「きもちい〜〜〜〜!!」
ぱしゃぱしゃと耳に心地よい音をさせながら、ハロルドは泉で足を冷やしている。
湧き水の下は、水を受けているうちに土にくぼみを堀り、小さな泉をつくりあげていた。
冷たい水がそこに溜まり、ちょうど良い桶の代わりになっている。
抱き上げていたハロルドの体をすぐ横に下ろして腰掛けさせ、足を入れて冷やさせたのだが、それはハロルドの機嫌にも効いたようだ。
子供のように目を輝かせ、先ほどからハロルドは水を蹴っている。
ハロルドが蹴り上げるたびに、水は一瞬、水面を離れ、小さな球の残存を残しながら、また水面へと戻っていく。水は澄んでいて、歪んだレンズそのものに、底を映し出していた。もっとも、今は、ハロルドがそのレンズに波をたてているので、見る事はできないのだが。
水にかからないよう少し離れたところで、その様子を見守りながらジューダスは苦笑する。
泣いた烏が、ではないが、本当に彼女の機嫌はころころと変わる。
「ね〜?」
「なんだ?」
ふいに振り向き、話しかけられて、ジューダスはついていた頬杖から顔をあげた。
「あんたも水浴びたら?すっごく気持ち良いわよv」
「僕は別に良い。」
「相変わらず、つきあい悪いヤツね〜。じゃあ、そんなところでなにを考えてるのよ?妙に深刻な顔しちゃってさ。」
深刻な事態なので、そういう表情でも可笑しいことはないのだが、とりあえず、ジューダスは答える。
「この先、あのブーツでは、どうしようかと思ってな。」
「ああ・・・。」
ヒールがものの見事に折れたのだ。
あのままでは、ハロルドの足が治ったとしても歩けない。
低いなら、まだなんとか歩きようもあるが、あのヒールは高すぎる。
背の低いハロルドの、その身長には見合わない高さだ。
「強力な接着剤とか、持ってないのか?」
「ある。」
「・・・ある、のか。」
先ほどから、持ってないものはないのか、この女は。
と、ジューダスは半ば呆れる。
助かることは助かるが、まるで、なんでも取り出せる魔法のポケットでもつけているかのようだ。
「あるっていうか・・・これから作るっていうか?材料はあるから、なんとかなるっしょ。」
「・・・・・低いヒールの・・・別の靴は持ってないのか?」
「ないわよ、そんなの。」
まさか、これも持っているというのではないだろうな?と思いながら、一応聞いたのだが、ハロルドは呆れたように返事をした。流石にそこまでは持ってないようだ。
「第一・・・あのブーツはとっておきなんですからね。そう簡単に、あれより履きやすい靴なんて見つからないわ。」
「あの高いヒールが、履きやすいのか?」
意外な気分でジューダスは言う。
普通はあんなバランスの悪い靴が歩き易いなどとは言わないだろう。
女というやつは、分からん。
「あれは、履きやすいの!」
ジューダスの考えが、顔に出ていたのか、ハロルドは少しムキになったような口調で言った。
「なんてったって、私の為に作って貰ったんだもの!」
「あつらえた、というやつか?」
「そ。オーダーメイドなのよん♪」
しかも、友達に、だ。
昔から、変わり者だったハロルドは自分では友達を作りにくかった。だが、正反対に兄のカーレルは、社交的で誰にでも優しく、当然のように友人も多かった。その兄について一緒に遊びにいくうちに、変わり者も、時には友達を作ることがある。
それは、そういう幼馴染のひとりに作って貰った物だ。
靴屋に働きに出て、何年も修行し、ようやく自分ひとりで作れるようになったと聞いた時、頼んだのだ。
私の為に、靴を作って、と。
「まあ、そんなんで、思い出の品ってやつ?私には掛け買のないものなの・・・。」
「男、か?」
「え?」
いきなり話が変わったのかと、ハロルドはぽかん、となる。
言ってしまったジューダスの方も、それは同じだ。
突然、口をついて出た言葉だった。
その友人が男であろうと、女であろうと、そんな事がなぜ、気になったのだろう。
「うん、男友達よ?」
それは別段、気にならなかったようで、ハロルドはさらりと答える。
「・・・そうか。」
