王子は眠る姫の傍に跪き、言いました。
「姫、私はあなたの目を覚まさせる為に、眠りの森を抜けて参ったのです。
どうか、私に、その薔薇のような微笑をお与えください。」
「ねえ、まだ、ジューダスは目を覚まさないの?」
もう、何日目かの会話だった。
それは必ず、朝、一番最後に起きてくるカイルによって、もたらされる。
以前は、ジューダスの看病の役がカイルに廻ってくる事もあって、その時は聞く必要がなかったのだが、そのカイルが、自分の番だと、一緒に眠ってしまってなんの役にも立たない、とロニからの指摘があった後は、番から外されてしまい、以来、そのカイルの言葉が、毎日の朝のあいさつと化していた。
「まだだよ・・・長いね。」
いつもと同じ返事をしながらも、ナナリーの表情は翳る。
一体何が原因なのか、皆目検討もつかない、とハロルドが匙を投げてからは、もう一週間がたっている。
「大丈夫なのかしら・・・ジューダス。」
「さあねぇ。」
のんびりと、焼きたてのクロワッサンをちぎりながら、ハロルドは、答えた。
その状況が、日常生活と化しつつあるのに慣れたのか、あいさつをしているかのような気軽な声だった。
リアラは、可愛らしく小首をかしげ、ハロルドの顔を見る。
「でも、あまり長い時間眠っていると・・・体に異変とか起こらない?」
「起こるでしょうねぇ・・・。」
ハロルドは言う。
「これから先、どれくらいの時間がかかるかは、知んないけど〜。それによって、後遺症が残る可能性あるわね。まあ、原因が掴めないから手の打ちようもないけど〜。」
「それだよ、ハロルド!」
カイルは身を乗り出して、テーブルに、ばん!と手を置く。
その弾みで、テーブルは揺れ、紅茶がカップから少しこぼれる。
「ねえ、なんでジューダス、目を覚まさないのさ?ハロルドは天才なんだろ?分からない事、ないんじゃないの?」
「圏外です。」
これ以上、こぼれたら大変とばかりに、紅茶のカップを手に取り、ハロルドは言う。
「・・け、圏外?」
「そ。もともと私はこの時代の人間じゃないんですからね。私の時代よりも、うんと後に出てきた植物、モンスター、毒・・・etc、etc。それらの性質の全部を把握している訳じゃないのよ。第一、そんなに全部、知り尽くしてしまったらつまんないし〜。まあ、確かに私は天才だから、そのうち、なんとかできるっしょ。」
「そのうち、っていつ?」
「そのうちは、そのうち。原因の究明さえできれば、後は薬を作るなりなんなりします。それよりもあんたたち?あんたたちこそ、しっかり思い出しなさいよ!あの状態になる前の、ジューダスの様子を!」
それは10日ほど前の事だ。
その日、近くにモンスターが出て、困っているという村人の話を聞きつけ、例によって、カイルが乗り出したのだ。
言い出したら聞かないカイルにつきあい、ジューダスとロニとナナリーの3人もついていった。
「たいしたモンスターじゃないと思ったんだよ。すぐに、片がつくと思ったんだ・・・。」
なのに。
それは、いつも見慣れていたモンスターと似ていたにも関わらず、種が違っていたらしい。
驚いたのは、牙の長い熊のようなその容姿からは想像できなかったのだが、飛び道具を使ったことだ。
「飛び道具っていったって、なんか、体液みたいなのを飛ばしてくるんだけどね・・・。」
だが、それがかかった草は、みるみるうちに枯れた。
「油断するなよ。」
とジューダスが言った。
冷静なその声を聞いて、驚愕しているヒマはないと攻撃体制をたて直し、全員が、モンスターとの間合いを取った。
飛距離のある弓を使うナナリーは一番後ろに。
その前に、ロニが。
先頭にカイルが、そして、それを補助する位置にジューダスが。
