「ね〜?初めてのキスって何回くらいのデートで許す?」
「そりゃあ、人によると思うけど〜?」
「あんたは〜?いつだったの?」
「私?私は3回目くらいだったかな〜?」
などと周りを気にせずはしゃぐ声が聞こえてきた。
「・・・・・。」
こういう時、なんとなく気まずくなるのはどうしてだ。
と思いつつも、3人は顔を見合わせ、黙る。
別段、こちらにやましい事がある訳ではないのに。
5回目のデート |
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「あ〜・・・なんだい。」
紅茶を無意味にかき回しながらナナリーが言った。
「ああいうのも、無邪気ってのかね。人目もはばからず、盛大にはしゃげるのは若い証拠ってね。」
「ナナリーだって、10代でしょうが。」
ハロルドのつっこみに、まあ、そうだけどさ・・・などと言い、精神的には実年齢よりも大人なナナリーは、くすくすと笑う。
ああいう少女達の姿も、微笑ましいと思っているのだろう。
「そうね・・・。ちょっと羨ましい、かな?」
少しだけ、顔を赤らめながら言ったのはリアラだった。
「羨ましい?」
「うん、彼に夢中って感じで。とっても幸せそうに見える。あの子達も、そういう風に見て貰える自分を嫌いじゃないんだと思う。」
「変なの、それが羨ましいの?あんただって、同類でしょうが。」
意地悪くからかいの表情を浮かべ、ハロルドがこつん、とリアラのカタチの良い額を指でこづく。
その額を両手で隠すリアラの態度と比べ、こういう仕草のハロルドは、まるで悪女のように、色っぽい。
風が気持ちの良いカフェだった。
訪れるのも何度目かのこの大きな街には、おしゃれだったり、可愛かったりと、色々なカフェが並んでいて、お茶を飲むのに困らない。
「ところで、あさってのクルーズには、何を着ていくか決めた?」
リアラが自分の事のように目を輝かせてハロルドに聞いた。
「ううん。そこで相談なんだけど〜。これから買いに行くの、つきあってくんない?」
それに対して、ハロルドが頬杖をつき、上目遣いで答える。
もちろん、と言いながら、ナナリーはこの表情も良いな、と思う。
目を潤ませ、少女のように小首を傾げてて。
こういう顔でおねだりなどされたなら、ジューダスですら、陥落しそうだ。
「船上では、パーティなんだっけ?」
「そうよ〜。」
「素敵〜vダンスとか、踊るの?」
「・・・そういうのも、やるみたい・・・。」
「じゃあ、ドレスアップしなきゃねv」
楽しそうにリアラが言うので、少しだけハロルドは申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね〜・・・。ペアを引き当てちゃって。」
・・・もっと大人数の招待状だったら、良かったのに。
つい昨日の話だ。
闘技場で戦利品として、ハロルドはおよそ戦士には似つかわしくない商品を手に入れていた。
それは、調度この街に停泊中だった、世界に何船もないような豪華客船でのパーティの招待状だった。
その船は、内部に長期航海に対応可能な様々な娯楽施設や、豪華の名にふさわしい美しく飾られた客室がいくつも設けられてあるらしく、船内だけでも一見の価値があるという。
その豪華客船が近くの海を旋回し、またこの港に戻ってくる間の、一夜限りの夢のようなパーティというのが謳い文句で、よほど裕福でない限りは立ち入る事もできないような船に乗れるというだけで、パーティの参加チケットは瞬く間にSOLD
OUTしており、ハロルドが手にしたのは、その招待状だった。
まさにプラチナチケットだったが、それはペアだった。
当然、全員は行けない。
「良いのよ〜。気にしないで。」
「そうだよ。折角なんだから、楽しんでおいで。お土産話を期待してるね。」
ふたりににっこりと笑って言われ、ハロルドもほっと安心する。
ふたりには悪いが・・・こんなチャンスはめったにないのは事実だ。
