リグロが他になにか企んでいないとも限らないし、彼女が多少なりとも譜術が使えると解った今、関係のない民間人が巻き込まれる可能性があることは、避けるべきということもあり、全員がリグロたちを連れてきたのは、彼らの泊まっていた宿ではなく、ジェイドが乗ってきたタルタロスの中だった。

 タルタロスの中はというと、グランコクマに押し入った賊を捕まえたとあって、まだ多くの兵が臨界体制を取っていた。

 

 

 


 36.

 

 

 

 それに気がついたきっかけは、そもそも何故、アムラジェがアッシュをレムの塔に置き去りにしたのかということを議論した時だった。
 まだ覚醒をしていなかった頃、アッシュは一度アムラジェから離れているが・・・それは無意識にルークを探しての行動だったということは本人の口から語られている。しかもその後、アムラジェを探してダアトに行ったということも。
 それを聞けば、両者の関係は良好であり・・・アムラジェのダアトでの"ハレルヤ"への献身的な態度は嘘偽りのない姿であり・・・ならばどうして、アッシュをひとりにしたのか。
 あの時のアッシュは、まだ子供同然であったのだ。それをひとりにするなぞ。

「だからむしろ、普段からアムラジェが彼の安全を図る為に、自分と離れていても・・・彼の居場所がわかる。そういう仕掛けがを事前に施しているのかもしれない、そう思った訳です。」

 その前提で調べてみれば、アッシュの爪に譜術の痕跡がある。それは本当にわずかな傷で、アッシュ自身戦闘中に軽く爪をひっかいた、くらいの意識でしかないものだったが・・・一度そうと知ってみれば、明らかに人為的で周到なものであった。これがマニキュアのような薄い膜でできてでもいたならば、アッシュはその違和感ですぐに気がついただろう。
 しかし、施された場所が場所だ。あまり長い間の安全を約束できるものではない。爪が伸びて、すべて切られてしまえば譜術の効果もなくなる。ふたりが色々なことに焦っていた原因の一環はここにもあった。


 目の前で説明をされながらも、まるで視線をあわせたら負けだとでも言うようにリグロも・・・アムラジェも顔を上げない。完全なる黙秘を貫く覚悟を見てとれて、ガイなどは面倒臭そうに溜息をついたが、ジェイドは一向に気にする様子がなかった。

「だから、彼に注意を促した訳です。周囲で、なにか見張られているような気配を感じたら・・・貴方がたが近くにいる可能性が高いと。」
 だから、罠を張った。
 昼間、朱赤の彼に本を与えたという女性が黒髪だったという証言を得た時、彼らはそれがアムラジェであると踏んでいた。
 
 アッシュが、ジェイドに代わる。
「"ハレルヤ"だった時の俺しか知らないから思いもよらなかったかもしれんが、俺はこれでも軍人だ。人の気配には敏い。・・・昼間、視線を感じた時にすぐにお前だとわかった。」
 お前と、リグロを示した後、アッシュは横の女性を静かに見た。
 長きに渡り面倒を見て貰った。その間、ひどい目にあわされた記憶は一切ない。むしろ本当に親身になって世話をして貰った。その事が思い出され、アッシュの声から敵意が消える。
「・・・久しぶりだな、アムラジェ。ずっと・・・世話になったな。その事に関しては礼を言う。」
 すると、はじかれたように、アムラジェが顔を上げた。
 信じられないといった驚きの表情はやがて、探るようにアッシュの顔を見上げてくる。
 そして、ティアの横で大人しくアムラジェたちを見つめている朱赤の彼を見て、戸惑ったようにもう一度アッシュに視線を戻した。
「けれど・・・でも、貴方は・・・。」

 その態度にやはりな、といった風に溜息をつき、ジェイドが言う。
「説明が必要なようですね。やはり貴女は・・・貴女がたは、間違った前提で事を進めて、その呪縛から解き放れていない。」
「間違った前提?」
 ふん、とリグロが鼻を鳴らした。どうせなにもかも分かっている口ぶりは、ジェイドのはったりに違いないと思っていることが丸わかりの態度だったが、ジェイドは気にせず、ええ、そうです。とまずアムラジェに向き直った。


