17. 黒 


エンディミリオン

 








 空に、巨大な城があったのは、もう4年も前の話だった。
その頃の事を、懐かしく感じられるほど昔ではないが、徐々に人々の記憶から薄れているのは確かだった。

 かつて、天上軍との拠点になった場所は、大分警戒も解かれ、軍というよりも、救助施設のような趣になりつつある。
そんな、晴れた日の事だ。




 「イクティノス少将〜〜!」


 部下の兵と、警備の変更について説明していたイクティノスは、顔をあげ、自分を呼んだ相手を見る。
「シャルティエ。どうした?」
シャルティエは、頬を高潮させ、息せき切って、イクティノスの傍まで来ると、挨拶もなしに用件のみを切り出す。
「ハロルド中佐を知りませんか?」
「・・・・ハロルド博士?」
その一言に、イクティノスの部下の肩が、びくり、と大きく震えた。
彼女の奇行は相変わらずで、人に恐れられる度合いも相変わらずだ。
「・・・・・ハロルド博士なら、丘の方へ行くと言っていたが・・・。今日は休暇じゃないのか?・・・連れていたが。」
「ええ、休暇ですよ!でも、それなら良いんです!丘の方ですね?ありがとうございました!」
「お・・おい・・・シャルティエ・・・・。」
それだけ聞けば用はないとばかりに、シャルティエは、丘の方へと向かう。
その後姿に、イクティノスは、苦笑した。










 「つまり、空が青くのは、一番大きな単位の青い光が、酸素や窒素の上で散乱するからなの。それを、人間の目が構造上、青く見てるの・・・実際は色々な色が混じってるのよ。」

 ハロルドは、丘の上に座り、話しかける。

 
 今は春だった。
寒冷地方のこの方面にも、春がくる、という事を、4年前まで誰も知らなかった。
春の穏やかな日差しを、外殻がさえぎっていたからだ。
その外殻も、もうない。
最近では、ここは、ハロルドのお気に入りの場所だった。
小さい白い花が咲き、淡い緑色の絨毯の上を可愛らしく彩っている。
お尻の下の、草の湿った感覚。
その草の匂い。
胸、いっぱいに吸い込む空気は、昔のような冷たさもなく、柔らかい。

「偶然にも、良い場所で良かったじゃない?兄貴・・・。」

答えのない、相手に話しかける。
ハロルドの意識が向かっている方向、そこには、小さな墓石があった。
天地戦争終結の、最大の功労者。
ハロルドの双子の兄、カーレルは、この丘に眠っている。
そこで、静かに、ハロルドたちを見守ってくれている。
そう、何度もハロルドは、話して聞かせていた。





 「お〜〜〜〜〜い!!」


 「あ、シャルだ!」
風にのって届いた声に、ハロルドの膝の上にいた小柄な体が、嬉しそうに立ち上がる。
「ハロルド!!シャルだよ!!」
「ママ、って呼びなさいって、言ってるでしょ?」
それを聞き、ハロルドは面白くなさそうに、口を尖らす。


 息を切らして丘を登り、シャルティエが傍までくると、子供はその足に抱きつく。
その黒い髪を優しく撫で、シャルティエは、ハロルドへ話しかけた。
「すみません。博士が坊ちゃんと、この丘にいるって聞いたから、追いかけてきちゃいました。」
「本当に、すみませんだわよ。せっかくの母子みずいらすの時間を邪魔してくれちゃって。」
「ハロルド、意地悪言わないの。」
「あんたね〜。ママって呼びなさいって言ってるでしょ!?」
くすくす笑いながら、シャルティエの後ろに隠れる小さな息子を、ハロルドは心から愛しそうに、見た。
その表情に、シャルティエは、母親の顔を見つけることができる。

 
 「シャル、僕、おなか空いた。」
「はいはい。じゃあ、基地に帰ってお昼にしましょう。」
「ちょっとー。勝手に決めないでよ。私の意見は無視する気?」
「ハロルドは、ひとりで空の研究でもしてれば?」
「あんた、本当に生意気よね〜!」

