出かけるか、とジューダスが誘ってきたのは次の日。
寒い空気の中、ぬくぬくとベッドに包まっている幸せを十分に堪能していたおかげで、しっかりと寝坊して、早めのお昼を食べていた時だった。
そのジューダスの方は、朝はきちんと起きて、朝食を取ったため、お昼はまだ入らない、と言う。
時間のずれがあるため、ランチもお茶もできる店へと行く事に決まった。

 

 

 

野性的なうさぎ

2

 

 

 

 

 確か、昨日の店のメニューには、パスタやサンドイッチもあったわよね、とハロルドは思う。
小食のジューダスなので、あまりしっかりと食事をしなくても構わない。
そのうえ、夕食はどこかで取ってから帰ってこよう、とジューダスは言った。
出掛ける前からそんな事を言う、ということはジューダスには予定している事があるらしい。どこに連れて行ってくれる気なのか、それも楽しみだ。

 以前の失敗を教訓に、早めにハロルドは支度に取り掛かる。

 窓の近くまで椅子を持っていき、うっすらと化粧をした。
コンシーラーをのばして、赤みを消した後、ぱふぱふと粉を叩く。今日はファンデは抜きだ。
アイブロウは眉にあう色がないため、いつも自分で作っている。このピンクの髪は、染めていると思われる事も多いが、実は天然だ。だから、当然、眉もピンクだ。
唇には、口紅をつけず、昨日、赤いのと一緒に買ったばかりのピンクのグロスをそのままつける。薄っすらと色がつき、つやつやの唇は、自分で見ても可愛らしい。
さて、とハロルドは今日着る服を、クローゼットから出す。
白いコットンのワンピースに、靴は茶色のヒールの低いどっしりとした感じのブーツ。可愛らしいコットンのワンピースなら、こういう靴の方が却って可愛い。

 

 薄いピンクのブルゾンを羽織って、廊下の先を進み、男3人の部屋をノックすると、顔を覗かせたのはカイルだった。
「あれ〜?ハロルド。」
「ちすvジューダス、いる?」
「うん、いるよ・・・。」
カイルが言い終わる前に、どかすようにして、ジューダスが顔を見せる。
「・・・早いな。」
「うんv今日は私が迎えに来てみましたv」
「・・待っていろ。」
一旦、ジューダスは部屋の中へと戻っていく。
その間ハロルドは、まだ、戸口にいたカイルと会話しながら待っている。
「ハロルド、可愛い服だね〜。」
「ありがとv」
「リアラもこういうの着れば良いのにさ!」
「うん?あんたはこういう感じの好きなの?」
「好きっていうか・・・。あまり着てるの見た事ないから。似合うと思うんだけどな〜リアラも。」
「そうね〜。」
などと相槌を打ちながら、どこか少年ぽいイメージがある服はリアラが倦厭する事を思い出した。
彼女は彼女なりに、女らしいイメージで、カイルには見て欲しいというこだわりがあるのだ。
「待たせたな。」
待っていたうちに入らないが、謝罪の言葉を言いながら、ジューダスが戻ってきた。
そのジューダスは、ざっくりとした黒のセーターに、黒い皮のパンツだ。
初めて、デートした時に買ったものだと気がつき、ハロルドはきゅん、となる。
この男は黒が似合う。
本人も好きだから、ただ、それだけで、手元に取っておいたのかもしれない。
旅の間は、着なくなった服は売ってしまうものだ。
だが、この服が残っていたという事に、ハロルドは願いを込める。
特別な服だ、とジューダスが思ってくれているように、と。

 


 
 

 昨日のお店について、軽い食事をしているジューダスの横で、ハロルドはケーキを2個頼む。
いちごのふんだんに使われたタルトと、昨日、ハロルドが食べたバナナとキャラメルのムースケーキ。
それを横で聞いていた、ジューダスが言った。
「2個も食うのか?」
「ううん。1個はあんたの分。」
「僕の食べるものを、どうしてお前が勝手に選ぶんだ?」
そう言いながらも、ジューダスの目が笑っている。
あれ以来、ジューダスは自分にだけこういう表情を見せる。
あれ、とは以前ふたりで船に乗った時の事だ。
競技場で獲得した豪華客船のチケットが、その後のふたりの関係を大きく変えた。
運命、なんて非科学的なものは、一切信じないハロルドだが、こういう時ばかりは信じても良いと思う。
あの一夜は、運命だったのだ、と。

