宣告と祝福

 



 

「ねえ、ジューダス。もしかしたら、ハロルドと喧嘩でもしてるの?」

 当のハロルドは虫を追いかけ、ナナリーは食事当番、リアラは手伝い、という風にかけていて、そこにいるのは男性陣だけ、という時だった。カイルが言いにくそうに言い出したのは。

「何故だ?」
 普段どうりの、いっそそっけないほどの口調でジューダスが、聞く。
「うん、なんだか、ジューダス、ハロルドを避けてない?」
「いや。」
「う〜ん、そうかなあ。そういう感じしたんだけど・・・。」
「はは〜ん、さてはお前。」
 人の悪い笑みを浮かべ、ロニが横から口を出した。
この男の言い出す事は、ろくでもないと決まっている。
「ハロルドに惚れたな!それで意識して・・・」
「それはない。」
最後まで言わせずに否定すると、ロニは気を悪くした風でもなくぼりぼり頭をかいた。
「まあな、ありえんわな。」

「どうして?」
「だってハロルドだぜ?」
「だから、どうしてさ?」
 きょとんとした表情でカイルはロニを見る。その姿はいきなり抱き上げられて、びっくりしている子犬のようだった。
「かーーーーー!!これだからお子様は!じゃあ、お前ハロルドを女としてみれるか?そんな怖い事、できるのか!?」
「えー?でもハロルドだって可愛いじゃん。」
「まあ、確かに可愛いがな・・」
 うんうん、とロニはカイルの言葉にうなづく。
色々と意見の変わるヤツだ、とジューダスは思った。

「それに頭だって良いし。」
「そこだよカイル君?」
 カイルの鼻先に人差し指を突き出し、ロニは言う。
「あいつの場合、頭が良いどころか、超良いんだ。行動も奇妙だが、それは俺たちが凡人だからそう思うんであって、
あいつはあれで普通に行動してるんだぜ?理解不能も良いとこだろう!」
「ああ、すぐに解剖するとか言うところ?」
「そう。普通、解剖されたら死ぬだろうが!でも、あいつは死なないって言ってる。”殺したりしないわよー、ちゃんと元に戻すから”って、そっちのほうが怖いだろう!」
「あ・・・確かに。」

 その時、小さくリアラの声がした。
たぶん、手を切ったとか、そういう事だろう。だが、その声を聞いたカイルは、すっとんで行った。
あいかわらずの英雄ぶりだ。と、ジューダスは少し可笑しくなる。


「おい。」
「あん?」
 声をかけられてロニは視線をジューダスに戻した。
「頭の良い女は嫌いなのか?」
「へ?」
 思いもかけない質問に、ロニは目を丸くする。
「どうした?めずらしいな。いつもなら、くだらないとか言って黙ってるくせに。」
「うるさい・・・・。嫌なら答えなくても良い。」
「へいへい。ここにも我侭なやつが、ひとり。」
 ぶつぶつ言いながらもロニは体の向きをジューダスの方に直した。

「嫌いじゃないぜ。ハロルドもそれなりに可愛いと思ってるしな。」
仮面の下でジューダスは、眉を寄せた。
「それなら、何故だ?」
「何故って、う〜〜〜ん。」
 茶化しても良いような質問なのに、ロニは真剣に言葉を探している。
根は真面目で、正直な男だ。
「なんていうか。俺の場合はな。あそこまで頭が良いと・・・ちょっと萎える。」
「萎える、か?」
「やっぱさ、こっちもこう、色々考えちまうんだ。恋愛ってのは盛り上がらねえとつまらんだろ?」
「つまらん・・・?」
「そうさ!ああだこうだ考える前に、気持ちが動く!そうでないとさ!」
 かかか、とロニは笑い、つけ加えた。
「まあな。頭が良いってのは美点のひとつだがな。あんまり頭が良すぎるのも、考えものだと思うぜ?」








「では、非現実的なたとえ話をひとつ。」

 唇を離すと、大きな紫の瞳で、ジューダスをみあげて、ハロルドが、恒例になりつつあるゲームの幕開けを告げた。

「世界にふたりだけになってしまって、ひとりは自分。もうひとりは見知らぬ他人。さて、あなたは何をしますか?」
「もうひとりは、男か?女か?」
「あんたの場合は女性。私の場合は男性ね。」
くすくすと、ジューダスの腕の中でハロルドは笑う。
「世界にふたりだけ、か。」
「そう、それも男と女。」
その言葉は、部屋の中に、艶かしく響いた。

