Doll

3






 

 ハロルドが、物資保管所まで行こうと思いたったのは、もう日も暮れかかった頃だった。

 本来なら、明日にすべき時間だったが、すぐにでも結果を知りたがる性格のハロルドには、どうしても我慢ができない。


『こんな時間にひとりで出かけるなど、正気の沙汰ではない。』
ハロルドの頭の人物は、冷静な声でそう告げた。

「大丈夫よ〜。すぐに帰ってくるって。」
『自信過剰も良いが、身を破滅してから後悔しても遅いぞ。』
「そんなヘマ、私がする訳ないでしょう?」
生意気な頭の中の人物をお供に連れて、ハロルドは地上軍の門を出て行った。


そして、物資保管所への道を半分ほど、歩いた頃である。


 「・・・・気のせいかしら?」
ハロルドは周りを見回す。
自分を呼ぶ声がした、と思ったのだが、周囲には誰もいない。
再び、歩き出そうとした、その時、
「ハロルド!」
今度は、はっきりと声が聞こえた。
「ラミュエ?」
遠く、ラミュエが手を振りながら自分を追ってくるのが見える。
「・・・どうしたの?一体?」
雪道を必死で掻きわけるように歩いて、自分の下へと辿り着いたラミュエを見上げて、ハロルドが言った。
途中で転んだらしく、体中、雪まみれにしたラミュエは、肩で息をつきながらとぎれとぎれに答えた。
「君・・・が、こんな、時間に、出て行くのが見えたから。心配で。」
その時、ハロルドの胸に一瞬、ぽうっと暖かく、光のようなものが灯った気がした。
「だ・・大丈夫よー。私は。」
ハロルドが、普段通りの口調で、明るく努めて言葉を紡ぐと、それを聞いたラミュエは、逆に怒ったような顔になった。
「何が大丈夫、なんだい?」
「ラミュエ?」
いつもと違う口調のラミュエに、今度はハロルドが戸惑う。
「君の心配をする僕を、バカみたいだと思ってるの?」
それは違う、とハロルドは答えた。
ただ、悟られたくなかっただけだ。
他人に心配して貰える事を、本当は嬉しいと思った、という事を。

 「ごめんなさい。」
「本当に悪いと思ってる?」
「ええ。」
「よし、じゃあ、早く帰ろう。」
ラミュエはにこりと笑うと、ハロルドの手を取った。
「ええ!?」
いきなりこう来るか、とハロルドは目を丸くした。
どうやらラミュエは、心配して付いてきたのではなく、連れ戻しにきたらしい。
「ねえ、ちょっと待ってよ!」
「ダメダメ。これから外にでるなんて、そんな危ない事、させられないよ。」
まるで保護者のようにふるまうラミュエに、ハロルドはこの時、疑問を持った。
そして、疑問を持ったら黙ってはいられない。
それがハロルドの性格だ。

 「ちょっと、待って!聞きたい事があるの!」
強い口調に不思議に思ったのか、ラミュエは立ち止まってハロルドを振り返る。
「なんだい?」
「・・・どうして私を守ろうとするの?」
「え?」
それは、女が男に答えをねだる時にする甘えた質問とは種が違う、本当の疑問からでた質問だった。
「あなたは私の事を、心配してくれてるって言ったわね?それはありがたいけど、でもね。あなたも知ってるでしょう?私は晶術が使える。でも、今のあなたは逆に何の武器も持ってない。それなのに、連れ戻しに来るなんて・・・ちょっと過保護じゃないかしら?友人にというよりも、まるで兄のようだわ。」
その言葉に、ラミュエは寂しげに笑った。
彼のそういう表情を、ハロルドは初めて見た。
「・・・やっぱり、わかってしまうか。」
ラミュエは目を伏せて、雪の中に咲く花を見つめる。