 プリンの味に変化するケーキを、ジューダスが食べるのをハロルドは見守る。
「ね?美味しいでしょ〜?」
「・・・大したことない。」
そう憎まれ口を叩きながらも、ジューダスがケーキを気に入ったのは一目瞭然だった。
一口食べた途端、ジューダスの表情が綻んだのを、ハロルドは見ている。
ハロルドの狙い通りだ。
ジューダスが喜ぶところを見たかった。
美味しいものがあれば、ジューダスに食べさせてあげたいし、喜ばせてあげたい。
綺麗なものは一緒に見たいし、それで心の動きがあるなら、それを共有したい。
そういう自分を、ハロルドは変わった、と自覚する。
生まれてから一度も、他人の気持ちを気にした事などない。
そういう意味では、思いやりに欠ける人間だったと、認めざる終えない。
でも、今は違う。
ナナリーもリアラも、ロニもカイルも大好きだ。
彼女らと一緒にいて楽しい。できれば、嫌な思いをさせたくない。
でも、自分の我が儘は一度に変わりようもなく。
時々、行動や言動を振り返っては反省をする事もしばしばある。
そんな中、ジューダスは、さらに特別な存在だ。
相手を思いやる気持ちがあるのはもちろんだが、自分との距離があるなら、埋めたいと思う。
心の中にどんな隙間もなく、同じものを見、同じように感じ、違う考えなら、それをお互いに理解できる。
そうなれば良い、と思う。心の底から。渇望する。

 ふと見ると、ジューダスが窓の外に視線を向けていた。
なにが気にかかるのか、熱心に見ている。
なに?と思って、ハロルドも窓の外を見た。
だが、別に何があるわけでもない。
大勢の人が窓の外を、行き交っているだけだ。
「あれ・・。」
「うん?」
ハロルドはジューダスの視線の先を追った。
相変わらず、ハロルドの目に映るのは、変哲もない日常の風景だけだ。
こういうのは、良いな、とハロルドは思う。
旅をしているのは素敵ま事だが、しっかりと世界のどこかの街に、自分の生きる場所があるという事が。
だが、ジューダスが今、考えているのは、そんな事ではないだろう。
「ああいうのは・・・着ないのか?」
「・・どれのこと?」
ハロルドは再び、窓の外を見る。
通りに面している店の外には、様々な女の子がいて、誰の服装の事を言っているのか、予想がつかない。
「・・向かいの店の・・・。」
「ああ、あのショウウィンドウのやつ?」
目が良いな〜と妙な感心をしながら、ハロルドは通りの向こうの店先に目を凝らす。
「・・・・・。」
その時、ハロルドの視線が捉えた物。どうも、それは。

 ショウウィンドウに飾られたマネキンの着させられていた物。
赤いキャミソールにフェイクファーのコート、そしてジーンズだった。

「・・・・・。」
ジーンズなら持っている。だが、ハロルドは複雑な心境になる。
理由は、それは、どちらかといえば、かっこいいアイテムに分類されるから。
・・・かわいらしく、女の子らしい小動物のイメージでは、ないから、

