9.
研究内容の調査はあらかた終わった。次は実験事故の話を聞かせて欲しいとジェイドが言うと、リグロは複雑な顔をした。できれば触れて欲しくなかった、という顔だ。
もっとも、いくらバルフォア博士が譜術の天才とはいえ、今は軍に籍をおいている身で、ピオニー皇帝の懐刀と呼ばれる立場であることを知っていれば、それなりに覚悟もしていたのだろう。
あっさりと、事故に対する調査報告書も出してくれた。
「・・・表向きは、譜術の制御の失敗による爆発、となっていますね・・・。」
報告書を見ながら、ジェイドが言った。
「どうやら、音機関を使って音素力を強めることができないかの研究をしていたようです。それで制御できなくなった、と。」
「?音機関は、音素力を動力としているのに、その音機関で音素力を増やそうとしたってことか?」
「ええ・・・。なんらかの特定条件の下ならば、一時的に消費した音素力を増幅して使用することが可能なのではないかという仮説を立ててます。その前実験、というところでしょう。」
「へぇ・・。」
「研究者という人種は、色々なことを考えますのね。」
妙に感心したように、ナタリアが言った。
「それにしても・・・ウィザードの研究ってのは、主に譜業のほうに力を入れているようだな。」
「ええ・・・。もともとは、プラネットストームが停止した今、いかにして音素の補給を行なうかを研究の目的としていますからね。音機関が少ない音素でも使えるようになれば・・・今までの生活水準も保てますし、そう考えての譜業研究、着手なのでしょうね。」
「そう考えると、面白いよなぁ。」
「え?なに?」
アニスがきょとんとしてガイが見つめたが、ガイは笑って、たいしたことじゃないんだが、と前置きをした。
「譜業研究が主なのに、譜術使いなんてさ。」
「たしかに、考えてみれば面白いですわね。」
「私は考えたこともなかったなぁ。」
面白がっている女性陣の横で、名前ですか、とジェイドがページをめくりながら言った。
「少し、調べてみますか。」
「大佐?」
「ん?なんのことだ?」
それからしばらく、ジェイドはティアの呼びかけにも、ガイの問いかけにも答えず、目の前に差し出された報告書に集中していたが、
「・・・たぶん、この人ですね。」
と、顔をあげ、ピン、と報告書を指で弾いた。
「え?なんですか?」
なにか有力情報なんですかぁ〜というアニスに、いえ少しの好奇心ですよ、とジェイドは答えた。
「・・・あの、少女の母親です。たぶん、この人ではないか、と。」
「どうして、そう思うんだ?」
顔写真がある訳でもないのに、この人、と指摘するジェイドに、ガイは不思議そうに首を傾げた。
「あの事故で、死んだ女性研究者は3人なんですが。そのうちふたりは年齢があわない。若すぎるか、逆に年を取りすぎているかですね。もちろん、年を取ったあとに産んだのだとしてもおかしくないですが、リグロの弟の妻だった訳ですから、それを考えると・・・年齢のつりあうのは、この女性ではないかと思うわけです。」
第3施設内での滞在許可も、ふたり分申請されてます、とジェイドが言った。
自分と娘の分だとすると、辻褄があう。
「あの子の名前は・・・ドロシー・ゲイルというようです。母親は、ローラ・ゲイルと登録されてます。」
「ドロシー。」
可愛い名前ね、とティアがつぶやくのを聞いて、名前まで(つまりは視覚や触覚に訴えるものでなくても、という意味だ)許容範囲なのか?とガイは、思わずティアの顔を振り返ってみた。
それに気がつき、慌てたようにティアが言う。
「だ・・だって、童話の主人公の名前と同じなんて、可愛い名前じゃない?」
「童話?」
そこで、ふとガイは先日、そんな名前の主人公が出てくる話を読んだことを思い出した。
「ああ、そうか・・・船で。」
ダアトに向かう船で本棚に並べられていた本だ。
竜巻で見知らぬ国に飛ばされた主人公が、勇気と、頭と、心を欲しがる仲間と一緒に魔法使いのいる街を目指す。そういう話だった。
「でもぉ、大佐〜。」
そんな中でアニスが言った。
「あの子の名前がドロシーだって分かっても、ねぇ・・・他に、なにか手がかりになるようなことないんですか?たとえば、アムラジェに繋がりそうなこととか?」
いくらなんでもそこまでの急展開を求めないでください、とジェイドは言ったが、
「他にも注目する点が、ありますよ。」
