Doll

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 「そうなんでしょ?」
逃げられないようにジューダスの上に乗り上げたままで、ハロルドが言った。
ジューダスは答えない。
だが、それは予想範囲だったハロルドは、別段気にもせず、話を一方的に進めた。

「あんたはどこかで実在してた。そして、私とも一緒にいた時期があるはず。一緒に星を見たわよね?そして私はそれを、何らかの理由があって忘れてしまった。違う?」
同意を得ようとする質問ではなく、答えないだろうという予測しての、自分自身の確信を高める為の質問だった。
けれど、ジューダスは答えた。
「それを知ってどうする?所詮、忘れてしまったのだろう?例えそうだったとしても、記憶にないなら、なかった事と同じだ。」
「まあねー。」
いつもの童女のような口調で、ハロルドは言った。
「あんた上手いこと言うわね。その通りよ。なんだかんだ言ったって、私は結局、忘れてしまったんだしー。」
「それが分かったんなら、どけ。」
「でもね。」
ぐい、とジューダスの胸を押し返し、ハロルドは笑いながら、ジューダスの顔を覗き込んだ。
「新しいなぞなぞは増えたわ。私は何故、記憶を失ったのか?どうして、あんたがここにいるのか?又、その目的はなにか?そして、一緒に星を見た場所はどこなのか?この近くって事はないわよね?星が見える訳ないもの。しかも、外殻がある以上、地上から星を見るのは絶対に不可能。ならば、今、この時代ではないはずよ?それは、いつ?私は時を超えたの?前世ってのはなしよ。私は、そんなの信じないし。それから・・・。」
「まだ、あるのか。」
畳み掛けるように話すハロルドに、ジューダスは心の中で舌を巻く。
たった、ひとつの疑問から、こんなにいくつもの問題点を思いつくあたり、流石だ。
しかも、全てが正解だ。

「それから、どれくらい私があんたを好きだったのか。」

「・・・・・・。」
「やっぱり、これも正解ね?」
勝ち誇ったように、ハロルドは笑った。
「僕はお前じゃない。」
「何よ?それ。」
「だから、お前の気持ちなど分からない。」
「・・・そう、きますか?面白いわね。」
「・・・・・。」
「まあ、そうね?人間なんて、他人の考えを全て知る事ができないもの。たとえ以前、私が、あんたに向かって"死ぬほど愛してるわー"とか言ってたとしても、どこまで信用して良いやら、分かったもんじゃないわ。全ては私の胸の中。」


 「あ・・・あなたたち!!」

 叫びに近い声がして、見ると、アトワイトが真っ赤になりながら立っていた。
「あら、アトワイト。どったの?」
「どうしたの、じゃないわよ!何してるの!?」
「ああ、この事?」
ハロルドは、ジューダスの腹の上に馬乗りになっている体勢で、しかも顔を近づけて話をしていた。
誤解されても、アトワイトを責められない。
「まだ、未遂よー。安心して。」
「おい。」
「そうじゃなくって!どこで何しても良いけど場所をわきまえなさい!」
「ここじゃ、ダメなの?」
「おい・・・。」
「ダメです!ここは医務局なんですからね!一般人の患者さんだって、いらっしゃるのよ!見られでもしたらどうするの!軍の沽券にかかわるわ!」
「・・・兵になら良い、とでも言う気か?」
ジューダスのつぶやきは、無視された。
「とりあえず、出てって貰うから、ハロルドはジューダスの上からどきなさい。続きは廊下でも、倉庫でも好きなところでやって。」
渋々といった感じで、ハロルドはジューダスの上からどいた。
拘束していた重しがなくなり、やっとジューダスは体を起こすことができるようになる。
「ジューダス。」
アトワイトが、それを見て、言う。
「いきなり起きると、めまい起こすかもしれないから、ゆっくりね。協力ありがとう。」
「・・・ああ。」
「・・・倉庫は鍵がかかってるはずだから。・・・・・・・一応、忠告はしたわよ?」
真顔で言われ、冗談が本気が検討がつかず、ジューダスはタイミングを逃し、誤解を解く事も、弁解する事もできなかった。

 








 医務局を出た時、
「ハロルド。」
自分を呼ぶ声に振り向くと、包帯を抱えたラミュエが立っていた。
「あら。里帰り、延びちゃったんだって?」
「うん。その事なんだけどね、ハロルド・・・。」

 医務局の入り口に、ジューダスが現れた。
ラミュエとハロルドを見た彼は、何も言わず、そのままふたりの横を通り過ぎていく。

 「なあに?」
歩み去っていくジューダスの後姿に、一瞬だけ視線を走らせた後、ハロルドはラミュエに向き直った。
「・・・・・僕と一緒に行かないか?」
「めずらしい物でもあるの?」
「そういう意味じゃない。」
「うん、分かってる。」
ハロルドはうつむいて、子供のような仕草で、トントンと床を片足で蹴った。
「でも、それなら断らせて。」
「やっぱりか・・・。」
「ごめんなさい。」
ラミュエは笑って、いいんだ、と言った。
その顔を見て、ハロルドは、本当はね、と心の中でラミュエに話しかける。


