雪を見ると、懐かしいのは何故だろう・・・。
と、ジューダスは考える。
そういえば、リアラのウッドロウ面会につきあって、この地に来た時も、言いようのない懐かしさに見舞われた。
別に雪国育ちでもないし、良い思い出もない。
そう・・逆だ。
雪を見れば、思い出すのは、いつだって。
踏みにじってしまった、笑顔たち。
18年前、ここを離れた時、待っていたのは・・・・別れだった。










美しい子供











 エルレインの歴史改変を阻止し、再び、この時代に戻ってきた一同を、この国の王は、暖かな笑顔で迎えた。
カイルはもちろん、いなくなっていたリアラに対しても、わが娘が戻ったかのような、優しい表情に、一同は、疲れを忘れ、安らかな気持ちになる。
城を壊滅され、大変な時に・・・と辞退するカイルたちに、この国の民は、城の兵を含めて皆、この程度の事で、悲観にくれるほどヤワではない、と誇らしげに笑い、王は、食卓を共にする事を薦めてくれた。
「ただ、大したもてなしはできないよ。私だけ、いつも贅沢をしていると思われたくないからね。」
と、ウッドロウ王は笑って言ったが、それまで口にしてきた、野営や、物資乏しい地上軍での、ものに比べたら、久しぶりに、豪華で、おいしい食事となった。



 燭台の揺れる蝋燭が、辺りを柔らかく包み、食堂を明るく照らしていた。
ウッドロウは、前日、傷を負ったばかりとは思えぬほど、きちんと背筋を伸ばし、悠々とした仕草で食事を進め、カイルたちの冒険談に、朗らかな笑い声で応えながら、先を促す。
それに応じて、次々と話をするカイルの姿に、寛いだ雰囲気で目を細め、心から楽しそうに、話に聞き入る。
そして時々、自分の体験談も話して聞かせ、逆にカイルたちを楽しませもした。




 「そう、ゲームなどは、しなかったかね?」
「え?ゲーム、ですか?」
ウッドロウの言葉に、青い目をきょとんと見開き、カイルが言った。
「ゲームって、トランプとか、ですか?」
そう聞いたのは、カイルではなくロニだった。
始めに、ファンダリアまで来た時の船旅では、そういうものも持っていたが、あいにくと飽きて、どこかで売ってしまった覚えがある。
「いや、そういうのではない。」
ウッドロウは言い、にこり、とロニに笑いかけた。
「そう・・・・仲間内でやる・・・賭けのような、ものかな?私たちはやったものだ。言い出したのは・・・ルーティ君だったか。」
「え、母さんが?」
ウッドロウの口から聞く、母の名を、カイルは誇らしげに聞く。
この大国の王と、母が、旧知の仲である事が、改めて嬉しく感じる。
「へえ。どんなゲームなんですか?」
ナナリーも身を乗り出して、聞く。
いつもはざっくばらんな口調の彼女も、王の前だと、丁寧な言葉遣いをする、という事が、なにやらくすぐったい感じがする。
「お互いに、あだ名をつけて遊んだのだよ。本人に分からないように、こっそりと・・・そして、暗号のように会話に混ぜる。本人がそれが自分の事だと気がついたら、勝ち。負けた方は、食事を奢る・・そんな感じだったかな。防具を買ってやる、だったかもしれない。そこら辺は覚えてないが。」
「へえ。」
「じゃあじゃあ!!」
カイルが、椅子を立ち上がらんばかりに、身を乗り出し、ウッドロウへと質問をする。
「父さんは?父さんは、なんてあだ名だったんですか?」

 ・・・・金色の子犬・・・
ジューダスは心の中で、答える。
無鉄砲で、好きになったら、一直線。尻尾を振って気持ちを示す子犬のように、単純で、そして寝顔が幸せそうだから。と、ルーティがつけたのだ。
その時は、あまりにも率直すぎた表現に、もっと捻りがないのか?と言ってやった事を思い出す。
じゃあ、あんた決めなさいよ!と、その時、ルーティが言い返してきた事も。
「金色の子犬、だよ。」
ウッドロウがカイルに答えた。
一同はそれを聞き、顔を見合わせ、笑う。
それはまるっきり、今の、カイルのようだ、と。

