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あんたには私の姿がちゃんと見えてる?
ハロルドは心の中で話しかける。
その相手には当然届く訳もないのに、振り向きもしないことが気に入らない。
ジューダスは、ハロルドの斜め前に座り、食事を取っていた。
手を伸ばせば、黒いマントに手が届く距離だ。
まるで小鳥がついばむくらいにしか、相変わらず食べてない。
図書館での小さな事件からすでに7日がたっていた。
その間、ただの1度も、一言の言葉も交わしていない。
それどころかジューダスは、ハロルドと目を合わせようともしない。
向こうが起こしたことなのに、まるで加害者はこっちであるかのようだ。
もっとも。
どっちが加害者でも被害者でもこの状況の前では意味のない事だ。
意味があるとか、ないとか。
何故、人はそこに意味を見出そうとするのか。
どうして、そこにそうあるだけの事実として満足できない?
意味を理解してさえいれば、それは完成するとでもいうのか。
ならば、この状況に意味を見出せば、全てが一瞬で完成するのだろうか。
バカバカしい。
だが、バカバカしいが、魅力的な思い付きだわ、とハロルドは思った。
「ねーねー塩とってよ。」
カイルが食卓の端からハロルドの目の前にある塩を欲しがった。
取ってやろうと手を伸ばすと、やはりそう思ったのだろうジューダスの手とぶつかった。
指の先同士が一瞬、触れる。
反射的にハロルドは手をひっこめる。
まるで毒が塗ってある剣先にでも触ったかのような過剰な反応をした、と自分でも思った。
ジューダスもそれに気がついたらしい。
彼はちらり、とハロルドを見ると、口の端をあげ、皮肉気な笑みを浮かべた。
自嘲しているのか、嘲笑っているのか。
ハロルドには判断できなかった。
王城の夜は、すでに10日目を迎えようとしていた。
こんなに長逗留させてもらう予定ではなかったが、エルレインの次の手が見えない以上、こちらも動きようがない。
そう思い、溜息をひとつついて、ハロルドは読みかけていた本を閉じた。
面白くなかった。
知識の源である本を読んでいて、面白くないと感じたのは始めての事だった。
最近の争乱に関する本だ。
カイルの両親と、この城の主が関わったその事件は、わずかな期間であったものの、ダイクロフトも外殻も復活し、混乱を極めたらしい。
外殻とダイクロフト。
ハロルドにとっても関係の深い、忌まわしいそれらのものが、この平和そうな時代に突如現れたときの事を思うと、その惨事がいかばかりのものだったかは想像できる。
だが、面白くないのは、ダイクロフトのせいでも、外殻のせいでもない。
後に四英雄と呼ばれる人々を裏切った者。
その記述はあまりにもそっけない。
裏切ったという事実は記されていても、その裏にあった真実がなんであったかまでを書かれているものは1冊もない。
ハロルドは指で読書で疲れた目を押さえて、痛みを和らげる。
伸びをしてから立ち上がり、空気を入れ替えようと窓辺に近づいた。
外は雪がやみ、月がでていた。
白い雪の上に浮かぶ、黒いマントのコントラストに、ハロルドは気づく。
何をするでもなく、ただ、そこにぽつん、と立っている。
何を見ているのか、何を考えているのか、まったく分からない。
まるで月の光に影を縫いつけられて動けなくなったかのようだ。
その姿に、ハロルドは急にもの悲しさが込み上げてきた。
「ジューダス。」
窓の外に身を乗り出して、声をかけると、驚いたのか、ジューダスはすばやく振り向いた。
「・・・お前か・・・。」
「そんな所で何してるの?」
「・・・・・。」
「風邪引くわよ?」
話しかけるハロルドの言葉を、ジューダスは無言のまま、聞いている。
今にも自分を見上げる視線は外れそうで、このまま背を向けられたら終わりだ、とハロルドはそんな気がした。
もう2度と、こちらを振り向く事はない、と。
「あがってくれば?」
何を言いだすのだ、と自分を諌める声が胸の奥で聞こえた。
罠に自ら足を踏み入れるようなものだ。
罠?
