Doll

2








 ハロルドが起き上がれるようになったのは、それから5日後の事だ。


 実際、熱は2日前には下がっていたが、日ごろの不摂生をアトワイトに指摘され、強制的にベッドで休まれていたのだ。

 退屈極まりない入院生活を終え、ハロルドは機嫌良く、廊下をスキップしていた。

 
 やる事が山ほどある。
倒れる前まで、夢中になっていたデータの採取も再開できるし、HDX-2型の設計もさらに改良してみる価値がありそうだ。

 そうして浮かれてて、注意散漫だったハロルドは、見通しの良い長い廊下という、通常ならまずありえない場所で、人にぶつかった。
「あ・・・っぶないわねぇ!どこ見てんのよ!」
「あ、すみません。」
どう見ても悪いのはハロルドの方なのに、ぶつかられた相手は素直に謝った。

 ハロルドは相手を見上げた。

 背の高い青年だった。
あまり見かけない顔だ。柔和そうな表情で、ハロルドを見下ろしている。

 「ハロルド博士。」
「はい?」
いきなり名前を呼ばれて驚く。相手の面識がないから尚更だ。
「お元気になられたようですね。良かった。」
「はあ。」
誰だこいつ、なんだこいつ。私の記憶にないはずだわ。
とハロルドは自分の頭の中をかき回す。

 「ああ。」
その様子に気がついたのか、青年は笑った。
笑うと、驚くほど穏やかな印象になる。ハロルドの兄、カーレルのように。
「申し遅れました。ラミュエと申します。この度、衛生兵として配属になりました。」
「衛生兵というとアトワイト・・・。」
「はい。大佐の部下になります。」
「ああ、それで。」
たぶん、彼は寝込んでいたハロルドに何らしかの看護をしてくれたのだろう。
「お世話かけちゃったかしら?」
「いいえ、とんでもないです。それより博士。」
「はい?」
「昼食がまだでしたら、一緒にいかがですか?」
「うーん。」
ハロルドは考えた。
「それはおごり?だったら、食べてあげても良いけど?」
「もちろんですよ。女性をお誘いしたのですから。」
女性!?
その一言に、ハロルドは含み笑いをした。
今まで、自分を女性扱いした物好きな人間はいない。
新兵である彼は、泣く子も喚く自分の噂を知らないらしい。
「それならそれで、面白いデータが取れるってもんよね♪」
「・・・・・なにかおっしゃいましたか?」
「ううん。なんでもないわ♪」
心の中で舌を出し、ハロルドはラミュエの後をついていった。






 「で、私の計算だと、今から138576時間後には、それらの結果がでてる筈なのね?」
「ええ。」
食事を取りながら、ハロルドの話をラミュエは、微笑みながら聞いている。

 意外な事に。
彼は、マイペースで自分勝手な行動を取る彼女に驚くことも、気を悪くする事もなかった。
その態度は、ハロルドを落ちつかなくさせる。それ故に。
「やめよっか?こんな話、つまらないでしょ?」
彼女にはめずらしく、他人を気使う羽目になる。
「いいえ、面白いですよ?」
にこり、とラミュエは笑った。
あ、まただ。
とハロルドは思う。
この微笑み方、似てる、と。

 「あんたさぁ・・。」
「はい。」
「私の事、怖くない?」
「え?」
「ほら。」
ハロルドはラミュエの後ろを指差す。
そこには、遠目にハロルド達を見ていた兵たちが、慌てて目をそむける、という光景があった。

「変わり者で有名なハロルド博士は、同時に有名な危険人物でもあるのよ?知らなかったでしょ。」
まぁ、いっけどー、とハロルドは人事のように言った。
理解できない輩に、理解して貰おうとは思わない。
そもそも理解とは何だ。
人間は全てにおいて、自分が納得できる答えを探し出し、それを当て嵌めるる事によって、理解している、と思い込んでいるにすぎない。
彼らの納得する範疇に自分はいない。
理解できようはずもない。