 「ウッドロウさんは、なんだったんですか?」
「私は負け組でね。結局、自分のあだ名がなんであったか、知らないんだ。だが、他にも色々と、つけあった・・・。"水辺の小鳥"というのも、あったな。それから、"美しい子供"・・・。」
「"美しい子供"?」
「フィリアさん、とか?」
「いや・・・・・。」
ウッドロウは、その頃の事を、懐かしく思い出したのだろう。
ふっと笑いをこぼし、そして、カイルたちに向かって言った。
「どうだろう?この後、私が使っている部屋で、食後のお茶でも飲まないか?そこで、ゆっくりと続きを話そうじゃないか。」
「はい、ぜひ!」










 暖炉に火をくべ、城で働く使用人たちが、部屋から去ろうとしたとき、ウッドロウが、その中の一番の年長者に、何事かを、命じていたのが聞こえた。
その者は、恭しく頭を垂れ、いったん、部屋を出て行く。
「寒くないかな?すぐに暖まる。辛抱してくれ。」
「いえ、大丈夫です。」
カイルは、勧められるまま、ウッドロウの一番近くに座る。
その横にリアラ、ロニ、ナナリー。
ジューダスは、灯りが遠く、一番顔を見られにくい場所へと、静かに座る。
その前を横切り、ナナリーの隣の椅子へと移動しがてら、ハロルドは、ジューダスの足を軽く蹴った。
彼女には彼女なりに、昔の仲間から逃げ腰の自分への不満があるのだろうが・・・。こればかりは、譲る気はない。知らぬふりを決め込む事にする。




 静かな気配を持って、先ほどの使用人が戻ってきた。
他にもふたりばかり、若い男を連れてきている。
彼らは、はしごを持ってきて、ウッドロウたちの座る椅子の近くにある、壁にたてかけ、よじ登り始めた。
彼らが手を伸ばしたその先には、豪華な刺繍の施されたカーテンがあった。
だが、その布が払われた時、カーテンと思ったそこにあったのは、窓ではなく、絵だった。
「こりゃあ・・・。」
それを見て、思わず、ロニが声を漏らす。
「スタンさんと、ルーティさん、っすね。」
その絵は、まさしく、スタンとルーティの肖像画で、王城の入り口に飾られている18年前の騒乱を題材にした、華やかなものとは異なり、ウッドロウが個人的な思いをもって、描かせたものに違いなかった。
「そうだよ。私は、これを見るたびに、胸が熱くなる思いがする。この歳になって、昔を思い出すなど・・・恥ずかしいが、私にとっては、彼らとの思い出は、かけがいのない物だからね。」
ジューダスは目を細め、絵に見入る。
18年前、といっても、彼にとってと、ウッドロウにとっては明らかな差がある。
ウッドロウは・・・懐かしさをもって、この絵を見続けてきたのだろう、今まで。
その歳月の長さを、ジューダスは持っていない。
彼にとっての、スタンは、今でも19歳のままだ。
懐かしい、と思う前に、胸が痛む。
そして、自分は、ずいぶんと遠くにきてしまったのだと、そう、思った。

 頭を下げた後、去ろうとする男たちを、ウッドロウが呼び止めた。
そして、スタンとルーティの肖像画の横にある、同じように布のかかった絵を指し、言う。
「今日は特別だ。そちらも、見えるように・・・。」
「かしこまりました。」
少し、意外そうな表情をした後、男たちが、ふたたび、壁にはしごをかけ、登り始める。
「あちらも、絵なんですか?」
リアラが、そんな男たちの表情に気付き、不思議そうに聞く。
「そう。普段は・・・めったに開かないのだがね。今日は特別だ。」
「特別な、絵、なんですか?」
「そうだね・・・ある意味で、そうだ。」
全員が同じように、黙って、男たちが布をめくろうとしている作業を見上げていた。
そこへウッドロウが口を開く。
「そう、絵そのものではなく、描かれているのがとても、特別なんだ。貴重だと言っても良い。」
その言葉の意味を、カイルたちはまもなく知ることになる。
布の払われた下にあった、その絵。



 座ったフィリアが姿が、下の方から、まず現れた。
その手には百合に似た白い花。それがフィリアの手の中だけではなく、ふわりと広がった法衣の膝の上にも何本も散らばっている。
そして、その傍らに立つ・・・
「"彼"だよ。」



