5回目のデート
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「天才というのは嘘だろう、お前は。」
「う・・・。」
「無防備なまま、モンスターの前に飛び出すなど・・・こんなバカを見たことはない。」
「う・・うう・・・。」
言い返したいところだが、今は、言葉もない。
あの後、駆けつけてきたジューダスのおかげで、モンスターとの戦闘はあっさりとカタがついた。
借りたレンズのおかげで晶術が使えるようになったハロルドだったが、船上で火属性の晶術を使うわけにもいかず、ジューダスとの連携で、そこで失速しても船の上に落ちてこない場所に誘導してから、モンスターにエンシェントノヴァを落とした。
そこで怯んだ隙をジューダスに斬られ、泣きながら(とハロルドには見えた)山へと逃げ帰っていったからだ。
船の方はもう騒ぎも収まり、乗客も落ち着きを取り戻して、何事もなかったかのように着々とパーティに向けて準備が進められていた。
「だって・・・危害が加えられるのを、黙って見てられなかったんだもの・・・。」
「ああ、それはえらかったな。」
とてもそうは思ってないような感情の篭ってない声で、ジューダスが褒める。
「だが、あの時のお前だけでどうにかなったのか?勝算があったなら、ぜひ、お聞かせ願いたいものだな。」
「・・・分かってるわよ・・・。」
ぶ〜っと頬を膨らませ、ハロルドはそのまま黙る。
分かっている。
もしもジューダスが来てくれなかったら、たとえ、勝てたとしても、自分も無事ではすまなかった。
深い傷を負っただろうし、場合によっては・・・。
「どうして、勝ち目が薄いと分かっているのに、挑むんだ。死にたいのか?」
「・・・それは・・・。」
「後先を考えずに飛び込んで、状況を把握してなかった証拠だろう・・。」
「分かってるってば!」
もう、しつこい!とハロルドは言い返す。
自分が悪いのは分かっているが、何度も言われると腹が立つ。
ジューダスが、ハロルドの態度に眉を一瞬、つりあげた。
怒鳴り返されるかと、ハロルドが首をすくめる。
だが。
「・・・・・分かっているなら、良い。」
ほっとしたようにかけられた言葉だった。
顔をあげると、ジューダスは自分の表情を見られるのを嫌がるようにソファーから立ち上がり、ハロルドに背を向け、窓から海を見る。
ハロルドは、その瞬間、本当にすまない気持ちで一杯になった。
ひとりでモンスターと対峙した事にも、今の勝手な言い草にも。
「・・・ジューダス・・・。」
その背中にハロルドは声をかける。
心配してくれているのだ。だから、ここまできつく叱るのだ。
無茶をして何度も昔、カーレルに怒られた時のように。
それが分からない、ハロルドではない。
ハロルドは深く息を吸う。
でないと、涙が出そうだった。
「・・・ごめんなさい・・・。」
お詫びに、と言ってハロルドはお茶を入れる。
いつも、なぜだがお茶を入れるのはジューダスの役目だが、今は特別だ。
部屋に用意されていた紅茶の葉は、これも高級品らしく、薫り高いそれだけで十分に楽しめる。
機嫌を直す、というよりも何事もなかったかのような態度で、紅茶のカップを手に取ったジューダスは、一口飲むと、お前、といって、口をつぐんだ。
「なに?」
「それだ・・。」
え?とハロルドは、ジューダスの視線の先を追った。
それは自分の左足の部分の注がれている。
「あ!」
ハロルドは声をあげる。
椅子に座った自分の膝小僧がドレスから見えている。
原因はさきほどの戦闘だ。
あの時、ドレスの裾をやぶってしまったらしい。
「あ〜・・・。」
がっくりとハロルドは項垂れる。
まだ、パーティは始まっていない。
せっかくのドレスなのに、着ていく事はもうできない。
「・・・もう一着持ってきて正解だったな。」
ハロルドの様子を見に、寝室を覗いた時に違うドレスを見た事を思い出し、ジューダスが言った。
まるでなんでもない事のような口調だ。
人の気も知らないで・・・。
ハロルドにはそれが、少し腹立たしい。
「・・・こっちが着たかったの。」
「・・・なんでだ?」
「気に入ってたの!」
「・・・そうなのか?大して似合うとも思えんが。」
なに〜!?とハロルドは目を吊り上げ、ジューダスを見る。
ジューダスの方は、なんだか分かっていないようで、不思議そうにハロルドを見返してきた。
・・・分かってない。
もちろん、そんなのは八つ当たりだ。
どうしてこのドレスを選んだのか、それは何の為なのか。
そんなものは、ハロルドが勝手に拘ったことだし、勝手に望んでいたことだ。
何も言っていないのに分かれ、という方が無理だ。
けれど、腹がたった。
無言で拒否されたかのように、悲しかった。
「せめて、似合うって言ってよ・・・。」
力が抜ける、とはこの事だ。
意気込んでいた分、余計にだ。
そう思ってハロルドが言うと、ますますジューダスは不思議そうな声で答えた。
「まあ、似合わなくはないが・・・。」
「・・・・・。」
「そんなに気に入ってたのか?」
「だって・・大人っぽく見えるじゃない、これ着てると・・・。」
その瞬間、今度はジューダスが思いっきり顔を顰めた。
「・・・?」
それを不思議に思い、ハロルドはジューダスの顔を見つめる。
ジューダスは顔を顰めたまま、ハロルドへの視線を外す。
かなり不機嫌そうだ。
「大人っぽくなりたいのか?」
「うん。」
「確かに大人に見えるな。」
「でしょ?」
それが狙いだったのだが、このジューダスの不機嫌はなんなのだろう?
