4.

 

 

 予想通りというか当然といえば当然だったのだが、導師の追悼式はカンタビレの話した通り、中止になった。
 ジェイドとガイは、やたらと恐縮してみせる教団関係者と言葉を交わし、一路、帰路の途についていた・・・とみせかけて、実際はティアとアニスが同行している。
 タルタロスと違って、要人の移動用の優雅な船体を見ると、きゃわーん客船みたいじゃないですかぁ、とアニスは浮かれていたが、その横で、ティアは神妙な面持ちだ。
 自分たちがこれからしなければならない事を思えば、今から憂鬱な気分なのだろう。
 いくら顔見知りでも、たったひとり。
 この世界から、どこに行ったかも分からないたったひとりの人間を探し出さなければならないのだから。

 


「いやったー!流石は皇帝陛下名代の貴族様、扱いが違うーvv」
 
 行きにガイたちが使っていた軍用船の特別室に入った途端、豪華な調度品や出されたお茶の高級さに、アニスはご満悦だ。

 ピオニー皇帝に事の次第を報告する必要があるため、一向は一旦、グランコクマへ向かうことになった。
 貴族院に属しているガイは、それでも少しは自由な時間のとれる身分だが・・・軍人のジェイドはそうはいかない。
 ことはダアトの問題であるから、事の次第を外部に漏らすというのはどうかという話し合いもありはした。
 しかし、どこに行ったかわからないアッシュを追う以上、長期戦は余儀なくされるだろう。陛下に経緯を説明もせず、長きに渡ってジェイドがグランコクマを離れるなどありえない。

 それで、とりあえず旅の初めの目的地は、グランコクマと定まった。


「しかし、アッシュを探すって言ってもなぁ・・・。」
 調度品のふかふかとしたソファーに身を沈め、ぽりぽりと頭を掻きながら、ガイは困ったな、とつぶやいた。
「闇雲に探して見つかるってもんじゃないしな・・・。」
「ええ。そうでしょうね。」
 その斜め前に、足を組んで座っている返すジェイドの態度は、しれっとしたものだ。
「だから・・・カンタビレには悪いですが、我々も結局のところ、アムラジェとその周辺を探ることから始めなければなりませんね。」
 なにもわざわざどちらを追うか分ける意味があったんですかねぇ、と人事のように、ジェイドは言った。
「え?アムラジェを追うんじゃないのにですか?」
 特別室をあちこち、落ち着きなく見学していたアニスが戻ってきて、目を丸くする。
 それに対して、ええ、とジェイドは答えた。
「そもそも・・・この話は謎が多いんですよ。ここまで来ると、この先の行動すら決めることが容易ではない。」
「確かに、謎が多いのは確かですが。」
 ティアが覗き込むように、前かがみになってジェイドを見た。
「多いというよりも、なにひとつ謎でないことはない、という感じです。どう判断したら良いのか、皆目検討もつかない・・。」
 ええ、とジェイドは同意した。
「アッシュが、我々の知らないうちに、帰ってきていた。・・・これは信じるという前提にして。」
 ぶーっとアニスが不満そうに頬を膨らませたが、無視された。
「彼は・・・そもそも、どうしてダアトにいたのでしょうね?」
「どうしてって・・・。」
 それは、アッシュに聞かなきゃわかりませんよ!とアニスが拗ねた口調で言った。自分の目撃情報を、信じて貰えないことに不満たらたらな態度だ。
 それに対して、ジェイドは、話しの都合上、一応信じるという形式になるのは仕方ないでしょう、とアニスを諌める。