 父親、そっくり。
と、ハロルドはそんな息子の姿を見て、思う。



 
 ハロルドが未婚のまま、子供を産んだのは、天地戦争が終結して、一年にも満たない頃だった。
父親が不明なその子供を、およそ母親など務まらないだろうと、陰口を叩いていた連中を尻目に、ここまでひとりで育ててきた。
もうすぐ、ハロルドの息子は、3歳になる。
聡明な彼女の息子だけあって、頭脳明晰な子供だ。言う事も大人びていて、時々、天地戦争を生き抜いた猛者たちもあっけに取られる事があるほどだ。



 「じゃあ、帰ろう!」
息子の伸ばした小さな手を、ハロルドは掴む。
反対の手は、シャルティエが握っている。


 あまりのシャルティエの、ハロルドの息子への溺愛ぶりと、ハロルドの息子のシャルティエへの懐きぶりに、父親はシャルティエではないか、という噂がたったこともあった。
それが、すぐに立ち消えたのは、子供が、シャルティエとも、ハロルドとも違う・・・・・黒い髪をしていたからだ。瞳の色も、同じ紫でもハロルドとは、明らかに違う薄い色をしている。


 
 「あんた、空の話、つまらなかった?」
ハロルドは、息子が空を見ながら歩いているのが、気になって聞いた。
興味があるだろうと思って話したのに、違っていたなら、少しがっかりだ。
勝手に話しておいて、期待が外れると消沈する。
親というのは、なんて勝手なのだろう・・・と、反省をしかけた時、
「面白かったけど・・・・・。」
「けど、なに?」
ハロルドは息子の顔を覗き込む。
小さな顔の真ん中の、かたちの良い鼻を、ばつが悪そうにぴくぴく動かし、息子は小さく切り出した。
「違う話が聞きたかったの・・・・・。」
「なんの話?」
「・・・父さんの話・・・。」
それは、もう何度も話して聞かせてる。
それでも、この息子は、何度でもそれを聞きたがった。

黒い髪の、紫の瞳の、男の話を。



 「エンディミリオン」
「何?ハロルド。」
「ママって呼びなさい・・・。」
ハロルドは、言う。
思い出すと、胸にこみ上げる愛しさは今でも変わらない、と思いながら。
「パパに会いたい?」
子供ながらに気を使い、それでも、とまどいながら、息子は小さく頷いた。
「じゃあ、鏡を見なさい。」
「鏡?」
「あんたはパパにそっくりだから。いずれ、まるっきり同じ顔になるでしょう。」
「髪も瞳も、同じだから?」
「そう、生意気な性格もそのまんま。」
普通ならば、叱られてる時に使われる言葉を聞いて、この息子は、にこりと笑う。
その姿も、してやったりと笑う時の、あいつに似てる。



 生命の神秘という言葉がある。
そんな非科学的な事を、ハロルドは信じない。
だが、それでも。
この奇跡を思うとき、ハロルドは、それを感謝の気持ちを持って信じたい、と柄にもなく思う。

 フォルトゥナを倒し、今までの功績も、全員の記憶も無に返るはずだった。
だが、この時代に帰ってきたハロルドは・・・記憶を失っていなかった。
その原因が、本当のところなんだったかなど分からない。
けれど、自分のお腹の中に子供がいると分かった時、その奇跡を起こしたのは、他でもないこの子だ、とハロルドは思った。
本来は生まれるはずのない子の、命の奇跡。
運命さえも捻じ曲げる、尊い、生命力。



 「あ!」
エンディミリオンは、両手に掴んでいた大人の手を離し、目の前を過ぎった蝶を追いかけだす。
虫が好きなところは、母親譲りだ。
「転ぶんじゃないわよ?」
言いながら、ハロルドは、しっかりと母親をやっている自分に、少し笑った。


そう、きっと・・・・あんたも笑うでしょうね。
めずらしいもの見た、とか言うかしら。


ハロルドはいつでも、思い出す事ができる。
決して忘れる事はない。
それは息子の顔に、彼を見るから、だけではない。

だが、最愛の息子に、自分よりも、父親の血が色濃くでている事を、嬉しく思う。

そして、本当に、よく似ている、とあらためて思う。



 黒い髪、紫の瞳、生意気な性格、生意気な口調の。

普通では、決して会えなかった、一千年後の、あいつに。










fin     


顰蹙、覚悟です(汗)
ふと、おもいついて、下書きなしで、2時間で書きました・・・。(引越し前に・・・)

この世界では、ジューダスは消えてます。
でも、残ったものは、あった、と。 そういうお話が書きたかったんです(汗)

 

('04 4.01)