕方もあったものではない。
「昼食の時間なんだが・・・。」
「・・腹、減ってねー・・・。」
「そんなことばっかり言ってないで、少しは口にしないと。昨夜も食べてないじゃないか。治るものも治らないぞ。」
「うー・・・。」
 ルークはガイを恨みがましそうに見上げ、あとで食べる・・とかもごもご言っている。
 ルークの希望はもっと別のことにあったらしい。

「・・・ガイ。」
「ん?」
「そろそろ体、洗いたいんだけど・・・風呂入るの手伝ってくれね?」
「うーん・・・。」
 ガイは首を傾げた。

 本来、綺麗好きのルークなら、確かにここ数日、まともに風呂に入れない事態に苦痛を感じているだろう。
 しかし、今のこの体力のなさで風呂になど入れて、大丈夫だろうか?
 お風呂に入るのは、結構体力のいる作業だ。
 滑って転んだりしたら・・・。

「・・・あ。だから、俺が手伝うのか。」
「ダメ、か?」

 ルークの体調の悪さは、なによりもルーク自身が分かっている。
 自分が風呂にひとりで入れないことくらい、自覚があるのだろう。

「・・・わかったよ。」
 ガイは答えた。
 熱がある訳でもないのだから、本人が綺麗になりたいという気分になっているのは、回復の兆しかもしれない。
「でも、湯冷めしないように気をつけるぞ。さっと入って、よく温まって、それから・・・。」
「・・・はいはい、わかってますって。」
 面倒見が良いと言えば良いが、悪くいえば心配性な元使用人に、ルークは憎まれ口で答えた。

  

 ぐしぐしと体を洗うルークの背中に時折、冷えないようにお湯をかけてやりながら、ガイは本人にはわからないように溜息をついた。
 少しの間に、確実にルークの体は細くなっている。
 人間は2日間寝ているだけで、相当の筋肉を落とすというから、これはまさにその状態なのだろう。

「はうー・・・極楽〜・・・。」
 湯船につかり、うっとりと目を閉じるルークに、そのまま寝るなよ、と忠告し、ガイは部屋を暖めに戻った。
 ルークの部屋は殊更、温度が下がらないように気を配ってはいるので寒いことはない筈だが、湯冷めしないようにもう少し温度をあげようか。新たに薪をくべ、その近くに椅子を持っていくと、大きなバスタオルとブラシと、ドライヤー(当たり前だが、ガイの家には音機関に溢れているのだ)を用意する。
 さて、と振り向くと、ちょうど浴室から出てきたルークが、扉の前に立っていて、ごしごしタオルで頭を拭いているところだった。髪からはまだ、ぽたぽたとしずくが垂れている。

 ガイは手招きをしてルークを椅子に座らせる。
 まだ水気をたっぷりと含んでいる髪を、丁寧に拭き取ってやると、そっかこういう風にやれば良いのか、とルークがつぶやいた。
「なんだって?」
「んー。髪の拭き方。アッシュの髪長いから、乾かしてやる時にいっつも痛くないか気になるんだ。」
「はは。お前のは拭いているというより、タオルでかき混ぜてるだけだからなぁ。」
 以前、屋敷にいた時代ののルークは、いつも誰かしらに髪を拭かせていたし、旅に出てからは・・・短髪であった為、小さなタオルで事足りていた。
 こんな風にじっくりと水気を拭き取ったりはしなかったのだろう。
 ましてやルークは、あまり自分の事には頓着しない。
 ルークのアッシュへの過保護気味な態度には少々苦笑することが多いものの、確実になにかをルークの中で芽生えさせてもいる。今まで知らなかった・・・ほんの小さなこと。そういうものを着実に習得しているのだとしたら、悪いことだけでは決してない。

 そんな事を考えながら、ルークの髪を梳かしていたガイの手が、止まった。
「・・・なんだ?」
 後ろのガイが固まったことに気がついたルークが、不思議そうに振り向いたことで我に返り、
「・・いや。」
 ガイは当惑を抑え付けるだけの時間を一瞬使った後、ルークに対して、ちょっと頭を傾けてみろ、と頭を押すようにして左首を眼前に晒させた。

