28.

 

 

 
 マルクトの軍事施設に押し入ったリグロの行方は要として知れなかったが、その前の足取りについての情報が知れたのは、2日後、城に滞在中の一同が、朝食の席についた時だった。

 事件以降、一向に目を覚まさない朱赤の彼を安易に動かせない為、一同はもともと滞在していたガルディオス邸から城へと移ってきていた。
 すぐに連絡が取れるからという理由と・・・城ならば、ジェイド及びディストがすぐに動けるからだ。


 一同の目の前にはマルクトで採れる珍しいフルーツや、新鮮な海鮮といったメニューが並んでいたが、そちらよりも扉の前で兵士の述べた内容が気になっていた。
 ジェイドはこちらに背を向け、兵士の言葉を反芻する。
「・・ベルケンド・・・。」
 協力を仰いだキムラスカからの連絡で、リグロらしき人物がグランコクマに来る前にベルケンドに立ち寄っていたという。
 ある意味では予想通りの展開に、ジェイドは、眉を顰めた。
「うーん・・。なんというかやっぱりって気がしますねぇ。大佐?」
 と頬杖をつきながら言ったのはアニスで、そこで行儀が悪いことに気がついたのか慌てて姿勢を正して、フォークを握る。
「やっぱりウィザード繋がりってことか?」
 海鮮サラダにフォークを指しながらガイが聞くと、それもありますが・・とジェイドは首をひとつ振って、一同と同じテーブルに戻ってくる。
「気になるのは、やはり・・・レプリカ、でしょうか。リグロはディストから、他には目もくれずレプリカの研究結果のみを持ち去っています。」
「リグロとレプリカかぁ・・・。」
 そうなると一番初めに頭に浮かぶのはドロシーの事だ。
 リグロは、姪のレプリカであるドロシーを心底可愛がっていたように見える。
 胸の前で手を握ったティアが、
「もしかしたら、彼女になにか・・・。」
 と口にしたが、それに対しては誰も返事をしなかった。
 確かに、何者にも代えがたい程大事にしているドロシーに変調が起こったとしたら・・・リグロは行動を起こすだろう。
 それが、王宮内に侵入するような事でもだ。

「果たして、そうかな。」
 と冷たく言い放つ声はジェイドではなく、並んで座っている一同の、もっとも端に席を取っていたアッシュだった。
「そうかなって、なによー?」
 あんたは違う意見があるってことだよね?と少しつっかかる感じでアニスが聞くと、アッシュは、
「・・ヤツは所詮、研究者ってことを忘れてないか?」
 と言う。
「リグロが第3施設の責任者だってことも、別に忘れてないよ!だからってそれがなんだっていうのよ〜?」
 険悪になりかかっている空気を感じ取り、おいおい・・とガイは両者を窘めようと思ったが・・・目の端に映った、ジェイドが表情も変えずに紅茶を口に運んでいるのに気がついた。面白がってもいない。
 長いつきあい故なのか、それだけでガイは、ジェイドはアッシュと同意見なのだ、とピンと来た。
 間に入ろうとしていたのをやめて、アッシュの言葉に耳を傾ける。
「・・・確かにおまえたちが言うように、ヤツは姪っ子のレプリカを可愛がってはいるのだろう。だが・・・それだって何に代えても大事って程じゃねぇ。現にヤツは"ローレライ創造計画"の研究者たちに、実験台にされてるのを、辞めさせようとはしなかった。」
 ぐっと言葉につまり、アニスは目を白黒させた。
 反応は全員同じようなもので、それが彼らにとって盲点であったという証明でもある。
 この中に、科学者はひとりしかいない。
 その科学者によって、科学者というのは、倫理的や道徳的といった視点から優先順位を決める人種ではないと、以前にも聞かされたではないか。

「た・・大佐〜・・・。」
 アニスが助けを求めるようにジェイドを振り向いたが、あっさりとジェイドはアニスの期待を裏切った。
「私もアッシュの意見に同感です。」
 まぁ・・と驚いた時の癖が出て、ナタリアが口元を手で覆う。
「ジェイドも、リグロがドロシーをそんなに可愛がってなかったと言いますの?」
「いえ、可愛がってはいると思いますよ。」
 そこは否定させてください、とジェイドは言った。
「だが・・・それと、科学者としての好奇心は別物だ、ということなのですよ。ドロシーは可愛い。だが実験体としても魅力的だ。・・・その両面のどちらが優先ということではないのではないでしょうか。」
「それは、あんまりですわ!」
「・・だが、そういうもんなんだろう。科学者ってのは。・・・そうだよな?死霊使い・・・。」
「・・・同族だからわかるだろうという解釈をされるのは迷惑ですが、頷かざる負えません。」
 えー?えー?とアニスがまるでパニックになったかのようなブーイングを連発するが、それに応える気はないらしく、ジェイドはほったらかしたままだ。

