どんな者にもそれぞ降る。
悪しきものと、愛しきものとは根底において、
同じものと知れ。

 






 

 

Dark in the Dark










 薄暗い灯りの中で耳を澄ましたが、外からは何も聞こえず、雪が降っているのだろう、とハロルドは思った。
 雪が降れば、わずかな物音など、吸収されてしまう。
もしも世界を構成するものが、暗闇のみでなにもない、という空間であったなら、こんな感じだろうか。

 寄りかかっているコンクリートの壁からは、しんしんと冷たさが、背中に伝わってくる。
ぶるり、と体を震わせ、ハロルドは壁から身を起こした。
窓もないので、明るさを確かめる事はできなかったが、たぶん、もうすぐ夜が明ける。



 向こう側の壁に寄りかかっていた黒い影の、身じろぎをした気配が、冷たい空気を通して伝わってきた。
静かに目を覚ました彼が、自分の名前を呼ぶのを、息を殺して待つ。


 今は、転ぶと危ないからとハロルドが外させた仮面はテーブルの上に置いてあった。
いつもはその下に半ば隠されている紫色の瞳が、ゆっくりと開き、視線の角度はそのままに、顔だけがわずかに上を向く。

 「・・・ハロルド?」
「いるわよ。」
いるに決まってる。
今の状態の彼を置いたまま、どこにも行けはしない。
ハロルドは立ち上がって、彼の傍に近づいた。
床の上に投げ出されていた、白い手を拾いあげる。
繊細な指、そして、節の長い男の指だ、と思った。
触れただけで、相手には十分だと思ったが、ハロルドは彼女自身の為に、その指を自分の頬へと持っていき、その手の上に、自分の手のひらを重ねた。
彼の手は思ったとおり、冷たい。





 
 元はといえば、私が悪い。
ハロルドは、今回ばかりは、自分の非を認める事ができる。
基地から少し離れたくらいのところにある、薬草を取りに行くぐらい、楽勝だと思った。
だから、ひとりで行こうとした。
それを引き止めて、忠告を無視して進んだ自分を追いかけてきてくれたのは、彼だ。
普段はいない、群れなすモンスターの大群に囲まれた時、かばって戦ってくれた。
剣を抜いて、敵を切り裂いて。
でも、向こうの数は多すぎて。
後ろにさがっていったときに、足をすべらせた。
崖の下に投げ出された時も、とっさに手を伸ばしてくれた。
そして、一緒に落ちて。
その先に、視神経を麻痺させる毒草が生えていた。
そして、ハロルドは無事で。
そのトゲに刺さったのは・・・彼だった。






 「水、飲む?」
「いや、良い。」
この男は何も欲しがらない、とハロルドは思う。
その後も、廃墟を利用して資材置き場にしている、この場所に逃げてきてから、すでに視力を失っていた彼に謝る自分を責める事もしなかった。
少量の飲食物が残っていたが、それもいつ底をつくか分からず、しかも、ハロルドたちが基地を出て行った事も、どこを目的としていたかも、知っている者は誰もいなかった。
とりあえず、持っていた薬で解毒作用のあるものを飲ませはしたが、彼の容態は一向によくならない。
外は吹雪いていて、闇雲には進めない。
普通ならば、この危機的な状況を招いた本人を許せないだろう。


 「ジューダス・・・。」
ハロルドは言うと、ジューダスは見えない目を、声のする方へと向ける。
「ごめんなさい。」
「謝るくらいなら、次からはするな。」
情けないハロルドの声を聞いて、逆につっぱねるように厳しい口調で言う。
「いくら天才でも、なにもかもが計算通りにいくとは限らない。それが身に染みて分かっただろう。」
その声は、だから気をつけろ、と言っていた。
普段、人に対して、必要以上に優しくしないからこそ、本当におもいやる場面を間違えない。
身に染みて分かったのは、むしろ、そんな彼の不器用な優しさの方だ。