「・・・・・?」
「なにー?」
 なんだよー?とルークが訝しげに声を発するのにも答えず、ガイは眉を顰める。
「ルーク、ここ・・・。」
 どうしたんだ?と、ガイが首の付け根に近いところを、ちょんと突くと、ルークは、いてっ!と呻いた。
「なにすんだよ、ガイ。どうしたんだよ?」
「・・・どうもこうも、紫に変色してる・・・。」
 痣になっている、という感じだ。
「どこかにぶつけた・・・とか?」
「えー?俺数日、ベッドとお友達してたから・・・。」
 ぶつけようにもベッドまわりにこんな痣ができるようなものを置いてない。
 ふわふわと羽根布団と枕では、できえない痕に、ガイは首を傾げる。
「痛みは、ある・・・よな?」
「触られたら痛いよっ!でも、最近は寝てばっかりいたから、他にも間接とか痛いしさ・・・。」
 それらの痛みに紛れて、自分では気がつかなかった、という訳だ。
 ガイはルークの頭を固定して、じっとその痣を覗き込んだ。
 大きさはちょうど、子供のてのひらくらい、だろうか。
 首の付け根に手を置いたような痕になている。

 ルークも椅子から立ち上げると鏡を見に行った。
 自分で首筋をつついたり、さすったりしながら顔を顰めたが、本当だー、など呑気に言っているところをみると、本当に心当たりはないらしい。
「なんだかなー。気味悪いな、これ。」
「それは、紫に変色しているからだろう?・・それにしても妙な傷だな。」
 ・・・とはいえ、心当たりがない以上、議論をしていても仕方がない。
「ま、とりあえず髪を乾かすのが先決だ。」
 ガイは、首を軽く振ると、このうえ風邪でも引かれたら大変、とルークを椅子に呼び戻した。

 

 

 

 


 ルークの髪を乾かした後、起きているうちに食事するように言ったが、ルークはごろごろとベッドの上で生返事を返すだけで、そのうち寝入ってしまったようだった。
 くすー、という寝息を聞いた後、ガイは自分も昼食を取ろうと階段を下りていたのだが、下がなにやら騒がしい。
 元々、今のガルデイオス邸にはかつての仲間が滞在しているから、以前よりも華やかな話声が絶えないのだが、今回にはちょっと戸惑っているような感じの声だ。
 ガイが居間に顔を覗かせると、こちらに背を向けて立つ、見慣れた青い軍服が目に入った。
「・・・ジェイド?」
「ああ。おはようございます。ガイ。」
 振り向くジェイドに、もうとっくに昼だよ、と告げた後、
「どうしたんだ?今日は一日、陛下を見張っているのだとばかり思ってたが。」
 と聞くと、他に用事ができたもので、と眼鏡の位置を直しながら言った。
「用事?」
「ええ。アッシュに。」

 そこで、アニスが忘れられてなならじというように、口を挟む。
「大佐ってば、今度はアッシュの血を採らせてくれって言うんだよぅ。」
「・・・アッシュの?」
 反射的にアッシュの顔を見れば、アッシュは無表情のままだったが・・・肩を竦ませて見せた。
 人間的なその仕草に、ガイは少し口元を綻ばせたが・・・。
「いや、なんだってアッシュなんだ?」
 聞くと、ジェイドは、気になることがあるもので、と答えになっていない答えを返してくる。
「だから、それがなんだって・・・。」
「ガイ。」
 ジェイドに対して眉を顰めるガイを制したのは、アッシュ本人だった。
 ガイの肩に手を置き、ぐいと後ろに押すようにして、自分がジェイドの前に出る。

「確認したいんだが。」
「なんですか?」
「・・・俺の血が必要なのは、ルークに関することなんだな?」
「・・・ええ。そう思ってくれて構いません。」
 ジェイドの答えを聞いて、アッシュは、なら良い、と自分の腕を差し出した。
 即答、と言っても良い速さのそれに、ガイたちどころか、ジェイド本人も面食らった。
「良い・・・本当に良いのですか?」
 アッシュは頷く。
「ルークが良くなる方法が、それで見つかるなら。」
「・・そうですか。」
 では遠慮なく、とジェイドは持ってきていた注射器を取り出す。
 消毒薬の脱脂綿で、アッシュの肘の内側を拭いている間、それを傍で見ていた者たちは、まるで刺されるのが自分だと言わんばかりに痛そうに顔を歪めて目を逸らす。
 アッシュの採血は、ほんの数分で終わった。
 
 では貰っていきますね、とジェイドがアッシュの血の入ったフラスコを鞄にしまうのを見届けながら、ガイはなんだか嫌な感じだ、と思った。
 そっと窺ってみても、ジェイドの白い面はいつもの通りに、表情が読めない。
 しかし、鞄の口を閉める時、一瞬、ジェイドの指先に力が入ったをの見たような気がした。

 

 

 

 

 

 

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(’11 11.12)