「お待ちなさい。大佐。」
「・・・何だ?」
アトワイトに呼び止められ、ジューダスは足を止める。
見れば、渋い顔のディムロスも一緒だ。
「何故、検査を受けにこないの?」
「・・・?何の検査だ?」
「・・・定期検診よ。兵士には義務付けられているでしょ?」
そこまで言って、アトワイトはなにかを思い出したように、ジューダスを見た。
「ハロルドに、あなたに来るように言ってくれって、ことづけておいたんだけど・・・。」
「・・・・・。」
「聞いてないの?」
ジューダスの答えを聞くまでもない、というようにアトワイトとディムロスはため息をついた。
「まったく・・・ことづけひとつできんとはな。まるで子供だな、あいつは。」
「それは今に始まった事じゃない。」
不機嫌そうな声で、ジューダスが言った。
「まあ、それなら仕方ないわね。そういう訳だから、来て貰うわよ?大佐。」
アトワイトが言い、ディムロスをちらっと見た。
それでジューダスは、この場にディムロスがいる理由に思い当たった。
ジューダスが拒否をした場合、命令を下して貰う為の、保険だったのだ。
「まあ、そういう事だ。すでに全員終えて、残るは君ひとりだ。行きたまえ、ジューダス。」
アトワイトに連行されるように医務局へ行くと、カーテンで仕切られた一角へと押し込められる。
「じゃあ、血圧とか一通り、調べるから。大佐、あなた、血液型何?」
「・・・・・知らないが。」
「あっきれた。ちゃんと知っておかないとダメじゃないの。負傷して輸血が必要にでもなった時、どうするの?いいわ。一緒に調べます。」
アトワイトはまくし立てて、てきぱきと器具を揃えていく。
「じゃあ、血を採りますんで、腕をまくってください。」
言われるまま、袖をまくって顔をあげると、注射器を持って立っていたのはラミュエだった。
ジューダスと目が合うと、にこりと笑う。
「いつぞやは。」
「・・・帰ったんじゃないのか?」
「急病人が出て、人手が足りないんで来週にしたんです。」
手を握っててください、と慣れた口調で言いながら、ラミュエが注射器を近づける。
ふわり、と消毒薬の匂いが立ち上り、それを嗅いだとき、幼い頃、熱を出し、医者を呼ばれた時のことを思い出した。
注射をしたのなぞ、後にも先にもそれ1度きりだ。
医者にかかった事もない。
あの時、誰が自分の為に医者を呼んだのだろう。
都合の良いただの道具を、そこまで気にかけた人間がいたとは思えなかった。
「終わりましたよ。」
「あ、ああ・・。」
我に返って、ジューダスはラミュエの顔を見た。
白いガーゼで、痕を押さえるようにように指示をするラミュエの横顔には、何の感情も伺えないが、自分のように無表情でないことは確かだ。
ハロルドはそう言ったが、本当にこの男は自分の言った事で傷ついたのだろうか、とジューダスは思った。
意地の悪い気持ちがなくもなかったが、少し試してみようと思っていたのだ。
この男の気持ちというヤツが、本当に自分自身で思っているほど、確かなのかどうか。
心の奥を暴き立てられても、揺るがないほどの本物なのか。それが知りたかった。
ハロルドに途中で邪魔されたが。
思えば、ハロルドが泣くのを見るのは、あれで2回目だ。
「・・・ですか?」
「何だ?」
ラミュエに話しかけられた事に気がついて、ジューダスは我に返った。
「生まれはどちらなんですか、って聞いたんですよ。」
「何でだ?」
「単なる好奇心です。」
柔らかい口調で、ラミュエは言う。
こういう男は苦手だ。こちらのペースを乱される。
「ない。」
「・・・やはり、ベルクラントで?」
ベルクラントで壊滅させられた、と思っていると気がついてジューダスは訂正する。
「そうじゃない。僕には・・・過去の記憶がない。どこにあるのか、分からないんだ。」
「ああ、そうでしたか。」
ラミュエは聴診器を手に取った。
「脱いでください。心音を診ます。」
言われるまま、服をはだけると、ラミュエが眉を寄せるのが見えた。
「これは・・・ずいぶん、ひどい傷ですね・・・。」
「・・・ああ。」
左肩から胸を通って腹まで走る、大きな切り傷だった。
エルレインによって蘇らされた、前回はなかったのに、何故か今回はこの痕が残っていた。
誰によってつけられたかは考えなくっても分かる。
スタンは右利きだった。
間違いなく、あの時の背徳の証だ。
「故郷がないなら・・。」
聴診器を当てながら、ラミュエが言った。
「ハロルドを連れて帰れませんねぇ。」
「・・・?なんだって?」
問題ないですよ、と言って聴診器を外し、ラミュエがジューダスを見る。
「僕にはあるんですよ。故郷が。」
「それは前にも聞いた。」
「大佐、もし僕が・・・。」
ラミュエは、にこりと笑った。
何故ここで、邪気のない笑顔を向けられるのか、ジューダスには分からない。
「ハロルドを、僕の故郷に連れて帰りたい、と言ったら、どうします?」
はじめ、ジューダスは、先日の意趣返しかと考えた。
だが、そういうイヤミな行動をする男ではなさそうだ、と思い直した。
それならば、この男はこの男なりに何かを感じ、挙句、勘違いしたのだろう。
「好きにしたらどうだ?」
無表情にジューダスは答えた。
「そうしたいなら、ハロルド本人に伝えたら良い。喜ぶだろう。」
「・・・本気ですよ?」
「何故、僕に聞く?」
質問で答えを返したジューダスに、ラミュエは大げさなほど、大きなため息をついた。
「大佐、あなたは。」
ついでに、頭を抱えるポーズまでする。
