34.

 

 

 

 

「たとえば、の話だが。」
 アストンが答えるよりも前に、アッシュが口を開く。
 人に質問をしたにも関わらず、答えを聞く前に先に話を進めようとするのは、なにか自分も心当たりがある人間の確かめる為の行動であることが多い。
 この時も全員がそれを感じ、黙って、アッシュの顔を見つめる。
「会話の中で、これは理解していないな、といったそぶりは?」
「なかったの。」
 たいして考えもせずに即答したので、アッシュは少しだけ眉を顰めたが・・・それが自然な会話が成立していた為だと解釈したようだ。
 質問を続ける。
「研究者であるお前の話が、どこまで及んだかは知れないが、スターの話になった以上、まるっきり触れなかったという訳でもあるまい。・・・それに対しても、別段困惑した様子もなかったのか?」
「その通りじゃ。」
 アストンは答えた後、はた、と思いついたように、お前たちあの子らの知り合いか?とそこで初めてその質問をした。
 知り合いといえば知り合いだが、親しい間柄でもないとそっけなくティアが説明すると、なにかを感じたらしいがアストンは、そうか、とあいづちを打ったが、それ以上は追及しなかった。

「なんだか・・・心当たりがあるみたいね?アッシュ。」
 それまでのアストンへの質問の内容を聞いて、ティアが訊ねると、まぁな、とアッシュが言う。
「もともと、あの女は"ハレルヤ"の身の回りの世話をする係だったからな。今思い出せば・・・確かに、レプリカらしからぬ言動も多かった。」
「たとえば?」
「なにが、というのではない。説明するとすれば、今のアストンの話と同じになる。あの女は2年かそこらしか生きていない人間には不自然な気がする。そういう事だ。」
「つまり・・・教団の中で一緒過ごした日常で、なにかの不便を感じたことがないってことかい?」
「そうだな・・・。それ以外にも、そう・・・預言やユリアに関しても十分に理解ができていた。人よりも特別詳しいって訳じゃねぇ。だがな。レプリカは預言が廃止されると同時に世に出てきている。それなのに預言を理解している・・・それが世界に蔓延していたという事実も、そうなった世界の情勢もよく理解していた。なくなった世界に誕生した者からみれば、預言は理解し難いものの気がするんだが。」
 それに対しては、アニスが唸る。
「そうかもだけど・・・。そういう世界だったといえば、そういうものと納得できるんじゃない?現に、フローリアンは・・・って、駄目か。比較できないね。」
「そうだな。そもそも・・・フローリアンは預言士だ。」
 同じレプリカでも預言士ともなれば、預言がなんたるかは、一般人よりも理解しやすいだろう。それでは、一般的なレプリカの反応との比較にならない。
「つまりアッシュは、アムラジェは私たちと同じように、かつて預言のあった世界に生きていた・・・そう思うと言うのですね?」
 ナタリアに尋ねられ、アッシュは、頷くことで返した。
「第一・・・生まれたばかりのレプリカってのは・・・これはかつての俺のことだが・・・生まれたばかりのレプリカだと思われていた"ハレルヤ"の世話を、レプリカができるというのも解せん。図体の大きい赤ん坊みたいなものの世話ってのは、相当大変なんじゃねぇのか?」
 この問いは、アッシュからガイに向けられたものだ。
 むろん、この中にレプリカを育てた経験があるのはガイしかいない。
 そう言われて、ガイもはっとしたように同意した。
「そりゃそうか。たとえ、世界の常識を得ていたとしても、子供の世話は特殊だ。子供だった俺がルークの世話をしてこれたのだって、別段俺ひとりの力じゃない。ペールはもとより、子供のいるメイドや料理人や・・・その他にも色々と助けてくれる人がいたからだ。そうでなければ、とてもとても・・・。」
「つまりは、アムラジェが2年しか生きてないレプリカだったとしたら、とてもひとりで"ハレルヤ"の面倒を見れるとは思えないってこと?」
 アニスは言って・・・少しだけ考える。たぶん、フローリアンと自分に置き換えて考えているのだろう。
 やがて、ふるりと頭を振ると、しっかりと視線を合わせてアッシュに頷く。
「そうだよね。なんで今まで気がつかなかったんだろう。確かに、2年しか生きてないレプリカに、生まれて間もないレプリカの面倒は無理。ましてや・・アムラジェは教団の業務もこなしていたし。」
「・・・となると、結論としては、アムラジェは人間ってことね?」
 ティアが全員の意見をまとめると、それならアストンさんと意見も納得ね、としめた。