 いつの間にか、始まっていたゲームだ。
ふたりでいる時に、ハロルドが、質問をはじめる。
ジューダスはそれに答える。

「ひどく簡単だな。」
「簡単って何が?」
「簡単で、完璧で、理想的な体制の世界だ。」
「そういうことか。やっぱり、あんたって面白い。」
くすくすと、ハロルドが笑った。
話しながら、ずっとハロルドは笑い続けてる。たぶん、くすぐったいのだろう。

「お前ならどうする?」
薔薇色の髪に指をさし入れて、ジューダスが尋ねる。
帰ってきた答えは、簡素にひとことだった。
「殺す。」
「・・・・・相手をか?」
少し驚いて、ジューダスはハロルドを見下ろした。
「そうよ。自分が死ぬ場合は殺すとは言わないじゃない?」
にこり、とハロルドは笑った。
「いや。そうだが・・・・なんでだ?」
「だって、他に殺す人いないじゃない?」
「そうじゃない。ふたりしかいないのに、どうして相手を殺すんだ?ひとりになってしまうだろう?」
「その通り。世界で片方の性別だけが生き残ったなら、もう人類は滅亡ね。」
まるで、なんでもない事のようにさらりと言う。
「だから、なんでだ?」
「ん・・・・っと・・」
答える合間に、艶かしくため息をついて、ハロルドはジューダスを見る。

「つまらないでしょ?」
「つまらないって何が?」
 今日はなぜなにばかりを、繰り返していると、ジューダスは自分でも可笑しくなった。
「人類が生き残って、ひとりは男でひとりは女。そうしたら、役割が決まってしまうわ。」
「役割か。」
「女の場合は、子供を産むことが義務になる。これは絶対よ。間違いないわ。」
「ああ・・・・そうだな。」
「そんなのつまらないじゃない。役割を押し付けられるってのが。
私は自分の意思でなにもかも決めたいの。台無しにされなくないわ。」
「それで、相手を殺すのか?」
呆れたジューダスの口調に、気を良くしたのか、ハロルドは笑って、その背に手をまわした。

「そして、ふたつの称号が手に入るじゃない?」
「ふたつ、か?」
「そう。人類最後の生き残り。そして、人類最後の人殺し。」
無邪気に言うハロルドに、ジューダスは少し、複雑な気分になった。
「それは得る価値のあるものなのか?」
「再生する人類の母になるよりは。」
その言葉には同感できる。
人類の繁栄の為の最初にひとりになるよりは、その方が遥かにましだ。
「あんた、ちょっと、どこ、触ってんのよ?」
「こういう事をしてる時に、そう言うか?」
それでも、手を引いて、その手はハロルドの背中に回す。

「あんたは、どうなの?」
「そうだな・・」
 手を止めて、ジューダスは少しの間考えた。
「少なくとも・・・相手に好意を持たないのは確かだ。」
「素敵!」
 目を輝かせて、ハロルドが言った。
「あんたってやっぱり面白いわ!ううん。そうこなくっちゃ、あんたじゃないわ!ご褒美にお世辞言ってあげる。」
「・・・なんだ?」
「世界に残ったもうひとりが、あんただったら、殺さないでいてあげる。」
「・・・・それはそれは。ありがたい事だな。」
どこまで本気なのか、わかったもんじゃない。
だが、ハロルドの言い草ではないが、そこが面白い。
白くやわらかい肌に、指をはわせながら、このまま考え事に没頭しようか、と思った。
「ちょっと、耳、噛まないでよ。」
「いちいち、うるさい。」
萎える、か。
昼間のロニの言葉を、ふいに思い出した。
自分は逆だ。
この知性を征服したと、勘違いできる瞬間があるという事は、なかなか悪くない気分だ。



 口紅を落としても赤い唇に、自分のものを落とすと、ハロルドは顔をそむけるようにして軽く睨んだ。
「あんたってさ。」
「なんだ?」
その先の言葉は、予想できる。
「私の事、好きなの?」
「いや。」
いつも、必ずこの質問が最後にくる。毎回、繰り返される会話。
「まあ、そうでしょうね。」
あっさりとハロルドは言った。
そして、次の瞬間にはもう違うものへと興味を移してる。
「風が出てきたみたいね。明日は雨かしら。」
「かもな。」
今回、それは窓の外だったようだ。