まずカイルが走りこんで込んで、モンスターの死角に入り、その隙を埋めるようにジューダスが飛び込む。ロニは、ナナリーとモンスターの間に入ったまま、ハルバードで、いつでも攻撃できる体制を取りつつ、空いたジューダスの右へと注意を払らう。死角に入り込んだカイルが、下からモンスターの喉元めがけ、剣を振るうと、それは見事に突き刺さった。
はずだった。
だが、いつの間にか、モンスターの左腕がカイル目掛けて振り下ろされ、とっさにカイルは受身をとって、剣の柄で衝撃を相殺しつつ、一歩、大きく後ろに下がった。
そのカイルの姿を追い、モンスターが左へと大きく体を反転した瞬間を狙い、ジューダスが一撃を加えたのだ。
それが、急所への攻撃となって、モンスターは暴れて腕を振り回しながら、もんどりうった。
その腕に、カイルもジューダスも巻き添えを食ってなぎ倒されたが、カイルは打ち身程度ですみ、すぐに立ち上がったのだ。
問題は・・ジューダスの方だった。
その時は、ジューダスもすぐに立ち上がったのだ。
かすり傷はあったものの、大した怪我もなさそうだった。
だが、帰り道、いきなり、彼は倒れた。
兆候もなにもなかった。
突然、片膝をついてうずくまったのを見て、駆け寄った仲間たちが手を差し伸べると、彼にしてはめずらしくそれに、すがるように手を伸ばした後、まるで、眠るように、ゆっくりと意識を失った。
以来、ジューダスは一度も目を覚まさない。
「ふうん。」
ハロルドはたいして面白くもなさそうに、鼻にかかった声で、相槌をうった。
「じゃあ、そのモンスターの体液でもかかったのかしら。それとも転がった先に毒草でも?かすり傷をおってたなら、そこから体内に入り込んだのかもね。」
「なんか、人事っぽいよ、ハロルド?」
唇を尖らせ、カイルは言う。
「もうちょっと、ジューダスの心配したっていいのにさ。」
「表面の態度だけ見て、決め付けるところなんてまだまだね。だからお子ちゃまだってのよ、あんたは。私はこれでも、めいっぱい心配してます。おろおろと、あんたと一緒に動揺してたって、あいつの意識が戻る訳じゃないでしょうに。」
「そうだけどさ。」
唇と一緒に頬も膨らませたカイルの顔を見て、ハロルドはカエルみたい、とからかった。
「で、ハロルド、原因分かりそうかい?」
ナナリーがコップに入ったジュースをひとくち飲んで、言った。
その甘い香りを嗅ぎつつ、眠り続けていて、体力が落ちているだろう。後で、フルーツを絞ったものを飲むくらいはできないか試してみようと、心の中では、ジューダスの事を考えていた。
「う〜ん。なんとも言えないけど〜。」
ハロルドは、そんなナナリーとは裏腹に、やる気があるのかないのか、という態度を崩さない。
「とりあえず、そのモンスターの種が分からない事にはね。あ、後、あいつが転がった辺りにどんな草が生えていたかも。まずはそれを調べてからね。」
「分かった。あたしが後で、あそこらへんの草、引っこ抜いてくるよ。」
「気をつけてよ?ナナリーまで、倒れちゃったら、元も子もないもの。」
「大丈夫!ちゃんと手袋もしてるし。でも、念の為に、トングかピンセットでも持ってくよ。気をつけていくさ。」
「じゃ、オレは、あの時のモンスターの絵を描くよ!!」
カイルが叫ぶ。
自分に任せとけ!と言わんばかりだ。
「ハロルドはそれを見て、調べてみてよ!」
「・・・・・・それより、図書室で、図鑑でも見て来てくれない?」
カイルの絵心のなさを、嫌というほど知っているハロルドは、そんなものは何の役にもたたないわよ、と厳しく言い捨てた。
結局、ナナリーの持って来た草も、カイルの図書室行きも、役にたたなかった。
