4. 2人で









 自分の何を気に入ったのか、わからない。
自分の方が、気に入った理由ならばわかるが。
そして、視線を感じ、顔をあげ、目が合うと、細められる穏やか濃い紫色の瞳。
そこに敵意は見られない。
そう思って、内心、ほっとする、自分がいる。
はっきり言えば、良くない。
ここは千年前で、自分たちは千年後の人間で。
だが、もっとも最悪なのは・・・自分は、彼の未来を知っている、という事だ。


 










 

  明日の予言   










 「やあ、君か。」
こいつなら、先を読んでいるに決まっている、とジューダスは思う。
ラディスロウの中で、偶然会った、というのは間違いではないだろうが、彼が自分をつかまえようとしていた意図が感じられるのは、なにも気のせいばかりではないだろう。
地上軍軍師、カーレル・ベルセリオス。
つい3日前に、会ったばかりの奇想天外な科学者、ハロルドの兄。
カーレルは、いつものように穏やかに微笑むと、その笑みと同じくらい穏やかな口調でジューダスに言った。
「時間、あるかい?つきあわないか?」





 「ここは?」
キチンと片付いている・・というよりも、散らかすものが何もないような殺風景な部屋へ、カーレルの案内で、ジューダスは立ち寄った。
今、カーレルの部屋は、カイルを初めとする自分たちに貸し出されている。
だが、自室であるにもかかわらず、カーレルは一度も帰ってきていない。
作戦が、間近というのもあるだろうが、自分たちが騒がしいせいで、帰るに帰れないのだろうか、とジューダスは思った。
「いや、忙しくってね。」
それを読んだかのように、カーレルが言った。
「ここは・・・そうだね、瞑想室、とでも言おうか。空いている部屋に、資料やら地図やらを持ち込んで、作戦をたてるのに、使わせてもらってる。」
「・・・・・この部屋の、前の主は・・・死んだのか?」
「ああ、そうだよ。」
まるで。
なんでもない事のように、カーレルは答えた。
ここでは、死ぬ、という事が、特別な事ではないのだ。
明日がある、という保障もなく。
あさっての約束をする時、皆が、生きていられたらねという言葉を、当たり前のように付け加える。
そんな時代だ。


 「けど、今日は、少し時間があってね。」
にこり、とカーレルは笑った。
「作戦はたてたのか?」
「ああ。・・・作戦をたてるまでが、私だけの仕事だ。たてたなら後は、指揮する大将や、突撃する兵の方が忙しいからね。」
「だが・・お前も、出撃するのだろう?」
「ああ・・・。兵の数が足りないというのに、私だけが、後ろでふんずり返っているのも、なんだかおかしな話だしな。」
「・・・本当はそうしたいのだろう?」
「正解だ。」
カーレルは楽しそうに笑って、ジューダスの冗談に同意した。
朗らかなその笑い声に、ジューダスの口元も綻ぶ。
カーレルには、会ったばかりだというのに、なぜか好意を抱ける。
できれば、あのハロルドなどよりも、彼の下に配属されたかったくらいだ。
実際、この兄妹は対照的すぎるが、ジューダスは、ハロルドは苦手だった。
天才である事を、疑いはしないが、奇抜な行動が多すぎて、正直なところついていけない。


 「コーヒーと紅茶、しかないが・・・どちらが良い?」
「紅茶を。」
「うん、私も調度、そんな気分だった。」
そう言って、カーレルは部屋の隅で、ポットから直接カップにそそいだ、紅茶をジューダスに差し出した。
どうやら、あらかじめ用意されて、そこにあるらしい。
紅茶は、冷めていて、味が薄かった。
「あまり美味しくないと思うが。」
「・・仕方がない、のだろう?」
「ああ。備品も底をつきつつある。ここに、こうして用意して貰えるだけマシだな。下の方の兵など・・・白湯しか飲めない。」
「・・・ああ。」
苦々しい、というよりも、むしろ悲しそうにカーレルの表情は翳る。
根の優しい男なのだろう、とジューダスはそれを見て思う。
少ない兵たちの安否を気づかい、心を痛めている。


