血の色と称される紅い髪の彼のことを尋ねられたとしても、説明しようとして出てくる言葉はあまり良いものがない。
独善的でプライドが高く、すぐに怒鳴る。
常になにかに憤っており、およそ、安らぎとか、癒しとかいう言葉とは無縁に、存在していた。
だが、本当にそうだったのだろうか。
つきあいは決して長くもないが、短いとも言い切れない彼を語るのには、案外自分たちはなにも知らないのではなかっただろうか。
アッシュがなにを感じ、なにを考えていたのか。
なにに対して憤りを燃やし続け、自分の死の末に滅亡を読まれていた世界の上に、どんな絶望の地図を広げていたのか。
彼らはそんな風に真剣に考えたことなど一度もなかった。
少なくとも、ガイはそうだった。
自分は人間アッシュを見ていたのではない。
ガイは、アッシュという存在を、ルークの視線でしか、見ていなかったのだと、今になって、思い知った。
3.
室内は、しん、と静まり返り、ガイは視線をティアに向けた。
ティアはけっして温度差は低くないこの部屋で、寒いかのように肩をすくめ、両腕を組んで立っていた。視線はガイよりも遥か先、カンタビレのブーツのかかとあたりに落とされ、それはなにかを見ようとそこに視線を定めている訳ではないということを物語っていた。
ジェイドもなにも言わない。
なにも考えていない訳ではなく、逆に自分の思考の奥底へと入り込んでいるのかもしれなかった。
ガイは、言われた事柄にけっして小さくない衝撃を受けていて、複雑な感情と冷静に分析しようという思考がせめぎあい、少しの間だけ感覚が麻痺しているような思いにさられれていた。
「ええっと・・・。」
つまり。
次期導師と黙されていた、ハレルヤというレプリカが殺されたかもしれず、その生き証人である女性が逃げたことと、アッシュが関わりがある。
要するにそれだけのことなのだが。
しかし、今の今まで死んだと言われ、影もかたちも、噂ですら存在を確認されていなかった人物がいきなり現れたなどと、今さっき会ったばかりの他人に告げられても、現実感はわかない。
その為には、確かめなければならないことがいくつかあって、段階を踏もうと、ガイが口を開きかけた時だった。
遠くからバタバタと、近づいてくる足音が聞こえ、ガイは口を噤む。
膠着していた場の空気が流れようとするならば、それに乗っからない手はない。
バタン!とノックもなしに扉が開き(結構の重さのある扉をあんなに勢いよく開けるには、体当たりしたとしか思えない)、
「もう〜!話すんじゃったの!?」
と不満げな声が響く。
「ひどいよ、ティア!!私が来るまで待ってくれたって良いじゃん!?」
ティアは侵入者に目を向け、私だって探したのよ?と言った。
「でも、アニスは今、第三師団の兵士たちに伝令をしているところだからって、言われて・・・。後から追ってくるだろうと思っていたの。」
そりゃ、そうだけどさ〜とアニスは言った。
「でも、こんな大事な話、私抜きにしなくったって良いじゃん?」
「あなたはもう、事件の全容を知っているでしょう?」
「そういうことじゃないんだって!」
「アニ〜ス。取り込み中のところ悪いのですが。」
不毛なやりとりを鎮めようというには、どうにも胡散臭いほどの明るい声をあげ、ジェイドがふたりに割り込んだ。
「私たちに、挨拶もなしですか?」
寂しいですね〜と嘆くジェイドを、カンタビレが嫌そうに見ていた。
「そんな訳ないじゃないですか〜。大佐♪」
えへっとこちらも胡散臭そうに笑い、アニスがおひさしぶりですぅと猫なで声をあげた。
そして、つつつとガイの傍に寄り、
「伯爵様も、おひさしぶりですぅぅ〜。」
と言って、ガイの背中を撫でようとしたのだが。
ざざざざっ
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・ひ・・おひさしぶり、アニス・・・。」