「貴女は勘違いをしているのですよ、ずっと。彼は"ローレライ"などではありません。本物のローレライは今も遥か頭上の音譜帯で、七番目の音素意識集合体として彷徨っていますよ。彼は人間です。」
「!?」
「動揺するな、どうせ何もわかっていない。」
「わかってないのは貴方ですよ。」
 ジェイドが冷めた口調でリグロを正す。
「そもそも貴方がたは2年前の騒乱の事をなにも知らない。当事者でないのですから、それも当然なのかもしれない。しかし、あの騒乱そのものが彼らを中心に起こり、その傍で見ていた我々から見れば、信じがたい勘違いです。確かに彼は普通の人間で、きちんと親があり、名前があり、それまで生きてきた人生の軌跡もある。」
「俺は"ローレライ"でも"ハレルヤ"でもない。きちんとアッシュという名前がある。」
 ジェイドに代わり、アッシュが言った。
「元、神託の盾騎士団の特務師団長だ。」
「ですが、それなら、彼は?」
 アムラジェが示したのは朱赤の彼だ。
 アッシュが違うというのなら、彼がローレライなのではないかという意図が伝わり、アッシュはそれに首を振った。
「あいつの名は"ルーク"だ。」
 それに、朱赤の彼がぴょこんと反応をした。立ち上がろうとしたがその手をティアに、ぎゅっと握られて大人しく椅子に座り直す。

 まだ怪訝そうにアッシュと朱赤の彼を見比べているアムラジェに対して、ジェイドの硬い声がかけられる。
「そもそも私の方こそ、貴方に問いたい。貴女の事を調べましたが、貴女は2年前レムの塔で生き残り、マルクト軍に保護されていますね。そのまま施設で言葉や生きていくための術を学び・・・1年ほど前からローレライ教団に入団している。」
 え、そうなんですか?といったアニスの言葉は、知らなかったという驚きよりもむしろ、この短期間でよくぞ調べたというジェイドへの賞賛だろう。
「レムの塔の生き残り。なのに何故、貴女は彼を見て気がつかないのです。彼こそがかつてレムの塔で、世界中の瘴気を消すために、一万人のレプリカの命を差し出せと交渉してきた人物なのだということに。」
 はっとしたようにアムラジェが体を起こし、アッシュを見る。
「教団服を着ていなかったからですか?しかも、貴女は教団に"ハレルヤ"を入団させるにあたり、レムの塔で一度だけ見た彼の姿をトリトハイム大詠師に説明している。まったく奇妙なことですよ。かつて目撃した彼自身の身分と姿を使ってつくりあげた詠師は、本人を入団させる為の貴女の嘘だったのですから。」
 ジェイドの話は、アムラジェ本人よりも仲間にこそ衝撃だったようで、全員がえぇ!?とかきゃあとか意味が分からない悲鳴をあげた。

