15.口付け




              
予期せぬもの




 




 人々が、旅の途中で立ち寄る町、というのは必ずといっていいほど、古書屋があるものだった。
 旅人たちの多くは、その道中の楽しみとして本を持参していたが、本というものは重い。そのため、読み終わったものは、その場に捨てていかれる事が昔から多かった。そこに目をつけた商人たちが、旅人が読み終わった本を引き取り、また違う旅人に売る事を思いついた。その町で暮らす人々は何も、他人がもって歩き、ボロボロになった本を買わずとも、新しい物を手に入れれば良いから、新しい本を仕入れる本屋も閑古鳥がなくこともない。これはなかなか上手い商売と言えた。
本というものは、昔から、知識を得るものとして、時には寂しい時間を癒すものとして、人を楽しませ、喜ばせる、友のような存在だ、などと、思う。


 小さな町の古書店に立ち寄り、自分の分を買ってしまったジュ−ダスは、本屋の棚の間を縫うように、目的の人に近寄る。
一緒に行く、とついてきたハロルドは、いつもならば、あれやこれやと物色して回るくせに、今日に限って、ひとつの棚の前から動かない。
その表情は真剣に、目の前の本を見つめていた。

 「おい。」
「んー?」
「いつまでそうしている気だ。もう行くぞ。」
棚の前にしゃがみこんでる小さな背中に話しかけ、促すが、ハロルドはそのまま、動かなかった。
真剣な顔で、棚に並ぶ本を見ていて、今のジューダスの言葉も耳を素通りしているようだ。
生返事をした後、一向に動かないハロルドに、業を煮やしたジューダスが近づき、何を迷っているのか、とその視線の先を確認して・・・・そのまま、固まってしまった。
そこには、とんでもなくハロルドには似合わない・・・そういう類の本が並んでいたからだ。
「なにを見てるんだ?お前は・・・。」
「恋愛小説。」
「・・・・・・・・。」
「どれが面白いかな?って。お薦めある?」
「知らん!!」
ジューダスは、呆れて、言い捨てた。
「僕はそういう種類の本は読まん。ロニにでも聞け!」
「あー、ダメダメ。たとえ、色恋ものでも、ロニが本なんて読むわけないじゃない?だから、あんたに聞いてんのに。」
「じゃあ、適当なものを買え!」
「だって、面白くなかったら、どうしてくれんのよ?」
段々と、声が大きくなっていくふたりに、本屋の客たちが、不思議そうに見る。
「そんなもの、面白くもないもないだろう!!どうせ、皆同じようなものだ!さっさとしろ。いくぞ!」
「ぶ〜、なによ〜もう!」
そう言って、ふくれっつらを作ったハロルドは、さっさと背を向けたジューダスの後を、追う。結局、本は買わなかった。

 「あ〜、もうまったく!」
ジューダスの後を、ついていきながら、ぶつぶつとハロルドは文句を言う。
「もう少し待ってくれたって良いでしょ?自分の興味のない方向へ話がいくと、すぐこれだもの!協調性のないやつ!」
「お前には言われたくない・・・。」
そういうジューダスの顔は、どこか不機嫌だ。
今回に限らず、いつでもそうだ。
恋愛に関する話になると、ジューダスは口を閉ざす。
まるで、避けているかのように。
『もしかして・・・こういう話は照れるとか?』
好奇心の虫が疼き、ハロルドは早足でジューダスの横に並んで、話しかける。
「ねえ?あんたってさ・・・。」
「なんだ・・・。」
どうせロクでもないことを言い出す、と予測してるのか、ジューダスは、横に並んだハロルドから、一歩、離れた。
なかなか良い勘してるじゃない、と思いながらも、ハロルドは素知らぬふりで聞く。
「あんた、キスしたことある?」
正確に2秒、間があいた。
その間に、ハロルドは次のジューダスの対応を予測する。
聞こえないふりをする。
バカか、と言い捨てる。
もしくは同じように、くだらん、と。
だが、ハロルドは、その時、思いもかけない言葉を耳にした。
「・・・ああ。」
「・・・・・・・・え?」
思わず立ち止まってしまった為、歩いていくジューダスと距離ができ、その顔を見ることができなかった。
慌てて、その背を追いかける。
「今、なんて言ったの?」
ジューダスは、無表情にハロルドの顔を見返した。
どうしてこういう時まで表情を変えないでいるのよ?と思いっきり、怒鳴りたくなるのは何故だろう?
そう考えているハロルドに対して、もう一度、ジューダスは、言った。
相変わらず、表情に動きはない。
「ある、と言ったんだ。」
「・・・何を?」
「何を言っている?」
そりゃ、そうだ。
自分から質問しておいて、何を、もない。
そう思いながら、ハロルドは、事態を把握しようと努める。
こんな簡単な事を、把握しようとする事自体、変な話だが。
「・・・へえ・・。」
考えたわけではなく、勝手にあいづちの言葉が、口をついて出た。
それを、合図にしたように、頭が回転しだす。
そう、これは、ニュースではないか。
とても、面白い・・・・話だ。