 「・・・ああいうの、好きなの?」
出掛けに、カイルに言ったのを同じ言葉を、よもやジューダスに言う事になるとは思わなかった。
そう思いながらハロルドが言うと、ジューダスは、いや、と答えた。
「好きとかではないな。・・お前に似合うかと思っただけだ。」
そして、カイルと同じセリフを、この男の口から聞く事になるとも思わなかった。
「・・・嫌いじゃないけど?」
ジーンズなら、昨日も着ていたし。
そう心の中で付け足しながら、ハロルドの口調はついついつっけんどんなものになる。
その不機嫌そうな口調に、ジューダスも気がついたのだろう。
一瞬、不思議そうな顔をした。
だが、理由までは分かっていない。
絶対に、分かっていない。
「ああいうのも、持っているけどね。でも、今まであえて着てなかったの!」
「・・・なんでだ?」
ますます不思議そうな顔でジューダスはハロルドを見る。
その表情にますますハロルドは腹が立ってくる。
この男に、微妙な乙女心を分かれというのが、所詮、無理な話なのか。
そう、諦めてしまえば簡単だが、そうはいかないのも、乙女心というものだ。
「・・・うさぎみたいなイメージを目指してたの!」
ここまで言えば、分かるだろう!と半ばヤケになり、ハロルドは言う。
「・・・・・。」
ジューダスは一瞬、沈黙し、わずかに首を傾げ、
「・・・ああ。」
少しだけ、溜息をつくように言った。
「・・・うさぎが好きなのか、お前。」
なに〜!?と思わず、身を乗り出して、怒鳴りそうになるのを押さえられたのは、我ながら大人だ、とハロルドは思った。
ジューダスの方は、そんなハロルドの心境に気がついてもいない。
「だったら、良かった。」
「・・・なにが・・?」
「夜、食事に行こうと思っていた店には、うさぎ料理が出る。」
その一言に、ハロルドの方は眩暈を覚える。

 なにもわかってない、というだけではない。
数日前のあの言葉も、それからの自分の浮かれた行動も、全部、台無しだ。
嬉しかったから、楽しかったから。
それが本気であった分だけ、一気にハロルドはみじめな気分になった。

 怒りで頭が真っ白になり、そのうえ、涙が出そうになり、色々な感情でごちゃまぜになったハロルドはテーブルに手をついた。
その反動で、ガシャン、と小さく陶器の音がした。
「・・・おい!」
ジューダスの声に、我に返ると、ハロルドが今しがたまで飲んでいた紅茶のカップがひっくり返っている。
今、テーブルに手をついた時、やってしまったらしい。
紅茶はテーブルの上に一筋の道をつくり、テーブルを伝って、ハロルドの膝の上に落ちた。
「・・・おい、なにをしている?」
紅茶で服が汚れていくのを、呆然と見ているハロルドに、ジューダスは舌打ちをする。
立ち上がり、慌てて、テーブルとハロルドの服を、自分のハンカチで拭いた。
ああ、こいつって、ちゃんとハンカチも自分で持って歩くタイプなのね、とハロルドはされるままになりながら、思っていた。
「・・・出るぞ。」
駆け寄ってきた店員に、軽く侘びを言い、ジューダスは席を立つ。
のろのろと立ち上がるハロルドに、もう一度舌打ちし、その腕を乱暴に引いた。

 

 外へと出ると、ジューダスは、なにも言わず、ずんずんと道を歩いていく。
ハロルドの肘辺りを掴んだまま。
「・・・どこ行くの?」
ハロルドが聞くと、ジューダスはぶっきらぼうに答えた。
「一旦、宿に帰る。」
「帰る。」
「その服では、外を歩けないだろう?着替えるぞ。」
ハロルドの行動の事なのに、自分の事のような口ぶりで言うジューダスに、ハロルドは少し可笑しくなった。
そして、もっと別の違う事にも、笑いたく、なった。
「・・・帰らない。」
「・・なんだと?」
その不条理な言葉に、ジューダスは不機嫌そうに立ち止まり、ハロルドを見下ろす。
不機嫌、を通り越して怒っているようだ。
だが。
「帰らないって言ったの!」
怒りたいのは、むしろ、こっちの方だ。
掴まれていた肘を奪い返し、ハロルドは叫ぶ。
一瞬、回りの人間がこちらを見て、ハロルドはジューダスが人目を気にして慌てるかと思った。
だが、ジューダスはそのままだった。
回りの人間など関係ない、という態度で、軽くハロルドを睨み返してくる。
「・・着替えないでどうするんだ?そのまま、歩き回る気か?」
「行かない。」
「だったら・・・。」
「あんたとはどこにも行かないって言ったの!」
食事に向こうから誘ってくれたから、それは楽しみにしていた。
だが、そんなものはもう、なしだ。
たとえ連れて行かれても、腹がたつだけだ。
うさぎ料理、などと。
「あんた、うさぎが食べたければ、ひとりで行けば良いのよ!」
カチン、ときたようにジューダスも言い返す。
「うさぎが好きだと言ったのは、お前だろう!」
「食べたいとは言ってないわよ!なによ!食べたいのはあんたでしょ!」
ジューダスはいきなり、黙った。
そして、そのまま、ハロルドの手首を掴んでくる。
「・・・なによ?」
何をされるか、と身構えて、ハロルドはジューダスを見上げる。
「そうだ。」
だが、ジューダスは特別に何をするでもなく、いきなり、そう言った。
「うさぎを食べたいのは、僕だ。」
ハロルドは、もう一度、掴まれている腕を奪い返す。
そのまま、ジューダスの胸あたりを思いっきり突き飛ばすと、身を翻し、全速力で走り去った。