とアニスの期待も、裏切らない。
「このローラ・ゲイルという研究者ですが・・・今まで調べてきた研究チームの中に、名前が載っていませんでした。」
「は?」
「え?どういう?」
それが、どんな意味があるのか、と全員がきょとんする。
意味が通じてないとわかると、ジェイドは苦笑して、更に説明を加える。
「ここに所属している研究者は、当然、なにかの研究をチームでしている筈です。」
もちろん、個人で研究をしている者もいないではないだろうが・・・研究というのは膨大な時間がかかる為、どちらかというとチームプレーでひとつのことを突き詰めようとするのが普通だ。
ローラ・ゲイルという研究者は、そのどのチームにも属していない。
「まあ、研究のなかでも・・・小規模なものには協力者として名前を連ねてもいるんですがね。しかし、主だった活動はわからない。研究内容は謎。故に正体も謎。まるで、初めからいないか、幻かのようです。」
「あ!」
そこまで聞いて、ピンときたガイが声をあげた。
ついさっき、同じような性質のモノについて議論したばかりではないか。
「アストンさんが言っていた、新しい研究!あるかどうかわからないなんて、まるで、あれみたいじゃないか!」
ジェイドは無言でにこりと笑い、それが正解であることを示した。
「もしかしたら、ドロシーのお母さんがその研究に関わっているってことですか?」
アニスが、目を丸くして尋ねる。
あくまで仮説の話ですよ、と前置きしてから、
「もしも、本当にアストンさんの言うように、第3施設で新しい研究がなされていたのだとして。」
ジェイドは言った。
「それが、たとえば・・・非合法であるとか、国に知られたくないような事情があって隠しているとするなら、その研究に携わった研究者の名前も伏せられるでしょうね。もしかしたら、という話ですが。」
「けれど、確かにそう考えれば、辻褄はあいます。」
ティアがジェイドの仮説を支持すると、しかしそうなると、とガイは唸った。
「ますます、その新しい研究とやらが怪しいな。どんな内容だったんだ・・・?」
さぁ?とジェイドは言った。
「隈なく探せばどこかにヒントくらいは落ちているかもしれませんが・・・今の段階では、想像もできませんね。ただ・・あまり表立って公表したくない内容なんだろう、ということ意外は。」
まったくの謎です、という言葉に、あー面倒くさい!とアニスが叫んだ。
「こう・・・大事なことを隠されてるのって、本当に気持ちが悪いですよ。折角調べても、ヘタすると違う方向に流されちゃうっていうか、そういうのも気にしなきゃじゃないですか?回りくどいですよねー。」
「人が隠そうとしている真実を暴こうとするのですから、この手の回りくどさは覚悟しないといけませんね。」
涼しい顔で言うジェイドに、アニスは、もう!と溜息をついた。
そして、じゃあ時間だし、ちょっと私は席外しますね、と言う。
「・・・時間?」
なんの?とガイが尋ねると、あれ?いわなかったっけ?と逆にアニスは、首を傾げた。
「ほら、アニスちゃんは今、第三師団の師団長でしょ?あれこれ報告受けたり、指示したりしなくちゃいけないんだよね。その報告を定期的に行なっているんだよー。」
グランコクマから、シェリダンに向かっている途中でもしてたんだけど、気がつかなかった?とアニスは言った。
そういえば、と船の上で何羽もの鳩を飛ばしていたアニスを思い出し、ガイは責任ある立場になった少女に、大変だなと労いの言葉をかけた。
音機関などという文明の利器と同居をしながら、未だに人々の連絡を担うのは主に鳩だったが、ガイは伝書鳩は後世にも持続して欲しいと思う。
伝書鳩は伝書鳩として生を受け、一生を人から人への伝達の為の旅で過ごす。
何故、他人と目的の人物を見分けられるのかは未だに謎な部分も多いが、一節では、伝書鳩だけが他の鳩も他の鳥も持たない人の音素の固有振動数を感じ取れる能力があると言われている。
伝書鳩に、預けられた文章に施された封印は、その音素を発する者にしか解くことはできない。身につけることで、人の音素に直接働きかけ、各自の能力の成長を促すキャパシティ・コアと原理は同じだと唱える者もいるが・・・とにかく、けなげで賢く謎の多いところが、伝書鳩の良いところだ、とガイは気に入っていた。
そんなことを考えている間に、アニスは部屋を出て行った。
