「ねえ、ハロルド、大佐と喧嘩でもした?」
倉庫の前で、物資を取りに来たアトワイトとばったり会った時、彼女はいきなり、そう切り出した。
"
大佐"は今のジューダスの階級だ。
補佐官という立場故に、ジューダスの階級は、いきなりシャルティエもハロルドも飛び越えてしまった。
シャルティエは目も顔も真っ赤にして怒っていたっけ。
とその時の事を思い出し、ハロルドは笑った。
「してないわよ?どうして?」
「ほら。」
アトワイトが指差す方向をふり返る。
倉庫の荷物を搬出するために行き来する多勢の兵の中でも、すぐに見つける事ができる。
向こう側の壁により掛かり、こちらを見ているジューダスと、ハロルドの目があった。
けれど、ジューダスは目をそらさない。
「この頃、ずっとハロルドの事を見てるの。それが穏やかな雰囲気じゃないから、気になって。」
事実、ジューダスはハロルドから目を離さない。
それは今に限ってではなく、常にそうだった。
視線を感じて振り返ると、必ずそこにいる。そのくせ、自分からは話しかけてこない。
1度など、物資保管所に行こうと思いたち、ドアを開くと、部屋の前にいた事もあった。
それはまるで。
・・・・・監視されてるみたいよね。
「ディムロスに今回の、人選について問いただしたんだけど・・・。」
「へえ?」
ハロルドは、アトワイトに向き直った。
「何?そんなにあいつの事が興味あるの?」
「茶化さないで、納得できないものに対する、純粋な興味なら、あなたにもあるでしょう?」
「ほいほい。それで?」
「例の、暴動事件の解決で召集した時・・・もちろん、手柄を称えるためよ?その時に、彼の方から切り出して来たらしいの。」
「補佐官を?」
「いいえ。」
アトワイトはジューダスの方をちらりと見て、声を潜めた。
「ダイクロフト、および外殻降下計画に参加したいって。」
「・・・・・・・?」
ハロルドは首を傾げた。
たとえば、これがダイクロフト攻略前で、作戦に参加したい、というなら話はわかる。だが、手柄を立てて上の階級を目指したいなら、暴動事件の解決をした手柄として、そのまま階級を要求すれば良いことだ。それなのに、今更、天空に浮かぶただのやっかいものに何の用があるというのだろう?
「あ、まさか・・・。」
ハロルドは言った。
「ディムロスたち、それで、あいつのこと、天上人と勘違いしたりしないでしょうね?」
つまり、その計画にもぐり込んで、ダイクロフトへ登り、逆転を狙う。天上軍残党と間違われないか、という事だ。
「それはないわ。」
アトワイトが答える。
「なにがあったかは知らないけど・・・ディムロスは完全に彼を信用してるし、第一、そういう疑いがあるなら、補佐官に任命したりしないでしょう?」
「うん、まあね。私もそうだと思う。だいいち、あいつは天上人なんかじゃないわよ。」
ハロルドの言葉に頷き、アトワイトは続ける。
「まあ、それでね。彼の案・・・・ダイクロフト降下の案を聞かせてもらったら、よく出来てるって言うの。完璧だって。それで、リトラー司令と相談しての人事らしいんだけど・・・。」
「怪しい・・・。」
「そう言ったら、身もフタもないけど・・・。そうね。ディムロスが、何か隠してるとみたわ。」
恋人にしては、その言い方の方が、身もフタもない、と思うけど?とハロルドは笑った。
そうしてもう一度、ジューダスを見た。
見つめ返されても、ジューダスは視線をそらさない。
・・・単に図々しいのか、本当に気が強いのか、どっちかしら?
「ねえ、ちょっとあんたー。」
「何だ?」
てとてとと近づいてくるハロルドに表情も変えず、ジューダスは言う。
「ヒマそうね。」
「実験につきあうヒマならないぞ。」
「それは今はいいんだけどね。」
ハロルドはジューダスと並んで、壁に寄りかかる。
「聞きたい事があるの。」
「なんだ?」
「あんた、ずーっと、私の事見てるわよね?なんで?」
「・・・・・気のせいだ。」
「そういう分かりやすい嘘、言うの?」
「お前の、無駄にびらびらした服が目立つから、つい目がいく。」
「そういう高等な嘘も言いますか。普通の人なら、うっかり騙されるわよ?」
「・・・・・・。」
倉庫から出たり入ったりする兵たちの姿を、しばらく黙ってみていた。
口を開いたのはジューダスの方だった。
「ハロルド。」
「なあに?」
「ソーディアンを造る前の話だが。」
いきなり、思いもかけない事を言われて、ハロルドはきょとんとする。
「それが、何?」
「計算式だけを信じて、いきなり造ったのか?それとも・・・何かで試してみたか?」
「前もって実験したか、って事?」
「そうだ。」
「・・・したわ。」
それがどう繋がるのかは分からなかったが、とりあえずハロルドは答えた。
「でも、失敗したわよ。雑念っていうか、それが多くって。透明度の差で個人の精神の投影には至らなかったの。それがどうしたの?」
ふと、目の前に影ができて、ハロルドはその事に気がついた。
「ラミュエ。」
見ると、ラミュエがにこにこしながら立っていた。
「ちょうど良かった。今、君のところへ行こうと思ってたんだ。」
「私のところへ?」
「うん、しばらく出かける事にしたから。」
「そう・・・。」
ハロルドはにっこり笑った。
「おみやげ期待して良いって事?どこに何しに行くの?」
無邪気な物言いのハロルドに目を細めて、ラミュエが答えた。
「妹の墓参りにね。もうそろそろ1年たつから。」
「そう・・・。」