 

 走っていくハロルドの後ろ姿を見て、ジューダスは溜息をつく。
「・・・帰らないと言いながら、どうして宿の方へ走っていくんだ。」
自分とはどこにも行かない、と言ったからには、宿へと一緒に帰るのも嫌だ、という事なのだろう。
それを考えると、走って追いかけて行っても、怒らせるだけだ。
もう一度、溜息をついて、ジューダスは、うまくいかないな、と思った。
恋人を持ったのは初めてだった。
だからかもしれない。
こうやって行き違って、いつもケンカになる。
それとも、それは間違いなのだろうか。
人間関係に疎い自分が、相手が天才だからと言って、何も言わなくても分かって貰えるだろうと。
そう期待して、的外れな行動をしているのだろうか。
「・・・天才だから、か。」
そうではない。
そうではなく、自分はハロルドが、自分を理解してくれる事を期待している。
・・・恋人だから。
初めての恋人で。
初めて自分を好きだと言ってくれた女性だから。
天才だから、ではなく。
それは、彼女に対する、甘えだ。

 当てもなく、ジューダスは彷徨うにように、歩く。
そもそも、目的のない移動は苦手だ。
どこをどう歩いたら時間がつぶれるのか、皆目検討もつかない。
もう一度、溜息をつき、ジューダスは大通りから道を逸れようとした。
そして、ふと、目の前の店先に目を奪われて・・・立ち止まった。

 

 


 あ〜やってしまった、と宿の自分の部屋に帰り、ハロルドは思う。

 宿の部屋は、自分のスペースのはずなのに、妙によそよそしく感じる。
それは、今、ここが自分を守ってくれる場所ではないからだろうか。
この少しばかりの罪悪感に、苛まれている自分にとっては。

 怒っていたのは事実だ。
いや、今でも怒っている。
だが、なんで怒っているのか、説明をしなかった事は、自分に比がある。
あれではジューダスには、なにがなんだか、分からない。
何も言わないのに、分かれというのは良くない。
たぶん、良くない。
そう期待する自分を棚にあげ、相手を責める行為に匹敵する。
だけど・・・。
そこで、ハロルドはやはり、同じ考えに戻ってしまうのだ。
恋人なんだから・・・少しは、歩み寄ってやろう、理解してやろう、って態度に出てくれてもバチは当たらない。
「・・・しかも、減るもんじゃなし・・・。」
いや、もしや減るのか?

 なまじ頭の回転が速い天才さまは、感情的になってジューダスを突き飛ばしたものの、宿に走って帰るまでの間に、頭の中が冷えていた。
今となってはもう、全てをジューダスのせいにする気にならなくなっている。
うさぎみたいな格好だ、と言われたのを、褒め言葉と取ったのは、それだったら嬉しいからだ。
確かめて、違うと言われるよりも、そう勝手に思っていたかった。
否定され、期待した分、裏切られた気分になるのが、怖かった。
それは自分の都合なのに。
いたたまれなくなり、ハロルドは、ベッドの上に寝転がった姿勢で、枕に顔を埋める。
そして、置いてきてしまったジューダスは、今頃どうしているだろう、と思った。

 

 

 

 意を決して入ったものの、店内のピンクの壁紙を見た途端、ジューダスはめまいを覚えた。
「いらっしゃいませ〜。」
店員が早速、にこにことしながら寄って来たが、あまりにも自分が場違いな為か、ぱちぱちと何度も瞬きをする。
はっきり言って、今すぐ、いり口まで引き返したいくらいだ。