「それが真実だ。俺はローレライじゃない。」
 アッシュが静かにアムラジェを見て言う。今までの話をどこまで納得したものかはしらないが、アムラジェの顔色は血の気を失せ、ただでさえ白い肌はすでに紙のような白さになっていた。
「ローレライはこの地にはいません。彼には第七音素を造り出すことなどできはしない。ですが、貴女がたはそれぞれ違った方向で思い違いをしている。リグロは彼を貴女が造り上げた"ローレライ"だと思い、貴女は彼が地上に降りてきた本物の・・・第七音素の意識集合体である"ローレライ"だと思い込んだ。」
 アムラジェの喉から、ぐぅと声にならない音がなった。それは嗚咽を噛んだものにも悲鳴を飲み込んだものにも聞こえ、アムラジェはそれらを抑える為に一度だけ大きく息をつくと、絞り出すようにして言った。
「そこまで・・・分かっているの。」
「なに?」
 そこで初めてリグロの顔から、それまで澄ましていた表情が消えた。
「それは・・・まさか。彼は君が造った・・・君の研究成果で具現した"ローレライ"ではないというのか?この男の話は本当だと?」
「本当よ。彼は・・・私が、第七音素の調査をしに行ったレプリカの残骸で、彷徨っているところを見つけたの。」
「レプリカの残骸・・・。我々がホドと呼んでいる場所ですね?」
 ジェイドの言葉に、記録には確かにそう記してあった、とアムラジェが頷く。
「はじめはレプリカだと思った。記憶もないようだし、言葉も話せない彼を保護しようと研究所に連れ帰って、体調のことも心配だったから検査をした。そうしたら・・・。」
 そこからは説明されなくてもわかる。
 第七音素でできたレプリカ・ホドに突如現れた人物。それが"ローレライ"と同じ音素振動数だった。
「貴女が思い違いをしたことも、わからないでもありません。この世に"ローレライ"と同じ音素振動数を有する者で、第七音素保有指数からみればまちがいなくレプリカ。そんな人物がローレライ本人でない方がむしろ不自然だ。」
 かつて自分が受けた衝動の大きさを思い出して、ジェイドは大きくため息をつきたい気分だった。
「しかし、彼は間違いなく人間です。ユリアの預言に詠まれ、それによって数々の辛酸を舐めさせられてきた彼にとってはありがたくもないでしょうが・・・奇跡ともいうべきことに。」

 しばらくして、アムラジェはその事を受け入れたようだった。
 その胸のうちに渦巻くものをどうしてか飲み込んだかに見えた彼女は、そうすることで生まれた葛藤で絶望と、一縷の望みが同時に光っていている目でジェイドを見上げる。
「ローレライがこの地にいないのならば・・・それでは・・・もう・・・。」
「ええ。」
 女性の縋るような視線を受けながら、冷酷に状況を話せるのが、ジェイドという男だ。
「大量の第七音素も地上にはない、ということです。新たなレプリカを造ることはできません。」
「そんな・・馬鹿なっ!」
 慟哭したのはリグロだった。目を血走らせ、唾を飛ばして喚く。
「それでは、あの子が死ぬではないかっ!そんなことは許さない!あの子が乖離して消えるなどっ!!あってはならないこと・・・・っ!」
「黙りなさい!」
 ジェイドの激しい叱責がリグロを打つ。
「今まで散々危険に晒しておいて、今更なんですか。度重なる実験を繰り返し、脆くか弱い繋がりしかないレプリカの音素が乖離を早めたのは、一体誰です?それを許容していた貴方が、同罪ではないとでも?」
「う・・あ・・・。」
「手遅れになってから気がついてももう遅い。加害者が、被害者面で悲嘆にくれることなど許されない。本当の被害者であるドロシーに、心の底から詫びる気持ちがあるのですか。」

「それで、今、ドロシーはどこにいますの?」 
 彼らの前に現れたのは、ふたりだけだ。
 ずっと一緒に行動している筈のドロシーの姿は見えない。
 ナタリアの心配の言葉に、がっくりと項垂れたリグロは、そのまま首を前に落としてしまいそうだった。
 くぐもった声が、宿に・・・と答える。
「ベルケンドの宿にいる。」
「まぁ!あんな小さな子をひとりで宿に置いてきたのですか!?」
 非難にも顔をあげず、リグロは悲痛な声をあげる。
「仕方がないんだ・・・。もうあの子は動かせない・・。動かしたら今にも乖離しかねないんだ・・・。」
「そこまで乖離が進んでいるのですか?」
「ただの乖離ではないの・・。音素が暴走している・・・。」
 アムラジェの答えに、ジェイドはどういうことですか?と説明を求める。
「そのままの意味よ。本来、この世の全ての物を構成する音素は配列が決まっていて・・・人ならば、その人自身の設計図となっている。それが・・・急激な変化をしているの。あの子があの子である為の音素は、すべて違う物になろうとしている。」
「え?違う人になっちゃうってこと?」
「・・・人ならば良いけれど、もしかしたら・・・最終的には人ですらなくなるかもしれない。そういう危険を伴った暴走が起こっているのよ。」
「・・そんな・・!」
 その事実に全員がぞっとし、ナタリアは寒さを堪えるかのように両腕を抱え込んだ。