ハロルドは首を傾げる。
そう、ジューダスの目に、セクシーに見えて欲しかったのだ。
いつもと違う雰囲気の、大人の女に・・・・。
するとジューダスが、言った。
少しだけ早口で、ぶっきらぼうに、面白くなさそうに。
「・・・僕よりも年上に見える・・・。」
「・・・・・。」
「いつもの通りのお前なら、僕とも大して違って見えないだろうが・・・。回りから見たら、姉弟にしか見えないだろうな。」
ハロルドは、きょとん、となる。
なんですって・・・?
それがつまらないのだ、とジューダスの口調は言っていた。
まるで駄々を捏ねる子供のようにそっぽを向いて、拗ねている。
ああ、もう、なんてこと。
ハロルドは笑う。
笑うしかないではないか。
今までのは全部、自分ひとりが堂々めぐりをしているだけの茶番だったのだ。
いきなり笑い出したハロルドに、怒るかと思ったジューダスは、それに対して、うっすらと笑い返してきた。
いつもの余裕の笑みでもって。
たぶん、なんでハロルドが笑っているのかも気がついている。
ああ、確かに。
もしかしたら普段、ジューダスと接している時は私の方が子供なのかもしれない。
そう、思った。
そして、自分をそんなにまでしてしまった目の前の男を、少しだけ憎たらしいと。
そう、思った。
ふかひれが食べたい!と無茶を言って、昼間のレストランに堂々と正面から食事をしに行った。
あの時のコックはたぶん、裏で仕事をしていたのだろう。
会えなかったのが残念だったが、事情を話し、その分の料金も払う時に、お礼を言っておいてね、とウェイターに頼むと、にっこり笑って頷いてくれた。
その後、盛り上がっているパーティ会場を、覗くことにする。
少しだけ飲んだアルコールで、ふわふわと足元が軽い気がする。
華奢なサンダルのせいかもしれない。
今、ハロルドは、ナナリーとリアラが選んでくれたドレスを着ている。
あの後、もう一度お風呂に入りなおし、念入りに上から下まで用意しなおした。
またも待たされる羽目になったジューダスだが、文句も言わず待っていてくれた事を、ハロルドは心から嬉しく思う。
第一、怒られたのでは叶わない。
ジューダスの為に、どんな小さな隙もないよう、完璧に着飾ったのだから。
楽しくってハイになっているらしく、自分の左腕にぶら下がるようにして歩いているハロルドに、ジューダスが言った。
「どうして初めから行かなかったんだ?」
パーティを楽しみにしていたのを知っていたジューダスは、ハロルドが食事を優先させたことが不思議らしい。
「うん?だって、美味しかったでしょ?ふかひれ。」
「・・・美味かったがな・・・僕の懐は寒くなった。」
「良いじゃないの〜ここの宿泊費は私もちなんだし♪」
「それは商品だったんだろう。お前は一銭も払ってない。」
ジューダスの腕に掴まりながら、エスコートされてるみたい、とハロルドは思う。
まるで、本当にお姫様の気分だ。
パーティ会場は、思っていた以上に人で溢れていた。
そっとドアを開けて滑り込み、誰かに見つからないように潜んでいるかのように、ジューダスを手招きする。
大きなホールには活気が満ちていた。
がやがやとうるさく、でもどこかに気取った雰囲気を纏い、余所行きの顔をした人たちが、その場を楽しんでいた。
会場の中央には音楽にあわせ、オルゴールの人形のようにくるくると男女が踊り、踊っていない者たちは立食のテーブルの前にたむろって、その場限りの知り合いになった事を祝って、会話に興じていた。