「何故、あの時ハロルドがあんなに怒ったのか、全然分かっていませんね?」
「・・・どういう意味だ?」
その時、カーテン越しに大きな物音と同時に悲鳴に近い叫び声が、医務局になだれ込んできた。
見なくても分かる。
かなり、緊迫した雰囲気だ。
バサリ、とカーテンが開いた。
「ジューダス!お願いがあるの!」
アトワイトが血相を変えて飛び込んできた。
「どうした?」
「血を分けて欲しいの!」
「輸血が必要な怪我人でもでたのか?」
「ええ。一応、輸血の為の血液を確保したいの。お願い。」
ジューダスはうなずいた。
「輸血をされる為に調べたのが、逆に輸血する派目になったな。」
チューブのついた針をジューダスの腕に刺していたアトワイトが、笑った。
「あなたでも、冗談言うのね」
イヤミのつもりで口にしたのを、冗談と取られ、ジューダスは憮然とする。
どうも、彼女は苦手だ。
何やかやとはぐらかされ、思い通りにされているような気がしてならない。
先程も、別に座ったままで良いと言ったのに、貧血を起こすと困るからと強く言われ、結局ベッドに寝かされる事になってしまった。
「どう?気分、悪くない?」
血がチューブの中を流れ出したのを確認して、アトワイトが聞いた。
口調はまるで、患者に接しているかのようだ。
「退屈だ。」
ジューダスが答えると、アトワイトは笑った。
「少しくらい、ゆっくりしていきなさいな、大佐。大手を振ってさぼれるなんて、めったにない事よ?」
「僕はさぼりなど・・・。」
言いかけて、やめた。
どうせ、また、聞いてないのだ、バカらしい。
「じゃあ、大人しくしててね。」
アトワイトは言い、にっこりと笑って、カーテンの奥へと消えた。
どうやら、うとうとと眠ってしまっていたらしい。
気持ちの良い眠気が、思考を鈍らせていた。
ぼんやりとうす汚れた天井が目に入り、重いまぶたをもう一度閉じようとした時、いきなりジューダスは覚醒した。
胸の辺りに、妙な苦しさを感じる。
重いものが乗っている感触に、記憶を探り、それが何だか気がついて声をあげる。
「ハロルド!」
「ん?あれ、起きたの?」
体を丸め、頭をジューダスの胸に乗せていたハロルドが、眠そうな声で返事をした。
「なんでいるんだ・・・。」
力が抜けた声で、ジューダスが言う。
「いやー、あんたがあんまり気持ち良さそうにしているから、つい。」
「お前は猫か。」
「ふふ。」
「誉めてないぞ。」
言い合いながら、ふとジューダスは違和感を感じた。
ハロルドがどかない。
「おい、どうしてどかないんだ?」
「それはね。」
ハロルドはジューダスの胸の上に手を置いた。
その手で、軽く、押す。
「あんたが逃げないように全体重をかけるところだったからよん♪」
にっこり笑ってそう言った後、本当にハロルドは、ジューダスの体を全身の力で押さえつける。
もともと軽いハロルドなので、苦しくはない。
理解不能だ、とジューダスは小声でつぶやいた。
「とりあえず、どけ。」
「逃げるから、嫌。」
「逃げない。」
「嘘ね。」
「嘘じゃない!」
「信用できないわー。あんた嘘つきだもん。」
「僕がいつ、嘘など・・・。」
「ついたじゃない。」
ハロルドが言った。
その表情はもう、笑ってなかった。
ジューダスは息を呑む。
いつもの、童女のような雰囲気は影を潜めていた。
大きな紫の目を細め、ジューダスを見る。
「嘘言ったでしょ?私に。」
「・・・何の事だ・・・?」
ハロルドの瞳が妖しく光っているのを見て、声がかすれた。
「あんた。」
ハロルドはジューダスの首に軽く手をかけた。
「私の空想の人物なんかじゃなかったじゃない?」
ジューダスは目を見開き、思い出したのか?と、言いそうになった。
寸前で言葉を呑んだジューダスの様子をながめて、ハロルドは笑みを浮かべた。
少女のではなく、十分に女を意識させる微笑だった。
「あんた、感覚のある夢って見たことある?」
「・・・ないが。それが、どうした?」
ハロルドが笑う。
「私はあるのよね。それもつい昨日。」
「ハロ・・・!」
「病室では静かにしましょう。」
呼びかけた名前は途中で、途切れた。
唇を重ね、舌を絡め、その熱さに酔いそうになる。
「ね?」
唇を離し、頬にかかる甘い息の下から、ハロルドが言った。
「夢の通り。つまりそれは、ただの夢ではなく、実際に体験したという証明に他ならないわ。」
「・・・だから、何だ・・・。」
ジューダスが睨み返すと、ハロルドはいつもの子供のような笑顔を浮かべた。
「つまり、あんたは私が空想してできた人間ではなく、初めから実在していた、という事。それなのに、私は、自分の記憶違いに気がつかずに、都合良く偽の事実を捏造してたって、訳。」
実際、色々と記憶のかけ違いも起こっている。
それに気がつく、引き金になったのは、ジューダスにナプキンで口をぬぐわれた時だった。
以前にも、そんな事があったが、その記憶はずっとカーレルだったと思っていた。
だが、それならば、少し変なのだ。
カーレルなら、あんな風に乱暴な仕草をしない。カーレルは照れる必要がないからだ。
あれは、初めからジューダスの記憶だったのだ。
それを、カーレルの仕草だったと勘違いした。
勘違いというよりも、そう思い込む事で、自分の中にある記憶の違和感を埋めようとした、というところだろう。
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