MOTEL

 

 






 街のメイン通り沿いに取った宿とは違う、町外れの方にひっそりと建っている宿へと、ジューダスは歩いている。
その間に、何度も自分に問い返す。
こんなことに意味があるのか、と。
街は寝静まり、黒々とした闇の中、月明かりに照らされたシルエットを横たわらせていた。
星の小さな瞬きさえ今は、嘲り笑っているかのように感じる。
それは、この訳もわからない罪悪感のせいだろうか。
本当に、何の為に自分は行くのだろう、と思う。
いつも。毎回毎回。
けれど、断れない。抗えない。



 

 「的外れ」という言葉が、頭の中をめぐっていた。
まったくその通りよね、とハロルドは自嘲する。
すがる相手を間違えていないか。
そして、少し考え、それは間違ってないな、と思い直す。
間違っているのは行動の方だ。
何の意味も、どこにも救いもありはしない。
ほんのあと少しで、緊張の糸は切れるだろう。けれど。
まるで、綱渡り師のように、そのバランスが崩れるのを恐れている。









 ハロルドは部屋の時計を見た。
午前0時を回っている。
ここから少し離れた宿に泊まっている皆は、もう眠っただろうか。
あいつは、ここに向かっているだろうか。

 その時、ぼんやりと時計を見上げていたハロルドの耳が、小さいノックの音を捕らえた。

 「相手が誰かを確かめてから扉を開けろ、といつも言ってるだろう。」
待ち疲れたハロルドが、勢いこんで部屋の扉を開けたとたん、不機嫌そうなジューダスの声が飛んできた。
そっちこそ、私の顔を確認する前に話さないでよ、人違いだったらどうするの?とハロルドが返す。
ジューダスは眉ひとつ動かさず、他の人間の訳ないだろう、と言う。
お前がこの部屋を指定したんだから、と。

 ジューダスは部屋の奥へと進むと、黙ったまま仮面を外した。
テーブルの上にそれを置き、溜息をつく。
それを見ながらハロルドは、この男は本当に溜息をつく事が多い、と思う。
しかも何故か、それが様になっている。
ため息が似合うなど、幸福の象徴とは正反対だけど。

 「外、寒かった?」
「いや。」
ハイデルベルグほどではないが、寒冷地方のこの辺りでは、夜は冷え込む。
寒いに決まっているのに、それを聞いたハロルドに、ジューダスの答えはそっけない。
「ジューダス。」
ジューダスは、ハロルドを見た。
「来てくれて、ありがと・・・・。」

 一方は相手が来る保障のない事を心配し、一方は来ることの必然性を毎回問うている。

 わざわざ確かめなくても、お互いによく分かっていた。
「今さらだ。」
ジューダスはしばらく、言葉に迷った後、最も差し障りのないものを選んで口にした。


 


 夜中にふと目を覚まし、ハロルドは耳を澄ます。
何もかもが寝静まった夜は、棺を連想させる。
そう、ぼんやりと思って、自分の考えたことなのに、とたんに嫌になる。
良くない。
感情の流れが悲劇的は方向へ向いてしまう。
服を着たまま窮屈な体勢で眠ったからだ、という事にした。
街の中なので、いつもの戦闘服は脱いでいたが、それでもゆったりとした夜着とは違い、楽な格好でないことは変わりない。
横で眠るジューダスの方は、戦闘服を着たままだった。
その衿を緩めてあげようと手を伸ばした。
ジューダスの寝息は静かで、いつも不安になる。
いつの間にか、ひっそりと呼吸するのをやめていそうで。
ファスナー部分を鎖骨のあたりまで降ろしたとき、どうしてこんなに息を潜める必要があるのだろう、と自分自身に対して我に返った。
そして、その自分の指が、かすかに震えている事には、気がつかないフリをした。

 