「そうかな?俺はそんなに不思議とは思わないが。」
 と言うのはガイ。
「アッシュは・・・以前は俺たちと同様、世界中を廻っていただろうが、縁のある場所となると断トツで、キムラスカとダアトだろう?帰還して、キムラスカを嫌がったとしたら、ダアトに戻ってきても、おかしくない。」
 アッシュがキムラスカを嫌がる、というガイの言葉には、誰も反対もしなかったが、賛成もしなかった。
 彼らは、アッシュよりもルークのほうを知ってはいたが、それでもアッシュが、あまりキムラスカに戻りたがっているという印象を受けなかった。
 もっとも、それは本心の裏返しなのかもしれなかった。
 本当は、もっとも大事な故郷であったからこそ、二度と振り返らないと決めた過去にしようと、楔のごとく確固たる意思のうえでの拒絶だったのかもしれない。そうも思う。
「だから、アッシュがダアトに現れる・・・それはあるかもしれませんが。」
 ジェイドは、それでも腑に落ちないというように続けた。
「しかし、それならば、正面きって教団に戻れば良い筈です。アッシュとて、帰還をしていたのならば、食べていかなければならない。職を得なければ賃金を稼ぐことはできませんからね。」
 それとも、すでに教団に戻っていたという形跡でもあったんですか?とジェイドが問うと、ティアとアニスは揃って首を振った。
「確かに、教団兵すべてを、把握している訳ではありませんが・・・。兵士というのは、闇雲に雇われる訳ではないんです。教団に入るには、長きに渡る訓練を終えてからですから・・・その間にアッシュのことが周囲に知られないということは、ありえないと思います。」
「でも、アッシュの顔を知らない人間のほうが、教団は多かったのでしょう?」
「アッシュが普通の、一般兵士ほどの力量しかないのでしたら、紛れることも可能かもしれませんが・・・彼は。」
「なるほど。新入りの兵士にしては、彼は強すぎたのですね?」
「ええ。」
 ジェイドにも心当たりがある。
 名を挙げられるほどの力量がある兵士は、必ず目につくものだ。そして、隊をまかされる上官には、常にその資質を見抜く技量が求められる。早い時期から手柄をたてるだろうと、予測される兵士が、上官から上層部へ取り立てられることはめずらしくもない。
「ましてや、教団は今、慢性人手不足っていうか〜。」
 アニスがそこで、話に割って入った。
「やっぱり、預言がなくなったり、ヴァン総長のこととかあって。昔みたいに、権力がなくなった為なのか・・・教団の兵士になりたがる人も極端に減っちゃったんですよぅ。だから当然、新兵って少ない訳で。」
「ああ。わかりました。」
 ジェイドがまるで、さっきのは自分の失言だとばかりにそう言うと、アニスは面倒臭がられたと感じたのか、ますます頬を膨らませた。

「では、アッシュは教団には戻ってなかった。それは間違いないですね?」
 ティアとアニスがもう一度頷く。
「彼がいつ帰還したか分かりでもすれば、状況は多少違うのでしょうが、こればかりはアッシュ本人に聞かなければわからないので、保留にします。では、何故アッシュは、人知れずダアトにいたのですかね?」
 さっきのジェイドの話の通り、この世界に帰還したのならば、アッシュとて生きていかなければならない。
 手っ取り早いのは、やはり教団に復帰することだったのだが、彼はそれをした形跡はない。もっとも、彼ならば、教団に頼らなくともいくらでも剣の道でも食い扶持はあっただろう。しかし、ならばなぜ、わざわざ教団内に現れたのか。
「うーん・・・それは人に知られたく理由でもあったんじゃないですかねぇ?」
 アニスが唸りながら言った。
 アッシュ本人がいない以上、どんな答えも想像でしかない。
 ジェイドは、そうですね、と頷き、
「人に知られたくないのなら、来なければ良いことです。しかし、アッシュはダアトに現れ、ハレルヤの一件で騒動を起こしている。どうしてダアトに現れたりしたのか。その目的はなんなのか。」
 と話を戻した。
「そうか!つまり・・。」
 そこまで聞いて、ピンときたようにガイが手を打った。
「この騒動は、アッシュがダアトに現れたその目的と関係している。そういうことか!」
 納得したというガイに、もしかしたら、因縁のある相手とバッタリ出くわしただけなのかもしれないですがね、とジェイドが違う可能性も示唆した。
 
 
 その時、ガイの頭に不吉な影が過ぎったが、それは今は取り上げないことにして、
「そもそも・・・アッシュと斬り合いしたのってどんなヤツなんだ?」
 ガイがアニスに訊ねると・・・アニスは、はぁ!?と大きく溜息をついた。
「な・・・なんだい?」
「いやー・・・。今更、聞くか?って思ったから。もっと早くに聞くべき事じゃないかな?それ。」
 そういえばそうだが・・・どうも、ハレルヤだアムラジェだと重要な人物の話ばかりを聞かされて、しっかりとアッシュと斬り合った相手は影が薄い印象になってしまっている。
「アニス、知っている人物ですか?」
 ジェイドが訪ねると、いいえ〜でも元教団兵らしいですよ、とアニスは答えた。
「元教団兵?」
「そうなの?アニス。」
 初耳だというようにティアまで言うところを見ると、彼女はそこまでは知らなかったらしい。
「うん・・・なんだかそんな感じなんだよね。私は、そいつの顔は見てなかったんだけど、騒動を聞きつけて駆けつけてきた教団兵の中に、知ってたっぽいヤツがいたんだ〜。おまえは退役した筈なのに、なんでこんなところにいるんだ、って怒鳴ってたのを聞いた。」
「退役・・・。」
「・・・・・。」
 ジェイドは黙ってメガネをあげた。
「それにしても、変な話だよね。アッシュもその相手も教団を退役しているのに、そのふたりが教団の中でばったり会って、斬り合いになるほど揉める訳?しかも、時期導師のお傍近くでだよ?」
 普段、中庭は侵入者を許さないほど、厳重な警備がついているのにさ、とアニスは言った。
「ええ・・・だから、こう考える方が自然ですね。全てが偶然ではなく必然であった、と。」
 ティアが息を飲む。
「・・・それってまさか・・。」
「・・・そうです。・・・と、皆さんも考えていたのでしょう?」
 ちらりと見られて、アニスはうっと詰まり、ガイは、まぁな、と素直に認めた。
 今更、ジェイド相手に、取り繕う意味もない。