「ひどいわ!そんな残酷な・・!」
「大佐ーなんとかならないんですか?」
 アニスの縋るような声に、
「ドロシーの今の状態を見ていないので、なんとも。」
 とジェイドは冷たく答えたが、いったんその場を離れると、どこかに連絡をしに行った。
「・・・とりあえずは、ベルケンドに向かう事にします。幸い、研究所にはシュウ医師もいる。同行して貰うように手配しました。」
 それで安堵をするには状況が悪すぎることを全員がわかっていたが、一縷の望みをかけるしかない。


「それで?ドロシーを助けたいってことはわかったが・・・。それがなんでレプリカを造ることになるんだ?」
 レプリカを造る為には第七音素が必要だ。不足しているそれを補充する為に、彼女らには"ローレライ"が必要だった。
 そこまでは分かる。
 アッシュに偶然巡り合ってしまったが故に、彼をその"ローレライ"だと思い込んでいたということも。
「ディストと・・・かつてのあんたと同じ発想かい?」
 その問いは、ジェイドに向けられたものだった。

 ふたりの悲嘆は本物であると認めるが、レプリカはレプリカだ。所詮ドロシー自身にはならない。
 それでも、ドロシーのレプリカを造ることで、慰めを得ようとしたのだろうか。死にゆく彼女が生まれ代わったと思い込みたいが故に?
 だとしたらあまりにも自分勝手だ。
 
 ガイの胸の中に、青い炎が立ち上った。
「本当に勝手だな。レプリカだって、きちんと人格を持って生きている。ひとりの人間なんだよ、代替品はきかないんだ。あんたらには所詮レプリカは道具でしかなく、ドロシーに対しても彼女の人格を見るという事が欠けている気がするんだがね。」
 痛烈なガイの言葉が通じたものなのか、アムラジェは少しだけ頷いて、そうかもしれません・・とつぶやいた。
「今、ドロシーが可愛いのは本当です。死に逝くあの子が不憫で、惜しい。どうにかして助けたい。・・けれど、本心では魅力的な実験体だと思っていたことも否めない。心のどこかで偽物だと・・・あの子のせいでドロシーは・・私の産んだドロシーは死んだのだ、と。そう思ってたのかもしれません・・・。」
「えっと?」
 いよいよ本格的に話が噛み合わなくなってきたとアニスは首を傾げた。

 そもそもから、なんだかおかしいと違和感を感じてはいたが、誰もそれに対してつっこまなかったので、自分だけかと思っていたのだが・・・やはり話が変だ。 
 アムラジェがドロシーを産んだ?被験者のドロシーを?


「え?つまり・・・アムラジェは、ローラ・ゲイル博士なんですか?」
 やはり違和感は全員が感じていたらしい。アニスが言うと、それを皮切りにしたように、次々と同じように疑問を口にした。
「どうして?年が違いますよね?」
「待ってくれ。それはおかしい。だってアムラジェは1年以上前から教団に属していたんだろう?それに・・そもそもレプリカじゃなかったのか?レムの塔の生き残りだって。」
 そうだ、とガイの言葉で全員が、はたと気がついた。

