それはいつもの光景だった。
「まぁた、そういう話?ロニも諦め悪い・・」
「わかってないぜ、カイル!
人の心にはな、そいつだけの国があるもんなんだ!
そこに住んでくれる大切な女性を俺は求めてるんだよ!」
「あんたという人間はまだ、懲りないようだね!?」
「ま・・待て!!お前には関係ないだろうが!」
「あんたに迷惑をかけられる全ての女の代表なんだよ!あたしは!!」
たいして注意せずに会話を聞いていても、次の展開がわかることがある。
人の気配というのは理屈ではなく、いつの間にか心の中に入り込むものだと、ジューダスは思った。
・・・だけど、それは・・。

 







   王国










晴れ渡った空をジューダスは見上げた。
神のたまごは、まだ見えない。
何も知らなければ、このまま永遠に日が昇り、夕日が沈む日々を疑わないでいられるような、澄み切った美しい風景だった。

だが、やがて、星がこの世を滅ばすために降ってくる。

 それは無差別にこの街にも、この人々の上にもやってくるのだ、と思い、ジューダスは思わず周りを見回した。
後ろを見れば、この街特有の着物という服を着た、小さな女の子が、母親に手を引かれて歩いてくる。
手には、空に浮かぶ雲のような綿菓子を持って、母親の歩調にあわせようと、小さな足を忙しく動かしていた。
子供は、竜の骨をかぶった男の姿にも物怖じせず、ジューダスを見上げると、にこりと笑った。
周りに知る人がいない安心感からか、つられるように微笑みを返してしまい、そこでジューダスは我に返った。

あの子供の上にも星は落ちてくるのだ。







「ものすごーく、めずらしい光景を見ちゃったわ♪残ったかいがあるってもんね!」

その声に振り返って見ると、宿の2階の窓から、ピンクの髪の声の主が、人の悪そうな微笑みを浮かべながら自分を見下ろしていた。
「ハロルドか」
「あったり前でしょ〜?この美声が天才である私のもの以外、誰のものであるのよ?」


カイルたちはさきほど、アクアラビリンスの鍵である、最後のブラックコーラルを探しに出掛けた。
残っているのは、ジューダスと、何日も前から何かの研究に没頭していたハロルドのふたりだけである。


「ちょうど良かった!あんたに頼みたい事があるのよ〜♪」
「断る」
どうせ、ろくでもない事だと予測して言うと、むくれるかと思ったハロルドは、それはそれは嬉しそうな顔をした。
「何よ?いいじゃない少しくらい。私にも優しくしてくれたって」
「誰にどう接しようと僕の勝手だ」
「ふ〜ん、そうなの?あんた、さてはロリコンね?」
もちろん、わざと言っている。というのが分かるように計算して、言葉を選ぶあたりタチが悪い。
ジューダスはため息をついた。
「用はなんだ?」
勝ち誇った満面の笑みを浮かべ、ハロルドは屋台のある方向を指差した。
「私にもわたあめ、買ってきてv」





「いらっしゃい♪」
見た目とひどく不釣合いな頼まれ物を持って、不機嫌な顔のジューダスがハロルドの部屋を訪ねると、床は足の踏み場もないくらいに散らかっていた。

その中には、細長い筒のようなものが混ざっていて、それらを踏まないように注意しながら、歩かなければならなかった。
「ちょうど今できたとこなのよv」
そう言ってハロルドは、わたあめを持ってきたその手に、代わりに小さな物体を渡す。
それは奇妙なカタチをしていた。
床に落ちているのと同じような細長い筒がついていて、小さいのにずっしりと重かった。

その奇妙は物体を黙って見つめたままでいると、ハロルドが言った。
「これは何だと聞いて」
「・・・なんなんだ?これは?」
「ふふふ!よくぞ聞いてくれました!」
わたあめをかじりつつ、目を輝かせている姿は無邪気なほどで、思わす苦笑しそうになる。

「これはね武器なの!小さくって女でも簡単に扱えるのに殺傷能力はバツグンよ!やっぱり私は天才だわ」
「武器なのか?これが?」
驚くジューダスの反応に気を良くしたのか、嬉しそうに、にこりと笑い、ハロルドは、その手から新しい武器を取り上げると、
「こうやって使うのよ」
と言って、片手で筒の先にある太い部分を掴む。
「ここにね。鉄の玉と火薬が詰まってて、このレバーを引くと火薬が爆発して、鉄の玉を押し出すの。爆風を利用してるから、その摩擦によって生じる力は剣のそれを、はるかに勝るわ。まさに驚異的な破壊力よ?人間なんて、簡単に穴が開くわ」

原理は分かったが、はたしてそう上手くいくのか、と疑問に思っていると、ハロルドは、鉄の玉がでるという先のほうをジューダスに向けた。
「あんた疑ってない?」
「・・・・・。」
「何なら試す?」
「まさか、初めからそのつもりでいたのか?」
「違うわ。普通に呼んでも来ないだろうから、わたあめを口実に使ったんだけど・・・考えたら、それも良いわね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なにを期待してたのか、無反応のジューダスに、ハロルドはぷくっと頬をふくらます。
「ちょっとは怖がってよ」
「見たこともない武器を向けられても、どう怖いのか分からん」
「つまんないわね!」
それで興味を失くしたのか、ハロルドはベッドに武器をほうり投げて、自分もそこに座った。
ぼすんっと音がして、はずみでベッドの上にほうっておいたわたあめの棒が床に転がり落ちた。
「食べた後始末くらいしろ」
これで用件は済んだ、と思ったジューダスは、ハロルドに背を向けた。
部屋を出ようと歩き出す。