 本当だったら、むしろ、あなたが私の運命に寄り添ってくれるはずだった。
けれど私の運命は、何かのはずみで違う方向へ向きを変えてしまい、そして、そこで私は、宝物を見つけてしまった。
だから、運命が今更、どんなに方向修正しようとも、私はそれを手放せない。
2度と、手放すことは、できない。


 「彼、かなり意地っ張りだね?」
「単にひねくれてるのよ。」
「厳しいな、ハロルドは。」
ラミュエは笑い、ジューダスの去った方向を見た。
「でも、すごく痛々しくもある。」
「ええ。」
「あの時、彼をひっぱたいたのは、止めたかったんだろう?」
ラミュエにしてはめずらしく、他人の気持ちを、確信的に話した。
「うん、そうよ。」
「分かるよ。聞いてるこっちが、辛かった。」


 本当に、痛い言葉だった。
誰にも求められない事を、愛されない事を覚悟した事のある言葉だ。
本当はあの時。
" あんたは、まだ、そんな事を言うの?"
そう言いたかった。意味は分からないのに、口をついて出そうになった。
まるで、ナイフで胸を抉られたかのように、痛くて・・・。
悲しくて悲しくて悲しくて。
こっちを見て欲しくって、思わず手が出た。
自分がいる事を、忘れないで欲しかった。
たったひとりで、深い闇の中に行かないで欲しかった。

 
 ハロルドはそっと、胸に手をおいた。
あの時の痛みは、まだ、胸のどこかにトゲを持ったまま、しまわれている。


 「彼、ひどい傷があるんだ。」
「え?」
「肩からお腹にかけて。」
「・・・そう。」
「あれを見た瞬間、あ、勝てないって思った。」
ハロルドは、ラミュエを見た。
無言で先を促す。
「あんなに深い傷を負って。どういう傷かは知らないけど、なんていうか、すごい覚悟を背負って生きてるんだな、って思ったんだ。こんな時代だから、皆、体にも心にも傷を負ってる。でも、いつかは、癒せる時が来るの待っている。でも、彼はあの傷を抱き続ける限り、自分を許さないような気がしたんだ。何で、そんな事を思ったのか、分からないけど・・・・・。」
「・・・・・・・。」
「それで、僕はけっして彼には勝てない、そう思った。」
ラミュエが、どこを感じて、そう思ったかは分からない。
けれど、それは間違ってない。
だって、あいつは・・・と思い、ハロルドはその先の言葉が続かない事に気付いた。
答えは自分の中にある。
でも、フタのない箱の中にしまってしまったかのように、それは出てこない。


 「じゃあ、僕は仕事に戻るよ。」
にっこりと笑って、ラミュエは言った。
「あ、そうそう。せっかく、採血させてもらったけど、結局、あの血は使わなかったんだ。出血の割には、傷が浅くって。命に別状はなかった、ありがとう、って彼に伝えて。」
「分かったわ。」
「じゃ、また。」
「うん。またね。」









 何も考えないように。
そう務めて、ジューダスは歩く。
考えれば、雑念が、心に浮かぶ。

 考えるな。

医務局を出た時に見た光景が、なぜか、心に浮かんだ。

 僕には関係ない。

雑念を振り払おうと、早足で歩くジューダスに、兵たちが振り返って見ては、慌てて、道を譲る。
この美貌の、新しく来た補佐官が、見ためと違って手厳しいことは、すでに兵の間で知られていた。


 僕は人形のようなものだ。

どこかで剣を振るおうか、と思った。
それで少しは気が紛れるだろう。

 何も求めるな、何も望むな。望んでも・・・・・

 「無駄だ・・・。」


 




「あれ?坊っちゃん?」
確かめるまでもなく、誰だか分かる。
ジューダスをこう呼ぶのは、ひとりしかいない。
「・・・シャル・・・。」
「どうしたんです?会議室は反対方向ですよ?」
「会議?」
シャルティエは、不思議そうな顔をした。
「あれ?聞いてませんか?さっき召集がかかりましたよ。緊急事態とかで。」
「・・・そうか。」
「あ、どこかでハロルド博士、見ませんでいたか?連れてくるようにディムロス中将に言われたんですよ。僕。」
「貧乏くじだな。」
「まったくですよ。」
「ハロルドなら・・・・。」
医務局で会った、と言おうとして、ラミュエを一緒にいた事を思い出した途端、その先を言う事ができなくなった。
「・・・・・どこか、ほっつき歩いてんだろう。ほっとけ。」
「ええ!?でも・・・。」
「ディムロスには、心当たりを探したけどいなかった、とでも言えば良い。そのうち、向こうから来るだろう。」
「うーん。そうですかねぇ。」
未だに迷っている、シャルティエに背を向けて、ジューダスは歩き出した。
後ろから、追いかけてくる気配がする。
「待ってくださいよ、坊っちゃんー!」












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まるっきり前回の会話の続きからスタート。忘れてしまわれた方は、少しだけ戻っていただけると助かります・・・。