もちろん、カイルの方は、見つけられないだけかもしれない。なにもカイルのせいばかりでなく、図鑑に載っているモンスターの数は膨大だし、さらに、新種などは未だに記載されていないからだ。
「加えて、こいつは図書室で居眠りこいてるときた。なんの為に、調べにいったんだよ?」
夕食の席で、ロニは、隣に座るカイルの頭をこつんと叩く。
「だって・・・本見てると、眠くなるし・・・。」
「だからって、時と場合を考えずに寝るなってんだ。緊急事態だって、騒いだのはお前だろうが。」
そのロニは、今日はジューダスの様子を見ている番だった為、一日中、彼の部屋に詰めていた。
「でも、ロニ、カイルのはいつもの事だし・・・。」
庇おうとしたリアラだったが、それではなんのフォローにもならない、と思ったらしく、
「寝る子は育つっていうし・・・。」
と更に関係のない事を小声で言った。
「ともかく。」
ナナリーが、会話に割って入る。
「今度はあたしが図鑑見てみるよ?まだまだ、先は長いんだろう?」
結局、カイルが寝てしまった為に、調べられたのは図鑑の2巻までに過ぎなかったのだ。
「おう、今度は俺も調べるぜ。」
「あ、オレも!今度こそ、真面目に調べる!」
「わたしもつき合うわ・・・・。モンスターそのものは見てないけど、皆の話で大体の特徴は掴めたし。大勢で調べた方が見つかると思う。」
「んじゃ、ジューダスは私が見てるわね?」
ハロルドが、目をこすりつつ言う。
そのハロルドは、昼にナナリーの持ってきた草の全てを、今まで調べていた為に、多少疲れて眠い、とさっき言っていたばかりだった。ごめん・・・とナナリーが言う。
「いいって。どのみち、今日の夜から私が当番だったんだしね。徹夜には慣れてるし、あ、実験器具持っていって横で、暇つぶししてるわよ。」
「まあ、それくらいは大目にみるか。だが、眠ってるからって、やつに実験したりするのは、なしだぜ?これ以上、事態がややこしくなるのはごめんだ。」
ロニが言う。
きちんと、ハロルドに釘を刺しておく辺り、流石だ。
乱暴な物言いの裏には、ジューダスへの心配が隠れてる。
「わかってますって。ま〜かせなさい!」
ハロルドは、そんなロニの言葉を受け流し、胸を張って言った。
ランプの、飴色の光が部屋を照らし、壁に浮かび上がる影がゆらゆらと揺れていた。
その光が注射の針の先に、綺麗な十字の反射光をつくりあげる。
「これは、変な薬じゃないかんね?文句言わないでよ?」
ハロルドは、ジューダスの袖を捲り、少しでも体力低下を防ぐ為の、ビタミン剤を注射する。
消毒薬を含ませたガーゼで、肘の裏辺りをこすった後、針をあてがう。
そういえば、この男は注射が平気だったな、とハロルドは思った。
カイルもロニも、風邪をひいた時に注射してやったが、針が刺さる瞬間は怖いとか言って、目をそむけていた。案外、男なんてだらしないねぇ、とそれを見て、ナナリーが言っていたものだ。
「でも、あんたは平気だったわよね。痛みに鈍感なのかしら?」
話しかけても、答えはない。
白い顔には、なんの動きもなく、それはまるで陶器でできた白い仮面のようだった。
ふと、ハロルドは思う。
この男が目を覚ましたら、その時、私はどうするだろう。
「あんたなんか・・・・。」
ハロルドは、聞いていないのを承知で、ぽつりと言う。
「好きじゃないわ・・・。」
その自分の声が、寂しそうに聞こえるのは、気のせいだ。
なんの予期もしていなかった。
生きている時代も違う。旅の終わりに待つのは別れだけだ。
だから、そんななんの実りもない関係など、この男が望むなど。
・・・・・・考えてもいなかった。
突然告げられて、その時ハロルドはうろたえた。
失態だった、と思う。
それには羞恥心さえ覚える。
そんな自分の反応を見て・・・・ジューダスは皮肉気に笑い、背を向けて歩き去った。