「おみやげなら買ってくるよ。僕の村には大した物はないけど。何が良い?」
「・・・なるほどな。」
ジューダスの低い声が、割り込んできてふたりの会話を中断させた。
「何がなるほど、なの?」
「あんた。」
ジューダスはラミュエを指さす。
「妹をなくしてる、と言ったな?」
「・・・そうですけど・・。」
ジューダスの態度は、大概、初対面の人間には最悪だ。
それでもラミュエは怒ったりせず、ジューダスの質問に律儀に答えた。
「それだ。」
そう言ってジューダスは、今度は薄っすらと笑いを浮かべる。
「なくした妹の代わりに、ハロルドを選んだ、という事だろう?」
「な・・何よ?」
流石のハロルドも驚いたのか、声をあげる。
「あんたは妹を亡くしてる。妹にしてやりたかった事は全て、もうできない。そこに都合よく、兄を亡くしたハロルドがいた。ハロルドは生きてる。あんたが妹にしてやりたかった事も、こいつにはしてやれる。違うか?」
「・・・ええと。」
ラミュエは困惑したように、頭を掻いた。
いきなり、初対面の年下の男に失礼な事を言われたというのに、怒りもせず、考えている。
そして、しばらく黙った後、ハロルドを見てから、ジューダスに向き直り、口を開いた。
「違う、と思う。僕は確かに妹に色々なことをしてやれなかった事を悔いてるよ。でも、それをハロルドで代用しようなんて考えてない。ハロルドはハロルドで、妹じゃない。」
そこで、ラミュエは言葉を切って、ハロルドを見た。
以前、ハロルドに話したことを思い出したのだろう。
「確かに妹を亡くしている事が、僕の心に恐怖を残しているのは事実だよ。でも、それは君を失うという事への恐怖であって、妹の代わりとしてじゃない。君には・・・孤独な死に方をして欲しくない。そう思うのは失礼かい?」
ううん、とハロルドは首を振った。
「孤独、ね。」
ジューダスが言った。
「本当に孤独な死に方など、知りもしないでよく言うじゃないか。」
ばちん。と音がして驚いたのは、ラミュエと、ハロルドにひっぱたかれたジューダス本人だった。
「ハ・・ハロルド!」
慌てたように、ラミュエが彼女の袖を掴む。
そのラミュエの手を振り解き、ハロルドは一歩前に出る。
それで、ジューダスに一歩近くなる。
「あんたって・・・!」
そう怒鳴った時、ハロルドの顔は真っ赤になっていた。
「あんたは・・・あんたって人は・・・。」
「・・・ハロルド・・・。」
ぽろぽろとハロルドの目から涙がこぼれた。
それを、ふたりは言葉を失ったまま、ただ、見ていた。
「あんたは・・・。」
子供のように、泣きじゃくるハロルドはその先を続けられない。
ピンク色の髪の毛が、上下する肩にあわせて、ふわふわと、タンポポの綿毛のように揺れていた。
照明を落とした暗い通路を、黒衣の影が歩いていた。
ただ、歩いているのではなく、彼は見回りの為に巡回していた。
当番ではなく、眠れない時の習慣だった。
もっとも、ぐっすり眠れる日など、ジューダスにはほとんどない。
人気のない通路。
音のしない闇。
どこかの部屋にでもいけば、夜番の兵たちが集まって騒いでいるだろうが、騒がしいのは嫌いだった。
いつも、彼はひとりだ。
ひとりが好きだ。
けれど、以前はひとりでいても、話し相手がいた。
もういなくなってしまった片割れに向かい、話しかける。
「まさか、あいつが泣くとはな?」
答えはなく、代わりにコツコツと足音が響く。
「ましてや、感情的になって手を上げるとは。」
いつもふざけているような態度は、その裏で冷静な計算を隠している。
それが、崩れたのを今日、見た。
それも人の為に。
ジューダスは、ぶたれた左頬にそっと触れる。
別段、痕にもなってないが、その時は痛かった。
意外だったから、驚いたから。
特別痛かったのだ。
「痛みには・・・慣れてる。」
生まれてこの方、痛くなかった事などない。
血を流そうと、膿もうと、誰も気にとめなかった無数の傷ならもう慣れた。
すでに痛みを痛みと感じない程に。
「平気だ。」
視線を足元に向けて、話しかける。
「だから・・・心配するな・・・シャル・・。」
「・・・はい?」
ぎょっとしてジューダスは顔をあげた。
その先には、なんとも言えない表情のシャルティエが立っている。
「あの・・ええと。」
泣き笑いのような顔で、シャルティエが言った。
「眠れなくって・・そしたら靴音が・・・。」
言い訳のように言葉を紡ぐ様子が可笑しかった。
「シャル。」
「はい!」
呼ばれて、ビシッと姿勢を正したシャルティエは、どうして自分が条件反射で返事をしてしまうのか納得いかないようで、口をとがらす。
「ええと、大佐はなんです?やっぱり眠れないんですか?」
「僕を、そう呼ぶ事にしたのか?」
「ええ。一応、年下でも上官ですし。」
「嫌なら、別にそう呼ばなくって良い。」
「ええ?でも・・・。」
「良い。僕が許す。何とでも好きな様に呼べ。」
そう言いながら、ジューダスは待った。
彼がふさわしい呼び方で、自分を呼ぶのを。
「う〜んと、じゃあ。」
少しだけ考え、シャルティエは口を開いた。
ジューダスの求めている言葉を。
「坊っちゃん、って呼びます。子供扱いされてるようで、嫌ですか?」
「いや、それで良い。」
ジューダスは微笑む。
確かに彼の片割れはもういない。
それでも、もう一度、その声で、そう呼ばれる日が来るとは、思ってもいなかった。
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