32.
アニスはベルケンドについた後も、ぶつぶつと文句を言った。
「検査は良いとして・・・なにもこの後、どこかに移動することないんじゃない?」
なんか逃げ回ってるみたいで、納得いかないよぅ、と言う。
その納得にはジェイドと別行動になることも含まれると思われるが・・・実は、ガイもまったく同じ意見ではあった。
なにも悪いことをした訳でもないのに、一所に留まるな、とは・・・他に方法がありそうなものだ。
「結局、ル・・この子の不吉な預言が問題なんだろう?」
アッシュの隣の彼を見る。
同じ顔がふたつ。見慣れた光景であって、見慣れていないという違和感。
しかし、彼らは、このふたつの顔を見間違ったりはしない。
「だったら・・・預言を詠まないように、気をつけたら良いんじゃないのか?」
それに対して、無理だな、と一刀両断したのは、アッシュだった。
「・・・俺が"ハレルヤ"であった頃・・。預言を詠むことは制御できなかった。いきなり頭の中に言葉が浮かんで、それを口にする。悪気もない。けれど、それで色を無くす人間が多くいた。・・・こいつもたぶん、同じなんじゃねぇか?」
そう言って、未だに言葉を話さない彼の顔を見ると、本人は、何を言われているのかわからないというように、きょとんとしている。
「それに、預言を詠むことで言葉を習得して行った・・・。学習の一部なんだよ。預言ってのは。」
そう言われたらもう誰もなにも言えず、けっきょくのところ、ベルケンドの滞在も少しの間になりそうだった。
ベルケンドでの検査は、それまでグランコクマで行われた簡易的なものとは違い、大掛かりなものとなった。
それぞれの専門分野に分かれての細かい分析が必要だった為か、アッシュはまだ時々よたよたと歩く朱赤の彼の手を引き、ひとつの検査を終える度に、巨大な施設内をうろうろと移動しなければならずに時間がかかかったが、最初にジェイドに承諾をした手前、面倒だと思っていても黙って研究者たちの指示に従っていた。
一同はと言うと、ほぼ中央に位置する休憩室のソファーにじっと座り、あっちへこっちへと歩かされているアッシュと朱赤の彼の姿を、とっくに飽きた顔で見守るしかすることがない。(ちなみにジェイドはアッシュたちに付き添っていた)
音機関に興味のあるガイは、そわそわとして待っていたが、そのうち、もう我慢できない!とばかりに席を立って行ってしまい、その場に残されたのは、女子だけになる。
「退屈ですわね・・・。」
思わずといった感じでつぶやいて、は!とナタリアは我に返った。
「わ・・わたくしったら・・・アッシュやルークのことを考えたら、こんな発言、不謹慎ですわね。」
「でも、確かに退屈だよぅ。」
猫の伸びのように、ぐぅーと前に体を倒しながらアニスが言った。
「検査っていったって・・私たちは蚊帳の外だしさ。」
すると、はた、と気がついてナタリアを見る。
「ナタリア・・・さっき・・。」
ナタリアも自分で気がついて、あ、と口元に手を持っていく。
「そうでしたわね。彼・・・ルークと決まっている訳ではないと、何度も言われているんでしたわ。」
その場に一瞬沈黙が落ちたが、やがて女子しかいない今のうちに、というように顔を見合わせ、話を始める。
「・・・実のところ、皆どう思う?」
「彼が本当にルークか、どうかってことですわね?」
「うん、そう。」
「・・・私は・・・。」
先陣をきって発言をしたのは、ティアだった。
「なにか根拠となるものでも出てこない限り、彼をルークだとはいえないとはわかっているけれど・・・。でも、どうしてもルークがそこにいる気がするの。私は、彼はルークだと思うわ。」
「わたくしもですわ。」
ナタリアも同意した。
「でも、そうすると"預言"のこととか謎。」
ひとり冷静な大人顔でアニスが問題点を指摘する。
「ルークは預言士じゃなかったじゃん?」
「けれど、それはアッシュもですわ。」
ナタリアが言った。
「けれど"ハレルヤ"は預言を詠めた・・・どうにもわたくしには、ルークでもアッシュでもなく、"ハレルヤ"が不吉な預言を詠む、そう思えてならないのです。"ハレルヤ"はアッシュなのですが・・・なんて言ったら良いのか。」
