Doll

10








 ジューダスは剣の柄を、握り締めた。
目の前の、巨大なレンズへと歩み寄る。

 周りには誰でもいない。
まだ、生まれたばかりのフォルトゥナは、人間の姿に具象化できないようだ。
暗い洞窟の中には、レンズが、自ら発する淡い光が揺らめいていた。

 
 あと、数歩でフォルトゥナのレンズに触れられる、という場所でジューダスは足を止めた。
深く息を吸って、見上げる。


 これを砕けば、全て終わる。
千年後には、ゆがむ未来も正史に戻り、再び、自分は無に戻る。
それを目標にしてきたはずだ。
それを望んでいたはずだ。
再び、歴史を元に戻す事は、もう自分にしかできない。

 ジューダスは軽く目を閉じて、もう一度、息を深く吸った。
何かをふり切るように、剣を持つ手を上にあげる。
ふと、カイルの姿が脳裏を掠めた。
前回、このレンズを砕く時、カイルはリアラの名前を叫んだ。
今、この手をふり降ろす時、自分は誰かを呼ぶだろうか。
そう、思った。







 「待った!!」
声が響き渡った。
次の瞬間には、軽い衝撃があって、その次に・・・暖かく、柔らかい感触。

 「・・ハロルド?」
「待って!ダメよ!まだ早いわ!」
見れば、ハロルドが自分にしがみついている。
全身に力を入れて、必死で自分を止めようとしている。


 「どうして・・・。」
「イクシフォスラーを飛ばして来たのよ。間に合って良かった。」
白い頬は、上気してうっすらと赤くなっていた。
うるんだ瞳で、ハロルドはジューダスを見る。
「イクシフォスラー?お前、操縦できないはずじゃ・・・?」
「人間、やろうと思えば、何とかなるもんよ!あんたが操縦するとこ見てたしね。」
そうして、また顔を埋めるように、ハロルドはジューダスに1度、しがみついた。
それから、顔をあげると、巨大なレンズに向き直る。
「まさか、フォルトゥナの生みの親が私だったなんてね。流石は私!侮れないわ。」
自慢げに胸を張って言うハロルドに、ジューダスは目を見張った。
「なんだって?」
今、聞き違いでなければ、ハロルドはフォルトゥナの名前を口にした。
今の彼女では決して、知るはずのない事を。
そのジューダスの、困惑の声を聞いて、ハロルドは振り返る。
腰に両手をかけたポーズで、瞳をキラキラと輝かせ、声高らかに宣言をした。
「思い出したわよ!!」
「―――――!」
「というか、取り戻したわよ?ベルセリオスから記憶を渡しても貰ったの。どう?前の私と、どこか違う?」
勝ち誇ったように言うハロルドに、ジューダスは一瞬、状況を忘れて見入った。
「いや・・。」
思わず、苦笑がもれる。
「別に代わりばえしないな。」
「まあ、そうね。記憶があろうと、なかろうと私は私。天才は天才だしー?」
満足気に、にっこりとハロルドは笑い、ジューダスの手を握った。
「じゃあ、帰りましょ。」
「帰る・・?」
その声に、我に返り、ジューダスは眉を寄せた。
「そう言ったじゃない?聞こえなかった?」
「・・・バカな!」
ハロルドの無邪気な言葉に、ジューダスはその手を振り払う。
「ここにフォルトゥナが誕生したのを分かっていて、それで何もしないで帰るというのか!?このまま、放っておけば、やがては巨大な力を蓄え、フォルトゥナは完全に復活するのだぞ?それなのに・・・・僕たちが今まで成してきた事を無に返すつもりか?」
「うーん。」
ハロルドは唇に人差し指をあて、声を出した。
「確かに、力も弱いひよっこ状態の今なら、簡単に砕けるでしょうね。フォルトゥナとして降臨するのを防げるわね。」
「だったら・・・。」
「でもそうなると、あんたはどうなるのか、もちろん、分かってるわよね?ジューダス?」
遮るように、ハロルドがそれを口にすると、ジューダスは言葉を呑んだ。

 「私は知らずに巨大レンズで、ソーディアンでの人格投射を本番前に、実験したの。詳しいデータを取れる良い機会だったしね。でも、それによって、レンズが本来持っていた人間の意思を反映する力が増幅して・・・それが、やがてフォルトゥナとなる。
いわば、今、フォルトゥナが人々を管理する未来が幕を開けたのよ。
だから、フォルトゥナの誕生によって、あんたも再び、復活したのね?
それがあんただった事と、この時代だった事は、たぶん、ベルセリオスに私の記憶が飛んだように、フォルトゥナが砕けた時のエネルギーの影響があったんじゃないかしら?
時を超えるほどのエネルギーが、このパラドックスの起点でもある、この時代に干渉をもたらした。
そして、あんたはフォルトゥナが砕けた、まさにその時、すぐ傍にいたんだもの。フォルトゥナの力の影響をモロに受けたはずよ?でなければ、バルバトスも復活しちゃうわ。
・・・・・たぶん、これで正解ね。もうその時の、エネルギー量の計算ができないから、100%確実ではないけど。」

