『生命の血漿が言うに言われぬ震動をして、未来を吸い込み、過去を吐き出す。
 それは、双方の生皮でありながら、そのどちらでもない。』
                            D・H・ロレンス





 
Doll









  
 例えば、ここに人形があるとする。


 もしも、その人形にそれだけの機能を備えつけ、人の意識を投影したレンズを核となる部分・・−人間ならば、脳か心臓−・・に埋め込んだとしたら、その人形は人間のように自由な意思によって動く事が可能だ。
そういう構図で、人造人間を造るだけの技術は、自分にはある。
そもそも、科学者に限らず、学者というものは、己の研究を最重要視する。道徳などは・・・その次だ。
自分にはその技術がある。ならば、やってみたくなる。試してみたくなる。
それが一般的な・・−何を持って一般的というかはおいておいて−・・学者だ。そして、その一線を越えてもやってみたいと思うか、思わないかが、一般の学者と天才の差だ。


 そして、ハロルド・ベルセリオスは、稀なる天才だった。


 自分が造ったものに対して、人は結果を知らないではいられない。
人間を造ったなら、人は人間として扱わない。
必ず、自然に生まれた人間との差を調べようとする。
体の仕組みを、細かく計る。思考パターンを取る。感情の動きを知ろうとする。
そして、人間に近ければ近いほど、”成功”だというだろう。
”人”としての機能を与えておきながら、自ら”物”のように扱うだろう。


 だが、ハロルドは実際に造ろうとは、みじんも思わない。その技術が自分にあると分かっている、それだけで十分だった。単なる学者のように、自分の技量を疑わない。試さないと分からないなどというのは、自分の技量を疑っているようなものだ。造る必要があるならば、ともかく。それが、天才である、という事だ。

 それに。
戦争時、勝利を得る為に彼女は、人格のある剣を造った。
後悔はしてないが、心配はしていた。
剣の姿をしていても。
それらはハロルドには、大事な”友人”たちだ。
この先何年、生きていくことになるかは知らないが、人の思考を持ってして、幸福を感じられる瞬間がなるたけ多いことを。心から願う。


 多数の計算式の答えを出し、ハロルドは机の上で伸びをした。
少しお腹が減ったので、飲み物とクラッカーを取りに席を立つ。
その数歩を歩きながら、ハロルドは遊びを始める。
うんと幼い時にした、お人形遊びのような、例えるなら、そんな遊びだ。


『クラッカーなどではなく、ちゃんと食事をしたらどうだ?』
「うるさいわね。いいのよ。これで。」
『それでは摂取する栄養に偏りがでる。そんな事も分からないのか?』
「分かってるに決まってるでしょ?私を誰だと思ってるの?」
『相変わらず、生意気な女だ。』
「あんたこそ、生意気よ!私の空想上の人間のくせに!」


 その遊びとはこの世にいない人物をいると仮定して、話しかけたり、そこにいるかの様に接する。
そう、それこそ、空想上で人造人間を造るようなものだ。
だが、実際に造るよりも罪がなく、夢がある。

その相手は男性で。
青年というより、少年で。
人形のような完璧な美貌を持ち、黒い髪で紫の瞳を持ち。

きっと毒舌でひねくれているだろう。

「変ねぇ。」
くすくすとハロルドはひとりごとを言った。
「なぁんで、こんなヤツを思い浮かべちゃうのかしら?私の理想の男性像とか?まさかね。」
ハロルドは恋愛には興味がない。
それでも、細い体躯を思い浮かべ、何の抵抗もなく、深い考えもなく、それを受け入れてる自分に笑いが漏れる。

 何故、こんな遊びを始めたのか、分からない。
兄を失った寂しさが原因なのか。
ソーディアンのような、本来のものとは違う、意思を持つ者を見たから、なのか。
だが、この遊びが、心を暖めるのは、確かだ。