どうせなら、一番行きたい人と一緒に乗りたい。
「さあ、じゃあ、ハロルドのドレスを選びに行こうじゃないか!」
明るい声でナナリーが、コーヒーを飲み干した後、ふたりを促した。
「じゃ〜ん!」
演出の効果音を自分で口にしながら、ハロルドが試着室のカーテンを、勢いよく開けると、すぐ前で待っていたふたりは、お、と目を凝らしてハロルドを見る。
「ね、どう?どう?」
期待に胸を膨らませ、ハロルドはふたりに聞く。
「似合う・・・。」
そうは言うものの、なんとなくふたりの目が泳いでる。
「なに?似合わない?」
「いや、すっごい似合うけど・・・。」
ナナリーとリアラは顔を見合わせ、
「ハロルド、胸、あるね〜・・・。」
とつぶやくように言った。
こころもち、リアラの方は顔が赤い。
そしてちらり、と自分の胸元に目を落としたようだった。
ハロルドの選んだドレスは、シンプルなカクテルドレスだった。シャンペンゴールドの素材が光を反射し、さらさらと音をさせそうだ。ビスチェに長いトレーンのドレスは、ハロルドの豊かな胸元と、細すぎるほど細いウエストのラインを目立たせ、上品ながらもセクシーに見せている。
ハロルドは、そのふたりの言葉に気を良くする。
「そう?じゃ、これに決めちゃおうかしら〜。」
狙いどおり、だし。
くるりと一回転し、鏡に映る自分を再確認する。
うん、いいじゃない。
いつもよりも、大人っぽくってセクシーで。
これで、肘まである手袋と、インパクトがあってそのうえ上品なネックレスをつけて、いつもはそのままにしている、このくせっ毛を纏めれば・・・完璧。
ハロルドが、自分のドレス姿に満足していると、
「待って、ハロルド。」
リアラが、声をかけてきた。
「ん?」
「これはどう?さっきナナリーと見つけて、絶対、ハロルドに似合うって思ったんだけど・・・。」
「・・・どれどれ?」
にっこり笑ってリアラが差し出すドレスを見、そしてハロルドは、複雑に眉を寄せて顔をあげた。
それはとても、可愛らしいデザインだった。
ホルターネックで、首に繋がる紐の部分がパールのネックレスのようになっており、膝よりも上のスカートは、ふわりと広がる淡く薄い生地を何層にも重ねて、調度チューリップを逆さにしたようなシルエットをつくっている。
今、着ているカクテルドレスよりも、キュートなイメージだ。
「気に入らないかい?」
複雑な表情を浮かべたハロルドに、ナナリーが聞いた。
「そうじゃないけど・・・。」
今回のパーティで、ハロルドは、色気のある大人の女を演じよう、と心に決めていた。
このドレスは可愛いが・・可愛らし過ぎる。
これを着た自分は・・・子供みたいに見えはしないか?ただでさえ、子供みたいな顔をしているのに。
「着てみようっかな・・・。」
でも、それにしてもこのドレスは可愛い。
本来なら、ハロルドが最初に、飛びつくような好みのデザインだ。
このまま見過ごすのも惜しくなって、ハロルドは言う。
それに、嬉しそうな顔になって渡してくれるリアラとナナリーを見て、ハロルドの決めていたはずの気持ちは、ますます揺らいだ。
「で、2着とも買ったのか?」
「うん。」
笑いを含んだ声でジューダスが言った。
ごくり、と一口、コーヒーを飲み込む姿を、ハロルドは眺める。
・・・ホント、なんでこういう仕草も絵になるのかしら。
結局、あのドレスを試着してみたところ、それはあまりにも、自分から見ても似合っていた。
カクテルドレス、と決めていたとはいえ、実際に可愛く、似合う他のドレスを見れば、心は揺らぐ。
ナナリーとリアラのお薦め、というのも迷った原因だ。
服は、自分で見るのと、他人が見るのとでは印象が違う。
似合う似合うと強く推されるとなれば、かなり似合う、という事だろう。
幸い闘技場で稼いだお金がたっぷりあった。
だから、結局、両方をハロルドは買った。
当日、どちらを着るか決めよう、と思って。
それに。