「しかし・・・そうなるとますますアムラジェとドロシーの結びつきがわからなくなるなぁ。」
 とガイが、顎のあたりをさするようにして言う。おそらく思案しながら話す時のガイの癖なのだろう。
「これまでは、アムラジェがローラ博士のレプリカかもしれないってことで、なんとかふたりの関係性を理由づけてた訳だろう?それが覆ったとなると・・・。」
「それは、間にリグロが入ることで繋がるんじゃない?」
 アニスが言う。
「どこでとかはわからないけど、リグロとアムラジェが知り合いだったなら、アムラジェとドロシーが一緒にいたのも納得でしょ。リグロはベルケンドへスピノザを訪ねて行って、その間ドロシーはアムラジェが預かってたってことなんじゃないかなぁ?」
「それは確かに辻褄があうけどな。そうすると・・・今度は、リグロとアムラジェがどこで知り合ったかという謎が出てくる。」
 なにしろ、片やひきこもりの研究者、片やこれまたダアトからはほとんど出ない教団員だ。
 ふたりが知り合うきっかけなどなかなかあるものではない。
「もしかしたらふたりは、アムラジェが教団に入る前で、しかもリグロがウィザードになる前からの知り合いなのかもしれないわ。」
 ふと思いついたといった感じで漏らした言葉だったのに、それに対して全員が、はっとしたようにして彼女を見た為、ティアは自分でもびっくりしたようだった。
「ふたりが・・・昔から知り合い。」
 確かにありそうだとガイが思っている横で、アッシュもティアの意見に同意する。
「その線を追うのなら、リグロの過去を探るべきだろうな。」
「お。本来の目的に戻ってきたな。」
 ガイが言うと、アッシュとティアは同時に怪訝そうな顔をした。
 その顔を見て、忘れてるのか?とガイは苦笑する。
「アムラジェはいったん置いておいて、ローラ博士を調べようって言ってたじゃないか。」
 グランコクマでジェイドと交わした会話を持ち出すと、そうだったーとガイの後ろからアニスの声がして、振り返ればナタリアも恥ずかしそうに笑みを浮かべている。どうやら、全員が完全に忘れていたらしい。
「そ、そうだよねー。リグロを調べるなら第3施設だもん。一緒にローラ博士のことを調べよう!」
 取りつくろうアニスに、ガイは笑みを浮かべたが、水を差すように唸ったのはアッシュだった。
「・・・だが、リグロの過去を調べようにも、奴に関する情報がなさすぎる。もしかしたら、ウィザードに参加する前はシェリダンかベルケンドに所属しているかもしれないが・・・。」
 そこで、アッシュはちらり、とナタリアを見た。
「・・・確かに、シェリダンやベルケンドに所属する研究者は、過去のものも含めてキムラスカで把握してますが・・・。」
 ふたりの帰還を知らせまいとしている以上、キムラスカの記録は頼れない。
 そうかー・・とアニスは肩を落とす。
「うーん。キムラスカ以外で、ふたりの過去に関連している場所でもあれば調べようがあるんだけど・・・。」
「そうか!その手があった!!」
 状況の膠着を感じる空気を打ち消すように、ぱちん!と指を鳴らし、ガイが声をあげる。
 全員の視線を一身に受けてガイは、以前話したことがあっただろう?と言った。
「音機関好きの間で有名だった、い組とめ組ふたつの争いは、大学時代からだって。」
 そうだったよな?とガイに聞かれ、アストンは懐かしそうに目を細めて頷いた。
「大体、譜業にしろ、譜術にしろ・・・研究機関に所属する研究者たちは大概、大学卒業後、推薦で入ってきているもんなんだ。」
「大学・・・。同じ学び舎で共に勤勉に励んだものたちが、そのまま研究機関に所属するのですね?」
「例外ももちろんいるがね。」
 ほらジェイドとかさ、とガイは言った。
「だけど、ジェイドやディストのような幼い頃から独自の論理を展開していた天才は相当の例外だ。最初は素人で・・・少しの知識しかないところから学校でそれを広げていった。だから、大抵の研究者は学校を出ているのがほとんどだ。」
「そうか!大学を調べれば良いってことだね!」
 流石ガイ!とぱちん!と手を打ってアニスが歓声をあげた。
 ガイはその通りと頷き、
「しかも、リグロのようなエリートが所属していたとなると名門と言われる大学だろうと推測できる。となれば・・・ひとつに限られているよ。」
 もちろんリグロがジェイドたちのような例外である可能性がなくもないが・・・一応の手がかりとみて良い。
 一同は早速、かつてアストンやイエモンたちが学んだというその大学を訪ねてみることにした。