「そいつ、気が短いクセに昔から手先は器用だったのよね〜。靴屋にもなるべくしてなったって感じ?実際、あの靴、私にぴったりなんだわ〜。私、ホラ、背が低いから。ヒールの高いものを昔から愛用してたんだけど・・・。ヒールって、高いと歩きにくいのよ。でも、あいつの作ったブーツは、すっごく安定感があって、履きやすいの。まさに、私にあつらえた、って感じ。もう作って貰えないけど。」
「何故だ?」
相槌のつもりで考えずに口にした次の瞬間、ジューダスは、しまった、と思った。
「ああ、違う違う。」
そんなジューダスを見て、ハロルドは苦笑する。
「大丈夫、死んだ訳じゃないから。軍に入ったのよ。まあ・・・今の時代は仕方ないよね。」
誰もが、天から降る災いに明日をも知れぬ命だという時に、靴など、最低限のものさえあれば、後は必要ないシロモノだろう。
靴屋は、商売として成り立たなかったのだ。
だが。
「なら、安心だな。」
「え?」
「もう戦争は終わった。これからは靴屋も必要とされる時代だろう。また作って貰え。良かったな。」
「・・・・・。」
一瞬だけ、ハロルドは目を大きくした。
そして、花が綻ぶようなという形容がぴったりの笑みを浮かべ、ジューダスを見つめ返す。
「そうね、これからは。」
満足そうに、幸せそうに、ハロルドは笑う。
「これからは、そういうのも、必要よね。」
そろそろ日も陰り、空気が冷気を帯びてくる頃だ、と言って、ジューダスはハロルドを小屋に連れ戻した。
行きと同じく、ハロルドはジューダスの腕の中で大人しくしている。
そうしていると、まるで人形か何かのようだ。
起きていれば常に騒々しいという印象の彼女が、大人しいと違和感すら感じる。
揺れないように、そうっとハロルドの体を床に下ろす。
軽い彼女なので、そういう動作も苦にならない。
ハロルドの足を伸ばさせ、心配の種の足を、ジューダスは見た。
長い間、水につけていた患部は、十分に冷えたのだろう。
白い足は、青く腫れた部分を残し、それ以外はうっすらと赤く染まっている。
「ね〜、カモシカのような綺麗な足だ、って今思ったでしょ〜。」
ジューダスの視線の先を確かめ、ハロルドが言った。
「・・・それを言うなら、カモシカの足のような足、ではないのか?」
そっけなくジューダスは答えた。
言葉というのは妙だ。
カモシカみたいな足というのはどんなだ。
だが、それでも意味は十分に通じる。
「そうねぇ。」
くすくす笑いながら、ハロルドは同意した。
「言葉って面白いわね。だって、卵割って焼いたやつの事、目玉焼きっていうのよ?目玉を焼く、なんて普通、食べ物に形容しないと思わない?」
「お前が言うな。」
その手のものを気味悪いと感じもしない女に言われても、説得力がない。
そう憎まれ口を叩き、ジューダスはハロルドの足元から立ち上がる。
非常用の湿布を持ってきていたのは幸いだった。
今、それを貼ってやるから待っていろと言いながら、だが、実際、胸のうちは、動揺をしていた。
ハロルドにしてみれば、単なるからかいの言葉だったろう。
だが、ジューダスは、自分の視線から、気持ちを読み取られたような錯覚を起こした。
カモシカは別に思い浮かべはしなかったが。
細くて綺麗だ、とハロルドの、血管すら透けてみえるほど白い足を見て、思っていた。
あまり食べたくな〜い、などといつもの口調でやんわりと食欲がない事を主張するハロルドに、とうきびを茹でてやりながら、その鍋の横でジューダスは、ハロルドの指示通りに材料を合わせ、接着剤をつくっていた。
なんといっても、カイルたちと落ち合う約束の街まで、まだ遠い。
しっかりと接着してくれなければ、またもやハロルドは転ぶハメになる。
上げ膳据え膳で女王さまな立場のハロルドは、今日は何もしない。
ぶ〜ぶ〜と文句を言いつつ、あれやこれやとジューダスに命令する役目にいる。
オーダーメイド、か。
泉での話が、ジューダスの脳裏を掠める。
ハロルドの言い草ではないが、確かにそれは、なんとなく響きが良い。
自分の為の特別なもの、というのは甘い気分に浸れるものだ。
他の誰のものでもない。自分ひとりだけのもの。
そういえば。
とジューダスは、いつもは自分の腰に下がっている、細身の剣を見下ろした。