・・・前回、それでちょこっと痛い目もみたし。
前の街で、一緒に買い物にでた時の事だ。
やはり、ふたりが似合うと薦めてくれたワンピースをその時買わなかった為に、他の人に買われてしまい、少し寂しい思いをしている。
ああいうものは、出会った時、ピンときた時が勝負だ。
買い物が終わり、美味しいと評判のケーキ屋で、シュークリームとプリンをふたつずつ買い、その足でハロルドはジューダスの部屋を訪れた。
足元の紙袋には、買ったばかりのドレスが2着、入っている。
ジューダスは、自分の訪問にも驚きもせず、まるで当たり前のように部屋のドアを開いて、中に招き入れてくれていた。
実際、ジューダスの部屋を訪ねるのは、めずらしくもなくなっている。
ジューダスの方もいつの間にか、なんやかやと理由をつけて入り込む自分を、追い出そうとはしなくなった。
今も、買ってきたケーキの箱を掲げて差し出しただけで、ふたり分のコーヒーを用意してくれていた。
「それで、あさってのクルーズだけど・・・。」
「ああ。」
ジューダスの返事はそれだけだった。
YesなのかNoなのか、はっきりしない。
だが、この男は嫌ならそう言うだろう。
だから、それはOK、という事だ。
くふん、とハロルドは笑う。
今更、自分の誘いを断られるとは思っていないが・・・場所が場所だ。ジューダスは騒がしい場が好きではない。だから、嫌だというかもしれない、と一抹の不安を抱いていたのだ。
心配の種がなくなったことで、ハロルドの心の中は、もうすでに船に乗る楽しみだけで満たされている。
実際、楽しみななにか、というのは、待ち遠しがっているその時が一番楽しいのかもしれない、と思った。
きてしまえば、過ぎていくことを惜しむだけだ。
「ダンスもするらしいわよ〜。」
ハロルドにしてみれば、何気なく言っただけだった。
リアラと会話していた事を思い出し、それを口にしただけの。
「・・・踊るのか?お前は。」
それに対して、ジューダスは、面白くもなさそうに言う。
「ううん、まさか。踊れないもの。」
ダンスなんてものは、習ったこともない。
自分の生まれた時代では、ダンスパーティなど、お伽噺の中で行なわれていた遊びだ。お姫様や王子様が出てくる、童話の世界の中だけの。
あったとしても、それは裕福な天上で行なわれていただけだろう。
ジューダスはそれを聞くと、そうか、と一言だけ言った。
そのまま、その話題を終わらせたがっているのがありありな態度に、ハロルドはピンとくる。
「あんた・・・。もしかして、踊れるの?」
「・・・・・。」
「・・・・踊れるの?」
「・・・・・・・・・・。」
聞くたびに沈黙の時間が長くなる。
「・・・踊れるのね・・・。」
ああ、なんてこと。
と、ハロルドは天井を仰いだ。
そう、育ちの良いこの男の事だ。
一通りの、社交辞令として、ダンスを習っていたとしてもおかしくはないではないか。
「こんな事なら・・・。」
言いかけてハロルドは、ぷつりと言葉を切る。
今更、言ったところで、どうにもならない。
それなら・・・踊りたかった。
踊れるものなら。
この男なら、なにもしなくても申し分のない王子様だ。
一緒に踊れれば・・・幼い時に憧れていたお姫様の気分に、一瞬でもなれたものを・・・。
無言のまま、ジューダスはコーヒーを飲む。
もうこの話題には、触れたくないらしい。
その姿をちらりと確認した時、
「あ。」
ハロルドは、ひらめいた。
「今から、教えて貰えば良いんじゃない!」
その瞬間、ジューダスが思いっきり顔を顰めた。
だが、それは、絶対にそうくると思った、とも言ってた。
そう、簡単な事だ。
目の前に踊れる人間がいるなら、伝授して貰えば良いことだ。
そう思い、詰め寄ろうとしたハロルドに対して、顔を背け、
「嫌だ。」
きっぱりと、ジューダスは言った。
「なんでよ?」
唇を尖らせ、ハロルドは聞く。
「あんなもの・・・2度とごめんだ。」