そして、そのまま何の進展もないうちに、この男は眠りについた。
ジューダスが目を覚ませば、必然的に出さずに済んでいた答えを、出さなければならない。
「好きじゃないわ。」
もう一度、はっきりと言う。
はっきりと口に出せば、それは嘘ではない、と分かる。
けれど、
「あんたなんか、嫌いよ。」
と次に言うと・・・・言葉は最後には、消えそうになる。
自信がない。
好きではない、でも嫌いでもない。
それで、どちらかを選べと言われても、選びようがない。
それとも、どちらかが、本当は嘘なのだろうか。
自分の知らない奥底で、なにかが眠っているのだろうか。
「どうして、あんなくだらない事を言い出したのだしたのよ。今のままでいられないの?子供じゃあるまいし。それによって、後でどんな影響がでるか位、考えなかった訳?」
ハロルドがどちらを選んだとしても、もう、なかった事にはできない。
ハロルドは、そう思い、事態のややこしさを考えて、憂鬱になる。
いっそこのまま、ジューダスが眠り続けてくれれば良いのに、とさえ、思った。
いつの間にか眠っていたらしい。
ランプの火はあいかわらず、揺れていたので、そんなに時間はたってないだろう。
テーブルから顔をあげ、部屋を見回すと、窓が開いていた。
風に揺れるカーテンを閉めようと立ち上がり、ハロルドは、そのついでにベッドを見た。
その上に横たわったジューダスが目を開けている。
ああ、目を覚ましたのね?とハロルドが言うと、ジューダスの唇が動いた。
「え?聞こえない。」
なにを言ったのかが、分からず、ハロルドはジューダスに近寄る。
「もう、会うこともないな。」
「・・・・・え?」
ジューダスが、白い面の表情を変えずに、言った。
「次に眠ったら、僕は100年、目を覚まさない。」
「・・・・・・なんのことよ?」
おとぎ話じゃあるまいし。
ハロルドは笑おうとする。
でも、上手く表情が作れない。
「僕は、欲しがる者のものだ。」
「だから、何を言ってるのよ!?」
冷たくつき離すような表情で、たんたんと話す落ち着いた口調にいらだって、ハロルドは怒鳴る。
その時、風が吹いて、部屋の中へと入り込んだ。
「だから、彼は私のものだ。」
よく知ってるような、その声に振り向き、ハロルドは息を呑む。
自分自身が、そこに立っていた。
ジューダスと同じような、冷たい表情で、自分を見ている。
「なにを言って・・・・。」
ぞっとしながら、ハロルドは一歩下がろうとして、踏みとどまった。
ここで下がったら、それで負けてしまう。
「だから、彼は。」
もうひとりのハロルドは言い、ジューダスのベッドへと手を伸ばし、勝ち誇ったようなわずかな笑みを浮かべる。
「私のものだ。」
ジューダスはなんの抵抗もなく、その腕の中に頭を預ける。
ゆっくりとそのまま、まぶたを閉じる。
その表情には、満ち足りたような柔らかい表情が浮かんでいる。
もうひとりのハロルドには、今まで、自分に向けていたのとは正反対の顔を見せている。
「ダメよ!」
叫んで、ふたりを引き剥がそうとして、ハロルドは、もうひとりの自分自身の嘲笑に気がついた。
「この男をいらないのだろう?なにを今更言う?」
「違うわ・・・。」
「なにが違う?いらないのだろう?」
「違う、私は。」
「もう二度と、目覚めなければ良いと思っただろう?」
ハロルドは焦って、ジューダスを見た。
その目はもう完全に閉じられていて、ハロルドを見ない。
「お前の望み通り。」
もうひとりのハロルドは、笑い、ジューダスを、その腕の中深く抱き寄せた。
「この男は私のものだ。」
「嫌よ!」
自分の叫び声で、ハロルドは目を覚ました。
ランプの火はあいかわらず揺れているので、そんなに時間はたってないようだったが、ふせていたのは、テーブルではなく、ジューダスのベッドだった。