 


 その大学はキムラスカ領内にある。
 大きな町であるにも関わらず、あまり有名ではないのは、大学都市と言うにふさわしく勤勉に励む学生以外に滞在する者が少ないからだ。旅人が物資を補充するにも街道からは離れているし、観光客などもちろんいない。町中には学生が生活する為に必要な生活用品を置いている店しかない。

「へー・・。大きな大学があるからには、もっと拓けているイメージだったんだけど・・・。みてくればっかり大きな田舎って感じだよね。」
 アニスの感想に、なんだそりゃとガイは苦笑したが、
「・・・まぁ、譜業や譜術に、あまり関係のない一般市民は一生訪れることはない場所だからね。」
 とフォローした。
「それにしては、警戒が厳重な町というイメージもあるけど?」
 頑丈に造られた高い塀を見上げながらティアが言うと、
「それは当然ですわ。譜業譜術の知識を持つ者は、国の宝ですもの。」
 とナタリアが答える。

 

 

 まさかナタリアが名乗る訳にもいかず、訪れる為の手続きが面倒ではあったが、マルクト貴族というガイの身分をここで活用した。入ってしまえば、町の中は平和で穏便な空気が流れていた。
 大学では、学生の為の研究室等は関係者以外立ち入り禁止だが、それ以外は比較的に見学者に対しての規制が緩い。
 そもそもが学びたいと思う者に対しては寛容であるし、幸いなことに一同は調度、学生世代だ。アニスこそ年齢が達してないように見えるが、幼い時から勉学に励み学生になっている若者も少なくないから、特別に注目を集めるということもなかった。
 むしろ、問題なのは。

「おーーー!あれを見ろよ!一世を風靡した譜業着火装置の最新型だぜ!あの着火装置の出現によって軍艦や軍船のエンジン、はては家庭の暖房まで急激に進歩したと言われているんだ!すいませーん!これは旧式とはどこが違うんですかー?」
「ちょっと、ちょっとガイーーー!?」
「もうっ・・・そんなことしている場合じゃないのに・・・。」
 音機関に関するといつものこととはいえ、アニスもティアも目を白黒させて暴走するガイを追う。
 ナタリアとアッシュと言えば、ガイに呆れている暇もなく、こちらも珍しいものを発見すると目を輝かせて突進をかまそうとする赤毛の彼を抑えつける役目に奔走していた。
 そんなこんなで、暴走するふたりを引きずるようにして、一同は大学内の図書館を目指した。
 図書館には、過去在学していた学生の名簿が保管されており、それを手分けして調べることになっている。

「・・・と言っても、ローラ博士やリグロが在籍していたのが何年ってはっきりわかっている訳じゃないでしょ?」
「そうだな。大学ともなれば、学生たちの年齢もばらばらだ。リグロの年齢と研究所所長という肩書を考えて、あたりをつけるしかないが・・・結構な量になる。」
「ローラ博士に関しては、ドロシーの年齢を引いて・・・大体、10年前から20年前の間かな?」
「けどけど、学生時代にドロシーを産んでる可能性もあるよね?」
「そうなると、10年前後も範疇か・・・。」
 長丁場になる予想に全員はまず溜息をつき・・・それから、覚悟を決めて名簿を借り出しに向かった。


 しかし、事はそう簡単に進みはしなかった。
 名簿には確かに顔写真が掲載されているが、悪いこと専攻した学科によって細かく分類されての記載であった為、思っていたよりも時間がかかった。リグロにしろ、ローラ博士にしろ、彼らがどこの科に在籍していたかがわからない以上、しらみつぶしにあたるしかない上に、掲載写真も小さく、一同はほどなく目の痛みを訴えたり、凝った肩をほぐしたりしなければならなかった。