 「ひとつ、聞きてぇんだが。」

 カイルとリアラが出かけ、数日前に刃こぼれをしたレイピアを買い換えようと、街中に出ようとしたジューダスにロニがついてきた。
別に彼も武器屋に用事がある、という訳ではなさそうだった。
だが、なんとなく・・・数日前からふたりきりになる機会を伺っていた感じのロニに、何か用か?と聞くと、おう、と短く答えたあと、なんでもないように切り出す。
カイルやナナリーと、いつもふざけあっている様な印象ばかり持つが、本来、この男は勘が良い。
いつ、気がついても可笑しくなかった。
その事に失念していた自分に、ジューダスは舌打ちしたくなる。
ロニの話は案の定だった。
「お前、時々、夜いなくなるが・・・。あいつと一緒にいるのか?」
「・・・あいつ?」
「とぼけんなよ。ハロルドだ。」
「・・・・・ああ。」
ジューダスは地面に視線を落とし、ため息をつく。正確な説明をする事が面倒だった。
「・・・そうだが。」
「ふうん。やっぱりそうなのか。」
あっさりとロニは言い、それで満足したように頷いている。
「だが、少し違う。」
「あ?なにがだ?」
深く追求するつもりも、からかうような悪趣味な行為をするつもりもなかったロニは、ジューダスの低く、つぶやくような否定の声に首を傾げる。
「お前の考えていることと、だ。」
ロニは眉を寄せた。
複雑な背景があることを、ジューダスのふせ気味にしている顔を見て気がつく。
「それって、つまり・・・なにもねぇって事か?」
「・・・ああ。」
最後まで説明しなくても、通じるロニの勘の良さに助けられた気分でジューダスは返事をした。
「所謂、男と女の関係ではないな。」
「・・・じゃあ、なにしてんだよ、ふたりして。話し込んでいるのか?」
「・・それもある。でも、それすら時々だ。ましてやそれ以上の事はなにもない。」


 最近になって、やっと許されたかのように一歩進んだ行為といえば、首に腕を回して抱きついてくること、位だ。
それ以上の事は何もない。
一度もキスもしてない。
本当に何の意味があるのか、とそれがジューダスでなくても問いたくなるだろう。


 望まれたのは一緒に眠る、ただ、それだけだ。


 同じ部屋で、同じベッドで寄り添うそうに体を丸めて、ただ眠る。
毎夜ではもちろんない。
けれど、どちらかがひとり部屋でない時は、他の宿を取ってまでそれは続けられる。
まるで、なにかの為の禊のような行為。
もしくは痛々しい、再生の為の儀式。



 「なんか変だな、それ。」
唇をひと差し指でなぞりながらロニは言う。
「何考えてやがんだ?あいつ。まあ、その状態を平気で受け入れているお前も相当変だが。」
「ほっとけ。」
「うん?まあ、余計な口出しする気はねえからほっとくが。どのみち、ちょっと確かめたかっただけだしな。」
ロニは言い、腑に落ちないものの、自分には関係ないと割り切ったのか、それ以上踏み込んでくる気はないらしく、ぼりぼりと頭をかいた。
その仕草に助かったというよりも、むしろ、突き放されたような心もとない気分に、ジューダスはなった。
「なあ、だけどもうひとつ聞いて良いか?」
「なんだ?」
ジューダスはロニを見る。
そして、思いもかけないような真剣な表情をそこに見つけて、少し驚いた。
「お前は・・・分かっているのか?」
「何がだ?」
「あいつが何考えてるのか、さ。だから誘いを断らず、行くんじゃねえのか?違うか?」
「・・・・・。」
心当たりはあった。
ハロルドの行動の裏に隠されている、理由。
けれど、それが何故かは・・・誰にも言えない。
「さあな。」
ジューダスは答えた。
「あいつの考えている事など、誰にも分からん。何か企んでいたとしても、今まで何もなかったからな。理由などないのかもしれん。」