これはハロルドが、特別に、自分の為にと調整したものだ。
一体なんの素材で作ったらこんな風になるのか、他の剣よりも格段に軽く、切れ味が良く、ジューダスの腕で振るうには調度良い長さにしあがっている。
その時は、流石だな、と思い、感心したものだが。
当然、ハロルドは科学者であって、武器屋ではない。
ソーディアンのように、科学の粋を尽くした訳でもないのに、ただの剣にどうして興味を持ったのだろう。
何故に、鍛冶屋の真似事など、いきなりしたのだろう。
まあ、いつものきまぐれだろう。
ジューダスはそう思い、深く考えるのをやめにする。
それに、ハロルドの考えることだ。
理由があったならあったで、自分に理解できる範疇のものか、疑わしい。
突拍子もない発想かもしれないし、あまりにも緻密な計算すぎて、ついていけない可能性もある。
それは嫌だ、と思った。
天才についていけない自分を知ることが、ではなく。
彼女と自分の差が、歴然としてしまう事が。
・・・・・なにを考えている。
「ちょっと〜?なに手を止めてんのよ!早く掻き混ぜなさいよ〜!固まっちゃうでしょ〜?」
一瞬、動きを止めたジューダスにハロルドは、怒鳴る。
「・・・わかってる。」
不機嫌そうに答え、ジューダスは器の中のどろりとした液体を混ぜる手を再開させる。
できあがったそれは、茶色い色をしていた。
折れたヒールに塗り、ブーツのかかとの部分に力を込めてくっつける。
「もう、いいわよ〜。」
というハロルドの言葉を合図に、力を緩めて確認すると、見事に接着していた。
「街についたら、修理して貰うけどさ。当分はそれで平気っしょ。どう?私の瞬間接着剤の威力はv」
自慢もできて一石二鳥、というようにハロルドは、自分の開発した接着剤に鼻高々だ。
もっとも、作ったのはジューダスだが。
だが、これなら、大丈夫そうだ、とジューダスは、つけたヒールが剥がれないか、試してみながら思う。
まるで、取れたことなど嘘のようだ。
「あ〜、良い匂いv」
ハロルドが言った。
もう、接着剤への興味が薄れたらしい。
茹でているとうきびの、甘い匂いが立ち上がってくる。
どうやら、匂いにつられ、ハロルドの食欲も頭をもたげてきたらしい。
納得するとジューダスは、鍋からとうきびを引き上げにかかった。
やはり、夜半近くから、ハロルドは熱を出した。
一時も離れられない状態で、ジューダスは見守るしかない。
離れられないのは、なにも、手を煩わされているからではない。
むしろ、その逆だ。
室内には、ハロルドの苦しげな息遣いが聞こえるものの、その他はいたって静かだ。
ハロルドは眠っているというよりも、気を失っているかのように、寝返りさえ打たない。
まぶたは固く閉じられ、力なく床に体を投げ出している。
毛布だけでは心もとないので、ジューダスは、自分のマントをその上からかけてさせていた。
捻った方の足だけを毛布の先から出させて、肩まですっぽりと毛布をかけ、寒気から身を守れるようにして、更に室温が下がらないように、暖炉に薪をくべる。
もうそろそろ水を取り替えないと、とジューダスは思った。
さっきから何度も、ジューダスは小屋と泉とを行き来していた。
水につけて冷やしたタオルを、ハロルドの痛めた足の上においてやると、その度にハロルドは、意識がないままで、気持ち良さそうに身じろぎした。
よほど、患部が熱を持っているのだろう。
すぐに暖まってしまうタオルを桶に張った水に浸しては、ハロルドの足と、ヒートしている頭部を冷やしてやる。
そして、水が暖まって冷たさを失うと、外に出て、新しい水を汲んでくる。
その繰り返しだった。
「ふ・・・・。」
「どうした?」
いきなり、ぱっちりと目を開けたハロルドの顔を覗き込み、不安にならないように、声をかけてやる。
ハロルドは2、3度瞬きすると、ジューダスを見た。
あまりにも深く眠っていたせいで、一瞬、事態が把握できないのだろう。
だが、すぐに思い出したようで、
「どれくらい、眠ってた?」
とすっかり乾いてしまった声で言った。
「かなり眠っていたが・・・。まだ、夜明けには時間がある。もっと眠っていた方が良い。」