慌てて立ち上がり、ジューダスの顔を覗き込む。
ジューダスのまぶたは、閉じられていた。
気になって、ハロルドは、彼の胸の上にそっと、自分の頭を乗せる。
とくんとくんと、静かに一定のリズムを刻んでいる音が、そこからは聞こえた。
温かい・・・ハロルドは思う。
この体はとても、温かい。
窓の外を見ると、星も月もでていなかった。
まるで、墨で塗りたくったような夜だ。
今、見ていた夢のせいで、早鐘のように早い自分の心臓を落ち着かせようと、ハロルドは窓に近寄る。
風を部屋に入れようと思い、留め金に手を伸ばし・・・・そこで、やめた。
なにかが、入ってくるのが、怖かった。
さっきの夢のように。
ハロルドはジューダスのベッドの横へと戻った。
彼の呼吸は静かで、安定している。
その安定した息遣いが、今は不安にさせる。
ランプの光に照らされた、ジューダスの白い顔を見て、人形のようだ、と思った。
無機質なイメージで、完璧で。
そろそろとハロルドは、今は仮面を外しているその顔へと、手を伸ばした。
今まで、これほどの美貌を見た事はない。
まつげは長く、濃い影を頬の上に落としている。
鼻梁は細く尖っていて、唇は薄くかたちが良い。
今はそれも色は薄く、ハロルドは、女の口紅でもつければ、さぞかし映えるだろう、と思った。
それを指でなぞる。
指はわずかな温かみを感じ、唇の方は指でこすったせいか、少しだけ赤みを帯びる。
ハロルドはそこに、顔を近づける。
彼の規則正しい呼吸が、耳のすぐ近くで聞こえる。
なにかに誘われてでもいるかのように、ハロルドは、自分の唇で、彼の唇に、触れた。
もしも、本当におとぎ話だったなら、そこで、彼は目を覚ましただろう。
だが、現実には、もちろん、そんな事はなかった。
安定した、いつ終わるともしれない眠りの中で、彼の世界が完結してしまいませんように。
ハロルドは、そんな事を、ぼんやりと考えていた。
『いらないのだろう?』
夢の中の、自分自身の言葉が、ふいに聞こえたような気がした。
「いるわよ。」
ぽつりとハロルドは答える。
「さっきは、面倒だなって思ってて、それで魔が差したから、いらないって思っただけ。そんなの、嘘に決まってるでしょう?あんたが・・・。」
ハロルドはジューダスの胸に手をおいた。
上下するその動きを、愛しいと思った。
そして、初めて自分で、自分の気持ちを自覚した。
「あんたが、目を覚まさなかったら・・・・・つまらないわ。」
そう言ってハロルドは、もう一度、ジューダスの胸の上に頭を乗せた。
今度も、それは温かかった。
「目を覚ましたの!?」
食堂に息せき切って走りこんできた、カイルの言葉に、全員が一声に席をたちあがった。
ハロルドが番をした日から3日後。
カイルが当番をしていた、その朝の事だ。
「そう!早く早く!」
カイルは大声で皆を急かす。
今まで当番から外れていたクセに、本人がやりたい!と言い出したからまかせてみたのだが・・・。
そういう時に限って、こういう幸運を引き寄せる。カイルの運の良さに、ハロルドは舌打ちした。
私が当番の時は起きなかったくせに、とジューダスに向かって、心の中でやつ当たりをする。
「心配させたようだな。」
顔色は、まだ若干悪いものの、目を覚ましたジューダスは、別段、どこも悪そうには見えなかった。
「おうよ。心配させてもらったぜ!」
ロニが言い、その偉そうな言葉とは裏腹に、がしがしと、ジューダスの頭を撫でる。
撫でるというよりも、髪をかきまぜているような仕草だ。
ジューダスはそれを嫌がる風に顔をしかめたが、ロニの気持ちが分かるからだろう。文句も言わず、されるがままになっている。
