誰かが、激しくインターフォンを鳴らしている。
「うそでしょう・・・こんな時間に・・・。」
明け方まで実験をしていて、床についたばかりのハロルドは、時計を見て思わず、唸り声をあげた。
今日は、午後から会議があったが、それまでは寝ているつもりだったのだ。
仕方なく起きだして、ドアの近くまで行く。まだ、ロックは外さない。
「誰よ!?」
トゲのある口調でドア越しに話しかけると、返ってきた声はアトワイトのものだった。
「ああ、良かった。起きてたのね?」
「起きてたんじゃなくって、起こされたの!」
女同士のアトワイトなら良いだろうと思い、ハロルドはロックを外して、彼女を部屋の中へと招き入れる。
「あら。」
アトワイトは、寝起きのハロルドの顔を見て、にっこり笑った。
「化粧をしてない顔を見るなんて久しぶり。相変わらず、可愛いわね。」
「・・・・・何の用よ。」
気にしている童顔を指摘され、ムッとして聞き返すと、
「ああ、そうそう。」
と、アトワイトは胸の前で、ぱちんと手を打った。
「会議の時間が早まったの。至急来てくれって司令が。」
「・・・・・どうして?」
着替えようと服を取ったハロルドの手が止まる。
「補佐官が決まったらしいわ。」
「へえ?」
そのアトワイトの言い方に、腑に落ちないものを感じた。
「それって、ディムロスじゃないの?決まったも同然だったし。」
「・・・・・いいえ。」
ふり返って見ると、アトワイトの表情は真面目なものに戻っていた。
「それが違うのよ・・・。名前も挙がってなかった人物なの。急に決まったらしいわ。」
「なんで急に?」
「さあ、私も良くは知らないの。でもどうやら、ディムロスと司令が、ほとんどふたりで決定したらしいわ。」
「ふ〜ん。」
どうも、変だ。
急の人選はよくある事だが、今回は補佐官という大事な位置だけに、前々から慎重に協議してきたはずだ。そのうえでディムロスが適任だろう、と思われていたというのに、その本人が、他人をその位置に推薦するなど、一体なんなのだろう。
「ハロルドって。」
笑いを含んだ声で、アトワイトが言った。
「細くって小さいのに、意外と胸があるわね。」
「いきなり何よ?」
人前では、落ち着いていて冷静な大人の女を装っているアトワイトも、女友達の前だと、茶目っ気たっぷりの少女に戻る。
叩き起こされ、からかわれ、今日は朝から散々だわ、とハロルドは頬をふくらませた。
「やっと来たか。遅いぞ、ハロルド。」
会議室に入ったとたんに、ディムロスの怒りを含んだ声が飛んできた。
病状の為か、いまだ顔色が優れない座したリトラーを含め、ソーディアン・チームは全て揃い、ハロルドとアトワイトのふたりを待っていた。
「冗談でしょ。こっちは寝てたっていうのに、わざわざ!起きて来たんですからね!急に会議の予定を早めたのは、そっちでしょうが!」
そう言って、ふくれるハロルドを、クレメンテ老がたしなめる。
「まあまあ。軍人たるもの、常に非常時に備えておくべき、という事じゃよ、ハロルド。」
だが、ハロルドはその瞬間、クレメンテの言葉を聞いてなかった。
ハロルドはリトラーの横に腰掛けている人物を見ていた。
会議用のテーブルの上に、肘をつき、指を組んでいた。
足を組んで座り、人の悪そうな笑みを浮かべて、こちらを、ハロルドを、見ている。
漆黒の髪、紫の瞳、人形のような完璧な美貌。
その全てが、ハロルドの良く知っているもの。
「・・・ジューダス・・・!?」
「また実験をしていたとかで。」
彼は口を開き、静かな声で話した。
「明け方まで起きていたんだろう?」
そのひとつひとつの動作が、まるで芝居のように感じられる。
これは、何?