「・・・ちっ。」
ガイの女性恐怖症はどこかの反射神経と直結していると言っても過言ではない。
変わんないなーと不満気に、そしてどこか満足そうに笑うと、アニスは腰の手をあてたいつものポーズでガイを見上げた。いつものごとく、背中にはトクナガを背負っている。
だが、この2年のうちに、確実にアニスは背が伸びた。
平均の少女の身長よりは低めだし、ガイはそのほうが良いと思うけれど、過去の幼子のように小さかった彼女は確実に成長しているのだ。
それが。
月日というものだ。
ところで不思議な話なのだが。
確かにガイたちは招待された身の上だったし、カンタビレたちは教団員という立場だったが、ここはそういう場面では、少なくともなかった筈だ。
しかし、アニスが登場した後、なんと、一同は同じテーブルを挟んで、いつの間にかお茶を飲んでいた。
それはもちろん、アニスの手腕だったが、緊迫した雰囲気のなかでも、菓子が出て、紅茶が出てという状況になってしまうと、自然に人間はその場におさまってしまうものだ。
一同はとりあえず、茶菓子などをつまみながら、いままでの経緯の確認と、これからの行動について打ちあわせなどしているのだった。
「で、どう思いましたか?大佐。」
「どう、とは?」
いつまでもこどもではないのだから、主語をきちんと話しなさいとジェイドに注意をされて、アニスは少し膨れたが、すぐに言いなおすという素直さもいつの間にか身につけたらしい。
素直というよりもジェイド相手に言い合いすることの不毛さをよく分かっているだけなのかもしれないが。
「アッシュの話、ですよぅ。一緒に探してくれるんですよね?」
私たちは暇な訳じゃないんですがね、とカンタビレに聞こえよがしな嫌味を言ったあと、
「・・・それが一番でしょうね・・・。」
と、らしくもなく歯切れの悪い言い方をした。
ちなみに、この件は、カンタビレの第六師団と、アニスの第三師団が秘密裏に請け負うことになっている。
第六師団はアムラジェを。
第三師団は半分に分かれ、一部が一旦カンタビレに預けられ、残りがアニスの命によりアッシュを追う。
「探したくないってのか?旦那。」
「私の意思などどうでも良いことですよ。ですが、状況としては・・・私たち以外に適任はいないと思います。」
やれやれとジェイドが言った。
「しかし、陛下に事の次第を説明するのが面倒ですねぇ、あの人はなんでも面白がりますから。」
「まあ、そうだな。」
「では、ガイ。お願いします。」
「え!?俺かよ!」
とは言うものの、こういうかけあいは、昔一緒に旅をしていた時を思い出させる、とガイ自身思っていた。
世界の滅亡をかけていた旅だったというのに、ガイにとっての輝ける時期とは、間違いなくあの時だろうと思う。
魂にしっかりと刻まれているかのような鮮烈な旅の記憶は、すでに懐かしく思うほどの過去に流れてしまったが、それでもガイにとっての核のようなものを、作り上げたのに違いない。
「それにしても・・・。」
ジェイドは言った。
「こんな今更になって・・・登場するとは。」
「それなんだがな。」
疑う訳じゃないんだが、とガイはテーブルに座るカンタビレを見ながら言った。
ちなみにガイは諸事情により、女が3人も座る小さな丸テーブルの同席を拒み、ひとり離れた位置で壁によりかかりながら、立ったままお茶を飲んでいる。
「・・・本当に、アッシュなのか?」
「本当に、とは?」
「斬り合いを起こしたひとりがアッシュだ、とする根拠は確かなのかってことさ。」
ガイが疑っているのは、教団におけるアッシュの立場があったからだった。
さきほど、アッシュは謎の人物だったとカンタビレ自身が告げていた。彼を知るものはあまりいなかったからだ、と。
それなのに、中庭で斬りこんできた人物が、アッシュと断言できるのは何故だ。
