| ■∞INFINITY■
-Luke-
ふらりと、街の外に出たのはほんの気まぐれだった。
少し、息が詰まるような気がしていたからかもしれない。無理をしている自覚はなかったが、ふとした瞬間に気負ったものを感じることはあった。
それがムリをしているということなのかもしれないが、よくはわからなかった。
腰に佩いた剣が重く感じる。
旅に出てから何度か剣を新調した。
そのたびに剣の威力は上がり、同時に上がっていく剣の腕に、吸った命の数は知れない。
背負うには重い数だと思った。
ただ何もせずに立っていると、時折訪れる旅人や馬車の御者が怪訝な目を向けてくる。
それにもなんだかいたたまれなくて、離れすぎないようにと注意をしながらも足は森へ向かい、気がつけば森を少し入った大木の下に辿りついていた。
樹齢は千年も経っているのだろうか。
詳しくはないが、かなりの大きさだ。
覗くウロも大きなもので、それは聖獣の住まう大木を思い出させた。
木の根に座り、木漏れ日を眺める。
考えなくてはならないことは多いが、思考は妙に平坦なまま時を過ごす。
頭の中に浮かぶさまざまなことは、記憶にも残らずに考えるそばから消えていった。
頭上を大きな影が過ぎって行く。
魔物かとも思ったが、かすかに聞こえた駆動音がそうではないのだと知らせた。
乗ってきた飛晃艇ならば街のすぐ横に停まっているはずだ。発つという話は少なくとも街にいた時は聞かなかったから、もう一機の方なのだろう。
物資の補給にでも来たのだろうか。それとも別の用件か、あるいは何か情報でも得て立ち寄ったのだろうか。
そもそも連絡もなかったのだから、偶然上を通りすがっただけで別の場所に赴くところなのかもしれない。
乗っているかもしれない人を思い、瞳を閉じた。
それからおそらく、いくらも経っていないだろう。
ガサリと草を踏む足音が近づいてくるのがわかって瞳を開けた。
少し、眠っていたのかもしれない。
近づいてくる人の気配に、森がざわつく。羽音などに耳を澄ませていたら、すぐに気配の主が姿を現した。
何をしているのか問われて、言葉に詰まる。
高圧的な物言いはいつものことだし、鋭い眼差しも変わらない。
だがこんなところまで足を運んできたという事実は、常とは違うところだ。
偶然なわけがない。
わざわざ探しに来たとしか思えない。
質問には答えずに尋ねると、あからさまに嫌な顔をした。
会うのは瘴気中和以来だ。
会いたいと思い続けて会えず、半ば諦めていたら向こうから来てくれた。
なんてことはない。それだけのことなのに、涙が出そうだ。
会いたかった。
いつ消えるかわからないこの身体で、もう一度会えるのかわからなかったから。
会いたかった。
どうしてこんなに会いたいのか、ずっとわからずにいたのだけれど。
会いたかった、のは。
好きだからに、決まっているのだ。
嫌な顔をされても、その姿を見たら自覚できてしまった。
生きたいって、思ったらいけないのだろうか。
この人の役に立ちたいと、その為になら命だって捧げられると、考えたらいけないのだろうか。
そう思うことで、背負った命を裏切ることになるだろうか。
罪ならばこの胸にたくさん抱えている。
もうひとつ増えたそれは、これまでとは違ってとても大事で、甘美な色を備えていた。
まるで真似るかのように質問に答えを返さなかった彼は、ぶっきらぼうに訪問の理由を語る。
掴んだ情報をわざわざ授けてくれる。憎んでしかるべき相手に対してでも、その公平なところを崩したりはしない。
律儀ともいえるその性分はどちらかといえば好ましいものだ。
半ば一方的に用件を伝え終わった後も、彼は動かずにそこにいる。
何を言うでもなく、行動を起こすでもなく、ただ立っている。
それが少し不思議でじっと見つめていると、合っていなかった視線が僅かに交わった。
身体はどうだ、と紡がれた言葉に瞠目する。
身体を心配してくれるとは思わなかったが、かといってこういった質問は初めてではない。最初はあの砂漠のオアシスで。その後は回線などでも。
だからこれも、その延長なのかもしれなかった。
とにかくも、仲間たちに告げた文言をここでも繰り返す。
嘘なんかいくらでもつけた。真実を隠すための、自分の大事な人たちを守るための嘘なら、舌が真っ黒になってでもつき続ける。
それくらいの覚悟など、なんてことはない。
そう――好きな人を、守るためなら。
重ねてここにいる理由を問われた。
なぜ。なんで、だろうか。
当たり障りのない理由を述べた。たまにはひとりを満喫したいとか。
別におかしいことじゃない、と思う。
見ればその気持ちもわからないでもないのか、少し納得した風情で立っている。