今まで、自分の頭の仲にいた人物が、自分の想像した人物が、現実に存在するという奇妙さは、どんな答えにもたどりつかない。
信じていた世界観が、崩れていく様を見るようだった。
めまいにも似た感覚に襲われ、膝ががくがくと揺れた。
人はどの程度の驚愕に耐えられるのだろうと、ハロルドは頭のどこかで分析をする。
麻痺しそうな頭の自分と、冷静に状況を把握しようしている自分と、まるで、ふたつに分割してしまったようだ、と思った。
「ふたりは前からの知り合いなのか?」
怪訝そうにイクティノスが、ハロルドとジューダスを見比べた。
「腐れ縁でね。」
答えられないハロルドに代わり、ジューダスが答える。
皮肉気で、そっけない、ハロルドの良く知っている口調で。
ぼんやりとジューダスの仕草を見つめていると、そのジューダスがハロルドを見た。
視線をあわせ、顎をしゃくって、座るように指示をする。
それで、ハロルドは、はたと、我に返った。
「何よ!この私に向かって、その態度!!」
ハロルドはジューダスを指差して、叫ぶ。
「ちゃんと口で言いなさいよ!失礼なヤツ!」
「・・・・・お座り。」
「私は犬じゃな〜〜〜〜〜〜い!!」
こほん、と咳の音がして、
「話に入っても良いかね?」
リトラーが言い、それで、その場の誰もが黙り、司令官に注目する。
その視線の中、リトラーは立ち上がり、隣に座る、ジューダスを指差した。
「ハロルドは、すでに彼とは面識があるようだが、私から改めて紹介しよう。新しく私の補佐をして貰う事になった・・・・。」
「ジューダス、という。」
座ったままの姿勢で、彼は自ら名乗った。
「ジューダス、なんだ?それともそれがファミリーネームか?」
イクティノスが眉を寄せる。
心の中では、ジューダスの不遜な態度に舌打ちしている事だろう。
「姓はない。」
「ない?」
次に声を上げたのはシャルティエだった。
目をぱちぱちと瞬かせ、ジューダスを見る。
「それは、どういう・・・。」
「記憶もない。」
「!?」
「!!」
一斉に息を呑み、一同はジューダスの次の言葉を待った。
「半年前、気がついた時には、焼け野原に投げ出されていた。それ以前の記憶は一切ない。生まれがどこかも、本名も思い出せない。たぶん、ベルクラントの攻撃から生き延びたんだろうが、それも確かなことは言えない。」
「記憶喪失?」
「そうだ。」
アトワイトはジューダスを見た。
その目は、同情と、慈愛に満ちていた。
その体のどこにも傷がなかったとしても、人はこの戦争で色々なものをなくしすぎた。
そういう痛みを同じように持つ、仲間だと思ったのだろう。
けれど、とハロルドは思っていた。
たぶん、それは嘘だ、と。
話したくないことを口にしないで済むには、記憶がないと言う方が好都合だと思ったのだろう。
それくらいの事を考えつかないはずがない。
そう。もしも、私の知ってる、本当のジューダスなら、ね。
「ひとつ聞いて良いですか?」
憮然とした態度で、シャルティエが言った。
「今回の人選はなんでなんです?こんな・・・子供みたいな、しかも記憶のない男を補佐官に、だなんて。」
リトラーとディムロスは、目配せをした。
「それについては・・・私とディムロスが決定を下したのだが・・・不満か?少佐は。」
「いえ、僕が、というよりも・・・。」
「不満といえば、そうなりますが、理由を聞かせて頂けませんか?」
シャルティエに代わって言ったのは、イクティノスだった。
「シャルティエじゃないですが、彼は若すぎる。しかも、この人選は、いささか急すぎはしませんか?」
「ううむ。それはワシも同感じゃが。」
クレメンテの同意の声を聞いて、ディムロスが口を開いた。
「先月の、暴動事件を知ってるな?」
「捕虜になった天上人たちが、流刑地で人質を取って、たてこもったヤツですよね?」
「そうだ。約50人が、200人の兵を含む人質を一箇所に集めた。その時、その騒ぎがどう治まったか知ってるか?」
「一切の武器もないにもかかわらず、人質の中から反撃の手が挙がり、犯人の50人を一網打尽にしたんでしたよね?一般人も含まれていたのに関わらず、まるで、統率された軍隊のような完璧な働きだったとか・・・。」
「ああ、そういう事?」
アトワイトの説明を聞いて、悟ったハロルドが、口を出した。
「つまり、それがジューダスのしわざだった訳ね?」
「指揮していたのが彼だ、と言ってやれ。」
まるで、犯人扱いのハロルドの口調にディムロスは苦笑する。
「・・・・・・・。」
たった、その一度だけでの人選か、という反対の意見はでなかった。
今の少ない人材の中から、他に適切な人物がいないというのも理由のひとつだが、戦争が終結した今、ある程度の才能さえ備えていれば、それで事は足りる。
要は、空席にしておかなければ良いのだ、と誰もが密かに思っている。
それが、ハロルドには見て取れて、こっそりと笑った。
「そう軽くみなくても、あんたたちが期待している以上の成果はあげてみせよう。」
ジューダスが、そう言い放ち、考えを読まれていると知った一同は、苦虫を噛み潰したような顔になった。
会議が終わり、廊下でジューダスを待っていた。
後から出てきた彼は、ハロルドの姿を見て、一瞬だけ足を止めた。
「うまくやったじゃな〜い?」
「・・・・・・・。」
言葉ごと、自分を無視して再び歩き出すのを、あらかじめ予想していたハロルドは、先回りして進路をふさいだ。
「それで、どういう手品なのかしら?すっごく興味あるわ。」
「めずらしい事を言うな?」
ジューダスはハロルドを見て、皮肉を言う。
「初めから答えを言われるのは、嫌いなんじゃなかったのか?」
「う〜。そうでした。」
皮肉にも動じず、ハロルドはジューダスの後を追う。
「でも、手品のタネはどうであれ、あんたの体の仕組みには、興味しんしん、よ!ね、まず血液調べさせてくんない?」
ジューダスは足を止め、ハロルドを睨んだ。
「あ、ちなみにー。あんたのおっかない顔は、私には効果がないから睨んでも無駄よ!」
「・・・知っている。」
ぼそりと言うジューダスに、ハロルドは満面の笑みを向けた。
「そりゃ、そうよね!つい最近まで私の頭の中にいたんだし!」
「・・・・・・・。」
「まあ、これからは同じ軍部で、長いつきあいになりそうだし?じーっくり実験につきあって貰うわよ♪」
「・・・・・そんなに長くはかからない・・・。」
それは、ハロルドの耳にはちゃんと届かなかった。
「え?なにか言った?」
「・・・何でもない。」
ジューダスは、廊下を歩き出した。
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