ガイがそう言うと、あぁそのこと、とアニスが言った。
「悪いんだけどぉ。それって、気を使ってしゃべってくんないと、アニスちゃん怒るよぉ?」
「え?」
「斬り合いやったのが、アッシュだって証言したのは、アニスちゃんなのでぇす♪」
つまり、その騒動が起きた時、駆けつけた教団兵のなかにアニスがいたのだ、という。
「・・・そういうことだ。」
紅茶のカップに口をつけながら、カンタビレが言った。
「第三師団長殿はなんと言っても、あんたたちとはじっこんの仲で、鮮血とも親しかった。だからこそ、この一件を任されたというのもある。」
「アニス・・・アッシュを見たのですか?」
「はい、大佐。」
ジェイドにぴしっと敬礼し、アニスは答えた。
「そりゃ、面と向かって話をしたとかじゃないですけど・・・チラッとみただけでわかりますよ。アッシュだってことくらい。」
彼らの関係は・・因縁かもしれないが・・そんなに浅くない。
そもそも、その時アニスは、ハレルヤの後に黙祷を捧げる予定だったフローリアンに会おうとしていた。
フローリアンが時期導師の候補に選ばれてからというもの、距離をとろうとするアニスと(教団側の圧力がなくてもアニスも自分の立場くらいは弁えている)、それを納得できないフローリアンの間には、微妙な溝ができており、なにかの理屈をみつけては、未だにフローリアンはアニスに会いたがる。
その日もそうだった。
今や、立場的には上位のフローリアンに直接呼ばれれば無碍にもできず、わざわざ人目のある場所に、アニスは出向いた。
内緒に会うというのはこの場合は逆効果だ。
ふたりが秘密裏になにかを企んでいると思われては・・・アニスはともかく、将来が有望なフローリアンにキズがつく。
そして、中庭でフローリアンを待っていたその時に、その刃傷騒ぎが起こったのだ。
「そのハレルヤという人は、間違いなく黙祷室に入っていったのですね?」
尋問のような口調でジェイドが言い、そうですよぅ、とアニスは唇を尖らせた。
「確かに、ふたりの人間が黙祷室に入っていきました。アムラジェが見えたんで、ああ、ハレルヤ様だなって思ったんです。」
「・・・ハレルヤが黙祷室に入ってから、他に誰かが入っていったということは?」
「それはないとは言えないです。」
アニスは言った。
「私も黙祷室をずっと見張っていた訳じゃないですもん。ふたりが部屋に入った後、少し中庭を散歩して・・・争う声が聞こえてきたから、駆けつけたんです。」
「それがどうした、死霊使い。」
ぶすっと不機嫌そうな声を出し、カンタビレが言った。
「もしももうひとりいたとしたら、どうなのだ?消えた人数が多くなってややこしくなるだけじゃないか。」
カンタビレはこういう複雑な物事を、色々な角度から考察するようなジェイドのやりかたが好きではないらしかった。
今も行動あるのみ、という顔をしている。
なんだか単純な人だなぁ、とガイは思った。だが、ジェイドはカンタビレのことなど気にならないようだった。
メガネをあげた後、では、とアニスに再度質問する。
「・・・アムラジェと一緒に黙祷室に入ったその人物が、実はハレルヤではなかった可能性は?貴女はどうも、ハレルヤの顔を見てないようですが。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・う〜ん・・・。それ、なんですけど・・・。」
そのことに関して、複雑な顔をしたのはアニスだけではなかった。
唸るアニスと眉をよせるカンタビレは揃って、静かにお茶を飲んでいたティアを見た。
無言の説明を求める視線に、ティアは溜息をつき、それはね、と話しだす。
「実のところを言うと・・・ハレルヤ様というのはあまり表立って人前に出るお方ではなかったの。それもあってか・・・いいえ、たぶん、いつも傍にいたアムラジェのせいね。私たちでさえ、ハレルヤ様と聞くと、先にアムラジェの顔を思い浮かべてしまうもの・・・。」