ハロルドは一気に説明を終えると、ジューダスを見た。
いつも無表情の、彼の紫の瞳が揺れていた。
必死に感情を押し殺そうとしている。

 「だとしたら、どうなるか、分かってるわよね?ジューダス。」
「・・・分かってる。フォルトゥナが・・・今、このレンズを砕けば、僕は完全に消滅する。」
「それでも良いんだ、なんて言ったら、今度こそぶっとばすわよ?」
ジューダスは無言で答えなかった。
「ねーえ?」
ハロルドの、ジューダスに向かって話しかける明るい口調に、今は怒りを含んでいる事が感じられる。
「無に返るのって、そんなに楽しいの?」
「・・・・・。」
「そっか。あんたひねくれてるもんね。何もない所にひとりきりになって、その方が好きなのね?でもね。」
ジューダスはハロルドを見た。
相変わらず、口元に笑みを浮かべて、その目からポロリ、と大粒の涙がこぼれ落ちる。
「残される私はどうなるの?あんたまで・・・。」
みるみるうちに、ハロルドの目からは涙があふれ出てくる。
「あんたまで・・・兄さんみたいに、私を置いてくの?」
泣きじゃくるハロルドの声が、洞窟に反響し、あちらこちらからジューダスを責める。
その涙の重さを彼はよく知っている。


 「楽しい訳ないだろう・・・。」
何もない闇だ。
自分すら意識できない、本当の虚無。
どんなに考えないようにしても。
望まないように務めても。
本当は、無になど戻りたくない。
それが、隠し続けてきた本心だ。

「でも、それは駄目なんだ。決して、許されない。今、ここでそれを選んだら、今まで僕らのしてきたことは何の意味もなくなる。」
肩から胸にかけての傷が疼く。
もう2度と。
自分ひとりの望みの為に、他を犠牲にしないと。
・・・・・誓った。


 「でも、それって正史かしらね?」
「何?」
驚いてジューダスは、ハロルドを見る。
ハロルドはもう、泣いてなかった。
大量の涙の痕を、こしこし拭きながら、新しいおもちゃをみつけた子供のように、嬉しそうにしている。
「果たして、正史かしら?って言ったのよ。」
「どういう意味だ?」
ハロルドの言葉が理解できず、ジューダスは聞き返す。
それが気に入ったのか、ハロルドは胸をそらして、満面の笑みを浮かべた。
泣いた烏が・・・ということわざが、ジューダスの脳裏に浮かぶ。
「あんたに以前、話した事あったわよね?過去から未来へと流れると考えられる時間軸は、違う説もあるって。」
「ああ・・・。」
「時間は、本来過去から未来へと一本の流れになっていると考えられてるけど、過去、現在、未来は別々に存在していて、現在が進行しているのと同時に、過去も未来も進行している。それがお互いに影響を及ぼしあう事によって、現実世界と認識している状況は変化する。タイム・パラドックスの原点ともいうべき説だわ。」
「・・・それが、どうした?」
「分からない?」
自分を説得しようとしているのは分かる。
だが、それがどう繋がるのかは、予想できない。
ハロルドは、それこそ、びっくり箱だ。
「じゃあ、ジューダス。私たちがかつて、正史と呼んでいたフォルトゥナの存在しない世界は・・・本当に正史だと、断言できる?」
「・・・それは・・。」
「できないわよね?だって、じゃあ、フォルトゥナの加護の下にあった世界は、どこに位置するの?それは現実にあった。かつて、あえてかつてと言うけど、存在していた。それは果たしてどこにあったのか。私たちがフォルトゥナを砕いた時点で、あらゆる時間軸から消滅したと言い切れるか。」
「それは・・・。」
「もしも、過去、現在、未来が個々に存在しているとしたら、どこかの時間軸に今も存在しているんじゃないかしら。」
「・・・・・・・。」
ハロルドの言わんのしている事の意味が分かり、ジューダスは沈黙した。
本当に、こいつときたら・・・。
「ねえ、ジューダス。私たちが正史と呼んでいるのは、もしかしたら正史ではないかもしれない、と疑ってみてよ。いいえ、始めから、正史なんてものないのかも。私たちがいた時間軸は、お互いが影響しあって生まれた現実の、無数の中のひとつかもしれないわ。エルレインは天地戦争の勝敗をひっくり返す事で、過去に干渉しようとしたけど・・・。時間のありようとして、すでに未来から、過去への干渉はありえたのかもしれない。だったら・・・。」
ハロルドは紫の瞳は、キラキラと輝く。
すでに彼女は、彼女の中で、答えを見つけている。

