アムラジェとの事でティアは、はっきりと覚えていることがある。
アムラジェは教団の中で世話係という立場であったから、神託の盾騎士団に所属しているティアとはあまり面識がなかったのだが・・・。
その時は、ハレルヤが詠んだ預言があまりにも当たることに、不安を覚えた信者のひとりが、内密にカンタビレを頼ってきていたのだ。
なんでも、行くなと止められた方向の街で辻斬り騒ぎがあったらしく、ハレルヤの預言ではその者がその被害者になる筈だった・・・ということだった。
カンタビレのハレルヤへの印象はけっしてめでたいとは言い難かったこともあり、そこで少し探りを入れてみようか、という話がでた。
そもそも、この第七音素が不足している現在において、彼の扱う第七音素がどこからくるものかも議論になっていたし、カンタビレとしては、それを口実に何度かハレルヤに揺さぶりをかけていたところだったから、まさに渡りに船だったのだろう。
だが・・・それに真向から、立ちふさがったのは、アムラジェだった。
カンタビレの思惑に気がついている訳はないとは思うのに、アムラジェはけっしてカンタビレ配下の者をハレルヤに近づけさせはしなかった。
常にハレルヤの周囲に気を配り、遠巻きに見ている者あれば、わざわざその者の横を通って視界を遮るというような無言の牽制をしかけてきた。
一度などは、ティアにその役が回ってきて・・・少しばかり、嫌な気持ちになったのを覚えている。
正面からの攻撃を受けたなら、そんなことは思わない。
だが、あれはまるで・・・執念深く周囲を伺っていた者のやりかただ。
一介の世話係にしては、アムラジェは、神経質すぎた。
まるで、教団内でも気を許したら、ハレルヤになにかされるとでも思っているようだった。
それを・・・手負いの獣が巣穴の子供を守ろうとしているが如く、と例えるのは・・・いまだに的を得ていると自分でも思っている。
30.
「・・・アムラジェが・・・!?」
ティアが反芻するとアッシュは、頭を抱えたままで、うんという風に頷いた。
「それは、確かなの・・・!?」
「確か、と断言はできないが・・・。だが、間違いないと思う。いきなり今、蘇った記憶だから思い違いの余地もない。・・・あの女だ。」
苦しそうな息の下から律儀に返答するアッシュの言葉に、ティアは戸惑いを感じた。
なにもいきなりアッシュの記憶にアムラジェが登場したからではない。
逃げようと言われたとアッシュは言う。
『逃げる』?
どこから?教団から?
「それは、いつの話なの?貴方がルークと教会内で斬り合いをした時?」
「そ・・・・。」
答えようとしたアッシュは、顔をあげてティアを見た。
それが、いきなり目を見開き、動きを止める。
それまでの頭痛がはじけ飛んでしまったかのように、愕然と立ち上がったアッシュの視線を追って、ティアは振り向き・・・。
「・・・・・!」
「・・・ルーク!?」
天蓋つきのベッドの上。
眠り続けていた彼は、うっすらと目を開き・・・間違いなくその視線は、アッシュとティアに向けられていた。
実際に、本当にアムラジェかどうかはわからなかったが、ギンジのスケッチした女の顔は、誰が見てもアムラジェそっくりだった。
では、今現在ドロシーはアムラジェと一緒にいるということなのか。
真相を正そうにもドロシーの唯一の身内ともいうべきリグロは行方知れずの為、ジェイドたちは以前、第3施設が爆破した際にドロシーを保護していたおかみさんを訪ねた。
しかし、おかみさんの口からは『リグロに引き取られたと思っていた』という以上の情報は得られなかった。
「・・・つまり、俺たちがリグロにドロシーを引き渡した後の事は、誰にもわからないってことだよな。」
「ええ。リグロがあのような行動を起こした原因も、ドロシーがどこにいるのかも、その後の事が起因になっているのでしょうが・・・。」
「今の状態じゃ、掴みようもありませんよね?大佐。」
うーと不満気なアニスに、そうですねぇ、とジェイドは相槌を打った。
「第3施設爆破の責任を追及して、我々の方でリグロを拘束しておくべきでしたが・・・。」
「ですが、あの時点ですでに軍には連絡済みでしたでしょう?彼の態度も殊勝で責任を感じている風でしたもの。とても逃げるとは思えませんでしたし、わたくしたちが彼を拘束するのも可笑しな話ですわ。」