ハロルドは、その言葉に可笑しくなる。
何の罠だ。
そして、それに嵌って、何が困るというのだ。
「暖かいコーヒーくらい入れるわよ。ほら、早く。」
ハロルドは言い、この10日間、こわばり続けた表情が嘘だったかのように、にっこりと笑いかけた。
「まあ、そこらに適当に座ってなさいな。今、お湯沸かすからさ♪」
戸口に立ったままのジューダスに声をかけながら、ハロルドは自分でわざとでないのに、明るい声を出している事を不思議に思う。
機嫌が良いとかではない。
だが、明るく振舞おうと思っている訳でもない。
ジューダスが動いた。
無言のまま、机の方へ行き、その上に乗っていた本の1冊を手に取った。、
それには自分の裏切りが記されているのに、たいして興味もなさそうに、無表情のまま、本を捲っていく。
パラパラとページが、無機質な乾いた音をたてた。
それも、絶対に読んでないと分かるスピードだ。
面白くわよ、それ。
ハロルドは言おうと思った。
だが、そこで言葉を止める。
面白くないのは、彼が単なる悪人のように書かれているからだろうか。
もしも、世間に彼の裏切りの理由までもが広まっていて、今ジューダスの手の中にある本にも「愛する人を守る為に死んだ」という事実が記されていたならば。
果たして、どっちの方が面白くないだろう。
やがてジューダスは、ハロルドの視線に気がついたように本を捲る手を止めた。
チラリとこちらを見返してくる。
「・・・お湯。」
「ん?」
「湧いてるぞ。」
「あ。」
王城のコンロの類がある訳ではない。
お湯を沸かしているのは、ハロルドが組み立てた加熱機だった。
原料はレンズで、すばやく発熱することができる。
ハロルドはやかんの火を止め、ポットの中にお湯を注ぎこむ。
フィルターで濾して、ポットの中に落ちていくコーヒーから、香ばしい匂いが立ち込める。
それを確認すると、ふと思い出し、ハロルドはジューダスに向き直った。
どうしても聞きたい事があった。
「もし、同じ選択を迫られたら、今度はどうする?」
「・・・・・。」
何故も何もなく。
ハロルドの質問を的確に捉えた事は、見返してくるジューダスの表情で分かった。
「彼女の為に。」
その事に対しては、何の意味もないくだらない本の山を見て、ハロルドは続きの言葉を口にした。
「今でも死ねる?」
ジューダスは瞳の光を少しも揺らすことなく、
「ああ。」
即答した。
何の迷いも、微塵のためらいも見せず。
即答した。
「ここに記憶がぶっとぶ薬があるわ。」
ハロルドは人差し指位の大きさの小さなビンを取り出して、そんな事を言い出した。
「・・・なんの事だ?」
ハロルドの行動の突発的なのはいつもの事だが、今回は意味がありそうだった。
だが、その意味が理解できず、ジューダスは質問を返す。
「賭けをしない?」
「賭け?」
ジューダスは目を細める。
明らかに疑っている顔をしながら、ハロルドに先を促す。
「そう。」
コーヒーカップをふたつ並べ、ハロルドは言った。
「どちらかのコーヒーに一滴、これを落とすの。あんたが後ろを向いている間に私が、その次に私が後ろを向いて、あんたがコーヒーカップの位置を好きなように変える。」
「・・・・・それで?」
「ふたりして、自分で選んだ方のカップのコーヒーを飲む。」
「・・・・・。」
「それで、どちらかの記憶の一部がなくなるわ。あんたは彼女の記憶を。私はあんたの・・・・この間の愚行を忘れてあげる。どう?」
「・・・・・。」
人の記憶の全てを失わせるならともかく、都合よく自分で選んだ部分だけを消すなど可能だろうか、とジューダスは考えていた。
そんなに簡単にいくなら、誰も苦労しないだろう。
苦しみから逃れる為に、忘れてしまいたい過去を持つ人間は五万といる。
「自己暗示みたいなものよ。」
ジューダスの考えを読んだかのように、ハロルドが言った。
「その部分だけを忘れるよう、自分に言い聞かせる。記憶が脳内の海馬によって出し入れされている事は知っているわね?この薬はその出し入れする道を、一方的に麻痺させて出し入れができなくなった、と自分に思い込ませるの。」
「危険はないのか?」
「ないわ。・・ただし、効かない場合もある。」
「効かない場合?」
「そう。例えば・・・本当は忘れる気などない場合。」
ハロルドは言い、ジューダスに意味を考えさせようとするように、一度、言葉を切って間を作った。
ジューダスの顔を見る。
「忘れたいっていくらいっても・・・約束しただけで願わなければ、効果なんてないわ。忘れたふりをして、あんたが私を騙すなんて、簡単ね。」
「・・・・・分からないな。」
ジューダスは右の目を細めて、ハロルドを見る。
「ならば何故、こんなマネをする?してもしなくても同じではないのか?」
「同じじゃないわ。私の方は忘れられるもの。」
「・・・・・。」
「賭けにするのは、そうね。私がただ、飲むんじゃ面白くないから、かな。ただ、私が飲みました、ハイ、忘れましたじゃ、あんたひとりが都合が良いだけだしね。」
「・・・・・。」
問われているのだ、とジューダスは気がついた。
廊下での事の真意を。
忘れてしまっても良いものだったのか、と今、ハロルドは聞いているのだ。
あれはなんだったのか?