 
「もしかしたらアッシュは、ハレルヤを殺害する目的で、教団に入り込んだのかもしれません。」


「おいおい、旦那・・・。」
 ジェイドはかろうじて、過程の言い方をしたが、彼の言い草はどうにも確信的に感じられて、少しだけガイは焦った。
 ハレルヤは確かに消えたかもしれないが、そもそも死んだと決まった訳ではない。
 今の時点でそう結論を急ぐのは、乱暴ではないだろうか。
 しかし、ジェイドはそんなガイを、ちらりと笑い、
「・・・という可能性もある、という話ですよ。」
 と続けた。
「ただ、殺害云々は別にしても、あまり的を外れてもいない気がします。ハレルヤは、色々と周囲の思惑が絡みやすい人物だった。そして、それはアムラジェにも言えます。ハレルヤにしろアムラジェにしろ、アッシュがこのふたりに接触するのが目的だったと仮定して探っていくほうが良いかもしれません。」
「"闇雲に探しても見つからない"ですからね〜。」
「そうです。」
 そこでようやく、一同は、ジェイドがアムラジェの身辺を探ると言い出した真意に辿り着いた。

 ハレルヤは、確かに重要な人物ではあるが、幼いレプリカだ。
 彼にはまだ、はっきりした彼の意思はなく、世話をしていたアムラジェと常に一緒にいた。
 どこかでなんらしかのトラブルを招いたとしても、それはきっと、ハレルヤ本人だけの問題ではない。きっとアムラジェも絡んでいる。
 ならば、それを探るほうが早い。
 事件の全貌を明らかにするほうが、どこに行ったかわからないひとりの人間を探すよりも簡単だし、ヒントにもなる。


「アムラジェがハレルヤを操ることは可能だった。それは、アニスたちの話から間違いはないと思われます。」
 ジェイドが一旦、言葉を切ると、ティアもアニスも頷いた。
「そこで、アムラジェなのですが・・・。彼女は誰かと親しくしていた、ということはありませんか?」
「と、言うと?」
「そうですね・・・。たとえば、かつて教団に導師派、大詠師派のような派閥がありましたが・・・そのような動きが現教団にもあって、そこに属していたというようなことは?」
 昔はアニスとティアも表面上は導師派と大詠師派に分かれていたんだな、と思いながらガイが聞き耳をたてると、う〜ん、ないですねぇ、とアニスが言った。
「アムラジェって・・・本当に、人付き合いがなかったと言いますか〜。あまり人からアムラジェについてのあれこれを聞いたことないですし。」
「そういえば。」
 ティアは、アニスとは違って心当たりがあるようだった。
「・・・アムラジェと親しくしていたとしたら・・・たぶん、トリトハイム様ではないかしら。」
「トリトハイム詠師か?」
 今は、大詠師におなりよ?とティアはガイに笑いかけた。
「そもそも、アムラジェは・・・トリトハイム様が、教団入団の儀式を行なっているの。だから、あえて言うなら、という程度だけど。」
「へぇ?そうなんだ?」
 アニスはそのことを知らなかったようで、トリトハイム様が直接って、結構すごいことじゃん!と目を丸くした。

 教団には、兵以外にも属する立場の者が多くいる。預言者や、かつては預言を遵守し、信者に説法や案内をする役目の者などだ。教団に住み込んでいるアニスの両親などはそれに当たる。
 それらの人々は教団での職位を得るにあたり、儀式を持って迎えられることになっている。
 