「フォルトゥナが生まれ、その影響下になった世界で、私たちがあがき、時間軸に干渉した。それこそが、私たちの言う、正史かもしれないじゃない?」

・・・本当にこいつは・・・パンドラの箱だ。

 だが、本当にそうかもしれなかった。
もしも正史があったとしても、どれがそうだとは誰にも断言できない。
フォルトゥナが生まれ、1度、歪んだ世界を自分たちが戻した。
その流れ、全てが正史なのかもしれない。
初めから、フォルトゥナがいない世界が、正史だったのではなく。




 「納得した?」
にんまりと笑い、ハロルドはジューダスの目を覗き込む。
ジューダスはそれを嫌がり、目をそらした。
「・・・納得はした。だが、それが正説だと認められる訳じゃない。」
「あらら。」
がっかりしたように、ハロルドは肩を落とし、けれど次の瞬間には、ぱっと顔を輝かせた。
「まあ、いいわ。これですぐにYesと言うようじゃ、あんたじゃないし?私も面白くないしね。私の説が正説かそうでないかは、これから、じーっくりと検証しましょ。」
「これからだと?」
「そうよ〜。」
ハロルドは歌うように言い、困惑した表情のジューダスにかまわず、その腕を引っ張った。
「だって・・・。」
くすくすと笑い、ジューダスを見上げる。
「フォルトゥナが具象化して降臨するのは、千年後、なのよ?それまで、私たちだって生きちゃいないわ。検証する為に、私たちに用意された時間は、私たちの一生分よりも更に長いわ。それだけかけても答えが出ないっていうなら、私たちが長い人生終える頃、フォルトゥナを砕けば良いじゃない?何も今じゃなくっても。」
「・・・・・!」
今度こそ、ジューダスは反論の言葉を失い、ハロルドを見た。
ハロルドはにっこりと清らかなほどの笑みを浮かべ、ジューダスに右手を差し出す。
その手を、ハロルドの顔を、ジューダスは見比べた。


 望んでも無駄だった。

 再び、戻ってきた時、誰の記憶の中にも自分はいなかった。
望まれる事もなく、居場所もなかった。
・・・ない、と思っていた。
その事が、自分でも驚くほど、痛かった。
たとえ、記憶がなくても、両手を広げて迎えてくれる事を、心のどこかで期待していた。
それが叶わないと分かった時、諦めるしかなかった。
望みなどないと、心に鍵をかけてしまうしか。

 でも、今は・・・・?


 「さ、帰ろう!ジューダス!」
ハロルドは当然のように、自分に手を差し出す。
その手を取ってもいいのだろうか。このまま、光の中に戻っても。

今度こそ、望まれるままに生きていっても。


 困惑したまま立ち尽くすジューダスを見て、ハロルドは口を尖らす。
いつまで待たせる気よ、と言った後、じれた彼女はジューダスの一歩を、催促するように、左手も伸ばした。
それはまるで、長い間、会いたかった人を、両手を広げて待っていたかのようだった。















 その日、人々は空を取り戻した。

 永きに渡り、人々の頭上に君臨してきた外殻は、すさまじい轟音と土砂を撒き散らし、あらかじめ住民が避難していた地上と、海の上へと落下した。

 その時、わきあがった歓声は、外殻落下時の轟音よりも大きく、地の上を走ったという。
やがて、巻き上がった粉塵が、20日間もの時間をかけ沈下した後、太陽が、月が、星が、雲が、ゆっくりと人々の上に戻ってきた。
 人々は、初めて見る子供も含めて、それらを、こみ上げるなつかしさで迎えた。


 そして、やっと、人類最大の天地戦争の本当の終結と、新しい時代の幕開けがやってきたのだ。








 「あー。星だわ。」
「あたり前の事を言うな。」

 ハロルドとジューダスは並んで、夜空を見上げた。
天には何万という、星々が輝いている。
この時代で、こうして星を見てるなんて、なんか不思議、とハロルドが言い、ジューダスはそれを聞くと、ひっそりと笑った。