「ふうん?」
解せないという顔で、ガイは首を傾げた。
「そのアムラジェっていう人は・・・そんなに印象が強かったってのか?」
「ええ・・・そうね。でも、なんていうのか・・・。」
「一言でいえば、綺麗?」
「けれど、そういうのでもない。本当になんというのかな。ひとめ見たら忘れがたい感じ、というか。」
ますます分からないという顔のガイに、あれは会ってないやつには説明のしようがない、とカンタビレは肩を竦めた。
「髪は・・そうだな、黒いというよりも漆黒に近かった。瞳も恐ろしく黒目がちで、黒曜石の如くというやつだ。そして肌は異常に白い。白と黒のインパクトがあの女には強い。そして、小柄だった。」
「もう成人女性の筈なんだけどね。ひょっとして私よりも、小さかったかも?」
「そうね。とにかく華奢だった。少なくとも・・・私が知る限りでは、彼女に似た人はひとりもいない。だから、誰々みたいという表現ができないのよ。ごめんなさい。はっきりしなくって。」
「まあ、それは良いけどな。」
どのみち、アムラジェを追うのはこちらのチームではないし、とガイは楽観的な見解を示したが、それに対しジェイドは何も言わなかった。代わりにちらり、とティアたちを見ただけだ。
「まあ、そういう訳でぇ。」
アニスはジェイドの質問まで話を戻す。
「もしもアムラジェと一緒に黙祷室に入ったのがハレルヤ様でなかったとしても・・・私には分かりません。ふたりの人間が入っていったってことしか。」
「そこを疑ったらキリがないがな。」
カンタビレが不機嫌そうにジェイドを睨んで言った。
「しかし、もしもアムラジェが連れていたのが、違う人間だったとしたら、本物のハレルヤはどこにいたというのだ?ありえん。」
「あの〜ちょっと良いですかね。」
カンタビレの話が終わる前にジェイドが割り込み、カンタビレは続けるはずだった言葉があったものの、わざわざジェイドと揉めるのはいやだとばかりに、口を閉ざした。
まるで黒猫に横切られたかのような反応だ。
「どうもさっきから聞いていると・・・おかしいですね。」
ジェイドは言った。
「ハレルヤという人は時期導師で、アムラジェはその付き人なんでしょう?なのに、貴女方の話には"連れて行かれる"などの表現が目立つ。まるで、アムラジェのほうで重要人物であるかのようです。」
ジェイドの言葉に、女3人は顔を見合わせ、それから
「・・・それって話して良いことかなぁ。」
と代表するようにアニスが言った。
「知らん。」
「・・・そうね。一応、教団内部の事情ではあるもの・・・。」
「けど、結局はこの一件だって、教団の裏事情のやつじゃない?それを手伝って貰う訳だし・・・。」
「なにかあるのか?」
このまま堂々めぐりになりそうな予感がして、先を促す意味でも、ガイは口を開いた。
その際に、いっせいに女3人に見られて、内心ぎょっとなる。
ガイは触られるのがダメであって、見られるのが怖い訳ではない。むしろ嬉しいくらいだ。しかしこの3人が揃うと、妙な迫力があるのは何故だろう・・・万が一これでナタリアまで加わったら、逃げたくなってしまうに違いない。
「・・・そうね。なんだか不思議ね・・。」
諦めたように、ティアが言った。
「ハレルヤ様とアムラジェの話をしようとすると、知らない人間にはうまく表現ができなかった。なのに、貴方に説明するのは、とても簡単なんだもの・・・。」
前置きは良いとして、とティアはガイを正面から見据える。
「ハレルヤ様とアムラジェは、まるっきり貴方とルークの関係そのものよ?」
「え?どういうことだ?」
ピシャリと自分の頬を張りたい気分になりながら、ガイは聞き返した。
