Doll

9







 ジューダスが、入隊するきっかけとなった事件が起きた、同じ流刑地で、再び、大きな暴動が起きた。

 その鎮圧のために、地理に詳しいジューダスが、自ら出向くこととなり、更に兵を統率する役として、ジューダスの希望により、シャルティエが選ばれ、ふたりは遠征の為にしばらくは地上軍拠点を離れる事となった。





 「ふう・・・。」
食堂でリゾットに皿をつつきながら、ハロルドは溜息をついた。
今日のリゾットは、トマト味で、しかも暖かく美味しいのだが、それでも前回食べたものよりも味気なく感じた。
その理由は分かってる。
「溜息つかないで。あからさまな人ね。」
向かいに座っているアトワイトが、そんなハロルドの態度に、逆に機嫌を損ねた。
「せっかく久しぶりに、一緒にお昼を取ってるっていうのに。大佐でなくって悪かったわね。」
「アトワイトだって大佐じゃない。」
「誰が階級の話をしているのよ?」
そう言いながらも、見る見るアトワイトの顔は緩んでいく。
「でも、まあ、いいわ。早く帰ってくると良いわね。無事にね。」
「だいじょーぶよ。あいつ、腕良いし。」
「そうね。」
むしろ、心配なのはシャルティエの方だ、などとアトワイトも結構、ひどい事を言う。
「ふふふ。」
「・・・?なに笑ってるの?」
「だって・・・。」
アトワイトは頬杖をついて、ハロルドの顔を見る。
その目はまるで、妹を見るかのようだ。
「まさか、あなたがこうも分かりやすい態度に出るなんて・・・可笑しくって。」
ハロルドは唇を尖らせる。
「なによー。どうせ分かりやすいわよ!」
アトワイトといると、ハロルドは飾る必要がない。
もとより、思い通りに行動しているが、それで他の人間と違って、眉を顰められることもない。アトワイトの目に写るハロルドは、天才でも、マッドサイエンティストでもない。
だから、安心して自分を見せられる。もっとも、人が何を思おうが、感知しないが。
人が見る自分の姿に興味のないハロルドにしては、めずらしく、ふと聞いてみる気になった。

「今の私って・・・みっともない?」
「え?」
「だって、私にとっての主人はいつでも私自身だったんだもん。人の価値観に合わせるのなんか絶対、嫌だったの。それなのに・・・今の私はジューダスの事で頭がいっぱいで、とても私自身の考えを優先になんてできないわ。私の中で、政権交代が行なわれてしまったのよ。今の私なら、ジューダスの為だというのを理由に、自分の主義に反する事でもしかねないわ。これって私の自我の衰退?とてもとてもみっともない事じゃない?」
「いいえ。」
アトワイトは、とても優しく微笑んだ。
「今のハロルドは、とっても素敵よ?」
「そうかしら?だって何の前触れもなく、いきなりこうなっちゃったのよ?変じゃない?」
「恋なんてそんなものよ。」
「恋。」
「あら、違うの?」
ころころとアトワイトは笑う。
「でもね、本当にそういう物なんじゃないのかしら。恋なんて、ある日突然やってくる、迷惑な侵入者なのよ。いきなり来られて、とまどって、混乱して。でも、けっして出て行ってはくれないの。まるで、そこにいるのが当然のような顔で、心の中を乗っ取っていくのよ。」
「うん。」
幼い子供に戻ったかのような、素直な感情を浮かべ、ハロルドは同意した。
「以前、あなたに言ったわね?心が暖まるような、生き方をして欲しいって。」
「ああ・・・。」
そんな事もあった。
あれは、ジューダスが来る、遥か前の話だ。
・・・いや、実際はそんなに、前でもない。けれど、ひどく遠くに感じる。
「今はどう?私の言う事を、理解してるかしら。」
「分かるわ。」
心暖まるという表現は、なんて的を得ているんだろう。
いつでも、嬉しく楽しい。
そんな陽だまりのような場所が、今のハロルドの胸の中にはある。
「良かった。」
アトワイトは本当に嬉しそうに笑い、
「それじゃ、聞かされっぱなしもシャクだから、今度はディムロスの話を聞いても貰うわよ。
と言った。













 星空は、残酷な程美しく、その時のジューダスの目には映った。


 ハロルドはつい今、自分が言ったことなど、なかったかのように鼻歌交じりで夜道を歩いている。

 人の気持ちをかき乱しておいて、後はしらんぷりだ。
その、ぼんやりと浮かぶ小柄な後姿を、転ばないかと注意深く見守り、ジューダスは、ふと我に返る。

 どうして僕があいつの心配など。

 それでも、唇を重ねた時、すがりついてくるような手を背に感じて、思わず、深く抱き寄せそうになった。
それをしなかったのは、自分には、その権利がないからだ。

 人を望むことも、望まれる事も許されない。

 この旅の終わりには、自分は消滅し、全員の記憶は消えうせる。
それなのに。

 望んでどうなる。

 「ちょーっとー?」
前方で、ハロルドが振り返った。
「何、ちんたら歩いてんのよー?ちゃんとついてきなさいよー?」
「・・・・・うるさい。」
ジューダスは歩調を早め、ハロルドに並ぶ。
「ねー?また、星、流れないかしら?」
「さあな。」