 ジェイドは、なにかを思案するように黙していたが、
「アムラジェの出身地ですが、教団に入る前はどちらに?」
 と更なる質問をティアに浴びせた。
「え?いえ・・そこまでは・・・。」
「そうですか。」
 ジェイドはそのまま、黙る。
 なにかを考えているということは、誰の目にもあきらかだったので、それを邪魔しないように、話題を少しずらしてガイが言った。
「トリトハイム詠師・・・今は大詠師か。大詠師からの儀式って、そんなにすごいことなのか?」
「すごいっていうか・・・。めったにないことかなぁ。」
 だよね?というように、アニスはティアを見た。
「そもそも・・・入団の為の儀式って、律師以上の位の人がやることになってはいるけど・・・詠師ほどになると、大概しないんだ〜。トリトハイム様が前回、儀式を行なったのって、私が知る限りでは、2年前の騒ぎよりも前のことだしさ。」
「へぇ・・・。」
 やはり、下位と上位とですることの差がある訳か、とガイは感心しきりだ。教団も俗世間とあまり違いがない。
「それなのに、大詠師になったトリトハイム様から儀式受けたってなると、アムラジェって結構、特別待遇を受けていたのかも・・・。」
「でも、それって教団に迎え入れる為の儀式の話だもの。教団関係者でもない以前からの特別待遇というのは・・・おかしくないかしら?」
「うーわかんないよぅ。私に聞かれても。変だなって思っただけなんだから。」
 アニスが唸っていると、「しまった。」ジェイドが声に出して言った。
「・・・失敗しましたね。マルクトへ向かう前に、トリトハイム大詠師からも話を聞くべきでした。」
 それに対して、苦笑をしたのはガイだ。
「それは仕方ないだろう・・・。こっちも、今知った情報なんだ。陛下にことの経緯を説明申し上げたら、すぐにダアトに取って返す・・しかないな。」
「わー面倒!」
 とアニスはぶーたれた。
「あっちこっち行ったり来たり!昔はこんなに時間かからなかったから余計だよぅ!」
「仕方ないわよ。アルビオールは、キムラスカ所蔵の音機関だもの。しかも、今では、軍でもおいそれと動かせるものではないと聞くわ。」
「それは知ってるけどさ・・・。」
 アニスがそこまで言った時だった。


 ノックとともに『カーティス大佐、よろしいでしょうか?』という声が扉の向こうからする。

「どうした?」
 ジェイドが扉を開け、立っていた兵士に尋ねると、船が・・・という報告が、ガイたちにも聞こえてきた。
「妙な船?」
「はい。こちらを猛スピードで追走している模様です。」
「攻撃を仕掛けてくるような気配は?」
「いえ、まったく。追走してくる船体は、軍艦ではないのですが。」
「軍艦ではないのだな?」
「はい。・・そもそも、軍用船にすら見えません。」
 ジェイドは、考えた。

 軍艦ではない、しかも、軍用船ですらないという。だとしたら、一般船籍ということになるが・・・ジェイドたちをなんの用事で追いかけてくるのか。

「とりあえず、行こう。」
 ジェイドが、ちょっと失礼と席を外そうとするのを見て、俺たちも行くよ、とガイが申し出た。
 もとより、アニスもティアもそのつもりのようで、すでに椅子から腰を浮かしている。
 興味もあったのだが、どこからか現れた敵だという可能性もある。警戒し、状況を把握しておかなければならない。
 その内情を察してか、ジェイドは、なにも言わずにガイたちも連れて、ブリッジへと向かう。
 そして、計らずもそのおかげで、この疑問はすぐに解消することとなった。

 

 ブリッジへと移り、モニタに映し出された船体を確認して、おや、とジェイドは目を丸くした。

 たしかに、それは軍用船には見えなかった。
 一般市民が使うような運搬船とも、漁船とももちろん違う。
 優雅で繊細な装飾を施された、豪華客船というような姿は、もともと猛スピードをあげて航行するような種類のものではない。
 それが、まるで仇のように、マルクトの船体を追ってきている。
 
 虚をつかれたジェイドの横で、同じくモニタを覗き込んだガイが、あれは確か・・・と唸った。
「心当たりがあるのですか、ガイ?」
「心当たりもなにも・・・。」
 ガイが言いかけたところで、通信です!と声がした。
 繋げ、とジェイドが指示したのと同時に、きゃんきゃんとやかましい怒鳴り声が、ブリッジに響き渡った。


『そこのマルクト船籍、止まりなさい!ジェイド、乗ってるのはわかってましてよ!?』


「えぇえ!?」
「・・・・・しまった・・・そうだったわ。」
 面食らうアニスの横で、ティアが失態を嘆いた。
「前導師の追悼式に、マルクトのピオニー陛下をお招きしたくらいですもの・・・。キムラスカも王族に声をかけたに決まっている。」
 しっかり忘れていたわ、とティアは肩を落とした。

 事件があって、それでカンタビレにジェイドたちを連れてこいと言われ、動転していたから・・・という言い訳はたぶん聞いて貰えない。
 あの美しい顔に鬼のような表情を浮かべているだろうことを想像すると、このまま逃げ続けてしまいたいと一同は思ったが・・・あたり前だが、そんなことをしたら、その後はもっと怖い。

 ジェイドは悪びれないだろう。アニスも謝りそうにない。
 猛スピードで追いかけてくるプリンセスナタリア号を、モニタ越しに見ながら、ガイは、謝っても王女の機嫌はすぐに治らないだろうなぁ、と泣きたい気分になった。

 

 

 

 

 

 

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とある役割の為、予定より早くナタリア登場です・・・。

(’10 4.4)