そもそもそんな権限もありませんし、とナタリアは言うが、軍を任されている自分ならその権限もあった、とジェイドが自ら言った。
「しかし・・・ことウィザードともなると。実際に、マルクト側の一存で勝手に動けたかというと・・複雑ですが。」
「地方分権みたいなもんだからな。ケセドニアみたいに。」
「・・・少し違いますが、確かにウィザードの人間を逮捕するとなれば、マルクト、キムラスカ両国、そしてダアトからも許可を得らなければならないでしょうね。」
「はうー、面倒くさい。」
「とはいえ・・・ウィザードの研究は現在、国の財産でもありますもの。出資しているから云々というよりも、オールドラントの行く末を左右するという意味で。」
「だからこそ、すべての研究内容をつまびらかにする必要があるんだがな・・・まったく。」
「研究者の秘密主義をいまさらとやかく言っても始まりませんよ。昔からの風習みたいなものですからね。」
そんな事を語りつつ、一同はマルクトへ戻ってきていた。
結局、これといった有力な情報は得られず、しかしアムラジェが絡んでいるのかもしれないともなれば、その事をアッシュたちにも報告しなければならない。
複雑な思いを抱きながら宮殿内の廊下を進んでいた一同だったが、アニスはひとりだけ、そんなことは気にならないようで、軽い足取りで朱赤の彼の部屋へと向かっている。
思うに、ちょっとおつかい行ってきました!という感じなのだろうか。
とはいえ、ガイも見知ったメイドたちに挨拶をされると、帰ってきた、という気になる。
宮殿に出入りするようになって2年。ここはガイにとっての"居場所"になっている。
道すがら、おかえりになったのでしたらお茶をお持ちします、とメイドに言われ、頼むよとガイが笑顔で返した時には、先頭を行くアニスはすでに部屋の前にたどり着いていた。
ドアノブに手をかけ、大ニュース!と駆け込もうとしたまさにその時、中から聞こえてきた、
「・・・ルーク!?」
というティアの声に驚いて、アニスは一度掴んだノブから手を放した。
それは全員に聞こえていたようで、一同は顔を見合わせ、次の瞬間には部屋の中に飛び込む。
「どうした!ティア!?」
「ルークがどうかしまして!?」
いきなりドアが開き、なだれ込んできた一同にティアは驚かされたようで、小さく、きゃ!と悲鳴をあげた。
それはティアには、珍しい反応だったのだが・・・今はそんな事に感心をしている場合でもないので、誰も気にかけない。
ティアは帰ってきた一同の中に、ジェイドの顔を見つけるとあからさまにほっとしたように息をつき、
「大佐・・・ル・・・彼が・・・。」
とベッドの上を示した。
朱赤の彼はベッドの上に、横たわったまま、時折ゆっくりと瞬きをしていた。
自失というべきか・・・その瞳にはなんの感情も宿っていないようで、起きていながら眠っているかのような姿だった。
ゆったりとした長い髪は白いシーツの上に広がって畝のような模様をつくり、その中で上下する胸が規則正しく、彼を生き物であると主張していたが・・・それがもしなかったら、精巧な人形としか思えなかったろう。
ジェイドはその彼の様子を、上から見下ろすようにして覗き込み、反応を伺ったが・・・呼んでも、軽く叩いてみてもなにも返ってはこない。
ジェイドが眉を顰めながら体を起こすと、黙っていられないというように、次々に一同が口を開く。
「ジェイド・・・!」
「大佐大佐!どうなんですか?どうなってるんですか?」
「ルークは、ルークは無事ですの!?」
「少し、落ち着きなさい。彼は・・・。」
ルークとは決まってませんよ、という言葉をナタリアに向けようとしたが、それをジェイドは飲み込み、
「・・・別に異常はないと思います。検査をしていないので、断言できませんが。」
と返答をした。
「でも・・・様子が・・・。」
不安げなティアに頷き、ジェイドは眼鏡をあげる。
「これは・・生まれたままのレプリカと同じ反応だ・・・と言えば良いですかね。」
それに対して、眉を顰めたのは、ガイだ。
「これが?けれど、ルークが屋敷に戻ってきた時は、もう少し反応があったぜ?」