 レディースもの、しかも、少しだけファンシーな系統の服がおいてある店だ。

 店員の方は、はじめ、入ってきた客に女の子か、と思った。
細身で小柄だったからだが、すぐに目に入ってきた、肩のラインや、手足の形から、それが間違いであると分かった。あきらかに女の子の体格ではない。
だが、買い物が目的なら手伝いを必要だろうと判断し、近くに寄ってみて・・・思わず、不自然な瞬きを繰り返してしまった。
誰の目から見ても、明らかな美貌。
生きているのが不思議なくらいに完璧で、人形ですら、ここまで綺麗な顔をしているだろうか、と店員は思った。
すぐ近くで、違う店員が、やはり圧倒されたのかひとりごとのように「すっごい美形・・」とつぶやいているのが聞こえた。
我に返り、店員は声をかける。
美形であろうと、男であろうと、客は客だ。
気後れして、仕事を忘れるわけにはいかない。


 「なにかお探しですか?」
「あ・・ああ・・。」
ジューダスは、何を言ったら良いかわからず、適当に相槌を打つ。
こういう時の言葉が思い浮かばない。
「・・・あの、表、の・・・。」
「ああ、ディスプレイされているヤツですね?」
「ああ・・・。」
そのまま、沈黙。
「・・・ええと、プレゼントですか?」
「・・ああ。」
当たり前だろう、とジューダスは思う。
男の自分が着る訳はないではないか。
男でも小柄で華奢な場合は、女物を着る場合がある事を、ジューダスは知らない。
「宜しければ、お出ししますよ?彼女にでも?」
「?なんだって?」
「彼女へのプレゼント、ですか?」
「・・・ああ・・。」
「おサイズの方は?」
・・・沈黙。
サイズ。
ハロルドの服のサイズなど、今まで聞いたこともない。
黙ってしまったジューダスに、店員は気を聞かせて、訊ねる。
きっと初めてのプレゼントなんだわ、という彼女の読みは当たっている。
「小柄な感じの方ですか?」
蚤の夫婦の例えもあるが、男性客が小柄だから相手も小柄だろう、とあたりをつけて店員は聞く。
こういう客を相手にすると、大変である。
「・・・ああ。」
「とても小さい方ですか?細身の?」
「そっちの。」
いきなりジューダスは、店員の斜め後ろにいた他の店員を指差す。
美貌の客に密かに見惚れていたその店員は、じろじろ見ていた事を怒られるかと思って、内心、飛び上がるほど驚いた。
「わ・・わたし、ですか?」
「そうだ。あんたよりも、背が低くて、もっと細っこい感じだ。」
「それでは、かなり華奢な方なんですね〜。」
愛想良く、店員が笑う。
ここでどうして笑われるのか、理解できない。
ハロルドをバカにされたような気分で、ジューダスはむっとなる。
それが顔に出たのか、慌てて店員は取り繕った。
「いえ、可愛い感じの方なんですか?」
「・・・・・。」
「それとも、ちょっとボーイッシュな感じとか?」
「・・・・・。」
「・・・お客様?」
ジューダスは溜息をついた。
それから口を開く。
「だから。」
いかにも面倒くさそうに、なんでお前らはあいつを知らないんだ、といわんばかりに。
「うさぎ、だ。」

 

 

 


 少しだけ、うとうととしてしまったらしい。
お腹が減ったな〜、と思ったことで、ハロルドは目を覚ました。
場所は相変わらずの、宿の自分の部屋だ。
着替えもせず、寝ていたから、コットンのワンピースはシワだらけだ。
だが、元々紅茶のしみをつけているから、今更、気にすることもない。

 今は何時だろう、と思う。
窓の外は薄暗くなっている。きっと夕方だ。
色々とどうしよう、と思う。
夕食もひとりで取らなければならない。
それから、どうしよう。
ジューダスは、どうしているだろうか。


 コンコン、とノックの音がしたのはその時だ。


 まさか、そうである訳はない。
ナナリーかな?と思いながらも、ハロルドは期待する。
違ったらがっかりする自分が、容易に想像できるため、少しだけ。
果たして、ドアを思いっきり開けてみると。