紫紺の瞳をふせ気味にした表情で、フィリアの手の中の花の辺りを見ている。
青い軍服に、赤いマント。
黒い髪の、少年。


 「"美しい子供"は、彼、だ。」
ウッドロウの言葉に誰も相槌をうたなかった。
全員が息を呑み、背後にいる彼らの仲間の気配をうかがう。
まるで、そこにいないかのように、存在を消している、彼。
流石にカイルでも、あからさまに振り向くのを避けた。
「ふうん。」
それに、何事もないかのような、気のない返事をしたのは、ハロルドだった。
実際に、18年前の騒乱の重さを知っていないからなのか、それとも演技なのか。
まるで、なんにも考えてないというように、その声からは感じられた。
「これが、"リオン・マグナス"ね?確かに貴重だわ。どこにも、絵なんて残ってないもの。」
ウッドロウは目を細め、そうだ、と言った。
「実際に、私もここに彼の絵がある事は誰にも言ってないからね。知るものもいない。」
「ウッドロウさん!リオンは・・・・・・・。」
カイルは言いかけ、そのまま言葉を濁す。
本人の目の前で、本人の事をあれこれと言う。
そんな場面を見たくない。
とっさに、ジューダスを庇おうと声を出してしまったが、その先の言葉が続かなかった。
「分かっている。」
それをどう取ったのか、ウッドロウは頷いた。
「ルーティ君が・・・君たちに話したのか、話してないのかは知らない。だが、世間で言われているような、単なる極悪人ではなかったのだよ?彼は。」
「はい・・・。知ってます。」
「そうか?」
にこり、とウッドロウは笑った。
そこには、ある種の諦めに似たものが感じられる。
この18年間。
ウッドロウ王、本人も様々なことを考え、様々な事を諦めてきたのだろう。
その胸のうちを誰にも明かさないまま。



 「あの花は、この地方の、ある時期にしか咲かない貴重な花でね。」
絵を見上げ、フィリア像の手が持つ花の話をウッドロウは始めた。
それにつられて、一同も絵を見上げる。
ジューダスだけは、逆に床に目を伏せた。
ウッドロウの話の行きつく先が、彼だけには分かってる。

 ウッドロウと旅をしたのは、ほんのわずかな時間だけだ。
このファンダリアの雪の道を、吹雪の中、進んだ。
冷たく、荒れた記憶しかない。
けれど、その中にあっても尚、忘れられないほどの、強烈な情景がお互いにある。
その中のひとつ、なのだろうか。
あの花にまつわる、あんな、ちっぽけな、出来事が。












 「まあ、あんなところに、白い花が・・・。」
「え?どこどこ?」


氷の大河を抜け、しばらくしたところにある、小さな村だった。
日が傾き、どこかで一泊するのを余儀なくされた一向は、調度良く見つかった、地図にすら乗らないような、小さなその村に立ち寄ったのだ。
そこには、小さいながらも教会があった。
この緊急事態でも、屋根に積もった雪を下ろしているらしく、教会へと続く扉前も綺麗に掃除がしてある。信心深さを思わせる村人たちは、封鎖している窓を開いては、風変わりな一行を見ていた。
特別、こちらに悪意を抱いていないらしい彼らは、宿はどこかという質問にも、多少怯えはしたが、教会の裏にあるよ、と教えてくれた。


 フィリアが白い息をはずませ、教会の横に咲く、白い花を指差したのを、ルーティが首を伸ばし、確認しようとする。
だが、白く積もった雪の中に、白い花だ。
なかなか、確認しずらいらしく、彼女たちは、自然と花が咲く教会の近くへと寄っていく。
「おい!」
それに気がつき、リオンが言った。
「勝手に何をしている。先を急ぐぞ。」
「いいじゃないのよ、少しくらい!あんたには、この白い花を見て、こんな寒いところに咲いているなんて、けなげだな、って思うくらいの余裕がないわけ?」
ふん、とリオンは鼻で笑った。
「余裕が、今の事態になんの関係がある?そんなものは、神の眼を取り返してからにして貰おう。」
「あ〜あ!口を開けば二言目には、神の眼神の眼!あんたの頭の中は、任務の事しかないわけ?人生に潤いがないなんて、可哀想なヤツ!」
「任務が最優先なのは、当たり前の事だ!そもそも、お前に哀れまれる謂れもない!お前の方こそ、自分の立場が分かってないようだな!」

「あ、あの・・・。」
「ほっとけよ〜フィリア。あのふたり、あれでコケーションってやつを取ってるんだから。」
「それは、コミュニケーションの間違いか?スタン。」
ふたりのやりとりを遠目に見ながら、こちらでは、フィリア、スタン、マリーの3人が何かを言い合っている。
その姿に、ウッドロウは微笑を禁じえない。
今の緊急事態など、忘れてしまえそうな、心和む情景。


