『私を見つけてみてよ。捕まえる気があるならね。』
「一体、何を考えているんだ・・・。」
子供のかくれんぼを連想し、あきれ果ててジューダスは頭を抱える。
船内で冒険でも始める気なのかハロルドは、自分を遊びに誘っているらしい。
彼女の中での遊びだ。
子供のような、と言ってもなんの企みが隠れているのか、知れはしない。
ほうっておこうかとも思ったが、別にする事もないし、船内を見学しがてら、のってみるか、と理由づけ、ジューダスはとりあえず、部屋を後にする。
ハロルドがひとりで帰ってきた時の事を考え、無用心ながらも、部屋の鍵はかけないでおく。
どうせ、盗まれて困るようなものは何もない。
「あいつのいそうな所・・・か・・・。」
少し考え、ジューダスは歩き出す。
部屋に案内されがてら、少しだけ乗務員が説明してくれた箇所の中に、ラウンジがあった。
船内にも関らず、大きなシャンデリアがある事を「船の中でも、対して揺れないっていう自信の証ってわけね」と素早く分析した後、目を輝かせ「後でここでサンドイッチ食べようね」とハロルドが言っていた事を思い出す。
そういえば、昼食はまだ取ってない。
もしかしたら、いるかもしれないと思い、様子を見に行くことにする。
ラウンジについて、そっと中を伺ったが、ハロルドの姿は見えなかった。
引き返そうかとも思ったが、アテがある訳ではないし、行き違いになるのも面倒だ。
昼食を取りつつ、少し待ってみる事にした。
このラウンジは、昼間は軽食が出ると聞いていた。
試しに頼んでみたサンドイッチはなかなかの味で、だが、小食のジューダスには、量が多すぎた。
何段にも重なっているタワーのようなサンドイッチは、野菜やハムと具沢山で、甘いながらも少し酸味がある濃厚なソースがあっている。
半分ほど食べ、満腹になり、食事を中断して、ふと、こういう時はハロルドが自分が食べきれない半分を平らげていた事を思い出す。
あの小柄な体の、どこにそんなに入るのか。
いつでも嬉しそうに笑みを浮かべ、どんぐりを溜め込むリスのように、もごもごと頬を膨らましていた。
店内に視線をめぐらせ、もう一度ハロルドがいないのを確認すると、隣の席のカップルの女性が大きなパフェを頼んでいるのが目に入った。
ハロルドが見たら、食べたがるだろう。
甘いものには目のない女だ。
そういえば。
と、ジューダスはフルーツがふんだんに使われたパフェを見て思い出す。
初めて一緒に出かけた時も、ハロルドはパフェを食べていたのだったな・・・。
ジューダスが案内されたのは、調度デッキを望める、窓側の席だった。
外を見れば、青い空に白い雲が浮かび、かもめが低く飛行している。
まるで、平和な風景。
そして、周囲は祭りに浮かれ騒いで、浮き足立ってもいる。
朗らかながらも、陽気な空気に触れ、ジューダスは、ふと、今の自分の状況がバカバカしく思えた。
何故に、わざわざ探しにでる必要がある。
ああみえても、意味のない行動はしないハロルドの事だ。
思いついた遊びだったとしても、時期を見て、中断して帰って来る。
なによりも同じ部屋にいるのだ。
あそこ以外に戻ってくる場所もない。
だったら、自分も部屋に戻り、あいつが帰って来るのを待っている方が賢いのではないか?