 「・・・ジューダス。」
「寝てたのか?」
髪がぼさぼさになっていたのだろう。
ハロルドの顔を見るなり、ジューダスがそう言った。
そして、むっとして何かを言おうとするハロルドよりも早く、ハロルド自身を押しのけるように部屋へと入ってくると(許可をした覚えはない)、いきなり下げていた大きな紙袋を押し付けてきた。
「・・・なによ?」
紙バックは少しだけ持ち手が長く、肩から提げられるようになっていた。下げて歩くには、回りに迷惑な大きさだとも言える。
色はピンクで、ハートのロゴマークと一緒に、なんとかいう店の名前が入っていた。
「やる。」
いつもの不機嫌そうな顔をして、ジューダスが言った。
紙袋の見た目からして、ジューダスのものではないだろう、とは思ってはいたが、いきなりすぎで、ハロルドは声がでない。
感動したから、ではない。
本当に、いきなりなので、驚いたのだ。
天才の頭脳をもってしても、あの、ジューダスが、自分に、しかもどう見ても女物の店で買ったプレゼントを持ってくるなど。
・・・予想もできなかった。

 まだ怒っています、という意思表示に、わざとお礼を言わず、ハロルドは紙袋を開ける。
中を覗くと、茶色いなにかの毛のようなものが見えた。
フェイクファーのバッグだろうか。
「・・・あ!」
紙袋を開け、さらに入っていたビニール袋から出すなり、なにかをよく確かめもせず、バッグよりも断然大きいそれを、ハロルドは抱きしめる。
手の先に触れた、ほんのちょこっとだけでも、あまりにも気持ちの良い肌触りだったから。
「汚れるぞ?」
思いっきり胸元に抱き込むその姿に、ジューダスが呆れたように言い、ハロルドはきっ!とジューダスを睨みつける。
「なによ!何か用なの!?」
「・・・受け取っておいて、言うな。」
「プレゼントなんかで、誤魔化されませんからね!」
そう言いながら、ハロルドは、右手の先で、左腕の中のものを撫で繰り回す。
「・・・誤魔化すって、何を誤魔化すって言うんだ?」
「さっきの事に決まっているでしょ!?」
ハロルドは腕の中のものに頬摺りする。
「さっき・・・。そう言えば、お前、いきなりなんで怒ったんだ?」
「まだ、そんな事言ってるわけ!?」
その言葉に、さらにハロルドはカチン、となる。
やっぱり分かってない。
説明をせずにいきなり怒った事を、さっきまで後悔していた事を忘れ、怒りが再燃してきた。
プレゼントを片手に抱えたまま、ビシッ!とジューダスの鼻の先に、指を突き出し、ハロルドは言う。
「あんた!前に私に、うさぎみたいな格好、って言ったじゃない!!」
「言ってないぞ?」
即答だった。
こういう時だけ反応が早い事が悔しい。
忘れているらしいジューダスに、ハロルドはますます腹を立てる。
「言いました!!」
有無を言わせぬように先手を打って宣言すると、ジューダスの方も、むっとした顔になった。
なによ。私はもっと怒ってるんだからね。
「私はね、嬉しかったの!あんたに褒めて貰った、って思ったんだから!だから、うさぎみたいな格好を続けようと努力してたんじゃない!」
「・・・変な努力だな。」
「うるさいわね!」
ああ、もう。
あまりの事に、ハロルドは泣きそうになる。
そう、努力してきた、つもりだ。
ハロルドにとってはあの言葉は、初めて可愛い、と言われたようなものだった。
だから、嬉しかった。
その一言だけで、舞い上がってしまうほどに。

 「それなのに・・うさぎ料理、だなんて・・・。」
だが、それを、本人は忘れていると言う。
忘れているという事は、始めから褒めたつもりではなかった、という事だ。
それでは、今までの全てを否定されたようものだ。
そう思うと、胸が締め付けられるような気分になる。

 涙腺が緩んできて、視界が少しぼやけた。
泣きそうな顔を見られまいと、ハロルドは顔を背ける。


 「・・・言ってない。」
ジューダスは言う。
「いいわよ・・・もう。」
どっちだって。
言った言わないに拘るジューダスが、少しだけ憎らしかった。
記憶になかったとしても、折れてくれたって良い。
今、泣きそうな自分を目の前にしているのだから。
そういう不器用な恋人の視線から、逃れようと、ハロルドは背を丸める。