心の中では、ルークという言葉に反応をしてしまうのが情けない、と思っていた。
今はティアの話した内容のほうが重要だというのに。
「ハレルヤ様は、言葉をお話になれないの。」
「・・・・・。」
いや、ちょっと待てとガイが首を傾げる。
それは変じゃないか、と。
「だって・・ハレルヤってのは・・・次期導師なんだろう?話せなかったらユリアの伝道とかどうするんだ?」
「伝道なんざ、他の司教にさせればよいさ。」
カンタビレが面倒臭そうに言った。
「それにそのうち、話せるようにだってなるだろう。」
「つまり。」
ジェイドは言った。
「ハレルヤは、まだ言葉を話せないような・・・生まれて間もない"幼い"レプリカだ、とそういう事ですね?」
たとえばアッシュと入れ替わったばかりのルークのような。
歩くことも話すこともできなかった当時の姿を思い返し、ガイは息を飲んだ。
そうだ。
ハレルヤはレプリカだった。
しかし・・・。
「いや、でもそれなら・・・。」
ええ、変な話ですね、とジェイドが言った。
場所がレプリカ保護第一地区であるダアトである以上、アムラジェのようなレプリカの世話をする人間だっているのだろう。
レプリカが導師に選ばれることには、なんの不思議もない。現にフローリアンも候補なのだ。
だが、言葉も話せないほど幼いレプリカが、どうしてだ?
「それなら、なにが理由で導師に選抜されたのか。」
ジェイドが言った。
「他の候補を退けて次期導師と言われるからには・・・ハレルヤには、なにか特別に理由があった筈。・・違いますか?」
何度もいうが、それがこの失踪事件と関わりがあるとは思えないんだがねぇ、と言いながら、カンタビレがそうだと言った。
あれ、いつの間にか全部話すことになっちゃってるよ、とアニスは頬を膨らませたが、カンタビレは本当に面倒臭いと思っているようだった。さっさとジェイドたちが聞きたい情報を教えて、ここから立ち去って貰いたいのだと顔に書いてある。
(彼らがいるのは第六師団長の執務室なので、カンタビレが出て行くことが出来なかったのだ)
「そうね。普通は誰でもそう思うものね・・・。」
「それに、大佐は譜術に関しては天才だし。そこも知恵を借りたほうが良いかも☆」
天才にはみえんがな、とカンタビレが悪態をついた。
「ハレルヤは・・・預言師だ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
ジェイドとガイは言葉につまる。
なにも内容が衝撃的だからではない。
確かに預言による人類支配は終わりを告げ、音素の恩恵の少なくなってきている今、預言を詠むものは、制度ごといなくなっている。しかし、預言師そのものがいなくなった訳ではない。
要するに、それがなんだ、という印象なのだ。
「ま、それだけ聞いたら、めずらしくもないわな。」
だから面倒くさいっていうんだ、とカンタビレは言った。
「・・・預言ってのは普通の会話と違うらしいね。言葉を話せない筈のハレルヤは、会話はできなかったが預言は詠めた。その時だけしか言葉を話さなかった。だが・・・意味がわかっていたかは怪しいそうだ。他の預言師の話だと、預言ってのは詠んでいる間、頭に浮かんでくる言葉をそのまま口にする作業らしい。だから、ハレルヤの場合も頭の浮かんできた"音"をなぞっていただけで、自分でもなにを言っているのかわかってないんじゃないかって説があってね。まぁ、それはどうでも良いんだ。ただ・・・ハレルヤの預言ってのは・・・少し普通と違っていてね。」
「普通と違うって?」
「まず、ハレルヤ様の預言には、第七音素の気配が感じられないこと。」
ぴっと指をたて、アニスが言うので、ガイは目を見張った。
「第七音素が感じられないって・・・第七音素がなければ預言は詠めないだろう?」
「ええ。そうですね。」
ジェイドが眉を顰めた。