全員がそれを見ながら、口々に良かった、とジューダスのベッドを囲んで言い合った。
「一体全体、どうなってたのさ?」
「わからん。」
ジューダスは言う。
「そもそも、何が原因だったかも予想がつかない。いきなり、体が動かなくなったんだ。」
「でもって、今まで一度も目が覚めなかった、と。」
「ああ。」
未だに原因は解明されないが、本人が目を覚ました。その事実だけで良しとしよう。そういう気分で全員が晴れやかな表情になる。
「ただ、眠っていたわけではなかった。」
「え。」
いきなりそんな事を言われ、きょとんと、全員がジューダスの顔を見る。
「なんのこと?」
「今までの事だ。麻痺していて、体はぴくりとも動かなかったがな。意識はあったんだ。」
「え〜?」
そういう症状もあるのか、と全員が不思議がった。
こちらからは、眠っているようにしか見えなかったのに。
「へえ?」
それに興味ありそうに反応を示したのは、ハロルドだった。
「それって、何かしら?新種の毒とか?後遺症がないなら、新しく麻酔の代わりに使えそうじゃない?」
わくわくしながら、後で詳しく話してよ!とジューダスに詰め寄るハロルドを、ロニが脇から押さえつける。
「お前、腹減ってるだろ?ずっと、なにも食ってないし。なにか欲しいもの、あるか?」
「後で良いが・・・・・スープか・・なにか流し込めるものを。」
ロニの気配りに、ジューダスは素直に、答える。
流石に、今までの状況だったのだ。意地を張るのは、意味がない。
「じゃあ、オレたち、朝飯食ったら、また来るよ!」
ロニの一言で、自分たちもまだ朝食をとっていない事を思い出したのか、カイルが言う。
「そうね。いきなり沢山話したりしたら、ジューダスも疲れるでしょうし。」
リアラがにこりと笑い、さりげない気遣いをみせた。
そして、全員が、部屋を出て行こうとした時だ。
「ハロルド。」
なに?とハロルドは振り返る。
呼び止めたジューダスは、妙に余裕のある表情をしていた。
人が悪そうな、いつもの笑みとも、また違っている。
「なによ?」
それを見て、なにか変だ、と思いながら、ハロルドはベッドの傍へと戻った。
「僕は、別に痛みに鈍感と言う訳ではない。」
「・・・?」
「ビタミン剤、助かった。」
「・・・・・・・・!!」
その時、ニヤリ、とジューダスは笑った。
なにを言いたいのかが分かり、ハロルドは思わず、自分の唇を手で覆う。
次に、そういう反応をしてしまった自分に気付き、またもや、失態だわ!と思った。
ジューダス自身から、意識はあったのだ、とさっき聞かされたばかりだ。
ならば、3日前のハロルドの独白も、行動も全部、知られているという事だ。
「あ・・あれは・・。」
つい、言い訳が口をついて出そうになって、ハロルドはそれを飲み込んだ。
言い訳などない。
自分で、望んでしたことだ。
そんなハロルドの反応に、何も思うところがないのか、ジューダスが扉を示して言った。
「・・・さあ、もう行け。」
「・・・・・。」
まるで、なにもなかったかのようだ。
それは少しだけ不満で、ハロルドは返事をしないまま、体の向きを変える。
そのまま歩み去っていこうとした時、ジューダスの言葉が、背を追ってきた。
「・・・なかった事にしようとしても、させない。」
静かな声で宣告されて、ハロルドは、ジューダスの方を振り返った。
朝の日差しの中で、ベッドの上に浮かんでいるシルエットに、病人が偉さそうになに言ってんだか、と答えた後、
「・・・・・なかった事になんて、しないわよ。」
背を向けながら、そういい残し、ハロルドは今度こそ、部屋を出た。
fin
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