 アムラジェは2年前のレムの塔の生き残りだとジェイドが言ったではないか。
 それなのに、被験者のドロシーを産んだローラ・ゲイル博士だという。
 
「入れ替わったのか?」
 だったとしても、ローラ博士が、2年前のレムの塔で見たというアッシュの記憶を持っている理屈がわからない。
 混乱している一同に、ジェイドは追い打ちをかける。
「そうですね。やはりアムラジェはローラ博士のレプリカで・・・ふたりは別々の人間です。入れ替わりなどではありませんが、ふたりの人生はある時をもって一緒になった。そう考えるしかない。」
「おいおい・・・どういうことだよ?」
 まるで意味がわからないぜ、とガイが眉を顰めると、はじめは私もわかりませんでしたよ、とジェイドは答えた。
「ですがグランコクマに戻った後、アッシュと彼のことを調べているうちに、ふたりとアムラジェの間にある共通点を見つけたのです。それはおそらく、今の時点ではこの3人しか持ちえない共通点です。それによって、ある仮説がたった。」
「共通点??」
 ええ、とジェイドは言った。
「元素を結合させているのは全て第七音素であるが、それ以外の音素も保有するレプリカ、という点です。」
「それは確か・・・アムラジェの体質の・・・。」
 その事で、アムラジェがレプリカか否かという議論をトリトハイム大詠師としている。
「そういえば・・・"ローレライ"が、同じ体質って話じゃなかったか?」
 つまり、そうなると"ローレライ"であるアッシュも同じということになる。
 今更ながらに思いだしてアッシュを見ると、本人は、俺に聞かれても知らねぇよ、と自分のことなのに専門外だと発言した。
「ええ。間違いなく、アッシュも同じ体質でした。そして・・・あの子も。」
 あの子とは、意味がわかるかのように真剣に皆の話を聞き入っている朱赤の彼で、全員の視線がそちらに向いた途端、彼はびっくりしたように反射的にティアの後ろに隠れた。
「あの子も・・・アッシュと同じ体質ってことか?」
「ええ。ほとんどが第七音素ですが・・・それは全体の93.6%に過ぎません。彼はその他の音素も保有している。」
 それがどういうことかわかりますか?と問われたガイは、「わかる訳ないだろう・・・専門家じゃないんだから。」と少し情けないと思いながらも、白旗をあげる。

「レプリカは生まれた時・・・間違いなく第七音素だけで構成されています。それ以外の音素を含んで生まれると・・バランスが取れずに暴走する。」
 かつて、ジェイドが初めて造ったレプリカのように。
 ジェイドは赤い目を一瞬眇めたが、なにを思い出したかを悟られないように、話を続けた。
「だとしたら、彼らはどうして他の音素を有しているのか。生まれた時には持ってなかった筈の他の音素を、どこで接種したのか。またどうしてそれが原因で暴走をしないのか。そこで仮説がたったのです。彼らは・・・自分の被験者から、他の音素を取り込んだのではないか、と。」
「被験者から取り込む?」
「どうやってですか?」
「どうやってかについては明確に答えられます。それ以外はありえない。」
 アニスの疑問に対して、ジェイドは言った。
「コンタミネーション現象ですよ。」

 コンタミネーション現象と聞いて、全員がジェイドの腕を見る。
 彼の腕には今も、槍がしまわれている。それこそコンタミネーション現象によって。
 カタチある物質を、目に見えないくらいに変えてしまう。それがこの現象の性質だ。

「コンタミネーション現象だったとして。」
 ガイが、それでも謎だ、と話を続ける。
「それでどうしてレプリカが、被験者の音素を取り込むような状態になるんだ?普通、両者の音素は別個で独立していて交りあったりしないものだ・・ろう・・。」
 いや待て、とガイは言葉を切った。
「・・・そういうことか。」
 と言ったのは、アッシュで、ふたりはそれでお互いに考えていることが一緒であることに気がついた。
 ふたり揃って、アムラジェを見る。
「え?なになに?」
「気がついたことがあるのなら、教えてくださいまし。」
 その雰囲気で、ふたりが何かに気がついたことを察したアニスとナタリアが促すと、ジェイドとアッシュとガイの三人は、アムラジェから視線を戻し、今度は朱赤の彼を見た。
 きょとんと彼らを見返す澄んだ瞳に、何も言えなくなり・・・ガイは初めて、彼がルークなのだとしたら、記憶を失っていることは悪いことばかりではないかもしれない、とそんな事を考えた。

