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パタン、と軽いドアを閉める音がして、ぱたぱたと、廊下を走る音がする。
「あれ?ハロルド?」
おやつの板チョコを咥えながら、隣からの物音に様子を見ようとカイルが顔を覗かせれば、急ぎ足で去っていくハロルドの後姿が見えた。
ごくん、とチョコを飲み込み、カイルはハロルドの後を追う。
別に、彼女に用がある訳ではない。
あえて言うなら、勘である。
妙なところでトラブルに対する勘だけは良いのが、英雄の特徴だった。
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歌う魚 |
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急いで出て行った割には、ハロルドの目的地はすぐそこだったらしい。
宿の入り口から出て、すぐのところで、ハロルドは立ち止まる。
宿の目の前の大通りだった。
普段は、静かな港町なのだそうだが、偶然立ち寄ってみれば、年に一度のカルナバルを間近に控え、町は活気に満ちていた。
リボンのようにひらひらと風に舞うハタと、町中に飾り付けられた花々。
浮き足立つ町の雰囲気に飲まれ、カルナバルまでの滞在を決めた。それが数日前の事。
外殻の戦いから数ヶ月、未だにエルレインの動向は掴めない。とりあえずは、急いだところで、どこにもアテのない旅だ。折角だから、参加して行こう、という事になったのだ。
「?」
いきなり立ち止まったハロルドの視線の先を、カイルも追う。
そこには、仲間の黒衣の男が、町娘と一緒に立っていた。いつもの仮面に半ば隠されているが、その表情は困惑したものに見えた。
町娘が、ジューダスに向かって、小さな花束を差し出した。
長い金髪で、色の白い、なかなか可愛い子だった。
リアラにはかなわないけど・・・などと、のんきに考えていたカイルの頭に、カルナバルのしきたりが思い起こされる。
「わ!」
思わず声をあげ、あたふたと、両手を振り回す。
それに、驚いて、目の前のハロルドも、その向こうのジューダスもカイルを振り返った。
カイルの声に、頬を赤く染めた娘は、ジューダスの手に無理やり花束を押し付けると、顔をふせて、走り去って行ってしまった。
「・・・・・なにをしている。」
仮面の下から、睨みつけながら、ジューダスが歩み寄ってくる。
その目には・・・・。
カイルが見たところ、自分は映っていない。
彼が視線の中に納めているのは、ハロルド、ひとりに思えた。
「なにをこそこそとしている?お前たち。」
そこで、言葉に出したから、仕方ないというように、初めてジューダスは、カイルを見た。
つまり、カイルには用はないのだ。
「別に?」
ハロルドはそっけなく。
本当に、そっけなく、答える。
「面白いものが見えたから、見学してただけ。愛の告白受けているところを見られると、あんたでも恥ずかしいの?」
「・・・・・。」
ジューダスは答えない。
その代わり、マントをバサリと鳴らし、ハロルドの横を通りすぎていく。
見るからに不機嫌そうな横顔に、思わずカイルは一歩引いて、道を譲る。
「カイル。」
横目で睨み、ジューダスが言う。
「な・・・なに?」
とばっちりに何を言われるかと身構えると、ジューダスは不機嫌そうな表情は崩さないままに、町の中心を顎で示して、言った。
「リアラから、伝言だ。広場の噴水の前で待っているそうだ。」
「あ、そう?」
ほっとした後、カイルは、その言葉の意味に思わず、笑顔になった。
それを、面白くなさそうに一瞥し、ジューダスは宿へと戻っていく。
手には、先ほど、町娘に押し付けられた、小さな花束が揺れていた。
「なんでも良いけど、どうするのかな〜、あれ。」
人に冷たいジューダスの事だ。
あるいは捨ててしまうのかもしれない。
それは、ひとりごとだったのだが、答える声が、すぐ傍であった。
「さあ?あいつの勝手でしょ。興味ないわ。」
ハロルドは腕を組んだまま、立っている。