自分の存在は、お前にとって何なのか?
ジューダスは薄く笑った。
「・・・受けよう。」
その時、ハロルドのついた溜息が安心の為だったのか、呆れたからだったのかは、どうでも良い事だった。
「おーい!ハロルド。」
「!」
まさに片方のカップに薬を入れようというその時、外から軽いノックと共に呼ばれ、ハロルドは、ぎょっとする。
同じように、目の前のジューダスも息を呑んだ。
「いねぇのか?」
ノックは返事を待たずに強くなる。
「ロニ?」
ハロルドは持っていたビンをテーブルに置き、とりあえず、ドアへと足を向けた。
その時。
「―――――!」
左手首を捕まれ、引き寄せられた。
男の割には薄いが、けれど硬い肩に顔を押し付けられるように抱きすくめられる。
「ジュ・・・。」
「黙ってろ。」
耳元で囁かれて、どきり、と胸が鳴った。
突然で強引なその行為の中で、ハロルドは、その声を甘いを感じていた。
もっと柔らかく囁かれたなら、さぞかし心地よいだろう。
空いていた腕をジューダスの背に回し、頬を自分から強く相手の肩に押し付けると、体に回っていた腕に更に力が込められる。
その束縛はしっかりとしていて固く、まるで押しつぶされそうだった。
なんだかんだといっても、やっぱり男の力は強い。
ハロルドはそう思った。
少しの間、ふたりして息を詰めるようにしてそうしていると、やがて、溜息を共に部屋の前から立ち去っていく足音が聞こえた。
だが、しばらくたっても、相手の体を離すタイミングを計っているかのように、お互い、そのまま動けずにいた。
先に動いたのはハロルドの方だった。
ぱっと体を離し、腕を引き、いきなりの事でバランスを崩したジューダスが前のめりになった隙に、唇に噛みついた。
ジューダスは驚いたように、一瞬で、体を起こした。
それで、少しだけ距離ができたジューダスの顔を見上げ、ハロルドは言う。
「私を、抱きたいだけなの?」
「違う。」
ジューダスは答え、逃げるように視線を逸らす。
「じゃあ、ロニへのあてつけ?」
「そんな事、しない。」
「じゃあ、何?」
「・・・・・。」
問い詰めるハロルドに、ジューダスは黙ってしまった。
答えたくない、というよりも何と言って良いか困っている。
とハロルドには見えた。
ジューダスの顔を覗き込むと、視線をさけるように顔を背ける。
いつも勝気な男が、子供のように逃げたがっている。
「彼女の為に今でも死ねる、と言うなら。」
ハロルドは言うと、ジューダスの肩が少し震えた。
「私の為には、どう?」
「・・・・・。」
「仮面を取って。」
ハロルドはジューダスに近づく。
ぴくりとも動かないまま、ハロルドの動きを見ているジューダスの顔に手を伸ばし、仮面を脱がせた。
現れた白い面には、動揺の類は見つからず、まっすぐハロルドを見下ろしてくる。
「・・・所詮、無駄だ。」
「・・・何が?」
なんだか、失礼な事を言われた、と思い、少しだけハロルドは傷つく。
何が無駄なのだろう。
この行為がか?それとも、自分の考えている事を私に伝える事だろうか。
ジューダスは言う。
「この戦いが終われば、全てが、終わる。」
「・・・・・。」
「全てが終焉を迎える。それは僕らでも逃れられない。それを分かっていて尚、こんな事をする僕を、お前は無様だと思わないか?」
「・・・・私は・・・・。」
ハロルドは言いかける。
その時点で、ハロルドには、何をジューダスが言いたいのか、分かってしまっていた。
だが、その先を言うよりも早く、ジューダスが片手を挙げて、ハロルドを制する。
それに対して、行く手を阻まれたかのように、ハロルドはその先を言う事ができない。
そして、ハロルドは、また少しだけ傷ついた。
一瞬の間、静寂がその場を支配した。
「私は、あんたを忘れないわ。」
「・・・・・。」
無理だ、と返って来るかと思ったが、ジューダスは何も言わなかった。
それがなんの根拠もなく、なんの慰めにもならなくても、ジューダスは答えを欲しがっている。
それを確信し、ハロルドは言葉の先を急ぐ。
それにはほんの少し勇気が必要だった。
「忘れない・・・。」