 「存じ上げていますよ。」
「ほえ?」
ラミュエの答えは、ハロルドの予想に反していた。
「あなたは、特別な存在ですから。」
そう言って、ラミュエはナプキンを持って、ハロルドの口元をぬぐった。
「ソースがついてます。」
さらに、予想外の行動を取られ、びっくりしているハロルドに対して、にこり、と微笑み、ラミュエが言った。
本当に久しぶりな気がした。
それは、カーレルがかつて、ハロルドにしてくれたものと、同じだったからだ。
もっとも、カーレルの方は、もっと乱暴にハロルドの口をぬぐったのだけれど。










 聖女のごとき笑みで、アトワイトが言った。


 「ハロルド、最近、良いことでもあった?」
「どうして?」
実験の為のオキシドールを分けて貰いに、医務局を訪れていたハロルドは、不思議そうにアトワイトの顔を見た。
「いえ、なんか楽しそうにしてるから。」
「私はいつでも楽しいわよー♪」
「そうね。でも、最近はもっと楽しそう。」
ふふふ、とアトワイトは笑う。

 「アトワイト大佐、包帯の予備はどこへ出しておきましょうか?」
丁度、ラミュエが顔を出し、ハロルドに向かって微笑みかけた。
その顔に向かって、ハロルドがひらひらと手を振ると、それを見たアトワイトは笑い出す。

「ほんとにもう。可愛らしいわ。」
「へ?何が?」
「ラミュエの事よ?」
「え?何?」
訳が分からずハロルドが聞き返すと、アトワイトは、はいはい、と言った。
「そうやって、しらばっくれてなさいな。それとも自覚がないのかしら?」
「自覚?」
「そう。最近、よく一緒にいるじゃない?」
そこでやっと、アトワイトの言わんとしている事が分かったハロルドは、不機嫌そうな表情を作った。
「別に?ちょっと面白いヤツだから、話す事が多いってだけよ?」
「あら、そう?」
まるっきり本気にしてない顔でアトワイトが返す。
それが気にいらなくって、ハロルドは少しムキになる。
「本当にそうよ。変に勘ぐらないで!」
「変に勘ぐるって、そういう勘ぐり方かしら?」
昔からハロルドは、姉のように落ち着き払った、アトワイトの物言いには叶わなかった。
悔しいが、今の自分は分が悪い。

 ぷいっ、と拗ねてあさっての方向を向いたハロルドに、アトワイトは優しく声をかける。
「ハロルド、恋をするのは、いけない事かしら?」
「そんなんじゃないわ。」
「ええ。私も、ラミュエの事だけを言ってるんじゃないわ。」
今までのからかいを含んだものをは違う、静かで説得力のある声だった。
その声は耳に心地良い。ハロルドは、アトワイトに向き直る。
「あなたはひとりで、何でもできると思ってるのね?」
「だって事実だもの。」
「そうね。」
アトワイトはハロルドの傍により、そっと手を握った。
天使の手は白く、柔らかく、優しい。
「でもね、忘れないで欲しいの。ひとりで生きていけたとしても、それはとても寂しい事よ?あなたには、もっと、心が温まるような、そんな生き方を知って欲しいの。それは、友人として。」

 アトワイトがそう思うのは、ディムロスという心を暖める存在がいるからだろう。
ハロルドには分かっている。
それは手に入れてしまえば、2度と持っていなかった頃の自分に戻る事はできない。
それくらい巨大な影響力を持ち、今ある自分を根っ子から変えてしまうだろう。

ハロルドにはそれがない、とアトワイトは思っている。

でも、それは事実ではない。
ハロルドにも、かつてそれはあった。
そして、それを失った。

だから、もう2度と、いらないのだ。


 でも、ハロルドはそれを大事な友人に伝える事ができない。
この優しい笑顔を曇らせてまで、伝える必要がどこにある?


 アトワイトは黙って何かを考えているらしいハロルドに何かを感じたようだが、
それには触れず、却って、無邪気を装い、
「ラミュエって、ちょっとカーレル中将に雰囲気が似てると思わない?」
と笑って言った。








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泣く子も喚く、は誤字にあらずです。ドラマCDで、誇らしげにハロルドが言った言葉を使わせて頂きました・・・。ってお前、他にいう事あるだろう・・ですね(汗) ええと、ラミュエというオリジナルキャラが出てきました。オリキャラが嫌いな方、すみません。彼は今後もでばります・・・。それも、えらく;