そう思い、席を立とうと思ったその時、窓の外を、ふたり連れの男が歩いているのが見えた。
部屋に案内される前に、階段ですれ違ったふたりだ。
階段ですれ違った時、ふたりは自分が連れだという事にすら気がつかなかったようだった。
なによりも、あのふたりの視界にはハロルドしか入っていなかった。
だから、ジューダスにはあの時、すれ違い様、話の内容が、聞く気がなくても聞こえてしまった。
『見たか?』
『見た。すっげー可愛い!』
あのタイミングで、他の女の話である訳もない。
間違いなくハロルドの事だ。
ジューダスはテーブルの上の伝票を、少し乱暴な仕草で手に取る。
そのままの勢いで、立ち上がる。
支払いを済ませた後、次にデッキへと向かった。
あの無邪気なハロルドの事だ。
パンでかもめに餌付けしようなどと、考えていても不思議ではない。
「あ〜、おなか空いたわ。」
適当に船内を歩き、見つけたベンチにドレス姿で座り、海を眺めていたら、お腹が鳴った。
そういえば、お昼ごはんを食べてない。
失敗だわ・・・とがっくりとハロルドは頭を垂れる。
部屋に案内される時に、通ったラウンジでサンドイッチが食べたかったのだが・・・ジューダスがいたら、と思うと立ち寄れない。
しかも、小銭しか持ってきてない。
他の高そうなレストランには入れない。
「え?あれ?お客様?」
突然、戸惑ったような声で話しかけられ、ハロルドはそれが自分に向けられたものだと気がついた。
振り返ると、コック帽を被った男の子が、自分の方をみて、どうしたら良いかという表情を見せている。
「なあに?」
「え、っと。迷ってしまわれたんですか?もしや・・・。」
「・・・え?」
「いえ、こちらは・・・従業員専用のデッキなんですが・・・。」
戸惑った声で言われ、およ?とハロルドは思い当たる。
そういえば、ここに入るとき、お腹くらいの位置の高さのフェンス扉を開けて入ってきた・・・。
「あ、ううん。迷ったんじゃないわ。逃げてたら・・・つい。」
「逃げ・・?」
きょとんと若いコックは、相手の女性を見た。
着ている服はドレスで、どう見ても今夜のパーティの客だ。
それが、逃げる、というのであれば・・・。
「お連れ様と喧嘩でも?」
ピン、ときて聞くと、バツの悪そうな顔で、ちょっとね・・・と言葉を濁した。
やはりそうか、とコックは思う。
痴話げんかの挙句、女性は恋人を振り切り、こんな所に紛れ込んでしまったらしい。
こういう時は無駄な詮索をしてはいけないと、心得ている。何も聞かなかった事にして、目の前のお客には、デッキからは出て行って貰おうと思った。その時・・・。
きゅるる〜。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「・・・・聞いた?」
「・・・いえ。」
「・・・聞いたでしょ?」
「あ・・あの・・・;」
「聞いたわよね?」
「あ・・はい・・・。」
思わずそう答えてしまうと、目の前の女性は、ぱっと目を輝かせた。
「え?」
がし、っと手を掴まれ、ずい、と顔を近づけられ、詰め寄られる。
その顔は、近くで見てば見るほど、可愛い。
驚いてコックは、ぱちぱちとしきりに瞬きを繰り返した。
ハロルドは言った。
「ね?私、聞いての通り、すご〜〜〜〜くお腹空いてるの!お金は後で払うから、何か食べさせて貰えないかしら?」
デッキを見回したが、あの目立つ薔薇色の髪は見当たらない。
もっともこの船は広すぎる。
今頃、調度この反対側を、ハロルドは歩いているかもしれない。
ジューダスは溜息をついた。
タイの結び目に指をいれ、ひっぱって緩める。
少しだけ呼吸が楽になったような気がした。
なんだってこんなものを・・・。
ジューダスは思う。
締め方は知ってはいたが、ジューダスはタイなど、した事はほとんどない。
バッグから出された時、正直、少しだけムッとなった。
勝手に自分の意思を確認もせず、服を用意などして。
いつだってそうだ。
いつも、こちらの意志にはお構いなしで、いきなり何事かを始める。
自分勝手な、我侭な、行動。
つきあってやる筋合いなど、ない。
なのに、何故、つきあう気になどなったのだろう。
探さないと、とどうしてあの時・・・。
ジューダスは、置手紙の内容を思い出した。