ハロルドは、世界中の全てに、自分の声を聞け、と心の中で命じた。
苦悩の果てに手に入れた勝利の後の、独立宣言のように。
「たとえ、私の為に死ななくっても、あんたの存在はそんな事では計れないもの。」
それがこの先の運命だったとしても。
それが不可能という数字をだしても。
「運命なんてこの際、関係ないわ。」
そう、気がついた。
この男が一緒にいるのに、なんの抵抗もなかった。
この数日間、話せなくって、傍にいられなくって、寂しかった。
息苦しかった。
まるで、自由に身動きが取れなくなったかのように。
ロニが道を示す光だとしたら、この男は自分の影だ。
決して、離れて行動する事はできない。
人は常に、綺麗なものを一緒に見たい相手を思い描いて生きている。
ほんの少し前、それを失った時、恐ろしいほどの喪失感の中でも自分を保てたのは、きっと新たに思い描くその位置に、この男が音もなく滑り込んでいたからだ。
「だって私には、あんたが必要だから。」
失ったものの代わりは誰にもできない。
無に返ったものは、また一から始めて、新しく手に入れ直すしかない。
身を引き裂かれる苦しみを、失ったものを取り戻せないという絶望を。
分かり合える、唯一の存在。
「あんたは、私の新しい”半身”だもの。」
「・・そうか。」
やがて、なにか諦めたような、さらに呆れたような声で言い、ジューダスはハロルドの背を抱き寄せる。
自分の決死の告白を、その程度で受け止められて、少しだけ不満だったが、ジューダスの態度はいつもの事だ。
こういう時にだけ、違う反応を示されたりしたら、逆に、こちらは困ってしまう。
そう思い、ハロルドは許す事にする。
「それで。」
ジューダスの声が、耳のすぐ後ろからする。
「賭けの続きはどうするんだ?」
「あんた、アホね。」
ハロルドは笑う。
「本気で言ってもいなかった事を、わざわざ確かめる必要ないでしょうに。」
「・・・そうだな。」
ジューダスの声にも笑いが含まれる。
「ならば、ハロルド。」
体を離し、一瞬、見詰め合うと、ジューダスは言った。
「僕にキスを。」
再び手に入れた半身に。
ハロルドは笑い、顔を近づけ、その瞬間にジューダスが目を閉じた事を、確認した。
その証を。
決して離れないという、宣言を。
世界中に。
「ところで、あんたたちって結婚しないの〜?」
外殻がなくなり、太陽の光を浴びられるようになった大地には、花が咲くほどになっていた。
この1年、人々の生活の復活も著しいものがあり、軍の中には退役し、故郷に帰る者が後を経たない。
明るい表情の彼らを送り出す軍の仕事は専ら、治安を守るものになり、軍はそれらに誇りを持ってあたっている。
平和な時代。
穏やかな日々はもう始まっている。
突然のハロルドの言葉に、アトワイトは消毒薬を落としそうになった。
「な・・・なによ?いきなり。」
赤くなった顔を隠すように、向こうを向いてしまったアトワイトににんまり笑い、ハロルドは続ける。
「いやー、だって戦争が終結して、もう1年?そろそろ良いんじゃないかなーって。」
「知りません。」
アトワイトは、動揺を上手に隠し、ハロルドの指の切り傷に消毒薬を染みこませたガーゼを押し当てた。
「しみるー。」
「我慢なさい。」
そこへ白い服に、アトワイトを同じ医療班用の帽子を被った女性が、ひょいと顔を覗かせ、ハロルドたちを見るとにっこり笑い、すぐにまた姿を消した。様子を見に来ただけらしい。
「彼女、来月、結婚するんだってねー。」
タイミングよく現れた今の女性の話を振ると、アトワイトは一瞬、目を細めたが、
「そう?知らなかったわ。」
とそ知らぬ顔で、返してくる。
「またまたー。」
「本当に知りませんでした。それよりハロルド。」
反論の余地を見つけたらしく、アトワイトは、ぱっと顔を上げると、ハロルドに言う。
「あなたの方こそ、どうなのよ?誰か好きな人とか、いないの?」
「私ー?結婚なんてする気ないし。」
「そんな事言って。」
消毒薬を棚に戻しながら、アトワイトは苦笑する。