 「あの子なども、白湯に砂糖を入れて飲むがね。」
「・・・・?」
いきなり、言われてジューダスは、きょとん、とカーレルの顔を見る。
その顔には、穏やかな笑みが戻っていた。
「それも、自分で発見した成分でできた砂糖なんだ。特別な植物から取れるとかでね。少なくても甘みが強く、栄養価が高いらしい。それで、少ない備品を賄えるなら助かるが・・・・。信用してよいやら、時々、私でも迷う。」
「ああ・・・。」
ハロルドの話か、とジューダスは気がついた。
確かに、彼女の言う事を、全部信じて採用していたら、今頃地上軍は、天上軍に攻撃されるまでもなく、全滅していただろう。
「あの子のめちゃくちゃな行動のせいで、大変な思いをしただろう?」
カーレルは可笑しそうに笑い、言う。
その態度が、少し、気に入らない。
人事だと思っているだろう、と言い、軽く睨んでやった。
「いや、まさか。あの子の被害を今まで一番受けてきたのは、この私だよ?」
カーレルは笑い、ジューダスを見返す。
「昔から・・・・色々とあってね。あの子は。」
軽く、ジューダスは頷いた。
「昔から・・・・ああなのなら、想像はつく。」
「そう。泣き虫だったしね。」
それで、納得ができてしまった。
天才は、子供のうちは単なる変わり者だ。
少なくとも、その技量が世間に認められるまでに、時間を要する。
それまでは、どこでも異端児だろう。
ましてや、ハロルドのあの性格では。
「よくかばってやったものだ。」
その声に、愛しげな色がこめられる。
さぞや、仲の良い兄妹だったのだろうな、とジューダスがぼんやり思っていた。
その時。

 「でも、もうそれもできない。」
その言葉が、耳に刺さるように飛び込んできて、反射的にジューダスは、カーレルの顔を見た。
カーレルの顔には、相変わらず、穏やかな表情が浮かんでいて、それは一瞬、ジューダスの胸をついた。
大丈夫だ、違う話だ。
どこか祈るような気持ちで、口を開く。
「そうだな・・・もう、大人だしな。」
そう言いながらジューダスは、自分の表情が自然なものとして、カーレルの目に写る事を、願った。
「その通りだ。」
カーレルは言った。
どうやら、ジューダスの思惑は当たったらしい。
思惑は、悪巧みの時に使う言葉だが、それでもかまわない。
カーレルが、違う話を口にしていたのなら。


 「あの子は、好き勝手やってはいるが、やはり天才だよ。人というものをよく理解している。ああ見えて、上手く立ち回ってるんだ。時には私の立場を、時には自分の持つ技術を巧みに利用して、思い通りに事を進めていく。案外、軍師にも向いているのかもしれない。あの子が天上軍にいなくって、良かったよ。」
ほっとしたジューダスは、それで以前、彼女の言っていた言葉を思い出した。
「ハロルドは、いつか、お前と戦ってみたいと言っていたが?」
「それは面白そうだ。」
それを聞き、カーレルはくすくす笑う。
「君は、どちらが勝つと思う?」
「さあな。」
ジューダスは少し考えて、首を振った。
「想像もできない。どちらの味方をするか、と聞かれれば、当然おまえだが。」
そう、カーレルの隣で戦ってみる、というのは、なかなか良さそうな話だ。
この男のなら、仲間になってみたい。
そう、ジューダスは、思った。
「そうかい?」
カーレルは、にこり、と笑った。
そして、その穏やかな表情を厳しいものに一変させ、言った。


