月の光が目にしみる

 

 




「また、お前か」
昼間にでも来ようものなら、即刻、扉を閉めるところだが、それが夜ならば、話は別だった。
「はあい!起きてる?」
「寝言を言っているように見えるのか?」
「見えないわ。まあ、寝てたとしても、たたき起こすまでだから、
どっちでも良いけど〜♪」
ため息交じりの言葉も彼女には通じない。
いつもの調子の、いつもの能天気な口調で、機嫌よさげに話す様子を確認するように眺めた後、ジューダスは言った。
「今日は、なんだ?」
「お散歩のお誘いよん。夜のお散歩なんて、ロ〜〜マンチックよね〜。
私にぴったり〜♪」
「・・・・・・ちょっと待ってろ」
扉を開けたまま、部屋の中にマントと剣を取りに引き返した。
マントをかけてあった椅子の正面には鏡があった。
ちらり、と覗けば、そこには入り口に立つハロルドの姿が映っている。
薄暗い室内の照明の中に浮かび上がる、彼女の姿は、目を閉じて扉に軽くもたれかかっていた。
人形のように無表情で、そうして何かを押し殺している。
「まだ〜?」
振り返るとすでに、にこにことこっちを見ていた。
その目は期待に満ちていて、子供のようだった。
鏡の中と外と。
1枚を隔てた中にしか存在してない様に見えても、実際には、ちゃんとそこにいた。
どちらの彼女も本物だろうか、あるいは偽者だろうか、とジューダスは考えていた。


ハロルドが、不眠症にかかっているというのは、ふたりだけの秘密だった。


初めは、野営の時にも、寝もせず何かとふざけた調子で、かまってくる態度に腹を立てたが、それが3日も続いた頃、気がついた。だから、4日目からは、文句を言うのをやめた。
聡い彼女は、それで、こっちが気がついた事に気がついた。
以来、毎日のように夜になると、やってくる。





「お♪なんか光った〜〜〜〜♪」
夜中だろうが、遠慮というものをしらないハロルドは、大声で叫ぶ。
その声が石畳の街角に反響した。
「猫の目だろ・・・」
ジューダスは、小声で答える。
「そうかも。猫ちゃんや〜い。お話しましょ〜」
どこまで本気で言っているのかと思っていたが、とりあえず、追いかける気だけは本気なようで、壁によじ登りはじめたハロルドの後ろ姿を、あきれて顔で見ていた。
ところが、突然、飽きたようで、何事もなかったかのように壁から飛び降りてくる。
「いなくなった・・・」
「身の危険を感じたんだろ」
「ちっ!昼間作ったしびれ薬の成果を試そうと思ったのに」
「・・・逃げた方が懸命だったな」
「嘘に決まってるでしょ。ほら、私、動物愛護の人だから〜」
「・・・ほう」
「だから、あんたたちで試す事にしてるの」
「人には迷惑をかけても良いのか?」
「というよりも、私の作る薬、ほとんどが人間専用だから」
「・・・・・そうか・・・。」
「あんた試してみない?」
「断る!」
きっぱりと断られハロルドはふくれた。
「いいじゃないの!ちょっとくらい!」
「嫌だ」
「けち〜!減るもんじゃあるまいし!」
「・・・行くぞ」
闇色のマントを翻し、歩き出すと慌てたような足音が追ってくる。


「ねえ」
「しつこいぞ」
「どうして聞かないの?」
ぴたり、とジューダスは足を止めた。
振り返ってみれば、ハロルドの後ろには、銀色に輝く、大きな、月。
「どうして聞かないの?」
ハロルドが一歩、近づく。
その表情は逆光でよく見えない。
「”どうして僕なんだ”って」
そして、また一歩。
猫のように足跡を消して。
「なんで言わないの?」
街角に静かに響く声は、船を誘うローレライの声のように魅惑的に、白状しろと迫ってくる。
思わず、一歩、ジューダスは後ろに下がった。
理由ならはじめから分かっている、と言いかけて、それでもジューダスは言わなかった。