 望むな。望んでも無駄だ。

 そう自分に言い聞かせ、それで逆にジューダスは気付いてしまった。


 自分が本当は、望んでいるのだ、という事を。













 深く暗い洞窟の奥に、それはあった。

 なるほど、神々しいとは、まさにこの事だな、とジューダスは思った。

 何度か、以前にも目にした事があったが、ひとりでそれを今、目の前にすると、その透明度の高さと、大きさに飲まれそうになる。

 これなら、ハロルドでなくても、興味を惹かれる。
最も、それを実験に使おうなどと考えるところが、ハロルドの凡人ならざるところだ。


 「やっと見つけた・・・。」

 どうして探し回っていたのか。
考えてみれば、初めからここにあったのだ。ここは千年後にはカルバレイスと呼ばれる場所だ。


 「やっと見つけたぞ。フォルトゥナ。」
ジューダスは、それを目の前にして、つぶやいた。












 物資保管所は、人の気配が全くしなかった。
当たり前だが、ここは普段は名前通りの倉庫になったいる。
奥は研究所になっているが、今はそれも、閉鎖されていた。


 「よっ・・・と。」
照明をつけ、ハロルドは部屋の奥へと進む。
そこには、目的の3年前のデータが保管されているはずだ。
足元に転がっている部品を、踏まないように気をつけながら歩くと、チカチカと彼女を誘うように、光が瞬いた。

 「あら、あんた。」
その相手に気がついて、ハロルドが言った。
「今日は起きてたのね?」
『おかげさまでね。』
" 声"が答える。
『今日は、調子が良いのよ。』

 ハロルドの兄、カーレルが、天上王ミクトランと刺し違えた時、ソーディアン・ベルセリオスのコア・クリスタルには傷がついた。
以来、ベルセリオスの主人格は、ほとんどの場合眠っていて、こうして時々目を覚ます。

 「気分はどう?」
ハロルドは、もうひとりの自分に言った。
『そうね・・・。』
ベルセリオスは、その剣としては禍々しい姿とはかけ離れた、少女のような声でささやくように答えた。
ベルセリオスの主人格は、ハロルド自身だ。
今、ハロルドは、自分の分身と話をしている。
『悪いわ。』
「それはお気の毒さま。」
『あんたは、気分良さそうね?』
「うん。楽しいわよ。ねえ、外にでも出てみる?」
『・・・やめとくわ。どうせ・・・。』
ソーディアン・ベルセリオスは言った。
『ジューダスはいないんでしょう?』

 「あんた・・・。」
ハロルドは自分の分身を、驚いて見た。
『どうして、って聞くの?』
ベルセリオスがあきらかに、面白がっている声で笑う。

 ジューダスが来たのは、天地戦争が終わった後の事だ。
その時には、眠っていたベルセリオスが、ジューダスを知っている訳はない。

 ここに答えがある。

 そう思ったのは、ほとんど勘だった。
けれど、勘が外れた事はない。

 困惑して、表情を固くしたハロルドに向かって、ベルセリオスが言った。

 『ハロルド。』
「何?」
『私の計算だと、コア・クリスタルに人格を投影したように、コア・クリスタルから、人間への記憶の受け渡しが可能のはずよ?違う?』
「そうね。できるわ。」
『そう。やっぱりそうよね。』
ベルセリオスは、ため息ついた。
まるで、ハロルドをじらそうとしているようだ。
「それが何?」
ハロルドは、ベルセリオスに先を促す。
心の中で何かが、せきたてる。早くしないと、答えは逃げてしまう。

『あんたの記憶は、私の中にあるの。』
「え?」
『本当は、消滅するはずだった記憶。』
それで、ハロルドには分かった。
「私の?ジューダスの記憶?どうして・・・。」
『たぶん、私がレンズだからじゃないかしら。フォルトゥナが砕けた時、その膨大なエネルギーが断末魔のように四方に散った。それこそ、時を超えても届くほどの力で。それで、この世界にいた私にも影響を及ばしたのね。計算にすると・・・。』
「それは、私に解説しなくっても良いわよ。」
元は同じ人間だ。
ベルセリオスにできる計算は、ハロルドにもできる。
そう、最初の数字さえ分かれば。
そして、今、そのどうしても手に入らなかった数字は、目の前にあるのだ。

 「教えて。」
ハロルドは言った。
「その記憶、私に渡して。」
『うーん。』
ベルセリオスは唸った。
『どうしようかな・・・。』
「あんた、性格悪・・・。」
『元は、同じ人間だという事をお忘れなく。』
ベルセリオスは、きゃらきゃら笑い、そして言った。

 『私を、人格投影装置に連れて行ってよ。』






 炎のようなデザインの、黒い刃が照明に照らされる。
装置の真ん中に納められた、ベルセルオスは、不満そうに言った。
『きゅうくつねー。やんなっちゃう。』
「あんた、感じる事、出来るわけ?」
『失礼ね。想像だけでも、それくらいカバーできるわよ。』
ソーディアンは、マスターの五感を通して、初めて外部を認知できる。
マスターであるカーレルを失った今、ベルセリオスには、感じる、という事ができない。

 『本当は嫌なのよ?』
記憶をソーディアンから、人間へと逆送できるようにセットをし、ハロルドが目の前に立つと、ベルセリオスが言った。
「何?」
『悔しいのよ。私に体があったら、あんたにジューダス渡さないのに。』
「あんたと私は、同じ人間でしょう?」
『同じ人間だから、こそよ。』
ハロルドは笑った。
同じ人間だからこそ。その気持ちは理解できた。

 「じゃあ、ぼちぼち行きますか?」
ハロルドの合図を待っていたかのように、ベルセリオスは答えた。
『OK!』












Back  Next


以前、ジューダスが会話した相手が、誰か&ジューダスが何を探していたのか、という謎解き(説明)完了!これで、ハロルドの記憶は戻ります。次回で、最終話です〜〜〜!