ジューダスの消えた宿の方よりもむしろ、町娘の去った方角の方が気になるようで、視線をそちらに向けている。
その表情は、カイルのみたところ、頑なだった。
やがて、ハロルドは、腕を解くと、自分も宿へと戻る。
「うう〜〜ん。」
その後姿を見送った後、カイルはうなった。
「なんだか・・・嵐の予感・・・・。」
昔、この町は貴族が治めていた。
その頃、城には美しい姫が住んでいて、澄み渡った空の日に海から聞こえてくる歌声が誰のものなのか、いつも不思議に思っていた。
ある日、城の近くの浜まで降りた姫は、そこで美しい漁師の若者に話かける。
若者は笑って、あれは魚の声だ、と答えた。
魚が歌う、という事と、その若者に魅せられた姫は、度々、城の者の目を盗み、浜に降りてきては若者と会い、ふたりは次第に親しく、惹かれあうようになった。
そして、身分違いの恋の中、漁師の若者は、城で仮面舞踏会が開かれる日に、仮装をして姫に会いに行ったという。それが、この町の祭りの起源だ。
「ふ〜ん。だから、恋人たちの祭りって訳なのね。」
それは、この町に到着した、翌日の朝のことだった。
散歩に出ていたカイルとリアラが、ビッグニュースと騒ぎながら、食堂に入ってきた。
興奮してなかなか内容を話し出さないカイルに代わり、そこで初めてリアラから、祭りがあるというのを聞かされた。
「仮面祭りって言うんだって!」
「「「え?」」」
ひとりを除き3人が、目を丸くする。
仮面と聞いて、普通の人間が想像するような仮面を、この連中は想像しない。
彼らの仮面は、なにかの竜族の頭蓋骨と決まっていた。瞳の色は紫で、口を開けば毒舌で。
「おい。」
その頭蓋骨の仮面の下から、ジューダスの不機嫌そうな顔が見えた。
条件反射的に、全員が自分の顔を見たので、気分を害したのだろう。
「ちが〜〜〜〜〜〜〜う!!その仮面じゃなくってさ!」
自分で言い出しておきながら、同じ発想を持つカイルが叫ぶ。
「お祭りで使うお面は、お化粧した女の人みたいな・・すっごい綺麗なんだ!ね?リアラ?」
カイルの言葉に、ええ、と答え、リアラはにっこりと笑った。
「それより、恋人たちの祭りってなんだ?」
身を乗り出し、ロニが先を促す。
顔はにやけている。例の勝手な妄想が頭を駆け巡っているのだろう。
「それがね。仮面をかぶって、その頃の衣装で仮装をした男女が、北と南の門に一旦別れ、教会の鐘の音と共に町の広場を目指して進むんですって。そうして次の教会の鐘の音が鳴るまでに相手を見つける事ができれば、そのふたりには、永遠の愛が約束されるらしいの。」
「ほ〜。まさに、俺の為にあるような・・・。」
「ロニみたいな、恋人のいないヤツには関係ない、祭りなんじゃないのかい?」
「あ、てめ・・・。」
本人の戯言を無視して、ナナリーが質問をすると、リアラは、ううん、と首を振った。
「これは、愛の告白のお祭りでもあるんですって。」
「ん?好きな相手に告白するの?」
「そう・・・。意中の相手に、祭りの時、あなたを探しますよっていう合図に花束を渡しておくんですって。これをきっかけに、片思いの人に告白する人が多いらしいの。」
「へぇ。」
それを聞くと、いきなりロニは、しゅたっ!と立ち上がった。
「あれ?ロニ、どこ行くの?」
「どこって、花屋に決まってるじゃねぇか!美女に花束を渡し、祭りの日に俺が見つける事ができたなら、ふたりの愛は永遠だ!!」
「あ!ロニ!」
そう言い残し、ロニは走っていく。
後には、捕まえて間接技をかけ損なったナナリーと、最後まで言わせて貰えなかったリアラの手が、空に止まったまま、ロニの去った方向へ向いていた。
「・・・・・・鐘の音が鳴って、相手を見つけたとしても・・・・・振られることはあるのよ・・・。」
町の中心部から抜けて、港の横にある、小さな店を目指して、ハロルドはてくてくと歩く。
海風が頬を撫で、潮の香りが身に纏いつくようだ。
そういえば、ナナリーは、この香りを懐かしい、と言っていた。
一年中暑いホープタウンの近くには海があると言う。
「こんにちは、おじさん。」
「おう!来たな!いつものやつで良いのかい?」
「うん、お願い。」
毎日、訪れるハロルドの来訪に、店の主人は愛想良く答える。