 「実はね、ハロルド。僕は妹を戦争で亡くしてる。」
聡いハロルドには、それで全てが分かってしまったが、全てをラミュエに話させる為に黙っていた。
「僕がまだ、入隊する前の事だ。妹は近くの町で看護婦をしていた。その町はある日、跡形もなくなくなった。」
「ベルクラント・・・。」
ハロルドの言葉に、ラミュエは黙って頷く。
「色々な人が犠牲になって、本当にこの戦争は大勢の人が死んだ。死にすぎるくらいだよ。そうすると、周りの人間のお悔やみの言葉も、どこか諦めが含まれてる。次は自分の番かもしれない。そう思っているのが感じられる。恐怖が一種の、麻薬のように感覚を鈍らせている。誰も彼もが明日にはいないかもしれない、当たり前のように、そう思う。」
ハロルドは頷いた。
明日、自分が死ぬかもしれない、そう思わないでいられた人間など、この時代、地上では、ひとりもいない。
「それ以来、僕はダメになんだ。冷静さを失ってしまう、というのかな?一種の強迫観念症なのかもしれないけど、どうしても悪い方へばかり考えがいってしまう。君が門から出て行くのが見えたときも、頭では君は強いから少しくらいなら平気だ、と思った。だが、感情がそれに逆らう。止めなければ、連れ戻さなければ、そういう考えが取りついたように僕を苛む。」
「・・・ラミュエ。」
「もしも、君を失ったらどうしよう?その自分の考えに怯えて、気がついたら追ってきていた。」
「ラミュエ・・・。」
「君がやはりお兄さんを亡くしたからといって、気持ちを解って貰えると期待していた訳じゃないよ?君はもっと強い。僕は、その強さが・・・羨ましいよ・・・。」

 沈黙が降りてきて、辺りを支配した。
雪が静かに降りそそぎ、ラミュエの肩に積もっていく。


 「・・・そう?」
やがて、ハロルドは笑って言った。
「強いかー。そうね。私みたいな天才にしか、できない事かもね?でも、あんたもなかなか、がんばってるわよ?」
つられてラミュエも笑った。
心を反映させたような力強い笑顔だった。

 「んじゃ、帰りますか?」
ハロルドは言った。
めずらしく自分の意思を、素直に曲げる事ができた。
それは、ラミュエの自分への思いやりに対する、お礼のつもりだったのかもしれない、と思う。
「そうそう、早くね。」
ラミュエは少し照れたように笑い、ハロルドはその肩と並んで、来た道を戻っていった。










 辺りは暗く、自分の手さえ見えないほどだった。

 足の下には、乾いた土の感触がした。
そこへ暖かな風が吹き、草の匂いがふわりと立ち上ぼり、ハロルドは目を細めた。
そして、そのまま空を見上げると。
そこには、無数の小さな光の点。
小さな光はあまりに多すぎて数え切れない。
「まるで、宝石が散らばったみたい!ううん、空に蛍が住んでるみたいだわ!」
それらが、空を覆うように重なり合い、川の流れのような模様を自然につくっている。
それは、自分が生きてきた時代では、考えられない光景だった。

「なんかこぼれてきそうね?」
ハロルドは後ろを振り返って言った。
その先は闇が深く、何もその目では見る事ができないが、そこにいてくれる事を信じていた。
闇の中から、静かで、笑いを含んだ声が返ってきた。
「こぼれてくる訳ないだろう。」
「わっかんないわよ〜!そんな事!」
ハロルドは言い、右手を空に向ける。
落ちてくる光をすくうように。
と、その瞬間、線を描くように、一筋の光が流れた。
それを見て、ハロルドは笑って後ろを振り返る。
「ほらね!やっぱり私の勘は正しいわ!」
「ただの偶然だろう?それは。」
影は笑い、ハロルドの横に並んで立った。
ハロルドは深呼吸をし、その気配を胸いっぱいに吸い込み、思った。

 なんだか、涙がでそうだわ・・・・・。










 ダイクロフトを地上に降ろす計画が持ち上がり、それを具体化する為の調査が行なわれる事になった。
ソーディアン・チームは再び、ダイクロフトに登る事になり、当然、計画の進行には不可欠なハロルドも一緒に行く事になった。



 『ダイクロフトか・・・。』
未だに癒える事のない傷が疼きだす。
けれど、ハロルドはそれを顔には出さない。

「ハロルド?」
「あ、ごめん。何?」
ラミュエは不思議そうにハロルドを見たが、いつもと変わらない笑顔に、気を取り直したように続きを話し出す。
「ハロルドは、何度もダイクロフトに来てるんだよね?」
「うん。でも3回目よ?」
「これから計画が進むにつれて、もっと来る機会が増えるだろうね。」
ハロルドは、答えなかった。