「でも、あんた、やってくれたわよね?」
「なんの事だ?」
「ディムロスよ!!まさか、目の前でソーディアン使われちゃ、あの堅物も、こりゃ大変だ、と心の中で焦ったでしょうよ。」
軍に配属する時の話だ。
とりあえず、軍上層部近いところに潜り込みたかったジューダスは、ディムロスのソーディアンを使わせて貰い、自分のマスターの資質をひけらかす事で、手元に置いておかなければ、という危機感を持たせようと思ったのだ。本当のところは、晶術を使うのでもなんでも良かった。この時代、ソーディアンなしで、晶術を体系化しているのはハロルドだけだ。その関係者とでも言い張ろうかとも思った。ところが。
「申し出たのは・・・向こうだ・・・。」
何故だかは、知らない。
でもジューダスが、そのまま信頼された訳は、そこにある。
ソーディアン・ディムロスが、自ら、マスターの資質があるからテストさせてみろ、とディムロスに耳打ちしたのだ。使わせて貰うと・・・・まるで、協力してくれたかのように、操れた。資質だけでは、シャルティエならともかく、他のソーディアンとあれほどの意思の疎通が測れるとは思えない。
「・・・それって・・・ベルセリオスに私の記憶が飛んだように、ソーディアンのディムロスにも?」
「わからない。」
だが、自分に協力してくれた。それは確かだ、とジューダスは思う。



 月は山の頂きに隠れ、この辺りは暗かった。
それでもこぼれるように、雲の上に振り注ぐ月光が反射し、雪の中から、発しているかのように淡く輝いていた。


 ハロルドはもう1度、星を見上げる。
もう2度と、雲以外に遮られることのない、星の光。

 「前に見たときは、乾いた土の上だったわよね?」
「雪の上では不満なのか?」
「いちいち、あげ足とらないでよ、むかつくー。」
「僕は思った事を口にしたまでだ。」
基地の外に出て、ふたりで歩いていた。
とくに目的があった訳ではなかったが、とりあえずは、ふたりがよく知る、物資保管所への道を進む。

 「でも、あんたが、そうつっかかるのは私だけって、噂があるのよね。あんた最近、丸くなってきたって言われてるわよ。」
白い息の下からハロルドが言うと、
「そうか?」
その言葉など、知らぬふりで、ジューダスは答えた。
だが、最近、ジューダス自身、トゲがなくなってきたと言われる事が多い。
つい先日など、クレメンテに両手を握られ、どうかハロルドをよろしく、などと、やっかいな頼まれ事をされてしまう始末だ。
 
 「気を引き締めなおすか・・・・。」
ぼそりとつぶやくジューダスの言葉を聞き逃し、ハロルドが振り向いた。
「何か言った?」
「なんでもない。」
えー?何よー?何ー?とわめくハロルドを尻目に、ジューダスは坂を上りきる。



 その先に、満天の星空。


 「あ。」
追いついてきたハロルドが、小さく声をあげる。
「ねえ、あそこ。星が集結して、まるで川みたいね?」
「天の川、と言うな。」
「えー?そうなの?前は教えてくれなかったじゃない!」
その声は、すっかりはしゃいでいて、子供のようだ。

 大きな紫の瞳には、星が映り、輝いていた。
まるで、星がそのまま、落ちてきたかのように。

「ねえー?また、星、流れないかしら?」
「さあな。」
そっけなくジューダスが答えた途端、星が一筋流れた。
「あ。」
その声は、ふたり、同時に発していた。
「さすがは私!」
「だから、それは偶然だろう?」
勝ち誇るハロルドに、ジューダスは呆れた声を出す。

 
「ねえ?」
「なんだ?」
ハロルドは、星が流れた方向を見たまま、当然のように言った。
「キスして。」
ジューダスは別段、驚いた風もなく、やはり星を見上げたままで、
「何故だ?」
と聞いた。
「別に良いでしょ。減るもんじゃなし。」
ハロルドは笑い、ジューダスを振り返った。




 どこかで見た光景だ。
でも、あの時と、セリフが違う。
そして痛々しい、深刻さもない。
あるのは、消えゆく運命ではない。

 ハロルドはジューダスの返事も待たずに、勝手に目を閉じた。
まるで、無防備だ。
だが、そこには、ジューダスに対する絶対の信頼が隠れてる。





ジューダスはそれを見て、ため息をひとつつくと、ふっくらとして白い頬に手を沿え、その唇に近づくために、身をかがめた。














Fin






色々とつじつまが合わなかったり、そりゃねえよ!と自分でつっこみながら、書きました(清書も)が、今思えば、よくまあ、こんな行き当たりばったり的に長い話を作ったものだと、自分でも感心(呆れる方の)してしまいます。

そう、当初の予定では・・・・人様へのプレゼントだったが故に「Doll」(その時はタイトルもなかった)も、普通の1話分の長さだったんですが・・・。
書いてみたら、色々と書き込みたくなり、ついに、こうなりました。

ここまで読んでくださった皆様に、感謝いたします。