 ハロルドはジューダスの額に手を当てた。
その手を嫌がるように、ジューダスは顔を背けたが、ハロルドはそれを無視して強引にその手を押し付ける。
「少し、熱いわね・・・。」
「気のせいだ。」
ジュ−ダスは言う。
先程、触れた手先は冷たかったのに、額は暖かいという事は、冷えた体が体温を上げようとしている証拠だ。
壁に寄りかかって眠ったりしたから、やはり、冷えたのだろう。
もしくは、すでに熱があるか。
「ちょっと待ってて。」
ハロルドは、薄い紫色のジューダスの瞳を覗き込んだが、それは揺れない。
「毛布が確かあったはずよ。後、備品の中に薬がないか見てくる。」
「別に、良い。」
良くないわと、とすばやく言って、ハロルドは立ち上がった。
だが、離れるよりも早く、手を掴まれ、振り返るとジューダスが立ち上がっている。
「・・・何してんのよ?」
「良い、と言っただろう。」
「良くないわよ。あんたにこれ以上なにかあったら面子が立たない。私の失態なんて、そんなのありえないわ!」
いつもの調子で言ってしまってから、ハロルドは言葉を選ばなかった自分に腹をたてた。
これでは、自分の心配をしているようではないか。
私が伝えたいのは、それとは違うのに。
「そうじゃない。」
ジューダスの方は、それには、気にも留めずに言う。
「自分でやる。」
「え?」
予想外の、もしくは、まったく予想通りの言葉を言われ、ハロルドは次に言うべき言葉を見失う。
そして、ジューダスは、すい、とハロルドの手から離れた。
まるっきり見えていない筈なのに、まるで見えているような動きだった。
数歩進み、手を伸ばして、壁に触れるとまた歩き出す。
それを、ジューダスが何度か繰り返すのを、ハロルドは、ただ、黙って見ていた。

 やがてジューダスは、扉へと辿り着き、ハロルドの向かって声を出した。
「外、か?」
「・・・ううん。」
目的のものの、位置を聞いてる。やはり分からないのだ。
それが分かった瞬間、ハロルドは、思いもかけず、自分の胸に広がった黒い内面を強く感じ取っていた。
「・・・そこから、右斜め下よ。」
「ここら辺か?」
ジューダスはそろそろと屈み、床に手を伸ばす。
その手は、毛布から微妙にずれていて、取れそうで取れない。
ハロルドは、床を撫でるばかりの白い指を見て、ジューダスの面へと視線を移す。
その表情には少しだけ、苛立ちが浮かんでいるように見えた。
「ここよ。」
ハロルドはツカツカと歩み寄り、ジューダスが探していた毛布を素早く拾い上げると、それを広げ、彼の両肩にかぶせた。
そして、毛布の裾を引き寄せようとしていた、彼の左側に、そっと顔を近づける。
その耳に、秘密の呪文を囁くように、ゆっくりと、ハロルドは、言った。
「今のあんたには無理よ?」
ぴくりとジューダスの肩が揺れる。
「何もしなくって良いわ。あんたの事は私が。」
ハロルドはその時、はっきりと自覚していた。
その言葉を口にしようとする、その時に、胸の中に広がった、その言い様のない甘さを。
「あんたの事は全部、私がなにもかもしてあげるから。」
ジューダスがわずかに、下を向き、唇をかんだのが見えた。



 まるで三重の檻の中だと、ハロルドは思う。
この場所に閉じ込められているという檻。
視界がない、という檻。
そして、私、という檻。
今の彼には、どうしたって、私が必要なのだから。
そう、私が必要だ。
たとえ、望まなくっても、どうしても。



 ジューダスは左手で、顔を覆った。
たぶん、ハロルドに、その時の表情を見せたくなかったのだろう。
そして、その手の下から、喘ぐように、
「・・・すまない・・。」
と小さく言ったのが、聞こえた。





 その夜(たぶん、夜になった頃)、ジューダスはやはり、熱を出した。


 
 ハロルドはそっと歩み寄り、青白い顔を覗き込む。
ジューダスはその気配に気がつかない。普段の彼にはありえないことだ。
体は小刻みに震え、寒さを感じている事を訴えていた。手足は氷のように冷えている。
だが本人は、相変わらず、弱音ひとつ吐かず、歯がならないように、食いしばっている。
ハロルドはそっと手を伸ばし、色をなくした唇に触れた。
「・・・なんだ?」
かすれた声で、ジューダスが、荒い息の下から言った。
「・・・寒い?」
当たり前の事を、ハロルドはわざと聞く。
「・・・・・いや。」
意地っ張りの彼が、その問いすら否定するであろう事は、予想がついていた。
「そう?良かった。」
ハロルドは言い、ほくそ笑む。
見えている訳ではないだろうが、その気配に気がついたのだろう。
ジューダスは悔しそうに、眉を寄せた。
それを見たハロルドは、面白いな、と思う。
見えていない今の方が、見えていた時よりも、表情が豊かだ。
それは視界という、ひとつの世界を失って、確立されていたバランスが崩れた為、だろうか。
それとも、自分が見えなくなると、相手からも見えないと錯覚するのだろうか。

 
 ハロルドは、汚れがこびりついてカビ臭い毛布を、手に取った。
こんな汚らしい毛布になど、普段だったら触らない。病気になりそうだ、と思った。
でも、今は。
ハロルドは、毛布の裾を広げると、片方を自分の肩にかけ、もう片方を彼の肩にかけた。
汚い毛布の中にくるまり、彼にぴったりと体を寄せると、ふう、とジューダスは息をついた。
一気に暖かさが増したのだろう。
だが、それは毛布のためではなく、今、私が隣にいるせいだ、と。
こうして私が、お互いの息がかかるほど、近くにいるからだ、と、分からせてやりたかった。
それを、決して忘れられないように、彼の胸に刻み込んでやりたかった。
くるまる毛布の中で、更に体を寄せ、ハロルドは、ジューダスの右肩と首筋の間に、自分の頭を乗せた。
嫌がって振り払おうとするかと思ったが、ジューダスは何も言わず、ふたりの間には会話もなく、そうやってお互いの体温を感じながら、ふたりは寄り添うようにして、眠った。