よほど良い思い出がないのか、ジューダスは端正な顔を顰めたままだ。
「私は一緒に踊りたい。」
「嫌だ。」
「踊ってよ!」
「断る。」
ぷ〜っと、ハロルドは膨れる。
テーブルの下で、ジューダスの足を蹴る。
「痛いだろう!」
「だって〜。」
「だってじゃない。嫌なものは嫌だ。あんなものは・・・。」
女のする事だ、と言いそうになり、ジューダスは言葉の飲み込む。
それこそ、自分で自分の首を絞めるようなものだ。
屁理屈屋の彼女のことだ。私は女だもん〜だから教えなさい、と返されるに決まっている。
そんなジューダスの顔を、じ〜〜〜〜〜っと見て、
それからハロルドは、にっ、と笑った。
「もしかして・・・照れてるの?」
「ばっ・・・!」
思わず、大声で反論しそうになり、そこを抑える。
「・・・そんなんじゃない。」
ぎゃあぎゃあ怒鳴り返しでもしたら、図星だと思われるだろう。
深く息を吸って、ジューダスは落ちついた声で、答えた。
「ふ〜ん・・・。」
慌てるジューダスの姿を見られないからか、少しだけハロルドの声は不満げだ。
それを聞きジューダスの方は、してやったり、と顔に出さずに思っていた。
「けち・・・。」
唇を尖らせ、ハロルドは言う。
「なんとでも言え。」
その手に乗るか、とジューダスの対応はそっけない。
やがて、諦めたのか、ふ〜っ、とハロルドは力なく溜息をついた。
もっとも、ハロルドの行動には、諦めるという事がない。
だから、きっと次の手を仕掛けてくる。
そして、やり込められると、悔しさよりも、やられた、という気になる。
それが、実は嫌いじゃない。
他のヤツに負けるのは、腹がたつが、こいつ相手だと、どうも・・・。
そんな事を考えながら、ジューダスは自分自身に苦笑した。
「でも、意外ね〜。あんたがダンス習ってただなんて。」
「好きで習った訳じゃない。」
あれは14歳の時だったか。
早くから王宮に自分を潜り込ませようと画策していたヒューゴに、習わされた、というべきだ。
「ん?じゃあ、誰とも踊ったことない訳?」
「・・・・・。」
「ねぇねぇ、ないんですか?」
「・・・・・。」
「あ、解かった!もしかして、いつか好きな人と踊ろうと思ってとってあるんでしょう!少女趣味〜!」
「バカか。そんな訳ないだろう。第一、彼女とはもう踊って・・・・。」
思わず、ふつり、とジューダスは言葉を切った。
今のは、失言だった、そういう思いしか浮かばなかった。
ハロルドは、きょとん、とこっちを見ている。
言葉を切った自分に、不思議そうだ。
そこには、なにも怪しんでいるようなそぶりは見えない。
なのに、なにをこんなに動揺しているのだろう。
何故だか、ハロルドにはこの話を聞かせてはまずい、と思った。
ハロルド、だけには。
「何?なんかまずい話?あんたの失敗談?相手の人の足、踏んじゃったとか?」
自分が話しかけてやめた理由を勝手に想像し、ハロルドはこちらに体を乗り出し聞いてくる。
自分の失敗談などは、めったにお目にかかれない、と思っているのだろう。嬉しそうで、人の悪い笑みが浮かんでいる。
「・・・なんでもない。」
そっけなく答え、ジューダスは、安堵と疲れの両方が混じった溜息をついた。
翌々日は見事に晴れ上がった。
雲ひとつない空を見上げ、今夜は星が見えそうだ、とハロルドは満足する。
港に行けば、夕方からの出航を待ちきれないのか、沢山の人で、すでに溢れかえっていた。
その顔は全てが上気し、これから船の上で過ごす一夜を待ちきれない、といっていた。
その空を遮るように、そびえる巨大な船をハロルドは見上げる。
そうしていると、まるで城の城壁のようだ。
完璧で隙のないその姿は、優雅というよりも、押しつぶされるような威圧感だ。
人間が作ったものでも、これほど巨大だと人は小さな自分を比べて、脅威を覚える。
「・・・おい。」
「な〜に?」
ご機嫌で、不機嫌そうな声に、ハロルドは答える。