パタパタと少女特有の軽い足音が廊下から響くのを聞いてから、ガイはジェイドに向き直る。
「それで、この後どうする?」
実際に謎の研究があるかもしれないということはわかったが、仮説だけではどうしようもない。あったならあったで、尻尾を掴み、研究内容の開示を求めなければ。
それがどんな内容であったにしろ、国に内密の研究をすることは、ルール違反だ。
「そうですね・・・。」
このまま研究内容を掘り返し辻褄があわない点などをあぶりだすか、ローラ・ゲイルという研究者に対してリグロと質疑応答を繰り返すか。しかし前者が時間がかかり、後者は・・・完全に相手に警戒心を与えるだろう。警戒している相手に対して、真実を語る人間はいない。
「どちらにしろ・・・長期戦になるかもしれません・・・。」
そもそも、第3施設のようなある意味での密室で行なわれていることをあぶりだす方法など、そう簡単にはない。
ジェイドが言葉を切ったことで、他の3人も、う〜んと頭を悩ませて、しばし沈黙の時間が降りた。
と、その時。
「大変、大変!!」
バタバタと、行った時とは反対の騒々しい足音を響かせ、アニスが部屋に飛び込んできた。
「大ニュース!!」
何事かと一同が振り向くと、アニスは肩で息を整えてから、これ!と赤い紙を差し出す。それには、いくつもの折あとがついていた。
「アニス、それ手紙?」
それがなに?とティアが聞くと、大変なんだってば!となんの説明もないから仕方ないにも関わらず、状況が分からない一同が冷静でいることが腹立たしいとばかりに、アニスは皆を睨んだ。
「カンタビレから、連絡があったの!」
「カンタビレ?」
衣装も言葉も中身も、烏を思い起こさせる女の姿を思い出し、ガイが聞き返す。
どうやらアニスは、鳩を飛ばしに行った先で、逆にカンタビレからの伝書鳩に捕まったらしい。
それで内容は?とガイが先を促す前に、未だにぜいぜいいっているアニスが、叫ぶように告げた。
「第六師団が・・・アムラジェを捕まえたって!」
「・・・!」
「え・・!?」
急な展開に一同は息を飲んだが、ジェイドはすぐに我に返ったらしく、それはそれは、と褒めているのかいないのか分からない声をあげた。
ガイは素直に、カンタビレを賞賛する。
「やるなー。まさか、こんなに早くひとりの人間を探し出すとは。」
「・・・こちらはアッシュ捜索のメドもついていないのに、さ。」
アニスは悔しそうだ。
勝ち負けではないのだが、第六師団に遅れを取ったことに納得がいかないらしい。
「それで、アニス?」
しかしジェイドは、アニスの心情には興味がないらしく赤い紙を指差して、報告の先を促した。
「アムラジェは、ハレルヤ失踪の件はなんと言っているのです?」
「それなんですけどぅ・・・。」
アニスが言った。
「それについては、完全黙秘っていうか。ハレルヤ様のことだけじゃなく、一緒に逃げた男がどこの誰で、その男がどこに行ったかも話さないらしくって。」
「どこに行った?一緒にいなかったの?」
「うん、アムラジェは捕まった時、ひとりで行動していたんだって。」
「・・・・・。」
一瞬だけ、状況を整理するような沈黙が落ちたあと、それは・・・とガイが言った。
「単なるかけおちじゃなかったってことかな?」
「わかんないよぅ。そこまでしか書いてなかったから。カンタビレの手紙には、引き続き調査中ってあったけど・・・それでね、大佐?」
「はい、なんですか?」
「カンタビレ、大佐にダアトまで来て欲しいそうなんですよぅ〜。」
「・・・ダアトに?」
ジェイドでなくとも、全員が怪訝そうにアニスを(正確にはアニスの持っている手紙を)見た。
「私、ですか?アニスではなく?」
「私も一緒に行きますよ、当然。ティアもです。一緒に戻ってこいってありますから。ただ・・・私たちはついでみたいなもので、カンタビレが来て欲しいのは、大佐らしいです。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
なんで?という印象を隠しもせず、全員が顔を見合わせた。
同じく捜索に借り出されている第三師団長のアニスと、カンタビレの部下のティアよりも、ジェイドに用件があるというのは、どういうことか。
「なんだか・・・怪しいですわね。」
と、いつも真顔で怖い真実を言う王女が、今回も的を得たことを言った。