「あーーーそろそろ限界!調度良いから、子守を変わってこようっと。」
 アニスが言い、名簿が高く積まれた机から立ち上がる。
 そのまま向かうのは、赤毛の彼の元だ。
 赤毛の彼といえば・・・当然のことながら、ここでは蚊帳の外だ。
 一緒に調べものができない子供に、皆は今忙しいからひとりでおとなしく待ってなさい、と言ってすむなら苦労はない。最初はティア、次にガイ、そして現在はナタリアと、一同は順番に赤毛の彼の元に行き、目を離すとなにをしでかすかわからない子供の遊び相手をしている。
 唯一、赤毛の彼に無関心なのはアッシュで、長時間の調べものの間に、何度か席を立つことはあっても、それで朱赤の彼を気に掛けるということはない。朱赤の彼の方は、アッシュが立ち上がる度に、まるで耳をたてる子犬のように期待に満ちた目でアッシュを見るものだから、それに気がついた面々は可哀想に思うやらなにやらで、なんだかいたたまれない気持ちになった。
 今回もアニスがわざと声に出して、朱赤の彼のことを示唆したというのに、アッシュは気にも止めずに、目の前の名簿に没頭している。
 こいつ後で絞めてやろうか・・とアニスが思いながら近づいていくと、朱赤の彼はアニスの顔を見て嬉しそうに笑い・・・それから、その視線は後ろへと移った。
 つられてアニスが振り向くと、
「・・・昼飯にするか。」
 眉間に皺を寄せ、アッシュが言う。
 さらにその後ろでは全員が机から立ち上がり、溜息をついたり、伸びをしたりしている。
 全員の集中力もこのあたりが限界だろう、ということだろう。
 朱赤の彼は、にぱっと笑い、
「メシー!」
 と騒いでいる。
 静かにしろ、とその頭をアッシュが掴んでも、かまってもらっている嬉しさからか、きゃっきゃとますます騒ぐので、意味はなかった。


 
 
「さて、なに食べますかね・・・。」
 大学内には食堂もあるが、もともとが部外者な為大手を振って使うのは憚られる・・・という理由から(別に気にしなくっても良いと思うけど、というのはアニスの意見だ。なにしろ学食は安い)一同は一度大学敷地内から出ることにした。
 ガイが事前に調べた情報によると、高級レストランなどはなくても、学生の町らしく安くてボリュームのある食事を出す店が多くあるそうだ。
 そんな会話をしていると、ここぞとばかりに朱赤の彼が割り込んできて、
「オムライスー!」
 と叫ぶので、ティアとガイは顔を見合わせて笑った。
「本当に少しずつ・・・色々なことを学習しているのね。」
「オムライスの名前を覚えたこととかぁ〜?」
 とアニスがからかうと、ティアの方が頬を染めた。
「自己主張を覚えたことが、よ!」
 するとそこで、朱赤の彼が、シュチョーとティアの言葉を真似るので、一同は顔を見合わせて笑ったが・・・その時に一瞬、一番後ろを歩いていたアッシュが、目を細めて口元を緩ませたのに気がついた者はいなかった。


 メニューにオムライスがある店を探して歩いていると、突然、アッシュの足が止まった。
「どうした?」
 気がついたガイが声をかけると、アッシュは斜め後ろに気を取られているようだった。
 ガイがその方角を見ても、別に変ったところはない。待つ角でなにやら意見を交わし合っているらしい勤勉な学生と町行く人、花屋が見えるだけだ。
 ガイが怪訝そうに近づいてきたのに気がついて、アッシュは顔の位置を戻した。
「いや・・・。」
 なんでもない、とアッシュは言ったが、なんでもないということはないだろう、とガイは思う。
 この男は軍人で、人や魔物の気配には敏い。だからアッシュがなにか気にかかるというのなら・・・なにかあると思って間違いない。
「本当に、なんでもない。」
 ガイの言葉に、アッシュが苦笑して答えた。
「・・・なんとなく、気になることがあったんだが・・・そうと確信する前に消えちまった。また思い出したら言う。」
 行くぞ、とガイの肩をぽん、と叩き、3メートル先でふたりを待っている仲間の方へと歩き出すアッシュに、そうか、と返事をし・・・ガイはその時はじめて、苦笑とはいえ、アッシュが笑うのを見た、と気がついた。


 

 
 