もともと、気の良い漁師が立ち寄る評判の店だ。店の主人も気さくな人柄で、旅行者のハロルドが相手でも親切にしてくれる。
もともとは。
好き嫌いの多いジューダスが、その日出てきた朝食に、ほとんど手をつけなかった事が始まりだった。
そこで、地元で美味しいと評判のクラムチャウダーが、どうしても食べたい!と駄々をこね、ハロルドがここに連れてきたのだ。
どうせ、それが芝居だとばれてはいただろうが、ジューダスは「しかたがないな。」と言い、ハロルドにつきあってやる、という名目で一緒に来た。食事をただ、食べさせる。それだけの事にも、あの捻くれ者相手には手間がかかる。
そして、出てきたスープは、評判通り、とても美味しかった。
以来、やみつきになり、毎日ここに食べに来ている。
・・・昨日までは、ふたり揃って。
「あれ?兄ちゃんの方はどうしたんだい?」
「・・・・・今日はこないわ。」
「なんだ、ケンカか!?」
かかか、と豪快に笑い、店の主人が言う。
ケンカなんかしてないわ、とハロルドは口を尖らせ、スープを一口すする。
魚介で出た出汁が、甘みとコクを出し、深く味わうと体に浸透していくようだ。
ほっとする。
あの太く、毛むくじゃらの手がこんな繊細な味をだせるなんて、とハロルドは、いつも思う。
「腕の造形は料理と関係ないだろう。」
と、それを聞くとジューダスは言った。
いつもの、何を考えているのか分からないような無表情で。
「そりゃ、そうだけどさ。あまりにも美味しいんだもの!なにか魔法でも使って、ずるしてるんじゃないかって思わない?魔法使いには似合わないもの、あの亭主。」
「魔法?」
ジューダスはそれを聞くと笑った。
「何を非科学的な事を。お前が言うな。これはただ単に、魚介の新鮮さのおかげだろう。」
「ご主人の腕もあるでしょうに。じゃないと、ここまで美味しくはならないわ。美味しいでしょ?」
「たいしたことはない。」
でも、ハロルドには、ジューダスがその仮面の奥で、スープの味を楽しんでいるのが見て取れた。
どんなにそっけなく、装っていても。
それが本音かそうでないか、ハロルドには分かる。
ふと、店の奥を見ると、一組のカップルがなにやら、そわそわとしている。
見れば、花束を交換しあっていた。
交換しあっている、という事は恋人同士なのだろう。お互いにお互いを見つける、というささやかな誓いの儀式。
その鮮やかな色とりどりの花を見ていると、無償に腹がたった。
花にあたってもしょうがないのに。
「こんちは。」
聞き覚えのある声がして、ハロルドは、店の入り口を見た。
やはり、短い銀髪の、長身の男が立っている。
「ロニ。」
「げっ!ハロルド!お前、なんでここに!」
「それは私のセリフ。ここは、私のお気に入りの店なんですからね!今度から私に断ってから来てよね!」
「へいへい。・・・・って俺がどこに入っても、俺の勝手だって〜の!」
兄ちゃん注文は?と店の主人がロニに聞くと、ハロルドが、脇から勝手にクラムチャウダーを注文する。
「おい、なんで、お前が俺のものを勝手に頼むんだよ!」
そう言いながらも、ロニは、出てきたクラムチャウダーを素直に受け取り、ハロルドの席へと移動してくる。
「だって、これ、絶品よ?食べないと後で後悔するから、頼んであげたんでしょ?感謝しなさいよね!」
「あ〜、そうですか。」
がっくし、と肩を落とし、ロニは反論する気も起きないようだ。
「なによ〜?まだ昼前だってのに、お疲れのご様子ね。」
「おう、疲れるもなにも・・・。」
そこまで言って、ロニははた!とハロルドを見る。
「いや、めっそうも!疲れてなんていませんぜ!」
「どこの言葉よ、それ!」
うっかりハロルドに疲れたなんて言おうものなら、薬を投与される!とロニのその目は恐怖を訴えていた。
今はしないわよ、まったく。とハロルドは頬を膨らませ、ロニに話の先を促す。
「いや〜。折角の祭りだってのに・・・。俺の心はロンリーハートなわけよ!朝から失恋しちまって、傷ついて・・・。」
「いつものことじゃない。」
何を今更、という態度でハロルドは言い捨てる。