綺麗なカクテルや、美味しそうなオードブル、シャンデリアは光を放ち、会場を煌びやかに照らしている。
その中では誰もがうっとりと目を潤るませ、この一夜を本当に、夢物語のように感じているのが見て取れた。
とても楽しそうだ。
本当に、おとぎ話の出来事のようだ。
満足気にそれを眺めていたハロルドの視界に、ちらりと、こちらをあからさまにでない仕草で指差す、女性たちが見えた。
そして次に、まったく違う方向から、こんばんわ、良い夜ですね、と言っている小さい声が聞こえてくる。
振り向くと、横にいたジューダスが、ああ、と小さく答えていた。
相手は綺麗なドレスで着飾ったどこかの令嬢、といった感じの女性で、カクテルを片手にジューダスに話しかけている。
自分が一緒にいると言うのに、そんな事は気にも留めない。
女性がジューダスに話しかけている内容が聞こえてきた。
あの時は助かりましたわ、と言っている。
どうやら、昼間、モンスターと対峙した男だと、気がついているようだった。
きっちりと紅がひかれた唇に笑みを湛え、胸元のネックレスは本物の宝石だろう。
結い上げた髪から覗くうなじから、ほんのりと薔薇の香りが漂ってくる。
それらを見ているうちに、まるで酔ったかのように、少しだけ眩暈がした。
演出されたパーティ会場の、現実感のない感覚に、体がついていかない。
ハロルドは、今入ってきたドアを開ける。
ほんの少しいただけだが、もう中にいる気になれなくなった。
外は風もなく穏やかな夜だった。
この一枚の扉の外と中では世界が違っているかのようだ。
ダンスの音楽は、ここにも流れてきている。
会場の騒々しさとは裏腹に、どこかもの悲しげな音楽だ。
ハロルドは、空を見上げた。
綺麗な黄色の月がでている。
その光と船の照明で見えないが、きっと星も綺麗だろう。
深呼吸すると、少し気分が良くなった。
そして、麻痺していたような気分から脱すると、少しだけ腹がたった。
予感は的中だ。
「・・・どうした?」
「え?」
いつの間に追ってきたのか、横に並んだジューダスが不思議そうにハロルドを見ていた。
どうもさっきから様子が変だ、と思っているようで、そんな表情をしている。
別に驚きはしなかった。
ジューダスなら、自分が会場を後にしたなら、追ってくるに決まっている。
見ず知らずの女性にちやほやされたがるような男ではない。
「・・・入らないのか?」
「うん・・・ちょっと・・・。」
いきなり、気が変わったとでも言えば良いのか。
あまりの騒がしさに、人に酔いそうだった、というのもある。
だけど。
パーティに最初から出なかったのは、あまり人と顔をあわせたくないからだった。
綺麗に着飾った女たちで溢れかえっている会場に戻ったなら、ジューダスのことだ。
絶対にまた、誰かが見咎めて、踊りに誘われるに決まってる。
そうして、万が一、他の女に持っていかれたりしたら・・・・・。
そんな事がいきなり、気になり初めてしまったのだ。
今日の自分は、変だ。
それを、ジューダスに見せたくなかった。
こんな・・・嫉妬に狂った、惨めな姿など。
「パーティに戻る?」
本心とは裏腹に、なにごとか悟られるのが嫌で、ハロルドはジューダスに聞いた。
どうしても行きたくない訳ではない。気にしなければ、良いだけの事だ。
だが、ジューダスは黙って、首を横に振った。
騒がしいのは好きではない、からだろうが、それを見てハロルドは、自分が行きなくないなら行かない、という意味だったら良いのに、と思った。
人のあまりいないデッキの、暗い方へとジューダスをひっぱる。