「たぶん、僕とお前が同類だからだろう・・・」
同じ時期に、同じように、お互い半身を失って。
気持ちがわかる、とかそんな事ではない。
時々、叫びそうになる。
胸をかき毟りたくなる。
けっして無くならない痛みが、胸の真ん中に穴を開ける。
胃から焼け付くように何度もせり上がってくる喪失感。
もうないのだと。もういないのだと。
何度も何度も言い聞かせて、それでも。
もう一度、もう一度で良い。
会いたい。
それしか、この苦しみを和らげる方法はなくって。
けれど、その方法はこの世のどこにもありはしない。
・・・ふと、そこまで考えた時、わが身の事を思い出して、ジューダスは笑った。
この世に存在することすらありえない、自分自身。
「夜の思考は雄弁で、隠している物までさらけ出す」
それは容赦なく。
・・・・・眠れなくなるのも、当たり前だ。


「あんたは____ね」
その時、ジューダスには、ハロルドの言葉がはっきりと聞こえなかった。
「何だって?」
「あんたは可哀想よねって言ったの」
その言葉を聞いて、ジューダスはどう解釈するか迷った。
バカにされたのかとも、思ったが、ハロルドの口調はそうは言ってない。
「酷い境遇の下に生まれても、あんたはそのことを嘆かない。
泣いて良い時にも、それを自分に許さない。
分かって貰えないとイラついたりしない。
愛しているから愛し返せと言わない。」
「僕は・・・」
「自分にはその資格がない、と思ってるんでしょうけど、そんなことだけが理由じゃないわ。あんたは、元からそうなのよ。」
「・・・・・・・。」
「そういう風に自分の事を望まない。
いえ、望んでいたといても口に出して、アレが欲しいコレが欲しいとは言わないわ。他人を信じてないと言ってしまえばそれまでだけど、誰も信じてないわけでも、決してないわ。あんたは本当はね。」
その時、雲で月が隠れた暗闇のなかで、ハロルドの笑った気配がした。
「_____な人なのよ。」
今度ははっきりと聞こえた。
どう返して良いか迷い、ジューダスは言葉を失う。
そんなジューダスに向かって、ハロルドは、まるでお天気の話しをするかのように言った。
「あんたが、好きよ」


聞こえなかったふりをするには遅すぎた。
咄嗟に誤魔化そうとしなかったのは、すでに、その事実を知っていたからだ。
「それが、あんたを毎晩誘う理由よ。あんた、さっき、分かってて言わなかったでしょ?」


『 どうして僕なんだ 』

本当の理由は、どっちなのだろう?
一瞬で、答えをすげかえられてしまう程、彼女は、本当に、悲しいほど聡すぎる。


「月!!!」
いきなりハロルドは、振り返って叫んだ。
「ねえ、すっごい大きな月!見てる?見てないなら、見て!!」
見上げれば、さっきよりも高い位置に移動した、銀色の月。
明るすぎる程の月光に、ジューダスは目を細めた。
「月など、珍しくもないだろう」
「珍しいわよ!私のいた時代は、外殻に囲まれてて見えなかったもん!」
「・・・・・・そうだったな。」
月も、太陽もない時代に彼女は生まれた。
寒くて、なにもない土地に生きてきた。
痛々しいほどに強く、ただ、強く。
「眩しいわね。眠れないで、腫れた目には痛いくらいね」
それでも、ハロルドの口調は、美しいものを見る時の感嘆、そのものだった。


月の光が、全て洗い流せば良い。
辛いことも、悲しいことも。
彼女の上に降る、幸せでないもの、全て。
そして、その柔らかい光で魔法をかけて、
眠れない彼女を、眠らせてくれると良い。


言葉もないまま、月を見上げ、ジューダスはこの胸の痛みはなんなのだろう、と思っていた。
隣にいる小柄な影は、何も言わなくってもそこにいるだけで、無視できないほどの存在感を示す。
いつの間にか、心の中に満ちてくる。
「ねえ」
「なんだ?」
「私はあんたと違うから、愛し返せって言うわよ?」
月を見上げたまま、ハロルドは言った。
先刻と変わらない、天気の話のような口調で。
ジューダスは、その月を見上げたままの体制で、どうせ次に言う言葉を予想しているであろう彼女に、答えた。


「・・・・・好きにしろ」

 

 

 

 



fin

 


初書き、TOD2。
初心者のくせに「Ve+Le+Ta」のあづみさまが企画された「ジュハロジュ企画」に
いきなり投稿するという、大胆かつ恥知らずなことをやってのけた時に書いたもの。
似て非なるもの同士、のふたりの会話が書きたかったのです。