『私を見つけてみてよ。捕まえる気があるならね。』
それは文字通りの意味だろうか。
この鬼ごっこだか、かくれんぼだかに、鬼の役をしろ、と、それに乗る気があるなら、とそういう意味だろうか。
単に思いついた遊びに、自分は誘われた、とそれだけの事なのだろうか。
それとも。
『捕まえる気があるならね』
それとも、そういう意味、なのだろうか。
あの細い体を、理知的は瞳を、ふっくらとした赤い頬を。
この腕の中に。
捕まえる気があるのなら、と。
簡単なものですが・・・
と申し訳なさそうにコックの青年が用意してくれたのは、小さなどんぶりに入っていた。
白い炊き立てのライスに、とろりとした琥珀色のスープがかかっている。
「ふかひれというのですよ。実は高級食材なんです。」
と青年は言い、準備中とはいえ、お客様にめったなものは出せませんからと、言い訳のように説明をしてくれた。
そのふかひれ、とかいうのは、つるつるとした半透明のもやしのカタマリみたいなもの、らしい。
それそのものに味がある、という感じでもなさそうだが、食べた時の食感は良かった。
煮込んでくずれていて、スープごと餡に仕上げたものを、ライスと一緒に食べるんですよ、と陶器のスプーンと一緒に渡してくれた。
ハロルドは、それを大きな口を開けて、掻き込むようにして食べていた。
なかなか美味しい。
かもめが低く飛行して、ハロルドの目の前をかすめていった。
美味しそうに食事をしているハロルドを羨ましがっているのかもしれない。
パン屑でもあれば、投げてあげるのになぁと思いながら、ハロルドは、どんぶりを片手にそっと、従業員専用よりも外のデッキを伺い見る。
色々な人が行きかっているが、ジューダスの姿は見えない。
それをどう思えば良いのだろう。
ほっとすれば良いのか、それとも。
第一、本当にジューダスが自分を探しているという保証はない。
置手紙の中に隠した本音に気がつかず、くだらない鬼ごっこにつきあう義理はない、と部屋にまだ、いるかもしれない。
う〜ん・・・と唸り、デッキが見えるその場所で壁に寄りかかったまま、ハロルドは残りのどんぶりごはんを食べていた。
本当にこれは美味しい。
後で、ジューダスを誘って、このお店に正面から食べに行こうか。
初めからなかった事にしてしまえばよい。
今すぐ、部屋に引き返し、頬を膨らませて見せて「なによ〜、あんた全然、見つけに来てくれないじゃん!どこ探してんのよ、つまんない!」と言ってしまえば、単なる遊びとして片付ける事ができる。
「ねえ、ご覧になりました?」
ハロルドの近くで、この船で裕福な旅をしているらしい女性の、上品な話し声が聞こえてきた。
どうやら知り合いの女性と、見かけた男性の噂をしている所らしい。
「ええ、あの方ですわよね?」
「今夜のパーティーに来られたのかしら。貴公子ぜんとしていて、仕草も優雅な方でしたわね。」
「本当に。それにあのように美しいなんて。一体、なにを探しておいでだったのかしら。急いでおられたみたいですけど・・・。」
ジューダスだ!
とハロルドはそれを聞いて思う。
貴公子のような美しい男で、パーティの客など、他にありえない。
じゃあ、やっぱり、私を探してくれてるの?
じんわり、と胸が温かくなる。
いや、早合点してはいけない。
それがジューダスとは限らないし、なによりも、本当に自分を探しているのか分からない。
もしかしたら、探すは探すでも、お財布を落とした、とかかもしれないし・・・・・。
とりあえず、食べ終わったどんぶりを返そうと、ハロルドは従業員出入り口から中を覗いた。
だが、あのコックの青年の姿どころか、中には誰もいず、しかたなく入り込んでシンクの桶にどんぶりを置いて振り返ると、調理台の上に、山のカタチに詰まれたゴマだんごが大皿に用意されていた。
出来立てらしく、あつあつの湯気がたち、あまりに美味しそうなので、ひとつ、失敬する。
バランスよく盛り付けられている箇所の、どこから抜けば崩れないかをすばやく計算し、もっとも安全なところからゴマだんごをひとつ、指で摘みだした。
「あち・・・っ。」
噛むと、本当に熱くって、舌をやけどしそうだった。
じんわりと中から油と濃厚な餡の甘さが広がってきて、その美味しさににんまりとしていると・・・。
ギャーーーーーーー!!