そこでなら、ジューダスの美貌も隠れる。
それで安心するなど、どうかしてる。
彼が、誰の目にも留まらなければよい、だなんて。
この男の自由は奪えはしない。
ましてや、自分のモノでもないのに。
ジューダスはそんなハロルドに何も言わなかった。
たぶん、変なヤツだ、と思ってはいるのだろうが、口に出して咎めたりはしなかった。
ただ、溜息を小さくついて、ハロルドのしたいようにさせていた。
「おい・・・。」
「え?」
黙って手を引かせていたジューダスが、いきなり立ち止まった。
声がいつものように、不機嫌そうだ。
思わず、ハロルドは繋いでいた手を放す。
すると、
「なんだ?いきなり。」
ジューダスが呆れたように言う。
「ごめん、ちょっとパーティがあまりに騒がしくって・・・。」
「・・・そうじゃない。」
言いかけたハロルドの言葉を遮り、ジューダスは、
「なにかまずいことでも、あるのか?」
ハロルドの右手を持った。
そして、そっと、自分の左手の中に戻す。
それを、ハロルドはスローモーションのように見る。
自分の手が、細いが男の造りの、ジューダスの手の中にすっぽりと納まるのを。
それを辿るように、するするとハロルドは視線を上げた。
そこには、暗闇の中でも隠しきれない、完璧な美貌。
「教えてやろうか?」
人の悪い笑みを浮かべ、ジューダスは言う。
意味が分かり、頷き、ハロルドは答える。
「教えて。」
繋いだままの右手が引き寄せられる。
胸の辺りが密着し、腰に手が回される。
「始めは、右足から出すんだ。」
「・・・うん。」
一歩、前に出ると、ジューダスが一歩、後ろに下がる。
「そこで回って・・・。」
「こう?」
「そうだ。これで終わりだ、これを繰り返す。覚えられたか?」
「もちろんv」
ハロルドは笑う。
記憶力は人よりも良い。
一度、教えられれば、覚えられる。
でも、この場合、それだとすぐに終わってしまうから。
自慢になることなのか、ならないのか。
それは分からない、と思った。
なによりも、ダンスのレッスンが終わってしまえば、この腕の中から抜け出さなければならなくなってしまう・・・・・。
・・・と。
「・・・・いった〜〜〜〜い!!」
「・・お・・おい。」
足を踏まれ、あまりの痛さにハロルドが大声をあげる。
デッキで、ふたりだけの世界に浸っていたカップルが、何事かと、邪魔をされた恨みの視線を向けてくる。
慌ててジューダスはハロルドの手を引き、その視線から逃れられる場所へと移動した。
「・・・覚えた、と言わなかったか?」
人の足を踏んでおいて、自分の方が被害者だと言わんばかりに、ジューダスが言う。
それに対して、きっ、と涙目のまま、ハロルドが睨みつける。
「覚えたわよ!あんたが間違ったんでしょう!」
ジューダスが、ムッとして言い返す。
「僕は間違ってないぞ。」
「間違いました!」
「間違ってない。」
「じゃあ、私に間違ったステップを教えたのよ!私は教えられた通りに踊ったんですからね!」
「そっちが間違ったんだろう!」
「私は間違ってません!」
「そうか。なら、お前は間違ってないんだろう。なんてったって天才様だからな。」
ぶっきらぼうに言うジューダスの態度に、ハロルドはますます腹がたってくる。
さっきまでは、とても気分が良かったのに。
これでは、なにもかもぶち壊しだ。
「なによ、その言い方!反省してない!」
「うるさい・・・。」
「絶対に私は悪くないからね!あんた、自分が悪いなんてこれっぽっちも・・・。」
「うるさい、と言ってるだろう!」
・・・え?