 ガイが、アニスやナタリア側に参加しなかったのは、目の前に同じ経験をしている人間がいるからだった。
「・・となると、お前はどう思ってるんだ?アッシュ。」
 そう言いながら、冷徹を装っているかつて実験体だった男の顔を覗き込む。
「・・・確かにそのレプリカになにか変化があったのかもしれんが・・。」
 そこは否定しない、とアッシュは言った。
「もしくは・・・なにか、ヤツにとって有意義なものが、レプリカ研究の中にはあるのかもしれん・・・。」
「有意義なものって?」
 少しだけ棘を含んだ言い方でもって、ティアがアッシュに聞き返す。
 それに気がつき、うっとうしそうに眉を顰めると、
「そこまで知るか。」
 アッシュは吐き捨てるようにして答えた。
 一同はアッシュから、ジェイドに視線を移す。
 もしかしたらジェイドなら明確な答えを・・・答えでなくてもなんらしかの考えがあるのではと、彼の洞察力を期待しての視線だったが、ジェイドはそれに動じず、何事もないような涼しい顔で紅茶を飲んでいる。
 ちなみにジェイドは自宅で朝食を済ませたとかで、ここではお茶だけだった。

「うーん・・・。もっと確かな情報を得られない限り、結論は出せないってことか・・・。」
 ジェイドとアッシュが口を閉ざしてしまった以上、その先まで会話が進まないと判断したガイが、頭をがしがしと掻きながらまとめに入る。
 それに対してアニスは不満そうだったが、こういう事に場馴れしている彼女も諦めたようだった。
 それで、どうする?と自分たちのこれからの行動に話を変える。
「ベルケンド、行ってみる?なにか分かる訳でもないかもだけど、ここでこうしてても始まらないでしょ。」
 え、というように目を丸くしたのはティアだ。
「けれど・・・ル・・彼を放っておく訳には・・・。」
「あ、そうか。」
「そうですねぇ・・・。」
 ここでやっとジェイドは口を開いた。
「確かに、目を覚まさない彼をここから動かすことはできないでしょう。」
「まぁ、無理矢理担いでいく訳にはいかないしなぁ。」
 ガイは言ったが、そういう意味ではなかったようだ。
「その手間のこともありますが・・・。いついかなる時にどんな変化が現れるかわからない人間を連れて行くのは、どんな危険があるか分からないという意味ですよ。とはいえ・・・彼がいつ目を覚ますという保証がない以上、待っていては、いつまでたっても我々も動けない。」
 薄情な言い草だが、一理あるので全員が沈黙を持って答えた。
 それを承諾と受けて、ジェイドは、しかたない、というように溜息をついた。
「・・・では、別行動にしましょう。彼の傍に残るのは、ひとりいれば十分ですから・・・ティア、お願いできますか?」
「私がですか?」
「ええ。不満でも?」
 いいえ、とティアが首を振った。
「どちらでも構いません。・・・なにか変化があった時は、大佐宛に鳩を飛ばします。」
「お願いします。では、アッシュと我々はベルケンドに行く、ということで。」
 ジェイドがそう言い、早くも全員が腰を浮かせたのだが・・・。

 アッシュは立ち上がらなかった。
 テーブルに座ったまま、腕を組み、軽くジェイドを睨む。
「・・・何故、俺が行かなければならない?」
 え、というように全員が目を丸くし、アッシュの顔を見る。
 なに言ってんのあんた、とアニスが言う前に、アッシュは面倒だと言わんばかりに一同を睥睨すると、俺は行かん、と繰り返した。
「第3施設だの、リグロだのに俺は興味がない。ローレライの剣が戻った以上、俺は俺の好きなようにさせて貰う。」
「好きなようにって、ちょっと待ってよ。あんたは"ハレルヤ様"なんだから、勝手されると困るんだけどぉ?」
 彼らはハレルヤを教団に連れ戻す役目を担っている。
 それをアニスが不満気に主張すると、アッシュは、ふん、と鼻を鳴らし、
「教団が必要としているのは、次に導師になるべき人物だろう?」
 と言い放った。
「今の俺が教団に戻ったとしても、導師に選出されるのは難しいと思うが?」
 すでに"アッシュ"としての自我を取り戻し、預言を詠めなくなった以上、確かに彼が次の導師に選ばれるとは思えない。
 アニスが、ぐっと反論を飲み込む。
「でも、事実上、貴方は"ハレルヤ様"でしょう?」
 代わりに声をあげたのはティアだった。
「導師になるかどうかは・・・教団が決めることだわ。」
 アッシュは薄く笑い、それはそうだな、と相槌を打ったが、
「ならば、俺は俺で"ハレルヤ"として、ダアトに顔を出しに行ってやるさ。そして、きちんと退役でもなんでもしてきてやる。それに、お前たちに同行して貰わねばならない理由もない。・・・違うか?」
「そんな、アッシュ・・・。」
 納得いかないという顔で乗り出したのは、ナタリアだ。
「どうして、わたくし達と一緒に行くのは嫌なのです?わたくし達は貴方になにか・・・。」
「そういう問題じゃない、ナタリア。」
 言わんとしようとしている事を察して、アッシュがナタリアを手で制した。
「嫌とかそういう事じゃねぇ。俺が一緒に行く理由がない、と言っている。」
「だったら・・・!」
「だったら、一緒でも良いんじゃないか?アッシュ。」
 今度引き留めに入ったのはガイで、アッシュは少しだけ意外そうな顔で、そちらを向く。
「確かにお前には俺たちと行動しなければならない理由がない。けれど、同じように別行動しなければならない理由もない。・・・だったら一緒でも良いだろう?」
 アッシュは、溜息をついた。
「わからんな。」
 と言う。
「なにが。」
「・・・どうして俺に拘る?お前たちの総合的な戦力を考えると、別に俺がどうしても必要という訳ではないだろう?」