 「あんたにも、そんな経験あるなんて、意外〜!やっぱ、相手は恋人だったの?誰よ?誰?」
「・・・お前には、関係ないだろう。」
ジューダスは言う。
口調はあいかわらず、そっけなく、視線はハロルドに向けられていない。
だが、そのときハロルドは、ジューダスの口元が笑みをつくり、瞳がまぶしい光を見たかのように、細められたのを見た。
とても、懐かしがっていた。
そして、その思い出は、ジューダスにとっては、宝石のように美しく、心の奥に大切にしまわれていた宝箱の中で、静かに呼び戻されるの待っていたのだろう。
今、それを取り出し、ジューダスが心の底から愛しんでいるというのが、その表情から見て取れて、ハロルドは思わず黙り、その横顔をみつめていた。


 「・・・・ムカツク・・・。

 
 「なにか言ったか?」
「何も言ってないわよ?」
ジューダスの疑問を、ハロルドは、なかったことだと言い張ることにした。
思わず、口をついて出た言葉だ。
意味などない。
勝手に、思いもかけず、自分の意思など関係ないところから発した、そういう言葉だ。

 「何を怒っている?」
ずんずん、といきなり早足で歩き出すハロルドの後を追いながら、不思議そうにジューダスは聞く。
「怒ってる?私が?」
「そう見えるが。」
「・・なんで?」
「・・・・・・。」
ジューダスは、一瞬、黙った。
「そうだな・・・。怒る理由もない。僕の気のせいだろう。」
「・・・・・。」
訂正の言葉を口にした後、今度は、ジューダスが、ハロルドを追い越していく。
その背に、石でも投げてやりたくなる。

 なによりも、その思い出を呼び覚まさせた、張本人が自分、というのが気に入らなかった。
何故だろう、と思うが、ハロルドは自分でもわからない。
あんな表情のジューダスなど、今まで見たこともなかった。
そんな、面白いものが見れたというのに、ちっとも嬉しくない。


 「あ〜あ。」
ハロルドは伸びをした。
新鮮な空気を体に入れ、頭の中を切り替える。

 そうだ、気のせいだろう。
むかつくなんて、そんなことがある訳がない。
だって理由が、ないもの。
と、思い、前を向く。


 その時、ジューダスのマントが風にはためき、小柄な体が飛んでしまいそうに見えた。
もちろん、物理的にはあるわけがない。

 それでも、ハロルドは、ジューダスが飛ばないようにそのマントを押さえ、そしてそのまま、ぶら下がるようにして、握ったまま帰ろうと思いついた。


 ジューダスのマントは好きだ。


その黒い旗を目指し、今までの気持ちを切り替えるように、ハロルドは、地面を蹴った。









                                                        Fin


リオンって、アリアンとキスしてたんですよね〜。皆さん、知ってましたか? 私も某方に、教えていただいて、びっくらこいたんですが・・・。 CDドラマの「PROUST-FORGOTTEN CHRONICLE」の中で、それらしいシーンはあったんですが・・・。 当然、音だけで映像がなかったので、その時なにをしていたのか、はっきり分からなかったのですが・・・まさにその時、だそうで。 罪な人だな〜・・・マリアン・・・。 とはいえ、私は、嫌いじゃないです、マリアン。
ジューダスの大事な思い出など、当然マリアンの事でしょうけど、これも、その時の事を思い出している、という設定です。 20のお題、2作目。 前作と違いすぎ〜。

('04 4.14)