 一国の王となるべく幼い頃から教育され、己の鍛錬の為に、アルバに弟子入りを志願して以来、ウッドロウは基本的に、ひとりで旅をしてきた。
時折、連れていけとせがむチェルシーに、笑って取り合わなかったが・・・・いざ、仲間というものと共に旅をしてみれば、一人の時とはまた、違った味わいがある・・・。

 『旅などと、悠長な事を言っている場合ではないがな。』
ウッドロウはそれを、初めて残念だ、と思った。
国を落とされた恨みある王子としてではなく、ただひとりの人間として、残念だ、と。
こんな事態でなければ、もっと気ままな旅を彼らと楽しめたものを。


 「この花の名は、ファンダリア・リリーというのだよ。」
「ファンダリア?」
「そう、この地方でしか咲かないのだ。めずらしいだろう?雪の中に咲く花など。」
「そうね。」
ウッドロウの話を聞いて、ルーティが頷く。
「花なんて春に咲くって、決まってるもんだと思ったわ。なんというか、綺麗なのにたくましいわよね、あの花。」
その言葉にウッドロウは、微笑を浮かべる。
「元々は、女性だったそうだ。」
「は?」
「あの花だ。そういう言い伝えがあるのだ。」
「言い伝え?」
その時、一瞬、マリーの表情に複雑なものが浮かんだ。
なにかを触発された、そんな感じだ。
だが、それには誰も気付かず、ウッドロウの話の先を促す。
「その昔、この地方に、タウルという青年が住んでいて、彼にはアナリスという美しい娘の恋人がいた。」
うんうん、と一同が頷く。
リオンだけが、こんなところで道草を食っている一同に舌打ちをしていた。
『さっきまで、寒いと、あれほど騒いでいたのに、まったく、ゲンキンなやつらだ。』

 「ところが、この地方に住む氷の精がタウルに恋をした。氷の精は、姿を町娘に変え、タウルを誘惑しようとするが、上手くいかない。」
「恋人がいるんだもんな。」
「ええ。」
「そうだ。タウルの心が自分に向かないと分かると、氷の精は激怒した。タウルの気持ちが手に入らないのは、アナリスのせいだ。ならば、アナリスがいなくなれば良い。氷の精はそう考えた。」
「・・・で?」
「ある夜、氷の精は、惑わしたアナリスをつららの先で刺し殺してしまおうとした。だが、そのアナリスを庇って、タウルが死んでしまったんだ。アナリスは、恋人のタウルが自分の代わりになったことに歎き悲しみ、氷の精を恨んだ。」
「ねえ、なんで、氷の精の仕業だって分かるわけ?」
ルーティのつっこみに、ウッドロウは眉を寄せる。
「そういえば、そうだが・・・。」
「言い伝えなど、そんなものだろう。」
苦々しく思いながらも、横から口を出す、リオン。
「その歎き悲しむアナリスを、哀れみ、雪の精が・・・・・。」
「雪の精ってことは、氷の精とは別だよな?」
「そうだろうな。」
いちいち中断させる一同に、めげることなくウッドロウは、先を続ける。
「雪の精は、タウルの姿を雪に、アナリスの姿をあの白い花に変えたんだ。そして、雪は降っても、決してあの花の上には積もらない。アナリスが凍えないですむようにね。」

 「そうだったんだ。」
「ロマンチックじゃないの〜。」
「何がロマンチックだ。似合わん事を言うな。」
「どこが似合わないのよ!あんたには、あたしのこの純粋な乙女心が分からないっての!」
「え?ルーティのどこに純粋が?」
「スタ〜〜〜〜ン!!!なにか言った!?」