 「・・・・・・・・・だが、それは困る。」
「・・・・・・・?」
ジューダスは、戸惑う。
いきなりの、カーレルの変化と、その言葉の意図が見えなかった。
「・・・他の誰が私の味方をしても良い・・・。だが、君だけは困る。」
「・・・何故だ?」
困惑したまま、ジューダスは訊ねた。
自分の何が、カーレルの味方の不適切だというのか。
「君に文句があるのではない。」
やはり、カ−レル・ベルセリオスともなれば、人の心の動きなど、簡単に読めるらしい。
ジューダスの反応を見て、その思考に先回りし、訂正を入れる。
そしてそのすぐ後に、カーレルは意外な、言葉を口にした。
「君には、ハロルドを守って欲しい。」
「・・・・・?」
なにかの謎かけかと、思った。
それくらい、ジューダスには、その言葉の意図するものが、分からなかった。
そんなジューダスに対し、カーレルは、やはり、にこりと微笑む。
「なぜだ?」
それを見ても、もはや穏やかな気分にはなれず、ジューダスは聞いた。
何故に、ハロルドなのか、その答えを知りたかった。



 「ハロルドは、必ず、君を好きになる。」



 「・・・・・・・。」
一瞬。
ジューダスは、なにを言われているか、分からなかった。
あまりにも突然で、あまりにも予想外だったので。
だから、何をバカな事を、と言いつつも、軽く返せなかった。
戸惑い、うろたえるジューダスの姿を、カーレルは冷静に見る。
その胸の中に、少しでも、自分の妹に対する思いが、あるかどうかを確かめたい。
そう思っていた。
「バカでもないよ?」
カーレルは、平静な口調で言い返した。
「私は、あの子の兄、だからね。これでもハロルドの事は誰よりも分かっている。」
「・・・・どうして、僕だと、思う?」
ジューダスは急に喉の渇きを覚えた。
紅茶はまだ、残っているが、手を伸ばす事が、どうしてもできない。
なにかを認めるような気がして、そしてそれがなにかの敗北に繋がるような気がして、頭ではない、どこか別のところが拒絶反応を示していた。
「それはね。」
カーレルは、ジューダスとは逆の態度で、紅茶に手を伸ばし、一口、飲む。
「君が、アレに似てるからだ。」
「アレ?」
「アレキサンドロスオオカブトムシ」
「・・・似てるのは、黒いというのと、仮面のツノだけではないか?」
「後、あの子の愛していた・・・。」
「・・・・・。」
「昔飼っていた、黒猫のマリーちゃん。」
「それと似てるのは、黒いところだけだろう!?」
からかわれていたのか・・・・。
とジューダスは、肩を落とす。
「いや、そうではない。それらの全てが、ハロルドが、君という人間へ興味を示すだろうという、結論へと導いた、ということなんだ。」
カーレルは言う。
声が真面目なものなだけに、余計に脱力感を感じる。
「・・・そうか。」
ジューダスは、そう答え、聞き流そうと思った。


 「それに、もう私には、戦う時間はなさそうだしな。」

 「・・・・・・・!!」
二度目の衝撃は、なんの前触れもなかった。
だから、油断していたところが大きかった。
思わず、ジューダスはカーレルの顔を見た。
カーレルは、二度目も相変わらず、穏やかに笑っていて、どこまで真相に気がついているのか、推察もできない。
ポーカーフェイスというのは、こういう時にはやっかいなものだな、とジューダスは舌打ちしたくなる。
そして、それではまるで、八つ当たりのようだ、と思った。
「頼む、ジューダス。」
紅茶のカップを取り、口へと運ぶ間に、カーレルが言った。
「・・・・・なにを、だ?」
聞かずにはおられず、ジューダスは確かめる。
聞きたくない、と思いながら。
「ハロルドの事を。」
カーレルが、ごくり、と一口、飲み下す音が響き、ジューダスはこの部屋はこんなに静かだったろうか?と考えた。