仮面を脱いだジューダスは、濃紺のジャケットを羽織ってそこに立っている。
その手には、大きなボストンバック。
「一夜、船で過ごすだけだろう・・・なんなんだ、この大荷物は。」
不満げな顔で、バッグをハロルドの方に差出し、ジューダスが言う。
「だって、夜はパーティなのよ?正装とかするじゃない?」
「それにしては、なにやら固いものがあるようだが?」
腿のあたりにあたるのか、ジューダスがバッグの中身を気にする。
「そりゃあ、そうよ。だって私の化粧道具一式だって入ってるんですからね。男のあんたと違って、色々と用意が必要なの、私は!」
結局、ドレスは選びきれず、2着とも持ってきた。
たぶん、着るのはカクテルドレスの方だが、もう1着を置いていくのも気がひけたのだ。
それにあわせ、色の違う口紅やマニキュア、パフューム、アクセサリーと選んでいったら、荷物はかさばってしまった。
ついでにその中には、昨日、こっそり街で買った、ジューダスの服も入っている。
ジューダスは、持っているもので間に合わせると言っていたが、ハロルドの方はそれではつまらなかった。
だから、内緒でジューダスに着せる服を選んできた。
それは、丈が長めのジャケットで、色はジューダスの好きな黒だ。ジューダスの背は低いから、本来なら長めの丈はあわないと思われがちだが・・・。それはたぶん、完璧に似合うはずだ。そもそもこの男は見目が良い。いっそエレガントな雰囲気になるだろう。タイもスカーフのように柔らかく、広がるタイプのものを選んだ。絵に描かれた貴族のように、品が良く柔らかい雰囲気になり、そこらの二枚目気取りなど、つま先で蹴散らせるだろう。
順番が来て、タラップに足をかけ、一歩づつ上っていく。
そういえば、ハロルドは船に乗るのは初めてだ。
ふと、下を見ると、見上げている人たちが小さく見えた。
なんだが、本当にどこか遠くに連れて行かれてしまいそうだ、と思い、少しだけ寂しい気持ちになってハロルドは下にいる人々に向かって、軽く手を振った。
タラップを上りきると、きちんとした制服を着た船の乗務員がやってきて「お荷物をどうぞ」とジューダスの手のバッグを受け取る。
チケットで船室番号を確認した後、案内をする為に先に歩き出した乗務員の後をついていくと、ハロルドの肩のあたりをジューダスが引く。
「おい。」
「な〜に?」
「部屋まで用意されてるのか?」
「うん、そうよ。だって着替えるところとか必要じゃない?」
そう言われ、ただ、パーティ開場に足を踏み入れるだけだと思っていたジューダスは、腑に落ちないものの納得したようだった。
だが、ジューダスが正しい。
実は、ハロルドは黙っていた事がある。
闘技場で手に入れたチケット。
それは単なる招待状ではなく、パーティの招待も込みの、一等船室の宿泊券だった。
黙っていたのは必然性があったからだ。
そうだと知れれば、ジューダスとふたりで、と言うわけにはいかなくなる。
一緒の部屋に泊まるとなれば、流石のナナリーも顔を顰めるだろうし、ロニもなにかを言い出すだろう。
そして、面倒なことになりそうだ、と思えば、なによりもジューダスが納得しない。
・・・ごめんね、騙して。
心の中で舌を出しながらも、ハロルドは一応は口に出さずに謝る。
ごめんね。でも、どうしても、あんたと泊まりたかったの。
船内を歩いていると、色々な人と行き交う。
見るからにずっとこの船にで旅しているであろう、裕福そうな老夫婦。
やはりパーティのチケットを買い、待ちきれずに乗り込んできたらしいデッキの若いカップル。
だが、一様に全員が浮き足立っているのが分かる。
乗務員たちも楽しいのだろう。とても社交辞令とは思えない満面の笑みを浮かべ、あちらこちらと、忙しく挨拶ししてまわっている。
赤い絨毯のひいてある階段を上っていると、向こうから若い男のふたり連れが降りきて、調度真ん中あたりですれ違った。
一瞬、目が合い、笑みを浮かべて会釈で挨拶をする。