ナタリアは知らないことではあったが、カンタビレはジェイドが苦手だという態度で前回は会話をしていた。そのジェイドをわざわざ呼び出すというのは・・カンタビレ自身も歓迎できない状況に陥ったからに他ならないだろう。
とはいえ、怪しかろうとなんだろうと、呼ばれたからには行かねばならない。
「仕方ないですね。」
ジェイドは言った。
「どのみち、アッシュ捜索の足がかりとしてアムラジェにも接触したいと思っていました。来いというのならば、喜んで伺いましょうか。」
ただし、第3施設の調査は、一端、打ち切りにしなければならなくなった。
「おや、早かったね。」
ダアトに着いて一番で訪ねると、一同の姿を見るなりカンタビレは、本当に驚いたように目を丸くした。
いつも不機嫌そうだったり人を食ったような顔をしていたりと、どこかジェイドに通じるものを感じていたガイは、そのカンタビレの素直な反応にこそ、目を丸くする。
いつも冷たい表情のジェイドと違って、カンタビレなら豪快に笑うこともありそうだ。
その証拠に、
「最新の飛晃艇で、来たんだ。」
と説明すると、カンタビレは興味深そうに目を輝かせ、後で自分も乗せろと言ってきた。
意外に音機関も好きらしく、案外ガイとはウマが合うかもしれないね、とアニスがにやりと笑いながら言った言葉には、同意しないでおいたが。
「で、アムラジェは今、どこにいるの?」
私たちも話聞きたいんだけど、とアニスが聞くと、牢屋に入っている、とカンタビレはなんでもないことのように答えた。
「牢屋!?いきなりそれはないんじゃないか?」
ガイが抗議をすると、カンタビレは、仕方ないさ、と溜息をつく。
「アムラジェは教団兵ではないからね。軍規違反でもないし、牢屋ってのは確かにやりすぎに聞こえるかもしれないさ。だが、現在アムラジェには、ハレルヤ殺害の容疑がかかっているし・・・それ以外にも。」
「ハレルヤの預言も、アムラジェが裏で糸を引いていたものだという嫌疑でもかけられましたか?」
間髪入れないタイミングでのジェイドの言葉に、カンタビレは苦笑した。
「・・・その通り。まあ、元よりハレルヤの預言に対して、よく思ってなかった連中はよってたかって、アムラジェに濡れ衣でもなんでも、着せたがっているのさ。」
カンタビレはそこで、表情を引き締めた。
「今回の件は、本当に単なるかけおち事件だったのかもしれないさ。しかし、アムラジェがハレルヤの付き人であったことが、連中にとっては好機なんだ。他の導師候補を擁立したいやつらや、それこそハレルヤを忌々しく思っていたやつらにとって、彼らを叩ける材料であることは変わりない。」
潔癖なティアは、いやな話ね、と眉を顰めたが、政治の裏側には慣れっこのナタリアと、元より現実にシビアなアニスの同意は得られなかった。
「そのうえ、アムラジェ本人からは、申し開きもなにもない。私は知りません、の一点張りで、しかも。」
カンタビレは、声のトーンを落とす。
「・・・鮮血のことなど、見たことも聞いたこともない、そうだ。」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
自分が逃げた男と一戦交えたんだから、見たこともないは通らないだろう?とカンタビレが言う。
全員がそれについて考えていたが、元より考えて答えが出る問題でもない。
すぐにでもアムラジェに話を聞きたいところだったが、その前に、ジェイドが口を開いた。
「それで、私になんの用です?」
そもそも、教団には無関係のジェイドが呼ばれたからには、その理由がある筈だった。
言葉だけなら、まるで喧嘩をふっかけているようにしか聞こえないジェイドに、カンタビレは諸手を挙げ、
「それは・・・トリトハイム様に聞いてくれ。」
と言う。
ジェイドを呼んだのはトリトハイムで、会えば事情はすぐに分かる、という。
「トリトハイム様?なんで?」
「大佐にどんな用事が?」
2年前に、彼らに好意的に便宜を図ってくれた大詠師だが、その後、マルクトともジェイドども個人的なつきあいはなかった。
そのトリトハイムが、ジェイドを名指して呼び出したことに、一同は首を傾げる。
ジェイドは、口元に手をあてて考えているように見えたが、それはたぶん、と言いかけた言葉を、飲み込んでいるところだった。
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