祭りの為の相手選びも、ロニでは上手くいかなかったらしい。
どうもこの男は、口先だけの軽い男と見られる。
本質はそうではないが、その態度ゆえ、初対面でそこまで見抜ける女はなかなかいない。
まあ、いいか。とハロルドは思う。
見抜ける女が近くにいることだし、と。
ロニには悪いが、彼女の為にも、いつまでもモテない男でいて貰いたい。
「あんた、高望みしすぎじゃないの?」
心の中の事には、知らん顔してハロルドが言った。
「だってよ〜・・・。すっごい可愛い子だったんだぜ?」
いつものように、冗談めかして反論するかと思いきや、ロニは情けなくも眉をさげた表情でハロルドを見た。
これは相当、気に入ってた相手に振られたらしい。
「めっちゃくちゃ、可憐な感じでさ。金髪に碧の瞳がよく映えて・・・・まるで童話の中からでてきたお姫様のように・・・。」
「だれがお姫様だってのさ?」
「げっ!」
その声に、ロニがびくりと体を震わせる。
「あら、ナナリー。カイルたちも。」
見れば、ジューダスを抜かした全員が、この店で顔をあわせていた。
「ここのスープ、すっごい美味いって聞いてきたんだ!ハロルドたちも?」
カイルが、ふたりに向かって言う。
「偶然よ。ロニと連れ立って歩く趣味は私にはないわ。ここは私のお気に入りの店なんだもの。」
先ほどロニに言ったのと、同じ説明をすると、カイルはえ〜?と言って、頬を膨らませた。
「ハロルド、前から知ってたんだ!じゃあ、オレたちにも教えてくれたって良かったのにさ!」
「そういう事は、自分で情報を仕入れてくるのが、お約束。」
「ケチ〜〜〜!」
じたばたと足を動かして抗議するカイルに、ハロルドは知らんぷりをする。
本当は、自分ひとりだけのお気に入りの店ではない、という事は内緒にしておく。
「ねえ、あのふたり、恋人同士かしら?」
スープを注文し、それを堪能して、美味しい!と賞賛した後、店の奥にいるカップルに気がついてリアラが言った。
そうらしいわよ、と、そっけなくハロルドは答えた。
先ほど、花束を交換していたから、と。
「だけどさあ。」
それを聞き、奥のカップルに聞こえないように、小さな声でナナリーは言った。
「そう簡単に相手が分かるもんかねぇ?全員仮面かぶっちまってるんだろう?しかも、服装も昔のびらびらしたドレスだっていうし。」
「だからこそ、ふたりの愛が試されるっていうんでしょ?人間っていうのは相手に愛着があればあるほど、遠くからでも、見分けられたりするからね。愛情が本物なら、相手がどんな格好をしていても分かるだろう、って事ね。」
つまらなそうに、マニキュアが落ちていないか自分の爪を見ながら、ハロルドが言う。
うん?とナナリーは、それを見て首を傾げる。
いつもなら、なにかしらの講釈をする時、目を輝かせるハロルドなのに、不機嫌そうだ。
そんなハロルドの態度とは裏腹に、胸を張ってカイルが言った。
「オレだったら、絶対にリアラを見つけられるよ!」
「カイル・・・。」
「だからオレを信じてよ!リアラ!」
「カイル・・・わたしもよ。絶対にカイルを見つけてみせるわ・・・。」
「リアラ・・・。」
「カイル・・・。」
天文学的バカップルがふたりの世界に入り込んでいるのを、ハロルドとナナリーが呆れて見ていると、その横では、いきなりロニが、テーブルにつっぷして嘆きだす。
「ちくしょ〜〜〜!俺はひとりだってのに!なんだって人の幸せを見せ付けられないとならねぇんだ!?」
「あ〜、ますます鬱陶しい・・・。」
「まったく・・・。」
そんなふたりのつぶやきを余所に、片や天国、片や地獄である。
「折角、奮発して大きな花束を買ったっていうのに・・・愛しのアンジェさんは違う男を選んだっていうし・・・。なんだって、こうタイミング悪いのかな・・・俺は・・・。」
「あ、それ!」
その時、ふたりの世界から、戻ってきたカイルが、声をあげた。
「え?」
思わず、全員が何事かとカイルを見る。
「その人、アンジェさん?ウェイトレスの人だよね?」
こくこく、とロニは頷く。
どうやら、ロニの狙っていた女性のことを言い出したらしいカイルに、全員、不思議顔だ。
どういうことだろう?