向こうも同じように返してきて、見知らぬ人同士なのに、親しみを感じた。
「・・あれ?ジューダス?」
気がつくと、階段で立ち止まり、ジューダスが先程のふたり連れを見送るかのように、そちらを見ている。
「どしたの?」
なにかあるのか、と不思議がってハロルドが聞くと、ジューダスは、別に、と言いながらハロルドの横に並んだ。
「変なの。」
「いや・・・なんでもない。」
言いかけたのを飲み込む歯切れの悪さも、らしくない。
だけど、ジューダスは本当に何もなかったかのように、ハロルドの先を歩き出し、早く部屋を見たかったハロルドも、それ以上の詮索はせず、慌ててジューダスの後についていった。
「きゃあ、素敵v」
案内された室内を一目見るなり、ハロルドは喜びの声をあげる。
そんなハロルドの反応に、乗務員はにこり、と誇らしげに笑った。
室内は、アンティークな家具が揃えられ、リビングと寝室のふた部屋あった。用意されていたタオルも、ふかふかのベッドも質が良く、手触りも心地良いものばかり。
豪華客船というだけあって、贅沢品を惜しげもなく使っているところに、気前の良さを感じる。
船など、もしも沈んでしまったら、それで終わりだ。なんと思い切りの良いことだろう。
リビングでジューダスに服を手渡し、
「おい、なんなんだ?これは。」
「何ってあんたの服よ〜。用意してあげたんだから、着てよね。」
「聞いてないぞ。」
「言ってないもん。」
「僕の服など、どうでも良いだろう!」
「どうでも良いなら、それ着てよ。」
ハロルドは、寝室へと引っ込み、そこでドレスに着替える事にする。
まだ、時間までにはかなりあるが、先程、船内ではすでに夜のパーティ用の正装をしていた人も大勢いたし、折角のドレスだから、長く着ていたい。
ボストンバッグから、持って来た2着を並べてクローゼットにかける。
どちらも素敵だ。
どちらも選びがたい。
でも。
「うん、やっぱり、カクテルドレスにしようっと。」
だって、こっちの方が大人っぽいし。
お先vと心の中でジューダスに語りかけ、まだ誰も使ってないシャワーを使う事にする。
まだ、陽が暮れるのに間があるし、汚れてもいないが、新しいドレスを着るのに、シャワーを浴びないのは嫌だ。
ざっと全身を洗い流し、髪を乾かした後、マニキュアをつけ、それも乾いた頃、髪を纏める為に備え付けのドレッサーの前に座る。
鏡の中には、幼い女の子のような顔が映っている。
どうやっても大人にみえない、大きな目、小さい鼻。唇だけはぽってりと官能的だが、それが却ってアンバランスだ。
シャワー後で、火照っている頬が、ますます子供のように見える。
溜息をつき、手始めにいつもは、たらしている前髪を斜めに撫で付ける。覗く額は少しだけ大人っぽく見える。耳にかかるところを少し残して後ろに纏め、落ちないようにピンで留める。
リボンをつけたいところだが、今日はそれはダメ。
代わりにラインストーンがふんだんに使われた髪留めで、飾り付ける。
それが終われば、化粧だ。
下地のファンデーションを薄く延ばし、つややかに見せるファンデーションをさらに重ねてつける。厚くならないようにほんの少しだけ。それで内部から光り輝く肌のできあがりだ。おおきなブラシで粉をのせ、眉をきりりと書き、頬紅をはたき、唇にはいつものピンク系ではなく、赤い口紅をつけて、最後にマスカラをたっぷりと塗った。
ドレスを着て、大きなラインストーンのチョーカーを首につけ、少しスパイシーな香りのパフュームをつけ、全身を鏡でチェックする頃には、優に1時間は過ぎていた。
ジューダスはどうしているだろうか。
ハロルドが隣を覗こうとノブに手をかけたその時、今夜のパーティで生演奏するための最後のリハーサルをしているらしい管弦楽の音が、細く開いている窓から流れ込んできた。
思わず、ハロルドは、ドアから手を放し、窓の方に近づく。
優雅で、流れるような美しい音色。