とハロルドは言葉を呑む。
それどころか、何を言いたかったにしても、そんなものはどうでも良くなった。
目の前に、本当にすぐ目の前に、ジューダスの白い頬が見えた。
それから、長いまつげ。
本数すら数えられそうな近くで、その長いまつげは閉じられている。
唇の柔らかい感触に驚いて、思わず体をひこうとすれば、逃げられないように背を壁に押し付けられる。
どんなに細くとも、男のジューダスの力は、たいして加えていなくても強い。
もっとも、抵抗する力がないのは私の方かもしれない、と思った。
ハロルドは、そろそろとジューダスの肩に手を回す。
それを合図にでもしたように、ジューダスは一旦、唇を離し、一瞬、お互いの視線を絡ませた後、もう一度、唇を重ねてきた。
今度は了承のキス。
気持ちが繋がっているのを確かめての、キスだ。
ハロルドは目を閉じた。
体の力を抜いて、ジューダスに預ける。
力強く抱きしめられて、眩暈に似たものを覚える。
見た目と違う。
もっと柔らかい感覚なのかと思っていた。
だけど、この男は、全然違う。
こんな風に、侵略してくるかのような、ぶしつけで、圧倒的なキスをするのだ、と知った。
まるで押しつぶされてしまいそうだった。
そして、もしもこのまま押しつぶされて、息が出来なくて死んでも。
かまわない、と、そう、思った。
「忘れ物はないだろうな?」
「もちろんv」
翌日は、朝食を済ませた後、船を降りる事になっていた。
このイベントを少しでも長引かせたいのだろう。下船の時間ぎりぎりまでいようと、多くの人がデッキで未だにくつろいでいたが、ハロルドたちは、さっさと船を降りる事にする。
自分でも、もっと終わっていくのを惜しむ、と思っていた。
だが、いざ、終わってしまえば、それはそれ、だった。
いつまでも思い出しているよりも、次の新しいなにかを求めて、心はわくわくしている。
ハロルドは振り返り、ジューダスの顔を見る。
にっこりと笑いかけるハロルドの顔を見ても、ジューダスはいつもの無表情のままだ。
もっとも妙に意識されたり、照れられでもされたら、こちらもどうしたら良いか分からない。
だが、ジューダスの無表情は、困る以前の問題で、本当に普段通り、船に乗る前と何一つ、変わったものがない。
あまりにも何も変わらないので、思わず、ハロルドはムッとなる。
「あ。」
船から下を見ると、カイルたちが揃って出迎えに来てくれていた。
なにもここまで来なくてもすぐに会えるのに・・・と言いながらも少し嬉しくなる。
その4人には、カイルにはキーホルダーを、ロニには、組み立て式の模型を、ナナリーには髪留めを、リアラにはブレスレットを、それぞれ、船のおみやげとして買ってきてある。
向こうもこっちに気がついたらしい。
大きく手を振っているカイルに手を振り返し、ハロルドがタラップに足をかけた時、後ろから、ハロルドにだけ聞こえるような小声で、ジューダスが言った。
「船を降りる前に、言っておくことがある。」
「・・・は?」
船を降りる、といっても、後、数秒しかないが。
今まさに階段をとことこ降りているというのに、一体何を言いだすのだ。
「・・・無理には答えなくて良い。」
「・・・何を?」
「NOなら、なかった事にでもすれば良い。」
「・・・だから、何を?」
幸い、後ろから降りてくる人はいなかった。
階段の途中で足を止め、ハロルドはジューダスを振り返る。
「僕は、恋人というのを持った事がない。」
「・・・・うん。」
「女性を好きになった事がないとは言わないが・・・。恋人というのは、相手の気持ちがあって成立する。そういう意味では、僕にはありえない状況だった。」
「・・・うん。」
「ハロルド。」
「なに?」
「聞いておく。」
「うん。」
「その、初めての恋人という立場になる気があるか?・・・困るなら、聞かなかった事にしてくれ。」
だが、ジューダスは、言うだけ言って、ハロルドの返事を聞かなかった。
階段でハロルドを追い抜かし、そのまま降りていってしまう。
とんとん、と軽く響く足音を、ハロルドは慌てて追いかける。
黒いジャケットの肩を掴む。
ゆっくりと振り向く、紫色の瞳を見る。
あいかわらず無表情だ。
なにもこんな時まで、むっつりとする事ないじゃない。
そう思う。
そしてスローモーションのように感じるほどゆっくりと、細い首に腕を回し、そのまま見上げている顔に唇を近づけ、重ねた。
公衆面前だ。
「・・・・・・あ。」
わたわたと両手を動かしカイルは動揺し、軽く口元を抑えてリアラは顔を赤くし、「おいおい、なにやってんだよ」と言いながらロニは呆れ、ナナリーは「やるねぇ」と言って口笛を吹いた。
いつまでもくっついていたいがそうもいかない。
唇を離して、
「もう、これで・・・。」
ハロルドは言った。
「あんたは、私のモノになったんだからね?」
ジューダスは笑う。
いつもの大人びた、目だけで笑う、笑みだ。
そこには、なんの濁りもない。
まっすぐにハロルドを見つけ返し、
「そうだな。」
と短く、それでもしっかりと返事をした。
もう今から、この美しい男は、私だけのモノだ。
そうして、ハロルドは、ハロルドにとっても始めての恋人の腕の中に、柔らかく、体を預けた。
fin
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