「・・・・!?」
それは、外から聞こえてきた。
ハロルドの記憶では、ここでは聞かれないはずの声。
ハロルドは慌てて、扉を開けて外に飛び出す。
走って客用デッキへと戻ると、そこには、逃げ惑う大勢の人々の姿が右往左往と行きかい、あげる悲鳴で、他の全ての音をかき消されている。
船は、緊急時の為に護衛要員をもってはいるが、彼らがそうなのでろう。
デッキの端で、客を非難させながらも、剣を構える姿は、すでに腰がひけている。
おそらく実戦は、経験がないのだ。
その頭上に、人間を狙う、巨大な翼を持つ影。
「やっぱり、はぐれ、なのね?」
よく知るモンスターの姿を認め、ハロルドがつぶやく。
モンスターはレンズの飲み込んだ動物の進化した姿だと言われている。
故に、海には海の、山には山の生物から進化したモンスターがでるものだ。
だが、今、目の前にいるのは、凶暴そうなくちばしに、獰猛な爪。
元の姿は鷹だと、容易に想像できるモンスター。
モンスターは普段、街の中には入ってこれない。
だが、港は、人智とモンスター界の境界線にあるからだろう。
こういう、本来の行動範囲外に出没するモンスターの事を、はぐれ、と言う。
たぶん、海のかもめを狙って山から下りてきたところで、もっと餌にふさわしい動物が船上で浮かれ騒いでいるのを発見したのだろう。
あのモンスターのデータはすでに採取し終わっている。
火属性と、風属性の晶術に弱い。
それならエンシェントノヴァが有効だ。
だが・・・・。
今の自分は、レンズを持っていない。
精神力を増幅できないから、晶術は使えない。
そう思いながら、ハロルドは、逃げる人たちとは反対方向へと走った。
あれは、強い。
どうしたって、実戦経験のない護衛員たちが叶うわけもない。
今の自分では短剣による攻撃しかできないが、それでもすでに逃げ腰の彼らよりはマシだろう。
長いドレスが、こういう時は邪魔だ。
足首にまとわりつくシルクに、舌打ちをする。
思いっきり踏み切り、体をうかせ、転んで退路を絶たれた女性客と、それを狙ったモンスターの間に割り込んだ。
ギャーーーー!!
甲高くも濁りを含んだ独特の声で、モンスターは咆哮する。
狙った獲物に食い込めなかった事を怒っているのか、新たな獲物の登場に喜んでいるのかわからない。
そんなものどっちでも同じだ。
目の前で見上げるモンスターの姿は、後衛で見る、いつもよりもさらに巨大に見えた。
巨大で、その威圧感に圧倒される。
凶暴な金色の瞳がハロルドを捕らえ、くる・・!とハロルドは思った。
ギャーーー!!
咆哮とともに繰り出された一撃を、短剣をつかって受け止め、巨大な爪の先にすこしだけ切りつけた。
だが、そんなものはかすり傷程度なのだろう。
一瞬、空に舞い戻ったものの、すぐにモンスターは空中からハロルド目掛けて下降してくる。
短剣は間合いが短い。
すこしでも見誤れば、たちまちあの長い爪になぎ払われてしまう。
油断がならない状況に、ハロルドは身構え、心の中で、いつも自分を守るように戦うあの黒い背中が、今ここにあったなら、と思った。
「・・・このバカがっ!」
ふわり、と体が浮き、後ろの床へと投げ出された。
お尻を打って痛みに顔をしかめ、慌てて顔をあげると、今まさにその黒い背中が、自分とモンスターの間に入り込んでいた。
いつものマントではないが、長めのジャケットの裾が風に煽られてなびいている。
ぽい、となにかを放り投げられ、手の中に落ちたそれは、いつもジューダスが使っているレンズだった。
そのジューダスの方は、逃げ腰の護衛員から奪い取ったらしい長剣を構えている。
いつも使うのよりも若干重そうで、使いずらそうだが、部屋に取りに行っている間もないし、なによりもその程度で、攻撃力を落とす男ではない。
今はまだ、モンスターは頭上にいる。
今にも次の攻撃を繰り出そうとしている。
決して、危険を回避できた訳ではない。
それでもハロルドは、その細い肩が、自分を守るように立っている姿に、涙がでそうなほどの安堵感を覚えた。
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