「つまり"ハレルヤ"という役割が、ふたりの間でバトンタッチされた。そんな感じでしょう?」
同じように感じていたのか、ティアがナタリアの意見を補足した。
「"ハレルヤ"はふたりが帰還した時のオプションのようなもので、それをふたりが共有している・・・イメージするなら、そういう風な・・・。」
わかる!とアニスが手を打った。
「ルークとアッシュが核とするなら、"ハレルヤ"は卵の内皮の部分って感じ?ふたりがしっかりとアッシュとルークとして安定するまでの間の、バリアー的な仮の人格。それだと辻褄あうような・・・?」
そう言いながら、はうーとアニスはがっくりうなだれた。
「やっぱり、あわないか・・・。仮の人格が"ハレルヤ"だったとしても預言を詠める理由にはならないもんね・・・。」
ティアが、口元に手を持っていきながら言う。
「・・・ふたりは帰還したけれど・・・それは間違いがないのだけれど、なにかが以前と変わってきている。私にはそれローレライと・・あ、第七音素集合体の方よ?ローレライとなにか繋がりがあるような気がしてならないの・・考えすぎかしら。」
「いえ、考えすぎではないと思いますよ。」
「そうでしょうか・・・って大佐!?」
ぎゃ!という風に女三人は、飛び上がった。
「たたた、大佐ーー!?いるならいるって言ってくださいよぅ!びっくりするじゃないですか!」
「いえー。なんだか男性が入ってはいけない雰囲気を醸し出していましたからね。」
女性のないしょ話に理解を示すジェイドは、意外にも空気が読めるらしい。
女性陣の驚きが静まった頃合いを見計らって、続けた。
「なにしろ彼らは譜歌が歌える。長い間ティアの歌を聴いてきたルークはともかく・・・我々と行動を別にしてきたアッシュが譜歌を歌えたというのは妙な話です。それをローレライと関係がないと思う方が不自然です。」
「ってことはローレライがあのふたりになにかしたって、大佐は思っているんですか?」
「いいえ?」
ジェイドはあっさりと否定する。
「ローレライは音素の意識集合体ですからね。人間のように感情があるのか、果たして疑問です。彼らの上に起こった、もしくは起こりつつある現象の原因がローレライだとしてしまうと、そこからの議論になってしまう。私はもっと違うところに原因があると思っています。」
ローレライ関与説を否定されて、少しだけアニスは不満そうだった。
「じゃ、たとえばどんなことですか?」
そうですね、とジェイドは考えるふりで一旦間を置き、
「第七音素そのものの性質。それによって起こる、まだ私の知らない理論。そういったものですね。・・・アッシュはローレライの剣を携えて戻ってきた訳ですし。」
そこまで言って、ふとジェイドは思い出した。
そういえば・・・アッシュの持っていたのは"剣"のみで、鍵にはなっていなかった。・・・ローレライの宝珠はどうしたのだろう?
考え込んでしまったジェイドに、女性陣はあれ?という顔になったが、ジェイドはそれには気がつかない。
そもそも・・・2年前別れる時、彼らは"ローレライの鍵"を持っていた。さらに・・・ルークが譜歌を歌ったことで、彼らの身になにかが起こったのだとしたら。むしろ・・・これはユリアの時のような壮大な第七音素の原点に立ち返る問題なのかもしれない。
ジェイドは初めて、彼らが"ローレライの鍵"と"譜歌が歌える"という事実を軽視しすぎていたのかもしれない、と反省した。
ジェイドが研究者に意見を求められて行ってしまった後、女性陣は再び顔を見合わせて、ああだこうだと議論してみたが、所詮は専門家でないのでわからない。
結局は諦めて、なるようにしかならないのかも・・・と揃って廊下に視線を転じてみれば、左の角から、ひょっこりと朱赤の髪が覗いた。
ティアたちを見ると、にぱっと笑い、てけてけと一目散に駆け寄ってくる。検査用のそっけない白衣の襟が肩までずれて、ひきしまった鎖骨が見えている。一応体は成人男性のものなのだが・・・仕草が子供っぽいせいか、それすらも無邪気に思える。
朱赤の彼はティアの前までくると、急に立ち止まり、くるんと後ろを向いた。
「あしゅー。」
「・・・!しゃべった!!」