「町のマドンナっていうか・・・すんごく人気のある人だったんだって。町の男の人が大勢狙ってて・・・皆、がっかりしてた。旅の男なんかに、持って行かれて、って。ね?リアラ?」
「あ・・・うん。」
まさか、とハロルドが思ったのはその時だ。
そして、やはりカイルはハロルドの方を見ると、にっこりと笑った。
「その人が、今朝、ジューダスに花束渡してた人だよね?」
「!!」
さすがのナナリーも、ロニをからかう気にならなかったらしい。
彼女は言葉を呑み、ロニの様子を伺う。
ロニは、ショックが大きかったらしく石のように固まって動かない。
だが、カイルの言いたかったのは、それではなかったらしい。
なにも気にせず、先を話す。
「でも、ジューダスがアンジェさんを探すって事はないだろうし。大丈夫だよね?ハロルド。」
「なんだって、私に聞くのよ?あいつが誰を選ぼうと私には関係ないわよ?」
飛んでいる虫でも打ち据えるかのようにぴしゃり、とハロルドが返した。
なのに。
「そっかー。ジューダスとハロルド、ケンカしてるんだもんね、今。」
「カ・・・カイル・・・。」
ハロルドの言葉の冷たさに、慌てて、リアラがカイルの袖を引く。
「でもさ!逆にこのお祭りが仲直りのきっかけになるかもしれないじゃん?」
「別に?」
ハロルドはスプーンをテーブルの上に置くと、指を組んで、顎をのせた。
つくろった無表情は、見る者に冷たい印象を与える。はっきり言って、怖い。
「ケンカなんかしてないわよ?理由もないわ。第一、私は・・・・。」
「その仕草、ジューダスそっくり!」
ハロルドの言葉など聞いてもいないカイルは、嬉しそうに爆弾を投げる。
ハロルドはそれを聞き、慌てて、組んでいた指をほどいた。
「でもさ、ジューダスのことだからハロルドに花束、持ってきたりはしないだろうけどさ。」
「・・・・・。」
「ジューダスなら、絶対、ハロルド見つけられるよね!」
「わ・・私は・・・。」
ハロルドは立ち上がり、テーブルを叩いて叫んだ。
「私は別に仲直りしたとも、見つけて欲しいとも思わないわよ!!何、勝手な事、言ってんのよ!!」
「ハ・・・ハロルド・・・。」
「第一、なんで、この私が!あんなヤツと一緒にされなきゃなんないの!私みたいな天才には、あいつじゃ不釣合いでしょうに!」
「お・・おい・・。ハロルド・・・。」
「ウェイトレスだか、花売り娘だか知らないけど、あいつとお似合いじゃないの!私を巻き込まないで!」
「ハロルド!!」
ナナリーが慌てたように、ハロルドの袖を引く。
そして、こわごわと店の入り口を見る。
その視線を追ってハロルドが見た先には。
「・・・ジューダス・・・。」
「お前たち、店の中で騒ぐな。」
特別な抗議もなく、視線をハロルドにあわせることもなく。
ツカツカと一同のテーブルにやってきたジューダスが、ひと言、言い捨てる。
「・・・あ、あのさ・・・。ジューダス。」
「カイル。」
何かを言いかけたカイルにぴしゃりと、その先を言わせず、ジューダスが一瞥する。
流石のカイルもその先の言葉を飲み込んだ。
「な・・なに?」
「僕はこれから出かけてくる。2、3日帰れない。」
「え?」
「備品に足りないものがあった。探したが、隣の町に行かないとないそうだ。」
「え?それで?」
「そうだ。」
「あ、待ってよ、ジューダス!」
それだけを言い、身を翻して、店を出て行こうとするジューダスに、カイルが食い下がると、ジューダスは一旦足を止め、こちらを振り返った。
「なんだ?」
「じゃあじゃあ、あさっての祭りには?」
「もともと興味ない。終わる頃に帰ってくるから、それで良いだろう?」
「え〜?だって・・・。」
カイルは言い掛け、ちらり、とハロルドを見た。
ハロルドは、まるでジューダスには感心がないように、しらんぷりをしている。