「正確には、レプリカが被験者から音素を取り込んだのではなく、被験者がレプリカを取り込んだ、というべきでしょう。・・・失礼。なにぶん、私も初めてなもので、この結論に至るまで時間がかかった事はお許しいただきたい。」
「仕方ない。・・・本人の俺たちですら、未知の領域だ。」
 アッシュが、まるでジェイドを慰めるかのようにそんなことを言う。
 そしてアムラジェを振り返り・・・かつての自分の経験を思い出してか、彼にしては珍しく、周りがそうとわかるほど少し気の毒そうに話しかけた。
「・・・さぞかし、驚いただろう。自分になにが起こったかわからずにな。」
「ええ。」
 アムラジェは頷いて、今度は彼女が察したようだった。
「貴方がたは・・・私になにが起きたのか、わかっているようね。そして"これ"がなんであるのかも知っている。」
「ああ。知っている。」
「・・・同じ音素は引き合う性質を持っています。これは自然現象で特別なことではありません。ただし・・・それがある条件の被験者とレプリカの間では、特別な作用をする。」
 これを悪夢の再現と言って良いのかどうか、ジェイドは迷う。しかし、奇跡というほど美しくも晴れやかなことでもないのは確かだ。
「その条件というのは大変珍しく、これまではここにいる"アッシュ"と"ルーク"、そしてあるチーグル以外は報告されたことはない。音素振動数までが全て同じ被験者とレプリカ。・・・完全同位体という事例です。」
 え?と一瞬、虚につかれた後、やっと全員はそのことが飲み込めた。

「つまり・・・アムラジェは、ローラ博士の完全同位体のレプリカだった、ということなの・・・?」
「え?じゃあ・・・ローラ博士が、アムラジェの2年前の記憶を持っているっていうのは・・・。」
「すでに、ふたりの間に"大爆発"が起こった・・・そういうことですの?」


 衝撃を受ける事実ではあるが、そうと考えればすべてに説明がつく。

 

 
 その場はまるで火がついたようになった。
「えー?でも、完全同位体ってそんな簡単にできるものでしたっけ?」
「やはりディストが絡んでいるのか?」
「いえ・・ディストは確かに、完全同位体作成の構図を構築をしていたようですが、実現するには無理があった。事実、ルークを生み出したのはスピノザですし、彼はディストの意見を参考にはしていましたが・・・ルークは、フォミクリーの事故によってアッシュの完全同位体として生まれたのです・・・偶然というにも、奇跡のような確立だった。」
 ジェイドの言葉に、アッシュが忌々しそうに口元を歪める。
「・・・そもそも、俺がローレライと完全同位体であることも"奇跡的な確立"だろうが。」
「そうですねぇ・・・。」
 ジェイドは答え、ちらり、とアッシュを見る。
 言うべきか言わざるべきか迷ったようだが、結局は、それを口にした。
「・・・もしかしたら、それこそが、あなたの完全同位体としてルークが生まれえた原因なのかもしれない、と考えたことがあります。」
 それに対して意を唱えたのは、ナタリアだった。
「そういう考えかたは好きではありませんわ。」
「ええ。私もです。」
 ジェイドはにこり、とナタリアに笑いかける。
「もしも、それが本当だったのなら・・・。世界の全ての理をローレライが掌握しているということになりかねない。世界を覆う、すべてを構成する音素たちを束ねるといわれるローレライは、確かにそういう立ち位置の存在でしょう。しかし、我々はローレライの思惑によって生きている訳ではない。」

 2年前、ヴァンの起こした騒乱は確かにユリアの最終預言を覆すための暴走だったが・・・根底にはローレライに対する憎悪があったことも否めない。彼は彼なりに人類も世界も愛していただろうし、ローレライからの支配から逃れたかったのだろう。・・・実際にローレライがどこまで世界や人類の未来に関与できるかは謎であるが、ヴァンは確かに・・・それを信じた。