 「そんな事は言ってない、僕は・・・。」
「・・・・・。」
「僕は、おまえが、うさぎみたいだ、って言ったんだ。」



 え?
とハロルドは顔を上げる。
ジューダスは照れてもいなかった。
不機嫌そうな顔を、尚更、不機嫌そうにゆがめ、それでもハロルドを見下ろしている。
それは、自分の言葉を間違って解釈したハロルドを、少し、怒っているかのようだった。

 「どうして、そうなるんだ?」
「・・・えっと・・・。」
「お前、あの時、うさぎみたいな格好してたか?」
「それは・・・ヘアバンドが・・・。」
「ヘアバンド?」
「ううん・・いいの。」
ジューダスは溜息をつく。
「僕は、前からそう思ってたし、いつか言おうと思ってた。」
「私が、うさぎみたいって?」
「そうだ。」
「・・・だったら、なにもあの時、言わなくったって・・・。」
もっと、こう、それらしい時に。
いきなり逆転した立場に、肩身の狭いような思いをしながら、ハロルドは弱々しく、あまり意味のない反論をする。
どこで言われても、同じなのに。
この場合、勝手に聞き間違ったのは、自分だ。
「別にあの時でなくても良かったが、あの時言って、こんな誤解をするとは、予想できる訳がないだろう。それは僕が悪いのか?」
「・・・ううん・・・。」
「ハロルド。」
「なに?」
「もうひとつ、前々から言おうと思ってたんだが・・・。」
ジューダスは少し笑った。
仲間内にだけ、分かる程度の、ほんの少し。
それは、本当に、可笑しそうな笑みだった。
「おまえはいつも、天才の割には、かなり鈍い。」
ハロルドは、その機嫌を直したジューダスの微笑を見た途端、なにもかも許せる気がした。
聞き間違ったのは自分だが、言葉が極端に少ないのは、ジューダスも悪い。
でも、それも今は水に流せる。
そして、好きだな、と思った。
この人が、大好きだ。
「なによ、それ!あんたに言われたくないわよ!」
ハロルドはやはり、笑みを浮かべ、ジューダスのからかい半分の言葉に、言い返した。

 

 

 

 「嘘っ!?」
「またか・・。どうして、そこで嘘という言葉がでるんだ。」
「だって、これが!?茶色いじゃない!?」
「茶色で、なにかおかしいのか?それは本物の、ラビットファーだ。」

 ジューダスのプレゼントは、ラビットファーのコートだった。

 「うさぎとは思わなかった。」
それがなんだか説明され、ハロルドは目を丸くする。
だが、手触りは信じられないほど、柔らかで、触っているだけで幸せな気分に溶けそうになる。
確かにうさぎのものだ。
だが・・・。
「うさぎって、白いじゃない!?」
「・・・・・?」
そこで、ジューダスもはた、と思いつく。
「・・・茶色の毛のうさぎもいるんだ・・・。」

 ハロルドの生まれ故郷は一年中、雪に閉ざされている。
うさぎは色が変わらないものがいるが、ハロルドのいた地方の野うさぎは、夏毛は茶色く、冬毛は白い種だったのではないだろうか。
だから、うさぎは・・・きっと・・・一年中白かったのだ。
歪められた自然の摂理のせいで。
その時代、外敵から己を守る為に身に纏った雪の保護色が、ハロルドにとってはうさぎの色、なのだろう。


 そのハロルドは、今はコットンのワンピースを脱いでいた。
代わりに、ピンクのレースのついたカシュクールと、ロールアップをしていないジーンズに先の尖ったヒールのパンプスをあわせ、その上に、ジューダスにプレゼントしてもらったラビットーファーを羽織っている。
着替えは、部屋の外にジューダスを待たせ、10分とかからず、済ませた。
うん、完璧v
と鏡の前で、ハロルドは思う。
こういう服装でジューダスと出かけた事はないが、これはこれで、女の子らしく、可愛い。