「ねえ」
その背に声がかかった。
「なんだ?」
「いっそ、かけおちでもする?」
思わず足を止めた。
ちらり、と後ろに目を向ける。
「・・・・・・どこに逃げても同じだ」
「諦めが良くていらっしゃいますこと。話が早いと向こうも助かるでしょうよ。いや、残念がるかしらね?」
小さな足音をさせて、ハロルドが近づいてくる。
「ハロルド」
ジューダスが言った。
「その話、カイルたちには・・」

リアラだけでなく。
自分も消えることを。
そして誰の記憶からも消えてしまうことを。
いなくなる事と、いなかった事になること。
どちらが悲劇かを問う間でもなく、それらは同時にやってくる。
「言わないわよ」
きっぱりとした声でハロルドが答えた。

厳しい現実をつきつけられた事で、温度が一気に下がったような部屋の中に沈黙が降りる。

「やっぱりさっきの武器、試してあげよっか?」
「・・・?」
「あんたのここに」
ハロルドがジューダスの胸を指さす。
とん、と軽い衝撃があった。
「穴を開けて、あんたの王国を見てみたいのよ。きっと孤立してるわよ」
「何?」
「今朝のロニの話」
それで、ジューダスは朝の食堂での会話を思い出した。

誰もが心の中に己が支配する、自分という領土を持っている。
その中に愛しい人も、大事な人も住まわせて、守っている。
そういう意味では、人は人の心の中にしか、住めないのかもしれない。


「あんたの国は」
ハロルドが言った。
「きっとすんごい高い塀で囲まれてて、頑丈で。他人を拒み続けてるのよ。
そんなところに、誰を住まわせてるのか、興味あるじゃない」
口調では面白がっているように見せている、揺れる瞳の中に、意味を見いだそうとしてしている自分を感じる。

「覗くだけで良いのか?」
思わずそう問いかけてしまった後、ジューダスはその答えが自分の中にない事に気がついた。
「ダメに決まってるでしょ」
ハロルドは断言し、その後、言葉を切った。
きっと彼女の中にも、その先の答えが用意されてない。

その国に誰が住んでいたとしても、その先はない。
自分が消えるとき、一体そこに住む誰を連れて行くのだろうとジューダスは思った。
王国を覗きたいのは、むしろ。
自分の方だと。
そう思った。


ふと、我に返ると。
「おい」
ハロルドが自分にもたれかかっていた。
「・・・・眠い・・・」
「お前はカイルか」
呆れて言ったが、すでにハロルドは聞いてなかった。
全体重がかかっている事実を考えると、すでに眠りに入っているという事だ。
現にハロルドは、ジューダスの腕の中にくったりと体を預けていた。
支えようとして体を動かすと、ピンクの頭がぐらぐらと揺れた。
仕方なく、そのまま抱き上げてベッドへと運ぶ。
たいして重くもないが、不安定に揺れる頭に手間取って、やっとベッドに下ろしてみれば、ハロルドの方は、すでにくうくうと寝息をたてていた。
「いい気なものだな」
思わずひとりごとが漏れる。

少し開いた唇や、うっすらとピンクに染まった頬は、まるで無防備な子供のようで、天才という冠とはかけ離れた存在に見えた。
毛布からはみだしている手の平も、まるで小鳥のように小さい。
この小鳥を閉じ込めていた、天空に浮かぶ檻はもうない。
全てが終わった後、彼女が帰る場所が、そこである事に気がつき、ジューダスは、少しだけ、ほっとした。

ジューダスは部屋から出て行く時、床に落ちていた紙を踏んだが、その事には気づかなかった。
それは、何日も前からハロルドが没頭していたある研究の計算式が書いてある。


ドアが閉まる音を、ハロルドは眠りの中で聞いていた。


『 ねえ、聞いてる?ジューダス?もう少しだけ待って。
  そしたら、あんたが消えないで済む方法を必ず見つけて見せるから。
  それさえあれば、あんただって、わざわざ消えたいとは思わないっしょ?
  私だって、あんたがいなくならずに済むなら・・・
  この手から失わずに済むなら・・・
  それだけで。
  ううん、それ以外・・・・・・・・・・・。』


けれど。

ハロルド自身、それには、あまりに時間が足りない事を知っていた。


もう一度、ハロルドは眠りに戻り、

表情を選ぶ必要がなくなった、閉じた目から涙が一筋、こぼれ落ちた。


神のたまごまでは、あとわずか。




 

 

 

fin

             


これも「Ve+Le+Ta」のあづみさまの所に送ったものです。(私は押しかけ女房か?(汗))
「月〜」の続編。ただし、続いていない、と思われても問題なし。

作中、ハロルドが拳銃を作成する場面がでてきますが、たしかこの世界に、拳銃はなかったはず、と
思ってネタに使いました。(でてきてたらごめんなさい)