 いつも同じパターンで繰り返される質問。
決して嫌いではない。
けれど、自分の胸のうちを、いくら探してもハロルドに対しての恋愛感情を見つけることができない。
好きか、と聞かれれば、違うとしか答えられない。
それで、ハロルドは納得する。
意味があるのか、あるとすればどこなのか。
それは、ジューダスには分からない。






 無表情は人々がいる。
彼らはたいして面白くもなさそうな顔で、全てエルレイン様のおかげです、と何度も繰り返して、言う。
空には、外部と内部を分断する巨大なドーム。
何の匂いもしない清潔な空気。


「明日なのよ。」
「え?」
 ふり返ると、ハロルドが立っていた。

「明日なの、私の処刑。」
「処刑?」
「そう。天地戦争でね。天上軍が勝ったから。私なんて極悪人だかんね。」
「何を言っている?」
「何ってなにが?」
ハロルドはきょとんとして、ジューダスを見る。
「それで良いのか?」
「だって負けたんだもん。」
何を今更、という口調のハロルドに、かえって焦りを覚える。
「殺されるんだぞ!」
「そうねえ。人類最後の人殺しにはなりそうもないわねぇ。」
にこり、とハロルドは笑い、
「良かったわね。私に殺されずにすむわよ?」
と言った。
違う、そうじゃない、とジューダスは繰り返す。
何故か、声にはならない。
じゃあ、さよならね、とハロルドは笑い、手を振る。
待て、と言う。声にならない。
待て、聞きたいことがあるんだ、と言う。
あの質問に。
あの質問に違う答えを返したら。
その時、お前はどうするんだ。
喜ぶのか、困るのか、どっちなんだ。




「ハロルド!」





「はい?」

 大きな紫の瞳と目があった。
自分の顔をのぞきこんでいるハロルドを見て、今のが夢だったと、ジューダスは気づいた。
息も荒い。
肩で息を整える、ジューダスを見てハロルドは笑った。
「あんたがうなされてるのは、いつもだけど、私の名前を呼んだのは初めてね。私の出てくる夢を見てたの?」
「・・・・・いつも、うなされてるのか?」
「しょっちゅう」
明るい口調、明るい表情。
こいつはいつも笑ってる、とその顔を見てジューダスは思った。

 もし本当に、自分が処刑される日がきたとしても、ああして笑って、手を振るだろうか。
こいつは揺るがない。
・・・・・曇らない。


「あら。」
常にある自分に逆らい、感情を優先させて、ハロルドを抱きよせた。
「めずらしいわね。どしたの?」
ハロルドは予想通り笑うと、ぽん、とジューダスの頭に手を置いた。
「怖い夢でも見たのね?よしよし。」
「うるさい。」
普段なら本気で腹を立てるような、からかいの言葉も気にならない。
柔らかい首筋に顔を埋めて、裸の背を抱く腕に力をこめる。
そうしておいて、自分の中に、こういう自分が潜んでいたのか、と思った。
ならば。
たまには、それに流されてみるのも手だ、と。

「あの質問には何の意味があるんだ?」
「どの質問?」
「さっきも言ってたやつだ。」
「ああ、あれ。」
くすくすと、ハロルドの笑う声が耳元でした。
「秘密。」
「言え。」
「言っちゃったら、秘密にならないじゃないの?」
「そうじゃない。今、もう一度言え。」

 ハロルドは言葉を切った。
何かの幕開けを、流れの変化が起こるのを感じたのだろう。

 死の宣告となるか。
 神の祝福となるか。
 それは、どちらにとってなのか。


 やがて、ハロルドは時間をかけて、ひと言づつ、ゆっくりと言った。
「あんたは、私が、好きなの?」
 ジューダスは、それを耳元で聞いて、目を閉じた。


「そうだ。」



 

 

 

 

fin

 

                        

 


 

「ApiceR」の直坂さまに捧げた、話。
自分でいうのもなんですが、これができあがった時、直坂さまにも思わず申し上げたのですが、今までもっとも私らしい、と自分自身でも思った話です。ええ、たとえ記憶喪失にならうとも、これだけは自分で書いた!と分かる自信があります!(そんな自信いらん〜