「そもそも・・・未来を掴むなんていうのは、音素の突然変異である第七音素だからこそできる業なのです。他の音素があってもその特徴は引き継いでいない・・・。預言がある以上、そこに第七音素がないのはありえない。」
「だから、ないって訳じゃぁないんですよぅ。気配が感じられないってだけで。」
「気配って?」
「第七音素って、属性が属性だけに、目に見えにくいくせに、集まる時だけ光るじゃないですか。超振動にしろ、預言にしろ、治癒術にしろ。なのに、ハレルヤ様が預言を詠む時は、その第七音素の輝きがなかったんです。・・・だから。」
「・・・ハレルヤ様の預言は、大気に溶け込んでいる第七音素をつかっているのではなく、ご自分の要素である第七音素を使用しているのではないか、と言われていたこともあるわ・・・。」
「しかし、そんな事をしたら。」
「ええ・・・。レプリカであるハレルヤ様の命が危ない。だから、違う筈だということになりました。けれどそうなると・・・ハレルヤ様が預言を詠む時に使用する第七音素の出所はわからないままです。」
「けどなぁ・・・。」
軽く握った右手を口元にあて、考えながらガイは言った。
「確かに第七音素は集まると光る特性はあるが・・・必ずしも光るって訳じゃないんだろ?」
な、旦那?と専門家に尋ねれば、ジェイドは、それも少し違いますね、と言った。
「第七音素は集るだけなら、光りはしない。消費される時に、空中で漂う粒子との摩擦で光るんです。そして第七音素は第七音素の力を持ってしか、消費できない。よくそこを間違われるんですがね。」
「え?そうなんですか?」
勘違いしてた、とアニスは目を丸くしたが、どうやら黙っているところをみると、全員がそう思っていたようだった。
「ええ。だから・・・預言を詠む、などしての消費する時は光る。それは絶対です。」
「となると、ハレルヤが預言を詠む時に光らないっていうのは・・・?」
「わかりませんが・・・ありえない。」
う〜ん、とアニスは唸り、ティアも難しい顔をしたまま黙った。
カンタビレはそんなことはどうでもよく、早く終わって欲しいだけなので、先を促す。
続きがあるだろう、と言われ、あ、そうでした、とアニスは指をぴっとふたつに増やした。
「ふたつめ。ハレルヤ様の預言は的中率が、異常に高い。」
「・・・今更だけど、預言は表現の曖昧な部分が多く、譜石の意味を正確に読み解くことはできないと言われている・・・。けれど、ハレルヤ様が詠まれる預言はほとんど曖昧さも不正確さもないの。」
「そうですか。」
とジェイドは言って、
「ちなみ、ユリアの預言とどちらのほうが的中率は高いのですか?」
と不遜なことを聞いた。
ところが答えは、同じくらいかな、ということだった。
「その的中率が、問題視されたってことだ。」
やれやれというようにカンタビレが肩を竦めた。
「ただ単に、儀礼的な預言をするならともかく・・・第七音素を使わないうえに的中率はユリア並。ハレルヤを導師に、ってのはある意味自然な流れだ。教団としては、良くも悪くも軽い存在に扱うことはできないのさ。」
「それではまるで、めでたくないって言い草だな。」
ガイが言った。
「かつてのような、力のあるローレライ教団に戻す・・・っていう野望をダアトは抱いているって聞いたぜ?単なる噂かい?」
「上層部のなかにはそんなことを望んでいる輩もいる。」
カンタビレは、あたしはそんな事には興味ないがね、と言い捨てた。
「しかし、預言が廃止された今となっては、そんなものは抱いていてもどこも拾ってくれやしない野望だ。ダアトは今や、キムラスカとマルクトの仲介役という意味合いでしか、政治に関われない。それで大きな顔もできないだろう・・・。」
「だからこそのハレルヤ様ってことじゃないのかなぁ。」
アニスは言った。
「確かに褒められたことじゃないとは思うけど・・・。」