「まぁ!いつの間に!」
ついさきほど、検査の為に別れる前までは、彼は話さなかった。
女性陣が驚いていると、朱赤の彼はそれには介さず、不満そうにティアを振り返って見る。
「あしゅー?」
「そいつは俺じゃねぇ。」
疲れたような、諦めたような力のない声が割り込んできて、朱赤の彼は後ろから見てもわかるように、ぱっと喜んだ。
アッシュが、だるそうに、こちらも検査用の白衣にサンダルといういでたちで、近づいてくる。
「あれ?検査終わったの?」
「いや、小休憩だ。さっき採った血液の分析が終わったら、糖分を取ってまた採血だとよ。」
「わー、注射何回もやだ。」
「子供か。」
と、そこまで言って相手がアニスであることに気がつき、アッシュは小さく、子供だったか・・とつぶやいた。
なんだとーとアニスは目を吊り上げたが、言い返す前に朱赤の彼が再び、つたない口調で、あしゅー、と言ったのでそちらに気を取られる。
「・・・よく聞いてみると、これって『アッシュ』って言いたいんだよね?」
そうみたいだな、とアッシュは言った。
「さっき・・・俺が呼ばれたのを聞いていて、覚えたらしい。・・・ただ、どこまで理解しているのかは謎だが。」
たとえば、アッシュの名前という認識はなく、ただ単に耳触りが良かった、とかそういう理由で覚えたのかもしれない。
アッシュはそう指摘して、ティアに向かってこてん、と首を横に倒している朱赤の彼を示す。相変わらず、彼の口から出るのは、あしゅーだ。
はぁ、と大きなため息をついて、アッシュは言った。
「『アッシュ』じゃねぇ。『ティア』だ。」
「?」
「人には・・・いや、世界のすべてには『名前』がある。アレとかコレでとかの曖昧な表現では、なにを示しているのかがわからないからな。その『名前』を駆使して、人は自分の伝えたいことを相手に伝えるべく言葉を使う。『アッシュ』は俺の名前だ。そして、この女の名前は『ティア』だ。」
きょとん、と見上げる瞳に、辛抱強く話しかけるアッシュに、女性陣は顔を見合わせ・・・お互いに好感を持っていることを確認しあった。
密かにアッシュが面倒だとか言いながら、彼への対応をおざなりにする可能性を危惧していたのに、意外にもきちんと向き合っている。子供を育てる役割はガイが適任だと思われたが、彼の真面目な性格はこういう面でも良い方向に発揮されるらしかった。
以前、おやつと言った時に、彼には意味が通じたことを考えると・・・言葉のあり方は理解していると思われたが、アッシュは念を入れて説明している。その姿は保護者で間違いない。
アッシュの言うことを聞いていた朱赤の彼は、やがてティアに顔を向けた。
一途な瞳で見上げ、ゆっくりと口を動かす。
「てあ。」
「・・・・・!!」
「うおっ・・・。」
「まぁ!・・・なんてことでしょう!」
新しい言葉をすぐに覚えたことの驚きというよりも・・・女性陣の反応は、なんだかお手を覚えた子犬に対して喜んでいる姿によく似ていた。
彼女らは目を輝かせ、いっそ朱赤の彼が怯えるのではないかというほど全員が身を乗り出した。
「もう一度!もう一度呼んでくれないかしら?」
「次は私だよぅ!私は『アニス』だよ?ア・ニ・ス。言ってみてよ!」
「わたくしは、ナタリアですわ。」
その様子を目の当たりにしたアッシュは実際に一歩後ろに引き、ひくりと口元を引きつかせた。
傍からみた感想は、まるで『食われそう』である。
やいのやいのと大勢で囲まれても朱赤の彼に怯えはみえないが・・・戸惑っているのは間違いないようで、時折助けを求めるようにアッシュの方にちらりちらりと視線を寄越す。
それを受けて一度大きく溜息をつき、仕方ねぇなというように、アッシュは女性陣と朱赤の彼の間に割って入るという勇気のある行動にでた。
「・・・とりあえず、だが。」
こいつ、と朱赤の彼を指さす。
「こいつは・・・さっきから髪をまとめて欲しがってるんだよ。誰か結んでやってくれないか?」
「ああ、それで!」
ぱちん、と胸の前で手のひらをうち、ナタリアが納得したという風に笑みを浮かべた。
「さきほど、こちらに背中を向けたのには、そういう訳がありましたのね。良いですわ、やってさしあげますわよ。」