ああ〜、とカイルは肩をがっくりと落とした。
最悪だ。
「もう、良いか?」
ジューダスは、そっけなく言い、カイルの前できびすを返した。
「うん・・・。」
「僕にだって・・・。」
その時、小さく声が聞こえ、カイルは顔をあげた。
「僕にだって選ぶ権利はある。」
独り言のようにそういい残し、今度こそ、ジューダスは店を出て行った。
それはハロルドには聞こえていないにしても。
やっぱり最悪だ、とカイルは、頭を抱えた。
祭りの当日は、町の浮かれた様子に、あつらえたような晴天だった。
「あー。私としたことが・・・。」
落ち込む、という経験をあまりした事がないが、これは間違いなくその状況だろう、とハロルドは溜息をつく。
なんてこと。この私とした事が。
「バカイルの言葉を真剣に取り合っちゃうなんて・・・末代までの恥だわ。」
もう一度、大きくふう・・と溜息をついて頭を垂れる。
そもそもムキになるような話でもなかった。
くだらない戯言、と返してしまえる範囲の話だったはずだ。それを。
「おや?ハロルド。まだ支度してないのかい?」
部屋に入ってきたナナリーは、目を丸くした。
ハロルドはナナリーを見る。
その服装は、動きにくそうだが、豪華なレースが何枚も重ねられた美しい古典的なデザインのドレスだった。
手には、白い面に化粧のような模様が描かれている仮面を持っている。
「・・・綺麗な服だろ?あたしには似合わないよね?」
じっと見るハロルドの視線に照れたようにナナリーが言う。
「ううん。すっごい似合う。」
いつもの活発的な彼女も良いが、こういう美しいドレスも様になっている。
ハロルドが言うと、ナナリーは嬉しそうに笑った。
「ナナリー。」
「ん?」
「私も行かなきゃダメ?」
「また、そんな事言って。」
苦笑してナナリーは、ベッドに腰掛けているハロルドの横に、自分も座る。
「折角なんだからさ。皆で楽しもうよ。こんな機会めったにあるもんじゃないんだしさ。」
「私は見ている方が楽しい。」
「そんなの・・・。」
そこでナナリーはにこりと笑う。
良い事を思いついた、そんな表情だった。
「あ、ハロルドはジューダスがいないから、つまんないんでしょ?愛の儀式を交わす相手がいないから・・・。」
「ち・・・違うわよ!」
飛び上がるようにハロルドがベッドの上で跳ねた。
「なんで、私があんなヤツ!何度も言ってるでしょ!」
「だったら良いじゃん。相手なんて、祭りの最中でも、いくらでも見つけられるんだからさ!ああ、それともやっぱりハロルドは、ジューダスが良い・・・。」
「わかったわよ!もう!行くわよ!行けば良いんでしょう!?」
ナナリーの言葉を遮って叫ぶと、ハロルドは隣の部屋へとドレスを取りに行った。
入れ違いに入ってきたリアラに、ナナリーはにっこりと笑う。
「うまくいっただろう?」
「ええ。」
くすくすと笑い、リアラもナナリーの横の腰掛ける。
「でもなんか、嬉しいよね。あのハロルドに、あんな可愛いところがあるのを見られるなんて。」
「ナナリーったら。」
リアラのドレスは白が基調のふわりとしたものだった。
あちらこちらについているリボンが、可愛らしさを際立たせている。
「でも、本当。私も、嬉しい。ハロルドの普通の女の子の面が見れて。」
いっつも強くって。
いっつもひとりで立っているようなハロルド。
それは、かっこいい事かもしれないが。
それでもやはり、幸せを・・・心が温かくするような、そういう喜びを、知っていて欲しいと思う。
辛いことを乗り越えてきたからこそ。
幸せを人一倍、味わって欲しい、と。
そう思う。
そう言って微笑むリアラの表情は、聖女にふさわしい、慈愛に満ちたものだった。
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