 子供のような彼だが、歩くということを覚えていたように、食べ方を忘れているいうことはなかった。
 なにかこぼしたりした時にフォローしようと、左隣に座ったティアの出番はなさそうだ。
「やっぱり・・・食べ方もルークとそっくりですわね。」
 その姿を見ていて斜め前に座るナタリアが言った。
 籠の鳥でも貴族として育ったルークは、食事の仕草が美しかった。やんちゃな子供のように散らかしながら食べるようなことはなく、世間知らずな彼を連れて歩いていた過去も、食事をする場などで恥をかいたことは一度もない。むしろティアなどは、旅をはじめた当初、自分の方が粗野に見えることを気にして、ルークと一緒に食事をするのをためらったことすらある。
 ところで、彼の対ともいうべきアッシュは、フライドチキンを手づかみで食べていた。
 たしかに手づかみで食べてもおかしくないメニューだが、かつての彼がなにもかもを遜色なくこなしていたことを思うとナイフとフォークで綺麗に食事しそうなものだと、ガイが意外な気持ちで見ると、その視線に気がついたアッシュが、
「軍隊にいたら、食事の流儀なぞ不要だろうが。」
 と、マナーなどとうの昔に忘れた、と言い放った。
 そうなのか、と相槌にもならない返答を返した後、ガイが
「でもまぁ・・・。お前は昔から起用だったし、すぐに思い出すだろう。」
 と言うと、アッシュが噛み千切ろうとしていたチキンを下ろして、ガイの顔を見る。
「・・・思い出す?」
 なにがだ?と怪訝そうに言われ、ガイは会話が噛みあってないことに気がついた。
「え?なにって・・・食事のマナーの話、だろう?」
「そうだが・・・。なぜ今更、思い出す話になるんだ?」
「えっと・・・。」
 おかしいのは俺なのか?と、あまりに意外そうなアッシュの顔を見ながら、ガイは自分で疑問に思った。
「ファブレのお屋敷に帰った後の話だよ。今忘れていても、また思い出すさ・・って言ったつもりだったんだが?」
 その時のアッシュの顔。
 驚いたというよりも、なにを言ってるんだ、と言わんばかりのある種、凶悪な顔を見た途端、ガイは察した。
 アッシュは・・・事が収まった後も、キムラスカに帰る気などないのだ。
「お前・・・。」
 ガイが、そのことを詰め寄ろうとした時、左隣の朱赤の彼がいきなり身を乗り出した。
 ぎょっとして見れば、椅子から立ち上がり、目の前のアッシュに向かって「チョーダイ!」と言う。
 オムライスを食べただけで満足かと思いきや、アッシュの食べていたフライドチキンも気になるらしい。
 アッシュはといえば、ものすごく嫌な顔をした。
「人のものを欲しがるな!自分のものだけ食え!」
 行儀が悪いとかいう問題ではなく、そういう馴れ合い的な交流が嫌いなアッシュが、声を尖らせて突き放したというのに聞きはしない。
 ちょうだい、ちょうだい!をくれるまで連呼する朱赤の彼に、とうとうもうひとつ、フライドチキンを注文する羽目になった。・・ちなみに、そんなことを説明しても待てやしないので、新しくきたフライドチキンは、自分の食べかけを取られたアッシュの為にだ。
 そして、アッシュは凶悪な表情で、お前たちはこいつに甘すぎだ!と本気で怒るのだった。


 食後のお茶を飲んで寛いでしまうと、作業の続きがおっくうだとアニスが嘆いた。
「あーあ。また肩の凝る作業に戻るのかー。こうぱぱっと検索できる方法とかないのかなー。」
「無理じゃないか、それは。」
 初め、全員は、大学に設置された検索機能を利用しようと思ったのだが・・・。
「大学では、過去5年までに在籍していた学生の分しか検索用のデータは残してないというし・・・。それ以前のものは、だから名簿なのでしょう?」
 大学はセキュリティの観点から、あまりにも膨大な個人情報を保有することを良しとしない為、過去5年分の検索しかできなかった。ドロシーの年齢から考えて、5年以内にローラ博士が学生だったとは考え難い。