 ハロルドに限ってそれはないな、とロニも考えただろう。
けれどロニは、ジューダスの濁した答えを聞いても、理由も分からずに惚れてもいない女の誘いを受けるのか、とは思っていたとしても言わなかった。
ただ、一度だけ右の眉をわずかにあげた。
それだけだった。








 「来てくれてありがとう、ジューダス。」

 月はすでに真上の登った夜半時。
何度も迷い、ぐずぐずしていたら、こんな時間になった。
待っていた間にハロルドは、何度も今日、自分が来ないであろう可能性を考えただろう。
もしもそうなったなら、その理由さえ、全て察しがついただろう。
何の為だ、とは問えない。
何故、を口にすれば、その先に進まなければならなくなる。今の、引き返すことが可能な時点には戻れなくなる。
卑怯だ。
だが、同時に、曖昧にしたままのこの時点に、踏みとどまる事を望まれているのも感じる。
たぶんそれは、自分がそう思いたいから、ではない。



 「なんて顔をしている。」
迷いからくるイラだちを、トゲのある言葉にすり替える。
「やめろ。らしくない。」
ハロルドはジューダスの顔を、じっと見つめる。
何も言わない。
その瞳に、全てを把握するものだけが持つ、悟りきった光が宿っていて、それに気がついたジューダスは、直視するのを避けた。
「大体、お前は・・・。」
のどが渇く。
無理矢理、問題の矛先を変えようとする自分の姿を、滑稽だと思う。
「僕を嫌いだったんだろう?」
「今でも嫌いよ?」
ハロルドは即答した。
その声に、ジューダスはハロルドを振り返る。
ハロルドはうっすらと笑っていた。
それは本能的な笑みだ。
いっそ、野性的でさえある。
「そうだろうな。」
思わず、それを覗き込みそうになった自分を抑え、ジューダスは笑った。
「その方がお前らしい。」

 その悪意のある言葉が本当だったとしても、その方が何倍も救いがある、とジューダスは思った。








 沼のような場所を、ジューダスは歩いていた。
ドロと水草が足に絡みつき、進もうとしても進めない。
懸命に足を動かしても、からみついた物はけっして離れない。

 つんのめり、沼の中に手をつきそうになる。

 足は段々と重くなり、動くこともできなくなる。
額から汗が流れてきて、口に入る。
だが、それは血だった。
ふと両手を見ると、真っ赤に汚れていた。


 『望めよ。』
静かで哀れみを含んだ声が響く。
『もう一度やり直したいと、運命を変えたいと願え。』

 これは呪いの声だ。
ジューダスは目をつぶる。

 『そうすれば、全てお前の望み通りになる。』

 頑なに首を振り、声を拒絶するジューダスに、声は笑いを含んで、たたみかける。

 『なにを迷う?そんなに意地を張る事でなにを得られるというのだ?むしろ、その為に、新しく手にした全てが失われるというのに?』
 
 ジューダスは目を開き、少し上を見つめた。
そこには、白く透き通った女の手が浮かんでいた。
ジューダスに向かい、誘いをかけるように、それは差し出されている。

 『望むが良い。リオン・マグナス。』








 寒気を覚えて目を覚ますと、横にジューダスはいなかった。
見ると、着ている服、そのままの黒いシルエットが、窓辺にこちらに背を向け、立っている。


 私は、この男を嫌いだったんだろうか?とハロルドは考える。

 そう、始めは確かに、何もかもを知っている顔で−自分たち兄妹の運命でさえも−もったいぶったように説明する様に、辟易していた。
自分を賢く見せようとする人間の滑稽さをハロルドは嫌悪する。
真の天才とは隠そうとしてもそれが表れてしまうものだ。昔の自分のように。
その頃の自分の姿に思いを馳せそうになって、ハロルドは我に返った。
今、そんな昔話は関係ない。
だが、この男の行動が、そんな薄っぺらで価値のない感情からきているのではない、と気がついたのは・・・正確にはいつの事だったのだろう。