 ふと気がつくと。
フィリアが教会の白い花の上で祈りを捧げている。
「フィリア、どうした?」
マリーが声をかけ、近づく。
「泣いてるのか?」
顔をあげたフィリアを見て、マリーが戸惑ったような声で言った。
「今のお話、そんなに可哀想だったか?」
「・・違うんです。」
フィリアは言い、ゆっくりと首を振った。
萌黄色の結った髪が、ふるふると揺れる。
「わたくし・・とても罪深い事を、考えてしまいました。」
「罪?」
「ええ。私・・・この花を見たとき、欲しい、と思ってしまったんです。あんまり綺麗に咲いていて、まるで夢のようで・・・手折って花束にしてみたい、と、ついそんな事を・・・。もちろん、そんな事いたしませんが、それでも考えてしまった。それは罪深き事ですわ。ふたりを自分の勝手で、引き裂いた氷の精と一緒です。」
「フィリア、そこまで反省しなくっても良いんじゃない?」
ルーティが、雪の上でかがんでいるフィリアの手を取り、立ち上がらせる。
「あんたは、優しいからね。でもね、花を欲しいなんて、誰でも思う事でしょう?」
「いいえ、ルーティさん。私は、私を戒める手を緩めてしまったのです。その事が罪深いのですわ・・・。」
「いいかげんにしろ。」
リオンの、体を取り巻く冷気にも負けないほどの、冷たい声に、一瞬、フィリアの体がすくむ。
またもや、リオンを怒らせるような事をしてしまった。
決して、そんなつもりはなくても、自分の行動が彼にとって耐え難いのだという事実を、つい忘れてしまう時がある。弱い自分をさらけ出すなと、彼にはあれほど言われているのに・・・。


 バシッ!と小さく空を切り裂く音がした。
「あ・・・・。」
見れば、教会の下に咲いていた、10本ほどのファンダリア・リリーは、根元からリオンのシャルティエに切られ、雪の上に倒れている。
呆然とその光景を見ていたフィリアの顔先に、ファンダリア・リリーの花束が、突きつけられる。
フィリアは、白い花の束と、リオンの怒った顔を交互に見比べた後、そろそろと、花を手に取った。

 「お前の話は、回りくどい。」
リオンが、冷たく言い捨てる。
「考えたくらいでなんだ。罪とは行動をしなかった者にはない。それをした者にのみ、確立する。」
きびすを返して、全員に背を向け、リオンは言った。
「いいかげんに行くぞ。くだらん事で時間を潰したからな。」


 振り返りもせずに、歩き去っていく後姿を見ながら、ルーティーが言った。

クソ生意気で、可愛げもなくって、協調性は皆無だし、本当に嫌なガキだけど。

両手を頭の後ろで組み、やれやれとリオンの後を追いながら。
後ろに続く、花束を持ったフィリアを含む全員に、聞こえる大きさの声で。

でも、美しい子供には違いないのよね。











 「それが、この絵の由来なのだよ。」

 ウッドロウの静かな声が、豪華な燭台の上の蝋燭の火を揺らした。
見上げた視線の先で、微笑むフィリアの手の中に、膝に百合に似たその花が、咲いている。
その隣に立つ少年は、無表情にそれを見下ろしながらも、なにかを訴えていた。
そう、思えば、いつでも、あんな視線を向けていた。誰も対しても。
あったのだろう、きっと。訴えたかったことが。だが、実際は・・・。
狂おしいほどの運命を背負いながらも、その胸のうちを、最後になるまで明かさなかった。

 「"彼"は、本当に美しい子供だった。」
その表情は、過去の仲間を懐かしんでいた。
スタンやルーティという最後まで戦った仲間と同じように。
" 彼"もまた、懐かしい仲間なのだ、と。
「いつも冷酷で、人を寄せ付けない態度をとっていたが、きちんと他人に対しておもいやる気持ちも持ちあわせていた。それを表立って見せていないだけでね。」


 思い違いだ。
とジューダスはそれに、心の中で答える。
僕は、美しくなどない。

 フィリアがいちいち、何かと言えば懺悔だ、悔恨だと騒ぐのがうっとうしかった。
祈りひとつで己を洗い流して、自分だけ綺麗でいるつもりか、といつも、心の中でせせら笑っていた。
あの時も、面倒だと思った。
それだけだ。
思いやりの類など、微塵も感じていなかった。
あの頃の僕には・・・・。
そんな気持ちなど・・・・。

 ジューダスは、そこまで思って、自嘲する。
では、まるで、今なら持っているかの様な言い草ではないか?
僕はそんなに立派な人間では・・・・。


 そのジューダスの心情など知りもせず、はっきりとした明るい声が断言する。
「はい!知ってます!」
「お・・・おいおい、カイル。」
思いっきり言ってしまったカイルに、ウッドロウに怪しまれると思ったのだろう。
慌ててロニが止めようとする。
だが、それでカイルも自分の失態に気がついて、慌て出すかと思いきや、堂々と胸を張って言う。
「父さんや、母さんや・・・ウッドロウさんの仲間だった人ですから、そんなヒドイ人間の筈、ないです!」
一体、なんの為の猿芝居だ?とそれを聞き、ジューダスは眉を寄せる。
目を輝かせ、カイルはジューダスの事など、おくびにも出さず、堂々とウッドロウに言い張った。