 




 まどろみの中で、ハロルドは手を伸ばす。
その手で、この心地よい暖かさを逃さないように、掴む。
ここは、暖かくって、安心できる。
その暖かさに、もっとくるまろうと体を丸め、もたれかかった。
髪を撫でる手を、感じたように、思った。




 目を開けると、白くぼんやりと薄汚れた天上が見えた。
そして、その次に、机の脚。
それを見て、ハロルドは自分がいつの間にか、床に横たわっていた事に気がついた。
その体には、幾重にも毛布がかぶせられていて、床から上がってくる冷えから、体を守ってくれていた。
ハロルドは体を起こし、部屋の中を見回した。
そんな、という言葉が喉元まで、せりあがってくる。
ジューダスの姿は、部屋の中になかった。
扉もきちんと閉まっている。
彼は、あの扉を開けて出て行ったのだろうか。見えないというのに、もう一度、ちゃんと閉めて。
でも、死角になる場所すらない狭い部屋の中では、見失ってしまうことなど、ありえない。
そう考えるよりなかった。


 ハロルドは急いで立ち上がった。
その肩から、彼女を守っていた毛布が、束になったままで、どさり、と音をたてて落ちた。
すると、一気に冷気が体を包み、今までの熱をあっという間に奪い去っていく。
ぶるり、とひとつ身震いをした後、ハロルドは冷たい扉のドアに手を伸ばした。
そして、なにかを思い切るかのように、力を込めてそれを引くと、更なる冷気と共に、光が部屋へとなだれ込んできた。


 ハロルドは廊下に飛び出し、辺りを見回す。
入り口に黒い影が立っていた。
その背中越しに見る、その先の世界は、光があふれている。
吹雪はやんでいた。


 こつこつ、と足音を立て、ハロルドはジューダスに近づく。
聞こえるように、とわざと立てた足音に気がつき、彼は振り返って、ハロルドの方へと顔を向ける。

 視線があった。

 「ジューダス?」
「薬が効いたようだ。」
ジューダスが、穏やかな声で言った。
その意味を知り、ハロルドは確認をする為に、質問を返す。
「・・・見えるの?」
「ああ。」
本当にわずかに彼は笑い、ハロルドに向き直る。
その瞳にはちゃんと視点が定まっていて、ハロルドの目を、きちんと見返した。
その薄い瞳の色が、微笑みかけるのを、ハロルドは見ていることができない。
「・・・・・良かった。」
「ああ。礼を言うぞ。」
いいえ、とハロルドは首を振る。
元はと言えば自分の責任だ。
ハロルドは視線を床に向ける。
彼の笑みを受け取る資格は自分にはない。
それに。
心から思ってもいないことを口にしたというのに、礼を言われる筋合いもない。

良かった、と思う心に嘘はない。
でも、これで、彼は自由になったのだ、と頭の中で、声がする。
その声は、叫び、喚き散らして、泣き叫んでいる。
ハロルドはその声から、意識と耳とをふさぎ、なかったことにしてしまった。











 軍事拠点への帰り道を、ハロルドは無言のまま、足を進める。

 しばらくぶりの晴れた空は、外殻のせいで青空までもは臨めないものの、外殻の隙間から差し込んでくる光が地上に積もった雪に反射して、直接見ることができないほど、まぶしかった。

 視線を落とし、冷たい空気の中に浮かぶ、自分の白い息に訳もなく注目する。
前を歩くジューダスは、昨日の高熱で体力が落ちているはずなのに、その事を感じさせないしっかりした足取りで、雪の中を踏み分けていく。
自分の息から、黒い衣服の背へとハロルドは視線を移す。
白い雪の上に浮かぶ、くっきりとした黒いシルエットは、ハロルドに、それまでの終焉を告げていた。

 「−−−−−−ジューダス!」


 その声が風に乗って、聞こえたと同時に、ジューダスの足が止まった。
ふたりして辺りを見回していると、雪の積もった丘の上に、ひょっこりと金色の頭が出た。
金髪につんつんとした髪型・・・・カイルだ。


 「あー、良かった!ジューダス!ハロルド!大丈夫だったー!?」
雪の上をもさもさと走りながら、カイルは息継ぎもせずに、そう叫ぶ。
やがて、その後ろからパーティの全員がついてきているのが見えた。