「あんたは・・・?」
「なんだ?」
「あんたは・・・眠らない・・の?」
「・・・寝るさ。眠くなったらな。」
気を使わせないように、ジューダスは言う。
本当は眠る気など毛頭ない。
ハロルドがこんな状態でなくっても、小屋の中とはいえ、森の中で無防備に寝てしまうのは危険すぎる。
だが、それでハロルドは安心したのだろう。
わずかにほっと息を吐き、口元を綻ばせて、ジューダスに笑いかける。
こんなすぐにわかるような嘘に気がつかないなど、弱気になっているのだな、とジューダスは思う。
「・・・水でも飲むか?」
聞くとハロルドは、うん、と頷いた。
熱のせいで、泥のように眠っていたのだ。
体の水分は、すっかり抜けてしまっているに違いない。
「ほら。」
そっと体を起こさせて、口元までコップを運ぶと、ハロルドはそのままジューダスの手から水を飲んだ。
ごくごくと飲み干す様を見て、まだ飲むか?と聞くと、いい、と言って目を瞑る。
眠ろうとした、というよりも、目を開けていられないという感じだ。
そして、ぐったりと重くなった体を、ジューダスが横たえると、すでにすうすう、と息を吐き、ハロルドは眠っていた。
少なくとも、息遣いはさっきよりも楽そうだった。
それに安心した途端、ジューダス自身も喉の渇きを覚える。
小さなコップに水を入れ、口に含んだとき、
「!!」
いきなり、ハロルドが起き上がった。
「どうし・・・。」
ジューダスが話しかけようとした言葉は、途中で止まった。
首に縋りつくようにしてきたハロルドが、ぺろり、とジューダスの口元を舐めた。
思わず、ジューダスが一瞬、固まってしまっていると、ハロルドは糸の切れたマリオネットのように、その場にくたくた、と倒れた。
「・・・なんだ・・・。」
しぼりだすような声で、合点のいったジューダスがつぶやいた。
鼓動は早鐘のように打っていた。呼吸が苦しい。
それはハロルドに向けられたものだが、まるでひとりで言い訳をしているかのようだった。
「もっと、水が欲しかったのか?ひょっとして・・・。」
小さく話しかけても、倒れたままのハロルドからは返事がない。
構わず、もう一度、前かがみに倒れこんでいる体を引き起こし、その口元にコップを近づけてやると、ハロルドは薄目を開け、水を飲んだ。
意識はほとんどないようだったが、それでも、水をむさぼるように飲みきる。
よほど、体が欲していたのだろう。
静かに、毛布の中へと横たえてやりながら、そのまま様子を見守る。
ハロルドはまた眠りに戻っていったようだった。
長いまつげに縁取られた瞳は、ぴくりとも動かない。
今の動きはやはり水を求めての、無意識のものだったらしい。
きっと、後になって、覚えてもいないだろう。
「まるで、ゾンビみたいだったぞ?今・・・。」
いきなり、体を起こしたりして。
その時の驚かされた情景をもう一度思い出すと、笑いがこみあげてくる。
ジューダスは、ハロルドの顔を覗き込んで・・・そして、無性に、なにかを殴りつけたくなった。
「このバカが・・・。」
思わず、腹立たしく言葉がこぼれる。
気づかせるな。
知らないなら知らないで、気がつかなければ気がつかないで、済んだ事だ。
たとえ、そうであっても、後になって惜しいとは思わない。
そう、なかった、のなら。
初めからなかったのと、ないことにするのでは雲泥の差だ。
日の光を不穏に遮る雨雲のように、たちこめた疑問はけっして心の中から去る事はない。
ならば、それがある事を気がつかない方が何倍もマシなのだ。
気づかなければ良かった。
あの細い体が、女並みの細さの自分の腕に、あつらえたかのようにぴったりと収まることも。
考えの流れ方が一緒であることも、それなら、分かり合えてしまうだろうことも。
きっと、その気になれば、相手の考えが手に取るように分かるだろう。
・・・ならば、自分こそが。
自分こそが、彼女の傍らにふさわしい・・・。
ジューダスの目の端に、床に転がるハロルドのくっきりと鮮やかなブーツが映る。
今はそれに対して、胸の奥がきりりと痛む。
二度と、誰も愛さないと。
あの人以外に心を明け渡さないと誓ってあった。