「私の代わりに。」

誰もお前の代わりなど・・・。

「ハロルドを守ってやってくれ。」

できない。

 僕は嫌だ。
とジューダスは口にする。
声には出さず、心の中で。
人になど頼らず、お前が、そうしてやれば良い。
そうでもしないと・・・・・。










 「ちょっと〜〜〜〜〜!!兄貴、いるの〜〜〜!?いるんだったら、足あげて返事しなさいよ〜〜!!」


 「どういうんだ?それは・・・。」
呆れた声を出し、カーレルは扉の方を見る。
外ではその妹が、相変わらずの朗らかさで、彼女の世界の、彼女の言葉をわめいている。

ジューダスはそれを聞き、ほっとした。
まるで、天使の救いの声を聞いたかのように。

「うるさいぞ、ハロルド。他の人間に迷惑だろう。」
扉を開け、カーレルが言う。
その隙間から、顔を覗かせたハロルドは、中を確認して、満足そうに笑った。
「ジューダスめっけ♪やっぱり、ここだったわね♪」
「なにか、用か?」
名指しされたジューダスは、不機嫌そうな声をつくり、ハロルドを振り返る。
「そう、ちょおっとね。ロケット作ってるとこまで、一緒に来てくんない?頼みたいことあるのよ。」
「他のヤツに頼め。」
「ダメよ〜。あんた以外、役にたたないんだから♪ホラ、早く!」
カーレルは苦笑し、ジューダスに向き直ると、妹の援護をする為に口を開いた。
「ハロルドが言い出したら聞かないのは、知っての通りだ。行ってやってくれ。」
その穏やかな表情を、軽く睨み、ジューダスは立ち上がった。

 もうすでに、先ほどの重く静かな空気が薄れている。
彼らの女神には、シリアスな場面すら一蹴するほどの明るさが、常にある。
何者にも勝る知性も、太陽のような笑顔も。

 マントを翻し、ジューダスはカーレルの横をすり抜けた。
「邪魔したな。」
「ああ。」
カーレルは明るく返事をし、自分は部屋の中へと戻る。
そして、その隙に、ハロルドには聞こえないように、小声で、言った。
「約束、忘れないでくれよ?」
ジューダスはそれを聞き、一瞬、目を閉じた。


 「あさって以降も生きていたならな。」

目を開き、そうジューダスが小声で返した時、カーレルの姿は、すでに部屋の中へと、消えていた。










Fin     







カーレルに関して、ある日、気がついてショックを受けた事があります。
設定などはどれも、天才的と書かれているが、天才、とは書かれていない・・・。 的、がつくという事はつまり、カーレルは天才ではない、という事です。
私だけでない、と思うのですが、カーレルにも、やはり天才であって欲しい。・・別に好みのタイプだから、贔屓しているではございませんが。
だが、それと同時に、天才でなければ、なぜ、いけないのか、とも思いました。
カーレルは、たとえ、天才でなかったとしても、非凡な才能を持っていたのは、事実ですし、ハロルドのように、真の天才でないならば、それ以外のもの、それ以上の事ができたであろう、と。
故に、私の理想のカーレル像は、まさに、完璧な人。
軍人としては人望厚く、誰からも慕われ、名将ディムロスの親友にして、ライバル。 一個人としては、稀代でキテレツな天才、ハロルドの兄で、時には父親のように、彼女を見守り、行き過ぎの行動をたしなめ、他との摩擦から、彼女を守ってきた。 
そして、やはり、たとえ自分が死ぬと分かっていても、そこからは逃げなかった、と思うのです。 ハロルドが歴史の改変を拒絶したように。
ただ、残される、たったひとりの妹の事だけは、思うと胸を痛めただろう、と。
そういう訳で、この話です。
ここでは、ジューダスはハロルドを好きではなく、まだハロルド自身も、自覚してない。 だが、その後、まさにおにいちゃんの思惑通りに、どちらも気持ちが動いちゃうのです。(笑)
真の天才と、天才剣士と。 どっちも天才軍師さまには叶わなかったよ、と、そういう事です。

・・・・でも、これ・・・。 どこがハロジュなんだ!?と、思われた方・・・。申し訳ありません(汗)



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