赤子同然に戻っていると言われたレプリカのルークは、それでも、もう少し感情の起伏はあったように思う。
これでは赤子ほども感情はない、と訝しげなガイに、ジェイドは、それは誕生してしばらくたっていたからでしょう、と言った。
「初めて・・・・誕生して"覚醒"したばかりのレプリカの反応はこうなのです。呆然としているというか・・・状況もなにもかも把握できてない。"状況"というものがあることすらわからないのですよ。」
「それじゃ・・・ルークはまた、生まれて間もないレプリカと同じ状態に戻ってしまったということですの?」
「・・・何度も言いますが、ナタリア。彼が"ルーク"とは断言できません。」
ジェイドは一度言葉を切って、そして残酷だという事は自覚済だというように、ことさら表情を変えずに話した。
「我々の知るルークは、アッシュの中に還ってしまったの"かもしれない"。もしくは、大爆発によって消えてしまったの"かもしれない"。・・・そして貴女の言うようにアッシュに記憶を引き渡したものの・・・ここに横たわっている彼の体の中に留まっているの"かもしれない"のです。・・・そのどれが真実であるかをつきとめない限り、我々は我々のルークを見失ったままなのです。」
目に見えない迷子を捜しているのと同じです、とジェイドが言い、だから、と付け加えた。
「・・・こうして目を覚ましたのですから、少し検査をしてみないと。・・・彼の健康状態も気になりますし。」
ここでジェイドはそうは言わなかったが・・・実は心配していたのは、音素の乖離だった。
もしも今の主が、ルークであってもなくても、朱赤の髪をしているということは・・先日までは"アッシュ"と呼び"ルーク"よりも脆弱な音素を持っていた体であるという事だ。
リグロの作った兵器がどのようなものか断定できない以上、それを食らった人間の、そしてレプリカの音素にどのような影響がでるのかわからないのだ。
ジェイドは承諾を得るようにして、ティアを見た。
それは彼女が彼に・・・ルークに対して、過去に保護者のような役割をしていた時代の名残のようなものであったのだが、ティアはそれを受けて、少し戸惑ったように首を傾げると、その視線をアッシュへと向けた。
おや、と少し意外な気持ちになりながら、ジェイドはアッシュに確認を取る。
「アッシュ。・・・構いませんか?」
それに対してアッシュも、ジェイドの予想を外して、何故自分に確認するんだ、と噛みついたりせず、静かに大きく頷いて了承の意を伝えてくる。
それを受けてジェイドは、いつのまにこんなに仲良くなったんですかねぇ、と人を食ったようないつもの調子で、アッシュとティアの事とも、アッシュと朱赤の彼の事ともわからないような、からかいの言葉を口にした。
朱赤の彼の体をベッドの上に起こさせ、一旦、様子を見る。
暴れたり、具合が悪そうな様子はなく、むしろ起こされたことで目が覚めたというように・・・彼は、ぱちぱちっと子供のように瞬きをした。
その姿に、思わず誰も彼もの顔がほころぶ。
ルークが笑うと彼らも思わず嬉しくなってしまうように、こういう子供のように無垢な仕草は、自然と彼らの中になじむものになっていた。
彼は、そういう暖かな笑みに囲まれ、警戒をしていないようだった。
それは見知った顔ばかりだからかもしれない、と望みをかけ、ガイが「おはよう」と歩み出る。
「ずいぶん長い間、寝てたな?・・・ところで、お前記憶はあるか?」
朱赤の彼は答えない。
不思議そうに首を捻り、上目づかいでガイを見ている。
「記憶だよ。たとえば・・名前はなんだ、とか。自分は誰だ、とか。なにかわかること、覚えていること。」
尚も黙ったままの朱赤の彼は、言われている意味はわかるらしく、しばらくして、ふるふると首を振った。
それでわかったこと。
ひとつ。記憶は持っていないらしいこと。
ふたつ。生まれたてのレプリカのように言葉がわからないということはなさそう、ということ。
そして、意志の疎通を図るということを知っているということ。
彼がルークであるという証はすぐに得られなくても、それだけわかれば十分だというように、ガイは満足気に笑い、くしゃり、と朱赤の彼の髪を撫でた。
「?」
なにをされたか理解できないように、彼は自分の頭を触る。