その誓いを、こんなところまできて、破らされるなんて、許さない。
なのに。
「何故だ・・・。」
どうしても、その考えは頭から離れない。
振り払えない。
彼女自身がまるで、自分に誂えられたようだ、などと。
傲慢な、自己中心的な考え方だ。
あいつは誰のものにもならないし、誰にも決して似てはいない。
ましてや、自分になど。
至高の、真の天才たる、花だ。
だが、至高であるが故に、誰にも理解はされまい。
また、誰もそれを望むまい。
まるで、昔の自分のように。
「・・・駄目だ。」
ジューダスは言い、今の自分の考えを取り消すように、自分自身に命じる。
だが、それに対してすでに、無駄だと悟っている自分がいる。
この考えに到達した以上、もう他のなにかで刷りかえられはしない、と。
頭を抱えるようにして、床の一点を見つめ、物思いにふけっていたジューダスの耳に、小さく自分を呼ぶ声が聞こえた。
「・・・ジューダス?」
「なんだ?」
重い体を這わせるようにして、ハロルドの傍までよると、ハロルドは目を開けていた。
うつろに天井に向けられていた視線が、ジューダスを捕らえ、その瞬間、にっこりと子供のように笑う。
「ジューダス・・・。」
そろそろと毛布の先から手を出し、ハロルドが名前を呼ぶ。
熱に浮かされているからだろう。
普段の彼女なら、決して、こういう気弱な行動には出ない。
それでも、ジューダスは、その不安げに自分を求める手に答えた。
手をわずかに力を込めて握ってやると、それで安心したように大きく息を吐き、ハロルドはふたたび、眠りの世界へと戻っていった。
握り返してきた手の形だけはそのままに。
まるで、もう離さない、と思っているかのように。
数日後。
ハロルドの熱は翌日には下がり、挫いた足も癒え、いよいよ明日には出立しようという時。
ハロルドは、自分の方に向けられている背中を見ながら、考える。
「ね〜え?」
「なんだ?」
しばらく解いていた荷物を、再び括りつけるにの余念のないジューダスは、おざなり程度に返事をよこす。
手を止めることも、振り向きもしない。
その声が、用事をさっさと告げろと、そっけなく告げていた。
「そっちに、私のアレ、な〜い?」
「アレ、とはなんだ?」
「ブラ。」
ぽすん、と軽い音をたて、ハロルドの私物を入れている袋が床に投げられる。
柄はうさぎで、ピンクのやつだ。まさにその中に、下着類は入れてあるが、ハロルドが期待していたのはそういう事ではなかった。
・・・・・なんか、つまんない。
ハロルドは思う。
このところ、ジューダスの態度は、やけにそっけない。
まるで、必要以上に接しないようにしているように感じる。
今だって、困るか、慌てるかする反応を期待していたというのに、ジューダスは何もなかったかのように、袋を放って寄越した。
「ね〜え?」
「だから、なんだ?」
イライラしたような声で、ジューダスは答える。
「あんた、怒ってるの?」
ハロルドは聞いた。
ずっと聞きたかったのだ。
そうだ、と言われると嫌だから、聞いてなかったのだが。
ジューダスはそこで、初めて手を止め、ハロルドに振り返った。
「・・・何故だ?」
「何故って・・・。」
久しぶりに見つめられてると思うのは、気のせいだろうか。
そんなにしばらく、ジューダスは自分を見なかっただろうか。
言葉につまるハロルドに、ジューダスは、ふっと一瞬、笑う。
「くだらんことを言ってないで、支度をしろ。明日からは強行軍でいくぞ。カイルたちが待っている。」
そのそっけなく聞こえる言葉の中で、カイル、の部分だけに体温が宿っていると感じるのは、自分の考えすぎだろうか、とハロルドは思った。
・・・・・そうかもしれない。
そう肯定して、ハロルドは自分が今、拗ねていると感じる。
まるで、相手にしてもらえない子供が、親の気を引きたいと、じれているようだ、と。
別に誰にかまわれないのはいつもの事なのに、変なの。
とハロルドは思い、ジューダスに言われたとおりに、自分の分の荷物を纏めにかかった。
fin
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