そこで全員が目を剥いてナタリアを見たので、本人もそれを察し、
「・・・ティアが。」
と残念そうに付け加えた。
指名されたティアが、え?私が?などと言いながら、満更でもなさそうに朱赤の彼の髪を結ぶべくブラシを用意する頃には、自分の希望をかなえてもらえると悟った彼は、早くもティアに背中を向けていた。
ゆっくりと、痛くしないようにティアは朱赤の彼の髪を梳く。
上から下へ滑らせるブラシの先を追って、毛先に向けて赤からオレンジに変わっていく髪を眺めているうちに、ティアは不思議な感覚に捕らわれた。
久しぶり、という感情が胸に浮かぶ。
するりと指をくすぐりながらも、ふわりと柔らかい髪の感触は以前と同じものだ。
もっとも、髪が長い俺様ルークと旅を共にしていた時などは、まだ髪を結んであげるなどできようもない信頼ゼロの関係だったから、この既視感もいい加減なものだと思わざる負えないが・・・それでも彼にはこの、朱赤の髪が似合う、と思う。
以前の真紅の髪をまとっていた時は、意識がルークだった事に間違いないのに、心と体が別々のような反応を示す今の彼こそが、本来のルークのあるべき姿なのだと感じる。
ティアは以前アニスがそうしたように、彼の髪を頭の上の部分まであげてひとつにまとめ、朱赤の色に似合う金色の細い紐をリボン結びにして留めた。
そうすると少しだけ女の子のようなのだが、アッシュから精悍さを抜いた顔立ちは本来の中性的なものが浮き上がって見え、彼にはその髪型がとても似合った。
「おーい。」
「あれ?ガイ?」
見ると ガイが向こうから困ったような表情で手を振りながらやってくる。その後ろをなぜか、同じように複雑そうな顔をしたシュウ医師がついてきている。 アニスはガイに、もう音機関には飽きたの?と聞いた。
「飽きる訳ないだろう!音機関ほどこの世で俺を燃えさせるものはないっ!」
ガイは自慢げに胸を張って主張したが、後ろのシュウ医師が若干引いたのを感じたのか、我に返ったように後ろを確認して、少しばかり赤くなった顔をアニスたちに戻す。そして、苦笑しながら朱赤の彼を見た。
「あ、この子の髪型?」
「似合いますでしょう?」
「か・・可愛いくって良いんじゃないかしら・・・?」
「いやいや、そういう事じゃない。」
ガイの視線を勘違いして女性陣が騒ぐにの、ガイはますます苦笑を深くして腕を伸ばし、こつん、と朱赤の彼の頭を叩いた。
朱赤の彼は、う?とか言いながら、軽く叩かれた頭の上を抑える。
その姿に目を細めながら、ガイは今来た方向を親指で示した。
「駄目じゃないか。研究者たちが、あっちでいっせいにお昼寝してるぞ。」
「え?どういうこと?」
「日頃の疲れが溜まっていたとかですの?」
「ナタリア・・・そんな訳ないよ・・・。」
「つまりは。」
ガイは今度は朱赤の彼の頭を、かき混ぜるようにして撫でた。
「こいつ、譜歌を歌ったらしいぞ。検査検査で退屈していたんだろうけど、その結果、研究者たちはコテンと。」
「あ〜・・・。」
「・・おかげで、予定していた検査が明日に持ち越しです・・・。」
恨めしそうというと少しばかり御幣があるだろうが・・・その手の表情を浮かべたシュウ医師が、朱赤の彼を見る。
朱赤の彼の方は、首を傾げて医師を見上げると、うん?というように聞き返した。そんな状況がわかっているのかわかっていないのか(たぶんわかっていない)罪のない顔をされると、シュウ医師も怒る気にもならないらしく目元を細めて、仕方ないですけど、と苦笑を漏らした。
「調度良い。」
思ったよりも肩の凝る作業だったとみえて、首を回しながらアッシュが言う。それは本音だったのだろうが、流れ的に朱赤の彼の援護のような発言となって、空気を和ませる結果にもなった。
「ところで、あんたに聞きたいことがあるんだが。」
アッシュは言い、シュウ医師に向き直った。
シュウ医師は、いきなり自分に何の用事だろうと警戒心を抱いたのか、表情を引き締めて、アッシュに答えた。
「はい・・・。なんでしょうか。」
「この研究所に、リグロが現れた時に、ヤツは本当になにも持っていかなかったのか?」
「研究結果を盗まれてないか、という事ですか?」