だが、ハロルドの知らない曲だった。
「・・・バカ。」
ジューダスに好きな人がいたのは、知っている。
その人の為になら命も投げ出したことも。そして。
「・・・どうせ私は子供みたいですよ〜だ。」
ジューダスよりも年上の人だった事も。
『何回目のデートでキスを許す?』
『3回目かな?』
今回のデートでは、いつもよりも大人っぽくなりたかった。
今のままでは、それよりも一歩、進むためには、足りないなにかを足さなければダメだ。
ほんのひとつ、なにか違う雰囲気でも出れば、何もなかったところから、何かが生まれてくるかもしれない。
今までのふたりの間の流れを変えるような、なにか、が。
ハロルドはそっと、ドアを開ける。
覗くようにして首を出して、隣の部屋にジューダスの姿を探すと、待ちくたびれたらしい彼は、猫足のソファーに凭れて、眠っていた。
ソファーには、金箔があしらわれ、深緑のベルベット地に、金糸で刺繍がしてあった。
そこで転寝する姿がとても、絵になる。
こういう品の良い調度品が、彼にはしっくりくる。
自分は、生まれてからこの時代にくるまで、触ったことすらなかったのに。
それが、彼と自分との差を思い知らされるようで、見えない壁にやつあたりするように、ハロルドはすこし腹をたてる。
・・・ダンスだって習ったことだってある男なのだ。
「なによ。」
小声で、聞いてもいない相手に話しかけながら、ハロルドはそっと歩み寄る。
ジューダスの白い顔に、長いまつげが影を落としている。
「前に好きだった人とは踊ったくせに・・・。」
男にしては細い肩が、柔らかく上下している。
「私と踊るのは嫌だっていうの?」
それは、私の事は好きじゃないから?
たぶん、違う。
とハロルドは思う。
好き、嫌いの優劣ではなく、ジューダスの中の大切な何かに、ハロルドは足を踏み入れることができないのだ。
そこに入れるチケットを、自分は持っていない、という事なのだ。
たとえ、彼が私の事を好きだったとしても。
ジューダスの中のその場所には近づけない。
けっして、近づけない。
暖かい感触がした。
まどろみから抜け出し、ジューダスは目を開ける。
部屋の中は、少しだけ傾き始めた太陽の光が差し込み、空気中に舞う埃を光らせていた。
窓の外から、今夜の為のリハーサルをしているのか、ダンスの時によく使われる曲が流れてくる。
それさえなければ、とても静かだ。
そう思い、同時に、落ち着かない気分に、ジューダスはなった。
眠っていたソファーから立ち上がり、寝室のドアをノックする。
「・・・ハロルド、支度はまだか?」
中からは返事はない。
「・・・おい?」
それどころか、なんの音もしない。
自分が眠っている間に、ハロルドも眠ってしまったのだろうか。
ありえる。
子供のように、いつでも、いきなり、どこででも眠る女だ。
支度を途中で放り出し、眠くなったから、という理由で眠っていてもおかしくない。
トントン、とノックを繰り返し、それでもなんの返事がないので、仕方なく、
「開けるぞ。」
それでも遠慮がちに、ドアを開いた。
そっと中を覗き・・・。
「・・・・・?」
ジューダスは眉をよせる。
中はもぬけの殻だった。
シャワールームも扉が開いていて、いないのは見なくても確認できる。
ドレッサーの上には、化粧品が綺麗に並べられ、使い終わった後の、香料の甘い香りを漂わせている。
クローゼットの扉には、ドレスがかけてあり、2着とも持ってきているのを知らないジューダスは、まだ着替え終わっていないらしい、と思った。
・・・なのに。
ちっ、とジューダスは舌打ちする。
ドレッサーの上に走り書きがあった。
あいも変わらず、何を考えているのか、分からない女だ。
ジューダスがすこしだけ、眠っているうちに。
ハロルドの姿は、部屋の中から、消えていた。
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