「検索・・・せめてリグロかローラ博士の研究論文でも見つかれば、簡単ですのに・・・。」
 はぅ、という感じで溜息をついたナタリアだったが、え?と全員がその顔に注目する。
「研究の成果は国の管理ですから、何年前のものであろうとも必ず記録が残っている筈ですわ。ですから、研究論文が見つかれば彼らがどの年の、どの科に在学していたか分かると思うのですけれど・・・。」
「ナ・・ナタリアぁ〜〜〜。」
 アニスが情けない声を出すので、ナタリアはびっくりしたように、え?なんですの?と目を丸くした。
「なんでもっと早くその話をしないのかな、君は。」
 ガイが苦笑して、ナタリアを見る。
 個人を膨大な名簿から探すのは大変な作業だが・・・"研究成果"から割り出すという手があった。ガイがそう関心するとナタリアは、でも・・・と目をぱちぱちとさせた。
「ですが、なんの研究をしていたのかわからないのに、論文だけ検索できるものですの?」
「だから研究を検索するのではなく、論文を検索するんだ。」
 アッシュが言う。
「どの科に所属していた誰であろうと関係なく、研究論文を発表した者を探す。ウィザードに在籍していたほどの科学者だ。学生時代にも、必ずなにかしらの成果をあげている筈だ。」
 どの研究を専門としていたかわからない以上、時間がかかることに変わりはないだろうが、それでも光明を見つけたような気がして、全員が明るい顔になった。

 

 

 名簿を探すのにかかった時間はなんだったのかというくらいにあっさりと、論文をあげた研究者の中にリグロの名前を見つけ、一同は逆に拍子抜けしてしまった。
 論文が残っているかもと言い出したナタリアなどは、口元に手をあて、あら・・・と言ったまま言葉を紡げなかったくらいだ。もっと早く気がついていれば良かったのに、という空気が読めるほどには、ナタリアも世間慣れしてきている。

「・・・それにしても、だ。」
 リグロの論文を読みながら、検索画面に頬杖をついたアッシュの顔は、難しげだ。
 意味わかるか?とガイがその横から覗き込むと、詳しいことはさっぱりだ、と言いながら顔をあげる。
「ざっと見たところ・・・リグロの研究は、レプリカには一切関係なさそうなんだが・・・。」
「全然か?」
「ああ。フォミクリーどころか、第七音素にも関係ない。現在の音機関から遡って、創世記時代の音機関に関する研究がテーマだ。」
「音機関・・・。」
「どちらかといえば、ヤツは譜術ではなく、譜業が専門だな。」
 ディストのように、譜業を専門としている者もフォミクリー研究に関係がないとは言えないが、しかしレプリカ研究にはジェイドのように譜術に長けた者の知恵が不可欠だ。
 それは同感だったので、ガイはうーんと唸りながら、がしがしと頭を掻く。
 ふたりは一瞬だけ、同じようなことを考えたが、意見を擦り合わせるようなことはしなかった。
 気を取り直したように、それでリグロの在学期間は・・・と名簿から探し出すべく、割り出しにかかる。
「論文が発表された年から考えると・・・13〜15年位前、かな?」
 それくらいだろうな、とアッシュが相槌をうつ。
「同じ頃の期間に、ローラ博士も在籍してくれたら良いんだけど。」
 だが、ほどなくしてそちらも判明した。
 ローラ・ゲイルの名前も研究論文の中に見つけたからだ。


「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

 割り出した年代からローラ・ゲイル博士の顔写真の載った名簿を覗き込み、全員が沈黙する。
 やっぱりな、と言うべきか、ふりだしだな、と言うべきか。そう思いながら、ガイが口を開く。
「まぁ、なんだ。」
 どっちにしろ事実は動かない。
「ローラ博士の顔が分かっただけでも進歩というべきじゃないか?」
「でもでも、それでなにが変わった訳でもないよぅ。」
 アニスが言う。
「むしろ、別の顔だった方がマシってもんじゃないの?これじゃ結局のところ、進んだのか戻ったのかもわからないもん!」
 そう思わない?とアニスは、筋違いだとわかっていながらも、アッシュに詰め寄る。
「あんたとルークほども違わないじゃん?もうこの顔ってば、アムラジェそっくり!!というか、まんま!これで、アムラジェがローラ博士のレプリカじゃないっていうんだったら何?ローラ博士が年を取らずにアムラジェを名乗っているとでも言う訳〜?」
 ぷくぅと膨れたアニスの頬に、アッシュは肩を竦めてみせた。


 


 

 



 

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アッシュとガイが少しずつ距離を縮めていってますなー。
 


 

(’13.05.20)