「それは貴方を中心に、全てが動いているからですよ、アッシュ。」
 決定打を打つように、ジェイドの声が割って入った。
「我々の直面している問題に関わる重要な要素・・・ "ハレルヤ"、"ローレライ"、"アムラジェ"。その全ては貴方がなくしてはありえなかった。いわば、貴方はこの一連の事件の最重要人物なのです。むしろ、貴方がいたからこそ、これらは起こったのです。」
「俺がいたから・・・か?」
「ええ。貴方が望もうと望むまいと。」
「・・・・・。」
 アッシュは黙った。
 テーブルの上で肘をつき、その上の指を軽く組む。
 しばらく思案顔で一点を見つめていたが、
「・・だから、俺に責任を取れ、そういう事か?」
 と独り言にも似たつぶやきを漏らした。
「責任というのは少し違うと思いますが。」
 ジェイドはそれに答えて、
「・・・それならば言い換えても良い。貴方が重要な鍵である以上、事態の収拾に必要な人物であることは間違いない。・・我々に協力して貰えないでしょうか?」
 えー、とアニスは不満そうだった。
 頼むのもなんか違う、というのが彼女の意見なのだろうが、ジェイドがそうするのには、他にも理由があったからだ。
 ジェイドはアニスをちらりと見て笑った。
「アニス。"ルーク"の為でもあるんですよ?」
 そう言われれば、アニスも黙らざる負えない。
 しかし、それは逆にアッシュの納得をいられなかったようで、彼は、は!と先ほどよりも大きく鼻で笑い、
「俺がなんで、あの屑の為に動かなくちゃならねぇんだ!」
 と吐き捨てた。

「ちょっとぉ!あんた、散々ルークの世話になってたってのに、その言い草はなんなのよ!?」
「そうですわ、アッシュ。いくらなんでも・・・。」
「俺がいつ、あの屑に世話してくれって頼んだ?」
 一気に押し寄せてきた反論の言葉の波を、アッシュは叩き落とす。
「俺が頭を下げて頼んだ訳でもねぇ。ヤツが勝手に、自己満足でやったことだろう?俺の為だったなどと恩きせがましく言われる筋合いはねぇよ。」
「・・・それは・・・!」
「およしなさい。」
 食って掛かろうとする一同を制したのはジェイドで、やれやれというように眼鏡をあげ、
「確かにその通りですね。」
 とアッシュに同意した。
「大佐・・・!」
「それでは、あんまりです!ルークは・・・。」
「彼の一途がアッシュに向けられていたとしても、アッシュにその見返りを要求する事はできません。」
 その言葉の冷たさに、アニスとティアは言葉を失う。
 しかし、言葉を失ったのはそれだけが理由ではなかった。
 ジェイドの・・・アッシュの言うことは正しくもある。人は、自分が好きな相手に好きになり返せと要求することはできない。これはそれと同じではないのか。
 悔しそうにうつむいてしまったアニスとティアの横で、ナタリアとガイは揃って溜息をついた。
 どうしても納得ができない、と思ってしまうのは・・・諦めきれないことに理由がある、と悟ったからだ。
 つい先日までの、仲睦まじいルークとアッシュの姿が忘れられず、むしろいつの間にかそうする事が自然と思っていた。
 だが以前のアッシュは失われ・・・ルークと思われる人物も眠ったままだ。
 彼らを取り巻いていた状況は、すべて一転したというのに、彼らの脳が体が、それについていけないのだ。
 ルークとアッシュだけではない。
 変化をしてしまったのは、自分たちも同じなのだと・・・その自覚を持っていなかったのだと、それを思い知った。