 なんの根拠もなく。
いつもいつも人を・・・他人を信用しすぎだ。
だが、その姿は、18年前に、友と信じた男と同じ顔をしている。
同じように強く光るまなざしを持って。


 「そうか。」
にこり、とウッドロウは笑った。
とても暖かく、息子を見る父親のように。
カイルの言葉の真実にあるものを、ウッドロウは知らない。
だが、その父親が、なんの根拠もなくても、信じると言ったら、最後まで信じたように。
カイルが、一度信じたら、二度と疑わないという事を、分かっているのだろう。


 カイルの金色の髪や、青い瞳は、そのまま、18年の歳月を超えて、過去へと誘う。
それを共有した、ふたりの男を。
ウッドロウと、ジューダスを。


 ふと、視線を感じて、ジューダスは顔をあげる。
銀色の髪の奥から、思慮深さを思わせる、深い瞳と目があった。
歳を取ったな、ウッドロウ・・・とジューダスは思う。
顔にはしわが浮かんでいる。
賢王と呼ばれたこの男の、歴史そのものが、刻まれた、顔。
だが、瞳はあの頃のまま。
冷静な中にも熱い血のめぐりを思い起こさせる、あの頃の瞳のままだ。
ジューダスは視線をそらさなかった。
しばらく、黙って見詰めあった後、ふ・・とウッドロウは笑う。
それは、ジューダスにのみ、向けられた笑いだった。


 「では、カイル君たち。そろそろ私は、職務に戻らなければならない。とても楽しい晩餐だった。」
ウッドロウが、その一言で、止まっていた時間を、再び、動かし出した。
「はい!俺たちの方こそありがとうございました。」
「明日の朝食時に、また会おう。もちろん、君たちがよければ、だが。」
「はい、ぜひ!」
それを後ろで聞きながら、一瞬だけ、過去にとらわれた自分を顧みて、ジューダスは思う。
カイルの屈託のない声に、救われている。
何かを考えた時、動けなくなる前の自分を、留めさせないのは、いつもカイルだ。


 おやすみ、という挨拶が交わされた後、椅子からぴょこんと立ち上がったハロルドが、スカートの裾を持ち上げて、場を去る前に、ウッドロウに一礼した。
横目でチラリと見ながら、ジューダスは、ハロルドが礼を弁えるのを見るのは初めてだ、と思った。
「お礼よ。」
ハロルドは、ジューダスの横をすり抜けながら、小声で言った。
「面白い話、聞けたからね。」
リアラ、ナナリー、ロニ、カイル、と次々と部屋を出て行きながら、その後ろにジューダスが続こうとした時、声がかかった。
「明日は、ファンダリア・リリーを君たちの部屋に活けさせよう。」
「え?良いんですか?」
ジューダスの前のカイルがすばやく振り向き、ウッドロウに答える。
「そう。私も好きな花だ。それに・・・。」
ウッドロウは言った。
「この場合、罪があるのは、私という事になるからね。」



 明日、と言わず、きっとその後も。
もう二度と、彼とは視線を交わすことはないだろう。
ジューダスは思う。


 視線を上げるとその先に、フィリアと、過去の自分の姿が並んでいる。
その白い花を、もう一度眺めて、ジューダスは、まるで、自分に手向けられた花のようだ、と思った。
そして、きっと、その意味も含めて描かれているのだろう、と。


 ジューダスはウッドロウに一礼した後、背を向けて、その場を後にした。











fin    





「美しい子供」というタイトルですが。
マリリン・モンローが思い浮かんだ方がいらしたら、大正解です。
実はトルーマン・カポーティの「美しい子供」から頂きました。
巨匠カポーティが書いた、この世で最も美しくマリリンを描いた小説、と呼ばれるその話で、淡く美しく個人の思い出を語る姿が印象的で、ずっと私の頭に残っていたんだと思います。
昔の仲間がリオンの思い出を語る・・・これしかタイトルは浮かびませんでした・・・。

初めて、頭の中にできた、TOD2小説ネタ。 サイトとしては初、非ハロジュです。
必要もないのに、ハロルドが出張っているのは、お許しください・・・。

(04’5.24)