 「じゃ、行きましょうか〜♪」
言い争いをしている時には、どこにも行かない!と膨れていたのに、今は、そんな事はなかったかのように、上機嫌で自分の腕に、腕を絡ませてくる。
ころころと変わる天気のような表情が、可愛い、とジューダスは思う。
そして本当は、言ってやれば喜ぶだろうと分かっているのに、肝心な時に言えない自分の性格を、少しだけ改善してみようか、とも思った。


 行き先は、ジューダスの誘った店ではなくなっていた。
ふたりが向かっているのは、昨日のカフェだ。
同じところばかり、と文句を言うかと思ったが、ハロルドは、あそこのお洒落な店にしては、意外にも、食べ切れそうにないほど大きくって、美味しそうなハンバーガーセットを、隣のテーブルのカップルが注文していたのを目撃していた。自分もそれが食べたい、と言う。
ハロルドはハンバーグが大好きだ。
だから当然、ハンバーガーも大好きだ。


 「ごめんね〜。ジューダス。」
「・・・なんのことだ?」
自分の腕にぶら下がるようにして歩くハロルドに、ジューダスは訊ねる。
いきなり、何を謝っているのか、本気で分からない。
「私が、ほら、ジーンズなんかにしたから。そのお店には入れなかったんでしょ?」
ハロルドは、始めに誘われた店に行けない事を気にしているらしい、とジューダスは察する。
「いや。入れない事はないだろう。・・・そこにするか?」
「ジューダスが、その方が良いなら。」
「・・・僕は別に、どこでも良いぞ?」
行き先をカフェにしよう、と決めているというのに、今更、何故迷っているのか分からない。
ハロルドは言う。
「だって・・・ジューダス、うさぎが食べたかったんでしょ?」
「・・・・・。」
一瞬、ジューダスは心底、呆れたような顔をした。
足まで止め、ハロルドの顔を見下ろし、その表情をハロルドは、逆に不思議そうに見上げる。
「ん?」
「いや。」
ジューダスはすぐに、いつもの無表情に戻り、歩みも再開させる。
「なに?」
一瞬の今の間に、なにか意味があったか、とハロルドは考えたが、
「なんでもない・・・。」
ジューダスがそう言うので、別にたいした意味はないのか、と思った。

 「・・・いずれ、また・・・な。」
ぼそり、とジューダスは言う。
「うん?うさぎ料理のこと?」
「・・・ああ。」
「うん、また今度ねv」
ハロルドは言う。
無邪気に、そこに、なにも意味がないかのように。
明るい、子供ような、屈託のない笑みを浮かべて。
それはまるで、免罪符のようだ。

 ジューダスはもう一度溜息をつくと、目の前で今にも跳ねだしそうな小さな体が、自分から離れないよう、プレゼントしたばかりのコートの肩を、左手で抱き寄せた。

 

 

 

 

 

fin

 

 

 

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初めての試み、で恋人同士のふたりであるのですが・・・。 なんていうか・・・もう、無理かも(汗)
偽者くさいのはいつものことですが、さらに磨きをかけて偽者くさいジューダスで申し訳ない・・・。

さて、この話。
くだらないネタがひとつだけあって、それを延ばしに延ばした話、とは言いましたが・・・。 その部分が、どこかというと、「お前が、うさぎみたいだって言ったんだ」 ・・・・これです。 それだけの事を、ここまで長い話にしたなんて、私自身、天晴れというか、呆れるというか、最悪〜というか。
ところで、なにやら、イラストやら、この話やら、うさぎブームがきたのは、私なのですが。
そもそも、なぜにこんなブームが来たのかと言いますと、前に猫のハロルドを描いたとき、友達が言ったんですよ。
「ハロルドってうさぎのイメージなんだけど、猫も良いですよね〜。」って・・・・・。
・・・うさぎ!? うさぎ!! は・・ハロルドだ!! 本当だ!!
このおかげで、やおら、私の頭はうさぎ一色。 持つべきものはセンスの良い友、ってね♪

さて、「1」の時の申し上げた、もうひとつのシチュエーションもでてきてます。
それは、 ふたりの「ケンカ」!! 納得って感じでしょ?

 

(04'1.21)