「?」
「・・・・・?」
あ、というようにアニスはジェイドとガイを見た。それでピンときたガイは、他になにかあるのか?と聞く。
ええっとぉとアニスは言葉を濁して視線を彷徨わせているので、ガイはティアを見た。
ティアは肩をすくめ、口を閉ざしたままだ。
「大したことではない。・・・オプションみたいなものだ。」
カンタビレが言った。
ふたりと違って、教団の内部のことを話すことにあまり抵抗がないというのではなく、所詮は自分に責任が押し付けられることがないと踏んでいるからだろう。
なんといっても、これから秘密を打ち明ける相手は、アニスとティアの知り合いであって、カンタビレのではない。
「ハレルヤの預言は、縁起の良いものはひとつもない。」
「・・・え?」
「どういうことです?」
「詠まれるのは・・・すべて、災いばかりなんだ。」
「災い?」
「そうだ。たとえば・・・お前はこの年に病に倒れる、とかな。」
「・・・・・。」
「・・・それは。」
預言としては・・・禁忌なのではないのか?
と疑って、ガイはジェイドを見たが、ジェイドは難しそうな顔をして、黙ったままだ。
カンタビレは続けた。
「かつて、預言は国には栄光を、個人にはささやかな幸福を齎すもの、とされていた。」
多少は個人の思惑なども含まれたし、それによって運命を狂わされたものの少なからずいる。しかし、未来がわかるならそれに縋ってしまう人間の弱さは分からないでもないものだ。
預言が廃止された理由がそこにあるとわかっている、今でも。
「だからこそ逆に・・・個人の安寧を乱すような預言はわざと詠まれなかった。それが表向きだ。」
ただし、国務に関することはその限りではなかったが、とカンタビレは付け加える。
かつて、キムラスカに栄光を齎すという名目で、ひとりの人間の死が詠まれたことがあった。そしてそれこそが、前回の騒乱のきっかけになったのだ。
どこまで知っているかは知らないがカンタビレがそのことを言っているのは間違いない。
「負の部分だけ詠まれる預言となると確かに、禁忌だ。しかし・・・それは同時に人を救うことにもなる。」
いつどこで、自分に事件や死が待っている。
それを事前に知っていれば、誰でもそこには近づかない。
「そのうえ、ハレルヤの預言は的確で、ブレもない。」
幸福の預言とは違う意味で、知りたがる人間は山ほどいるだろう。
悪い意味ではなく、事前に防護できる術があるなら、それは確かに人を救うものでもあるのだろう。
「しかしそれでは恐怖と引き換えに、政治を要求するようなものですよ。」
メガネを直しながら、ジェイドは言った。
その声はなんの感情もまじっていなかったが、あまり良い案だと思っていないのは明白なセリフだ。
「そう。だからそれにたいしては、賛否両論なのさ。」
「でも、別にハレルヤ様の預言を使って、政治的な権力を取り戻そうって理由で、導師に選出された訳じゃないですよ?」
とアニスが誤解のないように、と口を尖らせて言った。
「あくまでも・・・正確な預言を言い当てられるってことで、ハレルヤ様なら、導師としての教団内の支持を得られるだろうっていうのが理由なんですから。」
「なるほどそれでわかりました。」
ジェイドが言った。
「次期導師と黙されている人物が、なぜ殺されたのでは、と疑われるのかずっと疑問だったんですよ。昔ならいざ知らず、今の教団で導師になるという程度の理由で命を狙われるというのは解せませんからね。・・・実際に、根底からハレルヤの存在は、教団内で問題視されていた。生きていて貰っては困る人間もいたということだったんですね。」
あんたはもう少し言葉を選べないのかい?とカンタビレが呆れたように言った。
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