あながち嘘でもないのだ。
ひとりになりたかったのは事実だ。そこにどんな裏が隠れていようと、その部分だけなら嘘ではない。
仲間と騒ぐことで、恐ろしい真実から目をそらすことが出来ることもあるが、逆に偽っていることが苦しくなることもある。
そんなどうしようもない場所から逃げたくなることもあって、それが今日だったのだ。
そのタイミングに、やってくるなんて。
反則だ。
そっと伺うようにしていると、何を思ったのかすぐそばに腰を下ろした。
用件ならば済んでいるはずだ。
そもそも情報ならば街にいるはずの仲間に伝えればいいだけの話で、こんなところにまで足を運んだ意図がわからない。
何か言いたいことでもあるのかと身構えてみたが、一向に口を開く気配もない。
整った容姿と眉間の皺と上げた前髪のせいで、いつもは無表情でどこか冷たい印象を与える。
それが今日は心なしか穏やかな感じに見える。
それはもしかしたら、儚い恋心に気づいてしまった心が見せる願望なのかもしれなかったが。
なんでもいい、と思う。
今この瞬間だけでも一緒にいられるならば。
もしかしたら次に会った時には、剣を向け合うことになるのかもしれなくても。
胸が熱い。
今までこんなにも熱い想いを抱いていたことに気づかなかったことが不思議なくらい、心の中が好きでいっぱいだった。
好き、という単純で大切な言葉を当て嵌めただけで世界が違って見えることが不思議で、たったその二語だけで今まで執着とも呼べたこの感情の出所がわかった気がした。
胸が痛い。
せっかく得たこの気持ちも、そう遠くない未来に失ってしまう。
けれどそれでも気づけたのだから、大切に抱いたまま、持って行こう。
この宝石のような気持ちは、何よりも強い心の支えになるだろう。
直接告げられないのは、悲しいけれど。
横顔を焼き付けておこうと思う。
自分と同じ顔だなんてこと、もうどうでもよかった。
その真っ直ぐな眼差しを、刻み付けておこう。
この先にどんな道が待ち受けていようとも、この気持ちだけは失わない。
見つめていたら、ふいにこちらを向いて再び視線が交わった。
先ほどよりも近い距離にドキリとする。
考えていたことがことなので少し後ろめたい気がしたし、いつもなら強すぎる視線に逸らしたくもなるのになぜかそんな気にもならなくて、お互いに表情も乏しいままに見つめあった。
だがそれもなんだかいたたまれなくなってきて、俯いてしまう。
この空気は、どうしたらいいんだろう。
いつもとは勝手が違いすぎて、戸惑う。
かすかな衣擦れの音とともに影が差して、髪に指が触れた。
驚きのあまり、身体が硬直する。
指の持ち主なんて、ひとりしかいない。
夢ではないのかと思う気持ちが指一本すら動かせずに、声すら発せられずに。
触れた指は、髪を梳いているのか、頭を撫でているのか。
どちらにせよ、ありえない、としか思えない。
けれども現実だ。
さすがに寝た記憶もないのに夢を見るほど器用じゃない。
時間にしたらそんなに長い間ではなかったのだろうが、それでもその事実をしっかり認識するのにはそれなりの手順が必要だった。
そっと、顔を上げる。
顔が上がりきる前に、影がさらに動いて、視界が埋め尽くされた。
キスをされているのだと気づいたのは、瞳を大きく見開いて、だが近すぎて見えない影が顔だとわかってからだった。
その事実に驚いてさらに固まる。
キスなんて初めての経験だ。それでも触れる唇がとても優しく、暖かいものだと気づいたら自然と肩の力が抜けて瞳を閉じた。
何も語ってくれないから、意味なんてわからない。
もしかしたらそんなものはないのかもしれない。
キスを交わすということの一般的な意味はわかっている。
けれどこれをそれに当て嵌めていいのかはわからなかった。
髪に触れていた手が撫でるように滑り落ち、背を抱き寄せられた。
腕の中に抱えるようにされて、そうして深くなってゆくキスを受ける。
段々と身体の力まで抜けていき、ほとんど寄りかかるようにしても力強い腕は微動だにしない。
縋るように伸べた手を空いた手が掴み、背に回すようにされてやっと抱きしめてもいいのだと気づいた。
両腕を背中で交差させて抱きつく。先よりも密着した身体が熱い。
初めてで長いキスは、それでも戸惑いよりも優しさやぬくもり、気遣いなどの暖かい感情だけを伝えてきた。
涙がこみ上げる。
嬉しいのか悲しいのか、複雑に絡み合った気持ちは自分でもわからない。
キスが解かれて囁いた。
素直な気持ちだけを、言葉に乗せた。
アッシュ……。
立ち去る後姿に、そっと呟いた。
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