その仕草の幼さ、表情のあどけなさは、かつてのルークにはなかったものの筈だが・・・不思議と"ルーク"を髣髴とさせる。
やはり彼は"ルーク"なのでは、と誰もが思った。
断定するのを避けていたジェイドも、心の中では"ルーク"なのではないか、と思い始めていた。
朱赤の彼は、きょろきょろと周囲を見回し、うー、ともあー、とも聞こえる声を発して、なにかを探している。
「なんだい?」
そうなるともう、ルークを育ててきたガイの血は騒ぎ、面倒をみたくてたまらなくなる。
ガイの問いかけに、朱赤の彼はガイを見たが・・・その視線は戸惑ったように、おろおろと揺れていた。
ガイに対して警戒心があるとかではなく、自分の欲しいものを伝える手段がなくて困っている、というような感じだった。
「・・・水、だ。」
唸るような声がして見ると、アッシュが片手で額を抑えている。
「水を欲しがっている。」
それで、あわててティアが水差しからコップに水を注いで渡すと、赤毛の彼は嬉しそうに笑い、こくこくと一気にそれを飲み干した。
そしてよほど喉が渇いているのか、もっと欲しいというようにティアを見上げる。
ティアはその視線を受けて、心得たと頷き返すと、朱赤の彼が持つコップに再び水を注いだ。
「へー、アッシュってば。この子がなにを言いたいのかわかるんだー。」
アニスが感心したように言い、ふたりを見比べる。
そして、そうして揃っているとやっぱりルークとアッシュにしか見えないね、と言った。
それに対して、アッシュは・・・眉を寄せこそしたが、否定もしない。
そんなやりとりをしているふたりに、全員の視線がに向けられていたその隙を狙ったように、水の飲み終わった朱赤の彼は、ぴょん、とベッドから飛び降りた。
「・・・・・!歩けるのか。」
生まれたままのレプリカは歩き方も知らない。
だから、そうは見えても彼は『生まれたままのレプリカ』ではないという証明であり、そしてそれは=ルーク、である証拠のひとつとも思えて、ガイは嬉しそうに笑った。
朱赤の彼は別にふらふら揺れることもなく、とことこと歩いて行って、
「!!!」
「・・・まぁ!」
「あれあれー?」
ばすん!と勢いよくアッシュに抱きついた。
「な・・・!は、離せ!!」
首根っこにぶらさがるようにして抱きつく朱赤の彼を引きはがそうとアッシュがもがけば、彼の方もムキになったように、ますますぎゅうぎゅうと腕に力を込めてくる。
まるでコメディのような状況にガイは笑いをこぼし、このままではアッシュが窒息してしまうと、助けに入った。
「おいおい・・・。そんなに強く抱きつかなくっても、アッシュは逃げないぜ?」
しかし、その問いかけに朱赤の彼は疑り深そうにガイをじとっと見て、さらに腕に力を入れる。もはや抱きつくというよりも抱きしめているに近い状態に、朱赤の彼の腕の下にいるアッシュからは、ぐぇ、という変な音が出た。
「いや、本当だって。誰もアッシュを取ったりしないから、安心しろよ。な?」
流石にアッシュが気の毒になって、ガイの説得にも力が入る。
すると朱赤の彼は、不満そうだったが・・・しぶしぶといった感じで、腕の力を緩めた。
やっと脱出できたアッシュは、朱赤の彼の体を大きく引きはがしながら、げほげほと咳き込んでいる。
が、次の瞬間には殺気を込めた目を朱赤の彼に向けた。
「・・・てめぇ・・・!」
「やー。アッシュも無事に脱出できたようですし。お話を進めても良いですか?」
大人げなく、幼い子供相手に喧嘩を吹っかけられでもしたら面倒だ、とばかりにジェイドは笑みを浮かべて、アッシュに言った。
「話・・というのは、リグロがベルケンドに現れた、ということですよね?」
ティアが言う。
「なんの目的だったのか、わかったの?」
それに答えたのはアニスだった。
「ううん。目的の方はぜーんぜん。でも、違う収穫があったんだ!」
「違う収穫?」
「どういうこと?」
そこでかいつまんでガイが説明すると、ティアは目を丸くし、
「そう・・・。そっちでもアムラジェが・・・。」
とつぶやいた。
「?どういう意味です?」
今度、質問を返したのはジェイドだった。
「そっちでも・・・ということは、なにかアムラジェに関する情報でも得たのですか?」