大きな太陽は沈んでいくのが見える。

地上では見えない太陽なのに、外殻の上ならばこんなにも、たやすく照らしている。


「どう?外殻の上にいる感想は?」
万が一の為の医療班として、アトワイトに追従してきたラミュエは、ため息をついた。
「外殻、というよりもダイクロフトに。あまりにも豊かで、なんだが腹が立つ。」
「そうね。」
全て地上から吸い上げ、贅沢三昧をしてきた天上人たちは、地上人を根絶やしにした後、どうするのかを考えなかったのだろうか。
資源は無限にある訳ではないのに。
「長い時間をかけられたなら、兵糧攻めっていう手もあったんだけどね・・・。」
だが、それには、天上軍は多くの蓄えがありすぎ、地上軍は何もなさすぎた。
それ故に、カーレルがまっさきに却下した案だ。
それを聞いて、ラミュエが言った。
「辛いことを思い出させてしまったかな・・・。」
「ううん。いいの。」
ハロルドはそう答えながら、驚いていた。
ラミュエに先に、考えてた事を言われたからだ。
こんな風に、先んじて思いやりを持たれるのは久しぶりだった。
カーレルが、ハロルドの先を読むことは、よくあったがそれ以来だ。
にっこり笑ってラミュエが言った。
「それは、相手の事をどれだけ考えているか、の証明だと思うよ。良い兄さんだったんだね。」


 その時、だんだんと暗くなっていた空に、ひときわ輝く光が現れた。
「ハロルド!星だ!」
「うん。そうね。」
地上にいれば、外殻のせいで太陽ばかりか、月も星も見ることはできない。
ラミュエは一番星をみつけて、子供のような笑顔をハロルドに向けた。
「始めてみたよ。ガラス玉のように光るんだね。」
「ガラス玉か・・・。」
私は、蛍のようだと始めて見たとき思ったのだ。
そう言うと、ラミュエは
「そうか。ハロルドは初めてじゃないんだ。」
と羨ましそうに言った。
その言葉にハロルドは我に返り、ちょっと待って?と自分に問いかけた。

 確かに以前、私は星を見た事がある。
あんなに美しいのに、ありがたみがなくなるくらい、空いっぱいに光る星の数々を。

でも、それはいつの事だろう?



「流れないかな?」
「え?」
「星だよ。」
「ああ、流れ星?」
「そう。願い事をかけると叶うって、言い伝えがあるんだよね。」
ハロルドは笑った。
「それは単なるおとぎ話よ?非現実的ね。」
「それでも良いんだ。」
ハロルドに笑われた事にも気を悪くした風もなく、ラミュエは空を見上げた。
「幸せに結びつく事なら、何でもやってみる価値があるよ。」

空はやがて、満天の星空に姿を変えた。

「非のうちどころのないくらい、綺麗ね。」
ハロルドは言い、そうだね、というラミュエの返事を聞いた。

その声を横で聞いた時、ハロルドには天啓のように閃いたものがあった。



『誰かと生きる。』

アトワイトが自分に願っていたように、誰かと寄り添う人生。
そういう選択権も自分にはあるのだという事。
そして、それがラミュエである可能性もあるのだという事。
それを選ぶにしろ選ばないにしろ、それもひとつの道だろう。

『・・・・・それも悪くはないかもね。』


ハロルドは、ラミュエの横顔を盗み見た。
優しそうで、本当に心の優しいラミュエの顔を。

 恋というものは、激しく感情を揺り動かすものだと思っていた。
けれど、ラミュエの顔を見ていても心は揺れず、却って穏やかな気持ちになる。
それは、例えるなら、波のたたない湖だ。
だが、そういうものもあるのかもしれない。
自分が知らないだけで。
もっとも、本当に恋かどうかは分からないけれど。



 ハロルドはそう思い、ラミュエと一緒に、星が流れるのを、待った。








Back   Next


す・・すみません・・・。