 その事を一番痛感しているであろうティアは、なにかを振り払うように首を振ると、兄のことは終わったことです、と過去に飛んでいた全員の意識を引き戻した。
「ルークがアッシュの完全同位体として生まれたのは、事故によるものだと聞いたことがあります・・・。けれど、その後ディストはスターを生み出していますよね?」
「ええ。スターは、ディストがルークの時の事故の記録を元にして、フォミクリーを構築し直した末の・・・検体です。」
 はた、とそこで思い出したようにして、ガイがアムラジェたちを見る。
「そうか!スターが誘拐されたのは・・・!アムラジェ、君はスターが完全同位体のレプリカだと知ったんだな?スターの事をよく調べる為に、シェリダンから連れ去った。」
 アムラジェは黙ったまま答えなかったが、初めからガイも返事を期待などしてなかった。


「そうか。・・・ドロシーのレプリカが必要だと考えたのは、そこか。」
「・・・だろうな。」
 ガイが言うと、アッシュが忌々しそうにリグロを睨む。
「かつてローラ博士がアムラジェを乗っ取ったように、ドロシーのレプリカを作ればその体がドロシーのものになる。・・・そう思ったんだろう。」
 彼女の体は乖離と音素変化を起こしている。
 ・・・ドロシーに新しい体を用意することができるなら、死に逝く彼女を引き留めることができるのではないか?
 そう、リグロとローラは考えた。
 しかし譜業の研究者であっても、彼らは所詮フォミクリーに関しては素人同然の知識しかなかった。

「言ったでしょう?アムラジェ・・・ローラ博士、と呼ぶべきでしょうか?貴女は色々と勘違いをしている、と。」
 ジェイドはアムラジェに向き合う。そして言い聞かせるように、ゆっくりとした口調で話し出した。
「偶然にも完全同位体として生まれ、"大爆発"を体験した貴女が、間違った答えに行きついても仕方がないのかもしれません。しかし・・・本来、完全同位体というものは簡単にはつくれないものなのですよ。たしかにルークの事故以降、ディストがスターを作ったという事例はある。けれど、それもたぶん、数少ない成功例でしょう。」
 そこでアニスを代表とした一同にも聞かせるように、顔を向ける。
「現に・・・もしもディストの構築が完璧なものだったのならば・・・ルーク誕生の5年後に生まれたイオン様のレプリカも、完全同位体だった筈です。それくらい貴女の計画には無理があるのです。不足している第七音素、神がかり的な確立の成功例。そのうえスターのレプリカを造った時のフォミクリー技術は、すでに失われてしまっているのです。事故によって、ね。全てがまるで誰かに操られてでもいるような気味の悪い偶然が重なっていますが、そんな議論をはじめてしまったらさらに収集はつかなくなる。分かりますか?・・・そもそも第七音素そのものがあまりにも謎が多く、素人同然の貴方がたの思い通りになるような代物ではないのです。」
 
 自分たちがフォミクリーに関しては素人同然であることは、リグロも認めていたところだった。
 フォミクリー研究第一人者のいるグランコクマに、研究のデータを盗みにいくという強行にまででた彼は、そのジェイドに諭され唇を噛む。

 もとより・・・さきほどから自分たちを置き去りに議論を続ける一同の姿を見て、リグロは居心地が悪かった。
 完全同位体というレプリカの存在そのものは、彼にとってはアムラジェから・・・ローラ博士から聞くまでは未知の存在であったというのに、どうだろうこの連中の反応は。
 それは、間違いなく彼らが、その存在とそれによって起こりうる"大爆発"についての知識を、ある程度持ちあわせていることを証明している。
 ・・・少なくとも、結果ディストの研究を盗んで熟読しただけのリグロより『慣れている』ことは間違いがない。
 
 その彼らの話に説得力があることを認められないほど、リグロたちは研究者として盲目的でも愚かでもなかった。

 


 

 

 


 

 

 

 

 


 

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 説明文章は長い!!

(’13.06.22)