ティアがそこで、視線をアッシュに向け、アッシュはさきほど思い出した事を説明し始めた。
アッシュの話を聞き終わった時、一同の間に妙な空気が流れた。
たぶん、それぞれがそれぞれの推測を持っていたが、決定打に欠ける為に口にするのがためらわれるからなのだろう。
一同が神妙な面持ちを浮かべている横で、朱赤の彼だけが、まるで場を和ませようとするかのように、座らされた椅子の上で揺れたり、足をばたばたさせたりとしてその度にアッシュに怒られた。
それにしても、とジェイドが口を開いた。
「・・・私は少し、思い違いをしていたようですね。」
「思い違い?」
なんのことだ?と一同が訝しげに見られてもジェイドは別段、変わったことを口にした風もなく、
「アムラジェですよ。」
とまるで、全員の印象に念を押そうというように、その名前を口にした。
「・・・当初、我々の前に登場した時の彼女は、どこかに消えた逃亡者で・・・アッシュの情報を持っているかもしれない、という曖昧な立場の人間だった。ですから私自身、どこかでアムラジェが関係しているのなら、なにかを知っていて隠している、その程度のことだろうと思っていたのです。」
それには誰もが同意だったようで、大きく頷いたりして聞いている。
「・・・しかし、ドロシーと同行していることと言い・・・アッシュの記憶に蘇った会話と言い・・もはや彼女の事は、こう断言して良いと思います。」
「アムラジェこそが、この一連の事件の発端である、と。」
それに対して、心得たとばかりに小さな胸を張ってアニスが言った。
「アムラジェがつまり、犯人ってことですよね?」
「犯人という言い方が正しいかどうかはわかりませんが・・・。全てに、アムラジェの思惑があったのは間違いない。それが結果的に彼女を巻き込んだのかもしれませんが、もはやなにかを隠しているだけ、ということはないでしょう。」
「油断しましたわね。」
ナタリアが言った。
「ジェイド同様・・・わたくしも、アムラジェが首謀者かもしれないとは露ほども思っていなかったですわ。てっきり巻き込まれて・・・けれど、なにかを庇って発言できないのではないかと・・・そう思いこんでいたんですの。」
「・・・でも、私もそう思っていたわ。」
ティアが言う。
「だって・・アムラジェはとってもハレルヤ様に尽くしていたから。ハレルヤ様に関するなにか重要なことを話すことができないのではないかと・・・そう疑っていたの。」
「ダアトで問い正した時も、アッシュに関する質問に動揺していたしな。」
その時のことを思い出しながら、ガイが言う。
「今思うと・・・アムラジェは"ハレルヤ"と"鮮血のアッシュ"が同一人物だと知っていたのかもしれない・・・。」
「悔しいですわね。」
と、同じようにあの時の事を思い出したのか、ナタリアは眉間に皺を寄せた。
「そもそもあそこで取り逃がしていなければ・・・。」
「それに関しては、俺に原因がある。・・・すまん。」
いきなり割って入るように発言したアッシュの、その言葉に全員は目を見張って彼を振り向いた。
「そういえば・・・あの時、貴方のあの場にいたのですよね?」
ジェイドは教団での出来事を思い出して、アッシュに確認をした。
あの時・・・・。
アムラジェと一同は教会で、対話をしていた。
ハレルヤの行方は知らない、自分は連れ去られたという嘘の話をしていた最中に、何者かが乱入してきた。
黒いマントの下からその者の持つ赤い髪が一房、こぼれていた。
その色が朱だったか、紅だったかは思い出せなかったが、ジェイドが確信的な言い方をしても、アッシュは否定しなかった。
ああ、と頷き、
「俺が・・・"俺"として覚醒する前の話だから、行動に一貫性がないのは勘弁してくれ。」
と似つかわしくない言い訳を口にした。
「どういうことですの・・?」
ナタリアが聞くと、アッシュは苦々しげな表情を浮かべ、
「・・・・どうも俺はアムラジェを追って、教会に行ったらしい。」
「アムラジェを追って?」
「ああ・・・。そもそも教団を離れたのは、ローレライの剣を探しにきた"ルーク"が害をなすと思ったアムラジェが"ハレルヤ"を連れて逃げたからだ。・・・斬り合いまでしたしな。だが、教団から逃げ出した後で離ればなれになり、アムラジェはカンタビレに掴まった・・・。」