 「カイル。」
ジューダスが、目の前で息をはずませる少年に声をかけると、カイルは、ぱっと笑って、ジューダスの胸をこぶしで、とんっと叩いた。
「もー、心配したじゃんか。」
「すまない・・・。」
「いいけどね。」
追いついてきたナナリーが、そっけない口調で言うが、その表情は彼女が得意な温かみのあるものだった。
「でも、びっくりしたのよ?ふたりとも突然いなくなっちゃうし。カイルったら、敵に攫われたんじゃないかっていうんだもん。」
「そーそー。しかも、地上軍拠点の中に、天上側のスパイがいるに違いない!とか騒ぎやがって。えらい恥かかされたぜ。」
リアラとロニの、ふたりの言葉にカイルは真っ赤になって頬を膨らます。
「ひでーな、ふたりとも!オレはふたりの事が心配で・・・・。」
「はいはい。」
ぽんぽんと手を叩き、ハロルドがいつまでも続いていきそうな掛け合いを止めに入る。
「突然いなくなったのは・・・私のせいなの。ごめんなさいね?」
「え?」
「何々?何があったのさ?」
「その事については・・・。」
ジューダスが口を開き、不思議顔の一同を見回した。
「軍事拠点に戻ってからだ。話が長くなるからな。」
ジューダスの顔を全員が見る。
優しく、愛しそうに、信頼という感情をむき出しにして。

 ザ・・・・とその時、強い風が吹き、ハロルドは目をつぶる。

 「じゃ、皆、帰ろう。」
その耳に、明るく屈託のないカイルの声が届き、続いて「ああ。」と短く答えるジューダスの声がした。

 目を開けると、全員は一番後ろにいたハロルドに背を向け、歩き出していた。
それはハロルドが、必ずついてくると、疑ってもいない。

 私は違う。
ハロルドは思う。

 でも、あんたは良かったね。
いつでも信じていて、迎えにきてくれる仲間がいて。
その手の数々があるから、あんたは。

 
 風になびく黒いマントの背は、ゆっくりと遠ざかっていく。
ハロルドはそこにたたずんで、次第に自分から遠ざかる黒い影を見ていた。

 
 あんたには、私は、必要ないのよね・・・・・。


 小さくなっていく黒い背にそっと手を伸ばす。
昨日までは、この手に掴めたのに、自分だけのものであったのに、今はもう届きもしない。

 


 そして、ハロルドは目を閉じて、もう二度とないであろう、彼に必要とされていた昨日の自分の為に、少しの間、世界を拒絶した。

 

 








Fin      

 




独占欲、というお話。
人を好きになると、それは ただのおとぎ話でも、奇麗事でもなく、時には、それ自身がまるで意思を持ったかのように、自分を裏切るように暴走したりもします。 これはそういうお話です。
小説というものは、全ての人の共感を呼ぶことはまずないし、それは、目指すべき目標ですらありませんが、共感を呼びにくいだろう、とは、私も自覚してます。
自分自身の確固たる正義を持っている人で、これが、それに当てはまらない方。そして、全てにおいて善悪に重きを用いてる方。 自己犠牲愛を尊ぶ方には、まず、テーマが向きません。(どれも私の友達におります・・。読ませられないな・・・(汗))
そして、それ以外の方で、
これは理解しがたい、と思われたのならば、それは私の文章力のなさのせい、に他なりません。 申し訳ありません。
もっと上手い人なら・・・たとえ、共感を呼ばないまでも、納得できるカタチで、文章化できるだろう、と思うからですが・・・。 一番、私自身、ここが悩みどころでした。
一旦、実は、ハロルドの心情をもう少し・・・分かりやすく書いては見たのですが・・・。 同情をひく効果を得たくはなかったので、削除しました。 いえ、大した事が書いてあったのではないですが、小説って、主人公の見解を書くと、可哀想に思ってもらえる効果がでるものなんですよ、私の文章力は関係なく。
ですが、テーマが、どす黒い部分の独占欲だったので・・・少しばかり、残酷な感じにしてみました・・・。
それで、不快感を持たれた方、申し訳ありません!!(汗)
とはいえ、分かりずらいんだよ、このヤロウ!とお叱りを受けそうなので・・・・。削除したハロルドの心情部分も読まれたいという方は→コチラ  たいしたものは書いてございませんが(汗)

ところで、こちら・・実は・・・続いてます。
ジューダスメインで、しかも、そっちのテーマは、自己犠牲・・・(オイ)
そちらの方が、こちらよりは、いくぶん、共感を得そうな気が致します・・・なにしろ、真逆なテーマですから。
こちらがお気に召さなかった方は、これの事は、記憶の中から削除なさって頂いて、いずれお目見えする、そちらだけが、始めから独立してあった、という事にしていただければ・・・大変助かります(汗)

(04’5.07)