 

 

 

 

 

 ベルケンドへ行く前にもう一度診察します、というので、一同は食堂から朱赤の彼が眠る部屋へと移ってきていた。

 皇帝が自ら指定して用意してくれた部屋は、大きな窓から中庭が望め、その向こうに轟轟と音を立てて流れ落ちる大瀑布も望める。
 室内は床にモザイク模様が施された大理石でできており、重厚なカーテンで仕切られた四柱の天蓋ベッドの上に、彼は寝かされている。
 間違いなく賓客の為の部屋だろうということが知れて、皇帝の―ルークかもしれない―彼への心遣いが感じられて、一同は頭が下がる思いをした。

 検査の結果は・・・思わしくないというべきなのかもしれないが、特に異常なし、ということだった。
 それでジェイドは、打ち合わせ通りになにかあったら鳩で連絡して貰うことを約束して、残るふたり・・・ティアとアッシュ以外の人間を連れて、30分後の出発をノエルに依頼した。


 ジェイドがもう一度、協力を依頼をすると、アッシュは渋々ながらも折れた。
「どうせ急ぐ訳でもないんだろう?ダアトに行く前に、もう少し俺たちにつきあってくれ。」というガイの言葉も影響したかもしれないが、頑なに拒否をしたかった訳でもないらしい。
 それに対してアニスなどは、
「だったら初めから、うん、って言えば良いじゃん!嫌味なヤツ!」
 と怒りまくっていたが、それをアッシュ本人にふっかける気はなかったらしい。
 それでまた臍を曲げられたら面倒だとでも思ったのか、小声でぶつぶつと言うにとどめていたのだが、アッシュがベルケンドへ行かないなどと言い出した為に、再燃したようだった。
「ちょっと、どういう事よ!?」
「どうもこうもねぇよ。協力はするが、一緒に行くとまでは言ってない。ベルケンドへ行ったところで、リグロの情報を聞くだけの話だろう?」
 それだけの用事で、ぞろぞろと行く必要はないと言われ、アニスは膨れる。
 だが、それも仕方がない事かもしれなかった。
 アッシュの目は暗に、大勢で行動する意味がわからないと語っていた。
 長きに渡り、ひとりで動いていた男には、パーティを組む、ということの意義が欠けているのだろう。

 ジェイドは、アッシュの協力さえ得られればどっちでも良いと思っているようだった。
 そもそも、誰それがどこに行く必要があるという事態ではない。
 ふむ、と小さくつぶやくと、ではアッシュ、と、もはやつっかかる事が存在意義だと言わんばかりの男に向き直る。
「貴方は、ここに残ってくれて構いません。・・・どうせなら、彼の様子も時々見てくれると助かるんですが。」
「・・・・・。」
 誰が!と反論するかと思いきや、アッシュはベッドに横たわったままの彼をちらりと横目で見て、無言でうなずく。
 意外に素直な反応に、拍子抜けした、とアニスが言ったほどだ。
 
 だが、ガイは違う意見だった。
 たぶんアッシュが素直に応じたのは、相手が眠ったままの状態だからだろう。
 アッシュは確かにルークに冷たく当たるのが常だったが、弱っているところに止めを刺したりはしなかった。あのユリアシティでの決闘の後も、殺そうと思えば殺せたのに、そして・・・そのまま、精神まで置いていって徹底的に追い詰めることもできたのに。
 彼は・・・それが誰であろうと、無防備な人間を放り出したりできないのだろう。
 冷徹を装っていながらも、決して冷血になりきれない男なのだ。
 ・・・複雑なヤツだな、とその心情を慮って、ガイは、アッシュをどう捉えて良いのか、自分が困っていることに気がついた。
 
「では、ティアではなく、ナタリアに残って貰いましょうか?」
 一緒なのがティアでは居心地が悪いのではと、ジェイドが気遣いを見せたが、アッシュは別に構わない、と言った。
 むしろ、ティアに残って貰った方が良い、と。
「・・・?何故です?」
 アッシュの答えはこうだった。
「こいつが目覚めた時、この女が傍にいる方が安心するだろう?」
「・・・・・。」
 一瞬の沈黙の後、ジェイドは尋ねた。
「貴方は・・・。」
 視線を下に下す。
 そこには、朱赤の髪を広げて、まるで糸車で指を刺された姫のように眠る彼の姿がある。
 それだけ見れば、とても穏やかな寝顔だ。
 いつ目覚めてもおかしくはない。
「・・・"彼"が、ルークだと思っているのですね?」
 その問いには、アッシュは答えなかった。

 

 

 

 

 

 


 

 

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(’12 3.01)