「どうして離ればなれになったのです?」
「"俺"がアムラジェから逃げ出したからだ。」
「・・・・・・。」
え?という顔になった一同に、だから一貫性がない、と言ったろう?とアッシュは気まずそうになった。
「"俺"は確かにアムラジェから逃げ出したんだが・・・。それもたぶん"ルーク"を探してだと思う。"ルーク"がローレライの剣を探していたように、"ハレルヤ"も"ルーク"を探していた・・・。もっとも、その前に斬り合いしているんだから、行動がむちゃくちゃだということは分かるだろう?」
「ええ・・・。」
ジェイドは思わず苦笑する。
「よくわかりました・・・。まあ、その頃の"ハレルヤ"は感情のままに動く、子供みたいなものでしたんでしょうしね。」
それに対してアッシュは一瞬、不愉快そうに眉をあげたが・・・ジェイドの言うことが正しかったのか、反論をしたりしなかった。
「まぁ、そういう事だ。そして何を考えたのか今度は、自分から逃げたくせにアムラジェを探して、教団に戻り・・・。」
「そこで、目的のアムラジェを見つけた。」
確かに、子供のような行動の仕方だが、しかしながら、まるっきりの子供のように無力だったとは言い難いと思う。
突如として"ハレルヤ"がこの時、カンタビレの部下に向けた殺気のこもった視線は、兵士たちを怯ませるものだったのは確かだ。
人を怯ませるほどの視線は・・・確固たる意志がなければそこまで強くはならない。
「・・・やっかいな人ですねぇ・・・。」
とジェイドが呆れ顔で言うと、だからすまなかった、と言ってるだろうと、アッシュは言った。
素直に謝るアッシュというのもこれはこれで貴重である。
「ところで、あの後はどうなったんだ?」
「そうそう!そもそも、私たちだってあの場にいたのに、なんだか全員で気を失っちゃったんだよ?目を覚ましたら"ハレルヤ"もアムラジェもいなくって、代わりにルークがいて・・・。あんたたち、どうやって逃げられたの?」
「お前たちが気を失っていたのは・・・。」
アッシュはさらに、複雑な表情になり、
「俺が・・・譜歌を歌ったからだ。」
えー?とアニスが騒ぎ、ガイもそうなのか?と驚いた。
いきなり気を失った原因がわからないまま、それを考えてみたりもしたのだが・・・譜歌によるものだとは思いもしなかった。
確かに彼らにとって、譜歌は"味方"に位置する。
自分たちに向けられた時、あんな風に気を失うものなのか、と妙な感心をしたりする。
「・・・?今、なんと言いました?」
しかし、ジェイドはその発言の意味するものが気になったようだった。
「貴方が譜歌を?しかし、それは・・・。」
"ルーク"は確かに譜歌を歌えた。
それにより彼の体が再生し、"ルーク"は戻ってきた。
しかし、アッシュまでが譜歌を歌えたというのはどうにも解せない。
何故ならば、アッシュはティアと行動を共にしていた時期が少なく、何度か聞いた程度で歌えるほど、ユリアの譜歌はたやすくはない筈だ。
ジェイドがそういうと、アッシュは肩を竦めて、
「それは道理だが・・・その時、確かに俺は譜歌が歌えた。そこは間違いない。」
お前たちが眠らされたのが証拠だろう、と言われ、ジェイドはますます難しげに顔になった。
「その時、というと・・・今は・・・。」
「・・・"ルーク"の記憶を持っているからな。もちろん、歌えるだろう。ただ・・・効果がどの程度あるかは疑問だ。」
「・・・・・。」
変だ、というのが正直なジェイドの感想だった。
何故ならば。
譜歌を歌ったというその当時のアッシュは・・・"ハレルヤ"だった時の彼は、"ルーク"の記憶を持っていなかった筈だからだ。
アッシュはアッシュだ。
それは間違いない。・・・もう間違えようもない。
だが、そうなるとこの違和感は・・・いったいなんなのだろう。
その時ジェイドは、"ハレルヤ"は預言を詠む時に第七音素が光らない、という話を思い出していた。
"第七音素"
"正確な預言"
"譜歌"
そして
"ローレライ"
まさかな、と静かに首を振り、ジェイドは一旦、その考えを保留にした。
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