 ジューダスは、窓を開け、銀色に輝く月を眺めている。
窓が開いていることで、差すような冷気が部屋に入り込み、ただでさえ寒々しい空気の部屋の温度を一層と下げていた。
なにを考えているのか、ぼんやりと月を眺めている後ろ姿は無防備だ。
今、この全身の力を使って突き飛ばせば、彼の体は窓の外へと簡単に落ちるだろう。
その時、彼は驚いてハロルドを振り返るだろうか。
それとも、当たり前のようにその状況を受け入れるだろうか。
そんな考えが浮かび、ハロルドは頭を振って、それを振り払おうとした。



 「いっその事、殺してあげようか、と思ってるのか?」
ジューダスが言い、ハロルドははっと彼を見る。
その姿は月光を浴びて、暗闇の中、それ自体が発光しているかのように頼りなく、全身の輪郭を浮かび上がらせている。
答えを返せないハロルドに、ジューダスは微笑む。
その姿はまるで、困っているかのようだ。
「そんな事しなくても良い。」
儚げなその様子とは裏腹に、言葉ははっきりとしていて穏やかだった。
「僕に対する哀れみの為に、お前が手を煩わせる事もない。それに・・・。」
どきり、と大きく胸が鳴った。
ああ、とハロルドは思う。
そして、小さく絶望した。
最終宣告を、今まさに、ジューダスが告げるのだという事に。
そして、それは・・・たぶん、止めようとしてももう遅いのだ、という事に。


 「自分の運命が決められたものだったとしても、僕には、僕の意思でその先を進む権利は残されている。そんなに嘆かわしい事でもないさ。」


 とうとう、ジューダスは先に進んだ。
そこに踏みとどまってはくれなかった。
もう、その問題から目を逸らすことも、気がつかないふりもできない。

 「やっぱり、知ってたのね・・・・。」
涙があふれ出てきて、ハロルドの頬を濡らしていく。
止める術を彼女自身、知らなかった。
知らないから、止めようもなかった。
堪え切れなかった嗚咽が、漏れる。


 ジューダスは黙って、そんな彼女の様子を見つめていた。
その様子はとても静かで。
自分への同情を求めない人間の潔さに、凛とした美しささえ感じられるほどだ。

 その姿に、益々胸は締め付けられた。苦しくて吐きそうになった。
もしも、彼が取り乱してくれたなら、自分がこんな思いをしなくてすんだのだろうか。
ただ、嫌いなんて嘘だ、という言葉だけが、がんがんと痛む頭の中に繰り返し聞こえた。

 ジューダスは、無言のまま、ハロルドに近づく。
その顔を見れない。
この先、彼がどうするつもりなのか、予想がつかない。

 ハロルドは今にも胸を突き破ろうとする、激しい感情に抵抗すらせず、泣きじゃくっていた。








fin  

 









今回は、偽者くさいほど、弱いハロルドの話です。 でも・・・・テーマが涙ですからね(汗)
というよりも、もともとこの話は・・・古いのです。 知っている方は知っているでしょうが、私は小説を書き溜めて、清書をする、という方法を取ってます。 今は、時下に書く事も多いのですが・・・・これは、実際は、かなり前に書いたものです。 それで、こうやってハロルドが泣くシーンを書いていた事もあり、「20のお題」にひっぱってきたのですが。
そもそも・・・・もう、8ヶ月以上も前の事。 とあるライブで、久しぶりに大好きな曲を聴いたときに、「そうだ、これを書こう!」と思いつきました。
その曲は、本当に、歌詞が圧倒的で、存在感があって、夜と闇の深さとむなしさを表現しています。 そのイメージを少しでも書き留められるように・・・と思っていたら、こんな救いのない話に(汗) 救いのない歌詞ではないんだけどな〜。
 
久しぶりの痛い系になってしまったが、読んでくださって、ありがとうございます。

(04’8.09)