 ハロルドはその、頭の中の人物に”裏切り者”の名前をつけていた。






「それでは、新しい軍師と・・・」
会議室の中央、全員を見下ろせる席に着き、リトラーが話をしていた。
その顔色は、すぐれない。
「・・・・・司令官、補佐の人選だが・・・・・。」
皮肉にも。
長かった天地戦争が終わり、その司令官をいう重席を務め上げた、メルクリウス・リトラーその人は、その戦後、まもなく病に倒れた。
一時は、生死を彷徨うほどの重態ではあったが、奇跡的に回復。
その後、静養をしつつも、事後の処理の為に、未だ、司令官の座についていた。
だが、その激務を支えるには、司令官補佐、という立場の者が必要とされ、今、軍は失った軍師とともに、補佐官をも、火急に人選しなければならない状態におかれていたが、補佐官の任は、誰が言うともなく、ディムロス・ティンバーが適任と思われていた。

 ハロルドは、会議室で、ひっそりとため息をついた。
時間は、人を否応なく先へと進める。
立ち止まりたくても、けっしてそれを許さない。


 天地戦争が勝敗が決まったとはいえ、軍が解散する訳ではない。
今でも敗北に納得できない天上軍の残党が、あちらこちらで、暴徒と化し、地上軍を襲撃する時間が続発していた。軍はそれを抑えるたまにも、出なければならない。新しい時代の幕開けとともに、治安を守るという新しい職務が軍には科せられていた。


『いつまでも兄貴の位置を空けておけないって事か、あたりまえだけど。』
そう、納得はしてても寂しさを感じる。
カーレルが、もうどこにもいないという事に、けっして帰ってこないという変えようもない事実に打ちのめされる。

「それで彼なら・・・」
「ですが、彼は・・・」 
今でもリトラー達が真剣に話している声が耳を素通りしていく。
興味を、どうしても持てなかった。
心なしか頭が痛い。


「ハロルド?」
凛と響くアトワイトの声に、一同はハロルドを振り返った。
同時に、ぐらりとハロルドの上体が傾いだ。
「ハロルド!!」
あれ?私・・・・・とハロルドは思い。遠くでディムロスの声を聞いたと思った。







 ごちゃごちゃと色んなものが散乱している自室と違い、アトワイトがいる救護室は清潔感に包まれている。

 この白い壁が、つんとくる消毒薬の匂いが落ち着かない。
そう言うとアトワイトは、我慢なさい、と厳しい声でハロルドに言った。
「あなた、すごい熱があるのよ?まったく、こんなになるまでほっといて。肺炎にでもなったら、どうするつもり?」
「そんなにヤワじゃない・・・。」
「黙って寝なさい!」
美貌の白衣の天使は病人には厳しい。
きゅう・・・とうなって、ハロルドは頭から布団を被った。
それを見たアトワイトが、ぽんぽんと布団の上からハロルドを叩いた。
「おやすみ。」
優しい仕草と、柔らかい声。


 ベッドの周りのカーテンを閉めて、アトワイトは行ってしまった。
その足音が切なくさせる。


「病気で弱ってるからよ。大丈夫。なんてことないわ。」

『強がるな。』
「大丈夫よ。本当。」

 昔、こうやって熱を出して寝込んだ時。
見舞いに来たカーレルが、やはりああやって布団の上を叩いた。
早くよくなるんだぞ、と笑いながら。
子ども扱いしないでよ、と言うと、私からみればいつまでもお前は子供だよ、と返された。
悔しくって腹が立って、でも嬉しくて。
じゃあ、いつまでも私を守ってね、と思った。
いつまでもいつまでも傍にいてね、と。


『泣きたいなら、泣け。』
「泣かないわよ。失礼なヤツね。」
『ハロルド・・・・。』
「うるさいわね。優しい声出さないでよ。・・・・・どこにもいないクセに。」
『・・・・・・・。』

 ハロルドは手をまぶたの上に持ち上げた。
そうして”彼”から、にじんだ涙が隠れると良いと思った。


 どうして傍にいてくれないの?

「あんた、どうして・・・。」
思わず、本音が出る。
それは病気で弱っているから、なのだろうか。
「どうして実在してないのよ。つまんないじゃないのよ、ジューダス・・・。」

 肉声を期待しても。
想像上の人物からは、当然、答えが返ってくるはずもなかった。








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腹をくくって、始めました・・。初の連載物になります。更新の心配など、未だぬぐいきれない問題もありますが(私は小心者〜)しばし、お付き合いくださいませ・・・。