「あなただって、普通の女の子なのよ?そりゃ、人よりも何倍も頭良いかもしれないけど・・・。人並の幸せを手に入れたって、バチは当たらないでしょう?」
「人並みの幸せ〜?」
「そ。女の幸せ。」
「なにそれ。古臭い。アトワイト、少しの間に老けたんじゃないの?」
「・・・ぶつわよ?」
女同士のこういう会話は、とても楽しいものだ。
だが、なかなか終わらない会話に、ハロルドに付き添わされてきた兵士が、露骨に嫌そうな顔をする。
壁に寄りかかり、無造作に後ろに束ねた髪から零れ落ちている長い部分をイライラしながらかきあげていた。
アトワイトはそれに気がついたが、あえて見てないフリをする。
なにも急ぐ事はない。
性急に進めなければならないものなど、戦争が終わった今、何もないのだから。
「カーレル中将もよく言ってたわね。あなたの貰い手が見つかるか、心配だって。」
「貰い手って、人を犬か猫みたいに。」
ぷーっと膨れるハロルドの、子供のような反応に、アトワイトはくすくすと笑う。
「でも、本当、もう少し前向きに考えて欲しいわ。あれこれと色んな相談をしあいたいしね。あなたとは。恋愛の話を含めて、ね。」
「そんなもの好きいるかしらねー。」
「自分で物好きとか言わないの!」
軽く怒られ、ハロルドは笑う。
「おい、まだか?」
すぐ近くの壁際に陣取っていた彼が、我慢できなくなったように言った。
切り傷ごときで、なにをぐずぐずしているんだ、と続けて嫌味が飛んでくる。
「待ってよ。あと、絆創膏!」
「そんなもので、アトワイトの手を煩わせるな。自分でやれ!」
「嫌よ〜!左手だと上手く捲けないもの!」
傷ついた右手をひらひらと振り、ハロルドが言う。
その声は、わざとじらそうとしているのがありありだ。
「もう、ハロルド。」
窘めるように言い、じゃあ、と手に持っていた絆創膏を押し付けながら、アトワイトは相手を見上げた。
自分より、ほんの少し、相手は背が高い。
本当にね・・・。
アトワイトは、ひっそりと溜息をつく。
案外、ハロルドの男運が今までなかったのは、あまりにも理想が高かったからではないか、と疑ってしまう。
近くで見れば見るほど完璧な美貌と、あのハロルド相手に引けをとらない怜悧な頭脳。
戦争が終わってほどなく、ハロルドが彼を連れてきた時、一対何事か?とソーディアンチームを初めとする上層部は不安を抱いた。
今まで名前を聞いたこともないのに、ハロルドとは旧知の仲らしく、更に、他の者では意味が分からない会話をふたりで繰り広げている。
だが、ただそれだけの事で、何か企んでいるかと上層部が思ったのは杞憂らしかった。それは助かったというべきだ。
しかも。
あのハロルドがなぜか、彼の言うことだけはまともに取り合う。
剣の腕も確かだったので、ディムロスの直属の部下として配属されたが、そのおかげで彼は、ハロルドの専属、になりつつある。
まあ、あいつの面倒をみれるのは君だけだ、と良いように使われていると言えないでもないが。
「私は次の仕事がありますから。”切り傷ごとき”なので、これで失礼させて貰うわ。後はよろしくね?ジューダス。」
押し付けられた絆創膏をしぶしぶという感じで受け取り、彼は黒い髪を揺らして頷いた。
彼のこういう素直な姿はめずらしい。
毒舌で、皮肉屋で有名だ。
だが。
誰よりも、ハロルドにはふさわしい。
ハロルドが彼を憎からず思っている事は、分かっている。
彼の方もまんざらではなさそうだ。
なによりも、ふたりの間にある空気は、とても感じの良いものだ。
そこにお互いがいる事を当たり前、と思っているかのように。
前にそんなふたりを見て、ディムロスと会話した事を思い出す。
あのハロルドに、あまりにも彼がふさわしかったから。
それには、アトワイトも同じ思いだった。
・・・まるで、ハロルドに誂えたかのようだ。
アトワイトは、本人が聞いたら怒るような事を思いながら、なんだか小さな言いあいを楽しそうにしているふたりに背を向け、医務室の小部屋のドアを閉めた。
fin
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