「研究結果とは限らないが、なにか関係のないと思われるようなものでもなんでも良い。ヤツはわざわざスピノザを訪ねてきたんだろう?それなのに、あんたにドロシーの身内かと聞かれて、それだけで逃げ出すってのも、妙な話だ。」
「ん?それは、つまり・・・リグロはなにか、目的のものを手に入れたから、スピノザに会わずにいなくなったんじゃないかってことか?」
アッシュの言わんとすることを察して、ガイが確かめると、アッシュはそうだ、と頷いた。
すると、シュウ医師はたいして考える時間もかけずに答えた。
「それが目的かどうかはわかりませんが・・・。私からお渡ししたものならありますよ。」
「え!?」
それに驚いたのは、一同だった。
「え?シュウ先生、リグロになんかの研究結果、渡しちゃったんですか?」
「まぁ・・・そのような話、前回では。」
「いえいえ、研究には関わらないものです。」
シュウ医師は、騒ぎ出した女性陣に慌てたように否定した。
そして、リグロに会った時のことを順序立てて、話し出す。
「・・・私がリグロ氏にお会いした時に、ドロシーの身内かと思ったのは・・・そもそも彼の方から、ここに連れてこられたレプリカの女の子を知らないかと聞いてきたからなのです。」
「あれ?リグロはスピノザを訪ねてきたんじゃ?」
「ええ。確かにスピノザへの面会を希望していました。ただ、その時スピノザは無菌室に入って作業をしている最中でして。数週間かかって培養していた組織の様子を見に行っていたところだったので、戻ってくるにも時間がかかる。それで、少し待ってくれるようにお願いしていた時、私が医者だと気がついたようで。」
「それで・・・?」
「レプリカの女の子の診察をしなかったか、と。そう尋ねられたので、身内の方か聞くと、そうだと言う。それで、彼にはドロシーの診察結果について聞かれるままに答えました。」
「リグロは何を聞いたのです?」
「特別に変わった質問はありませんでしたよ。皆さんにしたのと同じような事しか私も答えていません。誰に聞かれても結果は同じですしね。」
相手によって結果が変わるような怪しげな検査はしていない、という意味合いの言われたように感じた一同だったが、別段シュウ医師には他意はないようだった。
「それで、渡したというのは・・・。」
「ドロシーのデータです。」
「・・・データ?」
リグロはドロシーの身内なのに、なんで今更?という疑問が一同の顔に出たらしく、シュウ医師は笑って、そう思うのも当然ですね、と同意してくれた。
「しかし・・・ドロシーが住んでいた研究所はなくなってしまった。それは皆さんに聞いて私も知っていました。そして、もともと保管してあったドロシーのデータは失われてしまったということでしたので、今後の彼女の容態に変化が現れた場合、なんらか措置ができれば、と私の方から申し出ました。」
リグロはそれはそれは喜んでいたという。
その様子を見て、本当に姪御さんのレプリカが可愛いのだな、とシュウ医師も感じたそうだ。
「ドロシーのデータ・・・。」
「うーん・・・。」
そうだとして・・・リグロはドロシーのデータを手に入れたから、用は済んだとばかりにベルケンドの研究所からいなくなったのだろうか。スピノザとの面会を放り出して?
「いやいや・・・スピノザとの面会が駄目になったのは、じいさんがリグロ氏に疑いの目を向けたからだろう?」
ガイが言うと、ああそうだった、と一同は思い出した。
「けれど・・・だったら、リグロはスピノザに会ってなにを?」
スピノザに会ってなにを聞きたかったのか。
おおよそには、レプリカに関することだろうという予想はついているが・・・ならば、スピノザから話を聞かずに撤退して、それでリグロの目的は果たせるのだろうか。
「大体、そもそもさぁ・・・。」
アニスは言いかけて言葉を切ったが、それに続く言葉はわかっている。
そもそもなぜ、リグロはマルクト軍に押し入ったのか。
もしくは・・・なにをしたかったのかが、依然として皆目見当もつかなかった。
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